博士論文 Nfe2 関連因子と小 Maf 群因子による遺伝子発現制御ネットワークの解明 東北大学大学院医学系研究科医科学専攻 生体機能学講座 医化学分野 弘津 陽介 目次 Ⅰ. 序論 3 Ⅱ. 転写因子 Nrf1 は脂質代謝制御因子 Lipin1 と PGC1β の遺伝子発現制御に関わる 6 1.要約 7 2.研究背景 8 3.研究目的 11 4.研究方法 12 5.研究結果 17 6.考察 26 7.結論 30 8.図 31 9.表 40 Ⅲ. Nrf2-MafG ヘテロ2量体は抗酸化酵素と代謝関連酵素の遺伝子発現制御する 46 1.要約 47 2.研究背景 49 3.研究目的 52 4.研究方法 53 1 5.研究結果 57 6.考察 66 7.結論 71 8.図 72 9.表 79 Ⅳ. 結語 82 Ⅴ. 文献 83 Ⅵ. 謝辞 97 2 Ⅰ. 序論 外界から食物や酸素を摂取することは、効率的なエネルギーの獲得を可能にする。 ところが、食物に含まれる毒性物質や代謝過程で生じる活性酸素種は、生体にとって 脅威となる。しかし、生体は、これら毒性に対する防御機構を備え、恒常性を維持す る。この機構は、転写因子により遺伝子発現レベルで調節される。生体防御関連遺伝 子の発現を制御する転写因子として、線虫ではSKN-1が知られているが、哺乳類では SKN-1の相同分子として4種類のNfe2関連因子(Nrf: Nrf1、Nrf2、Nrf3、p45)が存在 する。また、線虫において、SKN-1は単量体としてDNAに結合するが、一方、哺乳類 において、Nrf因子群は小Maf転写因子群(sMaf)とヘテロ2量体を形成して、抗酸化 剤応答配列(ARE)に結合する。このように高等生物の遺伝子発現制御機構では、共 通の祖先分子から多様化した複数の分子が機能し、さらに、他の分子との2量体形成 によりDNA結合様式が大きく変化している。しかし、多様化した分子に機能の違いが あるかは、十分に明らかになっていない。また、2量体形成することの意義について も、未だに不明な点が多い。これら2つの疑問点を明らかにするため、本研究では、 Nrf因子とsMaf因子による遺伝子発現制御機構をモデルにして、2つの研究課題を実施 し、分子進化学の観点から生体防御機構の理解を目指した。 3 はじめに、SKN-1から多様化したNrf因子群が独自の機能を持つか解析するため、2 つのNrf因子であるNrf1とNrf2に着目した。Nrf1肝臓特異的欠失マウスは、脂肪性肝炎 を発症するが、Nrf2遺伝子欠失マウスは、同様の表現型を示さない。したがって、両 分子は、異なる遺伝子群の発現を制御すると考えられるが、その詳細は解析されてい ない。肝臓におけるNrf1とNrf2の標的遺伝子を調べるため、網羅的な遺伝子発現解析 を行った。その結果、Nrf1が欠失した肝臓では、多様な代謝関連遺伝子群の発現が低 下した。一方、Nrf2が欠失した肝臓では、抗酸化・解毒酵素群の発現が減少していた。 したがって、Nrf1は、Nrf2とは異なる遺伝子群の発現を制御すると考えられる。さら に、Nrf1は、脂質代謝制御に関わる転写共役因子の発現を直接制御したが、Nrf2は、 これら遺伝子の発現を制御しなかった。よって、脂質代謝制御において、Nrf1は、Nrf2 とは異なる役割を果たすと考えられる。以上より、分子進化により多様化したNrf1と Nrf2は、肝臓において独自の標的遺伝子を制御し、機能の違いを発揮することが示さ れた。 次に、2量体化の重要性を検証するため、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体による転写制御系 をモデルに解析した。Nrf2 による遺伝子発現制御には、sMaf が必要であることが提唱 されている。しかし、このモデルが Nrf2 依存的な遺伝子発現制御機構の全体像を説明 し得るかは、十分に明らかでない。そこで、本研究では、クロマチン免疫沈降−シーク 4 エンス(ChIP-seq)とマイクロアレイ解析を行い、Nrf2 と MafG のゲノム結合部位を同 定し、両因子による転写制御ネットワークの全容解明を試みた。その結果、Nrf2 と sMaf が結合した部位には、ヘテロ2量体指向性の ARE 配列が濃縮していた。Nrf2-sMaf ヘ テロ2量体形成は、ストレス誘導的な生体防御遺伝子の発現制御に必須であった。ま た、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体は、NADPH 産生酵素やアミノ酸輸送体などの遺伝子発現 を制御した。以上より、Nrf2 は、sMaf との2量体形成に完全移行して、多様なストレ ス応答遺伝子の発現制御し、多層的に生体防御機構を発動することが実証された。 5 Ⅱ. 転写因子 Nrf1 は脂質代謝制御因子 Lipin1 と PGC1β の遺伝子発現制御に関わる 6 1. 要約 肝臓の脂質代謝は、食餌やホルモンなど様々な刺激に応答する。こうした反応は、 遺伝子発現レベルで制御を受けている。外来からの刺激に応答した転写因子群は、代 謝酵素遺伝子群の発現を調節し、生体恒常性を維持する。そのため、代謝を司る転写 制御系の破綻は、脂肪性肝炎や肝硬変などの病態を引き起こす。転写因子 Nrf1 (NF-E2-related factor 1)は、CNC(cap’n’collar)転写因子群に属し、抗酸化遺伝子や プロテアソーム関連遺伝子の発現を制御する。Nrf1 を肝臓特異的に欠失したマウスは、 脂肪性肝炎を発症する。しかし、Nrf1 が代謝遺伝子の発現制御に関わるかは、十分に 解析されていない。本研究では、マウス肝臓を用いて、網羅的な遺伝子発現解析を実 施し、代謝に関わる Nrf1 標的遺伝子の同定を試みた。Nrf1 が欠失した肝臓では、脂質 代謝、アミノ酸代謝、ミトコンドリア呼吸鎖を調節する遺伝子群が減少していた。ま た、Nrf1 は、脂質代謝制御に重要な転写共役因子である Lipin1 と PGC-1β(peroxisome proliferator–activated receptor-γ co-activator 1β)遺伝子の発現を直接的に制御することを 示した。一方、Nrf1 と同じファミリーに属する Nrf2 は、Lipin1 と PGC-1β の遺伝子発 現制御に直接関与しなかった。以上の解析から、Nrf1 は、Nrf2 とは異なる標的遺伝子 を制御しており、肝臓の脂質代謝制御を担う重要な転写因子であることが示された。 7 2. 研究背景 肝臓では、脂肪酸の合成や酸化反応など脂質代謝を調節する代謝酵素群が機能して いる。これら代謝酵素群の発現量は、転写レベルで制御を受けている。この制御の破 綻は、様々な病態発症の原因になる。例えば、脂質代謝遺伝子発現制御が障害を受け ると、肝臓に脂肪滴が蓄積し、肝障害を引き起こす。また、脂肪肝や非アルコール性 脂肪肝は、肝硬変や肝癌に進行する肝疾患として知られている 1) 。そのため、脂質代 謝に関わる遺伝子発現制御機構の解明は、脂質代謝異常を伴う肝疾患の発症機序の理 解に繋がると期待される。 これまでの研究から、肝臓の脂質代謝調節には、様々な転写因子群が機能すること が明らかになっている。ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)α は、脂肪 酸分解に重要な転写因子である 2-4)。PPARα は、遊離脂肪酸などのリガンドと結合する と、脂肪酸の β-酸化に関わる代謝関連酵素の発現を誘導する。PPARα 遺伝子欠失マウ スは、ミトコンドリア内の β-酸化反応が低下するため、絶食により脂肪肝を呈する 2-4)。 また、Sterol regulatory element-binding proteins(SREBPs)は、脂質合成系の酵素を統一 的に制御することが示されている。恒常的活性化型 SREBP1 を発現するトランスジェ ニックマウスは、重篤な脂肪肝を発症する 5) 。最近では、低酸素応答性の転写因子で ある低酸素誘導性因子(HIF)や ER ストレス応答転写因子も、脂質代謝に関与するこ 8 とが報告されている 6,7)。このように、肝臓の代謝制御は、外来からのストレス応答機 構と連動して、大きく変化することが注目されている。 酸化ストレス応答性の転写因子 Nrf2 は、CNC ファミリー転写因子群に属し、抗酸 化・解毒酵素群の遺伝子発現を誘導する 8,9) 。定常状態において、Nrf2 は、Keap1 (Kelch-like ECH-associated protein1)-Cul3 E3 ユビキチンリガーゼ複合体によりユビキ チン化され、プロテアソーム系で分解を受ける 10-12) 。一方、親電子性刺激や酸化スト レスにより、Nrf2 は、核内に蓄積して、小 Maf 転写因子群(MafF/ MafG/ MafK;総称 して sMaf)と2量体を形成する。その後、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体は、抗酸化剤応答 配列(ARE)に結合して 13,14) 、標的遺伝子の発現を誘導する 15,16) 。Nrf2 遺伝子欠失マ ウスは、ARE 配列依存的な生体防御関連遺伝子の発現を誘導できないため、種々のス トレスに対して脆弱性を示す 15)。Nrf2 は、生体防御に関わる機能の他に、脂質代謝に も関与することが報告されている 17,18)。実際に、Nrf2 欠失マウスは、メチオニン-コリ ン欠乏食や高脂肪食を摂食すると、早期に脂肪肝を発症する 19-22)。一方、マウスに Nrf2 活性化剤を投与すると、高脂肪食誘導性の脂肪肝が改善することが知られている 23)。 Nrf1は、Nrf2と同じファミリーに属する転写因子である。Nrf1遺伝子欠失マウスは、 貧血と肝形成不全により胎仔期13.5日で致死となる24)。