ことばの意味を類似語の対比と カテゴリーの境界から探る ことばの意味の学習に含まれる プロセス • 最初の語と意味のマッピング – 語と対象を結びつける – おおまかな内包を推論する(語の指示するカテゴ リーを推論する) • 最初のマッピングでの大まかな意味を再調整 する – 語の意味は単独では決まらず、隣接する語との 境界を調整する必要 初期の意味の再調整 • 新しい語を学ぶことによって、すでにレキシコ ンにある語の意味を再調整する Haryu & Imai実験 • 3,4歳児対象に既知物に新しいラベルを付 与、ラベルの拡張パターンを調べる • 2つの実験条件 – 高類似群 – 低類似群 • 被験者のスクリーニング ターゲットを既知の基礎レベル名(ボール、ス プーン)で呼んだ子供のみ本実験に参加 新奇ラベルの下位カテゴリーへの マッピング 新奇ラベルによる新カテゴリーの設 立と既知カテゴリーの境界の修正 Haryu & Imai実験結果 • 子どもは新しい語を学習すると、その語の学習に よってすでに知っている語の意味の再構造化(特に 語の境界の再調整)を行うことができる • もとの語の典型的なカテゴリーメンバーに新しい語 →もとの語の下位カテゴリーに新しい語をマッピン グ • もとの語のあまり典型的でないメンバーに新しい語 →その対象をもとのカテゴリーから除外し、もとのカ テゴリーの境界を狭める。新しい名前をもとのカテゴ リーと対比の関係にあるカテゴリーにマッピング 隣接する語がたくさんある意味領域 では • たくさんの語のあいだで語の境界を整理して いかなければならないので、大人のように語 を使い分けるのにはかなり時間がかかる • 子どもはどのように同じ意味領域に属する類 似の語の意味を整理し、ただしい(大人のよう な)意味を学んでいくのだろうか? 語彙獲得における動詞の使い分けに関する研究 中国語の「持つ」系動詞を事例として 12月16日 於 東京言語研究所 言語獲得の過程 • Fast-mapping(即時マッピング): 子どもは一度語を聞いただけで,驚くほど正確にそ の語の意味(参照対象)を推測できる – 言語獲得の過程はここで終わりではない! • Reorganization(意味の再編成): 子どもは長い時間かけて試行錯誤しながら,語の意 味を大人の用いるような意味になるように再編成し ていく Fast-mapping Reorganization 語の意味の学習 • 即時マッピングでは終わらない言語獲得のプロセス Fox Doggy Doggy • 語の意味は単独で,自律的に成立しているのでは無く,他の語の意 味との間に依存して成立している. • 語を大人と同じ様に運用するためには,単独の語でなく,複数の語 の間における意味関係を整理しなければならない. • では言語獲得に関して,子どもは複数語彙の関係を如何に して(何を手掛かりに,どの様な過程を経て)構築していくの か? 「学習の指標」 • これまでの言語獲得研究について,何を以て子ども が「語を学習した」と捉えるかは必ずしも真剣に考え られてきたわけではなかった – どの語を用いたか – どの時期に用いたか – どれくらいの頻度用いたか Fast-mapping Reorganization どれくらい大人と同じ様に語と語の関係を理解し用いることが 出来るか 持つ・運ぶ動作に関することばの意味 • 日本語 – 持つ、抱える、抱く、背負う、担ぐ、支える • 英語 – Carry, hold • 中国語は? 研究の題材 • 中国語の持つ/運ぶ系同士 – モノの持ち方によって,多くの動詞が存在する(20 種類以上) – 中国語を母国語とする子どもは,これらの動詞の 意味関係を如何にして学習するのか? 研究の目的 1. 子どもはどの様に語と語の関係を整理し,大 人と同じ様な語の用い方を学んでいくのか? ->Study1, Study2, 2. どの様な語が,子どもにとってより「学びやす い語」だと言えるのか? (「語の学習」に関して異なる指標でそれを捉え た時,「学びやすい語」はどの様に変化するの か) -> Study3 被験者・刺激 • 産出課題(3-7years, adults). – 3歳児(16), 5歳児(20), 7歳児(21),大学生(21). • 理解課題(adults) – 大学生(27) • 刺激: – それぞれが中国語の持つ/運ぶ系動詞に対応す る13のビデオを撮影した. Participants, Stimuli tuo bao bei ding ju kua kang duan lin na jia ti peng Stimuli Verbs 2-2. Procedure • 産出課題(3-7years, adults) – 被験者はビデオを見て,その動作を表す最も適した 動詞を答える • どの動詞が何回出てきたかをカウントした • 理解課題(adults only) – 被験者はビデオと,動詞のペアを見て,その動詞が ビデオをマッチしているかをYes/Noで答えた (13:videosX13verbs) • その後各ペアにおけるYes反応の割合を計算した. それぞれの動作にどの動詞を割り当 てるか • 手続き: • 産出テスト:被験者はビデオを見て,刺激文に回答する 分析に用いた行列 Produced verb Stimuli videos Total number of subjects *もし被験者がこちらが想定した通りに動詞を産出するとすれ ば,数字は行列の対角線上に並ぶことになる 子どもの語の運用はどの様に大人の運用 に収束するか? 