東京大学公共政策大学院教材

事例研究(ミクロ経済政策・問題分析 III)
- 規制産業と料金・価格制度 (第10回 - 手法(6) 意志決定モデル)
2013年 7月 5日
戒能一成
0. 本講の目的
(手法面)
- 企業・家計の行動を分析する際に有益な、意志
決定モデルの典型的な手法を理解する
・ モデルの選択基準
(離散 or 連続・反復, 1財 or 2財以上,
相手方との相互作用の有無)
・ 典型的な意志決定モデル
(行動原理型, Tobit, 線形型, CD型など)
(内容面)
- 意志決定モデルの基礎的考え方を理解する
2
1. 意志決定モデルの選択
1-1. 意志決定の種類 (1) 離散 or 連続・反復
- 企業・家計が何らかの意志決定をする行動を
モデルで記述する際、最初に考えるべき問題は
当該意志決定が「離散」型か「連続・反復」型か、と
いう点である
○ 離散型
- 大学や就職先の選択
- 高額耐久消費財の購入 (住宅, 自動車・・・ )
○ 連続・反復型
- 日用財の選択 (「和洋中」選択, 消費量選択)
- 経路・行先選択 (頻繁に行く買物先,行楽地) 3
1. 意志決定モデルの選択
1-2. 意志決定の種類 (2) 離散型
- 「離散」型の意志決定は、1財の選択 と 2財以上
の選択が存在するが「1財の選択」で表現可能
○ 離散型 – 1財
- 自動車, 住宅購入 など 「Yes / No」 で決定
→ 当該財の「消費 / 非消費」が検討対象
○ 離散型 – 2財以上
- Windows / Linux / Mac など 「N択」 で決定
→ 階層化することにより 1財型で表現可能
(例: Windows or それ以外, それ以外中 Mac・・)
4
1. 意志決定モデルの選択
1-3. 意志決定の種類 (3) 連続・反復型
- 「連続・反復」型の意志決定は、通常は 1財の消
費量を決定するか、2財以上の消費量・選択比 を
決定する問題に分類される
○ 連続・反復型 – 1財
- ガソリン, 電力など「必需品」の消費量
→ 1財の量に関する部分均衡を考えれば可
○ 連続・反復型 – 2財以上
- 食費支出のうち「和食」の頻度・比率
- 工業生産の投入要素選択 (資本・労働・・・)
→ 2財以上での最適選択を考える必要あり
5
1. 意志決定モデルの選択
1-4. 意志決定種類とモデル選択 [重要]
- 意志決定の種類に応じたモデル選択
○ 離散型
→ 「行動原理型」モデル
→ 「Tobit型」モデル (Logit, Probit, Heckit ・・)
○ 連続・反復型 – 1財
→ (対数)線形型モデル
○ 連続・反復型 – 2財以上
→ 「行動原理型」, 「ゲーム理論形」モデル
→ Cobb-Douglas型モデル, CES型モデル
6
2. 離散型: 行動原理型モデル
2-1. 行動原理型モデルとは
- 企業・家計が何らかの意志決定をする際に、当
該企業・家計がどのような主観的行動原理に従っ
ているかを仮定し観察結果を分析するモデル
- この形態のモデルでは通常「相手」との相互作用
は仮定しない (← cf. ゲーム理論「支配戦略」型)
- モデル化に用いる行動原理には、下記の典型的
な 6分類があるが、期待値型と Mini-Maxが多い
・Laplace型, 期待値型
・Mini-max型, Maxi-max型, Hurwicz型
・Mini-max-regret型
7
2. 離散型: 行動原理型モデル
2-2. Laplace型 (「無情報型」)
- 意志決定に際し、状態の発生確率に関する情報
が得られないことが判明している場合に、全ての
状態が同一確率で発生すると仮定したモデル
(例: 家計による行楽選択: 効用は既知(要調査))
状 態:
晴天 雨天
効 用/
発生確率: (不明; 50%と仮定)
日光紅葉鑑賞
+ 90
+ 10 (E= 50)
○○○ーランド
+ 60
+ 40 (E= 50)
→ 晴天:雨天の確率は 50:50 と推定した上で、
現実の行楽客の行動を分析 (ex イベントの影響) 8
2. 離散型: 行動原理型モデル
2-3. 期待値型
- 意志決定に際し、状態の発生確率に関する情報
がある程度得られ、期待値の大小に従って意志決
定が行われていると仮定したモデル、最も普遍的
(例: 家計による行楽選択)
状 態:
晴天 雨天
効 用/
発生確率: 80% 20% 期待値
日光紅葉鑑賞
+ 90
+ 10 (E= 74)
○○○ーランド
+ 60
+ 40 (E= 56)
→ 日光:ランドの基礎客足は 74 : 56 (期待値の
比)と推定し他の影響を分析
9
2. 離散型: 行動原理型モデル
2-4. Mini-max型 (最悪状態重視型)
