グレシャムの法則から見た貨幣・ 通貨制度の歴史 ー貨幣・通貨の交換バランスが崩れた場合の 対応の類型化ー 財団法人 国際通貨研究所 上席研究員 松井謙一郎 平成18年4月15日 本発表の概要 グレシャムと関連する概念についての整理 過去から現代に至る貨幣・通貨制度の歴史の中で、 グレシャムの法則に該当する事例を挙げてグレシャ ムの法則についての一般性・普遍性を確認 一方で、通貨間の交換バランスが崩れた際の状況・ 対応について、グレシャムの法則以外の場合も含 めて類型化する これらを勘案した上で、グレシャムの法則について の見方を最後にまとめる グレシャムの法則(定義) (狭義)改鋳等で、貨幣の含有量等内容が異なる貨 幣を、同一の価値を持たせて並列して流通させる結 果として、グレシャムの法則が発生する。 (広義)異なる貨幣(金・銀、金とドル等)が並存して 流通している場合に法定の交換比率と市場の交換 比率に乖離が生じて法定の交換を維持できなくなる 事象もグレシャムの法則と呼ぶ。 グレシャムの法則(関連概念)① (逆選択) 市場において売手と買手の間での情報 が非対称性である事の結果として、市場において質 の劣る人・物が質の高い人・物を駆逐してする現象 (中古車市場の例)売り手は自分の車の質を十分 知っているが、買手は情報は限られている。 値段が下がるにつれて、中古車の供給は減り、平 均的な質が低下する。買手は不良車をつかまされ た時のリスクを考えて中古車の値段が高い場合に は購入を控える。更に市場に出てくる中古車の平均 的な質は下がり、質の悪い中古車が氾濫する。 グレシャムの法則(関連概念)② 裁定取引 一物一価の法則、グレシャ ムの法則が成立するのは 裁定取引の結果に他なら ない。 シニョレッジ(通貨発行益) 貨幣・通貨発行が独占され る場合の発行者が得る利 益。通貨発行者がこれを増 やしたい場合に、貨幣の改 悪が行われる傾向にあり、 グレシャムの法則が発生す る背景となる。 ネットワ-ク外部性 通貨の主要な機能の内、 交換手段としての機能は、 その通貨の利用者が増え る程利便性が増すという外 部ネットワーク性に大きく左 右される。 グレシャムの法則を加速す る要因として位置づけられ る。 通貨交換のバランスが崩れた時の 対応 <以下の5つのパタ-ンに分類> ①固定交換レ-トによるリンクを放棄して交換レ-トは市場 実勢に委ねる ②強制的に良貨の流通を廃止、悪貨のみの流通に切り替え ③悪貨に対して強力な裏付けをつけて信用の回復を図る ④悪貨を強制的に廃止して良貨のみの流通に切り替える ⑤他の種類の悪貨を流通させて事態の改善を図る 関連事例① 元禄の改鋳(1695年) 幕府財政の窮乏のために 改悪実施、インフレ発生 →グレシャムの法則の事例 正徳小判(1714年)発行 金の含有量を元禄の改鋳 前に戻す、デフレ発生 →逆グレシャムの法則の事 例 幕末の開国と金の流出 国内の金銀交換比率 =1:5 国際的な金銀交換比率= 1:15 →相対的に国際的に金が高く、 裁定取引(銀を金に交換し て海外に持ち出し)が働き、 金が流出、グレシャムの法 則の事例 関連事例② 中央銀行の成立(1982年) 政府が西南戦争の戦費調 達のために政府紙幣を増 発、インフレ発生 →中央銀行の設立によって対 外的な信用回復を図る (但し、政府紙幣と日銀券 はしばらくの間並立) 金輸出解禁(1929年) 緊縮財政、国内産業もリス トラによる国際競争力の回 復で、金輸出の解禁に備え た。 金輸出再禁止(1930年) 世界恐慌の影響で輸出が 振るわず金が流出。 再び兌換を停止、金輸出再 禁止により金本位制度から 離脱。 関連事例③ 近年の政府紙幣発行議論 金・ドル本位制度の崩壊 赤字国債の発行による公 <トリフィンのジレンマ> 共事業の資金調達に限度 基軸通貨として使用するた 新たな財源の確保 めに恒常的に流動性が供 給される必要性と、米国が →政府自身が紙幣を発行す 恒常的に国際収支の赤字 るという提案 を計上する事の必要性の 政府紙幣は日銀券と同じ ジレンマ 機能を持たせ、日銀券と1 →グレシャムの法則の観点 対1の交換保証。 からの解釈も可能 紙幣発行の発行益は、減 (良貨である金が退蔵され、 税・国内の需要喚起・不良 悪貨であるドルが国際通貨 債権の処理のために使う。 