2013 千葉大学精神医学教室 同門会 スポーツ選手への精神療法: 日常臨床に生かす 認知行動療法のエッセンス スポーツ心理学ができること スポーツ選手への精神療法 精神療法をスポーツする 今日のまとめ 伊豫教授も実践している スポーツ心理学とは フリースローが 成功する動作を 再現できる 試合本番で フリースローの 成功率が上がる フリースローが成功する 動作を再現できるために • 本番のように練習しておく • 意識する思考を決めて不安管理 • 注意を柔軟にする • ミスから立ち直る 本番のように練習する • メキシコのサッカー代表のPK練習 • Earl Woods • 歓声、野次、厚着 競技不安には2種類ある! • 身体的不安 • • • 生理的変化の不快感 逆U字カーブに従う 認知的不安 不安の強さ 言語的活動で結果に関する心配 • 不安が増えるほどパフォーマンスが下がる • リラクゼーションだけでは不十分 意識する思考を決めて不安を下げる • 結果についての思考がパフォーマンスを下げる • 「外したら負ける」 • 「負けたら批判される」 • 「入れば勝てる」 • 「勝てばヒーロー」 • 「今ここ」でやることを意識する • 「左手はそえるだけ」 • 「右手首は肘の真上」 注意を柔軟にする • 「今ここ」の思考をトリガーにして • 注意を向ける対象を拡げたり絞ったりする 外せ! 外せ! 左手はそえるだけ 母ちゃん 赤でべそ! へたく そ! 左手はそえるだけ ミスから立ち直る: ミス直後 • ミスから立ち戻る思考 • 「ミスしたことではなく、立ち直れるかが大切だ」 • 「監督や仲間もミスしたことを責めることはない」 • ミスから立ち直る動作 • 相手/競技場に背を向け、自分の間をとる • ミスを「水に流す」「空に飛ばす」動作を実施 • 「今ここ」でやることを意識する ミスから立ち直る: 試合前後 • ミスがおきた要因を具体的に理解し再発を防ぐ • 練習試合で、ミスとリカバリーに慣れておく • フリースローで1投目をわざと外してみる • 試合開始時のサーブでフォルトしてみる • ピッチャーが1球目をフェンスに投げる スポーツ選手の精神療法 日本ボート協会の メンタルサポート体制 小形滋彦 (伊豫教授の同期) 戸田駅前クリニック 日本ボート協会医科学委員長 一橋大学ボートOB・千葉大学卒 小堀 修 問題を抱えた 東京大学ボート部OB ボート選手たち 10セッションのCBT 事例のプレゼンテーション • 事例の概要 • 介入方法 • 介入の結果 • 考察 事例1: 過敏性腸症候群 (IBS) • 私立大学、男子2年生、高校から競技を始めた • 主訴「16歳のときからずっと下痢が続いており、いくつかの 心療内科に通っても改善しない」 「自分はメンタルが弱いので、どうにかしたい」 • 180cm 66kgで、ボート選手としては細身。礼儀正しく、 愛想よく笑い、受け答えも明瞭。起立時も着席時も上 半身を垂直に保ち姿勢が固い。 事例1: IBSへの介入 (1) • 便の質を 1 (水) – 10 (固形) でセルフモニタニング 「ファーストフードを食べると柔らかくなる」 • 「ホテルでトイレに行くと固い便だった」 • 「思った以上に変動がある」 • 「大学の授業の後にトイレに行ったら、固い便が出た」 • 「便意の後、すぐにトイレに行けないのがよかったのかも」 • 確実に下痢をするパタンは? • 朝、便意が出てすぐトイレに行くと、確実に下痢している • • 下痢する排便習慣を変える行動実験を提案 事例1: IBSへの介入 (2) これまでの習慣 新しい習慣の形成 合宿所の食堂で朝食 合宿所の食堂で朝食 食べ終わると自室に戻 り 食後は10分間そこに留まる 10分後に便意をもよお し or 自室に戻らず大学に行く すぐにトイレで下痢を する 授業の合間にトイレに行く 事例1: メンタルへの介入 (1) • • • • • • • • 練習前も、練習中も、怒られることが怖い どんなふうに怒られる? 「●●が出来ていないよ」と注意されたり… 練習後はどうなる? 練習後は誰も気にしていない。よくあることだと思うが、気 にしすぎてしまう 気にしすぎてしまう理由は何だろうか? 自分には決定的なものが欠けているからだと 何が欠けていると思う? 事例1: メンタルへの介入 (2) パワー。特に、エルゴの数値 • 大学内での順位はどのくらい? • 真ん中よりも少し上だけれど… • 自分よりも強い奴が上にいると思うと、自分はダメだと思ってし まう • ボートにとって重要なのは、 エルゴやパワーだけだろうか ? …やっぱり、そう思ってしまい ます 排便習慣を変える行動実験がうまくいくと… エルゴではなくて、乗艇の順位はどのくらい? • 冬場のタイムトライアルで、いつも3位か4位でした • エルゴでは真ん中だけれど、艇に乗ると3-4位ということは、何 が優れていると言えるだろう? • ぎ、技術が、優れている… • 事例1: IBSへの介入 (3) • [治療の終盤で] 最近、イライラすると、便が水っぽくなる。