ネットワークにおける 個人情報保護とその背景 近藤 佐保子 南雲 浩二 三島 健稔 1 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. はじめに 情報社会の問題の共通の発生原因 自然科学と人文・社会科学の発展の速度と質の差 自然科学 人文・社会科学 無限の時空間 現実の社会事象 急速 緩慢 直線的 螺旋状 従来、過度の干渉がなく別個に発展 技術の発達によるリアルタイムの影響 対処の遅れによる弊害(プライバシーもその一例) 2 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 「情報の自由」の保障と制限の再考察 • 従来:表現の自由の優越視が可能 – 情報発信による個人の利益を侵害する可能性→ 「低」 情報通信技術の発達 憲法制定時は予測し得なかった複雑多様化 • 現在:表現の自由の理念が機能の有効性を喪失 – 個人の利益の侵害の可能性→「高」 新たな情報の自由の保障と制約の基準の必要性 3 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. プライバシーとは何か 「そっとしておいてもらう(to be let alone)権 利」 Samuel D. Warren and Louis D. Brandeis, The Right to Privacy, Harvard Law Review, Vol. 4 No. 5, pp. 193--220, (1890) 消極的権利 今日のような情報化社会 「自己の情報コントロール権」 積極的権利 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 4 プライバシーの歴史的変遷 • 1890年(米):「プライバシーの権利」(論文) – 「ひとりにしておいてもらう権利」 • 1961年(日):「宴の後(うたげのあと)事件」 – 「私生活をみだりに公開されないという法的 保障ないしは権利」 • 1970年代(米): – 「自己に関する情報の流れをコントロールす る個人の権利」 • 1974年(米):「プライバシー法」制定 5 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 自己コントロール権の法制度化 アメリカ「プライバシー法」の各国への普及 アメリカとヨーロッパ諸国間の利害の対立 規定方式の違い 個人データの国外処理の制限条項も存在 利害対立の調整の必要性 1980年:経済協力開発機構(OECD)理事会 – 「プライバシー保護と個人データの国際流通 についてのガイドライン」 OECDの8原則 国際的基準・各国の調和 6 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. OECDの8原則 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 収集制限の原則 データ内容の原則 目的明確化の原則 利用制限の原則 安全保障の原則 公開の原則 個人参加の原則 責任の原則 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 7 日本での法制度化と問題点 「行政機関の保有する電子計算機に係わる個人 情報の保護に関する法律」 (個人情報保護法)(1989年施行) OECDの8原則に対応する内容を規定 問題点 1.個人情報保護法の規定の不備 2. 政府部門を対象 地方自治体・民間企業に適用が無い →自治体:条例/民間業界:各省のガイドライン 3. 各省庁保有の個人情報は事実上膨大 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 8 プライバシーはなぜ問題になるのか 全ての権利は他の権利・他者と権利と対立し得る プライバシーを尊重することのメリット/デメリット 個人情報の保護 表現の自由 プライバシー権 vs 情報公開 組織のセキュリティ維持 9 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 個人情報の保護と制限 メ リ ッ ト デ メ リ ッ ト 個人情報の保護の尊重 個人情報の保護の制限 ・プライバシー権の保護 ・表現の自由の優先 ・組織内のセキュリティ・ 秩序維持促進 ・情報公開の促進と達成 ・憲法上の表現の自由 ・プライバシーの侵害 の制限 (精神的被害・ ・情報公開の達成への 名誉毀損・ 支障 財産的利益の侵害) ・組織内のセキュリティ・ 秩序の侵害の危険 10 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 個人の保護か組織の安全か 組織の安全と構成員の個人の人権の対立 誰の安全を優先するか? 