赤外線でさぐる 星の誕生と銀河の誕生

赤外線でさぐる
“宇宙のはて”
講演会@東京工専
平成12年1月13日
松原 英雄(宇宙科学研究所)
講演内容
赤外線とは?
– 赤外線で見ると何がわかるか?
– 赤外線で見た銀河
「宇宙のはて」ってどういうことか?
– 宇宙の年齢と大きさ
「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生
– 銀河の誕生とは?
– 原始銀河の候補?
– 宇宙赤外線背景放射の探索
赤外線の発見
ハーシェルの実験
(19世紀のはじめごろ)
温度計
プリズム
赤外線
太陽
スリット
目で見え
る
光
紫外線
スクリーン
光の波長について
 海の表面のさざなみ、音波等のように光も「波」のひとつであ
る。波の山と山の間の距離のことを「波長」という。
波長の長い波(赤い光)
波長の短い波(青い光)
赤外線とは?
目でみえる光(可視光)よりも波長の長い
(1ミクロン~300ミクロン)光のこと。
可視光で見るよりも低温のものが良く見える。
赤外線でみた
燃えるマッチを
持つ人
赤外線で見えるもの:宇宙塵(星間塵)
星が生まれつつある雲の例
ハッブル宇宙望遠鏡
による撮像
可視光では見えない!
塵(固体微粒子)の雲に
おおいかくされている。
赤外線では、この塵自
身が光って見える!
赤外線でみた星間塵
赤外線ではチリがかがやいて見える!
宇宙塵(星間塵)について
· 塵:英語ではdust 「ダスト」
 惑星間塵: 太陽系内の塵
 星間塵: 星間空間の塵(星間物質の質量で約1%)
· 星間塵の分類
 サイズによる分類
大きい塵:0.1ミクロン
小さい塵:0.01ミクロン(100A)
大変小さい塵:10A
 組成で分類
シリケイト:珪酸塩(カンラン石、輝石。。)
グラファイト:炭素(結晶あるいはアモルファス)
アイス:水、二酸化炭素、アンモニア
炭素質(有機物質):例えばPAH
多環式炭化水素 (polyaromatic hydrocarbon)
赤外線でみた全天
銀河系内の星
間塵からの赤
外線放射
黄道光
(太陽系
内の塵
からの
赤外線
放射)
ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた
若い星のまわりのチリ円盤
えん ばん
赤外線でかがやくチリ円盤!
ジェット
(青)
チリえんばん
(緑~赤)
150天文単位
HL Tau(生まれたばかりの星) 、波
おく さい
エリダヌス座イプシロン星(年齢10億歳)、
長1~2ミクロン
波長850ミクロン
惑星になれなかったチリの円盤か?
衝突中の銀河の赤外線画像
NGC 4038
NGC 4039
衝突によって星がうまれたとこ
ろのチリがあたためられて、
赤外線で明るく見える。
銀河の放射スペクトル(1)
塵がない場合
の星の光〔予想〕
銀
河
の
光
度
(
十
の
三
十
乗
エ
ル
グ
/
秒
)
暖かい塵
からの
熱放射
塵による減光
を受けた、現
実の星の光
波長〔ミクロン〕
活発に星生成
している銀河
の場合
(Arp220)
銀河の放射スペクトル(2)
銀
河
の
光
度
(
十
の
三
十
乗
エ
ル
グ
/
秒
)
星の光
(塵による
減光殆どなし)
冷たい塵
からの
熱放射
波長〔ミクロン〕
楕円銀河
(星生成があま
り起こってい
ない銀河)
の場合
「宇宙のはて」とは?
。。。つまるところ、我々人類が知ることので
きる宇宙は有限である。。
そして、人類が認識できる宇宙は、ビッグ
バンではじまった!(宇宙には「はじまり」がある。)
つまり、「はじまり」のころの宇宙が、「宇宙
のはて」である。
宇宙はビッグバンではじまった
120~150億年という宇宙の
歴史の中で、銀河は
* いつうまれ、
* どのように進化して今の
すがたになったのだろうか?