- 意志決定に際し、当該主体が最悪の状態に陥っ
た際の効用が最も高い(= Mini-max)よう保守的に
意志決定を行っていると仮定したモデル
(例: 家計による行楽選択)
状 態:
晴天 雨天
効 用/
発生確率: 80% 20% 期待値
日光紅葉鑑賞
+ 90
+ 10 (E= 74)
○○○ーランド
+ 60
+ 40 (E= 56)
→ 日光:ランドの基礎客足は 10 : 40 (雨天の効用
比)と推定し他の影響を分析
10
2. 離散型: 行動原理型モデル
2-5. 他の類型(詳細略)
- Maxi-Max型 (最善状態重視型, Mini-Maxの逆)
考え得る最善の状態での効用が最も高い(=
Maxi-max)よう射幸的に意志決定を行うと仮定
- Hurvitz型
当該主体の楽観度α を仮定(測定)し、最善状態
の効用 * α + 最悪状態の効用 * (1-α) が最も高
いよう中庸的に意志決定を行っていると仮定
- Mini-Max-Regret型 (後悔最小型, Savage型)
最善の状態からの差(=後悔度)が最小化されるよ
うに意志決定を行っていると仮定
11
2. 離散型: 行動原理型モデル
2-6. 行動原理型モデルの選択
- 6分類形態のどのモデルを当てはめるかという
「モデル選択」問題については、実績値を用いた検
討・検証が望ましいが、実際には弾力的に応用さ
れている
(演繹的検討)
- 高齢者世帯 → Mini-max型 (最悪状態重視)
- 土日休日 → Maxi-max型 (最善状態重視)
(帰納的検討)
- 関連統計解析, アンケート調査
- シミュレーション, 比較分析
12
3. 離散型: Tobit型モデル
3-1. Tobit型モデル(1) 二択モデル(Probit, Logit)
- 離散型の選択が、ある観察可能な変数 zi で決定
される確率に従うと考えられる場合、二択モデル
(Binary Outcome Model)が適用可
(離散値 Di の選択)
1
Di =
0
Di = Pr(Di=1, zi’β) +εi
Pr(Di=1,zi’β) =∫-∞(zi-z0)’β/σ (2πσ2)-1/2 * exp(-1/2*s2/σ2)ds
( Probit ; 正規確率密度関数 φ((zi-z0)’β/σ) の積分)
Pr(Di=1, zi’β) = 1 / (1 + exp(-zi’β))
[頻出]
( Logit; 対数確率関数 Λ(zi’β))
13
3. 離散型: Tobit型モデル
3-2. Tobit型モデル(2) 二択モデルの考え方
「脳 内」
「現 実」
確率密度関数
Pr (正規確率密度
関数の場合)
二択変数
Di
措置群 (Di =1)
1
選択確率関数
Pr (Di=1, zi’β)
= 確率密度関数の積分値
(-∞ で0, +∞で 1)
選択結果
Di (1 or 0)
0
対照群 (Di =0)
-∞
0
z0 (zi の平均)
(zi – zo)’β/σ
説明変数
(zi-z0)’β/σ
(例: Di - 家計 i 高級外車購入の有無 zi - 家計 i の所得)
Zi
説明変数
zi
14
3. 離散型: Tobit型モデル
3-3. Tobit型モデル(3) ダミー変数モデル
- 離散値 Di の選択に応じ、Di = 1 の場合のみ
結果指標 yi が zi により決定される場合、ダミー
変数モデル(Dummy Dependent Model)が適用可
(第1段階: 離散値 Di の選択: (例) 高級外車購入)
1 if Di* > 0 ;
Di* = zi1’β1 +ε1i
Di =
( 通常 誤差ε1i は正規分布と
0 if Di* ≦ 0 ;
仮定し Probit型で β1 を推定 )
(第2段階: 結果指標 yi の決定: (例) 外車購入額)
yi* = zi2’β2 +ε2i
yi = yi* if Di* > 0 ;
0 if Di* ≦ 0 ;
( ← 観察不能 )
15
3. 離散型: Tobit型モデル
3-4. ダミー変数モデル(4) 推計の考え方
「脳 内」
ダミー変数
Di, Di*
(観察不可)
選択ダミー変数
の誤差
ε1i = Di* - zi’β1
(正規分布を仮定)
結果指標 yi
(観察可)
措置群 (Di =1)
措置群 (Di =1)
1
選択ダミー
Di (1 or 0)
「現 実」
yi
選択ダミ-関数
Di*
= zi’β1 + ε1i
結果指標
の誤差
ε2i
(ε1i との関
係を仮定)
結果指標
yi*
= zi’β2 + ε2i
(or 0 )
0
0
対照群 (Di =0)
Zc (Di* = 0)
説明変数 zi
(観察可)
対照群 (Di =0)
→ yi = 0
Zc
(?)
