新技術特集 変換・可変速装置 電気二重層キャパシタの電鉄応用 ― キャパポストの車両走行試験 ― 電気二重層キャパシタ,回生電力,電力貯蔵装置,省エネルギー * 平松正宣 Masanobu Hiramatsu 概 要 電車のブレーキの一種である回生ブレーキは,運動エネ ルギーを電気エネルギー(回生電力)に変換し,他の電気 負荷へ供給するシステムである。回生電力を消費する負荷 が無い場合,き電電圧が上昇し,回生ブレーキが動作でき ない回生失効が発生し,電車運転に支障が生じる。 この問題を解決するため,電気二重層キャパシタを用い た回生電力吸収装置(キャパポスト)を開発し,西武鉄道㈱ に納入した。本格運用前の2008年3月,車両走行試験を 行った。これにより,回生電力吸収装置が適用区間で有効 に動作することを確認した。 キャパポスト外観 証したので,その結果について紹介する。 1. ま え が き 2. 適 用 線 区 近年エネルギー問題や地球環境への意識が高ま りつつある。鉄道システムでも効率化と経済性向 キャパポストは,第 1 図(a)に示すように西武 上,CO2排出量削減が望まれている。電車のブレー 鉄道西武線のα変電所とβ変電所の2か所(変電所 キの一種である回生ブレーキは,運動エネルギー 定格3000kW)に新設された。第 1 図 (b)に各駅 を電気エネルギー(回生電力)に変換し,き電線 との距離や標高の関係を示す。この区間は単線区 へ返すものである。一方,電力貯蔵装置としての 間であり最大8両編成の電車が通過する。 電気二重層キャパシタ(EDLC:Electric Double 第 1 図に示すように,左側へ向かう場合は下り Layer Capacitor)は,急速充放電特性が良好で長 勾配でありD駅からA駅までは平均勾配が−10‰ 寿命,重金属類を含まないなど,エネルギー貯蔵 以上であり,特にD駅からC駅を経由してB駅まで 媒体として多くの特長を有する。そこで,電車の に限っては,−25‰以上の連続下り勾配である。 ブレーキ使用時に生じる回生電力を,EDLCに充 この区間は単線区間である上,車両運転の間隔も 電し力行時に放電するキャパポストを採用するこ 長いため,回生機能付きの車両(回生車両)を走 とにより,鉄道システムを省エネルギー化できる。 行させても車両間融通で回生電力を他の力行状態 本稿では,装置の概要及び車両1編成と2編成での の車両に供給して消費させることが難しい。その 走行試験を行い,キャパポストを用いた効果を検 ため,回生失効つまり回生電力の行き場がなく回 * 基礎技術開発部 (8) 電気二重層キャパシタの電鉄応用 明電時報 通巻323号 2009 上り方面 No.2 α変電所 (−0k826m) ― キャパポストの車両走行試験 ― β変電所 6k320m キャパ ポスト F1 第 1 表 キャパポスト定格 西武鉄道!に納めたキャパポストの定格を示す。 下り方面 電気二重層 キャパシタ キャパ ポスト F F2 き電線 A駅 B駅 C駅 (−3k979m) 0k000m 3k600m (基点) D駅 6k300m 昇降圧 チョッパ E駅 12k400m 使用電圧範囲 512∼1280V 最大電流 2000A 静電容量 20.25F 充電電圧 1690V 放電電圧 1600V 電力量 24.75MW・s (a)キャパポストの設置場所 350 300 α変電所 E駅 D駅 250 キャパポスト 標 200 β変電所 C駅 高 キャパポスト B駅 (m) 150 100 A駅 (基点) 50 0 −5000 5000 10,000 15,000 0 B駅(基点) からの距離(m) 回生電力吸収装置 (キャパポスト) 充電電圧:1690V 放電電圧:1600V 回生でき電電圧が上昇し, キャパポストに充電 力行でき電電圧が低下し, キャパポストより放電 回生(電力発生) (b)適用線区の標高 第 1 図 キャパポストの適用区間 力行(電力消費) 第 2 図 キャパポストの動作イメージ (a)はキャパポストと適用線区駅との距離を示し,(b)は適用線区の 標高と駅間距離を示す。 キャパポストが回生吸収のための充電開始電圧が1690Vであること と,放電開始電圧は1600Vであることを示す。 生ブレーキを中止し機械ブレーキなどに移行する き電線 ことが多くなる。そのことから,回生車両は走行 車両本数が増加するイベント開催日などに限定し キャパポスト て運用させていた。 フィルタ L この対策としてキャパポストを設置したもので あり,力行状態の車両が存在しない場合でも回生電 チョッパ 力をキャパポストが吸収して回生失効を防止でき るため,回生車両の本格的な導入が可能となった。 