感情社会学における《構築性》について 岡原正幸 1 目次 1. 2. 3. 4. 感情社会学の本体 感情社会学における構築性議論の水準 構築主義的感情社会学? 生の技法としての感情体験 2 1. 1. 感情社会学の本体 感情とその社会性 感情社会学(広義)・・「感情」と「社会的なるもの」との関連を問う 感情社会学(狭義)・・「感情」の形成次元での「社会的なるもの」を問う 1970年代後半より出立した感情社会学は狭義のそれであり、前者が前提 もしくは日常了解的に自明視した感情それ自体の存立様態を「社会 学化」した営み。 「社会的なるもの」の実質的な内容、および採用された方法、提出された 概念いかんにより、様々な感情社会学が起案されることになった。 3 1. 感情社会学の本体 2. 感情形成の社会性とその分析局面~例として 〈分析局面〉 〈社会的なるもの〉 〈機制〉 個人・・Kemper・・・・社会関係の構造的特性・・・・・・・・・認知 相互行為・・Hochschild・相互行為上の規則の運用・・・相互行為的達成 集合体・・Elias・・・・社会構造的変数(分業、国家)・・・歴史的変容 3. 結局、感情社会学が前提にしてきた事柄 1. 2. 感情を個人が経験する/感情は個人内部に形成される 「社会的なるもの」が存在する 4 2. 1. 感情社会学における構築性議論の水準 実証主義/構築主義論争 感情社会学において構築主義を語る場合に欠かせぬ「不毛な」論争だが、ここ で、Kemperが相手方SIをconstructionismと呼んだ。 Kemper(80,81) vs Shott(80),Hochschild(83) ケンパーによる口火:①基盤とされた心理学理論、②感情規則、③生理と解釈 の二段構え 結局、折衷案的な棲み分け処理がなされる。 という以上に大事な帰結は、両者とも、生理的機構を前提にしたモデルだったこ とが明確にされたということ。「相互行為論の立場は生理的機構なしに感 情経験が生起しないことは認めるが・・」(Hochschild) 〈身体・生理の一次性〉は認められている。 5 2. 感情社会学における構築性議論の水準 2. 〈構築主義的〉感情社会学の正体 構築主義と呼ばれた感情社会学の「感情の構築」とは 感情経験 生理的機構・興奮 認知的評価・意味解釈 感情ラベルの適用 シンボリック相互行為論、ラベリング論の基本線(事物・解釈) Blumer,Gerth/Mills(53),Lindesmith/Strauss(56) 認知主義的バイアスの批判(内的刺激への認知的反省) *言語派、エスノメソドロジ的感情社会学・・生理を非要件化 Coulter (89),岡原(87) 6 感情のラベル理論 Schachter/Singer 1962 状況 感情に関係する ④ ⑤ 感情に無関係 ① 生理的興奮 感情経験 感情以外の出来事 として経験する ③ ② 評価要求・帰属 7 2. 3. 感情社会学における構築性議論の水準 〈社会性/構築性〉の〈政治学〉 • 感情社会学誕生の背景 社会情勢・雰囲気 《60年代》が象徴する文化変容(反管理・反権威・・)Bell,Bellah その後のサブカル、文学や美術の潮流(Neue Subjektivitaet) 個人に生きられる感情の復権 社会問題・社会運動 新しい社会運動←感情労働者(自分・感情への感度大) 異議申し立てする〈排除された「感情的」グループ〉 • 《感情》の主題化 感情への二様の態度(批判対象として/根拠として)/矛盾する期待 8 2. 感情社会学における構築性議論の水準 • 感情社会学の態度 この二様の感情主題化傾向に対して感情社会学は、①自己の生や根拠と して感情を再発見する営みについては、それ自体を歴史化し、多く の場合、近代化論と平行させ、相対化するまなざしを送った(感情 管理社会論など)、また、②感情性を根拠に排除する/される集団を 前にしては、たとえば否定感情、欠損感情の自然性を積極的に否定 し、それらが文化的な構築物という主張を行った。 ①について、感情社会学が実体としての感情を認めない強い主張ではな く生理的基盤や身体の一次性を前提にしていたにもかかわらず、生 や根拠として個人に生きられる感情を相対化したのは、その構築性 の論理が、個人を文化の代理店としてしか見ないからではないか。 個々人に生きられる感情という戦場からの撤退が感情社会学の非政 治的な政治性である 9 2. 感情社会学における構築性議論の水準 ②について。身体の自然性を前提にしつつも、その拘束性を前提にせず、 解釈実践による可塑性(変容・変革)を主張することで感情をめぐ る政治的言説を作成する、定義の政治に参加する、これが文字通り、 感情社会学における構築性の政治学だろう。 しかし内実は、自然/文化の二元論の上に変容(変革)といった動的可能 性を「常識的」に重ねるだけ。