メディアとしてのカラオケボックス ~内部空間における力学の微視的研究 インターネットとマスメディアプロジェクト所属 政策・メディア研究科2年 重本 憲吾 プロジェクト・ミーティング発表資料 2002年11月26日 1 論文の構成 序 Ⅰ カラオケボックスの空間力学 第1章 監視空間~<窓>のイデオロギー 第2章 強制空間~閉じられた可能性 第3章 発見された機能 Ⅱ 記号と解釈 第4章 記号の非主体的発信 第5章 記号発信に付随するもの~内部空間で起きてい ること 結論 2 本論文の問題意識 カラオケボックスが発明され若者層に支持されたこと で、90年代、急速に国民的娯楽となったカラオケ(余暇 活動参加人数4位=5150万人『レジャー白書2002』) 同時期の、音楽産業(ミリオンセラー数の増加)やテレ ビ産業(音楽番組の復権、トーク番組の急増)の変化 J-POPのカラオケランキングの急速な移り変わり(⇔カ ラオケバー/演歌との違い) カラオケボックスにおいては歌の消費のスタイルが異 なっている。90年代に流れ込んだ若者層を中心に、 そこに新たな機能が発見されたのではないか? 3 本論文の概要 カラオケボックスの構造のイデオロギー性に着目し、 「監視空間」「強制空間」という特質を提示する(1、2 章) 人々がそのような空間に娯楽性を見出した理由を、 効率的なセルフ・プレゼンテーションを可能にする機 能を発見したためだとする(3章) カラオケボックスにおけるセルフ・プレゼンテーション の実態を記号論の枠組みを用いて考察するとともに、 アクチュアルな課題にも触れる(4,5章) 4 本論文のオリジナリティ カラオケボックスの「窓」や「構造」など、空間力学に 微視的に着目した点。 従来混同されてきたカラオケバーや公園などにおけ る「カラオケ」と、カラオケボックスにおける「カラオケ」 を峻別した点。90年代のカラオケボックスの人気は、 歌を歌うという行為ではなく、何よりもその独自の空 間力学がもたらしたものであり、本論においては公共 カラオケとカラオケボックスにおけるカラオケは全く異 なる娯楽/メディアと捉えられる。 内部空間に見出された機能(セルフ・プレゼンテー ション)を、記号論を援用して解き明かした点。そこで は理論化と解釈が同時に図られる。 5 第1章 監視空間~〈窓〉をめぐるイデオロギー 1-1 カラオケボックスの窓をめぐる小史(1) 一般の参加者や従来の研究者は、カラオケボックスに おける〈窓〉を所与のものとしているが、本来プライベー トな空間には不必要なものではないか? →歴史を遡ってみると、実際に、カラオケボックスの窓は 所与のものではない 初期のカラオケボックスには、窓がないかカーテンが かかっていた(密室) 1989年9月17日、福岡県筑紫市のカラオケボックス で、アルバイトの従業員2人が少年客らに未成年と知 りながらアルコールを販売し、そのうちの一人が急性ア ルコール中毒で死亡、従業員も書類送検されるという 事件等をきっかけに、規制の動きが起こる 6 1-1 カラオケボックスの窓をめぐる小史(2) 業者、行政レベルで内部を見渡せる「窓」の設置が義務付けられる 3 設置基準 (1)窓 ア 1箇所の窓の大きさは、個室の床面積の20分の1以上とする こと。 イ 窓の前面に透明ガラスをはめ込み、個室内部が見通せる構 造とすること。 ウ 通路に面した壁面に設置すること。 エ カーテン等で個室内部の見通しを妨げる設備を設けないこと。 (「草加市カラオケボックスの設置等にかかる指導要綱」より抜粋=下線筆者) この〈窓〉の存在こそが、カラオケボックスの空間に独自の様相をもたらし、 内部における人々に多大な影響を及ぼすイデオロギーとして作用する 7 1-2 〈窓〉の機能の特殊性 (比較)ボーリング・・・〈窓〉のない、開かれた空間 →視線の開放性、平等性、非固定性 〈窓〉は視線を限定化、固定化する (比較)ホテルの部屋の窓・・・採光、景色を愉しむ (比較)自動車の窓・・・安全性、景色を愉しむ →「見る」ことの主体性が確保されている カラオケボックスの〈窓〉・・・「見る」ことに積極的意味はな く、〈窓〉を通して常に外部からの恣意的な視線にさらされ る=受身(もともと非行の監視が目的) 8 1-3 監視システム~視線の内面化(1) (問い)カラオケボックス内での非行行為を防ぐために、どんな取り組みをし ているのか。特に、構造上の監視体制はどうなっているのか。 防犯上、当然各部屋に設置した窓の大きさは考慮している。外から、一目で 室内全体が見渡せるようにしている。ただ、お客様のプライバシーの問題が あるので、カラーフィルムを張るなどの工夫はしているが、いずれにしても室 内を見渡せる透明性は確保している。ただ、当社の場合、各部屋に監視カ メラを設置して一元的に監視しているので、見回り時間や回数に関しては、 各店に対して徹底はしていない。ただ、監視カメラの存在は、お客様には告 知していないし、部屋でその存在も目に触れないようカモフラージュしている。 業界でも珍しい防犯への真摯な取り組みとはいえ、お客様には反感をもた れる可能性があるからだ。 (全国に300店舗を展開する大手カラオケチェーンの事業運営部による回 答 電話インタビュー/2002年11月21日) 9 1-3 監視システム~視線の内面化(2) 内部の人々にとっては「見られる」意味しかなかった〈窓〉 だが、実際は管理者が積極的に「見て」いるわけではな い 〈窓〉により内部の人々が視線を意識化/内面化するこ とに意味がある・・・〈窓〉の存在そのものが監視上の効果 をもたらす M・フーコー「一望監視装置」(囚人の効果的な管理を目 指した監獄形態)とのアナロジー →「監視空間」としてのカラオケボックス 10 第2章 強制空間~閉じられた可能性 2-1 聞かされる空間 暗がり・大音響・密閉性・複合レジャー施設なし →一定時間、視覚・聴覚・移動の自由が奪われ る(特に聴覚) (比較)ドライブ・・・明るい、静か、視野の開放性 (比較)ボーリング・・・明るい、視野の開放性、移動 の自由 カラオケボックスでは、壁に囲まれた暗い小部屋で、小さ くかしこまって大音響に耳を傾けざるを得ない 11 2-2 歌わされる空間 (投稿)君津市 草場三保子(主婦 46歳) 「カラオケ指名パス証明書 ○○○殿 右の者はリズム感不良のうえ高音部 発声困難のため調子が外れ、時に奇声を発することがあります。宴席では、 料理の味覚を損なう恐れがありますので、人前での歌唱は遠慮させるべき であることを証明します」--こんな証明書が欲しいな。 過日、めでたい席 に夫の上司から夫婦で招待されました。宴たけなわ、カラオケで盛り上がっ ています。歌は下手でも、私は、この雰囲気は大好きです。楽しく手拍子を 合わせているうち、とうとう順番で私たちが指名されてしまいました。 どうし よう、本当に歌えないのです。しつこい指名に、とうとう私はハンカチで顔を 覆ってしまいました。席は一瞬、白けて沈黙しました。 夫婦何組かが招か れ、夫の家庭サービスぶりを見せていただくという話でしたのに、一緒に歌っ てあげると言う主人の励ましにも応じきれず、このありさまです。私は主人に 恥をかかせたのでしょうか。下手な歌を披露して、出席者の笑いを誘えば良 かったのでしょうか。 帰宅後主人に「今日のこと怒ってる」と聞きましたら、 返事は「うーん、怒ってないよ」。でも私の気持ちは晴れません。 (朝日新聞「声」1991年12月22日) 12 2-3 選び取らされる空間 場に集う参加者を、「今現在歌を歌っている人」「歌ってい ない人」に峻別、歌を歌うという行為のみが場を支配・・・ 娯楽の多目的性(ノイズ)なし (比較)野球・・・芝生の匂いを愉しむ (比較)ボーリング・・・友情を深める エコーやハモリなど次々開発される「声」をめぐる新機能 や、曲数や音響設備の充実を謳い合うカラオケ店→自己 表現手段として歌を選び取らされる 13 第3章 発見された機能 3-1 カラオケボックスに見出された機能 (問い)なぜ人々は「監視空間」「強制空間」たるカラオケ ボックスに競って通うのか? →(答え)効果的なセルフ・プレゼンテーションが可能だから。 そこにおいて、ネガティブな要素がポジティブに反転 「監視空間」・・・外部からの視線が確保される(視線のも うひとつの意味=「快楽」) 「強制空間」 聞かされる→聞かせられる(必ず注目される) 歌わせられる→確実にセルフ・プレゼンテーションが可能 選び取らされる→表現手段が限定される分だけ、体系性 や戦略性が高まる 14 3-2 公共カラオケとの違い 公共カラオケ(カラオケバー、居酒屋、公園、ホールなど でのカラオケの総称とする) 監視空間⇔視線の開放性 強制空間⇔移動の自由があり、歌いたい人だけが歌い、 歌のみが目的ではない 公共カラオケとカラオケボックスは、異なる空間力学を持 つ、異なるメディア 15 第4章 記号の非主体的発信 4-1 記号化プロセス(1) カラオケボックスにおけるセルフ・プレゼンテー ションを記号論を用いて考察する 記号表現(シニフィアン)と記号内容(シニフィエ) によって成り立つ記号=歌として、記号としての 歌に付託された意味の変容や、カラオケボックス におけるその伝達のされ方(発信ー受信)を分析 する 16 第4章 記号の非主体的発信 4-1 記号化プロセス(2) 記号の発信ー受信プロセスの基本図 (池上嘉彦『記号論への招待』39ページより作成) コード [発信者] 伝達内容 解読 [受信者] 記号化 メッセージ メッセージ 伝達内容 [ 経路 ] コンテクスト 17 4-2 コード~メディアへの従属(1) 【共示義】 【表示義】 コード=発信者と受信者がコミュニケーションをする際に参照される 文法・辞書 童謡『大きな古時計』を平井堅がカバーする以前と以後の、カラオケ ランキングの大幅な変動はどう説明すべきか? 【Sa】 【Sé】 カラオケボックスにおける選曲の 対象としての『大きな古時計』 ダサい・子供っぽ い・意味不明 【Sa】 【Sé】 『大きな 古時計』 アメリカ民謡 音楽の時間に歌っ た唱歌 カバー以後 【共示義】 カバー以前 【表示義】 【Sa】 【Sé】=変容 カラオケボックスにおける選曲の 対象としての『大きな古時計』 ファ ッション性・心 地よい・懐かしい 【Sa】 【Sé】 『大きな 古時計』 アメリカ民謡 音楽の時間に歌っ た唱歌 (追加)平井堅の カバーでヒット 18 4-2 コード~メディアへの従属(2) 本来の『大きな古時計』のもつテンポ、歌詞、メロディなど、 歌そのものの良さ、絶対的な固有の要素(音、言葉)に よって選んだのではなく、世間での平井堅の好イメージ や歌がヒットしているという時流のなかで記号の意味が 変化したことで選択 →情報を追加し、記号の変化をもたらすもの=メディア ・90年代の音楽番組の復権/音楽トーク番組の急増 ・マニュアル雑誌による『カラオケ指南』 ・週5日間の「週間ヒットランキング」 カラオケボックスにおいてはコード=メディアである 19 4-3 コンテクスト~場の全体性への従属 コンテクスト=コードの補正機能 コードから逸脱した記号=演歌が歌われた場合、直前に 