フィルタ C 3. キャパポスト概要 3.1 42C 42R Vc 抵抗器 装置容量と主回路構成 EDLC レール 第 1 表に新設したキャパポストの定格を,第 2 図 に動作イメージを,第 3 図に主回路構成を示す。 ブレーキの動作には停止のための停止ブレーキと 第 3 図 キャパポスト主回路構成図 速度を調整する抑速ブレーキの2種があるが, キャパポストの主回路を示す。 EDLC容量はこの内の停止ブレーキ動作を8両1編 メイキャップ 成が行う場合の推定回生電力量よりも大きくなる 部には160V−4.5FのMEICAP 600S1形を288ユ ように選定した。下り勾配では速度を調整する抑 ニット(8直列36並列)使用している。EDLC部の 速ブレーキ動作による回生電力が加わり,EDLC 最大充放電電流は2000Aであり,き電線(1500V) が満充電になる。そこで,満充電に近くなると とキャパポスト間の最大充放電電流は1500Aで EDLCと抵抗器との併用で電力を吸収することに ある。 より,回生失効を防止している。 3.2 装置の制御動作 この装置はき電線との間で以下のような充放電 充放電制御はチョッパで行い,IGBT(Insulated 動作を行っている。 Gate Bipolar Transistor)素子を採用した。EDLC (9) 電気二重層キャパシタの電鉄応用 明電時報 通巻323号 2009 No.2 ― キャパポストの車両走行試験 ― a き電線の電圧を監視しており,電圧が上昇し た時には回生電力をEDLCに充電し,電圧が低下 駅名 Z駅 着 0:12:50 発 0:13:20 着 発 着 発 着 発 着 発 した場合には逆に放電する。 s 充電中にEDLCが満充電状態に近づき,EDLC 電圧Vcが1200Vに達すると,マグネットスイッチ 42RをONにして,EDLCと並列に抵抗器を接続し ながら回生電力を吸収する。回生終了を検出する と42RをOFFさせ抵抗器を切り離す。 着 発 d sの並列抵抗接続状態でもEDLCの充電が進み 着 発 着 発 着 発 着 電圧Vcが1250Vを超えた場合には,42CをOFFし てEDLCを開放し,抵抗器のみで回生電力を吸収 させる。しかし回生が終了すると,EDLCから抵 A駅 B駅 0:17:00 0:17:30 0:22:20 0:23:20 C駅 0:27:40 0:28:10 D駅 E駅 0:31:30 0:32:00 0:37:30 0:50:00 1:11:00 1:05:00 1:06:00 1:00:00 1:00:30 0:55:50 0:56:20 抗器への放電を抑えるため,42RをOFFさせ抵抗 器を切り離した後,次の充放電に備えるため42Cを ONさせている。この抵抗器は20秒間の連続通電が 第 4 図 1編成走行パターン 1編成での走行試験。各駅停車時間・発車時間を示す。 可能なように選定した。 4. 走 行 試 験 4.1 走行試験の条件 営業運転後の深夜に,最大編成であ る8両編成の試験車両を用いて試験を 行った (1)(2) 。この8両の試験車の内, モータを搭載しているのは6両である。 この試験条件は,試験車両以外に負荷 が無いため回生電力によりき電電圧が 上昇しやすく,回生失効になりやすい。 第 4 図に1編成のみで各駅での停車・ 発車運転を行った場合の時間経過を示 駅名 X駅 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 発 着 2:48:00 Y駅 Z駅 A駅 1:40:20 1:51:30 2:03:30 B駅 1:45:30 1:46:30 C駅 2:41:40 2:42:10 2:37:50 2:38:20 2:56:00 2:56:30 3:00:10 2:27:40 2:28:40 2:50:00 2:51:00 E駅 1:41:00 1:50:50 1:52:10 2:14:40 2:14:40 2:33:40 2:34:10 D駅 2:22:40 2:23:10 2:45:00 2:45:30 2:18:00 2:19:00 2:40:50 2:41:20 2:12:10 2:24:30 2:35:00 す。第 5 図は2編成での走行パターン であり,交差運転試験をB駅とD駅と で行った場合を示す。 第 4 図と第 5 図の試験結果から, 第 5 図 2編成走行パターン 2編成での各駅停車・発車時間を示す。2編成交差ははじめにB駅で行い,次いでD駅で 行っていることを示す。 