直接原価計算

低価基準研究
レポート:西村昭一郎
(京都大学大学院経済学研究科)
(財務会計論B:藤井秀樹先生)
(2011年7月12日発表)
低価基準の研究
棚卸資産は販売されたときに消滅し、売上原価という費用となり、その対価として売
上という現金収入を得る。
販売されたときに費用計上と収益計上をするのが通常であるが、販売される以前に
費用計上してしまわなければならない場合があり得るかという問題がある。
商品評価損・低価基準として解説され、論じられている問題である。
まず、棚卸資産定義から始めなければならない。
定義の違いによって、評価損・低価基準の結論を異にする場合があるからである。
1.棚卸資産の定義
「棚卸資産概念は、経済的、経営的、および会計的観点」から見ることができ、「一貫
して会計的観点に立脚」すべきとする説がある。
3つの観点
① 経済的属性:プロフィット・ポテンシャル
② 経営的属性:販売性
③ 会計的属性:売上費用性・売上原価性
売上原価説と名付ける。
1.棚卸資産の定義
売上原価説研究
経済的属性=プロフィットポテンシャル
将来の収益-将来の費用=将来の利益
より具体的に
経営的属性=販売性
将来の売上高-将来の売上原価=将来の利益
(収益)
(費用)
会計的属性=売上原価性
?
-将来の売上原価=?
なぜ収益が消えたのか理解できない。
販売性は経営的属性であると同時に会計的属性でもあるとすべきである。
なお、同説は努力と成果という概念を用いている。
努力(=過去の現金支出=原価)に対して成果が未確定の状態にある。そして、将
来販売という成果が実現するかどうかは未確定である。
1.棚卸資産の定義
私 見
「販売性」とするよりも「販売を目的として保有する物品」とする説に賛成である。
2.損傷・品質低下・陳腐化
売上原価説
原価の費消に物的消滅を前提
原価の費消分をその期の費用に配分
原価の費消=物的消滅を前提(自明の論理)
自明の論理の会計的意味:
物的費消=具体的・客観的・不変の事実
物的費消の生起=会計的確認能力の要件(=恒久性・検証可能性)の確認
典型例:
売上原価=具体的・客観的。不変の事実・恒久性・検証可能性
数量×単位原価
上記は数量的費消
では、単位原価の全部あるいは一部の費消はあり得るか?
損傷等(損傷・品質低下・陳腐化)は物的費消であるから会計的観点から評価減の
対象となる。
単なる時価下落は物的費消ではないから会計的には評価減の対象とならない。
しかし、会計的には不合理であっても企業に不利益を及ぼす事実として保守主義の
原則により低価基準を適用すべき
2.損傷・品質低下・陳腐化
売上原価説研究
原価主義という概念の中に物的消滅という概念は含まれていない。
ただし、棚卸資産の定義である売上原価性という概念には一致する。
物的費消=具体的・客観的・不変の事実・恒久性・検証可能性
売上原価=具体的・客観的・不変の事実・恒久性・検証可能性
数量×単位原価
上記式の数量的部分である。
ところが、数量的消滅とすると、損傷等(単位原価の消滅に関係する損傷・品質低
下・陳腐化)を合理的会計的事実とはできない。そこで、物的消滅を前提としたので
はないかと考える。
2.損傷・品質低下・陳腐化
私 見
自明の論理としての物的消滅を前提とすることの是非
極端な例で考えてみる。
コンピュータソフトはどうであろうか?
この場合、物としてのCDの販売を目的としていると考える人は誰もいない。販売の
目的はその物(=CD)にインストールされた知識体系である。
その知識体系を獲得するための多額の現金支出をある知識体系の範疇に集め固め
たものが原価である。この場合物的な部分は取るに足りない部分である。大半は目
に見えない物的でない部分である。
したがって、物的消滅を前提とすべきでない。
ただし、損傷等としたその中の陳腐化に該当するかもしれない。
しかし、単なる時価下落などあり得るのであろうか?
