世界の言語と日本語 第7回 格体系から見た日本語 格とは何か • 典型的には、名詞と主要部の間の関係を 名詞の側で示す形式。 – 主要部は、文の述語であったり、被所有者名 詞であったりする。 – 鳥が 飛ぶ 鳥の 羽 述語 被所有者 • 形容詞が格形式を持つこともある(第5回 講義資料) 自動詞文と他動詞文 • 主語と目的語は文を構成する名詞句の中 で重要な要素 – 主語は多くの(全てとは限らない)文で必須 – 目的語の有無は文の他動性を左右する • 自動詞文:目的語のない文(鼠が逃げた) • 他動詞文:目的語のある文(猫が鼠を追っ た) 主語と目的語の格表示 • 主語と目的語の格表示は言語によって異 なる。 – 名詞の性質によって異なることもある。 • 主語と目的語の格表示は4種類 – 対格型 – 能格型 – 活格型 – 中立型 主語と目的語の格表示 • 主語と目的語を示す略号 • 他動詞主語をA, 自動詞主語をS, 目的語 をOで表す。 • 猫が 鼠を 追いかけた。 • A O • 鼠が 逃げた。 • S 主語と目的語の格表示 • 他動詞主語と自動詞主語を区別するのは 何故か? • 実は、自動詞主語も2種類に分ける必要が ある。(→後述) 文法関係と格 • 主語と目的語のコード化 – 対格型、能格型、活格型、中立型 – 中立型以外では常に他動詞文の主語(A)と目 的語(O)が区別されている。 主格 対格 A 能格 O S 対格型 A O S 能格型 絶対格 A O Sa So 活格型 A O S 中立型 A O S • • • • • • 対格型 様々な格表示 の手段 A=S≠O 猫が 鼠を 追いかけた。 A O 鼠が 逃げた。 S 日本語は、格助詞(case particle, postposition) による対格型格表示 A O S 対格型 様々な格表示 の手段 • A=S≠O • 名詞の屈折(語形変化)による対格型もある。英 語の代名詞 • He hit him. • A O • He ran away. • S • A=S=“He”, O=“him” A O S • • • • • • • 対格型 様々な格表示 の手段 A=S≠O 語順を使った対格型もある。英語の普通名詞。 The cat chased a rat. A O A rat ran away. S AとSは動詞の前、Oは動詞の後ろ。 A O S 対格型 様々な格表示 の手段 • A=S≠O • 前置詞を使った対格型もある。ルーマニア語の 普通名詞 • Ion a așteptat pe Maria. • A O (イオンがマリアを待った) • Maria n-a venit.(マリアは来なかった) • S • AとSは名詞のまま。Oには前置詞peが付く。 A O S 対格型 主格:名詞+ゼロ 対格:名詞+α • A=S≠O • 英語の代名詞とルーマニア語の普通名詞の対 格のかたち • 主格[hi:]、対格[him]→対格は[m]がついている。 • ルーマニア語の場合対格には前置詞が付くが主 格は名詞のまま(主格:Maria; 対格:pe Maria) • つまり、対格の方がプラスαである。 A O S 対格型 • 主格=名詞+ゼロ、対格=名詞+α • 対格が主格よりも形態的に有標な体系が、類型 的には多い(松本克己 2003. 「日本語の系統: 類型地理学的考察」『日本語系統論の現在』国 際日本文化研究センター) • では、日本語や韓国語のように主格もプラスα (NP-ga (Jpn.), NP-i/ga (Kor.))の体系は? • →類型的には珍しい(有標) • 有標の主格をもつ対格型格体系は有標 A O S 対格型 類型的に無標 の方言 • 日本語の方言の中には類型的に見て無標な「主 格=名詞+ゼロ、対格=名詞+α」の対格型格 体系が見られる方言がある。 • 北関東から東北地方にかけて話されている方言 の有生名詞(主格は裸の名詞で、対格は「こと・ とこ・ば」などを使う)。 • 猫 ネズミ-ごど 捕まえた。 • ネズミ 逃げた。 A O S 能格型 • A≠S=O • Aを表す格を「能格」、S=Oを表す格を「絶 対格」という。絶対格は主格と呼ばれること もある。 • 能格 絶対格 A O S • • • • • • • • • 能格型 A≠S=O Dixon, R.W.M. 1994. Ergativity. CUP. ヂルバル語の例 ŋuma banaga-nyu 父-絶対 戻る 「父が戻る」 ŋuma yabu- ŋgu bura-n 父-絶対 母-能 見る 「母が父を見る」 A Sa ≠ O So 活格型 A Sa ≠ O So 活格型 • A=Sa≠So=O • 喜界島方言(松本泰丈 1990. 「『能格』現象と日 本語」『国文学解釈と鑑賞』) • 主語 目的語 動詞 • 自動詞構文1 N-Φ Vi(状態) • 自動詞構文2 N-ŋa Vi(行為) • 他動詞構文 N-ŋa N-ΦVt(行為) 中立型 • A=S=O • 英語の普通名詞は、名詞の形式だけを問 題にすると中立型 • The cat chased the rat. • The rat ran away. – A=S=O=N-Φ (the cat-Φ、the rat-Φ) 分裂能格型 • 能格型の格体系と対格型の格体系が混 ざっている言語がある。 • このような現象を能格分裂型と呼ぶ。 言語体系 対格型 能格型 ワルング語の例 分裂能格型 (1)a. ngaya nyunya palka-n 1単.主格 3単.対 殺す-過去/現在 b. ngaya nyina-n 1単.主格 座る-過去/現在 (2) pula-φ pama-φ palka-n 3両-主格 男-絶対格 殺す-過去/現在 (3) pama-ngku pula-nya palka-n 男-能格 3両-対格 殺す-過去/現在 (4) kunira-ngku pama-φ palka-n クニラ-能格 男-絶対格 殺す-過去/現在 名詞句階層 Silverstein, Michael (1976) Hierarchy of features and ergativity. In R. M. W. Dixon (ed.), Grammatical categories in Australian languages. 112-71. Canberra: Humanities Press. +tu −tu +ego 代名詞 −ego +proper −proper +human −human +animate 2人称 1人称 3人称 固有名詞 人間 生物 無生物 名詞 有生 −animate 無生 配布資料参照 名詞句階層と分裂能格性 • 左端ほど対格型になりやすく、右端ほど能 格型になりやすい 対格 能格 +tu −tu +ego 代名詞 −ego +proper −proper +human −human +animate 2人称 1人称 3人称 固有名詞 人間 生物 無生物 名詞 有生 −animate 無生 分裂能格性のその他の要因 • サモア語では完了相で能格型、未完了相 で対格型 • 資料参照 斜格の類型 • 斜格とは、主語や直接目的語以外の要素 を表す格を指す。具体的には主格、対格、 能格、絶対格以外の格である。 • 主格、対格、能格、絶対格は直接格である。 • 与格や属格は斜格である。 2項対立型 • 直接格と斜格だけが対立する体系 • 主語と目的語の対立を格が反映しない体 系。 • ルーマニア語の普通名詞 – 主語と目的語はともに名詞+ゼロ:Maria – 与格は名詞+α:Mariei – 間接目的語と斜格主語は区別されない。 斜格主語 主語 2項対立型 間接目的語 直接目的語 • Pisica mănîncă Frisky. 猫 食べる フリスキー • Pisicăi îi place Frisky. 猫.与 接語彼女に 好き フリスキー • Eu îi dau Frisky pisicăi. 私 接語彼女に 与える フリスキー 猫.与 3項対立型 • 直接格では主語と目的語の対立が格形式 に反映するが、斜格では、斜格主語と間接 目的語を区別せず同じ格形式で表す。 • 日本語(標準語) – 彼が 猫を 育てている。 – 彼に(は) それが わからない。 – 彼女が 彼に 猫を 預けた。 主語 斜格主語 3項対立型 • 3項対立型は多くの言語で見出される。 • 対格型言語の3項対立型:日本語、イタリ ア語など • 能格型言語の3項対立型:グルジア語など 4項対立型 • 直接格と斜格の両方で主語と目的語の対 立がコード化されている。 • 水海道方言(茨城県南西部) – 猫 ねずみ-ごど おっかげだ。 – 俺-がにゃ わがんね。 – 孫-げ コツケー(小遣い) やる。 主語 目的語 斜格主語 間接目的語 4項対立型 • 対格型言語の4項対立型:水海道方言 • 能格型言語の4項対立型:アンディ語、ゴド ベリ語 • 4項対立型は、数が少ないようだ。 • これは、経験者をマークする格が珍しいた めと考えられる。 斜格性と文法関係 2項対立型 3項対立型 主語/目的語 直接格 直接格 斜格 斜格 主語 直接格 主格/能格 対格/絶対格 斜格 4項対立型 主語 直接格 主格/能格 斜格 経験者格/情動格 目的語 目的語 対格/絶対格 与格 与格 斜格の対立と有生性 • 水海道方言の格体系(一部) 生物 無生物 主格 N-φ N-φ 対格 N-godo 経験者格 N-ngani (N-sa) 与格 N-nge N-φ N-sa この表の生物名詞と無生 物名詞をわけて別々の体 系として考えるとどんなこと がいえるだろうか? 斜格の対立と有生性 • 水海道方言の格体系(一部) 生物 主格 N-φ 対格 N-godo 経験者格 N-ngani 与格 N-nge 直接格と斜格の両方で主 語と目的語の対立がコー ド化されている。 4項対立型 斜格の対立と有生性 • 水海道方言の格体系(一部) 無生物 主格 N-φ 対格 N-φ 経験者格 (N-sa) 与格 N-sa 直接格と斜格の両方で主 語と目的語の対立がコー ド化されていない。 2項対立型 形式の対立の根拠は何か • 有生性と統語的機能の相関関係 – 主語特性は有生名詞に集中、無生名詞は統語的に 不活性 – 無生名詞の場合、対立をコード化する統語的根拠が 弱い。 • 格は、名詞と述語の間の文法関係を反映する手 段だが、他のさまざまな意味的要因に形式を規 定されることがある。 – 名詞の有生性、アスペクトなど
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