また、神経細胞特異的Nrf1欠失 マウスは、進行性の運動失調を示し、3週齢までにほぼすべての個体が死亡する25,26)。 9 同マウスの神経細胞の核内には、ポリユビキチン陽性の凝集体が蓄積する25,26)。さらに、 肝臓特異的Nrf1欠失マウスは、脂肪肝を発症する27,28)。このようにマウスを用いた解析 から、Nrf1は、定常状態で生体内の恒常性維持に重要な働きを担う転写因子であると 考えられる。また、Nrf1は、抗酸化酵素やプロテアソームサブユニット遺伝子の発現 制御に関わると報告されている29,30)。しかし、Nrf2とは対照的に、生体内におけるNrf1 の分子機能は、未だに不明な点が多い。また、Nrf1と同じファミリーに属するNrf2と の機能的な差異についても、十分に解析されていない。 10 3. 研究目的 Nrf1 肝臓特異的欠失マウスは、重篤な脂肪性肝炎を示すが、その詳細は解析されて いない。本研究では、Nrf1 遺伝子を欠失した肝臓を用いて、網羅的な遺伝子発現解析 を行い、Nrf1 標的遺伝子を明らかにすることを試みた。また、同じファミリーに属す る Nrf1 と Nrf2 の間に、機能的な差異があるのか解析した。 11 4. 研究方法 (1)構築作製 レポーター解析の構築は、制限酵素 MluI と NheI で処理した pRGBP3 ベクターに ARE 配列を含むオリゴ DNA を挿入した 31) 。それぞれの構築には、Lipin1 プロモーター (5’-ACG CTC CTG CCG CTG AGC TGT GAC TCA GCC AGA GAA CTG AG-3’) 、 Lipin1 イントロン(5’-CAC ACC CTG CCC AGA GGC ACA CTT GCT GAG TCA GCA CCC CGG-3’)、PGC-1β イントロン(5’-TTG ATA GTG AGG GGA ACA TGC TGA CTC AGC AGC TCC GAA TAA-3’)のオリゴ DNA を挿入した。Nrf1 ショートヘアピン RNA (shRNA)発現ベクターは、Nrf1 の翻訳領域に存在する 19 塩基の配列(5’-GGG ATT CGG TGA AGA TTT G-3’)とその相補的な配列の間に 9 塩基(TTCAAGAGA)を挟む オリゴ DNA を設計し、pSUPER.retro.puro ベクター(Oligoengine)の BglII と HindIII サイトに挿入し、作製した 29) 。The pSUPER コントロール発現ベクターは、以前に作 製したものを使用した 32)。Nrf1 の C 末端領域(G341-K741)の蛋白質発現ベクター作 製のため、2 つのプライマー(5’-AGC CAT ATG GGC TGC AGT CAG GAC TTC TCC-3’) と(5’-ATC CTC GAG TCA CTT CCT CCG GTC CTT TGG-3’)を使って 3xFLAG-Nrf1 発現ベクターから PCR で増幅した。PCR 産物を制限酵素 NdeI と XhoI で処理し、pET-15b ベクター(Novagen)に挿入し、6xHis-Nrf1CT を作製した。 12 (2)マウス Nrf1条件付きノックアウトマウス28)、Nrf2欠失マウス15)、Keap1ノックダウンマウス 33) は、当研究室で作製された遺伝子組み換えマウスを使用した。アルブミンプロモー ター下でCre組み換え酵素を発現するトランスジェニックマウスは、ジャクソン研究所 から供給を受けた。すべての動物実験は、東北大学動物実験専門委員会の承認の上で 行われた(承認番号;2012医動262)。 (3)組織学・血液学的解析 肝臓中の脂質を染色するため、肝臓を凍結組織包埋剤(Tissue Tek)に包埋後、凍結 切片を作製し、オイルレッド O 染色液 (武藤化学)で染色した。ヘマトキシリンで対 比染色した。血漿アラニンアミノ基転移酵素(ALT)活性、トリグリセリド、コレス テロールの測定は、富士ドライケムを使用した。 (4)RNA 抽出・定量 PCR(qPCR) ISOGEN(Nippon Gene)を使用して RAN 抽出した。cDNA 合成は、抽出した RNA を鋳型とし、ランダムプライマーと Super-script III(Invitrogen)を使用して逆転写反応 により合成した。mRNA 発現量は、合成した cDNA を鋳型にして、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems)又は qPCR Master Mix(Nippon gene)試薬を使っ て反応させ、ABI 7300 system(Applied Biosystems)により定量した。NAD(P)H:キ 13 ノン酸化還元酵素(Nqo1)、グルタミン酸システインリガーゼ触媒サブユニット(Gclc)、 チオレドキシンレダクターゼ 1(Txnrd1) mRNA を検出するプライマーは、文献を参 照した 34) 。ヒポキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ(HPRT)を 内在性コントロールとして用いた。使用したプライマー配列は、表1に記した。 (5)マイクロアレイ解析 それぞれの遺伝子型の雌マウス3匹から RNA を抽出し、マイクロアレイ解析に使 用した。4×44K 全マウスゲノムオリゴマイクロアレイスライド(Agilent)にハイブリ ダイズし、洗浄後、マイクロアレイスキャナー(Agilent)で蛍光標識を読み込んだ。 データ処理は、GeneSpring GX(Silicon Genetics)を使用した。パスウェイ解析には、 Reactome パスウェイエンリッチメントツール(http://www.reactome.org)を使用した。 遺 伝 子 セ ッ ト 解 析 に は 、 Gene set enrichment analysis ( GSEA ) を 使 用 し た (http://www.broadinstitute.org/gsea) 。ヒートマップ図は、Cluster 3.0 でクラスタリング 後、その結果を JAVA Treeview(http://jtreeview.sourceforge.net/)で作製した。発現デー タは、データベース(GEO; accession number. GSE35124)に登録した。 (6)メタボローム解析 6 週齢の雌マウスの肝臓を分取後、液体窒素で組織を凍結した。メタノール中で破 砕し、水層をキャピラリー電気泳動飛行時間質量分析計(Agilent Technologies)により 14 解析した。ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社で受託解析を実施した 35)。 (7)ChIP 解析 肝臓組織又は細胞を 1%ホルムアルデヒドで 10 分間固定した後、0.125M グリシンで 反応停止した。固定化した細胞を溶解後、核抽出物を超音波破砕して DNA を断片化し た。断片化 DNA に抗体を加え、4˚C で一晩反応させた。免疫沈降物を洗浄し、65˚C で 脱クロスリンクした。精製した DNA は、qPCR により解析した。抗体は、抗 Nrf1 抗体 (Santa Cruz; sc-13031)、抗 Nrf2 抗体(Santa Cruz; sc-13032)、抗 MafG 抗体(自作)36)、 抗 CBP 抗体 (Santa Cruz; sc-369X)、ラビット IgG(Santa Cruz sc-2027)を使用した。 濃縮率(% input)は、インプット DNA の値から算出した。使用したプライマーの塩 基配列は、表1に記した。 (8)細胞培養と安定発現細胞株の作製 マウス肝癌細胞株Hepa1c1c7(Hepa1)は、10%牛胎仔血清と1%ペニシリン-ストレ プトマイシン(Gibco)を含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM (Wako))で培養 した。Lipofectamine 2000(Invitrogen)でNrf1 shRNA発現ベクターをHepa1細胞に導入 し、ピューロマイシンの終濃度が2µg/mlになるように添加して、選択培養した。コロ ニーは、クローニングリングで分取した。Nrf2活性化のため、Hepa1細胞にマレイン酸 ジエチル(DEM)を終濃度で100µM加え、4又は6時間後に細胞を回収した。 15 (9)ルシフェラーゼ解析 Hepa1 細胞を 24 ウェルプレートに 1 ウェルあたり 2×105 細胞数で播種した。ルシフ ェラーゼベクターと Nrf1 発現ベクター、pRL-TK(Promega)を Lipofectamine 2000 (Invitrogen)を使って Hepa1 細胞に導入した。ルシフェラーゼ活性は、トランスフェ クションして 24 時間後に発光測定装置(Berthold)で測定した。ホタルルシフェラー ゼ活性は、ウミシイタケルシフェラーゼ活性で補正した。 (10)ゲルシフト法(EMSA) 精製蛋白質は、6xHis-Nrf1 CT、6xHis-Nrf2 CT 37) 、6xHis-MafG 1–123 37) 発現ベクタ ーを大腸菌BL21 Codon Plus(DE3)-RIL(Stratagene)に形質転換し、イソプロピルチ オガラクトシド(IPTG)で蛋白質を発現誘導後、ニッケル-ニトリロ三酢酸(Ni-NTA) アガロース(QIAGEN)で作製した。プローブは、5’末端にビオチン標識したセンス鎖 オリゴヌクレオチドに、相補的なアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドを会合させて作 製した。競合反応には、標識オリゴDNAに対して200倍の非標識オリゴDNAを加えた。 