「剥き出し」の世界との対話 ―アール・ブリュットの意義をめぐって― 青野美和(東北大学大学院) 1.はじめに アール・ブリュットとは 「生の芸術」(ジャン・デュビュッフェ) 正規の美術教育を受けていないアーティストによ る、既成の枠組みにとらわれない美術作品。 知的障がい、精神障がいをもつ人の作品が多い。 2011/10/2 2 1.はじめに 本稿の課題 既成の枠組みを突き抜ける美術の試みは かつてもあった。 ↓ 前衛芸術や、他の現代美術とどこが違うのか? 人々の熱烈な反響が示唆するものは何か? 2011/10/2 3 2.意図および目的の欠如 「アート」とみなしうるか?という問い • 制作意図の欠如 • 他者からの評価を一切想定しない創作 • 「他者を必要としない作品」(マクラガン) ↓ 本当に? 2011/10/2 4 2.意図および目的の欠如 • カントの芸術論 • 「芸術は、・・自然であるかのように見える場 合にのみ美と称せられる」 • 「芸術的所産における合目的性は、なるほど 意図的なものではあるがしかし意図的に見え てはならない」 ↓ 意図-合目的性の欠如が指摘されている。 2011/10/2 5 2.意図および目的の欠如 • アール・ブリュットも同様である。 • たとえば八島孝一の作品。通勤路で拾い集めた モノでつくられるオブジェ。 • 「何かのために」が一切ない。 • 誰かへのおもねりや、評価や承認の欲求もみら れない。 ↓ 人々はここに、「何かのため」ではない生のありよう を見出しているのではないか? 2011/10/2 6 2.意図および目的の欠如 • 現代社会は「あるがままの生」を許さない。 • あらゆる局面で、行為の意味や目的が問わ れる。合目的性の過剰がある。 • しかし、「~のために」は、他を生かすために 自らを「犠牲」にする営為と結びつく危険性を もつ。 2011/10/2 7 2.意図および目的の欠如 • アール・ブリュットは「犠牲」の対極に位置する。 • 誰のためでもない創作 • 他者への〈意図〉は全くないにもかかわらず、 作品は見る人を立ち止まらせ、反応を引き起こす。 ↓ 合目的性過剰の中で見出される他性。 制作意図の欠如による、本来的な生のありようの 想起 2011/10/2 8 3.他性としての作品 • 「発見されるアート」という性格 • 戸来貴規の「日記」 • 彼独自の形象の羅列は、施設の女性職員の 発見によって「作品」となった。 ↓ そこには「他者の視線」が不可欠である。 2011/10/2 9 3.他性としての作品 • アール・ブリュットは、作品の「受け手」が他の ジャンルよりも先鋭に問われる。 ↓ • 創り手と受け手によるある種の「協働関係」 ・・・しかし決して予定調和的ではない。 2011/10/2 10 3.他性としての作品 • 誰のためでもなく、「伝えよう」という意図もな い作品 • 特定の対象に対する自らの強いこだわりゆえ に生まれた作品 ↓ 私性への埋没ではなく、 他者の反応を引き起こす。 受け手を問い、受け手にとって 他性として迫ってくる経験をもたらす。 2011/10/2 11 3.他性としての作品 • 20世紀美術以来の創り手と受け手をめぐる問題 分化、拡散、意図の空転に陥りがちなモダン・ アートに対して、 • アール・ブリュットは、他性を組み込んで成り立ち、 他性として受け手に迫り、 • 作品と受け手とを結び合わせる。 • 「このような世界がある」 • 「このような世界との対話もある」 2011/10/2 12 4.世界との対話 • 回帰するための「体制」は既に解体した日常 • 「生‐権力」が浸透し、「剥き出しの生」(アガンベ ン)へと投げ出されがち ↓ 日常世界は、既存の表現手段では表象困難。 他者および世界とかかわるとはどういうことか? 世界との相互作用が争点に。 2011/10/2 13 4.世界との対話 魲万里絵の作品 •生-権力のありようが描かれている。 •有用なもの、命、意味すべて生きた人間の身 体から引き出そうとする暴力 •視線による意味づけ・表象の暴力 小幡正雄の作品 •結婚式、家族など性や生殖にかかわるテーマ を描くも暴力の臭いがしない。 2011/10/2 14 4.世界との対話 • アール・ブリュット制作者たちは、一方的な意 味づけにさらされてきた存在でもある。 • しかし作品によって、自らをとりまく世界に対 する自分なりの対話を示した。 • 作品は内閉していない。受け手は作品に世 界との対話を見る。そこに、作品の創り手と 受け手の相互作用がある。 2011/10/2 15 5.おわりに アール・ブリュットの現代的意義 • 制作意図の欠如による、本来の生のありよう の想起 • 作品の受け手を先鋭に問うこと • 他性を問い、他性として迫る作品 • 作品の創り手と受け手を結ぶこと • 世界との対話をひらくこと 2011/10/2 16 参考文献 • アガンベン、ジョルジョ『ホモ・サケル』以文社、2003 • Kant ,Immanuel, 1790, Krtik der Urteilskraft. (=1964, 篠田秀雄訳 『判断力批判』全2冊 岩波書店,(上)pp.254-255. • 多木浩二, 2000,『ベンヤミン「複製技術の時代の芸術作品」精読』 岩波書店 • 服部正,2003,『アウトサイダー・アート』光文社 • マクラガン,デイヴィド, 2011,『アウトサイダー・アート 芸術のはじま る場所』青土社,p.174 • 高階秀爾, 1993,『20世紀美術』ちくま書房,pp.246-258. • 小出由紀子, 2008,「アール・ブリュットの誕生とひろがりをめぐっ て」『アール・ブリュット パッション・アンド・アクション』求龍堂 • はたよしこ編著, 2009,『アウトサイダー・アートの世界』紀伊国屋書 店 2011/10/2 17
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