表情は伝染するのか? ー日本人参加者を用いた検討ー 田村亮 亀田達也 (北海道大学大学院文学研究科) 21世紀COE「心の文化・生態学的基盤」第6回一般公開ワークショップ 「子供の社会行動に関する進化ゲーム論的アプローチ」 2004/9/16 北海道大学 背景・導入 「共感」や「他者理解」、「注意の共有」に関 する研究の一環として、「模倣」が様々な分 野で取り上げられている。 乳児の表情模倣(Melzoff & Moore, 1977) Gaze following(Tomasello, 2001) ハイエナの水飲み行動の伝播(Glickman et al., 1997) 背景・導入(続き) 表情の伝播(Facial mimicry)は、近年特に 注目されている。 他者の感情状態を把握する道具としての表情 伝播(Blairy, Herrera, & Hess, 1999; Tomkins, 1962)。 感情伝染に不可欠な要素(Hess & Blairy, 2001)。 目的 日本人における表情伝播については、そ の存在の検証作業が始められたばかり。 市川・牧野(2004)は、印象評定法によりこの 問題を検討→結果は非常に弱い。 本研究では、日本人においても表情の伝 播が生じるかを、表情筋電位(facial EMG) を用いて検討する。 EMGを用いることで、映像記録では確認でき ない、微細な動きの測定が可能。 予測 Hess & Blairy(2001)に倣い、「怒り」、「嫌悪」、 「喜び」、「悲しみ」の4表情に関して検討する。 表情が伝播するならば、「怒り」と「悲しみ」の両 表情刺激に対しては雛眉筋が、「嫌悪」表情に対 しては上唇鼻翼挙筋が、それぞれ活性化する。 また、表情刺激が「喜び」である場合、眼輪筋と 大頬骨筋が反応すると予測される。 雛眉筋 眼輪筋 大頬骨筋 上唇鼻翼挙筋 方法 実験参加者 北海道大学の学生40名(男性22名、 女性18名。 刺激 「怒り」、「嫌悪」、「喜び」、「悲しみ」の4表 情を、男女2名ずつ、写真により提示(Matsumoto & Ekman, 1988)。 装置 上唇鼻翼挙筋、眼輪筋、大頬骨筋、雛眉 筋の各部位に電極を装着し、それぞれの筋反応 を双極導出。 方法(続き) 手続き ニュートラル表情の人物写真を15s提示 → 5sのインターバル → 再度同一人物の感情 表情を15s提示。 感情表情写真が画面から消えた後、参加者 は、その時点での主観的な感情状態を報告。 以上を1試行とし、全16試行(4感情表情×4 刺激人物)。 差分筋電位を表情に対する反応とする。 interval (5s) 15s 15s 主観的な感情状態の回答 interval (5s) 15s 15s 結果 刺激提示中(15s)の平均反応値を用いた分析 ニュートラル表情時と感情表情時の 差分筋電位 (sqrt) 0.015 0.01 上唇鼻翼挙筋 0.005 大頬骨筋 眼輪筋 0 -0.005 怒り 嫌悪 喜び 悲しみ -0.01 提示した表情の種類 雛眉筋 「怒り」表情に対し、雛眉筋 「喜び」表情に対し、大頬骨 「悲しみ」表情に対し、雛眉 が活性化 (39) pと眼輪 < .10) 筋 (t(39) =((tt2.51, < .05)p 「嫌悪」表情に対し、上唇鼻 筋が反応 (39) = =p 1.98, 3.74, < .01)。 。 筋 (→予測を支持 t(39) = 2.43, p < .05)が活性 翼挙筋の活性化は確認されず →予測を支持 化。 (t(39) = 1.08, n.s.)。 →予測を支持(t(39) = 3.32, p 但し、大頬骨筋 むしろ、大頬骨筋 (t(39) = 1.96, < .01) と眼輪筋 ( t(39) = 3.82, p < .01) も活性化。 p < .10) が反応 但し、上唇鼻翼挙筋 ( t(39) = 2.37, p < .05)も活性化。 →予測を支持しない →予測を支持しない 結果(続き) 刺激提示後1s間の平均反応値を用いた分析 ニュートラル表情時と感情表情時の 差分筋電位 (sqrt) 0.015 p = .10) 。 