サンプルを、室温で20分間反応させ、5%トリス/ホウ酸/EDTA(TBE)ポリアクリルア ミドゲルで電気泳動後、Zeta Probeナイロン膜 (Bio-Rad)に転写した。蛋白質-DNA複 合体は、LightShift EMSA Kit(Thermo Fisher Scientific)を使用して、化学発光により検 出した。EMSAに用いたオリゴDNAの配列は、表1に示す。 16 5. 研究結果 (1)Nrf1 肝臓特異的欠失マウスは Nrf1 欠損に伴い速やかに脂肪肝と肝障害を示す Nrf1 肝臓特異的欠失マウスは、脂肪肝を発症することが知られている 27,28)。しかし、 Nrf1 遺伝子欠失に伴う病態変化は、十分に解析されていない。これまで、Nrf1 条件付 きノックアウトマウスの解析には、Nrf1 DNA 結合領域を含む第 4 エクソンを loxP 配 列で挟んだ遺伝子座を持つマウス(Nrf1-floxed)が用いられてきた 28)(図. 1)。しかし、 本マウスの遺伝子座は、ネオマイシン耐性遺伝子カセット(Neo)を含むため、Nrf1 遺伝子発現に影響する可能性がある。そこで、本解析では、Neo を除いた遺伝子座 (Deleted neomycin; 以下 dN と表記する)を持つマウスを使用した(図. 1)。dN アレル を持つ Nrf1 条件付きノックアウトマウスとアルブミンプロモーター制御下で Cre 組み 換え酵素を発現するトランスジェニックマウスを交配し、肝細胞特異的に Nrf1 を欠失 するマウスを作製した。肝臓特異的 Nrf1 欠失マウス(Nrf1 CKO; Nrf1dN/−:Alb-Cre)に おいて、肝臓中の Nrf1 mRNA 量は、4 週齢時に有意に減少した(図. 2A)。Nrf1 CKO マウス血漿中の肝逸脱酵素 ALT 活性は、コントロールマウス(Nrf1dN/+)に比べて、4 週齢で上昇しはじめ、6 週齢で有意に上昇した(図. 2B)。Nrf1 CKO マウスの血漿トリ グリセリド量とコレステロール量は、コントロールマウスと比べて有意な差はなかっ た(図. 2C)。また、Nrf1 CKO マウス肝臓において、脂肪滴の蓄積は、3 週齢では観察 17 されないが(図. 2D-E)、5 週齢で認められた(図. 2F-G)。これらの結果は、Nrf1 遺伝 子の欠失に伴い、速やかに肝臓の脂肪代謝異常が起こることを示している。 Nrf1 欠失により発現変化する遺伝子群を同定するため、Nrf1 CKO マウスとコントロ ールマウスの肝臓を用いてマイクロアレイ解析を行った。代謝関連遺伝子の発現は、 日内変動を示すことから 38) 、解剖時間を合わせて肝臓を摘出した。その結果、コント ロールマウスと比べて、Nrf1 CKO マウス肝臓で発現上昇した遺伝子を約 1500 個、発 現減少した遺伝子を約 1700 個同定した。同定した遺伝子群の機能を分類するため、デ ータベース(Reactome を使用した)を利用して、遺伝子オントロジー解析を行った 39)。 以前の報告に一致して 29,30)、Nrf1 CKO マウス肝臓では、プロテアソーム関連遺伝子の 発現が減少した(図. 3A)。さらに、Nrf1 CKO マウスの肝臓では、脂質代謝やアミノ酸 代謝、トリカルボン酸(TCA)回路、ミトコンドリア呼吸鎖に関連する遺伝子発現が 減少した(図. 3A、表 2)。したがって、Nrf1 の欠失は、広範な代謝関連遺伝子の発現 量を減少させた。一方、発現が上昇した遺伝子には、細胞周期や DNA 複製に関係する 遺伝子が含まれていた(図. 3A、表 2)。この結果は、Nrf1 が細胞増殖を直接的に抑制 する機能を持つ可能性を示している。 上記の結果をさらに検証するため、全てのマイクロアレイ解析データを Gene Set Enrichment Analysis(GSEA)により解析した。上述の結果に一致して、Nrf1 欠失した 18 肝臓では、アミノ酸代謝、ミトコンドリア呼吸鎖に関係する遺伝子群が減少し、細胞 周期に関連する遺伝子群が増加した(図. 3B)。こうした遺伝子群の発現変化が代謝反 応に影響するのか解析するため、メタボローム解析を実施し、代謝産物を測定した。 Nrf1 CKO マウス肝臓では、複数のアミノ酸量が上昇し(図. 4A、表 3)、TCA 回路の代 謝産物が減少した(図. 4B、表 3)。以上の結果は、Nrf1 がアミノ酸代謝や TCA 回路に 関連する遺伝子発現を制御し、代謝反応を調節することを示している。 マイクロアレイ解析より、Nrf1 CKO マウス肝臓では、一群の PPARα 標的遺伝子が 減少することが示された 40)(表 2)。そこで、一部の PPARα 標的遺伝子の発現量を qPCR で解析したところ、Nrf1 CKO マウスでは、Acox1、 Hadh、 Akr1d1、 Hmgcs2、 Fads1 の遺伝子発現が減少していた(図. 3C)。この結果は、Nrf1 が欠失した肝臓において、 PPARα を介した遺伝子発現制御が不全になっていることを示唆している。また、Nrf1 が欠失した肝臓では、いくつかのメチオニン代謝に関係する遺伝子群(Mat1a、Ahcy、 Gnmt、Nnmt)の発現も減少していた(図. 3 D)。以上の結果は、Nrf1 が脂質やアミノ 酸代謝経路に関係する遺伝子発現を制御することを示している。 (2)Nrf1 欠失で発現変化する遺伝子群は Nrf2 欠失では大きな変化を認めない Nrf1 と Nrf2 は、共通したファミリーに属するため、同じ遺伝子群を制御する可能性 19 がある 41)。この点を検証するため、Nrf2 遺伝子欠損マウス(Nrf2 KO; Nrf2–/–)と、Nrf2 が恒常的に活性化している Keap1 ノックダウンマウス(Keap1 KD; Keap1flox/–)の肝臓 を用いてマイクロアレイ解析を行い、Nrf1 が欠損した時の遺伝子発現変化と比較した (図. 5A)。Nrf1 CKO マウス肝臓中で発現変化が認められた大部分の遺伝子群は、Nrf2 KO マウスや Keap1 KD マウスの肝臓中において発現変化しなかった(図. 5B-C)。次に、 Nrf1 CKO マウスで発現減少した代謝関連遺伝子が、Nrf2 KO マウスや Keap1 KD マウ スで発現変化するのか解析した。その結果、脂質代謝やアミノ酸代謝、プロテアソー ム分解、TCA 回路、ミトコンドリア呼吸鎖遺伝子の発現量は、Nrf2 KO マウスや Keap1 KD マウス肝臓において顕著な変化は認められなかった(図. 5D)。一方、Nrf2 標的遺 伝子の発現は、Nrf2 KO マウスで減少し、Keap1 KD マウスで上昇していたが、Nrf1 遺 伝子欠失マウスでは有意に減少しなかった(図. 5E)。以上の解析から、Nrf1 と Nrf2 は、 肝臓では異なる標的遺伝子を制御することが示された。 (3)Nrf1 は代謝酵素遺伝子発現に重要な転写共役因子を制御する Nrf1 欠失により、広範な代謝経路が影響を受けていたため、転写制御因子に着目し た。マイクロアレイ解析から、Nrf1 CKO マウス肝臓では、代謝酵素遺伝子の転写活性 化因子である PPARα、Lipin1、PGC-1β の発現量が減少することを見出した。そこで、 20 脂質代謝制御の鍵となる転写因子や転写共役因子の遺伝子発現量を qPCR により検証 した。マイクロアレイ解析結果に一致して、6 週齢の Nrf1 CKO マウス肝臓では、PPARα、 Lipin1、PGC-1β 遺伝子発現量が減少したが、別の脂質代謝制御因子である SREBP1 や PGC-1α 発現量に大きな変化はなかった(図. 6A)。また、PPARγ 遺伝子発現量は、Nrf1 CKO マウスで上昇していた(図. 6A)。同様の結果は、重篤な脂肪肝を示さない 4 週 齢のマウスの肝臓においても得られた(図. 6A)。 Nrf1 は、転写を活性化する転写因子であるため、Nrf1 欠失により発現減少した遺伝 子について詳細な解析を進めた。Nrf1 CKO マウスは、肝障害や脂肪肝を発症するため (図. 2B、F-G)、PPARα、Lipin1、PGC-1β 遺伝子発現減少が二次的影響によって起き た可能性がある。そこで、Nrf1 は、これら遺伝子を直接制御することを示すため、Hepa1 細胞に Nrf1 shRNA を導入した安定発現細胞株を作製し、遺伝子発現量を qPCR で解析 した。この安定発現細胞株では、内在性 Nrf1 mRNA が減少したが、Nrf2 mRNA は大き な変化は認められなかった(図. 6B)。上述のマウスを用いた結果に一致して、PPARα、 Lipin1、PGC-1β の発現量は、Nrf1 ノックダウンにより減少した(図. 6B)。また、Nrf2 標的遺伝子である Nqo1、Txnrd1 の発現量は、有意に変化しなかった(図. 6B)。以上 の結果は、PPARα、Lipin1、PGC-1β 遺伝子は、Nrf1 の標的遺伝子であることを示唆し ている。 21 (4)Nrf1 と MafG は Lipin1 と PGC-1β 遺伝子の制御領域に結合する Nrf1がPPARα、Lipin1、PGC-1β遺伝子発現を直接的に制御する可能性を検証するた め、これらの遺伝子座にARE配列が存在するか検索した。これら遺伝子の制御領域内 には、Nrf1が結合する候補のARE配列が存在した(図. 7A)。Nrf1とMafGは、これら のARE配列に結合するか調べるため、ChIP-qPCR解析を行った。Nrf1は、Lipin1のプロ モーターと遺伝子間領域、PGC-1βの遺伝子間領域に存在するARE配列に結合したが、 PPARαのプロモーターと3’非翻訳領域にあるARE配列には結合しなかった(図. 7B)。 MafGは、今回解析したすべてのARE配列に結合した(図. 7C)。