お金」について

今回の目的
 社会学的に考えるとはどういうことか、「お金」を
例として考える。
 社会学的思考に必要な手順を考える。
 お金にかんする主要な社会学の研究に触れる。
なぜ「お金」なのか
 お金はだれもが触ったことがあるもの。使ったこ
とがあるもの。日常的に知っているもの。
 この授業では、社会学については今のところは
ほとんどだれも何も知らない、と想定する。
 知っているものから知らないものを考えると、知
らないものもわかりやすい。というわけで「お金」
から「社会学とは何か」説明してみる。
「お金」について(ありがちな考え方)
 「近代社会」のお金・・・「均質」
発行主体は近代国家。
お金の出所や持ち主と、お金の価値は分離。
 「非近代社会」のお金・・・「不均質」
発行主体が統一されていない。
出所や持ち主とお金の価値が分離できない。
(例:男性は石を、女性は貝殻をお金として使うな
ど)
近代化とお金
 近代化とは
一般には、18世紀から主としてヨーロッパにおい
て進展した都市化と産業化。貨幣経済の浸透に
よっても特徴づけられる。
 お金は近代化の担い手である。前近代と近代を
はっきり違うものとしてとらえる「ありがちな考え」
にも一理ある。
近代社会のお金(理論A…ありがち)
 象徴的通標 symbolic token (Giddens)
特定の場所やモノから社会関係を切り離す。
 個人的関係を道具的合理性 instrumental
rationalityの世界へ転換する。(Habermas)
近代社会のお金(理論A…ありがち)
 関係の不在 (Simmel)
 お金の授受と関係の維持は対立する。お金は関
係を解体するもの。だから売春ではモノではなく、
お金をやり取りして関係の終わりを確定する。
売春とお金は似ている。
 どちらも個性を超越する、最大公約数的なもの。
 どちらもどう使われようとかまわない。
 どちらも関係の欠如である。
 どちらも純粋な手段。それ自体は愛されない。
 どちらも全員に対して「不実」。
近代社会のお金(理論B)
 近代社会でも、お金は純粋に市場にかかわる現
象ではなくて、社会的にいろいろな「意味」を背
負っている。(Zelizer)
 社会には均一の、一般化されたお金ではなく、多
様なお金multiple moniesが存在している。
 お金と「お金で買えない価値」とは対立するもの
ではない。社会的制約により、交換不可能なお
金、使えないお金がある。
社会学的に考えるとは
 対象はだれもが日常生活で接しているような、平
凡な社会生活のあれこれ。(お金、家族、労働、
メディア…)。
 「たぶんこういう仕組になっている」と考える。
 複数の考え方のうち、どれが「当たり」か、調べる
→社会にかんする「発見」。わかればおもしろい。
社会学的でない考え方とは
 実感や印象をもとに考えること
 データを調べないこと
 「社会問題」と社会学的な問題を区別しないこと
 複数の考え方を検討せず、一つの視点から考え
ること
問題を探求する
 (問題)近代社会において、社会的な価値や関係
とお金はどういう風にかかわっているのか?
 理論A 近代社会では、お金は市場における交
換の均質な媒体で、価値や社会的な関係とは通
常切り離されている。
 理論B お金は一見価値や社会的な関係と切り
離されているようにみえるが、じつはいろいろな
価値や関係とかかわっている。
理論の含意(「ということは・・・」)
 理論Aが近代と非近代社会の違いを強調するの
に対して、理論Bは近代と非近代社会の類似を
強調する。
 理論Aによればすべてのお金は均質に扱われる
はずだが、理論Bによれば、お金は価値や社会
関係と関連して、区別して扱われるはず。
含意に照らして証拠を探す
 証拠(1)
元来区別できないはずのお金を、人々はさまざ
まに区別する (earmarking)
(例)生活費を費目ごとに別封筒に入れる
お金の区別と贈与
 慶弔金は専用の封筒に入れて、正しい形式で渡
さなくてはならない。
 慶弔金には、関係に応じた「相場」が存在する。
 特別の形式によって、ほかのお金と分けることに
よって、このお金は「給料」や「支払い」とは違う
「贈与」であるとの意味を持たせる。
含意に照らして証拠を探す
 証拠(2)
同じ金額でも、出所や状況が違えば違う種類の
お金として扱われる。
(例)苦労して稼いだお金、犯罪で得たお金、
拾ったお金…
含意に照らして証拠を探す
 証拠(3)
賃金の決定には労働力の需給状況だけでなく、
労働者の年齢や性別もかかわる。
(例)家族給
含意に照らして証拠を探す
 証拠(4)
お金の支払い方法にいろいろな意味がある。
(例)出来高払い、時給、身分に対応する支払は意
味合いが違う。
(例)時給でも、日給、週給、月給などの区別があり、
意味合いが違う。
結論
 近代社会におけるお金は、均一的で、家族や友
人などの社会的関係と非人格的なお金は対立す
るものとしてとらえられることが多い。
 しかし、じっさいには人々は経済的には意味をな
さない区分をお金の分類に持ち込み、お金を社
会関係に組み込んでいる。
 近代社会においても、お金は文化的、社会的に
意味ある社会現象である。
「社会問題」と社会学
 社会問題
「なぜ犯罪が増えているのか」
「なぜ少子化が進むのか」
「なぜドメスティック・バイオレンスが増えているの
か」
など、社会的に重大・深刻な問題は社会学的手
法によって研究できる。
「社会問題」と社会学
 ただし、社会学は基礎科学なので、社会的には
どうでもいい問題も、重大な問題も同様に扱う。
 たとえば、「近代社会で社会的関係とお金はどう
かかわっているのか」という問題は、社会的には
「どうでもいい」が、「社会学的には重大」である。
基礎科学と応用科学
 「オタマジャクシについてなんでも知りたい」路線
が基礎科学。わからないことがあれば知りたい。
 「絶滅に瀕しているこのカエルを守るために何が
必要か」という路線が応用科学。
 「基礎科学」が応用に役に立つのはたまたま。社
会学は「オタマジャクシ」路線。
まとめ。「社会学的に考える」とは
 社会生活にかんする問題を立てる。
 問題に対する複数の考え方を出す。
 それぞれの考え方の含意を徹底して考える。
 含意に照らして証拠を探す。証拠に合わない考
え方は没にする。
 証拠によって指示される考え方を結論とする。