1 内部組織 2006年度「企業論」 川端 望 1 1-1 組織としての企業 2 企業とは何か 広辞苑第5版の定義 生産・営利の目的で、生産要素を総合し、継続的 に事業を経営すること。また、その経営の主体。 大辞林第2版の定義 営利の目的で継続的・計画的に同種の経済行為を 行う組織体。また、その活動。 では、経済学における企業とは何か。経済学 では企業をどう取り扱うか 3 経済学で取り扱うとはどういうことか 経済システムの根本問題 コーディネーション 経済活動に必要な希少資源の配分 動機付け(インセンティブ) 人々が経済活動を選択するにあたり、どのように動機づ けられているか 主たる対象としての市場経済 主に市場経済を対象として、これをコーディネー ションと動機付けのしくみとしてとらえる 4 経済学における望ましさとしての効率性 静態的効率性 技術と人々の嗜好が所与 パレート効率性 動態的効率性 技術進歩 社会的基準の取り込みに困難 分配問題 意味と経験 環境、安全、人権‥‥ 5 質点としての企業 変換器としての企業 市場から購入した投入物→企業による変換→産出 物の市場での販売 変換の関係は、技術的に決まる生産関数で表現さ れる 変換器としての企業に独自の研究は不要 投入と産出の市場=市場の分析 企業の把握=技術的に決まる生産関数や費用関 数の推計 技術と市場の分析さえあればよい 6 組織としての企業 企業活動の効率性 生産関数が決まっても、企業がそれを過不足なく 実現するとは限らない 企業活動の効率性は技術だけに依存するのでは ない。生産関数はもっぱら技術的に決まるのでは なく、組織のあり方によっても決まる。 企業の変革 企業活動は自分自身の効率性を変化させる 企業の技術進歩は、そのための要素投入(例えば 研究開発資金)や技術(例えばR&Dの技術)だけで なく組織のあり方によっても決まる 7 組織と市場 組織(企業)と市場を、ともに資源配分と動機 づけのしくみとしてとらえる どうすれば、組織と市場を同じ言葉でとらえら れるか→取引 市場は契約と取引の集合として構成される 企業は取引の束、もしくは契約の束として把握され る ║ 組織は継続的取引によって成り立っている 8 市場が完全でないゆえに企業が必要 完全競争市場では、取引はすべてスポット (一回限り)でよい ×継続的雇用 ×継続的な部品調達、製品販売 ×継続的な資金の貸し借り TCEの社会観に注意 諸個人→取引→市場と組織 9 企業と市場の境界の変化に注目 長期雇用か短期雇用か 系列取引かスポット取引か 内製かアウトソーシングか 10 1-2 企業の本質 11 取引費用経済学(trans-action cost economics: TCE)による企業把握 DO 生産を組織化する費用 総費用=生産費用+取引費用 生産費用 技術的に決定される 取引費用 生産活動に必要な取引をおこなうための費用 市場が不完全であるために発生する 企業と市場の選択 市場を利用する取引費用 小さいほうが選ばれる 企業組織を利用する取引費用 12 様々な取引費用 探査と情報のコスト 適切な取引の相手を発見する 交渉と意思決定のコスト 取引条件を交渉し、契約として締結する 監視と強制のコスト 取引の実行を監視し、必要に応じて再交渉や訴訟 を行うことを含めて取引を実現させる 13 企業が使用するメカニズム 市場の組織化 市場のあり方もまた組織されたもの 権限の組織化 計画 指示・命令と監視 報告 ルールの組織化 組織ルーティン 協力の組織化 14 企業の境界(DO) 取引費用の大小 組織化のコスト<市場利用のコスト →企業拡大 組織化のコスト>市場利用のコスト →市場利用拡 大 生産費用の大小(生産組織の効率性) 市場と組織の相互転換→生産費用自体が変化 生産費用自体が変化→取引費用が変化→市場と 組織の優劣が変化 テキストは取引費用と生産費用の関係が不 明確 15 生産費用と取引費用の関係(DO) さしあたりは、生産費用一定の下で取引形態(市場 と組織)が選択される よりダイナミックな関係が想定できる 例1:取引形態選択→企業内に革新のインセンティブ増大→ 生産効率増進→取引形態の優劣変化→取引形態再選択 例2:取引形態選択→外部の技術革新による取引費用の変 化→取引形態の優劣変化→取引形態再選択 TCEの純粋な議論をはみだすケース 現在の取引費用が安いからでなく、生産費用削減のインセ ンティブを与えるために取引形態を選択する(競争導入のた めの外注化など) 16 市場経済のイメージ 政府 政府 市場 市場 ? 