産業と企業の経済理論 - 東北大学経済学部

産業と企業の経済理
論
2002年度「企業論」講義
川端望
1
このパートの構成
1 課題
 2 資本主義発展論としての工業経済学
 3 伝統的産業組織論としてのS-C-Pパラダ
イム
 4 取引費用理論と企業論の興隆
 5 産業組織論と産業発展論

2
1 課題

企業論・産業論とはそれぞれ何であり、どうい
う関係にあるか
3
言語上の問題

そもそもindustryは工業なのか、産業なのか
 Industrial
organization=産業組織
 Post industrial society=脱工業化社会

経済学研究科の場合
 工業経済学=Economics
of Industry
 産業組織論=Industrial Organization
 産業発展論=Industrial Development
4
2 資本主義発展論としての工業経済
学
5
東北大学経済学部の場合(1)
配布資料参照
 開講の経過--戦時体制が背景に

 戦時中、法文学部に「工業概論」(1943)、「工業
経済学」(1944)開講→戦後、経済学部の「技術
論」(1970まで)、「工業経済学」(講義は1995ま
で)に
6
東北大学経済学部の場合(2)

米沢治文教授(1944-60担当)
 経済統計学が主担当
 現実と遊離しない統計学をめざ
す姿勢から工業経済学を研究
 経済理論はマルクス経済学ベー
ス
7
東北大学経済学部の場合(3)

米沢教授の工業経済学の特徴
 統計とともに実態調査を重視
 立地・地理への関心

戦前・戦時に「東北地方中小機械工業の活用に関す
る調査」 を実施。これを読んだ学生が設立したのが現
在の「工業経済研究会」。
8
東北大学経済学部の場合(4)

金田重喜教授(1961-95担当)
 マルクス経済学ベース
 現代資本主義論の主要部分としての
工業経済学
産業資本主義(『資本論』・経済学批判体系)
↓
独占資本主義(『帝国主議論』)
↓
現代資本主義
9
東北大学経済学部の場合(5)

金田教授の工業経済学の特徴
 現代資本主義論そのものとしての工業経済学

金融資本の運動法則


企業の独占利潤追求+財閥単位の支配利潤追求
国家独占資本主義による経済・政治構造再編成

ニューディールとファシズム
 具体的な合従連衡を重視

アメリカのケース・スタディ。
10
工業経済学の特徴

資本主義発展の中核部分として工業発展を
研究する--マルクス経済学準拠が多い
 現在の開発経済学的役割
生産力の分析を重視する
 産業革命→独占体形成の流れを重視

11
日本における工業経済学研究の
意義

産業研究の論点提出はマルクス経済学が先
行していた
 技術発展
 競争と独占
 熟練形成
 雇用と労使関係
日本産業の独自性、後進性、競争力分析
 労働問題や中小企業問題の批判的分析

12
工業経済学の行き詰まり

資本主義論--抽象的すぎる
 工業を独自に分析する理論装置が弱い

工業論--狭すぎる
 経済のサービス化。製造機能と他機能の結びつ
き

理論内容の現実との乖離
 国家の介入に注目しすぎて、産業・企業システム
を軽視
 独占の一方的支配論の非現実性
13
伝統的産業組織論としてのS-C
-Pパラダイム

市場構造(market structure)、市場行動
(market conduct)、市場成果(market
performance)の三局面で個別産業を分析す
る方法
 『現代アメリカ産業論』もこの方法に属する。
 目次参照
 序文参照
14
市場構造

企業間の競争上の関係や価格形成のあり方
を規定すると考えられる市場組織上の特徴
 製品の性質
 買い手の需要の性質
 売り手の数と相対的規模。集中度
 参入障壁・撤退障壁
 競合する財やサービスの存在
15
市場行動

各企業が市場の需給条件や他企業との関係
を考慮して行なう様々な意思決定行動の総
称
 価格競争と非価格競争
 製品開発、マーケティング
 設備投資、研究開発
 明示的あるいは暗黙の共謀
16
市場成果