消費の冷え込み等何らかの経済的事情があって時価が下落するのであって、陳腐
化はその経済的事情の一つである。
物的消滅との類似性は認められない。
時価下落をも含めて、物的消滅に限定せず、どのような場合に原価の費消と考え、
それがどのような会計的根拠によるのかを考えるべきである。
2.損傷・品質低下・陳腐化
実現損失説
「製品に物質的欠陥が生じた場合・・・製品が時代遅れ(流行遅れ)になった場合・・・
製品や商品の販売季節が過ぎ去ったとき
「これを正常な売価(完全品と同じ売価)で販売しえないことは動かし難い事実であ
る。」
「そのときの正味実現可能価額を見積もって、取得原価がこの金額をこえる場合に
はこえる部分を切り捨てねばならない。」
「このように損傷・陳腐化等の生じた場合に、帳簿原価と時価を比較し、原価が時価
を超える部分を切り捨てて費用または損失としなければ、発生主義の原則に反する
のである。この場合 「時価」は新規の原価を指す と解されねばならない。物質的欠
陥または経済的欠陥 の発生は当期において認識された客観的な事実であり、欠陥
をもつに至った物品は 完全品とは異なる物品に変化した のであるから、これに新し
い原価(正味実現可能価額または再調達原価によって表現される)を付与すること
は当然である。帳簿原価と新規原価との差額は実現損失・実現費用 と考えてよい性
質の損失・費用である。」
2.損傷・品質低下・陳腐化
実現損失説研究
「帳簿原価と時価を比較し、」原価より低くなってしまった時価に原価を引き直し、そ
の切り捨て部分を費用化する。「「時価」は新規の原価」とする。この論理自体は低価
基準の論理と矛盾しない。
そして、「製品が時代遅れ(流行遅れ)になった場合・・・製品や商品の販売季節が過
ぎ去った」場合を「経済的欠陥の発生」「完全品とは異なる物品に変化した」ととらえ
る。物品が変化したのではない。その物品を取り巻く経済的環境が変化したのであ
る。しかし、この説は環境の変化ととらえず、物品の変化ととらえ、損失あるいは費用
が実現したととらえる。
では、通常実現利益はどのような時点認識されるのであろうか?
販売が実現された時点である。
とすると、上記の事情が発生した時点ではまだ損失・費用は実現していない。「経済
的欠陥の発生」が実現しただけである。
では、なぜ実現損失・実現費用という概念を持ちだしたのか?
時価下落による低価基準適用と区別するためではないかと推測する。
「製品が時代遅れ(流行遅れ)になった場合・・・製品や商品の販売季節が過ぎ去っ
た」場合の「経済的欠陥の発生」は実現損失・実現費用、それ以外の「経済的欠陥の
発生」は未実現として保守主義の原則に基づく低価基準の適用
2.損傷・品質低下・陳腐化
私 見
①「切り捨て部分を費用化」後の残存原価であるから「新規の原価」ではない。
②「損傷・陳腐化等の生じた場合」「実現損失・実現費用と考えてよい性質の損失・
費用である。」とする点に賛成できない。未実現損失・未実現費用と考えるべきで
ある。
③物的消滅のみでなく、「経済的欠陥の発生」を損失・費用計上の理由としてあげた
点賛成である。ただし、陳腐化等に限定すべきではなく、「経済的欠陥の発生」が
認められれば販売をまたずに損失・費用計上しその部分の資産を切り捨てるべ
きであると考える。理由は多様であるにしても原価以上で販売できないと予測さ
れる場合には、その販売予測の金額と原価との差額を販売をまたずに費用化す
べきである。
3.価格水準の下落
実現損失説
「価格の下落に基づく低価評価の場合には、物品そのものには何らの変化が生じて
いないのに損失を計上するのであって、それは明らかに未実現損失である。かかる
未実現損失を計上することが期間損益計算の見地からは妥当視されないこと、必要
視されないことは既述した。損傷品・陳腐化品等の評価は完全品とは別物となった
物品にあらたな評価額を付与する行為であり、価格の低落を原因とする低価主義評
価とは明らかに区別されねばならない。」
私 見
前述のように、損傷等も未実現と考えるから損傷等による価格下落も妥当しされな
いことになる。
別物となったという点でも賛成できない。
テレビを例として考えてみると、どんどんモデルチェンジが行われ陳腐化が日常化し
ている中で旧モデルは別物にったのであろうか?むしろ旧モデルの価格水準の下落
が起こっていると考える方がよい。
3.価格水準の下落
有用性喪失説
時価下落を有用性喪失と考え、原価未満にまで有用性を喪失した場合、原価を割って有用性
を喪失した分をその期の損失・費用とする説である。