特に、MafGは、Lipin1 とPGC-1β遺伝子の遺伝子間領域に存在するARE配列に強く結合した。これらのARE配 列は、両側にGCボックスが含むMaf認識配列(MARE)であるため(図. 7A)、MafG が強い結合親和性を示したと考えられる42,43)。したがって、Nrf1-MafGヘテロ2量体は、 ARE配列に結合してLipin1とPGC-1β 遺伝子発現を制御することが示唆された。 (5)Nrf1 は Lipin1 と PGC-1β 遺伝子の ARE 配列に結合して転写活性化する Nrf1 は、Lipin1 と PGC-1β 遺伝子の ARE 配列を介して転写活性化するか解析するた め、レポーター解析を行った。レポーター活性は、Lipin1 又は PGC-1β のイントロン内 の ARE 配列を含む構築を用いた時に、Nrf1 過剰発現により上昇した(図. 8A)。一方、 22 Lipin1 プロモーター内の ARE 配列を含む構築を用いた場合、レポーター活性は、定常 レベルでも上昇し、Nrf1 過剰発現により更なる上昇は認められなかった(図. 8A)。以 上の結果は、Nrf1 が Lipin1 と PGC-1β イントロン内の ARE 配列に結合し、転写を活性 化することを示している。 次に、Nrf1-MafG ヘテロ2量体は、Lipin1、PGC-1β の ARE 配列に対して特異的に 結合するか調べるため、EMSA 解析を行った。また、これら ARE 配列に対する Nrf1 と Nrf2 の結合特異性を評価するため、Nrf2 の精製タンパク質を精製し、EMSA 解析に より比較をした。Nrf1-MafG 及び Nrf2-MafG ヘテロ2量体は、Lipin1 イントロン及び PGC-1β イントロンの ARE 配列に結合した(図. 8B)。また、その結合の強さは、Nrf2 の標的遺伝子である Nqo1 の ARE 配列に対する結合レベルと同程度であった。一方、 Nrf1-MafG ヘテロ2量体は、Nqo1 の ARE 配列に比べて、Lipin1 プロモーターの ARE 配列に弱く結合した(図. 8B)。さらに、先述の解析結果に一致して(図. 7C)、MafG ホモ2量体は、Lipin1 と PGC-1β のイントロン内の ARE 配列に強い親和性を示した(図. 8B)。ARE 配列に対する結合特異性を調べるため、非ビオチン化オリゴ DNA を用いた 競合阻害試験を行った。ゲルシフトしたバンドは、過剰量の非ビオチン化野生型オリ ゴを加えると消失したが、GC ボックスに変異を加えた非ビオチン化変異型オリゴでは 消失しなかった(図. 8C)。以上の試験管内の解析から、Nrf1-MafG と Nrf2-MafG ヘテ 23 ロ2量体は、Lipin1 プロモーターとイントロン、PGC-1β イントロンの ARE 配列に結 合し得ることを示した。 (7)Nrf2 は Lipin1 と PGC-1β 遺伝子発現制御に関与しない Nrf1 と Nrf2 は、Lipin1 と PGC-1β イントロン内の ARE 配列に対して結合した(図. 8B)。 そのため、Nrf2 が Lipin1 と PGC-1β 遺伝子の発現制御に関わるか検討した。Nrf2 活性 化剤である DEM を Hepa1 細胞に処理し、遺伝子発現を qPCR で調べた。Nrf2 標的遺 伝子の Nqo1 と Gclc 発現量は、DEM 処理で上昇したが、Lipin1 と PGC-1β 発現量は上 昇しなかった(図. 9A 左図)。同様に、Keap1 KD マウス肝臓では、Nqo1、Gclc 発現 量が上昇したが、Lipin1、PGC-1β 発現量に大きな変化は認められなかった(図. 9A 右 図)。この結果に一致して、DEM 処理した Hepa1 細胞および Keap1 KD マウスの肝臓 において、Nrf2 は、Nqo1 プロモーターの ARE 配列に結合したが、Lipin1、PGC-1β の ARE 配列には結合しなかった(図. 9B)。一方、MafG は、Nqo1 の ARE 配列だけでな く、Lipin1 や PGC-1β の ARE 配列にも結合した(図. 9C)。したがって、Nrf2 は、ク ロマチン構造を持たない裸のオリゴ DNA を用いた場合には、Lipin1、PGC-1β 遺伝子 の ARE 配列に結合し得るが、生体内ではそれら遺伝子座の ARE 配列には結合できず、 発現制御には積極的に関らないことが示された。以上の結果から、Nrf1 と Nrf2 は、Lipin1 24 と PGC-1β 遺伝子制御領域への異なる結合親和性を持ち、独自の標的遺伝子の発現を 制御することを示した。 25 6. 考察 Nrf1 肝臓特異的欠失マウスは脂肪肝を示すが 27,28)、Nrf1 がどのような機序で脂質代 謝系を制御しているのかは、十分に明らかではなかった。マウス肝臓では、Nrf1 欠失 に伴い、代謝経路の破綻をきたすことを明らかにした。Nrf1 欠失マウスの肝臓を用い た網羅的発現解析により、広範な代謝制御遺伝子群は、Nrf1 欠失により発現低下する ことが示された。その中でも、脂質代謝に関わる転写共役因子の発現減少に注目した。 Nrf1 は、Lipin1 と PGC-1β の遺伝子発現制御に直接関わるが、一方、Nrf2 はこれら遺 伝子の発現制御に貢献しなかった。以上の解析から、Nrf1 は、Nrf2 とは異なる機能を 持ち、脂質代謝酵素遺伝子群の調節に重要な転写共役因子を制御することが示された。 遺伝子発現解析から、Nrf1 欠失により様々な細胞機能が影響を受けることを明らか にした。特に、脂質代謝、アミノ酸代謝、ミトコンドリア呼吸鎖に関連する遺伝子発 現は、Nrf1 の欠失により減少した(図. 5D)。この結果から、Nrf1 は、脂質代謝やアミ ノ酸代謝、プロテアソーム関連遺伝子を制御し、脂質や蛋白質の異化反応を促進して、 エネルギー調節をすると考えられる。しかし、このような遺伝子発現変化は、Nrf1 欠 失による代償的な変化である可能性が残る。そのため、Nrf1 が直接制御する標的遺伝 子の全体像を解明するためには、ChIP-seq 解析により Nrf1 結合部位を網羅的に同定す ることが重要だと考えられる。 26 本研究により、Nrf1 は、Lipin1、PGC-1β 遺伝子の発現を直接制御することを明ら かにした。Lipin1 遺伝子は、脂肪肝を示す突然変異体マウス(このマウスは fld マウス と呼ばれている)のポジショナルクローニング法により同定された 44) 。Lipin1 は、細 胞質でホスファチジン酸脱リン酸化酵素として働く。こうした機能の以外に、Lipin1 は、核内で PPARα/PGC-1α 制御系の転写共役因子として働き、脂肪酸酸化反応を活性 化する 45) 。Lipin1 機能不全のマウスは、脂質代謝関連蛋白質発現が低下し、新生仔期 に脂肪肝を発症する 46) 。したがって、Lipin1 は、脂質代謝制御のレギュレーターとし て機能すると考えられる。PGC-1β は、転写因子 estrogen-related receptor alpha(ERRα) や nuclear respiratory factor 1 の共役因子として働く 47)。これらの転写因子は、ミトコン ドリア生合成やミトコンドリア呼吸鎖を制御することが知られている 48) 。PGC-1β 遺 伝子欠失マウスは、ミトコンドリア酸化的リン酸化に関わる遺伝子群の発現が低下す るため、高脂肪食負荷により脂肪肝を発症することが分かっている 47,49,50) 。したがっ て、肝臓特異的 Nrf1 マウスでは、Lipin1 や PGC-1β の遺伝子発現量が低下し、PPARα、 ERRα、nuclear respiratory factor 1 の転写活性が全体的に低下することで、脂質代謝やミ トコンドリア呼吸鎖関連の遺伝子発現量が減少し、脂肪肝を発症する可能性が示唆さ れた。 Nrf1 遺伝子を欠失した肝臓では、代謝を調節する2つの転写共役因子の発現が減少 27 したが、他にも脂質代謝異常を助長する可能性が考えられた。例えば、メチオニン・ コリン欠乏食を摂取したマウスは脂肪肝を発症するため、51)、メチオニン代謝系の異 常は、脂肪肝の進行に関係すると考えられる。メチオニン代謝経路に関わる Mat1a と Gnmt 遺伝子の発現は、Nrf1 肝臓特異的欠失マウスで減少した(図. 3D)。Mat1a 又は Gnmt 遺伝子を欠失したマウスは、メチオニン代謝経路の障害により脂肪肝を発症する ことが知られている 52,53) 。しかし、メタボローム解析により、肝臓中のメチオニンや S-アデノシルメチオニンの代謝物量は、Nrf1 欠失により大きな変化が示されなかった (表 3)。そのため、Nrf1 欠失によるメチオニン代謝遺伝子発現制御の破綻と脂肪肝発 症との関連性については、今後の更なる解析が必要だと考えられる。 Nrf1 と Nrf2 は、類似した機能を持つことが報告されている 41)。一方、Nrf1 と Nrf2 は、異なる機能を持つというモデルも提唱されている 28) 。このモデルを支持するもの として、肝臓で Nrf1 がメタロチオネイン遺伝子発現を特異的に制御することを報告が ある 28) 。同様に、本研究から、Nrf1 は Lipin1、PGC-1β 遺伝子発現制御に関わるが、 Nrf2 は関与しないことが実証された(図. 9)。興味深いことに、EMSA 解析では、Nrf1 と Nrf2 は Lipin1、PGC-1β 遺伝子の ARE 配列に結合したが(図. 8B)、一方、ChIP 解 析により Nrf1 のみが特異的にそれらの ARE 配列に結合することを見出した(図. 7B、 9B)。これらの結果は、クロマチン構造を取らない裸の DNA を使った実験系では、転 28 写因子の結合特異性が決まらないが、ヒストンを巻いた高次構造を持つゲノムの DNA 配列認識では特異性が生じることを示す。