医化学 研究内容 - 東北大学

医化学
医学系研究科 教 授 山本雅之
東北大学医学部を 1979 年に卒業後、大学院へ進学して医化学研究を始めました。1983 年
に医学博士を授与され、その後、ノースウエスタン大学、富山医科薬科大学などで研究生活
に従事しました。1989 年から再びノースウエスタン大学に留学し、血液細胞の分化と機能発
現の鍵となる GATA 因子群を発見しました。1991 年に東北大学講師となり、Gata1 遺伝子の
発現制御機構および赤血球系遺伝子発現制御に重要な転写因子 NF-E2 の研究に取り組みまし
た。1995 年からは、筑波大学先端学際領域研究センターの教授となり、生体防御酵素群の遺
伝子発現の鍵因子である転写因子 Nrf2 を発見し、Toxicology に転写制御という新風を送り込
みました。2007 年に東北大学に異動し、2008 年から医学系研究科長・医学部長を務めています。
これまでに研究業績に対して、井上学術賞、つくば賞、SOT 基礎科学賞、東レ科学賞、上原
賞などを受賞しました。また、現在、東北大学総長補佐、日本学術会議会員、日本生化学会
副会長、日本分子生物学会理事、日本癌学会理事などを務めています。
研究内容
◆ 生体の環境応答メカニズムの解明
私たちの体は、化学物質、酸素、紫外線など様々なストレスに曝されています。実際に、酸素は効率的なエネルギー獲得(好気呼吸)を
可能にする一方で、生体を酸化ストレス(錆)の危険に曝しています。細胞の老化に伴い、酸素に起因する脂質過酸化やタンパク質カルボ
ニル化が進行します。これらの環境ストレスにもかかわらず、私たちが健康な生活を営めるのは、体内の細胞がさまざまな環境情報に応答
して、遺伝子の発現様式を変化させ、それらに適応する仕組みを備えているからです。生体は環境ストレスに応答して誘導的に防御システ
ムを作動させ、恒常性を維持しています。
私たちは、こうした生体防御システムの制御メカニズムの解明と種々の病態におけるその意義について研究を進めてきました。食餌性の
異物・毒物および関連化学物質は、体内に入ると異物代謝第1相酵素群による極性化反応をうけたのちに、第2相解毒酵素群(グルタチ
オン S 転移酵素や UDP- グルクロン酸転移酵素など)による抱合反応を受けて無毒化されます。第2相解毒酵素群の発現は、異物・毒物に
由来する電子を受け取る性質の強い化学物質(親電子性物質)により強力に誘導されます。私たちは、この第2相解毒酵素群の遺伝子発
現制御機構の解明に取り組み、これらの酵素群の遺伝子発現が Nrf2 転写因子により統一的に制御されていることを発見しました。さらに、
Nrf2 の活性は Keap1 により常に抑制されていて、その抑制の解除(脱抑制)がこの誘導発現メカニズムの本態であることを実証しました。
実際に、Nrf2 遺伝子を欠失したマウスは、生体防衛能力がきわめて脆弱であり、鎮痛解熱薬や食品防腐剤の毒性・副作用に対する感受性
が極めて高いことを見出しました。これらの成果は、反応性の高い親電子性化合物の解毒代謝が、Nrf2-Keap1 複合体によるその化学物質
の感知と引き続いて起こる第2相酵素群の遺伝子誘導により行われることを世界に先駆けて明らかにしたものであり、環境応答機構研究の
新しいパラダイムを切り開いたものです。
1.Keap1-Nrf2 系制御の分子メカニズム
2.環境応答転写因子群
3.酸化ストレスセンサーの解明
今後の展望
◆ ストレスセンサーの解明をめざして
環境ストレス応答の分子基盤は、ストレス非存在下で Keap1 により恒常的に分解されている Nrf2 が、ストレス感知により安定化し、核
内に蓄積して機能を発揮することです。ここでの素朴な疑問は Keap1 がどのようにしてストレスを感知して Nrf2 の分解を停止するかと
いう点です。そこで、最新の構造生物学手法を導入して解析を進めています。Keap1 がサクランボ状の2量体を形成し、そこに Nrf2 が結
合するという基本構造が Nrf2 の効率的な分解をもたらしていることが明らかになりました。また、Keap1 のシステイン残基が親電子性物
質により直接修飾されて、機能低下を招来し、Nrf2 の安定化をもたらすことも明らかになりました。このようなセンサー機構の解明は、
Nrf2 の活性化あるいは機能抑制をもたらす薬の開発を進める上で重要な情報を提供してくれます。
私たちは、Nrf2 と疾患の関係についても研究を進めています。Nrf2 は、酸化ストレス応答、化学発がん予防、抗炎症などの作用を有し
ています。実際に、Nrf2 誘導剤は、糖尿病性腎炎や多発性硬化症の治療薬として注目されており、臨床試験が進められています。一方、
多くのがんで、Nrf2 が恒常的に安定化してその予後を悪化させていることが報告されています。したがって、Nrf2 の機能阻害剤の開発も
望まれます。私たちは、ストレスセンサーのさらなる実態を解明し、それを基盤として Nrf2 の誘導剤と阻害剤を開発し、生体防御機能の
破綻に起因する様々な成人病の克服に貢献したいと考えています。
http://www.dmbc.med.tohoku.ac.jp/official/index.html
http://www.inflammation.jst.go.jp/?p=607