細胞と多様性の 生物学 第4回 細胞におけるエネルギー産生 と化学反応のネットワーク 和田 勝 東京医科歯科大学教養部 前回の復習 設計図(遺伝情報、DNA) 転写(transcription) 遺伝情報とタンパク質の仲立ちとなるRNA 翻訳(translation) タンパク質が構造と機能を実現 (セントラル・ドグマ) 翻訳の過程 タンパク質の構造 一次構造 アミノ酸の配列 二次構造 αヘリックスとβシート 三次構造 立体構造 四次構造 複数のポリペプチド鎖 の組み合わせ構造 生体内での化学反応 異化(catabolism) 代謝(metabolism) 同化(anabolism) 異化:食物を分解し、材料とエネルギー を得る 同化:材料からエネルギーを使って細 胞構築用の分子を合成 代謝経路 分子A 分子B 酵素A ● 分子C 酵素B 酵素C ● ● ● ● ● のように表すこともできる このような経路を代謝経路(metabolic pathway)という。 代謝経路の 全体像 太線がこれから 学ぶ部分 エネルギーの必要性 ヌクレオチドの伸長、リボソームにおけ る翻訳など、細胞の中でおこるあらゆる 反応にはエネルギーが必要である。 もっと典型的なものは、筋肉の収縮や 鞭毛・繊毛の運動である。 それでは細胞はどのようにして必要な エネルギーを得ているのだろうか。 お話の舞台 サイトゾール ミトコドリア ミトコンドリア 内膜 膜間腔 基質 外膜 クリステ 実際の姿は変幻自在である。 クリステ 発エルゴン反応 酵素はこの 活性化エネ ルギーを小 さくする (b-c)のエネルギーを発生 (a-b)の活性化エネルギーが必要 吸エルゴン反応 (a-c)のエネルギーを供給する必要 がある。同化はこちらの過程。 共役反応 そこでエネルギーを供給する反応を 共役させて、エネルギー収支をあわ せる。 エネルギー供給分子 アデノシン三リン酸(ATP) ATPの役割 ATP→ADP+Pi+エネルギー BOH+ATP→BO-リン酸+ADP BOH ATP BO-リン酸 ADP AH+BO-リン酸→AB+Pi 共役反応の例 ヌクレオチド 伸長の場合 電子(とプロトン)の運搬 脱水素酵素 →還元 酸化← ここに電子が 2個ある その他の活性型運搬体分子 リン酸基、電子(プロトン)以外にも、 代謝反応には、多くの活性型運搬体 分子が登場する。 アセチル基、カルボキシル基、メチ ル基などの運搬体がある。 アセチル基は、アセチルCoAが運搬 する。 エネルギー獲得のかたち ふつうは燃焼=急激な酸化反応 ● 生体内ではこの方式はとりえない。 ●生体内では脱水素による酸化。しか も徐々におこる。 ● 脱水素による酸化がおこる場所と実 際に使う場所とは異なっている。 ● その間をとりもっているのがATP。 ● 生体内での酸化と燃焼 第一段階 タンパク質 アミノ酸 多糖類 単糖類 脂肪 脂肪酸と グリセロール 第一段階:消化 細胞へ 吸収 第二段階 アミノ酸 単糖 脂肪酸 アセチルCoA ブドウ糖(グルコース)の場合は解糖 という過程で。サイトゾールで進行し 酸素はいらない。 このとき少量のATPとNADHが生成 第三段階 アセチルCoAは完全に酸化されて 水と二酸化炭素に。この過程はす べてミトコンドリア内で。 第三段階は、TCA回路と電子伝達系 から構成される。 この過程で大量のNADHが生成し、 これがATPの大量生成に使われる。 第二段階と第三段階まとめ それでは第二段階から順を追って 解糖(glycolysis):1 グルコース グルコース 6-リン酸 ATP フルクトース 1,6-ビスリン酸 ATP フルクトース 6-リン酸 ジヒドロキシア セトンリン酸+ グリセルアル デヒド3-リン酸 解糖(glycolysis):2 グリセルアル デヒド3-リン酸 NAD++Pi 3-ホスホグリセ リン酸 1,3-ビスホスホ グリセリン酸 NADH+H+ ADP ATP 2-ホスホグリセ リン酸 ピルビン酸 ホスホエノール ピルビン酸 ADP ATP 解糖からTCA回路へ 酸素が 無いと 左側へ 進む 酸素が あると 右側へ 進める 酸素が無い場合 解糖の過程を進めつづけるために は、NAD+が必要。 NADHがNAD+に再生される必要 がある。 ピルビン酸から乳酸(乳酸発酵)、 あるいはアセトアルデヒドを経てエ タノール(アルコール発酵)が生成 される過程でNAD+が再生する。 酸素が 無い場合 NADH ↓↑ NAD+ のリサイ クル 酸素があると ピルビン酸はミトコンドリア基質で アセチルCoAへ この過程で二酸化 炭素とNADHが それぞれ1分子生成 TCA回路 1.