以上の結果から、ARE 配列への結合特異性 を生み出す原理には、いくつかの可能性が考えられる。結合特異性を決定する要因と して、 (1)ARE 配列内又はその周辺に微妙な塩基配列の違いがある、 (2)Nrf1 と Nrf2 に結合する転写複合体やコファクターの差異(3)ヒストン修飾や DNA メチル化など エピゲノム変化により特異性が規定されることが考えられ、今後検証する必要がある。 この点が解明できれば、同じファミリーに属する転写因子の機能的差異を生み出す基 本原理を提唱できると期待される。 29 7. 結論 本研究から、Nrf1 遺伝子を欠失した肝臓では、脂質代謝、アミノ酸代謝などの多様 な代謝機能が異常になることが示された。また、Nrf1 が脂質代謝制御に重要な転写共 役因子 Lipin1、PGC-1β 遺伝子の発現を制御する新規の調節因子であることを実証した。 さらに、Nrf1 と Nrf2 は、肝臓で異なる遺伝子の転写制御をして、独自の機能を果たす ことが示された。 30 8.図 図. 1 ネオマイシン耐性遺伝子欠失(dN)アレルを持つ Nrf1 条件付きノックアウト マウスの作製 Nrf1 野生型(WT)、Nrf1-floxed、ネオマイシン遺伝子欠失(dN)、Nrf1 欠失(KO)それぞ れの遺伝子構造について示す。全身性に Cre 組換え酵素を発現する Ayu1-Cre トランスジェ ニックマウスと Nrf1-floxed マウスを交配して、ネオマイシン耐性遺伝子を除去した。 31 図. 2 Nrf1 欠失は脂肪肝と肝機能障害を引き起こす (A)3、4、6 週齢のコントロールマウス(Control; Nrf1dN/+)と Nrf1 肝臓特異的欠失マウ ス(CKO; Nrf1dN/–:Alb-Cre)の肝臓における Nrf1 mRNA 発現量を qPCR で解析した。(B) コントロールマウスと Nrf1 CKO マウスの血漿中の ALT 活性。(C)Nrf1 CKO マウスの血 漿トリグリセリド値(TG)と血漿コレステロール値(TCHO)を示す。データは 3 個体の 平均値と標準偏差を示す。スチューデント t 検定により p 値を求めた(*p < 0.05、**p < 0.01)。 U はユニットを示す。 (D-G)3 週齢(D-E)と 5 週齢(F-G)のコントロールマウスと Nrf1 CKO マウスの肝臓のオイルレッド O 染色。目盛尺は 100 µm を示す。 32 図. 3 Nrf1 欠失により多様な代謝経路に関わる遺伝子群の発現変化をマイクロアレ イ解析で同定した (A)Nrf1 CKO マウス肝臓で上昇または減少した遺伝子群のオントロジー解析。Reactome パスウェイ解析を利用して、有意に濃縮される遺伝子群を示した。全ての遺伝子リストは、 表 2 に表記した。 (B)脂肪酸代謝、酸化的リン酸化、細胞周期の分類に属した GSEA ヒス トグラム図。名目上 p 値が 0.001 以下の分類を示した。下部のプロットは、マイクロアレ イ解析で得た遺伝子発現量を示す。左側(赤色)が減少した遺伝子、右側(青色)が上昇 した遺伝子を示す。 (C)PPARα 標的遺伝子(Acox1、Hadh、Akr1d1、Hmgcs2、Fads1)の 発現量を qPCR で解析した(D)メチオニン代謝関連遺伝子(Mat1a、Ahcy、Gnmt、Nnmt) の発現量を qPCR で解析した。RNA サンプルは 6 週齢のコントロールマウスと Nrf1 CKO マウスの肝臓から抽出した。データは 3 個体の平均値と標準偏差を示す。スチューデント t 検定により p 値を求めた(*p < 0.05、 **p < 0.01)。コントロールマウスの発現量を 1 とし た。 33 図. 4 Nrf1 欠失した肝臓のメタボローム解析 (A、B)コントロール(control; Nrf1dN/dN)と Nrf1 CKO(Nrf1dN/dN:Alb-Cre)マウス肝臓中 の代謝産物量。相対的なのアミノ酸濃度(A)と TCA 経路の代謝産物 (B)データは 3 個 体の平均値と標準偏差を示す。スチューデント t 検定により p 値を求めた(*p < 0.05、 **p < 0.01)。 34 図. 5 Nrf1 欠失、Nrf2 欠失、Keap1 ノックダウンマウス肝臓中の遺伝子発現プロファ イルの差異 (A)マイクロアレイ解析に使用した遺伝子型を示す。(B)Nrf1 CKO マウスで発現変化 (≥1.5-fold change、 p≤0.05)した遺伝子とそれに対応する Nrf2 欠失マウス及び Keap1 ノッ クダウンマウスの遺伝子群のヒートマップ図。(C)Nrf1 CKO マウス、Nrf2 欠失マウスで 減少した遺伝子群と、Keap1 ノックダウンマウスで上昇した遺伝子群が重複を示したベン 図。 (D、E)Nrf1 CKO マウスで発現変化した遺伝子群のヒートマップ図。遺伝子群は機能 的にそれぞれ脂質代謝(アスタリスクは PPARα の標的遺伝子を示す)、アミノ酸代謝、プ ロテアソームサブユニット、TCA 回路、ミトコンドリア呼吸鎖、抗酸化・解毒酵素(Nrf2 標的遺伝子)に区分した。Nrf2 欠失、Keap1 ノックダウンマウスの発現データも合わせて 示す。ヒートマップの色は、それぞれのコントロールマウスに対する log(2)倍率変化の 値を示す。 35 図. 6 Nrf1 欠失した肝臓における脂質代謝制御転写因子群の発現変化 (A)4 週齢と 6 週齢のコントロール(Control; Nrf1dN/+)と Nrf1 CKO(CKO; Nrf1dN/–:Alb-Cre) マウス肝臓中の mRNA 発現量を qPCR で解析した。データは 3 個体の平均値と標準偏差を 示す。(B)Nrf1 ノックダウンにより PPARα、Lipin1、PGC-1β の発現量が減少する。コン トロール shRNA(Control)と Nrf1 shRNA(KD)を安定的に発現する Hepa1 細胞株を作製 し、5 つの独立したクローン細胞株から mRNA 発現量を qPCR で解析した。データは 5 つ の細胞株の平均値と標準偏差を示す。スチューデント t 検定により p 値を求めた(*p < 0.05、 **p < 0.01)。コントロールの発現量を 1 とした。 36 図. 7 Nrf1 と MafG は Lipin1 と PGC-1β 遺伝子の ARE 配列に結合する (A)PPARα、Lipin1、PGC-1β 遺伝子座に存在する ARE 配列と、MARE 配列及び ARE 配 列のコンセンサス配列を示す。染色体番号と位置情報をマウスゲノムデータベース (NCBI37/mm9)にしたがって表記した。 (B、C)Hepa1 細胞のクロマチン抽出液を使って 抗 Nrf1 抗体、抗 MafG 抗体で ChIP-qPCR 解析した。IgG は陰性対照として使用した。ARE 配列を挟むプライマーを使って qPCR で濃縮率を解析した。ARE 配列は PPARα プロモー ター(P)、PPARα 3’ UTR(U)、Lipin1 プロモーターとイントロン(I)、PGC-1β イントロ ンに存在する。データは 3-6 回の独立した実験の平均値と標準偏差を示す。スチューデン ト t 検定により p 値を求めた(*p < 0.05、 **p < 0.01)。 37 図. 8 Nrf1 は Lipin1 と PGC-1β 遺伝子の ARE 配列に結合して転写を活性化する (A)Hepa1 細胞に ARE 配列を含むルシフェラーゼレポーター構築と Nrf1 発現ベクター を共発現した。データは 3 回の独立した実験の平均値と標準偏差を示す。縦軸は相対的な ルシフェラーゼ活性を示す(RLU)。Nrf1 発現ベクターを導入しないルシフェラーゼ活性 を1とした。(B)ARE 配列を含むビオチンラベルしたプローブを使って EMSA 解析をし た。MafG と Nrf1 または Nrf2 蛋白質をプローブと混合し、DNA-蛋白質複合体とフリープ ローブを電気泳動で分離した。(C)MafG と Nrf1 または Nrf2 蛋白質を 200 倍のモル比の 非標識プローブと混合して競合反応をした。野生型(W)と変異型(M)ARE 配列と MARE 配列を図中に示す。下線部分が変異を加えた塩基を示す。白抜きの矢じり(◁)、黒色の矢 じり(◀)、矢印(←)はそれぞれ、Nrf1-MafG ヘテロ2量体、Nrf2-MafG ヘテロ2量体、 MafG ホモ2量体と DNA との複合体を示す。 38 図. 9 Nrf2 は Lipin1、PGC-1β 遺伝子発現制御に関与しない (A)Nqo1、Gclc、Lipin1、PGC-1β の遺伝子発現変化。100µM DEM とジメチルスルホキ シド(DMSO:Veh と表記)を処理した Hepa1 細胞での変化(左図)、Keap1 KD マウス肝 臓における発現変化(右図)。mRNA 発現量は qPCR で解析した。データは 3 回の独立し た実験の平均値と標準偏差を示す。 (B、C)100µM DEM と DMSO(Veh)を処理した Hepa1 細胞のクロマチン液を使った ChIP-qPCR 解析(左図)と Keap1 KD マウス肝臓を用いた ChIP-qPCR 解析(右図)。抗体は、抗 Nrf2 抗体(B)と抗 MafG 抗体(C)を使用した。IgG は陰性対照として使用した。免疫沈降した DNA の濃縮率は、Nqo1 プロモーター、Lipin1 プロモーターとイントロン、PGC-1β イントロン中のそれぞれの ARE 配列を挟むプライマ ーを使って、qPCR で解析した。トロンボキサン合成酵素(Txs)の第 3 イントロンは、陰 性対照として測定した。データは 3-4 回の独立した実験の平均値と標準偏差を示す。スチ ューデント t 検定により p 値を求めた(*p < 0.05、 **p < 0.01)。 