発表要旨

唐代における景物連作詩の展開について
二宮
美那子(京都大学大学院)
盛唐の詩人王維の代表作とされる「輞川集」は、長安近郊の別墅輞川荘中の、二十箇所
の「遊止」(風景を鑑賞する地点)を詩題とする五言絶句連作である。「輞川集」以降、
その祖述を直接的に宣言はしないものの、「輞川集」と同様の、或いは類似の形式を持つ
作品が見られるようになる。本発表では、発表者がこれまで関心を持ってきた、園林(庭
園、及び庭園を併設した私的居住空間全体を指す)をめぐる文学を考察する一環として、
これらの作品の幾つかを時代に沿って取り上げ、その特徴と変遷について論じたい。
園林や景勝地などのいわば限定された空間に、様々な景物を「設定」し、それを題材と
して連作詩を詠むというのは、中国文学が「自然」に相対する、一つの特徴的な態度と言
って良いだろう。それは、区切り、定義し、詠ずるという方法で、自然を加工し鑑賞する
行為、と捉えることもできるかもしれない。しかし、「輞川集」以降の作品を、叙景詩と
してのみ扱うことには慎重にならねばならない。これらの連作中には、建築物・植物・動
物などに視点を固定した、詠物詩に近い風格を持つ作品も、しばしば見られるためである。
更に、集団での唱和という形式で詠まれた中唐後期の作品には、園林を社交の場として
捉える性質が色濃く表れる。そのような作品において、風景や動物はそのものとしての意
味とは別に、設定された「題」として、つまり文学的交流の「場」を共有するための「材
料」として扱われる。応酬に参加する詩人の中には、恐らく庭園そのものを目にしていな
い者もあっただろう。またこれらの連作の多くは、絶句或いは五言六句などの短詩形式を
持ち、故に限られた言葉でいかにその景物をうまく――時には人々の意表を突くための機
知が主眼と言って良いほどひねって――捉えるかを重視する態度が見られる。園林を遊ぶ、
風景を遊ぶという態度がその根底にある。このように、盛唐から中唐に至る流れを辿って
みると、「輞川集」の特殊性が改めて浮き彫りになる。
本発表ではまず、王維に直接影響を受けたとされる中唐前期の銭起「藍田溪雜詠二十二
首」に関して、「輞川集」との比較などを通してその特色を論じたい。更に、中唐後期、
韓愈の序文も残されている韋処厚「盛山十二首」や、韓愈「奉和虢州劉給事使君三堂新題
二十一詠」などを俯瞰し、その変遷を大筋で捉えると共に、詩型や題材、詩の詠まれた背
景など、個々の特色に言及する。