4 人のチームで漕いでいるが、調子が悪くなると、みんな黙って しまう。4人では自分がいちばんうまい…のだけど、自分もコー チに注意されることがあるので、声を出しにくい • 「自分も含め、みんなで●●を改善していこう」は? • ああ、それでもいいんですよね。 • 他の3人に「どうしたらいいか?」聞いてみては? • 他の人に意見を求めるのは苦手で… • 言われたことは全てやらなければ、と考えがち? 事例1: IBSへの介入 (4) • はい。コーチにいろいろ言われパニックになった • 他の人にも問題点を考えてもらうことも大切では • 確かに。各自がクルーに貢献している感じも高まる • いろんな意見が出たら、いくつか選んで、自分も含めて「み んなで修正していこう」と声をかけては • そのほうが自分もみんなもイライラしないですね。これまでは、 一番ダメな自分がうまくなればいい、と考えてました。リー ダーシップも必要ですね 事例1: 結果 • 10回の認知行動療法を実施した • 便の硬さは第1週の平均2.5から最終週の平均5.5に • 排便数も1日2回から1日1回になった • 自分の長所を客観的に把握して周囲に対する劣等感が なくなり、周囲に意見を求めるようになった • 軽量級選手権のクォドルプルで8位に入賞した 考察 • セルフモニタニングで、手も足も出ないと思っていたIBSが改 善しうるという期待が高まった • 排便習慣を変える実験で、IBSが大きく改善した • IBSの改善で気分が軽くなると、心理的な課題を克服し やすくなった • 自分の長所を再認識して自己評価が安定し、批判の処 理やアサーションも上手になった • さらにIBSが改善し、新たな課題も見つかった 事例2: 外傷性うつ • 私立大学の女子1年生、男子は強豪、女子は2人 • 主訴「男子のN先輩に怒られたことが、母親に怒られた記 憶と重なり、怖くなって練習に行けない」 • 薬物療法やカウンセリングを受けたが問題は持続 • 短髪でメガネ。身長は155cmくらいだが、前屈みに着席す るため、小さく見える。声は小さいが、意思疎通はよく、理解 も早い。表情は暗くて動きに乏しく、ときに、心ここにあらずと いった様子。時事問題に詳しく、大人びた話し方をする 事例2: 外傷性精神障害の見立て • 過去に、PTSD、解離性障害、離人症などの診断 • 部活での心的外傷が発症と結びついており、外傷体験の 生起が増えている • 寝つきが悪く、睡眠薬を服薬。大学には行けるが、授業 中に強い眠気や頭痛がある • 回避が生じている 事例2: 反芻対策 • 「合宿所を避けて生活しているが、同期や他の先輩にどう 思われているのか考え続けてつらくなる」 • 特に反芻をする時間を特定、別の活動に置換 • • • ピアノが好き: キーボードを見にいく、楽譜を読むetc 認知再構成 • 「ほとんどの同期が自分の現状に理解を示している」 • 「自分が抜けても合宿所の雑務は何とかなるようだ」 • 「先輩たちは女子部のことをそれほど気にしていない」 対処行動: 先輩の代表に定期報告 事例2: N先輩恐怖への行動的介入 • 「体調管理ができないなら部をやめてしまえ」が母の怒り 方と似ていた。 • 先輩が夢に出てきてすくみ上がる • エクスポージャー • イニシャルを100回書く • 名前を20回声に出す • 写真をじっと見る • 20分だけ合宿所に行く 事例2: N先輩恐怖への 認知的介入 • 考え方 別の見方 • 「自分が悪い」 「相手が理不尽だ」 • 「私だけが狙われた」 「他の部員もN先輩に困憊」 • 「また怒られる」 「N先輩も上級生に絞られた」 • 想像アサーション: 「N先輩が言ってきそうなこと」をリストアップ して、心のなかで反論 • N先輩の特徴を理解「恐い先輩」から「哀れな人」 • 悪口を共有してもよい: 小学校時代の悪口との異同 事例2: 家族関係 の詳細 • 実家には母と妹、本人が幼少時より父は単身赴任。母は不 安になりやすく、娘の成績を厳しく叱責する。 • 精神的な問題で部活を休んでいることは、親には話していな い。背中の故障だと話してある。 • 経済的な援助もしてもらっているし、隠し事があることが後ろ めたい。嘘があとからバレて激しく怒られたことがあり、母親に 嘘をつくのが苦手 [物理的距離に見合わず距離が近く感じる印象] 事例2: 母恐怖: 昔ほどの脅威が今あるか • 試験の結果を母に報告するので不安が高まる。