日本語を考える Introduction to Japanese Linguistics 意味・談話 (2) ハとガ ハとガの違いは? 山田さんが鈴木さんを批判した。 山田さんは鈴木さんを批判した。 雨が降っています。 雨は降っています。 誰が来ましたか? *誰は来ましたか? ガは基本的に主語を示すが、ハはそうではない。 ガは、ニやヲなどと同様に格を表す。ガ格は、典型的には主語を表すが、そうで ない場合もある。 山田さんが鈴木さんを批判した。(主語) 鈴木さん {が/は} 山田さんが嫌いだ。(目的語) この地方が冬が寒い。 (???) (二重主語構文) ハは格を表さない。 子供たちはカレーを作っています。(主語) カレーは子供たちが作っています。(目的語) 庭では、子供たちがカレーを作っています。(場所の副次補語) 今日は、子供たちがカレーを作っています。(時間の副次補語) 象は鼻が長い。(???) このにおいはガスが漏れているよ。(???) 情報構造 ハの意味・機能を理解するためには、文 (あるいは発話) の情報構造につい て考える必要がある。 情報構造: 文の中のどの要素が、どの談話機能 (語用論的機能) を担うか。 談話機能: 文は、焦点 (focus) と背景 (background) に分けられる。 背景は、主題 (topic) と 付随部 (tail) に分けられる。 (カレーは、誰が作っていますか?) カレーは、子供たちが作っています。 カレーは =目的語, 主題 子供たちが = 主語, 焦点 作っています = 動詞, 付随部 ハの機能に関する一般的な理解: ハは主題を示す。 焦点 焦点は、 重要な情報、新しい情報を担う 音声的な際立ちを受ける場合が多い。(日本語の 場合、「際立ち」は主にピッチの高低変化で表され る) 焦点でない部分を背景と呼ぶ。 Q: 誰が優勝しましたか? A: 山田さんが優勝しました。 焦点を新情報、背景を旧情報と呼ぶ場合もある。 Q1: 誰を山田さんに紹介しましたか? A1: 鈴木さんを山田さんに紹介しました。 Q2: 鈴木さんを誰に紹介しましたか? A2: 鈴木さんを山田さんに紹介しました。 - 焦点以降の句の高低変化は抑制される。(義務的) - 焦点に先立つ句の高低変化は抑制される場合がある。(義務的ではな い) - 焦点となる句の高低変化は強調される場合がある。(義務的ではない) - 焦点となる句の句末が上昇を伴う場合がある。(義務的ではない) 文全体が焦点となる場合もある。 動詞などが焦点となる場合もある。 (何かあったの?) 山田さんと鈴木さんが大喧嘩をしたらしい。 あ、雨が降ってる! (で、そのケーキをどうしたの?) 結局、捨てました。 背景のない文はあるが、焦点のない文はない。 焦点をはっきり示すために、特殊な構文を用い る場合がある。 あなたは山田さんに誰を紹介しましたか? あなたは誰に鈴木さんを紹介しましたか? わたしが山田さんに紹介したのは、鈴木さんです。 主題 主題は、 聞き手が、まずそれに注意を向けることを期待される もの 文が、それに関する知識を増進させるもの 主題の定義は難しい。何を主題と呼ぶかについては、 研究者のあいだで意見が分かれる部分が大きい。 うどんは、京都で食べた。 ラーメンは、神戸で食べた。 一般的には、ハは主題を示すと考えられている。 また、日本語は、英語などと比べて、主題を明示 的に表す傾向が強い言語であると考えられてい る。 子供たちがカレーを作っています。 子供たちはカレーを作っています。 The kids are making curry. 「ハは主題を表す」という仮説を採用した場合、 以下の文でハのつく句は全て主題をあらわすと いうことになる。 子供たちはカレーを作っています。 カレーは子供たちが作っています。 庭では、子供たちがカレーを作っています。 今日は、子供たちがカレーを作っています。 象は鼻が長い。 このにおいはガスが漏れているよ。 多くの場合、ハを含む文には、対応するハを含まない文 がある。前者は後者に「主題化」という操作を加えること によって構成されると考えることもできる。 子供たちはカレーを作っています。 (子供たちがカレーを作っています。) カレーは子供たちが作っています。 (子供たちがカレーを作っています。) 庭では、子供たちがカレーを作っています。 (子供たちがカレーを庭で作っています。) 今日は、子供たちがカレーを作っています。 (子供たちがカレーを今日作っています。) 象は鼻が長い。 (象の鼻が長い。) 破格のハ 以下のような文は、「主題化」 では説明できない。 このにおいは、ガスがもれているよ。 魚は鯛がいい。 お問い合わせは、営業部までお問い合わせください。 新聞は小銭をご用意ください。 「ハ = 主題マーカー」 説の問題点 一般に、疑問文 (wh-疑問文) における疑問詞は、焦点 に該当し、それ以外の部分は背景となる。 山田くんは 『三四郎』 をいつ読みましたか? また、疑問詞を含む疑問文に対する解答においては、 疑問詞に対応する部分が焦点に該当し、それ以外の部 分は背景となる。 山田くんは 『三四郎』 を九月に読みました。 なぜ、次のような文は不自然に感じられるのか? ??山田くんが 『三四郎』 をいつ読みましたか? (山田くんが 『三四郎』 をいつ読んだか教えてください。) ??山田くんが 『三四郎』 を九月に読みました。 これらの文において、「山田くん」は主題でなければいけ ない? ⇒ 主語は焦点または主題でなければいけない (= 主語 は付随部になれない)? 以下のような文で、「山田くん」が主題に該当す るとみなす根拠は? 山田くんは 『三四郎』 をいつ読みましたか? 山田くんは 『三四郎』 を九月に読みました。 