自然=本質という発想を捨てるわけ ではなく、仮想敵を前に、文化本質主義に陥ったとしても気づかな い。 もちろん「自然だから動く、動かす、文化だから動かない、動かさない」 という発想は見当たらない。 「感情=自然」という言説が構築される場面の研究は、言うまでもなく、 感情=自然に関する議論とは別次元 10 3. 1. 構築主義的感情社会学? 構築主義の基本線 狭義の構築主義、つまり社会問題の社会学におけるそれと、広義の構築主 義を分けるならば、感情社会学の守備範囲からして、ここでは後者 に準拠しよう。 広義の構築主義に関して、千田「構築主義の系譜学」、赤川「言説分析と 構築主義」、北田「ジェンダーと構築主義」によれば、①反本質主 義(カテゴリーやアイデンティティの歴史化)、②反客観主義(分 析者の認識論的な特権性を否定し当事者による定義活動を重視)、 ③権力関係への視座(当事者の定義活動および分析者や分析自体の 権力性への再帰的反省)を、その基本線として掲げられるだろう。 11 3. 構築主義的感情社会学? 2. 構築主義的感情社会学の非構築主義的特性 感情社会学は、①感情=自然の産物、という観念に対しては反本質主義 だと理解される。ただし、実体としての生理を入れ込んでいるため、 感情の線引き問題は難問(→感情文化)。②当事者の観点はゆるく、 分析的な特権性を手放していない(一部の実験的な試みのみ)。む しろ客観主義。③権力という主題は好まれるものの、感情社会学と いう営みそれ自体の権力性や定義活動には野放図ともいえる。 構築主義が現存の感情社会学を仲間内に入れ込むのは無理がある 感情社会学という欲望なき通り魔 12 4. 1. 生の技法としての感情体験 感情社会学にある感情嫌悪 感情語をめぐる諸実践、感情言説の配置や戦略、感情文化なるものへの関 心のシフト、あるいは感情労働概念・・・厄介者をお払い箱にし 「感情」をめぐる経験的な研究の推進に貢献した。 個人に生きられる感情、これに対し感情社会学は、「構築されたもの」を 巻頭語にして、冷ややかな相対視を送っただけではないか。この感 情フォービア的態度は、感情社会学が身体性や生理を前提にし、感 情を個人に帰属させた以上、方法論的な選択ではすまされない。 社会的なるもののリアリティの減退、それゆえの社会学的言説への倦怠、 脱自明化作業さえあればという安泰、そのうえ反客観主義を貫けな い生半可な倫理意識、それらは感情社会学の衰退 13 4. 生の技法としての感情体験 2. 社会的な物語の書き換えと感情公共性 構築ゆえの強さ、構築ゆえの真摯さ、構築ゆえのリアルさ≠相対性の主張 「感情は人為的に構築される、だから人為的に変化させられる」(怠惰) 「感情は自然である、けれども人為的に変化させられる」(熱心) 人為的=選択。後半部の主張は同じ。だが、立ち位置を明らかにする意志 と欲望の言説は後者だろう。 感情社会学のありたい場の一例として、僕は感情公共性への参与や立ち上 げを考えたり、社会空間から感情を排さない工夫。 個人的現実の変更←ナラティヴセラピー(野口2001)なら、たとえば障 害者の自立生活運動に集う仲間たちはピアカウンセリングやミー ティングや相談を通じてそれぞれの個人的現実を変更しあう。 感情公共性とは個々の人々の感情に基づく物語や感情をめぐる物語を語り、 聴き、場合によってはその物語が変更されるような場である。 14 参考文献 岡原正幸・山田昌弘・安川一・石川准 1997『感情の社会学 ―エモーション・コンシャスな時代』 世界思想社. 岡原正幸 1998 『ホモ・アフェクトス ―感情社会学的に自己表現する』 世界思想社. 岡原正幸 1987a 「感情経験の社会学的理解」 『社会学評論』 151 : 17-31. 岡原正幸 1995 「家族と感情の自伝 ―喘息児としての「私」」 井上・大村(編) 『ファミリズムの 再発見』 60-95.世界思想社. 岡原正幸 2006 「〈本当の自分〉の政治学~公と私における情の技法」 坂本・坂上他(編)『情 の技法』39-55. 慶應義塾大学出版. 岡原正幸 2007 「求ム、癒されるべき身体~セラピーカルチャーの感情社会学」鷲田清一他 (編)『シリーズ 身体をめぐるレッスン(全四巻)第三巻『脈打つ身体』 』75-99. 岩波書店 岡原正幸 2007 「<出会い>と<まよい>への意志~障害をもつこと、もたないこと~」『ここ ろと文化』6-1 35-42. 多文化間精神医学会 岡原正幸 2013『感情資本主義に生まれて』 慶應義塾大学出版会 崎山治男 2005 『「心の時代」と自己 感情社会学の視座』勁草書房 中河伸俊 1999 『社会問題の社会学 構築主義アプローチの新展開』世界思想社 15
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