個人の人権の 保護 vs 組織・社会・国家の 安全 ・近代民主主義国家 ・個人の人権 →個人の人権の重要性 →組織の安定の上に成立 いつどちらを優先させるかの利益考量 11 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 個人情報の保護の新たな局面 [今日のプライバシー権の内容] ・自己の情報のコントロール権 =自己の情報の開示と誤謬の訂正・削除が不可欠 (情報が開示されないとプライバシー保持が困難) [プライバシー権と知る権利の対立図式に変化] ・公権力に情報公開を求める (知る権利の社会権的性質) 新たな安定点の模索が必要 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 12 キャンパスネットワークの位置づけ ★本質的な特殊性は無い [教育効果への期待の程度] ・LANの外部への被害の直接的な波及 →教育目的効果の過度の重視は問題 [電気通信事業法に関して] ・適用されない一般組織と同一に考える [公的組織か私的組織か] ・国公立と私立で同一ではない場合が存在 (憲法の直接適用・公務員の守秘義務) All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 13 個人情報の保護制度と守秘義務 守秘義務: 特定の身分や職業にある者が、職務に関して知 り得た秘密を外部に漏洩してはならない 特定の業務に限って重い責任を課すもの 例: •国家公務員(国家公務員法100条1項) •地方公務員(地方公務員法34条1項) •電気通信事業者(電気通信事業法4・104条) •医師、薬剤師、医薬品販売業者、弁護士、弁護人、 14 公証人(刑法134条 秘密漏示) All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. プライバシーが問題となる事例 (ネットワーク上) 選挙の候補者の前科のWeb公開(韓国) 前科の名簿の閲覧に関する規定しかない 最高裁判所による判例のWeb公開(国内) 判例はセンスティブな個人情報を含む 内部の不正告発に関するメールの閲覧(企業) 労働組合連絡のメールの使用者による閲覧(大学) 学生個人のWEB上での情報公開(大学) メールアドレス、連絡先等の公開(大学) 学内WEBによる学籍情報の利用(大学) All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 15 ー組織内におけるメールの閲覧ー [実際にあった事例] a) あるソフトウェア会社で上司の横領行為を知り、 ないしこれを隠蔽するための虚偽の内容の報告書 の作成を依頼された部下が、この事実を関連会社 などにメールを利用して知らせたところ、この メールが閲覧され、この部下は事実上の円満退職 の形に追い込まれた。 b) ある大学で、職員が労働組合関係の連絡にメー ルを利用したところ、この内容が使用者に閲覧さ れ、組合活動に関する重要な情報が使用者に知ら れてしまった。 16 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 紛争の原因 個人情報の取り扱いに関する組織内規定の不備 •全く規定が欠如していて存在しない •規定はあるが包括的で範囲が不明確 •一応の規定はあるが構成員が熟知していない 規則の明確化とその熟知 •組織の利益のためのメール •労働組合の活動(労働法との関係) 別途考慮が必要 17 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 組織内における解決の試案 情報の保護の必要性の増大 •一般企業においても内規で守秘義務を規定 •教育機関でも学則でプライバシー保護を明記 •違反に対する処分規定を設ける •規定を構成員に熟知させる 守秘義務を遵守し、組織の他の構成員の プライバシーを尊重することを義務付ける 遵守しないものへのペナルティー 遵守できる者のむにアクセスの自由を賦与 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 18 情報公開制度 民主主義に不可欠(日本は条例先行型で実現) 情報公開法:1999年制定、施行予定 新たな個人情報の危機の可能性 個人情報を例外の一つとして明記(不開示事由) →さらに一定の開示事由 不開示情報の範囲が不明確 不開示事由:プライバシー保護を念頭に解釈運用すべき 自己の情報の開示に関する問題点 自己の情報でも個人情報の不開示に基づき開示不可 自己の情報のコントロール権の補償 自己の情報へのアクセス権、訂正の権利と抵触 19 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 公務員の守秘義務と情報公開の関係 情報公開制度に従い誤って不開示自由を開示 不開示自由は該当する 不開示自由は該当する 情報の公開を禁止 情報の公開を免除 VS 誤った公開は 守秘義務違反の責任 批判:情報公開制度の 趣旨にそぐわない 情報公開制度に基づく 公開である限り、 ・処分の可能性は存在 ・守秘義務違反で刑罰 を受けるべきでない All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 20 国の情報公開 情報公開法=行政の情報開示の問題 国の情報公開=行政+立法+司法の情報公開 「開かれた政府」→「会議公開法」も必要 「開かれた国会」→国会中継、審議中の法案の資料 「開かれた裁判所」→判例、裁判記録 WEBという手段→個人情報保護に十分配慮が必要 プライバシーだけを理由とした情報を不開示は問題 「知る権利」などの諸権利に対立 「コントロール権」としてのプライバシー の保護に支障になる可能性 21 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 具体的解決(1) 選挙候補者の前科のWeb公開の例 前科照会事件(最判昭56・4・14) 前科および犯罪歴の自治体による報告は公権力の 違法な行使 北方ジャーナル事件(最判昭61・6・11) 公共的事項に関する表現は私人の名誉権に優先 公人では表現の自由がプライバシーに優先 公人では私人による前科の掲載がされても原則的に は名誉毀損にはならない 公権力による公表は開示規定がない以上、不可 「閲覧」の文言にWebへの「掲載」を含めることは 22 法規解釈として無理 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 具体的解決(2) 判例のWeb公開の例 判例は多くのセンスティブ情報を含む しかしプライバシーの保護を盾に司法の情報公開が 過度に妨げられることは不可 判例から得なければならない事実の詳細さの程度に差 法曹実務家、法学者、法学部の学生、一般人、未成年 それぞれに応じたフィルタリング機能が必要 プライバシーの保護が可能な認証システム技術 技術に裏付けられた情報公開を促進 23 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 具体的解決(3-a) メール閲覧の一般例 •メール閲覧はプライバシー侵害に当たる •正当化されるかどうかで見解が対立 • 就業時間内に業務外 の活動 • 組織の設備を私的に 利用 • 就業規則違反 • メールの閲覧・それに 基づく処分は正当 • プライバシーの侵害 行為自体は存在 VS • 内規で私的利用の禁 止・メールの閲覧につ いて明示しない限り、 閲覧・処分は不可 24 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 具体的解決(3-b) メール閲覧の特殊例 内部の不正告発に関するメールの閲覧 会社の利益のための行為→処分が不当 職員の身分保全が可能 労働組合連絡のメールの使用者による閲覧 専従組合員でないとき就業時間内は就業規則違反 就業時間外も組合活動の施設利用は使用者との合意 組織内でのメールの閲覧自体は許される立場から →自衛しかない (組織内のメールの不使用・暗号化など) 検閲の禁止・通信の秘密・プライバシーの権 利との抵触の問題は残る 25 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 今後の課題 -安定点の模索- 個人情報の保護と他の諸権利とのバランス 組織の性格により差異 組織内の規定の内容に差異 • どのような組織でも規定による明確化が不可欠 • 解釈や習慣に任せておくのは好ましくない • 相対する権利は必ず両方を明文化 例:メールの閲覧が組織の安全のため必要な場合 ・メールが閲覧されること 就業規則で ・私的利用の許容範囲 明文化 26 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. 安定点の指針 a)公的組織については情報公開・表現の自由が優先。 個人情報は正当な目的の下に大幅に制限可能。 b)通信の秘密の規定が無い一般企業でもプライバシー は尊重されるべき。 ただしセキュリティ維持等の観点からの制限等は やむを得ない。 c)学校法人では、基本的に一般企業と同じに考える。 学生に対しては教育目的からの修正を行う。 職員に関しては、私立は一般組織と同じ。 国公立では、公務員の守秘義務等の規制と憲法の 27 直接適用の規制を考慮。 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo. あとがき 議論の錯綜の原因=概念の不明確性 ・プライバシー、個人情報etc. =意味が流動的で確定できない =保護の対象が確定しない ・「個」と「個の属性」を一致させてよい範囲の確定 個人情報保護を理由に情報公開が制限される危険 両者の両立のための法的・技術的保障が必要 時代とともに流動する両者の安定点の模索 28 All Rights Reserved, Copyright© 2001, S.Kondo&K.Nagumo.
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