説明変数 zi
(観察可)
(例: yi - 家計 i の外車購入額 Di – 外車購入ダミー(観察不可) zi - 家計 i の所得)
16
3. 離散型: Tobitモデル
3-5. ダミー変数モデル(5) モデルの種類
- Two Part モデル
第1段階を Probit型で推計し、第2段階で正の観察値のみ回帰推計
(= 第1段階・第2段階の確率や誤差の関係を仮定しないが、第1段階での
選択の有無 (= 第2段階が不存在か “0”が存在か ) を識別する必要有)
- Tobit モデル (狭義のTobitモデル, Type 2)
第1段階・第2段階の誤差が二元正規分布に従うと仮定し、第1段階の
Probit型推計の結果(回帰係数 β1) を用い、第2段階を推計
- Heckman 2段モデル (Heckit) [頻出]
第1段階・第2段階の誤差が線形関係と仮定し、第1段階の Probit型推計
の結果(回帰係数 β1) を用い、第2段階で正の観察値のみを推計
E( yi | Di >0 ) = zi2’β2 + σ12*λ(zi1’β1)
← 最尤値(ML)推計
σ12: 誤差間の線形回帰係数
λ(zi’β1): 逆ミルズ比 正規分布確率密度関数φと確率の比
= φ(-zi’β1/σ) / ( 1 - ∫-∞-zi’β1/σ φ(s) ds )
17
3. 離散型: Tobit型モデル
3-6. ダミー変数モデル(6) 仮定と検定
- ダミー変数モデルの多くは、少なくとも第1段階の
選択過程の誤差が正規分布に従うと仮定
→ 誤差の正規性検定 (- linktestなど) が必須
→ 実はポアソン分布
18
4. 連続・反復型
4-1. 線形モデル(1財)
- 意志決定の対象として 1財の消費量など連続・
反復的な選択のみを考えればよい場合、影響因
子を説明変数として用いた線形モデルが適用可
- 通常は対数線形型を用いる場合が多い
( → 変数を定常化しやすく、かつ係数 βi が弾力
性を示すため解釈が容易 )
- 時系列データである場合、同時決定となる場合
などに要注意
ln(Y(t)) = β0 + Σi ( βi * ln(Xi(t)) ) + εi(t)
Y(t); 消費量 Xi(t); 価格, 所得, 天候, 年齢 ・・・ 19
4. 連続・反復型
4-2. ゲーム理論型モデル(1)
- 企業・家計が何らかの意志決定をする際に、当
該企業・家計が「相手」との相互作用を考慮に入れ
つつ、どのような行動原理に従っているかを仮定し
観察結果を分析するモデル
- 通常は「期待値型」の行動原理を仮定
- モデルとしては 2分類(支配戦略型 Dominant
Strategy, 混合戦略型 Mixed Strategy)があるが、
連続・反復型の意志決定は通常は「混合戦略型
Mixed Strategy」のモデルを用いる
20
4. 連続・反復型
4-3. ゲーム理論型モデル(2)
- 混合戦略型モデルとは、企業・家計が「相手」の
反応を前提にある比率で挙動を組合せて対応す
ることが最適な場合が存在し、当該比率に従うと
仮定し観察結果を分析するモデル
(例: 家計による行楽選択+)
(2, 1)
日光 100%
/ 婆 日光 ランド
爺 日光 2, 1 0, 0
ランド 0, 0 1, 2
爺
(1, 1)
(1, 2)
ランド 100%
→ 日光 1/3, ランド 1/3, 決裂 1/3
婆
21
4. 連続・反復型
4-4. Cobb-Douglas(CD)型モデル; 2財以上
- 企業・家計が Cobb-Douglas型の生産・効用関数
を持つと仮定し、最大化問題の解に従い各財を
投入・消費していると仮定するモデル
(家計消費) max Πi ( Xiαi ) (Σi αi = 1 )
s.t.