今回は第 2 表のようなパターンにつ いて紹介する。1編成についてはパターン1と2のよ うなD駅付近の上りと下りの勾配条件及びパター ン4の全区間の3種類を示し,2編成についてはパ 第 2 表 走行パターン一覧 試験結果への分析を行った走行パターンの一覧を示す。パターン1 ∼3は,D駅での停車・発車について注目したものである。パターン 4は1編成走行全体,パターン5は2編成走行全体について注目したも のである。 条件 ターン3のD駅での交差運転とパターン5の全区間 特徴 運転の2種類を示す。第 2 表の上段のパターン1∼3 パターン1 1編成上り勾配 D駅 力行支配的,回生少ない はD駅付近に限定したものであり,下段のパター パターン2 1編成下り勾配 D駅 回生支配的 パターン3 2編成交差運転 D駅 車両間で電力融通有 1編成D駅付近上り勾配(パターン1) パターン4 1編成全区間 回生電力融通無 第 6 図(a)にD駅において1編成を上り勾配方向 パターン5 2編成全区間 車両間で電力融通有 ン4・5は全区間で計測したものである。 4.2 D駅付近での停車・発車試験 4.2.1 ( 10 ) 電気二重層キャパシタの電鉄応用 明電時報 通巻323号 2009 No.2 ― キャパポストの車両走行試験 ― 2000 き電電圧 =80% 利用率(P2/P1) 1500 電 電 圧 流 500 (V) (A) 0 −500 P1:回生電力量 7.0MW・s EDLC電圧 1000 チョッパ 1次電流 回生吸収 放電 C駅停車 機器損失 1.4MW・s D駅停車 =19.4% 利用率(P2/P1) P1:回生電力量 25.1MW・s (a)パターン1 1編成上り勾配 D駅 き電電圧 機器損失 2.8MW・s 1500 1000 電 電 圧 流 500 (V) (A) 0 EDLC電圧 −1000 0:54:05 P1:回生電力量 28.0MW・s D駅停車 0:55:25 時刻 0:56:05 機器損失 6.2MW・s 0:56:45 2000 抵抗消費電力量 6.9MW・s =32.0% 利用率(P2/P1) き電電圧 P2:放電電力量 52.3MW・s P1:回生電力量 163.5MW・s 抵抗電流 1000 電 電 圧 流 500 (V) (A) 0 EDLC電圧 機器損失 23.6MW・s =53.8% 利用率(P2/P1) D駅停車 2:16:42 2:17:22 時刻 抵抗消費電力量 87.7MW・s (d)パターン4 1編成全体 チョッパ1次電流 −500 −1000 2:16:02 P2:放電電力量 14.9MW・s (c)パターン3 2編成交差運転 D駅 (b)パターン2 1編成下り勾配 D駅 1500 抵抗消費電力量 17.4MW・s =53.1% 利用率(P2/P1) チョッパ1次電流 0:54:45 P2:放電電力量 4.9MW・s (b)パターン2 1編成下り勾配 D駅 抵抗電流 −500 抵抗消費電力量 0MW・s (a)パターン1 1編成上り勾配 D駅 −1000 0:27:03 0:28:23 0:29:43 0:31:03 0:32:23 時刻 2000 P2:放電電力量 5.6MW・s 2:18:02 P2:放電電力量 176.3MW・s P1:回生電力量 328.0MW・s (c)パターン3 2編成交差運転 D駅 機器損失 27.1MW・s 第 6 図 キャパポスト電圧・電流波形 最上段のき電線の電圧が上昇しないように,充放電している。電流 は系の上側がき電からの回生吸収,下側がき電への放電を示す。 に停車及び発車をさせた場合のβ変電所における 試験結果を示す。上り勾配なので回生ブレーキは 抵抗消費電力量 124.6MW・s (e)パターン5 2編成全体 第 7 図 キャパポストの回生電力量フロー 第 2 表の運転パターン1∼5で,キャパポストが吸収した回生電力量 の移動フローを示す。 停止ブレーキのみとなる。そのためチョッパ一次 電流の充電電流は少なく,EDLCの電圧上昇も少 停車・発車させた。急な下り勾配であるため抑速 ないためEDLCのみで回生電力を充電している。 ブレーキによる回生電力が多い条件である。その 第 7 図(a)にこの計測期間の電力量フローを示す。 ため,当初はEDLCで充電しているが,途中から抵 キャパポストが充電した回生電力量のうち,き電 抗器と並列に接続された状態で充電している。回 線へ放電できた電力量を利用率とすると,80%の 生電力量が多く,他に回生電力を消費する負荷も 利用率となり,理論値とほぼ一致する良い結果と 無いという最悪条件であるため,き電電圧の高い なった。 