電磁気学C Electromagnetics C 7/8講義分 電磁ポテンシャルとゲージ変換 山田 博仁 再びMaxwell方程式 Maxwellの方程式 4つの式から成っている B( x, t ) 0 t div B( x, t ) 0 D( x, t ) rot H ( x, t ) ie ( x, t ) t div D( x, t ) e ( x, t ) rot E ( x, t ) (2) (3) (4) 真空中では、 構成方程式(物質中) D( x, t ) E ( x, t ) B( x, t ) H ( x, t ) (1) 0 0 (5) (6) (7) (8) 磁場(磁束密度)B(x, t)を B( x, t ) rot A( x, t ) (9) と表すと、式(2)は恒等的に満たされる。 ( ベクトル恒等より、 ( A) 0 ) これを式(1)に代入すると、 A( x, t ) rot E ( x, t ) 0 t (10) 電磁ポテンシャル さらに式(10)は、 E( x, t ) A( x, t ) grad ( x, t ) t (11) とおくことにより、恒等的に満たされる。 ( ベクトル恒等式より、 rot (grad ) 0 ) つまり、Maxwellの方程式の式(1)と式(2)は、 A( x, t ) grad ( x, t ) t B( x, t ) rot A( x, t ) E ( x, t ) (12) (13) とおくことにより、自動的に満たされることになる。従って、電磁気学の基本法則は、 残り2つの式で表せることになる。 この A と を、電磁ポテンシャルという。 以下では、残りのMaxwell方程式(3)と(4)を、E, B, H, Dではなく、電磁ポテンシャル A と を用いた式として書き直してみる。 まず、式(5), 式(6)の関係を用いると、式(3)は、 rotB( x, t ) E( x, t ) ie ( x, t ) t (14) となる。 電磁ポテンシャル これに式(12), 式(13)を代入し、 rot (rot A) grad (divA) A のベクトル恒等式を 用いると、 2 ( x, t ) 2 A( x, t ) grad divA( x, t ) ie ( x, t ) (15) となる。 t t また、式(4)に式(12)を代入すれば、 1 A( x, t ) divE ( x, t ) div ( x, t ) e ( x, t ) t (16) 従ってMaxwellの方程式(1)~(4)は、以下の方程式系で置き換えられる。 A( x, t ) grad ( x, t ) t B( x, t ) rot A( x, t ) E ( x, t ) 2 ( x, t ) 2 A( x, t ) grad divA( x, t ) ie ( x, t ) t t 1 A( x, t ) ( x, t ) div e ( x, t ) t (12) (13) (15) (17) 新しいMaxwell方程式系 A( x, t ) grad ( x, t ) t B( x, t ) rot A( x, t ) E ( x, t ) 2 ( x, t ) 2 A( x, t ) grad divA( x, t ) ie ( x, t ) t t 1 A( x, t ) ( x, t ) div e ( x, t ) t (12) (13) (15) (17) 上の新しいMaxwell方程式系による解法は、電荷密度分布e(x, t)および伝導電流 密度の分布 ie(x, t)が与えられていれば、まず式(15), (17) による連立方程式を解い て電磁ポテンシャルA(x, t)および(x, t)を決める。次にこれを式(12), (13) に代入す ることにより、電場 E(x, t)および磁場 B(x, t)が求まる。 しかし、この新しいMaxwell方程式系では、最初に式(15), (17) による連立方程式 を解かなければならないので解法が煩雑。 もっと簡単にできないか? そこで、上の式(12), (13), (15), (17)の方程式系の次の性質に注目する。 新しいMaxwell方程式系 今、任意の微分可能な関数をu(x, t)とし、先の電磁ポテンシャルAおよびの代わりに A' ( x, t ) A( x, t ) grad u( x, t ) ' ( x, t ) ( x, t ) u( x, t ) t (18) (19) として、新しくA’(x, t)および’(x, t)を定義する。 