Σi ( pi * Xi ) = I
⇒ Xi = αi * I * pi-1
- CD型モデルは、簡単で計測容易な利点がある
が、価格弾力性-1, 所得弾力性 1, 交差弾力性 0
など先験的に強い前提条件を置くことに注意
( → cf. CES型)
22
4. 連続・反復型
4-5. CES型モデル; 2財以上
- CD型モデル同様の枠組で、財間の代替性を考
慮して CES型生産・効用関数を用いたモデル
max (Σi ( αi * Xi(σ-1)/σ )) σ/(σ-1)
s.t.
Σi ( pi * Xi ) = I
σ: 代替弾力性, 0 ≦σ
⇒ Xi =αiσ* pi(1-σ) *(Σi (αiσ* pi(1-σ)))-1 * I * pi-1
- CD型の問題点である「弾力性の前提条件」を、簡
素性を殆ど犠牲にせず解決できるため多用される
- 対数をとって解くとほぼ「線形」型となる点に留意
23
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-1. 問題設定
- 某国の国道では、ゲリラが出没するため貨物輸
送に高額の保険金が掛けられているとする
- 国道毎の距離と保険料率は下記のとおり
100km
#2 都市
20km
0.04
#4 都市
40km
0.01
0.02
20km
#1 出発都市
0.03
60km
0.02
25km
0.01
最危険
#3 都市
10km
15km
経路 #3-5
0.07
#6 目的都市
#5 都市
0.01
- 当該国の運送会社は各トラック運転手に対し如
何なる経路選択を指示すべきか?
24
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-2. 前提条件設定
- トラックの速度は一律で、燃料と運転手の労賃合
計(輸送費)は積荷に関係なく一律 $ 5.0/km とする
- トラックは同じ都市を 2回通らずに #1 出発都市
から #6 目的都市に向かうものとする
- 積荷は総額別に以下の 3種類とし、保険料率は
現実のゲリラによる損失を概ね反映しているとする
a: 石 炭
$ 1,250b: ウイスキー $ 12,500c: 金塊
$125,00025
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-3. 選択可能な経路の選定
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
累計保険料率 距離
#1→#2→#3→#5→#6
0.12
145km
#1→#2→#3→#5→#4→#6
0.14
195 ×
#1→#2→#4→#6
0.07
160
#1→#2→#4→#5→#6
0.07
160
#1→#3→#2→#4→#6
0.11
140
#1→#3→#2→#4→#5→#6
0.11
140
#1→#3→#5→#6
0.10
85
#1→#3→#5→#4→#6
0.12
135
26
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-4. 各経路の総費用 (輸送費($5.0/km)+保険料)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
保険料率・距離 総費用 a
12356 0.12 145
875
×
1246
0.07 160
888
12456 0.07 160
888
13246 0.11 140
838
132456 0.11 140
838
1356
0.10
85
550
13546
0.12 135
825
石炭 b 酒 c 金塊
2225 15725
1675
9550
1675
9550
2075 14450
2075 14450
1675 12925
2175 15675
27
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-5. 感度分析 (輸送費(労賃上昇$10.0/km)+保険料)
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
Ⅵ
Ⅶ
Ⅷ
保険料率・距離 総費用 a
12356 0.12 145
1600
×
1246
0.07 160
1688
12456 0.07 160
1688
13246 0.11 140
1538
132456 0.11 140
1538
1356
0.10
85
975
13546
0.12 135
1500
石炭 b 酒 c 金塊
2950 16450
2475
2475
2775
2775
2100
2850
10350
10350
15150
15150
13350
16350
28
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-6. 経路選択モデルの選択・展開(1)
(離散型)
- 年数回の低頻度での輸送や国営運送公社1社の
選択の場合など、当該経路選択が「離散型」である
と見なせる場合
・ 行動原理型モデル: 期待値型
→ 5-4. の費用が最小となる経路を常に選択
・ Tobit型モデル: Logit型
→ 5-4. の費用を変数とした確率分布で選択
29
5. 事例: 経路選択 “駅馬車問題”
5-7. 経路選択モデルの選択・展開(2)
(連続・反復型)
- 年間数百回の高頻度での輸送や運送公社が多
数存在する場合など、当該経路選択が「連続・反
復型」であると見なせる場合
・ CD型モデル, CES型モデル
→ 5-4. の費用を変数とし、「利得」が最大化す
るよう 2経路を選択
・ ゲーム理論型モデル
→ ゲリラ側の対応を与件として 2経路を選択
30