個人 個人 企業 計画・権限 17 市場経済における組織の必要性 「市場の失敗」に対処するのは政府だけではない 政府介入 企業組織 その他中間集団 組織と計画が必要なのは政府だけではない 政府 中間集団 企業 地域のコミュニティ 労働組合、NGO、社会団体 個人 18 ゴーイング・コンサーン 関係を構築する取引 行動のルールの組織化 協力の組織化 事業継続体としての企業 19 1-3 取引コストの経済学 20 TCEの成立 コース「企業の本質」の再発見 1937年に発表されたが、長い間注目されなかった 1960年代に注目を浴びる ウィリアムソンによるTCEの成立 S-C-Pパラダイム批判との連動 内部労働市場研究との連動 TCE(およびゲーム理論)と日本企業論との 連動 青木昌彦、小池和男、浅沼萬里らの研究 21 取引費用を左右する要因(1) 環境的要因 ◇取引環境の不確実性 ◇取引の複雑性 ★ DO取引の少数性 競争による均衡が作用しない 22 取引費用を左右する要因(2) 人間的要因 ◇限定合理性(bounded rationality) 取引当事者の予見、認知、判断能力の限界 ★機会主義(opportunism) 他人を犠牲にしてでも自己利益を上げようとする性向 情報の非対称性(派生的要因) 取引の雰囲気 取引に対する価値観 23 ウィリアムソンによる取引費用を左右する諸 要因の関係DO 人間的要因 雰囲気 限定され た合理性 環境的要因 不確実 性・複雑 性 情報の非 対称性 機会主義 少数性 24 取引コストが大きくなる場合DO 不確実性・複雑性と限定合理性の双方が存 在する上で、いずれか、あるいは両方がはな はだしい 取引の少数性と機会主義の双方が存在する 上で、いずれか、あるいは両方がはなはだし い 派生的関係:機会主義と不確実性・複雑性の 一方または両方から情報の非対称性が生み 出され、それが取引の少数性(相互依存性) を高めている 25 取引の少数性(相互依存性)を高める投資 取引特殊的資産(関係特殊的資産) ある特定の取引関係の中においてのみ高い価 値を持つ資産 取引特殊的資産は転用不可能なので、それへの 投資費用は埋没費用(sunk cost)となる 取引の少数化→相互依存の発生 双方独占の発生 売り手(投資主体):買ってもらわないと丸損 買い手:売ってもらわないと入手不可能 機会主義的行動→敵対的関係発生の余地 26 相互依存に対する複数の対処法 相互依存を避ける 距離を置いた(arms length)関係を維持できるよう な取引の仕方をする 監視・監督を組織化する(DO) 機会主義的行動を監視・監督で抑制する 協力関係を組織化する 協力関係を導くような取引の仕方をする 27 機会主義が示す市場の存立条件 単純な自己利益追求と機会主義の違い 自己利益追求=他者に無関心 機会主義=他者の利益の犠牲、契約の想定の破 壊、裏切り、法の目をかいくぐることも含む 機会主義は社会的に望ましい取引を不可能 にする 完全競争市場と異なり、取引主体の自己利益追求 は社会的に望ましい結果を生み出さない 28 逆選択:事前的な機会主義(1) 契約前の情報の非対称性を利用 例1:中古品のオークション 出品者は出品するものの適正価格を知っている 出品者は正直者と不正直者の混合 買う側は適正価格がわからない X円でY人出品とすると…… 買い手の合理的推測:適正価格がX円のものとX円未満 のものが混じっているだろう→X円払うのは馬鹿らしい→ 取引不成立 29 逆選択:事前的な機会主義(2) 例2:保険 出産者に給付の手厚い保険を設計して発売 保険会社は全女性の出産計画を正確には知ることがで きないので推測 出産する側は、自分の出産計画を認識(事前に決定して いると仮定) 保険契約者は出産予定のある女性に偏る→保険 会社の収益性圧迫→そのような保険は発売されな い 30 モラル・ハザード:事後的な機会主義 契約後に、契約が想定していなかった自己利益追求 行動を、相手の利益を犠牲にしてでもとる 例1:ホールド・アップ問題 組立メーカーA社が部品サプライヤーB社とC社に、A社用専 用部品の生産ラインに投資させる A社はB社とC社の投資状況がわかるが、B社とC社は互い の投資状況がわからず、協力することができない。互いに存 在することはわかる 投資の後に、A社は部品納入条件の切り下げを求める そのような事態が見通せれば、B社もC社もA社用専用部品 ラインには投資しない 31 モラル・ハザード:事後的な機会主義(2) 例2:保険 自動車事故に給付の手厚い保険を設計して発売 事前的な情報の非対称性の問題は捨象 保険契約者は契約後に、保険給付があるからと安 心して運転が不注意になる→事故の確率が上がり、 給付が増える→保険会社の収益性圧迫→そのよう な保険は発売されない 32 機会主義と倫理 実際の市場に機会主義の発生が不可避なら ば、一定の倫理、道徳に支えられないと、市 場は成り立たないと言える? DO機会主義を想定することで、倫理に依拠 せずに成り立つような客観的なルールを考え ることができる? 33 1-4 取引の組織化 34 情報技術革新による取引コスト削減? IT革新によるネット調達・ネット・オークション 不確実性・複雑性の克服。