二酸化炭素が 2分子生成 2.基質レベルの リン酸化で GTPが1分子 生成 3.NADHが3分子 生成 オキザル酢酸 リンゴ酸 クエン酸 イソクエン酸 フマル酸 コハク酸 αケトグルタル酸 スクシニルCoA 4.FDH2が1分子 生成 ミトコンドリア内膜 ミトコンドリア内膜にはたくさんの タンパク質が埋め込まれている。 電子伝達系 活性電子のはたらきで、プロトンが 膜間腔へ汲み出される。 ATP合成酵素(ATPsynthase) 膜間腔 内膜 a1b2c12 基質 α3β3γ1δ1ε1 aからεは、 いずれもポ リペプチド鎖 ATP合成酵素は回転する 回転の可視化 http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/main_.html ATP合成酵素(ATPsynthase) 膜間腔 内膜 基質 a1b2c12 α3β3γ1δ1ε1 回転によってATPが合成 ADP+Pi → ATP ↑ 回転の力 回転によってATPが合成 回転によるATP合成のモデル 電子伝達系とATP生成のまとめ エネルギーの流れと炭素循環 太陽エネルギー 糖+O2 チラコイド膜両側の 電子とプロトンの偏り NAD+→NADH CO2とH2O の発生 植物 動物 宇宙船地球号 ADP+Pi → ATP NADP+→NADPH H2O+CO2 →糖+O2 ミトコンドリア内膜両側の プロトンの偏り ADP+Pi → ATP 生きるための エネルギー 途中のまとめ ここまでで細胞が生きていくため に必要なエネルギーを、どのように 得ているかを学んだ。 細胞にはこれ以外に、たくさんの 代謝反応のネットワークが備わって いる。 化学反応のネットワーク 代謝経路 の交差点 or乗り換駅 ピルビン酸 アセチル CoA 脂肪の代謝 脂肪は、膵臓から分泌されるリパー ゼによってグリセロールと脂肪酸に 分解されて吸収される。 E E + グリセロールの代謝 グリセロールは、グリセロール-3-リ ン酸を経てジヒドロキシアセトンリン 酸 になり、解糖の経路に入る(解糖 系へ割り込む)。 CH2-OH CH-OH CH2-OH ATP CH2-OH CH-OH CH2-OPO3-2 CH2-OPO3-2 C=O CH2-OH NAD+ NADH+H+ グリセロールの代謝 CH2-OPO3-2 C=O CH2-OH ジヒドロキシ アセトンリン酸 グリセルアル デヒド3-リン酸 脂肪酸の代謝 脂肪酸はミトコンドリア基質に運ば れた後、β-酸化によってアセチルCoAにまで代謝される。 CH3CH2CH2CH2-----CH2COO- CoA CH3CH2CH2CH2-----CH2CO-CoA 脂肪酸の代謝 CH3CH2CH2CH2-----CH2CO-CoA CH3CH2CH2CH2----CH-CH-CO-CoA CH3CH2CH2CH2----CH-CH2-CO-CoA OH CH3CH2CH2CH2----C-CH2-CO-CoA O 脂肪酸の代謝 CH3CH2CH2CH2----C-CH2-CO-CoA O CoA CH3CH2CH2CH2----C-CoA O はじめに戻る + CH3-CO-CoA TCA回路へ アセチル-CoA アミノ酸の代謝 アミノ酸は、必要に応じてそのまま タンパク質生合成の材料となる。 前回に述べたタンパ ク質合成の場へ アミノ酸を代謝する場合は、アミノ基 が邪魔になるので、アミノ基とそれ 以外の炭素骨格を分離する必要が ある。 アミノ酸の代謝 アミノ基は、最終的にすべてグルタ ミン酸に集められる(アミノ基転移) アミノ酸 α-ケト酸 α-ケト グルタル酸 グルタミン酸 アミノ酸の代謝 次に、グルタミン酸のアミノ基は、酸 化的脱アミノ反応によりアンモニア になる グルタミン酸 H2O+ NAD+ α-ケトグルタル酸 アンモニア+ NADH+H+ アンモニアの解毒 アンモニアは生体にとって毒なので 尿素回路によって、無毒な尿素にな る 腎臓で 尿素 アンモニア 尿となり 膀胱へ (尿素回路) 尿素回路 最初の2 つの酵素 は肝臓に しかない 炭素骨格の代謝 アミノ基が除かれた炭素骨格は、 1) TCAサイクルの基質となって ATPを産生 2) 糖新生系に入りグルコースを新生 (糖原性アミノ酸) 3) 脂肪酸合成系で脂肪酸を合成 (ケト原性アミノ酸) 代謝経路と酵素 分子A 分子B 酵素A 分子C 酵素B 酵素C 上の図にあるように、これまで述べた 代謝経路のそれぞれのステップには、 酵素が働いている。 