状態が長く続く。抵抗器の接続期間も長く,回生 4.2.2 1編成D駅付近下り勾配(パターン2) 電力の多くを抵抗器で消費しているため第 7 図(b) 第 6 図(b)では回生車両1編成を下り勾配でD駅 のように利用率は19.4%と悪くなった。 ( 11 ) 電気二重層キャパシタの電鉄応用 明電時報 通巻323号 2009 4.2.3 No.2 ― キャパポストの車両走行試験 ― 第 3 表 走行試験まとめ 2編成D駅での交差運転(パターン3) 第 6 図(c)は回生車両2編成をD駅で交差運転さ 第 2 表のパターンごとでのキャパポストの回生吸収した電力量と利 用率を示す。 せたものである。この場合もう1編成の車両が回生 条件 電力を消費する負荷となる。つまり編成間で電力 特徴 回生吸収 利用率 (MW・s) (%) パターン1 1編成上り勾配 力行支配的, D駅 回生少ない 7.0 80.0 電機会が多くなり,EDLCと抵抗器が並列に接続 パターン2 1編成下り勾配 回生支配的 D駅 25.1 19.4 された状態で充電する期間は第 6 図(b)より短く パターン3 2編成交差運転 車両間で D駅 電力融通有 28.0 53.1 パターン4 1編成全区間 回生電力融通無 164.9 32.0 パターン5 2編成全区間 車両間で 電力融通有 328.0 53.8 の融通が行われる。このため,キャパポストの放 なる。その結果,このパターンでは第 7 図(c)の ように利用率が53.1%とパターン2より大幅に改善 した。 4.3 全区間での運転試験 第 7 図(d)と(e)に全区間運転した時の回生電 動作する条件では利用率が低下しているが,編成 力量の利用率を調べたものを示す。(d)は1編成で 数を増やすとEDLCからの放電機会が増えるため 第 4 図のように全区間を往復した場合(パターン 利用率が改善できることも判明した。 4)であり,(e)は2編成で第 5 図のように交差運 転した場合(パターン5)である。 4.3.1 5. む す び 1編成での全区間走行試験(パターン4) 今回は実車両による試験を行って,試験車両が 1編成で全区間を運転した場合は,第 7 図(d)の 1編成と2編成の場合において電力貯蔵装置が適用 ように,下り勾配が連続し回生ブレーキを多用し 線区で有効に機能すること,及び回生失効を抑制 ている区間ではキャパポストが吸収した回生電力 できることを確認した。今回納入したものは,停 の放電機会が少なく,抵抗器で消費されている電 止ブレーキ時の回生吸収を重視した装置であった 力量が多い。そのため利用率も32%となった。 が,今後は電圧補償を重視した装置など他のシ 4.3.2 2編成の全区間成走行試験(パターン5) リーズを充実させ,鉄道事業者の要望に応えてい 回生車両を2編成で運転すると第 7 図(e)のよう く所存である。 に,キャパポストが吸収した電力量は1編成に比べ 最後に本装置製作・試験にあたり,ご指導・ご およそ2倍になった。また,1編成でEDLCが満充 協力いただいた多くの関係者のみなさまに深く感 電となっていた下り勾配の回生ブレーキを多用す 謝の意を表する次第である。 る区間でも,もう1編成側が負荷となる場合がある ため,利用率は53.8%とパターン4より改善された。 《参考文献》 a 本田ほか:「直流電気鉄道の電力回生エネル 4.4 試験結果のまとめ 第 2 表の走行パターンでの試験結果である ギー吸収用キャパポストの適用」,平成20年電気学 第 7 図から,回生吸収電力量と利用率をまとめた 会全国大会講演論文集,Vol.5,No.5∼55,2008, ものが第 3 表である。 pp.87∼88 キャパシタ容量を1編成が平坦な条件で停止ブ s 平松ほか:「直流電気鉄道のための電力貯蔵装 レーキを行う場合の回生電力量を基準に選定して 置車両走行試験」,平成20年電気学会産業応用部門 いるため,第 3 表より,パターン1のように1編成 大会,Vol.3,No.3∼44,2008,pp.277∼280 で且つ上り勾配であれば,想定したようにEDLC のみで停止時の回生エネルギーを吸収及び放電す 《執筆者紹介》 ることができている。 平松正宣 Masanobu Hiramatsu 更に第 6 図に示したように,パターン2や3のよ うな下り勾配で抑速ブレーキによる回生が連続し た場合でも,抵抗器を併用すれば回生失効に至ら ないことも確認できた。また,ブレーキが長時間 ( 12 ) 電力変換装置の開発に従事
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