宇宙の距離の単位
1光年=光の速さで1年間進んだ距離
つまり、1億光年の距離の天体の光は
1億年前のものである。
宇宙は膨張している
 ハッブルの法則
– 遠くの銀河(距離D)ほど速い速度
vで遠ざかっている:
v[kms-1]=H0・D [Mpc]
宇宙膨張と赤方偏移
50億光年のかな
近くの天体の色 たの天体の色
宇宙は膨張している。より遠くの天
体からの光の波長はより長いほうへず
れる。
em:天体から出たときの光の波長
obs:観測される波長
obs=em(1+z)
z: 赤方偏移パラメータ
(紫外線)
(赤外線)
→ 宇宙初期の星の光は、
赤外線になる
赤方偏移パラメータと距離の関係
100000
光度距離(メガパーセク)
DL(q0=0.1, H0=50) [Mpc]
DL(q0=0.5, H0=50) [Mpc]
DL(q0=0.1, H0=75) [Mpc]
DL(q0=0.5, H0=75) [Mpc]
10000
32.6
1000
3.26
億光年
100
10
0.01
0.1
1
10
赤方偏移パラメータ z
1メガパーセク=326万光年
宇宙の年齢
宇宙誕生からの時間 (億年)
200
t(z)
t(z)
t(z)
t(z)
150
(H0=50,
(H0=50,
(H0=75,
(H0=75,
q0=0.5)
q0=0)
q0=0.5)
q0=0)
100
50
0
0.01
0.1
1
赤方偏移パラメータ z
10
 ハッブル定数、密度パラ
メータ(減速パラメータ)
など、宇宙モデルによっ
てかなり異なるが、たぶ
ん100~150億年くらい。
 z=3の世界は年齢15~
30億歳くらいの宇宙とい
うことになる。
「宇宙のはて」で起こった
銀河の誕生
銀河の誕生とは?
銀河の誕生の姿を見るには?
– 銀河のスペクトル進化
原始銀河は見つかったか?
– 原始銀河候補?
宇宙赤外線背景放射の探索
銀河の誕生とは?
銀河とは、星の大集団である。
- 我々の銀河系:約1千億個の星
従って銀河の誕生とは、
– 原始ガスが凝縮して
– その中で最初の星生成がおこり、
– やがて一千億個の星の集団となる
現象と考えることができる。
現在
50億年前
90億年前
120億年前
楕円銀河
渦巻銀河
ハッブル宇宙望遠鏡が見つ
けた宇宙初期の銀河
銀河の誕生についてわかっていること
 銀河はいつ生まれたか?
– 典型的な銀河は100億個~1兆個の星の大集団
– 矮小銀河(典型的な銀河の1/100以下の質量)の形成は、
現在まで続いていると考えられている(例えば大小マゼラ
ン雲のように)
– 一方典型的なサイズの銀河(楕円銀河、渦巻銀河)は、z
<3ではあまり姿が変わらないので、z=3以上で誕生した
と思われている。
 誕生したばかりの銀河は非常に明るい?
– z=3(宇宙年齢約20億年)までに、 100億個~1兆個の星を誕生
させると、最低でも5個~500個/年の星生成率になる!(比較:
我々の銀河では1個/年以下の星生成率)
爆発的星生成(“スターバースト”)
 このような銀河はハッブル宇宙望遠鏡や地上の大
望遠鏡で充分に見つかるはずである。。。だが??
可視光でみた宇
宙の「はて」
ハッブル宇宙
望遠鏡
すばる望遠鏡(国立天文台)
1999年1月より観測開始!
赤外線でみた宇宙のはて(?)
ご覧になりたい方は
http://www.naoj.org/outreach/press_releases/
原始銀河が見つからないのはなぜ?
《シナリオ1》
 誕生した時の銀河は、大変小さかった。小さいので
一個一個は大変暗く、観測にひっかからない。それ
らでの星生成がほぼ終了したころに、小さな銀河同
士が合体して、100億~1千億個の星の集団として
の、通常銀河となった。
– このシナリオは、コールドダークマター理論に基
づく宇宙構造形成論と良く合っている(小さな構造
が先にでき、だんだん大きな構造ができる)。
【シナリオ1】の証拠?
ハッブル宇宙望遠鏡は、110億光年の彼方に、予想外
に数多くの比較的小さいが星形成の活発な銀河を見つ
けた。それぞれの銀河は我々の銀河の数10~100分の1
の重さしかない。
原始銀河が見つからないのはなぜ?
