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日本語を考える
Introduction to Japanese
Linguistics
語彙・形態・文法 (3)



語順
格、文法機能、意味役割
態 (ヴォイス)
語順

言語の語順 (基本語順) は、
動詞 (V), 主語 (S), 直接目的語 (O)
 主要部 (被修飾部), 修飾部
の前後関係で決定される。

語順

SOV型 (約45%): 日本語, ヒンディー語など


SVO型 (約35%): 英語, ロシア語など


ケンが(は) ユミを 尊敬している。
Ken respects Yumi.
VSO型 (約18%): アイルランド語, タガログ語な
ど
VOS型, OSV型, OVS型 はまれ
語順
日本語の語順は比較的自由であると言われる
(ただし、述語は原則的に最後に来る)。
昨日 公園で ケンが 缶コーヒーを 飲んだ。
 缶コーヒーを 昨日 ケンが 公園で 飲んだ。
…

語順

[修飾部 - 主要部] 型: 日本語など





私のおじいさん
おいしい水, 便利な機械
ケンが尊敬している人
[主要部 - 修飾部] 型
混合型:



my grandfather, (a) friend of mine
fresh water, something blue
(the) man who(m) Ken respects
語順

目的語と動詞の間の前後関係と、修飾部と主要
部の前後関係は、一致する傾向がある。
(例えば、SOV型言語は [修飾部 - 主要部] 型で
ある可能性が高い。)
格、文法機能、意味役割

格 (case)


文内における名詞句の文法的・意味的役割を表示す
る表現形式 (狭義には語形変化によるものだけを指
す)。
英語における格変化 (曲用) の例:
{he, his, him, his}
{John, John’s}

日本語における “格”?
{彼が, 彼の, 彼を, 彼に …}
格、文法機能、意味役割

ラテン語における6つの格:






主格: puella ‘少女が’
対格: puellam ‘少女を’
与格: puellae ‘少女に’
属格: puellae ‘少女の’
奪格: puella ‘少女から, 少女で’
呼格: puella ‘少女よ’
格、文法機能、意味役割

日本語の格助詞:

ガ格 (主格)
ヲ格 (対格)
二格 (与格)
ト格 (共格)
ヘ格 (方向格)
デ格 (具格/道具格, 所格)
カラ格 (起点格)
マデ格 (着点格)
ヨリ格 (比較格)
ノ格 (属格/所有格)

ニヨッテ, ニトッテ, ノタメニ, …









格、文法機能、意味役割

文法機能 (grammatical function)

文内における名詞句の文法的役割
補語

必須補語 (項)
 主語
 目的語



直接目的語
間接目的語
副次補語 (付加部)
ex) I gave him a book yesterday.
格、文法機能、意味役割

意味役割 (semantic role)


文内における名詞句の意味的役割 (深層格ともいう)
主要な意味役割 (教科書 p.66)




動作主 (agent), 経験者 (experiencer)
対象 (theme), 相手 (recipient)
経過域 (path), 場所 (location), 出どころ (source),
行き先 (goal)
道具 (instrument)
格、文法機能、意味役割

ケンが缶コーヒーを公園で飲んだ。




ケンが: ガ格 (主格), 主語, 動作主
缶コーヒーを: ヲ格 (対格), 目的語, 対象
公園で: デ格 (所格), 副次補語, 場所
ケンに (は) 北極星が見えた。


ケンに: ニ格 (与格), 主語, 経験者
北極星が: ガ格 (主格), 目的語, 対象
格、文法機能、意味役割

主語 (や目的語) をどのように認定するか?
尊敬語: お~になる, 召し上がる, など (主語志向
敬語)
謙譲語: お~する, さしあげる, など (目的語志向
敬語)


山田先生が缶コーヒーを公園でお飲みになった。
山田先生に (は) 北極星がお見えになった。
格、文法機能、意味役割

格枠組み




食べる: [(1) <ガ, 動作主>, (2) <ヲ, 対象>]
見える: [(1) <ニ, 経験者>, (2) <ガ, 対象>]
見る: [(1) <ガ, 経験者>, (2) <ヲ, 対象>]
走る: [(1) <ガ, 動作主>]
格、文法機能、意味役割

なぜ意味役割を区別する必要があるのか?
(例)
 ガ格主語 ― 動作主, 経験者


食べる, 走る; 見る, 聞く, …
ニ格主語 ― 経験者

見える, 聞こえる, わかる …
『<経験者>を格枠組みに含む動詞は、ニ格主語をとる場合があ
る。』 のような一般化ができる。
態 (能動・受動・使役)

態: 「出来事に対する参加者の立場を表す概念」
能動態 vs. 受動態

John criticized Ken.



