理学部物理系大学生にみる 小・中・高等学校での 理科学習の実態と問題点 理科教育学研究 Vol.51 No.1 2010 著者:川村康文 ,中村保裕 ,井上徳也 川村研究室 B4 1208002 青柳和宏 1.はじめに ・理科離れ・物理離れが問題となって久しいが、 未だに解決が難しい問題である。 ・様々な解決策が講じられてきているが、十分な 成果が見えてこない 1.はじめに これまで川村らは、 ・高校生を調査対象にした小・中学校の理科学習の実態調査 ・高校生を調査対象にした高校物理の実態調査 ・教員養成の学生を対象にした小・中学校理科の実態調査 を行ったが、理科系大学生のみを対象にした調査は行なって おらず、理学部物理系の学生のみを対象とした調査も行なって いない。 ⇨東京都の私立大学に通う理学部物理系学科大学生を対象に、 理科・物理学習の実態と問題点を調査した。 1.はじめに ○分析方法・・・好嫌度について 調査対象者に理科の学習項目を示し、その項目に対し、 好き嫌いを「とても好き」(5)から「とても嫌い」(1)の5段階 で評価させ、その項目の平均値から3を引いたものを2で割った ものを好嫌度とする。 好き嫌い: 1 2 3 4 5 -1 -0.5 0 0.5 1 好嫌度: 1.はじめに 「どちらともいえない」を中心にして、その項目が好きに 傾いているか、嫌いに傾いているかをみることができる。 ここでは、好嫌度が+0.4以上の学習項目をよく好まれて いる学習項目とし、-0.4以下の学習項目をひどく嫌われて いる学習項目とする。 ○分析方法・・・自信度について それぞれの学習項目に対して自信が持てたかどうかを 5段階で評価させ、好嫌度と同様に分析する。 2.調査対象者 ・東京都の私立(大学)に通う理学部物理系大学生 ・小学校で平成元年度改訂の学習指導要領、 中学校で平成元年度改訂の学習指導要領、 高校で平成11年度告示(15年度施行)の 学習指導要領で学習した学生 ・男子96名、女子13名、計109名 3.調査方法と時期 ・質問紙調査法 ・2009年4月、学生が受講する授業の初回 4.分析方法 ・尺度として好嫌度と自信度を用いる。 ・男女比は等しくないが、今回の調査において 女子学生の回答を得られたことを重視し、理学部 物理学系の女子大生のデータとして提示する。 4.分析方法 出典:e-Stat(http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001015830&cycode=0) 図1 平成20年度関係学科別学生数の一部 5.結果 5-1 生活科および小学校理科における好嫌度 調査項目は、調査対象者が小学校時代に学習し た学習指導要領から、物理・化学・生物・地学のそ れぞれの領域に偏ることなくまんべんなく選び出し た18項目に、生活科6項目を加えた24項目とする。 5.結果 5-1 生活科および小学校理科における好嫌度 図2 小学校理科の好嫌度(男子) 5.結果 5-1 生活科および小学校理科における好嫌度 図3 小学校理科の好嫌度(女子) 5.結果 5-1 生活科および小学校理科における好嫌度 概括:好嫌度がプラスを示す項目が多い 好嫌度平均(生活科を含む) ・男子:+0.32 ・女子:+0.36 好嫌度平均(生活科を含まない) ・男子:+0.33 ・女子:+0.33 この時点では男女ともに理科学習を好んでいること がわかる。 5.結果 5-1 生活科および小学校理科における好嫌度 共通して高くないもの ・7.昆虫のからだのつくり(男子+0.12,女子-0.04) ・14.受粉と結実(男子+0.05,女子+0.19 ) →男女ともに生物領域を好んでいない 男子のみ高くないもの ・21.人体(+0.18) ・23.人の生活と人間環境(+0.16) →17(天気の変化),21,23で男女の好嫌度に差がある 5.結果 5-1 生活科および小学校理科における好嫌度 生活科については2006年の調査と同様、好意的な結果 ・1.学校探検をしよう(男子+0.48,女子+0.50) ・2.花を育てよう(男子+0.21,女子+0.50) ・3.生き物となかよしになろう (男子+0.28,女子+0.46) ・4.野菜を育てよう(男子+0.32,女子+0.50) ・5.街を探検しよう(男子+0.44,女子+0.35) +0.40以上の項目が多かった。 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 調査項目は、調査対象者が中学校時代に学習した 学習指導要領から、物理・化学・生物・地学のそれぞれ の領域からまんべんなく選び出した21項目とした。 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 図4 中学校理科の好嫌度(男子) 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 図5 中学校理科の好嫌度(女子) 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 概括:小学校と同様にプラスを示す項目が多い 好嫌度平均 ・男子:+0.25 ・女子:+0.30 中学校理科の学習内容の全般については好まれ ていることがわかる 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 男女ともに+0.40以上の項目 ・5.