《シナリオ2》
 【シナリオ2】銀河スケールの構造が形成される前に、
宇宙最初の星生成が起った(「種族3の星」仮説)。星
生成の結果、重元素合成が起り、種族3の星が超新
星爆発で死んだ時に、重元素が星間ガス中に撒き
散らされ、そのかなりの割合が冷えて塵(固体微粒
子)となった。その後大規模な星生成があり、通常銀
河が誕生したが、この塵のために激しく減光されて
可視光では観測にひっかからないのである。
– 実際、z=5のクエーサーにも重元素があること
が観測的にわかっている。
– また種族3の星の光を見るには、「宇宙赤外背景
放射」を探るしかない。
銀河のスペクトル進化
5億年
10億年
30億年
爆発的に星が誕生して
いるときは遠赤外で
非常に明るく、豊富
にある塵雲に激しく
減光されて可視光で
非常に暗い。
Jy
銀
河
の
明
る
さ
(
)
楕円銀河の
スペクトル進化
理論計算の一例
40億年
観測される波長〔ミクロン〕
やがて星の原料である星
間ガス雲の大部分が星
になり、星生成がほぼ
終了すると、星をつつ
んでいた塵・ガスは吹き
払われて星の光が直
接見えてくる。
銀河の誕生の姿を見るには?
 宇宙初期の銀河のスペクトルは、進化している。
 この可視からサブミリ波にわたる全スペクトル
が、銀河の年齢を知る手がかりになる。
赤外線で銀河の誕生を探るには?
大
気
の
透
過
率
放
射
強
度
の
対
数
大気の熱放射
中間~遠赤外線(波長5~
300ミクロン)観測は、「大気の窓」
と呼ばれる一部の波長を除い
て、地球大気の吸収のために
地上からでは不可能。
→ スペースからの観
測!
大気OH
発光
宇宙からの放射
波長 (ミクロン)
スペースからの赤外線観測
 ISO (赤外宇宙天文台)
 1995年11月打ち上げ(ESA)
 (98年4月観測終了)
赤外線でみた宇宙の最深部
写っている銀河の殆
どは、40億光年以上
のかなた。
楕円銀河は15ミクロ
ンでは光っていない。
15ミクロンで明るい銀
河は、むしろ可視
光では暗い。
ハッブル望遠鏡の
とった画像に、波長
15ミクロンでのISO
による観測(等高
線)を重ねた。
原始銀河は見つかったか?
原始銀河は非常に遠い(非常に昔)。
z>3を超えるような知られた天体はクエー
サーや電波銀河が主体。
電波銀河に塵の赤外放射がないか?
あった! 例:BR1202-0727〔z=4.7〕
– 塵からの赤外放射成分は、10個程度の電波
銀河に見つかっている。
原始銀河?BR1202-0727
 クエーサーなので、AGNからの光が強すぎて、星の光の成
分があまり良く分別できない。従って年齢ははっきりしない。
銀河の静止系での波長
大量の星間塵・星間
ガスの存在が確認さ
れている。
光
度
の
対
数
(
エ
ル
グ
/
秒
)
(ガス雲:太陽3千億
個分の質量)
1000K(?)成分
は、AGNに暖めら
れたホットダストか
らの放射か?
観測周波数の対数 [Hz]
これからの展望
 AGNに邪魔されずに宇宙初期の銀河のサンプルが欲し
い。これには空のできるだけ広い領域を、丹念にサーベ
イして見つける必要がある。
 ISOによる遠赤外サーベイとその追観測
– 宇宙の最深部を除く窓: ロックマンホール
ISOによるロックマンホールの
ディープサーベイ
IRAS
ISO
ISO
波長100ミクロン
波長95ミクロン
波長175ミクロン
これからの展望(続)
 AGNに邪魔されずに宇宙初期の銀河のサンプルが欲しい。これ
には空のできるだけ広い領域を、丹念にサーベイして見つける
必要がある。
• サーベイとは、その観測領域をくまなく探査すること
 ISOによる遠赤外サーベイとその追観測
– 宇宙の最深部を除く窓: ロックマンホール
– 数平方度の広さの領域しかサーベイできなかった。
 ASTRO-F計画
– 【2003年夏に宇宙研が打ち上げる予定】
– ISOと同じ性能で、全天を調べる!
ASTRO-F(IRIS)
「アストロF(アイリス)」
2003年夏にM-V6号機で打ち上げ予定
ASTRO-F計画
 IRIS
(InfraRed Imaging Surveyor)
 口径70cmの冷却望遠鏡(寿
命500日)
 遠赤外で全天サーベイ+近
中間赤外カメラでの撮像観測
 2003年8月打ち上げ予定。
講演のまとめ
(1)
 赤外線で銀河を見ると、その銀河の中の宇宙塵からの
放射が主に見える。これは目で見える光では見えな
 い。
「宇宙のはて」では銀河の誕生が起こったはずである。
誕生のシナリオははっきりしないが、生まれたばかりの
銀河は、遠赤外線で非常に明るいと予想される。
 原始銀河を見つけるには、広い領域の遠赤外サーベ
イ観測が必要。
「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生をさぐるもうひとつの手
段として、宇宙赤外線背景放射がある。時間があれば
この話を続けますが。。。
宇宙赤外線背景放射とは?