探索コスト・交渉コストの 減少 取引の少数性の克服 部品・製品・作業の標準化とモジュール化 取引特殊的投資の不要化による取引の少数性の 克服 交渉コストの減少 →内部組織より市場を利用する領域が拡大する という通念 35 取引費用の節約と契約形態(1) 不完備契約(incomplete contract) 将来の可能なあらゆる状況の下で、どのような行 動がとられ、どれだけ支払われるかが記載された 契約(完備契約)は不可能 機会主義の余地が生じる 36 取引費用の節約と契約形態(2) 短期契約・スポット契約 通常は、現行の価格で財・サービスを即座に取引 契約期間中に状況が変化しにくいので取引コスト を節約 取引特殊的投資があったり、探索コストが高いと利 用できない 関係的契約 当該関係の一般的条項と目的を定め、また意思決 定や紛争解決についてはその方法だけを定めてい る契約 暗黙の契約 37 ウィリアムソンによる、取引の統治構造分類 統治(ガバナンス)構造を左右する要因 取引の複雑性(中程度で所与とする) 取引の頻度 投資が取引特殊的かどうか 投資の特性 非特殊的 頻度 散発 頻繁 市場による統治 (古典的契約) 混合 取引特殊的 三者による統治 (新古典的契約) 双務的統治 統合された統治 38 双務的統治=関係的契約=ルールと慣行 による統治 取引特殊的投資が必要なので市場でのス ポット取引は不可 特殊性の程度が中程度であり、取引相手の 規模の経済を考慮すると外部取引がベター 双方を拘束する一般的ルールの設定 例:価格改定に際してのエスカレーター条項 例:生産量変動リスクの吸収方法 例:生産性向上成果の配分 39 統合された統治=垂直統合=権限による統 治 取引特殊性が高いので権限による統治がベ ター 権限(計画・指示・報告)による統治 主体の単一化により適応的な逐次的意思決定が できる 階層的組織による管理・監督で機会主義を弱める 諸個人の予想を類似させる 情報の非対称性を弱める 40 権限の限界と協力の必要性 労働(力)の取引では垂直統合は不可 機会主義を完全に克服することはできない 組織は独自の非効率性を生む 権限(計画・指示・報告)を補完する要因とし て協力のしくみや雰囲気が必要 41 ルールの限界と協力の必要性 機会主義を完全に克服することはできない ルールの硬直化 ルールをめぐる再交渉の可能性 ルールを補完する要因としての協力のしくみ や雰囲気が必要 42 協力はいかに組織化されるか 経済学的理解 インセンティブの設計 コミットメントの確保 DOそれでは理解しきれない? 労働や契約や技術に対する社会規範 企業文化 財産の観念 人の属性に対する規範(身分、性、人種、年齢、学 歴など) 43 市場・内部組織・中間組織 市場取引 市場による統治 内部組織(垂直統合) 権限による統治+協力 中間組織 ルールによる統治+協力 44 市場と組織のバランス(図1.4について) 総費用=生産費用+取引費用 DO図1.4の「取引コスト」は市場利用コストと いうべき DO生産費一定で、取引形態だけを変化させ るならば、T(g)+O(g)が最小になる点が最適 である。 取引形態によって生産費が変動するならば、 P(g)-{T(g)+O(g)}が最大になる点Eが最適で ある。 45 組織パフォーマンス曲線の形状 著者のいう組織パフォーマンスは、費用概念 では生産費用に関わっている。 組織パフォーマンス曲線の形状の根拠が明 示されていないが、おそらく一定程度まで規 模の経済性がはたらき、ある点を超えるとか えって不経済になるということだろう 46 組織のあり方の変動 IT技術の進展により市場利用コストが下がれ ば、曲線T(g)は下方シフトし、カーブはより緩 やかになる。最適組織化度は低下する 組織革新により組織化コストが下がれば、曲 線O(g)は下方シフトし、カーブはより緩やか になる。最適組織化度は上昇する 技術や組織の革新が生産費を低下させ(組 織パフォーマンスを上げれ)ば、曲線P(g)は 上方シフトするが、形状が変わるかもしれな いので、最適組織化度がどうなるかは一義的 には決まらない 47 第1章 主要参考文献 ロナルド・H・コース(宮沢健一ほか訳)『企業・市場・ 法』東洋経済新報社、1992年(原著1988年)。 オリヴァー・E・ウィリアムソン(浅沼萬里・岩崎晃訳) 『市場と企業組織』日本評論社、1980年(原著1975 年) ポール・ミルグロム&ジョン・ロバーツ(奥野正寛ほ か訳)『組織の経済学』NTT出版、1997年(原著 1992年)。 Oliver E. Williamson, Transaction-Cost Economics: The Governance of Contractual Relations, Journal of Low and Economics, Vol.22, 1979 48
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