チンパンジーの群れの中におけるオスの役割

チンパンジーの群れの中に
おけるオスの役割
滋賀県立大学人間文化学研究科
福永恭啓
はじめに
大阪市天王寺動物園では06年までメスがオス
よりも優位であり、最優位にあったメスは低順
位個体を攻撃し、エサなどの資源を自分の子
どもと独占した。07年に入るとオスとメスの優
劣が逆転し、最優位となったオスが低順位個体
をサポートするようになった。その結果、低順位
個体への攻撃は減少し、エサも低順位個体へ
も行き渡るようになった。本発表では、オスが
メスに対して優位を確立するとはどういった意
味を持つのか考えたい。
チンパンジーの集団の構成
野生下
複数のオスと複数のメスからなる集団を
構成し、オスがメスよりも優位になる。
飼育下
少数のオス(1頭から2頭)と複数のメス
が集団を構成。通常オスが優位だが時
と場合(オスが若い)によりメスが優位に
なる事も。
天王寺動物園の群れ状況
06年まで
群れの中でメスが最優位
最優位メスが低順位個体に頻繁な攻撃を行う
07年
オスとメスの優劣が逆転
オスによる低順位個体への支援が見られ、
低順位個体へのメスの攻撃頻度が減少
08年
オスが群れの中で優位を確立
低順位メスのエサの獲得率が上昇
オスのメスに対する優位確立は、天王寺動物園では集団の
安定をもたらした。
オスがメスよりも優位である意味
Mullerは野生下で起こったメスの子殺しに
ついて、オスの力が弱い群れで起こってい
る事から、オスの低順位メスをサポートする
行動がメスの子殺しを防いでいるとしている
(Muller,2007)。
オスの優位確立が群れの安定に
寄与している可能性
方法
アップルとレックスの闘争記録から、
優劣の逆転時期を判断し、その前後で
各個体のエサ獲得量、アップルとレック
スによるミツコへの攻撃頻度がどのよう
に変化したのか検討する。
エサの獲得状況
天王寺動物園では昼間にエサを放飼場
にばらまくため、放飼場のエサ獲得率
が群れの中の個体間関係を反映する。
06年まで最優位にあったアップルと、
その子どものレモンがほぼ独占してい
たエサの状況が、レックスが最優位を
獲得してからどのように変化したのか
検討する。
ÉGÉTälìæó¶ÅiÅìÅj
60.0
50.0
ÉGÉTälìæó¶ ÉAÉbÉvÉãÅiÉÅÉXÅj
40.0
30.0
20.0
ÉGÉTälìæó¶ ÉåÉÇÉìÅiÉAÉbÉvÉãÇÃ
ÉRÉhÉÇÅj
ÉGÉTälìæó¶ É~ÉcÉRÅiÉÅÉXëÊéOé“
ÉGÉTälìæó¶ ÉåÉbÉNÉXÅiÉIÉXÅj
ÇO
ÇO
ÇU
ÇQ
îN
ÇO
å„
äÝ
ÇO
Ç
ÇQ
V
îN
ÇO
ëO
ÇO
äÝ
Ç
ÇQ
V
îN
ÇO
å„
äÝ
ÇO
ÇW
20
îN
08
ëO
îN
äÝ
å„
äÝ
20
09
îN
ëO
äÝ
20
09
å„
äÝ
20
10
îN
ëO
äÝ
10.0
ÇQ
0.0
06年当初はアップルとレモンでエサの8割を独占していたが、
レックスが優位を確立した07年後半以降、08年からレックスの
エサ獲得率とともにミツコのエサ獲得率が上昇した。
低順位個体への攻撃頻度
05年にアップルがミツコの子どもを殺し
たことでも分かるように、当時、最優位
にあったアップルは低順位メス(ミツコ)
に対して高い攻撃性を見せた。その攻撃性
が、レックスがアップルに対して優位を
確立したことでどのように変化したのか、
ミツコに対するアップルとレックスの攻撃
頻度を比較し検討する。
É~ÉcÉRÇ÷ÇÃçUåÇïpìx
2.5
2
1.5
ÉAÉbÉvÉãÇÃçUåÇ
ÉåÉbÉNÉXÇÃçUåÇ
1
09îNå„îº
ÇOÇXîNëOîº
ÇOÇWîNå„îº
08îNëOîº
07îNå„îº
06îNå„îº
06îNëOîº
0
ÇOÇVîNëOîº
0.5
çUåÇïpìxÅ^ìÝ
アップルの最優位時期(06年)には一日一回の攻撃を受けてい
たが、レックスの支援が見られた07年からは攻撃頻度が減少し
ている。08年前半はレックスの支援によりミツコがエサをとり始
めた時期であり、アップルから頻繁に攻撃されたが、レックスの
支援を受け08年後半にはアップルの攻撃は落ち着いている。
まとめ
オスの優位確立後、高順位メスから低順位
メスへの攻撃頻度はやや減少し、エサ獲得
率はオスの獲得率上昇とともに低順位個体
の獲得率も上昇した。これらのことから、
群れの中でオスが優位を確立することは、
低順位個体を保護し、エサなどの資源をよ
り広く分配する機能があるものと思われる。
飼育への応用
日本の飼育下のチンパンジーは、オス一頭
に対してメスを複数飼育する飼育方法が主流
である。そのような場合、オスが若かったりす
ると、メスが優位になる場合もあるものと思わ
れる。そのような際に低順位個体が出産をし
た場合、すぐ群れに復帰させるのではなく、
様子を観察するなどの対応が必要ではない
だろうか。