産出の行列同士がどの程度“似ているか”を 調査 各年齢群の行列の行同士で相関係数を産出し, 4つの相関行列を作成 – 4つの相関行列同士の相関を産出 – 結果として産出された値は,各年齢の行列(産出 パターン)同士がどれくらい似ているかという指標 になる 子どもの語の運用はどの様に大人の運用 に収束するか? 0.90 0.85 0.80 Correlation 0.70 0.60 0.58 0.50 0.43 0.40 0.30 0.20 0.17 0.10 0.00 3years_ 5years 7years Intra_adults Age groups • 相関係数の値は年齢を経るに従って直線的に大人に近 づく • しかし7歳児でも,その相関は0.6程度 個々の動詞の運用はどの様な過程を経て 大人に近づくか? • 個々の動詞がどれだけ広い範囲のビデオに 用いられているかを調べるため,情報エント ロピー値を産出 動詞が拠り広い範囲のビデオ を参照していれば,エントロ ピー値は高くなる. (Max: log213) 個々の動詞の運用はどの様な過程を経て 大人に近づくか? エントロピー値の推移 4 3.5 bao bei ding duan ju kang na ti 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 3years 5years 7years Adults – 殆ど全ての動詞が大人になると少ないビデオに対してのみ産出 されるようになる – 変化の推移は動詞によって大きく異なるー>例えばNaとDing 子どもにとってどの様な語が「学習しやすい」語 なのか? • 子どもの“語の学習”を捉える二つの指標 – 語の産出頻度 -> 子どもがその語を「頻繁に」用いれば,子どもが その語をよりよく「学習している」と捉える – 大人の運用への収束への度合い -> 子どもがより「大人に近いやり方で」複数語を運 用していれば,子どもがその語をよりよく「学習して いる」と捉える • 二つの指標をとることによって,どの様に「学習 しやすい語」の性質が異なるか? 子どもにとってどの様な語が「学習しやすい」 語なのか? • どの様な要因が,「語の学習のしやすさ」に影 響を与えるだろうか? • 動詞の意味のカバー範囲 • 動詞が参照する動作のあいまい性 • コーパスにおける頻度(Corpus of Beijing Language Institute,1986 ) 動詞の意味のカバー範囲 Verb1 動詞の参照する動作のあいまい 性 Verb1 Verb2 Verb3 子どもにとってどの様な語が「学習しやす い」語なのか? • 学習の指標: 子どもがどれくらい頻繁に語を用いるか 3years 5years 7years -.27 -.39 -.48* コーパスにおける頻度 .64* .60* .59* 動詞のカバー範囲 .40 .49 動作のあいまい性 .42 – コーパスにおける頻度 が要因として子どもがどれくら い頻繁に語を用いるかに影響を与えている 子どもは身の回りで多く話されている語ほど,自分も多 く産出する. 子どもにとってどの様な語が「学習しやす い」語なのか? • 学習の指標: 大人の運用への収束の度合い. 3years 5years 7years -.73 * -.81* -86 * コーパスにおける頻度 .39 -.00 -.17 動詞のカバー範囲 .18 .19 動作のあいまい性 .09 – 動作のあいまい性 が要因として大人の運用への収束の度 合いに影響を与えている. – 動詞の参照する動作が他の動詞でも表しうる(あいまいな意 味を持った)動詞ほど,子どもは学習するのが難しい 考察 • 子どもの動詞産出のパターンは,年齢を経る に従って順調に大人のパターンに近づいた(分 析1) • しかし個々の動詞の産出パターンには大きな 違いあった(分析2) • 子どもが頻繁に産出する語を「学習が進んだ 語」として考えるのであれば,「身の回りで多く 話されている語」(例えばNa)が学習が容易な 語である(分析3) • しかし… 考察 • 大人の運用への収束の度合いを学習の指標 として捉えるのであれば,あいまい性の低い 動詞(他の動詞の参照する動作とは明らかに 異なる動きを参照している動詞:Dingなど) が,学習が容易な語(大人に早く収束する語) である • 一方で産出の頻度が高いNaの様な語は,産 出の頻度こそ高いものの,一方で過剰に汎 用してしまう結果大人とかなり異なった運用 の仕方をするため,大人と同じ様に運用する ためには時間がかかる 考察 • 「語の学習」の中身をどう捉えるかで,その学 習の過程の捉え方が大きく異なる 産出の時期が早い語? 産出の頻度が高い語? 特に「ただ産出する」「対象を参照できる」という観 点のみでなく,「複数の語の関係を」「大人と同じ 様に」用いることが出来るかどうかという点は大変 重要である. • 子どもはもっとも頻度が高く使われる動詞をもっとも よく言う。しかし最初はその語を過剰に使用する。 • 他の語との境界の重なりが多い語ほど、おとなのよ うな意味を学習するのに時間がかかる • 他の語と重なる境界がない語は大人の意味を獲得 するのが早い。 • もっとも範囲が広く、過剰般用される語は、重なりが ある複数の語との境界が整理されてはじめておとな の意味になる。つまり、初期にもっとも頻繁に使わ れ、過剰般用される語の学習にはもっとも時間がか かる 本研究の位置づけ 中国語母国語話者 中国語を学習する学習者 (大人:大学生) (日本語/韓国語を母国語と する学習者) 母国語の 影響?? 