光と音(男子+0.41,女子+0.46) ・7.惑星と太陽系(男子+0.42,女子+0.54) 男子のみ+0.40以上の項目 ・6.力(+0.45) 女子のみ+0.40以上の項目 ・1.植物の種類(+0.46) ・2.光合成(+0.46) ・11.オームの法則(+0.46) 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 男女ともに高くないもの ・18.科学技術と人間生活(男子+0.19,女子-0.12) ・19.火山と地震(男子+0.18,女子+0.15) ・21.自然と人間(男子+0.08,女子-0.08) →特に女子は18と21を嫌っていることがわかる 男子のみ高くないもの ・1.植物の種類(+0.07) ・10.動物の生活と体のつくり(+0.14) ・15.生物と細胞(+0.15) ・20.地層の形成(+0.07) 女子のみ高くないもの ・17.仕事とエネルギー(+0.19) 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 男女差 ・ 18.科学技術と人間生活(男子+0.19,女子-0.12) →男子が0.31高い ・1.植物の種類(男子+0.07,女子+0.46) →女子が0.39高い ・10.動物の生活と体のつくり(男子+0.14,女子+0.38) ・15.生物と細胞(男子+0.15,女子+0.35) ・20.地層の形成(男子+0.07,女子+0.31) 5.結果 5-2 中学校理科における好嫌度 以上より、それぞれの領域について、 ・物理領域は+0.40以上を示す項目があり、好まれている ・化学領域は好まれている傾向が見られる ・生物領域は、女子でよく好まれている項目があるが、 男子では十分に好まれているわけではない ・地学領域では、男女間に好嫌度の差が見られる 項目がある ということがわかる。 5.結果 5-3 高等学校物理における好嫌度 調査項目は、調査対象者が高等学校時代に学習した 学習指導要領から、高等学校理科の物理領域である力 学,熱,波動,電磁気学,原子物理学からまんべんなく 選び出した24項目とした。ここでは理科全般ではなく物 理の領域のみに注目した。 5.結果 5-3 高等学校物理における好嫌度 図6 高等学校物理の好嫌度(男子) 5.結果 5-3 高等学校物理における好嫌度 図7 高等学校物理の好嫌度(女子) 5.結果 5-3 力学分野好嫌度 +0.40以上の項目 ・男子・・・2項目 ・女子・・・5項目 男女ともに+0.40以上 ・8.運動エネルギーと位置エネルギー(男子+0.61,女子+0.62) 男子のみ+0.40以上 ・7.運動の法則(+0.57) 女子のみ ・11.運動量と力積(+0.50) ・12.円運動(+0.46) ・13.単振動(+0.54) ・14.万有引力(+0.46) 5.結果 5-3-1 力学分野の好嫌度 ・最も高いのは、 8.運動エネルギーと位置エネルギー(男子+0.61,女子+0.62) ・男子の平均は+0.41、女子の平均は+0.49 ・男女ともに学習をよく好んでいる 5.結果 5-3-2 熱学分野の好嫌度 ・男子の平均は+0.18、女子の平均は+0.18 5.結果 5-3-3 波動分野の好嫌度 ・男子の平均は+0.16、女子の平均は+0.19 →男女ともにやや好んでいる ・女子の 5.音波の共鳴(+0.42) は特に好まれている。 5.結果 5-3-4 電磁気学分野の好嫌度 ・男子の平均は+0.21、女子の平均は+0.03 →女子は十分好んでいない,女子より男子が好んでいる傾向 ・男子で+0.30を超えたもの 10.電気とエネルギー(+0.33) 15.電荷と電界(+0.31) 16.電流による磁界(+0.31) ・男子でも以下の項目は十分好かれていない 3.交流と電波(+0.07) 18.電磁波(+0.06) ・女子は、以下の項目で負となった 2.モーターと発電機(-0.19) 3.交流と電波(-0.19) 5.結果 5-3-5 原子物理学分野の好嫌度 ・男子の平均は+0.03、女子の平均は+0.18 →男女ともに十分高いとは言えない 男子より女子が好んでいる傾向 ・女子は 22.粒子性と波動性(+0.31) がやや高く、負の値を示した項目はない。 ・男子は正の値を示した5項目はあまり高くなく、 24.素粒子(-0.01) は負の値を示した。 5.結果 5-4 高等学校物理における自信度 図8 高等学校物理の自信度(男子) 5.結果 5-4 高等学校物理における自信度 図9 高等学校物理の自信度(女子) 5.結果 5-4 高校物理における自信度 男子の平均は+0.15、女子の平均は-0.01 男女ともに+0.40以上 ・7.運動の法則(男子+0.68,女子+0.54) ・8.運動エネルギーと位置エネルギー(男子+0.71,女子+0.65) ・12.円運動(男子+0.40,女子+0.46) 男子のみ+0.40以上 ・11.運動量と力積(+0.41) 女子のみ+0.40以上・・・なし 5.結果 5-4-1 力学分野の自信度 ・男子の平均は+0.45、女子の平均は+0.44 ・男女ともに好嫌度だけでなく自信度も高いことがわかる 5.