隣から演歌を歌っている声が聞こえてきた、歌い手はふ ざけた態度で歌っている、カラオケ開始から長時間が経 過し飽きてきた…といったその場に特有のコンテクストを 参照することで、理解する(グループインタビューの必要 性) コンテクスト=内部空間の雰囲気、ノリ、全体的状況 内部空間全体の自発性、ズレの容認、場の主体的解釈 が可能・・・だが、個人の自発性は許容されない 20 4-4 コーディネーションの必要性 ~空間的特質への従属(1) カラオケボックス空間においては、記号発信者は交互 に交代(循環性)し、記号はその場にストック(ストック 性)される 歌という記号の発信者は、他人によって直前に歌われ る歌や、自分がそれまで歌ってきた歌を考慮に入れな がら、数十分おきに新たに記号を選択する必要がある カラオケボックスでは、効果的なセルフ・プレゼンテー ションの応酬のために、常にコードやコンテクスト、コー ディネーションに気を使う(非主体的)必要がある 21 4-4 コーディネーションの必要性 ~空間的特質への従属(2) 記号発信ー受信プロセスの修正図(カラオケボックス) 循環 メディア(コード) [発信者] 伝達内容 解読 [受信者] 記号化 メッセージ メッセージ 伝達内容 [ 経路 ] 場の全体性(コンテクスト) 時間の流れ ストック 22 第5章 記号化に付随するもの~内部空間で起き ていること 5-1 歌への過度の自己投影化 「記号としての歌」への執着 ・十八番を先に歌われたときの無力感 ・贔屓のアーティストの歌が配信されてい なかったときの不安感 ・歌を聞いてもらえなかったことを契機とする 新たなタイプの犯罪 23 5-2 加速する世代間の乖離 効果的なセルフ・プレゼンテーションには、 コードを揃える(随時更新/完全な諦め) コンテクストを鋭敏に読み取る ・・・ことが必要 カラオケボックスの各部屋は、同じ世代に属する/同じ 価値観を有する人々で占められていく可能性 →「遊び」の前景化、セルフ・プレゼンテーションの限界 24 5-3 変わる機能? 昨今のカラオケボックスの変容 ・カラオケ行為なしのカラオケボックス利用の増加 ・売り上げに占める飲食代金の増加 ・経営者による、楽器の練習や映画鑑賞も行える部屋 への改造 歌の不在=効果的にセルフ・プレゼンテーションを行える 機能が無駄に・・・カラオケボックスの可能性を閉ざしてい る →このまま市場/存在感が縮小? 25 結論(1) 「監視空間」「強制空間」としてのイデオロギーを内包する カラオケボックスは、90年代において、セルフ・プレゼン テーションを効果的に行える機能を見出されることで流行 した ゆえに空間的特質の異なる公共カラオケとは娯楽の 「質」が違う カラオケボックスにおいては「歌を歌う」という意味は解体 されている 内部空間では、歌を「記号」とし、「コード」や「コンテクス ト」を参照しながら、カラオケボックス特有のルール/力 学に基づくセルフ・プレゼンテーションが行われている 26 結論(2) セルフ・プレゼンテーションの手段でしかない(歌を歌う行 為そのものに意味はない)カラオケボックスは、さらに効 率的なセルフ・プレゼンテーション・メディアが発見された とき衰退するだろうが、「カラオケボックス的」メディアは今 後も決して消えることはない 【共示義】 入れ替わり可能 【表示義】 【Sa】 【Sé】 仲間とカラオケボックスでカラオ ケする セルフ・プレゼン テーションをする 【Sa】 仲間とカラオケ ボックスに行く 【Sé】 コードやコンテクストを 参照しながらで交互に 歌を歌い合う 27
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