中国語を母国語とする幼児 (3歳児,5歳児,7歳児) 本研究の実験の概要 • 刺激 – Saji et al. (2008)で用いた,13の中国語の動詞 の表す動作を撮影したビデオ • 手続き – 産出課題 • 被験者はビデオを見て,その動作を最もよくあらわす と思われる中国語の動詞をひとつ,答える • 被験者 – 中国語母国語話者21名,日本語母国語話者20 名,韓国語母国語話者30名 日本語,韓国語の特徴 • 日本語の特徴 ・持っている「モノ」の位置、前後や高低によっ て用いる動詞が異なる.「背負う:背中」,モノを「担 ぐ:肩」「抱える:両手で前に」等 ・より汎用的に用いられる「持つ」. • 韓国語の特徴 ・同じ「抱く」という動作でも,動物とモノでは用いる動詞は異 なる.「anda(抱く)」 ・より汎用的に用いられる「dulda(持つ)」. ・「bei(背負う)」「kua(掛ける)」に対しては,「モノ」の前後情報 による動詞の使い分けはあまりせず,「meda(掛ける)」で表 現される. • このように,「持つ」動作をそれぞれの仕方で 語彙化する日本語と韓国語の母国語話者が, どのように異なる体系を持つ中国語の「持つ」 系動詞を学習するのかを探る 分析1:学習歴と語彙数の関係 12.00 11.20 平均Type数 10.00 8.00 7.05 7.72 6.00 4.00 2.00 0.00 Japan Korea Chinese 母国語 • 一方で,学習歴(ヶ月)と学習者が知っている語彙数との相 関は(日本語母国語話者:-.16韓国語母国語話者:-.16)と 無相関に近い • 語彙の使い分けの学習は通常の学習過程では中々進みに くい? 分析2:運用パタンの比較 0.30 0.28 0.25 0.20 0.15 0.15 0.10 0.05 0.00 Korea Japan • 韓国語を母国語とする学習者(平均学習歴39ヶ月),日本語 を母国語とする学習者(平均学習歴28ヶ月)の,中国語母国 語話者との相関はそれほど高くない(3歳児と近い) • 両学習者の相関の値に有意な差はない 運用の仕方は具体的に どのように違うか • MDSを用いて動作を動詞を用いてどの様に 参照し分けたかを視覚的に表す • MDSとは – 類似度/非類似度データをもちい,データ同士の距 離関係を空間的にプロットする統計的手法 – 本研究では,被験者が動詞を用いて,どのビデオ とどのビデオを似ていると判断したのかを分析す る MDS結果-中国語話者 1.5 Bei(85 %) bei Bao(5 0%) tuo 1 ju ding kua 0.5bao ju(35%) Dimension2 ling ti 0 -2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2 -0.5 duan jia(35%) peng -1 jia kang -1.5 na na(3 5%) -2 2.5 kang(25 %) Dimension1 duan (35% ) MDS結果-日本語話者 kang(25%) na(20%) 持つ ju -1.5 掲げる kua ding 1 kang Dimension2 掛ける 1.5 担ぐ -2 Dai(50%) Bei(85%) 背負う 0.5 bei jia tuo 0 -1 -0.5 duan ling 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 peng ti -0.5 na 抱く -1 na(57%) bao na(35%) -1.5 Dimension1 Bao(50%) MDS結果-韓国語話者 ding(23%) 2 1.5 bao(68%) dingbao Dimension2 1 0.5 tuo ju duan -1.5 na(50%) -1 0 peng na -0.5 0 ling ti kang -0.5 jia 0.5 1 1.5 2 2.5 bei 3 3.5 -1 -1.5 -2 kua dai(50%) Dimension1 bei(70%) 考察 • 共通の特徴 中国語ではいくつかに分けられる動作「na」「ti」「lin」「duan」 「tuo」に対して,日本語では「持つ」,韓国語では「dulda」で 表現されている. • 日本語母国語話者 「持つ」以外の動詞「背負う」「掛ける」「担ぐ」「抱く」に対して は,母国語で対応する動詞が存在し,それが「持つ」とそれ 以外の動詞を分けている要因ではないか. • 韓国語母国語話者 「持つ」以外,特に「背負う」「抱く」に対しては,母国語で対 応する動詞が存在し, それが「bei」「kua」「bao」と「持つ」系 動詞を分けているのではないか. まとめ • 本研究の結果は,学習者が語の使い分けをどの様 に学習するかを探り,学習者は母国語の語彙の体 系を外国語の学習に際してもそのまま当てはめる 傾向があることを示した • この結果は,学習者が語彙の使い分けを学習する際 に,母語と学習の対象となる言語の語彙は1対1対応 であるわけではないことを意識する指導の必要があ ることを示唆する • また方法論的には,語彙の使い分けに関して,統計 的に,その学習の進度及び母国語の影響を調査す る方法のモデルケースを示した
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