代替案 #1: 「ハ」 = 背景マーカー 代替案 #1: 「ハ」 は、背景マーカーである。 (「ハ」 はそれがついた要素が背景の一部であ ることを示す。) 山田くんは 『三四郎』 をいつ読みましたか? 山田くんは 『三四郎』 を九月に読みました。 なぜ目的語 (『三四郎』) にハがつかないかを説 明できない。 代替案 #2: 非対称仮説 代替案 #2: 「ハ」 は、主語 (など) についた場合、それが 背景の一部であることを示す。 山田くんは 『三四郎』 をいつ読みましたか? 山田くんは 『三四郎』 を九月に読みました。 また、「ハ」 は、目的語 (など) についた場合、それが主 題であることを示す。 『三四郎』 は山田君が九月に読みました。 非対称仮説を補強する証拠 「ハ」以外に、「ニツイテハ」、「ニ関シテハ」 のような表現 も主題マーカーであると言われている。 山田くんについては、『三四郎』 を読みました。 『三四郎』 については、山田くんが読みました。 英語の ‘as for’, ‘regarding’ のような表現も同様。 As for Bill, he is in New York now. As for Moby Dick, I read it a couple of years ago. 「ハ」 と 「ニツイテハ」 は等価ではない。 主語につく 「ハ」 は、多くの場合、「ニツイテハ」 で言い換えることができ ない。 バーに若い男が入ってきた。その男 {は/については} カウンターに座り、 ビールを注文した。 自己紹介をします。私 {は/については}、山田ヒロシと言います。 言い換えられる場合もある。 山田さん {は/については}、今、出張でアメリカに行っています。 「ハ」 も 「ニツイテハ」 も主題マーカーだが、後者の使用条件はより制限 されている、という考え方もできる。(一般的にそのように考えられている) 目的語につく 「ハ」 は、「ニツイテハ」 で言い換え られることが多い。(言い換えられない場合もあ る。) 『三四郎』 は、九月に読みました。 『三四郎』 については、九月に読みました。 非対称仮説: 主語 (など) につく 「ハ」 は背景 マーカー、目的語 (など) につく 「ハ」 は主題 マーカー 根拠 (i): 疑問詞を含む疑問文 根拠 (ii): 「ニツイテハ」 を用いた言い換えテスト ハの使用に関するその他の条件 埋め込み文とハ 対比のハ 否定とハ 埋め込み文とハ 文が別の文を部分として含むものを、埋め込み構造 (embedding structure) と呼び、部分として含まれる文 を埋め込み節と呼ぶ。(従属節という場合もある。) 補文節 ヒロシは、[ケンがユミにプロポーズした] と思っている。 ヒロシは、[ケンがユミにプロポーズした] と言った。 副詞節 [ケンがドアをノックした] とき、ヒロシは熟睡していた。 [ケンがドアをノックした] ので、ヒロシは目を覚ました。 関係節 ヒロシは [ケンが描いた] 絵を絶賛した。 ヒロシは [ケンを推薦した] 人にいくつか質問した。 埋め込み節には、 「ハ」 の使用を許すものと許 さないものがある。 (許さないもの) *[ケンはドアをノックした] とき、ヒロシは熟睡していた。 *[ケンはドアをノックした] ので、ヒロシは目を覚ました。 *ヒロシは [ケンは描いた] 絵を絶賛した。 ケンはドアをノックしたとき熟睡していた。 (許すもの) ヒロシは、[ケン {が/は} ユミにプロポーズした] と思っ ている。 ヒロシは、[ケン {が/は} ユミにプロポーズした] と言っ た。 このような違いは、埋め込み節の 「独立度」 の違いによ るものと考えることができる。 (埋め込み節の中には、独立文と比較的近い性質を持 つものがある。) 否定とハ 否定文では、肯定文と比べてハが (多く) 使われやすい。 昨日、夕飯のあとにコーヒーを飲んだでしょう? ええと、どうだったかな … はい、確かにコーヒー {を/?は} 飲みました。 いや、コーヒー {??を/は} 飲みませんでした。 あ、わたしはお酒は … (僕は) 山田くんがうそをついたとは思いません (比較: ??山田くんがうそをついたと思いません) 山田くんは犯人ではない (比較: ?*山田くんは犯人でない) 同様の現象は、疑問文・命令文などについても見られる。 (ルーブル美術館で、偶然会った知人に) もう 『モナリザ』 は見ましたか? (飛行機の放送) シートベルトはしっかりとお締めください。 否定文・疑問文・命令文などでは、ハの使用に関する 「非対称性」 がなくな る? 修正非対称仮説: 主語 (など) につく 「ハ」 は背景マーカー、目的語 (など) につく 「ハ」 は主題 マーカー。ただし、否定文・疑問文・命令文などに現れる「ハ」は、一貫して背 景マーカー。 対比のハ 「ハ」には、主題用法と対比用法があると言われている。 (対比用法の例) 子供たちは、カレーはつくっているけど、ご飯は炊 (た) いていません. (山田くんたち、来た?) 鈴木くんは来たよ。 (宿題 、どのくらいかかりそう?) 一時間はかかりそう。 「対比のハ」のつく句は、一般的に焦点に該当する。(これは音調的に確かめることが できる。) 「対比のハ」は、埋め込み節の中でも比較的許容されやすい。 あれは、[日本人 {が/*は} 昔から日本の象徴とみなしてきた] 山です。 あれは、[チベットの人はチョモランマと呼び、ネパールの人はサガルマータと呼ぶ] 山です。 「主題のハ」と「対比のハ」の関係は? 語彙レベルの曖昧性? 比較: He is too young, too.
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