医の倫理 第6回 現代医学の成立と「医の倫理」 ~医学の近代化・制度化の視点から~ 1.「医師の誕生」(!?) (1)「医師免許」という制度の新しさ 西洋で最初の「医師国家試験」の規定 「医師はまず四つの試験(解剖学と生理学、病理学 と疾病論、薬物学、それに衛生学と法医学)に合格 し、さらに内科医か外科医かの志望に応じて、内科 あるいは外科の臨床試験を受けねばならない」 ⇒ フランス 1803年 cf. 英国 日本 1854年 医師登録法 1876年 医術開業試験法 Reference ‘scientist’ということばができたのは…… OED によれば「1840年」のこと cf. ニュートン (Isaac Newton, 1642-1727) 今日では‘The Last Alchemist’とも 称されるが、当時なら‘philosopher’ (2)「医師」ということばの不思議 doctor n. 医者、医師 ;呪医 (medicine man) 博士、学者 vi. 医者をする ;治療をうける vt. 〈動物に〉不妊手術をする 〈飲食物など〉にまぜ物をする 〈計算などを〉ごまかす 〈文書・証拠などを〉 不正に変更する (3)19世紀までの医療の現実 診断法: 尿視法 (uroscopy) 別名 「水占い」 (water-casting) その他に脈診や唾液の利用など 治療法: 瀉血 (phlebotomy, bloodletting, bleeding, venesection) その他に吐剤、下剤、浣腸、アヘン、 キニーネ (malaria)、水銀 (syphilis)、 食餌療法、運動療法、などなど ex.1 Louis XIII (1601-43)のある年の治療 瀉血:47回、下剤:215回、浣腸:312回 ex.2 Louis XIV (1638-1715)の1685年 下剤:2000回、浣腸:毎月末+数百回 ex.3 Goethe (1749-1832)80歳のとき 肺炎の治療に瀉血 → 合計2リットル ex.4 Jane Austen (1775-1817)の日記 「今日、ハムと蛭4匹のすばらしい贈り物を貰った」 cf. 1843年のパリ → 4300万匹の蛭を輸入 革命前のロシア → 年間1億2000万匹の蛭を輸出 「医師の誕生」をめぐる疑問 cf. Mercier, Le Tableau de Paris (1782,83,88) 一方に、医者・医学博士(doctor) 他方に、経験医(empiric)・治療師(healer) ⇩ 「腕」はどっちもどっち、医者はむしろ不人気 ⇩ なのに大革命を境に逆転……なぜ? 2.医学の「制度化」とその背景 (1)近代国民国家の生成 cf. J.H.G. von Justi Kameralwissenschaft(官房学) 17世紀後半から18世紀末にかけて神聖ローマ帝国下のドイツ・ オーストリアに発達した,行政に関する諸学の総称。三十年戦争 後のウェストファリア条約(1648)により神聖ローマ帝国内の各領 邦には領邦主権が認められ,帝国は連邦となった。これ以降、各 領邦君主は絶対君主制の確立をめざして競争しはじめた。当時 の領邦君主を補佐していた官庁が官房 Kammer と呼ばれ,ここ に近代官僚制の萌芽が形成されていたのである。 (世界大百科事典より) 近代国民国家の論理 (state rationality) 国家として生き残るためには…… 国家の「知力」 → 学力=学者・科学者 「体力」 → 経済力=労働者 「腕力」 → 軍事力=兵士 を増強し、発展させなければならない! cf. 富国強兵、殖産興業 ⇩ そのための資源としての人間=国民 Reference cf. Michel Foucault (1926-84) 18世紀=「生‐権力」(bio-pouvoir)の時代 死なせるか生きるままにしておくという古い権利に代わっ て、生きさせるか死の中へ廃棄するという権力が現れた (『性の歴史』Ⅰ 〔新潮社、1986年〕、175頁) 生命に対して積極的に働きかける権力、生命を経営・管 理し、増大させ、増殖させ、生命に対して厳密な管理統制 と全体的な調整とを及ぼそうとする権力 (同上、173頁) (2)市場経済の発展 cf. Roy Porter 18世紀、医療はすでにビジネスとして定着 ※所有的個人主義(possessive individualism) → 自己決定権の論理と倫理 ⇩ doctor と empiric、healer の共存 ⇩ 医療「産業」の成立によって破綻 (3)医学の「制度化」がもたらした「光」と「影」 Point:医学の「制度化」は医学の「進歩」によって もたらされたというよりも、医学をとりまいて いる「政治」や「経済」の変化、「ものの見方」 の変化によってもたらされたと考えられる。 ⇩ 「光」の面:医学の飛躍的な「進歩」が可能に 「影」の面:医師が「専門家」に/患者は受身に 医学と国家(政治・経済)の結びつき が強固に cf. バイオエシックス
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