抵当権の意義と 優先権侵害 貸出市場に及ぼす影響について の理論と実証 担保・抵当の意義 貸出市場における情報の非対称性から生じ る問題を緩和 審査のための資源を節約 貸し渋りや追い貸しの防止 発展途上国の法制度の不備と貸出市場の未 整備 Rajan and Zingales(2003) 状態依存的コントロール権移動 Aghion and Bolton (1992), Dewatripont and Tirole (1994) 不動産所有権・賃借権との違い 残余請求権者は誰か? 担保権消滅請求制度(2002)の意義(任意売 却の障害除去)と問題点 山崎・瀬下(2002) 競売市場の意義と問題点 債務不履行時の手段 (抵当権抹消不要) 抵当権・担保権執行の最後の手段(手続きに 時間がかかる 裁判所、不動産鑑定) 最低売却価格制度(債権者保護)の問題点 (執行妨害) 98年民事執行法改正によって、売却までの期 間が短縮 井出・田口(2006) 事前の問題に影響 任意売却の意義と問題点 情報の偏在と取引相手 全抵当権抹消の必要性 買受人 vs下位の抵当権者 「はんこ代」というレントの発生 抵当権抹消のために第1位抵当権者が劣後 抵当権者に支払い義務発生(優先権侵害) はんこ代や立ち退き料の低下? 事業再生やM&Aを容易に 優先権侵害 短期賃借権(2004年廃止)=不法占有者の保護= 執行妨害 てき除・増加競売(2004年廃止、担保権消滅請求制 度へ) 担保執行法・破産法の改正 競売市場の整備 強 制管理 会社更生法の更正担保権は『継続企業価値』から 『時価』基準へ 債権放棄の基準 政治的干渉例 住専処理における都銀負担要請 (農林系金融機関:劣後債権者の保護) メイン寄せ 抵当権消滅請求制度の優先権侵害例 A:第一抵当権者1億円債権(現在の担保価値7000 万円)保有 B:第二抵当権者1億円(無剰余) 当該企業の継続価値1億円 再生のために7000万円で抵当権消滅可能 手段:Bが7000万円融資して、Aに返済、抵当権抹消 A:1億円*一般債権3000万円/総負債額2億円 =1500万円 B:1億円*17/20=8500万円 ? A w V B (w) 理論的含意 非効率な追い貸しが生じる条件(瀬下・山崎(2004)lemma2) 実現したキャッシュフローの下で、既存債権を完済できな い企業で ①優先権侵害の下での清算時の優先債権者への分配が、 継続時の優先債権の価値より小さい。 (十分なリスク移転) ②優先権侵害による劣後債権者への所得移転が、追加 投資の非効率性を上回る。 (十分な所得移転) 理論的含意 企業のキャッシュフローの増加 →負債の返済が増加→優先債権の減少 →継続時のリスク移転の減少(①が不成立) →劣後債権者への所得移転の減少(②が不成立) 仮説1(優先権侵害にともなう追い貸し仮説): 非効率な投資機会を有する企業で キャッシュフローが増加すると追い貸しは減少する。 貸し渋りの従来の議論 デットオーバーハング 新規プロジェクトの収益は既存債権へ弁済 →投資資金を調達できない。 債権放棄による解決 交渉費用 コーディネーションの問題 誰かが先に債権を放棄すれば、自らは債権放 棄をしなくて済む(ただ乗り問題) 疑問点 貸し渋りは、既存の債権者が複数存在する 結果、交渉が困難なために生じる。 「貸し渋り」は、債権者間の調整が比較的容易な 中小企業よりも、大企業でより深刻なはず 既存の貸し手が資金を提供する限り、デット・ オーバーハングの問題は生じない。 「追い貸し」は調整が困難な大企業で「貸し渋り」 を回避する方策? 問題を先送りではなく、効率的な選択? 貸し渋りの代表的仮説 (1)デット・オーバーハング 貸し渋りがデットオーバーハングによって生じている →キャッシュフローが高まれば、企業の負債残高が減少 →新規融資の価値が既存債権に移転するデット・ オーバーハング問題は小さくなる。 →貸し渋りが緩和 仮説2(デット・オーバーハング仮説): 効率的な投資機会を有する企業で キャッシュフローが増加すると貸し出しは増加する。 貸し渋りの代替的仮説 (2)agency 仮説や優先権侵害仮説 優先権侵害にともなう事後的なコスト負担を回避するために 貸し渋りが生じている。 事後的な優先権侵害による経営者のモラルハザード →Agency costの発生 →ペッキングオーダー仮説(Mayers and Majulf) : Agency costの低い資金から資金調達 →キャッシュフローが増加すると借り入れを減少 仮説3(優先権侵害などによるAgency cost仮説): 効率的な投資機会を有する企業で キャッシュフローが増加すると、貸し出しは減少する。 実証分析の戦略 山崎・瀬下・杉原・大田(2006) 企業の投資機会の効率性の指標 トービンのq:投資の効率性の十分統計量 貸出市場に歪みがなければ、他の変数は貸出額 に影響を与えない。 企業のキャッシュフローの水準も、銀行の企業へ の貸出額へは何の影響も与えないはず。 