酵素タンパク質 酵素(enzyme)は触媒作用を持つタン パク質である。酵素自身は変化せず、 繰り返して反応を触媒する。 酵素が働きかける相手を、基質という。 酵素は特定の基質にたいしてのみ働き かける。これを基質特異性(substrate specificity)という。 一次構造を示したリゾチームを例に。 卵白リゾチーム 1 16 31 46 61 76 91 106 121 1 Lys Gly Ala Asn Arg Cys Ser Asn Gln 2 Val Leu Ala Thr Trp Asn Val Ala Ala 3 Phe Asp Lys Asp Trp Ile Asn Trp Trp 4 Gly Asn Phe Gly Cys Pro Cys Val Ile 5 Arg Tyr Glu Ser Asn Cys Ala Ala Arg 6 Cys Arg Ser Thr Asp Ser Lys Trp Gly 7 Glu Gly Asn Asp Gly Ala Lys Arg Cys 8 Leu Tyr Phe Tyr Arg Leu Ile Asn Arg 9 Ala Ser Asn Gly Thr Leu Val Arg Leu 10 11 12 Ala Ala Met Leu Gly Asn Thr Gln Ala Ile Leu Gln Pro Gly Ser Ser Ser Asp Ser Asp Gly Cys Lys Gly 13 Lys Trp Thr Ile Arg Ile Asn Thr 14 15 Arg His 15 Val Cys 30 Asn Arg 45 Asn Ser 60 Asn Leu 75 Thr Ala 90 Gly Met 105 Asp Val 120 リゾチーム(lysozyme)は、細菌の細胞 壁を構成するN-アセチルムラミン酸と N-アセチルグルコサミン間の結合を切 断する。 ヒトリゾチーム 1 1 Lys 16 Gly 31 Leu 46 Asn 61 Ser 76 Ala 91 Asp 106 Ile 121 Val 2 Val Met Ala Ala Arg Cys Ala Arg Arg 3 Phe Asp Lys Gly Tyr His Val Ala Gln 4 Glu Gly Trp Asp Trp Leu Ala Trp Tyr 5 Arg Tyr Glu Arg Cys Ser Cys Val Val 6 Cys Arg Ser Ser Asn Cys Ala Ala Gln 7 Glu Gly Gly Thr Asp Ser Lys Trp Gly 8 Leu Ile Tyr Asp Gly Ala Arg Arg Cys 9 Ala Ser Asn Tyr Lys Leu Val Asn Gly 10 11 12 Arg Thr Leu Leu Ala Asn Thr Arg Ala Gly Ile Phe Thr Pro Gly Leu Gln Asp Val Arg Asp Arg Cys Gln Val 13 Lys Trp Thr Gln Ala Asn Pro Asn 14 15 Arg Leu 15 Met Cys 30 Asn Tyr 45 Ile Asn 60 Val Asn 75 Ile Ala 90 Gln Gly 105 Arg Asp 120 ヒトでは、涙のなかに含まれていて殺 菌に寄与する。他に免疫にも関与する リゾチームの比較 eggwhite 1 11 21 31 41 MRSLLILVLC FLPLAALGKV FGRCELAAAM KRHGLDNYRG YSLGNWVCAA MKALIVLGLV LLSVTVQGKV FERCELARTL KRLGMDGYRG ISLANWMCLA eggwhite 51 61 71 81 91 KFESNFNTQA TNRN-TDGST DYGILQINSR WWCNDGRTPG SRNLCNIPCS KWESGYNTRA TNYNAGDRST DYGIFQINSR YWCNDGKTPG AVNACHLSCS eggwhite 101 111 121 131 141 ALLSSDITAS VNCAKKIVSD GNGMNAWVAW RNRCKGTDVQ AWIRGCRL ALLQDNIADA VACAKRVVRD PQGIRAWVAW RNRCQNRDVR QYVQGCGV 活性部位 E:グルタミン酸、D:アスパラギン酸 