64‐27=37個
27‐8=19個
8‐1=7個
1個
観測者
 宇宙のはてから我々までの間に存在するすべての赤外線放射
源(銀河など)からの赤外線の総和(積分光)
 光源が一様な空間密度で分布していれば、遠方天体だろうと近
傍天体だろうと、背景放射への寄与はほぼ同程度
 赤方偏移のために波長が長いほど、遠方の天体からの積分光
を見るのに有利。
赤外線背景放射の探索
 観測ロケット
(宇宙研・名古屋大学・カルフォルニア大学)
代表的な実験のみあげると
– K-9M-77(1984年1月)、K-9M-80(1987年2
月)
• 搭載装置(77号機):波長1~5ミクロンの近赤
外測光器
• 搭載装置(80号機):波長100~1200ミクロンの
遠赤外・サブミリ波測光器
– S-520-11(1990年2月)、S-520-15(1992年2月)
• 搭載装置(11号機):波長1.4~2.6ミクロンの
分光器(ビーム0.2角) など
• 搭載装置(15号機):
– 波長1.4~4ミクロンの近赤外分光器
» (ビーム0.2角)
– 波長100~190ミクロンの遠赤外測光器
» (ビーム0.5角)
赤外線背景放射の探索(続き)
 COBE(Cosmic Background Explorer:宇宙背景放射探査機)
– 1989年11月打ち上げのNASAの天文衛星(打ち上げから約1年観
測)
搭載装置
DIRBE
(Diffuse Infrared Background Experiment)
ビーム0.7角、
波長1.25 -- 240 ミクロンにわたる
10バンド測光器
FIRAS
(Far-infrared Absolute Spectrometer)
ビーム7
波長100~1000ミクロンの分光器
DIRBEが得た全天の遠赤外マップ
銀河系内の星
間塵からの赤
外線放射
黄道光
(太陽系
内の塵
からの
赤外線
放射)
COBE/DIRBEの発見した
赤外宇宙背景放射
銀河系内星間塵からの熱放射成分
を、星間(水素)ガスの分布をもとに差
し引いて得られた、全天からほぼ一様
にやってくる赤外線放射(波長100~
240ミクロン) 。
赤外線背景放射のスペクトル
ン
)
放
射
強
度
の
対
数
(
ナ
ノ
ワ
ッ
ト
/
平
方
メ
ー
ト
ル
・
ス
テ
ラ
ジ
ア
S-520-15
DIRBE
(黒丸)
S-520-11
S-520-15
FIRAS
ハッブル宇宙望遠鏡
のHDFで見えている
銀河光の総和
波長の対数 (ミクロン)
赤外線背景放射の正体の解明
 赤外線背景放射には、宇宙初期の星(及び星に暖められた塵)から
の光だけでなく、より手前(現在に近い)の銀河の光も混在している。
 これらの手前の銀河をできるだけ暗いものまで見つけ出すことによ
り、本当に宇宙初期の星のつくる赤外線背景放射を見つけたい。
観測者
ここまでは全部
銀河を拾い出
せる
ここまでだと
明るいものだ
け拾い出せる
単位立体角あたりに含ま
れる、ある明るさまでの銀
河の数を拾い上げること
を、銀河カウントという。
赤外線背景放射への
比較的近い銀河の寄与
ン
)
放
射
強
度
の
対
数
(
ナ
ノ
ワ
ッ
ト
/
平
方
メ
ー
ト
ル
・
ス
テ
ラ
ジ
ア
IRAS銀河
カウント
ハッブル
地上大望遠鏡
Kバンドカウント
ISO銀河カウント
地上 銀河カウント
波長の対数 (ミクロン)
講演のまとめ
(2)
 赤外線で銀河を見ると、その銀河の中の宇宙塵からの放射が主に見
える。これは目で見える光では見えない。
 「宇宙のはて」では銀河の誕生が起こったはずである。誕生のシナリ
オははっきりしないが、生まれたばかりの銀河は、遠赤外線で非常に
明るいと予想される。
 原始銀河を見つけるには、広い領域の遠赤外サーベイ観測が必要。
 「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生をさぐるもうひとつの
手段として、宇宙赤外線背景放射がある。その実在が、観
測ロケット・COBEにより確認された。
 現在、各波長で、赤外線背景放射から手前の銀河の放射
の寄与を差し引く試みが進行中で、21世紀初頭にはその
かなりの部分の解明が終了するだろう。