このとき、 A u grad ( A' grad u) grad' t t t A' grad' t E また、 B rot A rot( A' grad u) rot A' rot (grad u) rot A' 即ち、式(18), (19)によって与えられた A’と ’は、式(12), (13) により、元の電磁ポ テンシャル A, と全く同じ電磁場 E, B を与え、これらも新しい電磁ポテンシャルと 見ることができる。つまり、式(12), (13)で与えられた電磁ポテンシャルには、任意 関数 u(x, t)だけの不定性がある。 新しいMaxwell方程式系 今、式(15) に式(18), (19) を代入すると、 2 ' 2 A' grad div A' t t 2 u 2 ( A grad u) graddiv( A grad u) t t t 2 2 2 2 A 2 grad u grad div A grad 2 u t t t t 2 2 2 A grad div A ie (div (grad u) (u) u u) t t ( また、(grad u) grad(u) ) また式(17) に式(18), (19) を代入すると、 A' u ' div div ( A grad u) t t t u u A div t t t 1 A div e t 従って、A’と’は、 A と と全く同じ方程式を満たしている。 ゲージ変換 即ち、式(18), (19)の新しい電磁ポテンシャルA’と ’は、 A と の組と同じ電磁場 E, B をもたらすだけではなく、これらの満たす方程式も全く同じである。つまり、 電磁ポテンシャルA および には、任意関数 u の不定性がある。 式(18), (19)をゲージ変換と言う。また、関数 u(x, t) をゲージ関数と言う。 新しいMaxwell方程式系(12), (13), (15), (17)は、ゲージ変換(18), (19)のもとで不変。 それなら、任意関数をうまく選ぶことによって、新しいMaxwell方程式系(12), (13), (15), (17)をもっと簡単に解けるようにできないだろうか? 例えば、式(15)の左辺第2項の括弧内がゼロとなるように任意関数を選ぶことがで きれば、式(15), 式(17)はずいぶん簡単な式にできるだろう。 そこで、 div AL ( x, t ) L ( x, t ) 0 t (20) となるような任意関数 χ を選ぶことができるかどうかを考えてみよう。 今、 AL ( x, t) A( x, t) grad ( x, t) L ( x, t ) ( x, t ) ( x, t ) t (21) (22) となるような任意関数 χ を考える。 このゲージ変換による新しい電磁ポテンシャルALと Lは、勿論もとの A と と同じ 電磁場 E, B を導き、またそれは式(15), (17) と同じ形の方程式を満足する。 ゲージ変換 式(21), (22)を式(20)に代入すると、 L ( x, t ) 2 div AL ( x, t ) div A div(grad ) 2 t t t 2 2 div A 0 (23) t t 2 ( x, t ) (23' ) 従って、 2 ( x, t ) div A( x, t ) t t つまり、式(23’)を満足するような関数 χ を選んでやれば良いだけではないか。 そうすれば、式(20)が満足されるので、 新しいMaxwell方程式(15), (17)は、 2 2 AL ( x, t ) ie ( x, t ) t (24) 2 1 2 L ( x, t ) e ( x, t ) t (25) と非常に簡単な式になる。 上の式(24), (25) を、ダランベール(d’Alembert)の方程式と言う。 ローレンス(ツ)・ゲージにおけるMaxwell方程式 従って、ゲージ変換により、Maxwellの方程式は、以下の一連の方程式系で置き 換えられたことになる。 AL ( x, t ) gradL ( x, t ) t B( x, t ) rot AL ( x, t ) E ( x, t ) 2 2 AL ( x, t ) ie ( x, t ) t 2 1 2 L ( x, t ) e ( x, t ) t ( x, t ) div AL ( x, t ) L 0 t (12) (13) (24) (25) (23) この新しいMaxwell方程式系では、式(24), (25) を見ると式(15), (17) とは異なり、 ALと Lとはそれぞれ独立な方程式を満たしており、連立方程式にはなっておらず、 AL, L, ie, e の4個の成分に関して極めて対称性の良い形をしている。 