市場成果は効率性によって判定される
 静態的効率性(価格が限界費用と同程度に低く、
平均費用が最小化されている)
 動態的効率性(技術進歩)
 社会的効率性(環境保護、安全性など)
17
産業組織論は不完全な市場を取り扱
う(1)

完全競争市場なら外部効果がなければ効率
的な資源配分が達成される
 すべての市場参加者の供給・需要規模は市場全
体に比べて著しく小さい
 生産物は同質である
 供給者も需要者も現在の価格についてよく知って
いる
 参入と退出が自由である。
18
産業組織論は不完全な市場を取り扱
う(2)

完全競争市場ならば
 企業の利潤極大化条件が価格=限界費用となり、
資源配分が効率化される
 長期均衡では価格は最小の長期平均費用に等
しくなり、超過利潤は発生しないし生産効率性も
確保される
19
独占は経済効率を低下させる(1)
p
産業全体の限界費用曲線=市場供給
曲線(完全競争市場)
D
P 'm
PM
Ec
M'
D
M
q
Qm
Qc
20
独占は経済効率を低下させる(2)







価格がP’mのとき
購入=販売額 OPmP’mQm
消費者の効用 ODP’mQm
生産者の可変費用 OMM’Qm
消費者余剰(効用-購入額) DPmP’m
生産者余剰(販売額-可変費用) MPmP’mM’
社会的余剰(消費者余剰+生産者余剰) MDP’mM’
21
独占は経済効率を低下させる(3)
市場均衡において社会的余剰は最大となる
MDEc
 独占や寡占による生産量制限

 社会的余剰の減少
 消費者余剰の減少
 生産者余剰の増大
22
S-C-Pパラダイムの構造重視論

S→C→Pという因果関係を重視する
 特に経済力集中によって市場構造が独占的であることを
問題視する
 独占的構造→独占的行動→効率低下・技術革新停滞
 マルクス経済学者の独占資本主義論とも親和的

公共政策上の含意
 構造是正措置(トラスト解体・企業分割)
 アメリカでは反トラスト法の伝統的解釈を支持



多数の企業の活発な競争
権力分散
多数のケース・スタディ
23
S-C-Pパラダイム批判 (1)
1970年代以後、理論的にも批判が強くなり、
実践的にも「自由放任」政策が強まる
 批判1.経済力集中は必ずしも競争を阻害し
たり経済効率を損なったりしない。

 規模の経済論
 独占利潤の再投資による革新論(シュムペーター
的大企業)
24
S-C-Pパラダイム批判(2)

批判2.むしろ反トラスト政策のほうが企業の
効率性を損なう
 政府の失敗論

批判3.長期取引や合併は独占ではなく取引
費用節約をもたらしている(後述)
25
S-C-Pパラダイム批判(3)

批判4.S→CだけでなくC→Sが重視される
べきだ。企業の戦略的行動によって市場構造
は変化する
 収穫逓増が見られるケース(半導体開発など)

批判5.国内で市場集中度が高くとも、国際競
争が独占的企業行動を緩和する
 実際に、民生用電気機器、鉄鋼、自動車、工作
機械などで1970-80年代に輸入製品シェアが高
まる。
26
S-C-Pパラダイム批判の政策的含
意
共通点:「経済力分散による競争促進」を政
策目標にすることへの批判
 積極的主張は様々

 自由放任論→M&A&Dの放任
 産業政策論

大企業の保護と産業調整支援


→保護貿易、リサーチ・コンソーシャ
ベンチャー企業と産業クラスターの形成支援

→産学官連携、知的所有権強化
27
構造分析は出発点であり続ける
構造分析は十分条件ではないが必要条件で
ある
 構造分析からはじめる以外に、戦略的行動も
論じにくい
 S-C-Pの関係を柔軟化すれば批判に答える
ことは可能
 S→CかC→Sかは、プラグマチックには、「場
合による」としかいいようがない

28
構造分析と行動分析の関係(1)