として流通する事になっ た) 為替相場制度分類 自由変動 変 動 為 替 制 度 ソフト・ペッグ 管 理 フ ロ ー ト 制 度 B B C ル ー ル ハード・ペッグ 固定為替制度 バ ス ケ ッ ト ・ ペ ッ グ ド ル ・ ペ ッ グ カ レ ン シ ー ・ ボ ー ド ド通 ル貨 化同 盟 (出典)「国際金融入門」(日経文庫、小川英治著) Bipolar View① <Barry Eichengreen (1994)> ・21世紀の国際通貨制度 は変動相場制度と通貨 圏(最適通貨圏)が主 要な問題となる ・中間的相場制度の空洞 化(Hollowing Out) <Stanley Fischer (2001)> ・採用された通貨制度の 移行状況を分析(1991 年と1999年の比較) ・両極に収斂している事を デ-タで裏付け Bipolar View② (出典)金融研究(日本銀行、 2002年12月) Bipolar View③ ドル化① <公式ドル化> 中南米の小国にて採用さ れており、現状以下の通り ・パナマ(最も歴史が古く、建 国以降ドルを法定通貨とし て認めている。) ・エクアドル(2000年以降) ・エルサルバドル(2002年 以降) <公式ドル化> ・ 政府が一方的にドルを法 定通貨として流通させる場 合(片務的ドル化) ・ 政府が米国との間で正式 な協定を結んで、ドルを公 式通貨として流通させる場 合(双務的ドル化) <非公式ドル化> ・ 政府がドルを公式通貨とし て認めないがドルが幅広く 流通している場合 ドル化② <ドル化のメリット> 自国通貨がなくなるため、 通貨の切り下げリスクが無 くなる <ドル化のデメリット> 通貨主権の放棄と自国金 融政策の独立性の放棄 通貨交換取引に伴う不確 実性・リスクの軽減、取引 費用が節約できる 通貨当局にとっての通貨発 行益(シニョレッジ)の喪失 最後の貸し手としての機能 が不在 インフレ率の低下、国内金 利の低下 為替レ-トの変動を通じた 調整機能の喪失 結論①(関連概念) 逆選択 逆選択は情報の非対称性を前提としており、 グレシャムの法則とは意味合いは若干異なっており、 留意が必要 裁定取引 グレシャムの法則が働くのは裁定取引の結果であ ると言える ネットワ-ク外部性 グレシャムの法則を加速するものとして位置付けが 可能 結論②(様々な対応の事例①) 固定交換レ-トによるリンクを放棄して交換レ-トは 市場実勢に委ねる →固定相場制度から変動相場制度への移行 強制的に良貨の流通を廃止して悪貨のみの流通に 切り替える →アルゼンチンの強制ペソ化のケ-ス 悪貨に対して強力な裏付けをつけて信用の回復を 図る →アルゼンチンのカレンシ-ボ-ド制度の採用 結論③(様々な対応の事例②) 悪貨を強制的に廃止、良貨のみの流通に切り替え →江戸時代の新井白石による改鋳、中南米の小国 でのドル化 他の種類の悪貨を流通させて事態の改善を図る →アルゼンチンのアルヘンティ-ノの導入検討、 (実現しなかったが)日本でも議論された政府紙幣 結論④(二極解との関係) ドルペッグ制度のようにドルと当該国の通貨の交換レ-トを 安定的に維持する状況が崩れた(或いは困難とされる)場合 の安定的な対応は、以下の2つ(両極解、 Two Corner Solutions)であるという形での解釈が可能 自国通貨の価値を市場の変動に委ねる(悪貨で良貨を駆逐 させると解釈できる、グレシャムの法則) 或いは自国通貨を廃止するドル化・強力な信用を付与する カレンシ-ボ-ド制度を採用する(良貨で悪貨を駆逐する、 逆グレシャムの法則) 結論⑤(グレシャムの法則に対する 見方) 通貨間の交換レ-トのバランスを維持する事が困難になっ た状況では、悪貨が良貨を駆逐する事象が一般的に多く見 られる。(このため「グレシャムの法則」と呼ばれる。) 但し、「悪貨が良貨を駆逐する」という事が普遍的に常に成 立するのではなく、様々な事例で見た通り、異なった状況に なる(例えば、逆グレシャムの法則)可能性も十分有り得る 点に留意が必要。 それぞれの状況に応じて、何故通貨の交換バランスが崩れ たか、通貨当局がどのような判断を行ってそれに対する対応 を行ったかという点を十分考えていく必要があろう。
© Copyright 2024 ExpyDoc