39 9. 表 表 1. qRT-PCR、ChIP-qPCR、EMSA 解析に使用したオリゴ DNA 配列 Name Primers used for qRT-PCR Acox1 forward Acox1 reverse Ahcy forward Ahcy reverse Akr1d1 forward Akr1d1 reverse Fads1 forward Fads1 reverse Gnmt forward Gnmt reverse Hadh forward Hadh reverse Hmgcs2 forward Hmgcs2 reverse Hprt forward Hprt probe Hprt reverse Lipin1 forward Lipin1 probe Lipin1 reverse Mat1a forward Mat1a reverse Nnmt forward Nnmt reverse Nrf1 forward Nrf1 probe Nrf1 reverse Nrf2 forward Nrf2 probe Nrf2 reverse PGC-1α forward PGC-1α reverse PGC-1β forward PGC-1β probe PGC-1β reverse PPARα forward PPARα probe PPARα reverse PPARγ forward PPARγ reverse SREBP1 forward SREBP1 reverse Primers used for ChIP-qPCR Lipin1 intron forward Lipin1 intron reverse Lipin1 promoter forward Sequence 5’-GCCCAACTGTGACTTCCATC-3’ 5’-CCAGGACTATCGCATGATTG-3’ 5’-GAGAACGCGGTGGAGAAAG-3’ 5’-CGCCCATTCTTTAGCCAGTA-3’ 5’-AGGCCATCAGAGAAAAGATAGC-3’ 5’-CATTGATGGGACATGCTCTG-3’ 5’-AACATGCACCCCCTCTTCTT-3’ 5’-TGGTTGTATGGCATGTGCTT-3’ 5’-GCTGGACGTAGCCTGTGG-3’ 5’-CACGCTCATCACGCTGAA-3’ 5’-TGAAGCTGAAGAACGAGCTG-3’ 5’-TTGCTGGCAAAGATGGTGT-3’ 5’-TTTTCATTCCGAGTGTCCAA-3’ 5’-CACACTAGACACCAGTTTCTCCA-3’ 5’-CTGGTGAAAAGGACCTCTCG-3’ 5’-FAM-ATCCAACAAAGTCTGGCCTGTATCCAAC-TAMRA-3’ 5’-TGAAGTACTCATTATAGTCAAGGG-3’ 5’-TCCCAGTTCGGACAGAGAAT-3’ 5’-FAM-TCCCCCAGCCCCAGCAG-TAMRA-3’ 5’-GGAGTCCTCTGGCAATCTACC-3’ 5’-TCTGAGGCGCTCTGGTGT-3’ 5’-CCTGCATGTACTGAACTGTTACCT-3’ 5’-TGTGATCTTGAAGGCAACAGA-3’ 5’-CTTGATTGCACGCCTCAAC-3’ 5’-ACAGCAGTGGCAAGATCTCA-3’ 5’-FAM-TGGAAATGCAGGCTATGGAAGTAAATACAT-TAMRA-3’ 5’-GCAAGGCTGTAGTTGGTGCT-3’ 5’-CAAGACTTGGGCCACTTAAAAGAC-3’ 5’-FAM-AGGCGGCTCAGCACCTTGTATCTTG-TAMRA-3’ 5’-AGTAAGGCTTTCCATCCTCATCAC-3’ 5’-ACCGCAGTCGCAACATGCTCA-3’ 5’-GGAACCCTTGGGGTCATTTGGTG-3’ 5’-GACGTGGACGAGCTTTCACT-3’ 5’-FAM-TACAGAAGCTCCTCCTGGCCACAT-TAMRA-3’ 5’-GAGCGTCAGAGCTTGCTGTT-3’ 5’-GCTCCGAGGGCTCTGTCATC-3’ 5’-FAM-ACACCCTCTCTCCAGCTTCC-TAMRA-3’ 5’-GGGCAGCTGACTGAGGAAGG-3’ 5’-CATGCTTGTGAAGGATGCAAG-3’ 5’-TTCTGAAACCGACAGTACTGACAT-3’ 5’-GATGTGCGAACTGGACACAG-3’ 5’-GATAGGGGGCGTCAAACAG-3’ 5’-CAGAGGCACACTTGCTGAGT-3’ 5’-GTTAGCTCCATCTGTGTGGAATTA-3’ 5’-GCCCTAGGCAGTGTTTTGTC-3’ 40 Lipin1 promoter reverse Nqo1 promoter forward Nqo1 promoter probe Nqo1 promoter reverse PGC-1β intron forward PGC-1β intron reverse PPARα 3’ UTR forward PPARα 3’ UTR reverse PPARα promoter forward PPARα promoter reverse Txs intron3 forward Txs intron3 reverse Txs intron3 probe Oligonucleotides used for EMSA Lipin1 intron ARE WT forward Lipin1 intron ARE WT reverse Lipin1 intron ARE Mut forward Lipin1 intron ARE Mut reverse Lipin1 promoter ARE WT forward Lipin1 promoter ARE WT reverse Lipin1 promoter ARE Mut forward Lipin1 promoter ARE Mut reverse Nqo1 promoter ARE WT forward Nqo1 promoter ARE WT reverse Nqo1 promoter ARE Mut forward Nqo1 promoter ARE Mut reverse PGC-1β intron ARE WT forward PGC-1β intron ARE WT reverse PGC-1β intron ARE Mut forward PGC-1β intron ARE Mut reverse 5’-CCTCAGTTCTCTGGCTGAGTC-3’ 5’-GCACGAATTCATTTCACACGAGG-3’ 5’-FAM-AACGGATGGGCTCAAATTTTGC-TAMRA-3’ 5’-GGAAGTCACCTTTGCACGCTAG-3’ 5’-TAGATGCTTCTGGGCCTAGC-3’ 5’-CACAGACTGAGTGGGTGTAT-3’ 5’-ATCCTGGTGAGGGTTGAGC-3’ 5’-AAGCACTGAGGACTGGCTGT-3’ 5’-CCCACTTGGAGACTCATCATGGGGT-3’ 5’-AGGAAGGGATGCGTTTGCTCTGA-3’ 5’-GCAATAGGACTATCATGCGC-3’ 5’-ATGACAGGTCCAAACGAGAG-3’ 5’-FAM-GAAGATGCCTTCAAAGGACAAGTACCC-TAMRA-3’ 5’-CGCGGAGGCACACTTGCTGAGTCAGCACCCCGGGAGT-3’ 5’-CTAGACTCCCGGGGTGCTGACTCAGCAAGTGTGCCTC-3’ 5’-CGCGGAGGCACACTTTCTGAGTCAGAACCCCGGGAGT-3’ 5’-CTAGACTCCCGGGGTTCTGACTCAGAAAGTGTGCCTC-3’ 5’-CGCGTGCCGCTGAGCTGTGACTCAGCCAGAGAACTGA-3’ 5’-CTAGTCAGTTCTCTGGCTGAGTCACAGCTCAGCGGCA-3’ 5’-CGCGTGCCGCTGAGCTGTGACTCAGACAGAGAACTGA-3’ 5’-CTAGTCAGTTCTCTGTCTGAGTCACAGCTCAGCGGCA-3’ 5’-CGCGTCTAGAGTCACAGTGAGTCGGCAAAATTTGAGC-3’ 5’-CTAGGCTCAAATTTTGCCGACTCACTGTGACTCTAGA-3’ 5’-CGCGTCTAGAGTCACAGTGAGTCGACAAAATTTGAGC-3’ 5’-CTAGGCTCAAATTTTGTCGACTCACTGTGACTCTAGA-3’ 5’-CGCGGAGGGGAACATGCTGACTCAGCAGCTCCGAATA-3’ 5’-CTAGTATTCGGAGCTGCTGAGTCAGCATGTTCCCCTC-3’ 5’-CGCGGAGGGGAACATTCTGACTCAGAAGCTCCGAATA-3’ 5’-CTAGTATTCGGAGCTTCTGAGTCAGAATGTTCCCCTC-3’ 41 表 2. Nrf1 CKO マウス肝臓で変化のあった遺伝子群のオントロジー解析 Enriched events in downregulated genes in Nrf1 CKO mice p-value Name of Event / List of Genes 1.52E-18 Metabolism of amino acids and derivatives