John: 主語, 動作主
Ken: 目的語, 対象
Ken was criticized (by John).


Ken: 主語, 対象
(by) John: 副次補語, 動作主
英語における受動態:
(1) (必須)補語の数を減少させる
(2) 文法機能と意味役割の対応関係を変える
態 (能動・受動・使役)

日本語における能動態・受動態の対立:

山田さんが鈴木さんを批判した。



山田さん(が): 主語, 動作主
鈴木さん(を): 目的語, 対象
鈴木さんが (山田さんに) 批判された。


鈴木さん(が): 主語, 対象
山田さん(に): 副次補語, 動作主
対応する能動文を持つ受動文を直接受動文 (直接受身文) と
いう。
態 (能動・受動・使役)

対応する能動文を持たない受動文を間接受動文 (間接受身文) とい
う。






雨が降った。
(私は) 雨に降られた。
ヒロシはエッフェル塔の絵を描いた。
(ケンは) ヒロシにエッフェル塔の絵を描かれた。
間接受動文は、(同じ述語を用いた) 能動文より多くの補部を持つ。
間接受動文には、主語にあたる個体が迷惑を受けるというニュアンス
を持つため、 “迷惑の受身”、 “被害の受身” と呼ばれる場合もある。
態 (能動・受動・使役)

直接受身と間接受身の中間的なケース (“所有者受身”)








ケンがヒロシの肩を叩いた。
ヒロシはケンに肩を叩かれた。
比較: ヒロシの肩はケンに叩かれた。
山田先生がヒロシの演技をほめた。
ヒロシは山田先生に演技をほめられた。
比較: ヒロシの演技は山田先生にほめられた。
所有者受身は、(ほぼ)対応する能動文の目的語がそのまま残る、という
点で間接受身に近い。
一方、かならずしも迷惑の意味が生じないという点では、直接受身に近
い。
態 (能動・受動・使役)

直接受身・間接受身・所有者受身は別の構文と
みなすべきか?




この絵は、ゴッホによって描かれた。
山田くんに、エッフェル塔の絵を描かれた。
所有者受身を間接受身に含めるべきか?
間接受身の迷惑の含意はどこから生じるか?
態 (能動・受動・使役)

使役態

山田さんは北海道に行った。



山田さん: 主語, 動作主
北海道: 目的語, 行き先
鈴木さんは、山田さんを北海道に行かせた。



鈴木さん: 主語, 動作主 (使役者)
山田さん: 目的語, 対象 (被使役者)/動作主
北海道: 目的語,行き先
(使役態は、必須補部の数を増加させる。)
態 (能動・受動・使役)

日本語・英語における使役の違い:

日本語では接辞、英語では助動詞を用いる。



鈴木さんは山田さんを北海道に行かせた (ik-ase-ta)。
Mr. Suzuki made Mr. Yamada go to Hokkaido.
日本語の “使役” は “許可/放任” の意味を含む。

鈴木さんは娘をアメリカに留学させた。
Mr. Suzuki made/had his daughter study in U.S.
Mr. Suzuki let his daughter study in U.S.