トービンのqとキャッシュフローを説明変数とし て銀行貸出を推計 3つの仮説の検証 仮説1→追い貸し 「資金不足状態にあり、追い貸しが行われている企業で は、キャッシュフローの係数が負」 仮説2→デットオーバーハングによる貸し渋り 「資金不足状態にあり、貸し渋りが生じている企業では、 キャッシュフローの係数が正」 仮説3→エージェンシー・コストの上昇による貸し渋り 「資金不足状態にあり、貸し渋りが生じている企業では、 キャッシュフローの係数が負」 サンプルを分割した上で推計 追い貸し下の企業:「qが1以下で貸出が増加」 貸し渋り下の企業:「qが1以上で貸出が減少」 企業が資金不足の状態:実証の中で別途考慮 優先権侵害に関する判例 1990年前後に二つの最高裁判決 平成元年(1989年)6月5日:併用賃借権の否定 平成3年(1991年)3月22日:抵当権に基づく占有排除の否定 濫用的な短期賃貸借契約を予防する手段が絶たれた。 民法354条但し書きに基づいて、詐害的短期賃借権を抵当権者が解 除できても、その結果、無権原となった占有者を退去させる権原は抵 当権者にはない。 二つの判例は、短期賃借権の濫用とそれにともなう優先権 侵害を助長させたと考えられる。 推計ではこのような判例の影響も考慮し、サンプル期間を80 年代と90年代に分けて推計する 付録 瀬下・山崎(2004) モデルの構造 投資と成果のスケジュール 優先債権B 追加融資DB (追い貸し) or 外部の融資DD Bの返済期日 (清算の判断) 瀬下・山崎(2004) モデルの構造 :優先権侵害と銀行行動 継続のリスク を移転できる 非効率な追加 投資機会 優先権侵害 →所得移転 追い貸しの負担が当初融資の利益より大きくなると貸し渋り。 逆の場合には、追い貸しを覚悟で融資 数値例 時点1でキャッシュフロー0 企業資産10億(時点2では0) 優先残債権9億 企業を清算すれば、全額返済される。 追加投資A: 11億 成功確率1/4、成果50億 失敗時 10億 (期待値20億)追加投資の価値は負 優先権が維持されるとき 命題1:追加投資に対する「追い貸し」は生じない。 数値例: 優先債権者が企業を清算:9億全額回収 企業を継続する条件 11億+9億<(3/4)×10億+(1/4)D D>50億でないと融資に応じない。 (契約不可能、経営者にメリットはない。) 優先権が維持されるとき 命題2:外部からの融資も生じない。 数値例 外部の投資家が追加融資に応じる条件 11億<(3/4)×(10億-9億)+(1/4)D D>41億でないと融資に応じない。 優先残債権が9億あるので、契約不可能。 経営者にもメリットはない。 優先権が侵害されるとき 優先権侵害のモデル上の定義 劣後する債権者が、優先債権者に先んじ る請求権を保有するとする。 この請求権の額面価値をwとする。 wの大きさで、優先権侵害の程度を表すと する。 優先権が侵害されるとき 命題4:この外部の融資に対して、優先債権者は 時点1に企業を清算する選択肢を選ばない。 数値例:優先権侵害w=5億 外部の債権者による追加融資が実施された とする。 優先債権者が企業を清算すると(10-5)億=5億 継続を許すと(3/4)(10-5)億+(1/4)9億=6億 従って企業を継続する。 優先権が侵害されるとき 命題4:この外部の融資に対して、優先債権者は 時点1に企業を清算する選択肢を選ばない。 ←優先権を侵害する外部の投資家に継続の リスクを移転できる。Soft Budget 優先権侵害の損失を軽減できる。 優先権が侵害されるとき Lemma2:優先権侵害の程度が十分大きいと、追 加投資に対して外部の投資家が融資に応じる。 数値例:優先権侵害w=5億 融資に応じると、優先債権者は清算しない。 外部の投資家が融資に応じる条件 (3/4)5億+(1/4)D>11億 すなわちD>29億ならば、融資に応じる。 経営者(株主の利益) (1/4)(50-29-9)=3億>1億(清算時) 優先権が侵害されるとき Lemma2:優先権侵害の程度が十分大きいと、追 加投資に対して外部の投資家が融資に応じる。 優先権侵害によって優先債権の価値を劣後 する外部の投資家に移転 →外部の融資が可能リスクを移転できる。 優先権が侵害されるとき 命題5:外部の投資家による優先権侵害の損失自 体を回避するため、追い貸し生じる。 数値例:追い貸ししない→先送り:6億 追い貸しするとき (外部の投資家と同じ条件で融資するとする) (3/4)10億+(1/4)(D+9)億 >(3/4)10億+(1/4)(29+9)億 =17億=11億(融資額)+6億(先送り) 優先権が侵害されるとき 命題5:外部の投資家による優先権侵害の損失自 体を回避するため、追い貸し生じる。 優先権侵害によって劣後債権者に移転する 価値は、継続を選択することで劣後債権者に 移転できるリスクの価値より常に大きい。 →劣後債権者に融資させるより、自ら融資するこ とを選択する。 優先権が侵害されるとき 追加融資の非効率性が小さく、当初の投資 の効率性が十分に大きいとき →融資+追い貸し 追加融資の非効率性が大きく、当初投資の 効率性が相対的に小さいとき →貸し渋り(命題6) 追い貸しや外部からの融資にともなう先送りを回 避できないと予想し、当初の効率的な投資への 資金調達にも応じない
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