SS結合:24-145(146), 48-133(134) 82(83)-98(99), 94(95)-112(113) ヒトリゾチーム 1 1 Lys 16 Gly 31 Leu 46 Asn 61 Ser 76 Ala 91 Asp 106 Ile 121 Val 2 Val Met Ala Ala Arg Cys Ala Arg Arg 3 Phe Asp Lys Gly Tyr His Val Ala Gln 4 Glu Gly Trp Asp Trp Leu Ala Trp Tyr 5 Arg Tyr Glu Arg Cys Ser Cys Val Val 6 Cys Arg Ser Ser Asn Cys Ala Ala Gln 7 Glu Gly Gly Thr Asp Ser Lys Trp Gly 8 Leu Ile Tyr Asp Gly Ala Arg Arg Cys 9 Ala Ser Asn Tyr Lys Leu Val Asn Gly 10 11 12 Arg Thr Leu Leu Ala Asn Thr Arg Ala Gly Ile Phe Thr Pro Gly Leu Gln Asp Val Arg Asp Arg Cys Gln Val 13 Lys Trp Thr Gln Ala Asn Pro Asn 14 15 Arg Leu Met Cys Asn Tyr Ile Asn Val Asn Ile Ala Gln Gly Arg Asp 15 30 45 60 75 90 105 120 SS結合が4本あって、三次構造に寄与 している。 ヒトリゾチーム ヒトリゾチーム プロテアーゼ ペプチド結合は簡単には切れない。化 学的には、酸を加えて熱を加える必要 がある。 生体内では、ほぼ中性、体温の条件下 で、プロテアーゼと総称される酵素が ペプチド結合を切断する。 プロテアーゼ H R1 O R2 O H-N+-C- C-N- C-C H H H O プロテアーゼ H2O H R1 O H R2 O + H-N+-C-C H-N+-C-C H H O H H O プロテアーゼ タンパク質 ペプシン ポリペプチド断片 トリプシン キモトリプシン より小さなポリペプチド アミノペプチダーゼ カルボキシルペプ アミノ酸 チダーゼ キモトリプシン キモトリプシンは、セリンプロテアーゼの 一つで、膵臓から不活性型のキモトリプ シノーゲンとして十二指腸へ分泌される ウシのキモトリプシンの一次構造 1 61 121 181 241 10 CGVPAIQPVL TTSDVVVAGE VCLPSASDDF ICAGASGVSS TLAAN 20 SGLSRIVNGE FDQGSSSEKI AAGTTCVTTG CMGDSGGPLV 30 EAVPGSWPWQ QKLKIAKVFK WGLTRYTNAN CKKNGAWTLV 40 VSLQDKTGFH NSKYNSLTIN TPDRLQQASL GIVSWGSSTC 50 FCGGSLINEN NDITLLKLST PLLSNTNCKK STSTPGVYAR 60 WVVTAAHCGV 60 AASFSQTVSA 120 YWGTKIKDAM 180 VTALVNWVQQ 240 キモトリプシン キモトリプシノーゲンは、十二指腸でト リプシンによって活性型のキモトリプ シンとなる。 キモトリプシンは、Tyr、Trp、PheのC末 端側でペプチド結合を切る。 活性中心は、Asp102、His57、Ser195 で構成される。 トリプシン トリプシンも、セリンプロテアーゼの一つ で、膵臓から不活性型のトリプシノーゲ ンとして十二指腸へ分泌される トリプシノーゲンは、十二指腸でエンテ ロキナーゼによって活性型のトリプシ ンとなる。トリプシンも、トリプシノーゲ ンを活性型のトリプシンにする。 トリプシン トリプシンは、塩基性アミノ酸Arg、Lys のC末端側でペプチド結合を切る。 活性中心は、キモトリプシンと同じ。 トリプシンとキモトリプシンは、活性中 心も分子の形も良く似ている(serine protease famiy)が、基質特異性が異 なる。 離れたアミノ酸が近づく キモトリプシン まとめと次回 生きていくために必要なエネルギーを 細胞はどのように獲得しているかを概 観し、代謝経路のネットワークを調べ た。また、酵素タンパク質構造と機能 を学んだ。 次回は、どう展開するか、お楽しみに
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