原因を損傷等に限定せず、有用性が原価を下回ればその期の損失・費用とする
「物質的な品質低下、陳腐化、価格水準の下落、またはその他の原因による」と述べているか
らどのような原因でもよい。
4.低価基準
売上原価説
評価損計上は物的消滅に限定
その理由は棚卸資産の定義を売上原価性とした点にある。
時価が取得原価未満となった場合は低価基準の適用
低価基準=会計的評価基準ではなく、経済的評価基準
保守主義の適用
保守主義=未実現利益排除・未実現損失計上
低価基準=未実現利益排除・未実現損失計上
ただし、陳腐化は物的消滅であろうか
実現損失説
損傷等=実現損失
時価下落=未実現損失=低価主義の適用
「低価主義に基づく原価切下額を当期の費用として説明するよりどころは保守主義
の原則以外にはない。」
有用性喪失説
損傷等と時価下落を区別せず、原価切下の根拠を有用性喪失におく。
アメリカ公認会計士協会公報=原価から離脱=低価基準の適用
アメリカ会計学会ステートメント=「原価からの離脱」も「低価基準の適用」もいわない。
4.低価基準
私 見
棚卸資産には積極面と消極面がある。
積極面=将来販売することによって現金収入を得る力がある。
消極面=過去に取得の為にした現金支出=原価。この原価は全額必ず費用となる。
通常は販売時に販売価格分の収益を獲得し、過去の支出である原価が費用化し、
その差額が利益として計算される。
ところが、販売前に販売予測価格が原価未満となる事情が発生することがある。
ただし、棚卸資産として表示されている金額は原価である。資産価値ではない。ある
事情が生じたため、今まで表示されていなかった資産価値が原価を下回るように
なってしまった。販売されるまでは損失となるべき金額は不確定である。
したがって、その下回った部分をあらたに発生したリスクと考える。
4.低価基準
原価市場100・販売市場110の棚卸資産を100で取得
110
未実現利益10
100
取
得
時
決
算
時
売
却
時
リスク発生5=評価損
95
110での販売を期待して100で取得した。
残存原価95
売却損5
90で売却
ところが状況の変化(物質的な品質低下、陳腐化、価格水準の下落、またはその他
の原因による)のよって95でしか販売できないと予測された。(正確には正味実現
可能価額)
5損をして売却しなければならないというリスクの発生
最終的に90で売却し売却損5を計上
線は過去の現金支出である原価100の推移を表している。
線は棚卸資産の現金獲得能力の変動を表している。
したがって、決算時に原価から離脱して、低価基準を適用し、原価と時価を比較し、
どちらか低い方で評価し直したのではない。いずれ100全てが費用となる原価のう
ち5だけを売却をまたずに早期に費用化したと考える。
5.時価とは?
前ページの赤線の部分が時価と考えられるが取替原価説がある。
この説によると、「時価という言葉は、棚卸日における有用性」を示し、「同等の有用
性を得ようとすれば、当該棚卸日に通常の営業過程において、支払われなければな
らないであろう支出額」であるとする。
つまり、同等の棚卸資産を今取得するとするならいくらの支出が必要であるかという
金額が時価であることになる。
前ページの図に原価市場の変動の線が必要である。
論理を単純化するために販売市場の線と原価市場の線は平行して変動すると仮定
する。
5.時価とは?
原価市場100・販売市場110の棚卸資産を100で取得
110
未実現利益10
100
取
得
時
決
売
算
却
時
時
105
未実現利益5
100
売
却
時
評価損5 売却益5
残存原価95
95
売却損5
決算時:販売市場105 原価市場95と仮定する
90で売却
この時点で売却できれば5の利益が出る。損失は出るはずがない。
ところがこの説によると、原価市場の95を時価とし、原価100と比較するから低い
方は95である。そこで、95に評価し直し、5の評価損を計上することになる。
損失が出ていないのに、あるいは出る可能性がこの時点では少ないのに評価損計
上することになる。原価を5切り捨てることになる。
最終的の90で売却となれば前ページと同じ結果となる。
しかし、例えば原価通り100で売却できたとするとどうなるか?
5の売却益が計上されることになる。
したがって、取替原価説に賛成できない。
ただし、正味実現可能説を採っても、決算後の時価が再び上昇すれば同じ事が起こ
りうる。前期損益修正で処理するほかない。
ご静聴ありがとうございました。
レポート:西村昭一郎