式(23) の条件をローレンス(ツ)(Lorenz)条件と言い、この条件を満足する電磁ポ テンシャルAL(x, t), L(x, t)を、ローレンス(ツ)・ゲージにおける電磁ポテンシャルと 言う。 ローレンス・ゲージにおけるMaxwell方程式の解法 AL ( x, t ) gradL ( x, t ) t B( x, t ) rot AL ( x, t ) E ( x, t ) 2 2 AL ( x, t ) ie ( x, t ) t 2 1 2 L ( x, t ) e ( x, t ) t ( x, t ) div AL ( x, t ) L 0 t (12) (13) (24) (25) (23) このローレンス・ゲージにおけるMaxwell方程式による解法は極めて見通しが良く、 電流密度分布 ie(x, t)および電荷密度分布e(x, t) が与えられていれば、まず式(24) および式(25) を各々独立に解いて、電磁ポテンシャルAL(x, t)およびL(x, t) を求め る。その求まった AL(x, t) と L(x, t)が式(23) を満たしているかどうか確認し、次にこ れを式(12), (13) に代入することにより、電場E(x, t)および磁場B(x, t)が求まる。 2人のローレンツ ローレンツ力、ローレンツ変換 → ヘンドリック・ローレンツ(Hendrik Antoon Lorentz 1853-1928) オランダ ローレンツ(ス)・ゲージ → ルードヴィヒ・ローレンツ(ス)(Ludvig Valentin Lorenz 1829-1891) デンマーク Maxwell方程式のゲージ不変性 ところで、このローレンス・ゲージにおける電磁ポテンシャルAL(x, t), L(x, t) も、 一義的な値を持たない。何故なら、 2 2 0 ( x, t ) 0 t (26) を満たすような 0 を用いて、ゲージ変換 AL' ( x, t ) AL ( x, t ) grad 0 ( x, t ) L' ( x, t ) L ( x, t ) 0 ( x, t ) t (27) (28) を行うと、この新しいローレンス・ゲージの電磁ポテンシャルAL’(x, t), L’(x, t) も また、(12), (13), (23), (24), (25)と全く同形の方程式系を満たす。 即ち、 (12), (13), (23), (24), (25)の方程式系は、式(27), (28) の条件に基づいて 規定されたゲージ変換のもとで不変である。 静電場、静磁場の式 さて、 (12), (13), (23), (24), (25)の方程式系において、全ての物理量が時間 t に 依存しないとき、 静電場の基本法則 E ( x) gradL ( x) 1 L ( x) e ( x) (29) (30) 静磁場の基本法則 B( x) rot AL ( x) AL ( x) ie ( x) div AL ( x) 0 (31) (32) (33) となり、静電場と静磁場では独立な方程式系が得られる。 相対論における扱い 以下のローレンス・ゲージにおけるMaxwell方程式は、 1 2 v 1 2 v 2 A i 2 t (24) 2 1 2 t (25) 相対論においては、4次元ベクトルとしての電磁ポテンシャル A v , Ax , Ay , Az および4次元電流密度 i v, ix , iy , iz を用いて 1 2 2 2 A i v t v は、電流密度の次元を持つ (34) と表される。 さらに、ダランベルシアン□を用いて(34)式は、 □A i (35) 1 2 □ 2 2 v t と表される。 クーロン・ゲージ このように、ゲージ変換を行っても、 E や B の物理量の値に変化がなければ(ゲージ 不変性と呼ぶ)、計算の都合のいいように自由にゲージを選ぶことができる。 ローレンス・ゲージ以外にも、ベクトルポテンシャルを発散のないように選び、 A 0 の条件式を満たす電磁ポテンシャルを用いてマクスウェル方程式を書き換えると、 2 2 A i t t となり、第一式が静電場の場合のポアソン方程式の形になっており、クーロン・ゲージ (Coulomb gauge)と呼ばれる。 放射ゲージ 自由空間中のように電荷密度、電流密度が共にゼロの場合、式(28)の右辺がゼロと なるように関数 χ0 を選び、スカラーポテンシャル ϕ をゼロとするようなゲージを選ぶこ ともできる。