鉄壁の守備で一点もとらせなかった。


態 (能動・受動・使役)

二種類の使役文:
ヲ使役: 鈴木さんは、山田さんを北海道に行かせた。
ニ使役: 鈴木さんは、山田さんに北海道に行かせた。

動詞の語基が他動詞 (ヲ格目的語を要求する動詞) の場
合、ヲ使役は使えない (“二重ヲ制約”) 。
 鈴木さんは、山田さん {*を/に} 「ドナドナ」を歌わせた。
動詞の語基が非意思的自動詞の場合、ヲ使役は使えない。
 冷蔵庫で野菜 {を/*に} 腐らせてしまった。
両方使える場合、ヲ使役は “強制”、ニ使役は “許可/放
任” の解釈を受けやすい。
 子供 {を/に} プールで泳がせた。


態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤル (アゲル)・クレル・モラウの対立 (態の問題
とは捉えないことが多い)
(1) 山田さんが鈴木さんにお金をやった/あげた。
(2) 山田さんが鈴木さんにお金をくれた。
(3) 鈴木さんが山田さんにお金をもらった。
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤルとアゲルの違い


アゲルは丁寧、ヤルはややぞんざい。
本来アゲルはヤルの謙譲表現だが、現在ではその性
格は薄れている。 (比較: サシアゲル)

植木に水をあげる / 犬にエサをあげる
ヤル/アゲル
クレル
モラウ
サシアゲル (謙譲語)
クダサル (尊敬語)
イタダク (謙譲語)
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤル/クレルとモラウの違い
 ヤル/クレル:
[(1) <ガ, 動作主>, (2) <ニ, 受け手>, (3) <ヲ, 対象>]
 モラウ:
[(1) <ガ, 受け手>, (2) <ニ, 出どころ>, (3) <ヲ, 対象>]

ヤル/クレル vs. モラウの対立は、語彙的態の対立と呼ばれることが
ある。他に貸ス vs. 借リルなど。
(1)
a. 山田さんが 鈴木さんに お金を やった。
b. 鈴木さんが 山田さんに お金を もらった。
(2)
a. 山田さんが 鈴木さんに お金を 渡した。
b. 鈴木さんが 山田さんに お金を 渡された。
c. お金が 山田さん {から/によって/??に} 鈴木さんに 渡された。
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤルとクレルの違い:
(1)
(2)
(3)



a. 私はヒロシに本をやった。
b. *私はヒロシに本をくれた。
a. *ヒロシは私に本をやった。
b. ヒロシは私に本をくれた。
a. ヒロシはケンに本をやった。
b. ヒロシはケンに本をくれた。
ヤルは話し手の視点が (ニ格目的語に比べて) ガ格主語に近
いことを表す。
一方、クレルは話し手の視点が (ガ格主語に比べて) 二格目的
語に近いことを表す。
「視点の近さ」の替わりに、「共感度」という用語が用いられる場
合もある。
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤルとクレルの違い:
(4) a. ヒロシは誰かにお金をやった。
b. *ヒロシは誰かにお金をくれた。
(5) a. ヒロシは弟にお金をやった。
b. ヒロシは弟にお金をくれた。

共感度:
話し手 > 話し手に近い人物 > それ以外
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤル・クレル・モラウの性質は、対応する補助動
詞用法にも受け継がれる :
(1) 山田さんは鈴木さんを手伝ってやった。
(2) 山田さんは鈴木さんを手伝ってくれた。
(3) 鈴木さんは山田さんに手伝ってもらった。
(1)・(2) では主語 = 恩恵の与え手、
(3) では主語 = 恩恵の受け手
態 (授受動詞・恩恵動詞)

日本語では、恩恵を伴う行為は原則的に恩恵動詞を
使って表す。






太郎は私のために料理を {??作った / 作ってくれた}。
ヒロシは私を {??手伝った / 手伝ってくれた}。
私はヒロシに肩を叩いてもらった。
私はヒロシに肩を叩かれた。
私はヒロシに自分が書いた小説を読んでもらった。
私はヒロシに自分が書いた小説を読まれた。
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ヤル・クレルの対立は何のためにあるか?

手伝ってやっている。(主語はおそらく 「私」)
手伝ってくれている。 (主語は「私」以外)



I am helping him out.
He is helping me out.
態 (授受動詞・恩恵動詞)

ほとんどの言語では、共感度に応じて授受動詞
や受益動詞を使い分けることはしない。



I gave John a book vs. John gave me a book
言語によっては、他動詞全般を、共感度に応じ
て使い分ける。 (クリー語など)
日本語は、この二つの中間的なケースであると
考えられる。