結果 5-4-2 熱学分野の自信度 ・男子の好嫌度は十分高いわけではない、自信度もあまり高くな く、男子の平均は+0.11 ・女子の平均は-0.06で負の値を示した。 5.結果 5-4-3 波動分野の自信度 ・男子の平均は+0.23、女子の平均は+0.00 ・好嫌度では正だった女子の以下の項目は負の値を示した 4.波動(-0.04) 6.光の回折と干渉(-0.08) ・女子は好嫌度に対して自信度が大きく下回る項目があった。 5.音波の共鳴(好嫌度+0.42,自信度+0.12) 5.結果 5-4-4 電磁気学分野の自信度 ・男子の平均は+0.17、女子の平均は-0.13 ・男子は、好嫌度は正だが、自信度は正・負にばらついた 3.交流と電波(-0.03) 10.電気とエネルギー(+0.35) ・女子は、好嫌度が負であった項目は、 2.モーターと発電機(-0.46) 3.交流と電波(-0.46) と、自身が持てなかったことがわかった。 5.結果 5-4-5 原子物理学分野の自信度 ・男子の平均は-0.29、女子の平均は-0.38 →男女ともに低い、すべての項目で負の値 ・特に女子は 20.原子と電子(-0.46) 21.固体の性質と電子(-0.46) となり、極めて自信を持てなかったことがわかった。 6.考察 6-1. 小・中学校の理科において ・理学部物理系大学生は小・中学校時代から理科学習を好んで いたことがわかった。 ・物理領域は男女ともに好んでいたのに対し、生物領域では男 子の値が低かった。 →小・中学校時代の理科分野でどの領域が好きだったかに よって、その後どの分野を学習したいかが決まってくることを示唆 ・小・中の理科授業における好嫌度が理科の科目選択に影響を 及ぼす? →生物系の学生ではどうなるのかを調べてみる必要がある。 6.考察 6-1. 小・中学校の理科において ・調査対象者は小学校時代は物理領域が好きだった →高校で物理を学ぶ・大学で物理を専攻するには、中学校時 代に物理に興味をもつことが必要かもしれない。 ・中学校で物理に対する強い興味・関心を喚起することができ、 高い学習効果が発揮されるような授業が行われることが重要。 6.考察 6-2. 高等学校の物理において ・概して好嫌度の高いものは自信度も高く、好嫌度の低い項目は 自信度も低い。 →好んでいる項目は、進んで学習するため定着しやすい ・好嫌度が負を示すような物理授業は改善されなければならない が、好嫌度が正であるから良いというわけではない。 →原子物理学分野では好嫌度に対して自信度が極端に低い ・物理Ⅰの力学では自信をつけさせることに成功しているが、 物理Ⅱの原子物理学の学習は困難な状態であることが示唆さ れる。 6.考察 6-2. 高等学校の物理において ・高校生の物理学習への興味・関心を高め、自信をもたせるよう な授業が行われないと、一層高校生の物理離れに拍車がかかる ことが懸念される。 ・新設される物理基礎は、文系を希望する高校生も受ける可能性 がある。 その段階では、進路が文系・理系に分けられていない可能性も あり、高年次に物理を履修する高校生が増える機会がある。また、 そこに物理基礎を学ぶ意味も見えてくるのではないだろうか。 7.おわりに ・調査結果から、大学まで物理を学習するためには、興味・関心 が重要であることがわかった。 →授業改善・指導法や教材の改善が急がれる ・生徒は新しい科学知識を獲得するだけでなく、抽象的な科学概 念を獲得しなければならない。 →簡単に授業で実施でき、生徒が実験から学ぶ科学概念に納 得できるようなタイプの実験(ぷち発明)や、デジタルコンテンツの 活用などを効果的に使う必要がある。 文献 1)川村康文「高校生にみられる小・中学校理科学習の実態と問題点」 物理教育 Vol.44 No.4 pp.393-396 1996 2)川村康文「中学校新教育課程で学んだ高校生の小・中学校理科学習の 実態と問題点」 物理教育 Vol.45 No.4 pp.213-217 1997 3)川村康文「理科学習の視点から見た青少年の物理離れの実態」 理科教育 Vol.48 No.12 pp.23-24 1999 4)川村康文・多田恭子「教員養成系学部大学生にみる小・中学校理科学習 の実態と問題点」 物理教育 Vol.54 No.2 pp.116-120 2006 5)文部科学省:学校基本調査(指定統計第13号)-平成20年度-高等 教育機関 統計表一覧、大学・大学院-「関係学科別 学生数」 http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001015830 &cycode=0 (政府統計の総合窓口(e-Stat)) この論文を読んで考えたこと ・好嫌度や自信度の傾向は、過去の論文とあまり変わっ ていない印象 ・高等学校物理の自信度が、先に進むにつれ、どんどん 下がっている。 →内容の難易度?理解が追いつかない? ・生物系や化学系の学生の結果と比較できればより 有意義になりそう。 この論文を読んで考えたこと どんな授業をしたいか ・理科・物理に興味を持てるような話を盛り込む ・ぷち発明を取り入れる
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