チャプター1 : 胸骨正中切開の要点

若手医師のための心臓手術の基本とその根拠
Ⅰ.胸骨正中切開の要点
.覆布は左右対称に掛ける
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【その根拠】非対称だと目の錯覚で⽪切曲がる。頚切痕(Incisura jugularis)から臍を
結ぶ線が正中線。剣状突起(Processus xiphoideus)が曲がっていると当てにならない。
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. ⽪切は頚切痕の 2 横指尾側からはじめ、剣状突起まで
【その根拠】2 横指下げると創部が襟元から⾒えない。3 横指下げると⼥性はドレスが
着れる?
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. ⽪切の深さは真⽪まで
【その根拠】皮下脂肪層までいくと皮下血管網からの止血が面倒!
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. ⽪切を指で拡げ、凝固モードの電メスで切開
【その根拠】⽌⾎しながら切開できるが、表皮の burn に注意!
☝南先生のワンポイント・アドバイス
真⽪を電メスで⽌⾎しながら切開すると、⼿術創の肥厚性瘢痕の原因になる!
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. まず白線(Linea alba)からアプローチし、次に頚切痕へ
【その根拠】頚切痕からアプローチして頚横静脈(V.transversa colli) を切断出⾎させ
ると面倒!
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. 白線の同定は剣状突起からでなく胸骨体下縁から攻める
【その根拠】曲がった剣状突起や発達した腹直筋に惑わされることがある。
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. 剣状突起裏⾯は⼀切剥離しない
【その根拠】スターナル・ソウ切り下げ法では不要。
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. 頚切痕に沿って鎖骨間靭帯を切り上げる
【その根拠】頚切痕裏に示指頭が入ればスターナル・ソウが入る。頚切痕の奥には腕頭
動脈、気管があるので注意!
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. 頚横静脈を⾒つけたら結紮するか、ヘモクリップで止める
【その根拠】心タンポなどで CVP が高い時に静脈を切断すると血液が噴出する!
10.胸骨正中線の同定は⽪膚切開創の内側で
【その根拠】左手で創部を押し開くようにして胸骨幅を触知する。特に皮下脂肪の厚い
人や大胸筋が発達している人では正中線が分かりにくいので注意!
11.骨膜上マーキングは電メスで幅狭く
【その根拠】正中線上に2点くらい印を付け、頚切痕から剣状突起まで脂肪組織と一緒
に一気に骨膜まで焼き進む。大胸筋まで焼くと止血が面倒!
12.スターナル・ソウは頚切痕から剣状突起に向かって切り下げる
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【その根拠】切り下げ法のメリットは①一人でできる②二双鉤での頚切痕展開不要③剣
状突起裏⾯の剥離不要④開胸になりにくい。ただし 3 横指下切開の場合には切り下げ法
では大変。
13. スターナル・ソウの前に⿇酔深度が⼗分なことを確認
【その根拠】胸骨切開の痛み刺激で血圧上昇し骨膜から出血増大。⽪切の段階で血圧が
上がる時はすでに麻酔浅め。
14. スターナル・ソウをかける時に呼吸換気を一時的に停めてもらう
【その根拠】開胸防止。
15.骨膜の電メスによる止血は、上縁はピンポイントで下縁は全⻑にわたって
【その根拠】焼き過ぎると胸骨の⾎流障害による骨髄炎、縦隔炎のリスク。
16.骨髄からの止血に骨ロウは原則使用しない
【その根拠】骨ロウは⽣体内異物であり、胸骨の癒合や骨形成の妨げとなり得る。ただ
し解離のオペや出⾎傾向の時は止血優先で骨ロウを使用。使う時でも薄く塗り、骨髄の
奥まで詰め込まない。
☝南先生のワンポイント・アドバイス
骨髄からの出血が多い場合には、骨ロウの代わりにサージセル®あるいはインテグラン
シート®を当てておいて閉胸時に除去する。術後プロタミンが投与されれば骨髄からの
出血はほとんど収まる。
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17.開胸器は段階的に拡げる
【その根拠】肋骨骨折や胸肋関節損傷の防止。特に胸骨が頑丈な人は堅いので徐々に。
18.胸骨に布を当てる際には浅過ぎず、深過ぎず
【その根拠】布掛けのメリットは①術野の整頓②皮膚の保護③皮下脂肪や骨髄組織など
の⼼腔内落下による栓塞防⽌のため。
胸骨正中切開―最も大事な 3 つの点
1. 胸骨正中の真ん中を切開する
【その根拠】真ん中でないと①胸骨骨折→術後疼痛②胸骨動揺→縦隔炎③開胸器不安定
2. スターナル・ソウを持つ手のチカラを抜く
【その根拠】チカラが入ると曲がる。片手でできる位に。胸骨柄は厚く角度がついてい
るためにスターナル・ソウが進みにくい時がある。
3. 骨膜からの出血はすばやく確実に止める
【その根拠】止まっていないと ITA 採取時に血液が垂れてきて邪魔。
胸骨正中切開―起こりうる合併症
1. 頚横静脈からの噴出性出血
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【対処法】まずはその場で電メスか結紮またはヘモクリップで止血。不⼗分ならばガー
ゼで圧迫しながら胸骨正中切開をやり終え、視野を良くしてから⽌⾎。
2. 腕頭動脈損傷
【対処法】動脈をガーゼ圧迫しながら胸骨正中切開をやり終える。開胸器を掛け、その
まま縫合止血できるか、腕頭動脈を遮断して修復するか判断。
3. 気管損傷
【対処法】心膜プレジェットを用いて気管壁縫合修復。
4. 右開胸
【対処法】ASD、僧帽弁膜症、肺気腫の症例では右開胸になりやすい。開胸になると肺
が張り出し視野の邪魔になるため心膜を吊上げ。
5. sterno-pericardiotomy
【対処法】胸骨と一緒に心膜も同時に切開してしまうことがある。もしも心嚢内に癒着
があったら⼼筋断裂し大変。スターナル・ソウに抵抗あったら無理しない。通常スター
ナル・ソウでは軟部組織は切れない。
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