SLC38A4, SLC25A2, PSMD7, UROC1, ACADSB, PSMB1, MCCC2, GLS2, PAOX, PSMD4, HIBADH, IVD, TAT, PSMA6, GAMT, BBOX1, DLST, SLC3A1, SLC16A10, GPT2, HAAO, GCDH, BCKDHB, SLC38A3, FAH, PSMC2, PAH, SLC38A2, AFMID, PSMC6, GPT, AADAT, AGMAT, ALDH7A1, PSMA5, PSMC3, ASL, PSMC1, OTC, PSMD9, PSMB7, SHMT1, AGXT, PSMA7, AASS, SLC6A6, PSMD2, SLC6A12, PSMD3, PSMD12, ALDH6A1, HPD, OAZ1, SLC7A2, FTCD, ASS, HIBCH, QDPR, ARG1, TDO2, PSMB4 1.50E-07 Respiratory electron transport, ATP synthesis by chemiosmotic coupling, and heat production by uncoupling proteins. (Oxidative phosphorylation) NDUFV2, ATP5I, UQCR, SDHB, NDUFS7, ATP5C1, NDUFA5, UQCRH, NDUFB8, SDHA, NDUFA11, ATP5H, NDUFA1, NDUFB9, NDUFB5, NDUFA10, NDUFS8, NDUFA2, NDUFB7, NDUFA6, ATP5A1, NDUFA9, ATP5G1, ATP5J, ATP5E, NDUFB10 2.57E-06 Metabolism of lipids and lipoproteins * CYP17A1, SRD5A1, AGT, TM7SF2, PPM1L, STARD5, PEX11A, RXRA, MUT, ELOVL2, CPT1A, APOC3, SLC27A2, DGAT1, LIPE, GPAM, STAR, PRKAG2, DECR1, EBP, DGAT2, PRKAA2, ACSL1, ABCG8, SLC10A1, CYP39A1, MGLL, NCOR1, AKR1D1, ACOX1, DCI, CYP7B1, PRKACB, LCAT, LPIN1, APOA2, HADHSC, HSD3B2, PPARBP, PCCB, HMGCS2, FADS1, IDH1, SLC27A5, ABCC3, ACLY, ACAA1, SLC10A2, HSD11B1 2.69E-06 Proteasome cleavage of substrate (Proteasome subunit genes) PSMD7, PSMA5, PSMC3, PSMB1, PSMC1, PSMD9, PSMB7, PSMD4, PSMA7, PSMA6, PSMD2, PSMD3, PSMD12, PSMC2, PSMC6, PSMB4 2.61E-0.2 Pyruvate metabolism and Citric Acid (TCA) cycle DLST, PDHB, SDHB, IDH1, SDHA, PDK1, PDK2, IDH3B Enriched events in upregulated genes in Nrf1 CKO mice p-value Name of Event / List of Genes 2.41E-20 Cell Cycle, Mitotic RFC3, TUBA1, BUB1, AURKB, CDH1, CDC25B, RPA2, CKS1B, MCM3, MCM5, CDC6, ANAPC1, MCM6, LIG1, DNCLC1, XPO1, POLA2, SKP2, MCM2, CDC45L, PRKAR2B, PKMYT1, MCM4, CENPJ, CDK6, KIF18A, CDC20, CENPH, NEK2, NUP43, SEC13L1, KIF2C, BIRC5, KIF20A, RRM2, TUBB4, MLF1IP, PLK1, CCNB1, SGOL1, CDC7, AURKA, TSGA14, ANAPC4, CENPF, SGOL2, FEN1, INCENP, UBE2C, CDCA1, CENPE, KNTC1, TUBGCP2, BUB1B, NUP107, CDKN1A, MAD2L1, CCND1, E2F1, PLK4, ORC1L, RFC4, TUBA3, CCNA2, POLD1, FSHPRH1, CCNB2, CCNE2, CDC25C, POLE2, KNTC2, MCM7, E2F2, POLE, CDCA8, PRIM1 3.34E-13 DNA replication RFC3, KIF20A, MLF1IP, BUB1, PLK1, SGOL1, CDC7, AURKB, CDH1, CENPF, RPA2, MCM3, SGOL2, INCENP, FEN1, MCM5, CDC6, CDCA1, MCM6, LIG1, XPO1, CENPE, KNTC1, BUB1B, POLA2, NUP107, CDKN1A, MAD2L1, CDC45L, MCM2, ORC1L, RFC4, POLD1, FSHPRH1, MCM4, KIF18A, CDC20, POLE2, CENPH, KNTC2, MCM7, POLE, NUP43, CDCA8, SEC13L1, KIF2C, PRIM1, BIRC5 * PPARα target genes are underlined. 42 表 3. Nrf1 CKO マウス肝臓のメタボローム解析 Pathway / Metabolites 1 Amino acid Ala 2,678 Arg 8.3 Asn 101 Asp 534 Cys 1.4 Gln 3,575 Glu 1,063 Gly 2,701 His 685 Ile 120 Leu 297 Lys 1,133 Met 29 Phe 85 Pro 210 Ser 356 Thr 281 Trp 32 Tyr 77 Val 335 Amino acid metabolism / Amino acid derivative S-Adenosylmethionine 81 Anthranilic acid N.D. Betaine 668 Betaine aldehyde +H2O 22 Carnosine 1.1 Choline 187 Citrulline 58 Creatine 276 Creatinine 4.2 N,N-Dimethylglycine 31 GABA 18 Glutathione (GSH) 872 Glutathione (GSSG) divalent 1,461 Glycerol 3-phosphate 10,103 Glycolic acid N.D. Glyoxylic acid N.D. Homoserine 3.9 2-Hydroxybutyric acid 108 3-Hydroxybutyric acid 764 Hydroxyproline 20 Ornithine 389 2-Oxoisovaleric acid N.D. Putrescine 6.1 Sarcosine 27 Spermidine 114 Spermine 18 Tyramine N.D. Concentration (nmol/g of wet liver tissue) Control 1 Nrf1 CKO 2 2 3 1 2 3 2,375 5.9 100 1,627 N.D.3 5,213 1,922 2,252 671 114 183 635 22 67 151 340 215 27 80 202 2,454 9.1 103 1,070 0.8 4,734 1,425 2,371 599 148 222 866 21 86 162 364 260 30 91 274 2,766 28 158 531 2.2 4,826 2,148 2,859 651 195 414 1,175 24 150 259 445 410 41 156 399 2,336 18 127 563 N.D. 4,327 2,676 2,254 440 163 250 519 19 103 203 276 283 35 119 285 2,487 19 126 1,247 0.9 3,369 2,757 3,242 799 188 374 1,272 25 111 263 680 413 46 165 388 78 N.D. 896 26 1.1 174 42 161 4.3 37 27 81 1,708 4,286 N.D. N.D. 4.4 60 1,257 28 270 N.D. 5.8 53 111 23 N.D. 93 N.D. 698 26 2 208 52 188 5.2 35 22 602 1,477 6,438 N.D. N.D. 5 83 1,343 35 288 N.D. 6.7 34 99 17 N.D. 112 N.D. 967 17 1.7 237 56 280 4.5 65 41 1,039 1,801 6,435 N.D. N.D. 5.9 125 793 33 388 N.D. 17 73 125 14 N.D. 106 N.D. 512 12 1.3 281 45 154 4 44 31 N.D. 1,560 6,185 N.D. N.D. 5.1 99 1,494 24 311 N.D. 12 28 86 12 N.D. 85 N.D. 937 38 0.6 445 93 266 5.9 38 26 72 1,783 5,993 N.D. N.D. 5.7 138 1,141 27 561 N.D. 13 67 118 18 N.D. 43 表 3 (続き 1) Glycolysis / Gluconeogenesis / Pentose