0.01 0.005 上唇鼻翼挙筋 大頬骨筋 み し 悲 喜 び 眼輪筋 嫌 悪 怒 り 0 -0.005 「嫌悪」表情に対し、上唇鼻 挙筋のみが活性化(t(37) = 1.68, -0.01 提示した表情の種類 雛眉筋 15s間のデータを用いた分析 では確認されなかった結果。 →予測を支持 しかし、そのほかの表情では、 伝播は確認されず。 結果(続き) EMGを用いた分析からは、表情伝播の明確な証 拠は得られなかった。 予測とは異なる筋反応が生じた。 また、怒りと悲しみの両表情は雛眉筋を使用す るので、EMGデータだけでは、これらの表情の伝 播は確認できない。 ↓ 参加者による主観的感情報告を手がかりとして、 これらの問題を検討。 ニュートラル表情時と感情表情時の 差分筋電位 (sqrt) 結果(続き) 0.015 0.01 上唇鼻翼挙筋 0.005 大頬骨筋 眼輪筋 0 -0.005 怒り 嫌悪 喜び 悲しみ 雛眉筋 -0.01 提示した表情の種類 各感情の主観的強さ 各表情に対する主観的感情 60 怒り 嫌悪 喜び 悲しみ 40 20 0 怒り 嫌悪 喜び 提示した表情の種類 悲しみ 「怒り」表情に対して 「喜び」より「怒り」を強く感じて 「嫌悪」表情に対して いる (F(1, 39) = 28.66, p < .01)。 「喜び」表情に対して 「喜び」より「嫌悪」を強く感じ ⇒大頬骨筋と眼輪筋の活性化 て「嫌悪」より「喜び」を強く感じ い る (F(1, 39) = 125.64, p < .01)。 (F(1, 39) = 8.76, p < .01)。 が、測定におけるノイズである ている 「悲しみ」表情に対して 可能性を示唆。 ⇒大頬骨筋の活性化は測定 ⇒上唇鼻翼挙筋の活性化は、 「悲しみ」と「怒り」の間に差は ノイズの可能性大。 測定におけるノイズの可能性 なく (F(1, 39) = 0.36, n.s.)、むしろ 但し、「怒り」と「悲しみ」の間 嫌悪表情の伝播を支持する 大。 「悲しみ」より「嫌悪」を強く感じ に差はなく (F(1, 39) = 0.20, n.s.)、 結果。 喜び表情の伝播を支持する ていた (F(1, 39) = 54.11, p < .01)。 むしろ「怒り」より「嫌悪」を強く 結果。 悲しみ表情が伝播していると 感じていた (F(1, 39) = 54.11, p は言えない。 < .01)。 怒り表情が伝播しているとは 言えない。 考察 「嫌悪」表情と「喜び」表情は、表情筋と主観的感 情報告のデータを合わせて分析することで、伝播が 確認された。 ※但し、伝播が生じる時間帯が両表情で異なるという 問題が、なお残っている。 ⇒ 適応的な理由? 一方、「怒り」と「悲しみ」では、表情の伝播は確 認されなかった。「怒り」と「悲しみ」の両表情に 対して、雛眉筋は有意に活性化したが、どちらの表 情においても、参加者は「嫌悪」を最も強く感じて いた。 考察(続き) すべての表情が伝播する必然性はあるの か? 怒り表情の場合は相手と自分との関係によっ て、生じる表情が異なるはず。 悲しみ表情の共有は、どのようなメリットを個 体にもたらすのか? 生態学的な観点の導入は、表情伝播につ いての理解を深める。 インプリケーション? 表情伝播はおそらく「共感」と密接な関係を持つ。 「共感」は多くの分野の研究者に注目されながら、その捉 え方は一貫していない。 さらに「共感」はいくつかの下位カテゴリに分類される。 「表情伝播」を手がかりに生態学的な観点から「共感」を 捉えなおすことで、部分的にでも「共感」をめぐる様々な 問題を整理できないか。 発達のデータからは・・・ 発達の段階でいち早く観察される「表情伝播」はどのようなもの か。 その「表情伝播」はどのような社会的問題の解決に役立つのか。
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