マイケル・ポーターの「五つの競争要因」論
 既存の競合企業同士のポジション争い
 顧客の交渉力
 供給業者の交渉力
 新規参入の脅威
 代替製品・サービスの脅威

リジッドな枠組みに拘束されるより、これらを
もれなく調査するほうが生産的である
29
構造分析と行動分析の関係(2)

ポジショニング
 業界構造を所与と見て自社を適合させる

バランスを動かす
 競争要因を積極的に変化させる

業界の変化を利用する
 業界のトレンドによる競争要因の変化を利用する
30
5 取引費用理論と企業論の興隆
31
企業分析の必要性
S-C-Pパラダイムは企業間の理論なので、企
業は「点」と想定されがち
 産業組織論のコンテキスト

 戦略的行動を理解するには企業理論が必要

日本の工業経済学のコンテキスト
 生産分析と市場分析を総合した企業(産業資本)
分析が必要
32
企業の経済学の興隆
理論的前提:完全競争市場が存在しない。取
引費用が存在する。
 基本的視角:市場と企業を、経済の基本問題
であるコーディネーションと動機づけを解決す
るための代替的な方法とみなす
 市場と企業の選択基準:取引費用の高低
 ロナルド・コースのアイディアに始まり、70年
代以後急速に研究が進む

33
取引費用の企業論





前提:技術と生産費が所与
取引費用の節約という観点から市場取引か内部取引かが決
まる。
単一の代表者が存在して、その代表者が他のすべての生産
要素供給者と長期契約を結ぶことにより組織化がおこなわれ、
かつ外的条件の変動に対して、代表者が行なう指示を他の
参加者が受容する形で適応がおこなわれるとき、その様式は
企業と呼ばれる(浅沼萬里)
企業の特質は、価格メカニズムにとって代わることにある
市場と組織の境界は取引費用を最小化するように決まる
34
企業と組織の経済分析

様々な経済組織の経済合理的説明
 階層的組織。アウト・ソーシング。系列
 長期的な雇用関係と非正規雇用
 コーポレート・ガバナンス

問題点
 現状の後追い的合理化になりやすい
 独立した個人の意思決定から組織を説明しきれるか
 分析基準はクリアーになる分、経営学や社会学が重視す
る非経済的要因を捨象した組織分析になる。
35
5 産業組織論と産業発展論

産業組織論
 ある時点での組織・構造・行動・成果を効率性の
観点から評価

産業発展論
 時間の経過に即した産業の変化を考察
 経済発展全体との関わりを往復運動的に考察
(工業経済学の視点の継承)
36
6 次章以後への展望--序文参照
テキストはS-C-Pパラダイムに沿っているが、
何よりも具体的な現象を重視し、産業の独自
性を重視している。
 リアリズムによるS-C-Pパラダイムの柔軟化
 講義では、S-C-Pパラダイムの限界を指摘す
ることを含めた解説を行う。

37
講義の順序に関する注意

S-C-Pパラダイムが典型的に現れている「自
動車産業」、その修正版としての「コンピュー
タ産業」を先に講義する。
38
参考文献

産業組織論全般


S-C-Pパラダイム


植草益・井手秀樹・竹中康治・堀江明子・菅久修一『現代産業組織論』NTT出版、
2002/03
構造分析と戦略的行動


小西唯雄(編)『産業組織論と競争政策』晃洋書房、2000/11
ポーター,マイケル・E(竹内弘高訳)『競争戦略論Ⅰ』ダイヤモンド社、1999/06
取引費用理論
コース,ロナルド・H(宮沢健一・後藤晃・藤垣芳文訳)『企業・市場・法』東洋経済新報社、
1992/10
 浅沼萬里『日本の企業組織 革新的適応のメカニズム:長期取引関係の構造と機能』
東洋経済新報社、1997/06
 宮本光晴『企業システムの経済学』新世社、2004/03


産業論と企業論

川端望「工業経済学と産業分析」『研究調査シリーズ』No.9、東北大学大学院経済学研
究科工業経済学研究室、2004/04
39