1つでも単 位を落とすことを母は許さないだろう。 • 「中高のときと、今との違いは?」 • • 試験内容は分からないし、結果の将来への影響も小さい • 母と同じ家に住んでいたが、今は離れて暮らしている • 隠し事があっても昔ほどバレない、後ろめたくない • かつての母は、仕事と人間関係で苦労していた。今の母は自分の時 間を楽しむようになり、父もときどき帰ってくる 対処行動: 心配してくれてありがとう。お母さんの言う通り、 最初から全て単位が取れるとベストだね。でも2年に取り返 せるから大丈夫だよ」と伝える 事例2: 結果 • • • • • • • 10回の認知行動療法を実施した うつと不安の指標は3分の1に低下 午後だけ合宿所で練習を再開した 苦手なN先輩にもあいさつできる N先輩も選手権で優勝して自信を持ち表情が変わる 親に「隠し事があっても、経済的に頼ってもいい」 母親とほどよい距離感でつきあえるように • • 「(成績) あらーひくいわね!」 「低くてごめんね。もうちょっと取れればよかったね」 考察 • 反芻への介入で「安全な場所づくり」から開始 • 複数の状況に共通する本人の特徴 • • 他人は厳しく、時に危険で、不完全な自分は認められない • 萎縮してしまい、煮詰まると逃げ出してしまう 難易度の低い相手から順に練習、修正していった • • 同期や先輩 => N先輩 => 母親 他人の脅威は小さく感じられ、生産的なやり取りができるよ うになり、一回り逞しい自分になった 認知行動療法とスポーツ選手との相性 o 短期で効果が出やすい o 治療目標を設定しやすい o セルフモニタニングに慣れており、 気分や症状を数値化するのがうまい o 「練習するとうまくなる」 o ビデオに撮られることに慣れている 精神療法をスポーツする あなたも必ずうまくなる スポーツのように練習 • 本番のように練習しておく • 「今ここ」を意識する • 柔軟性を高める • ミスの事後分析 本番のように練習する プロとは、24時間365日 棋士であり続けること • どんな仕事も50分単位?家族に共感を心がける? • ワークショップで全力でロールプレイ? • 日常生活で体験する不安、落ち込み、イライラ、絶望を • 患者の体験のミニチュアと考え咀嚼、共感理解に生かす • 自分の特徴や弱点の理解に役立て、治療関係に生かす 自分の特徴や弱点に気づいたら 「今ここ」で意識することを決める 「冷たい、恐い」 ↓ 温かな雰囲気を作る ↓ 5分間で1つほめる しかし/でも/つまりを 使わないように話す 「慌てやすい、早口」 ↓ ゆっくり話す ↓ 患者の沈黙が2秒続いてから自 分が話し始める 2つ話したいことがあれば、どちらが より重要かを比べ、1つだけ伝える 文献より: 治療者の柔軟性 • 「[どのような] 問題を抱えた人と[でも]、 普通に淡々と話し合えること (熊倉, 2002)」 • 柔軟性が、技法や治療法を、次から次へ試すようなものになら ないようにする (c.f., 河合, 1992) • 治療の要因として最も大切なことは治療者の柔軟性と、それが かもしだす面接の雰囲気である。治療者自身が杓子定規にな らぬこと…治療者が自分の過ちを素直に認め、しかもそれによっ て傷つかぬこと。治療者がみずからの人生を楽しんでいること、 その楽しむ態度が患者にも浸透してゆくこと(成田, 2012) 行間: 不安、落ち込み、イライラ、絶望 ミスの事後分析 ミスに気づく環境づくり 陪席してもらう、ビデオを見返す 患者の腑に落ちない表情、治療者の呂律 自分の弱点や特徴を踏まえた自分用チェックリスト 話し合いが水掛け論になっていないか「でも」2回 隠れた安全希求行動がないか 技法を選択した論拠を提供したか 論拠を忘れかけて技法だけが走っていないか Here & Now Dept h Width Change Method 明細化したか、共感は十分か、もっと聞くか 患者の身になる: 表情、しぐさ、体験している感情と強さ ほめすぎ、共感が大きすぎ、ノーマライズしすぎ 終了時間、特に宿題のイメージ、聞き続ける/紳士的に遮る Relationshi p テーマ: 課題、方向性、テーマとの整合性、症候の背景 生活の視点: 2次的問題、目標、社会資源、父、逃げ場 自主性を尊重しすぎ、やってあげすぎ 会う目的 (笠原c, 下坂1988)、面接室の天井 (神田橋) 第3者への不満との相似形、治療者の父性・焦り・孤独 スポーツ心理学ができること スポーツ選手の精神療法 精神療法をスポーツする 今日のまとめ
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