このゲージはローレンス・ゲージであり、かつ A 0 でもあるのでクーロ ン・ゲージでもあるが、放射ゲージと呼ばれており、以下の基本方程式で与えられる。 0, A 0 2 2 A □A 0 t 自由空間への電磁波の放射 次に、自由空間への電磁波の放射の問題を取り扱う。 まず、ローレンス・ゲージにおける基本方程式系は、 A( x, t ) grad ( x, t ) t B( x, t ) rot A( x, t ) E ( x, t ) 1 2 c 1 2 c 2 1 ( x , t ) ( x, t ) t 2 0 e 2 A( x, t ) 0 ie ( x, t ) 2 t 1 ( x, t ) div A( x, t ) 2 0 c t (1) (2) (3) 真空中を仮定して、 (4) 00 c2 (5) としている。 電荷分布 ρe(x, t)と電流分布 ie(x, t) とが与えられているとき、それらの時間的変化 に伴って発生する電磁波を求める。 そのためには、非斉次項をもつ波動方程式(3)および(4)を解いて、その特解を求 めなければならない。 時間に依存した静電ポテンシャル 式(3)において、左辺第2項が無いときは、静電場におけるポアソンの方程式 ( x) 1 0 e ( x ) (6) になり、その特解は、 ( x) 1 40 V d 3 x' e ( x') x x' (7) 教科書の式(2.34)参照 で与えられていた。式(7)では、電荷分布 ρe(x’)は時間的に変化していないから、 それによって作られる場所 x における静電ポテンシャルϕ(x)も時間に依存しない。 しかし、電荷分布が時間的に変化する時でも、|x|→∞の遠方におけるポテンシャル の様子は、だいたい式(7)と同じであろうと考えられる。ただし、式(3)の波動方程式 で伝わる電磁波は、有限の速度 c で空間内を伝搬していくので、x’点の電荷分布 の変動の影響は、時間 |x - x’|/c だけ遅れて x 点に到達するはずである。従って、 x 点でのポテンシャルϕ(x, t)は次式のように表される。 ( x, t ) 1 40 V d 3 x' x x' ) c x x' e ( x', t (8) 遅延ポテンシャル このような物理的考察から、式(3)の特解は式(8)のように表される。ここで積分領域 V は、観測点 x および電荷分布の存在する全領域を含む空間領域を表している。 式(4)に対しても同様に考えることができるので、式(4)の解として次式が得られる。 A( x, t ) 0 4 V x x' ) c d 3 x' x x' ie ( x', t (9) 式(8)或いは式(9)で表される電磁ポテンシャルは、影響が光速で伝わることによる 時間的な遅れを考慮して導かれるというので、遅延ポテンシャルという。 それに対して、 ( x, t ) A( x, t ) 1 40 V 0 4 V d 3 x' x x' ) c x x' e ( x', t x x' ) c d 3 x' x x' ie ( x', t (10) (11) で表される式(10)或いは式(11)の電磁ポテンシャルも、式(3)および式(4)の解となる。 式(8)~(11)は、式(5)のローレンス条件を満足していることも確かめられている。 先進ポテンシャル 式(10), (11)は電荷や電流が動くよりも前に何故かその動きを知っていたかのように 存在していて、それが周囲から電荷に向かって集まってくる電磁波であり、言わば 映画を逆回ししたようなイメージである。そのため、先進ポテンシャルと呼ばれている。 先進ポテンシャルの物理的解釈については色々と議論があるが、これはMaxwell 方程式やそれらから導かれる波動方程式が時間反転に対して共変的(即ち、 Maxwell方程式において、t’= -t とおいて変換してやっても、全く同じ方程式系が 得られる)であることに由来するものである。 つまり、電磁波の伝搬においては時間反転が可能であり、映画を逆回しにしたように 伝搬する波(位相共役波)も波動方程式の解となり、実在する。 位相共役波を発生させるには、縮退四光波混合などの非線形光学の手法を用い る。位相共役波には、以下のような様々な応用が考えられる。 1. 通信応用 ・ 伝搬路の障害物による波面の乱れを補正 ・ フォトニックNWにおける波長変換 ・ 暗号通信(信号波形を解読できないように歪ませて送信し、受信側で元に戻す) 2. 軍事応用 ・ 対ビーム兵器に対する防御シールド 等々
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