phosphate pathway /TCA cycle Acetyl CoA divalent N.D. N.D. N.D. cis-Aconitic acid N.D. N.D. N.D. Citric acid 118 181 148 Dihydroxyacetone phosphate 135 119 125 Erythrose 4-phosphate N.D. N.D. N.D. Fructose 1,6-diphosphate 103 165 129 Fructose 6-phosphate 102 193 89 Fumaric acid 401 648 424 Glucose 1-phosphate 113 158 96 Glucose 6-phosphate 295 655 316 Glyceraldehyde 3-phosphate 19 16 19 Isocitric acid 9 10 9.1 Lactic acid 35,846 13,736 19,255 Malic acid 2,457 4,633 2,873 Malonyl CoA (divalent) N.D. N.D. N.D. 2-Oxoglutaric acid N.D. N.D. N.D. 2-Phosphoglyceric acid 6.8 6.6 5 3-Phosphoglyceric acid 91 80 65 6-Phosphogluconic acid 32 37 31 Phosphoenolpyruvic acid 6.8 4 3.6 5-phosphoribosyl-α-1-pyrophosphate N.D. N.D. N.D. Pyruvic acid N.D. N.D. N.D. Ribose 5-phosphate 28 24 22 Ribulose 5-phosphate 755 575 494 Sedoheptulose 7-phosphate 204 430 193 Succinic acid 2,019 1,442 1,465 Purine / Pyrimidine metabolism Adenine 6.8 7.3 7.9 Adenosine 26 31 26 ADP 658 806 779 AMP 5,621 3,212 3,367 ATP 35 97 88 cAMP N.D. N.D. N.D. CDP N.D. N.D. N.D. cGMP N.D. N.D. N.D. CMP 135 91 110 CTP N.D. N.D. N.D. Cytidine 1.3 1.3 1.3 Cytosine N.D. N.D. N.D. dATP N.D. N.D. N.D. dCTP N.D. N.D. N.D. dTDP N.D. N.D. N.D. dTMP N.D. N.D. N.D. dTTP N.D. N.D. N.D. GDP 10 16 15 GMP 674 557 579 GTP N.D. N.D. N.D. Guanine N.D. N.D. N.D. Guanosine 7.6 9 7 Hypoxanthine 81 42 47 IMP 377 227 186 44 N.D. N.D. 93 127 N.D. 144 178 151 164 683 16 6.2 26,387 1,087 N.D. N.D. 11 157 29 14 N.D. N.D. 33 670 249 1,632 N.D. N.D. 111 95 N.D. 78 114 139 93 407 16 6.9 22,028 950 N.D. N.D. 4.6 42 29 4.4 N.D. N.D. 20 472 253 2,497 N.D. N.D. 107 88 N.D. 68 33 293 31 113 8.3 5.1 13,047 2,161 N.D. N.D. 6.5 76 12 5 N.D. N.D. 25 435 90 1,442 9 26 376 3,455 32 N.D. N.D. N.D. 74 N.D. 1.7 N.D. N.D. N.D. N.D. N.D. N.D. 11 566 N.D. N.D. 8.4 79 276 9.1 23 602 2,001 113 N.D. N.D. N.D. 76 N.D. 2.1 N.D. N.D. N.D. N.D. N.D. N.D. 18 459 N.D. N.D. 8.1 64 401 7.7 20 619 3,330 70 N.D. N.D. N.D. 82 N.D. 2.1 N.D. N.D. N.D. N.D. N.D. N.D. 15 644 N.D. N.D. 5.7 60 128 表 3 (続き 2) Inosine Thymidine Thymine UDP UMP Uracil Uridine UTP Others NAD+ NADP+ Gluconic acid CoA (divalent) 1,2 152 N.D. N.D. 7.6 1,459 13 93 N.D. 93 N.D. N.D. 12 948 7.9 65 N.D. 85 N.D. N.D. 9 1,076 8.8 79 N.D. 230 N.D. N.D. 6.2 951 32 269 N.D. 144 N.D. N.D. 18 847 16 143 5.3 110 N.D. N.D. 8.3 1,005 18 122 N.D. 1,212 76 2,433 8.3 1,022 67 1,281 4.6 906 52 1,692 8.7 697 61 1,600 11 883 54 1,246 6 935 72 1,665 14 Three biological replicates (1-3) were prepared; 3 N.D., Not detected 45 Ⅲ. Nrf2-MafG ヘテロ2量体は抗酸化遺伝子と代謝関連酵素を制御する 46 1. 要約 生体は、外来異物や酸化ストレスに応答して生体防御ネットワークを遺伝子の発現 レベルで活性化し、恒常性を維持する。この応答を担う転写因子として、線虫では SKN-1 が、脊椎動物では Nrf2 が知られている。SKN-1 は単量体として DNA に結合す るが、Nrf2 は sMaf とヘテロ2量体を形成し、ARE に結合する。すなわち、Nrf2 は、 分子進化の過程で単量体から2量体化による新しい DNA 結合様式を獲得したと考え られる。しかし、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体による制御が、Nrf2 による遺伝子発現制御機 構の全体像を説明し得るかは、十分に検証されていない。本研究では、ChIP-seq 解析 により、Nrf2 と MafG の DNA 結合部位を網羅的に同定し、両因子による転写制御ネッ トワークの全容解明を試みた。Nrf2 単独結合部位に比べて、Nrf2-MafG 結合部位の多 くは、高い濃縮率を示し、進化上保存された領域に位置した。塩基配列のモチーフ解 析から、ARE 配列は、Nrf2-MafG 結合部位に濃縮されたが、Nrf2 単独結合部位には濃 縮されなかった。さらに、Nrf2-MafG 結合部位の ARE 配列は、Nrf2-sMaf ヘテロ2量 体指向性の特徴が見られ、抑制的に働く sMaf ホモ2量体が作用しにくいと考えられた。 この結果は、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体と sMaf ホモ2量体が、異なる転写制御環境で機 能していることを示唆している。また、Nrf2-MafG2量体は、抗酸化・解毒酵素群だけ でなく、NADPH 合成酵素群やグルタチオンを構成するアミノ酸の輸送体のストレス応 47 答的な発現誘導にも寄与することを示した。以上より、Nrf2-sMaf2量体は、ストレス 応答性遺伝子発現制御を介して、多層的に生体防御機構を発動することを実証した。 48 2. 研究背景 酸化ストレスや外来異物に対する生体防御システムは、下等生物から備わった進化 上保存された仕組みである。ストレスに対して適応するため、生体は、様々な細胞内 プロセスを動員して、多層的な生体防御系を発動する。こうした統合的な生体防御系 は、遺伝子発現制御レベルで調節を受けている。 転写因子 Nrf2 は、抗酸化・解毒酵素群の遺伝子発現を統一的に制御し、生体防御系 で重要な役割を担う 9,54)。Nrf2 は、CNC ファミリーに属し、塩基性領域-ロイシンジッ パー(b-Zip)型転写因子である。定常状態では、Nrf2 蛋白質は Keap1-Cullin3 E3 リガ ーゼ複合体によりユビキチン化を受け、プロテアソーム系で分解される 10-12,16)。一方、 ストレス状態になると、Nrf2 蛋白質は核に蓄積し、生体防御関連遺伝子群の発現を活 性化する 16)。Nrf2 遺伝子欠失マウスは、生体防御関連遺伝子の発現を活性化できない ため、種々のストレスに対して脆弱である 15,55,56) 。Nrf2 の線虫における相同分子であ る SKN-1 も、生体防御関連遺伝子の発現を制御する 57,58) 。しかしながら、SKN-1 と Nrf2 の DNA 結合様式は全く異なっている 57,59)。SKN-1 は、単量体として DNA 結合に 結合するが、Nrf2 は、別の b-Zip 型転写因子である sMaf とヘテロ2量体を形成して DNA に結合する 15)。 小 Maf 群因子は、MafF と MafG、MafK の3つの分子で構成されており、機能的に 49 重複していると考えられている 60,61)。Nrf2-sMaf ヘテロ2量体は、生体防御関連遺伝子 の 制 御 領 域 に 存 在 す る ARE に 結 合 す る 15) 。 ARE 配 列 の 塩 基 配 列 は 、 最 初 に RGTGACNNNGC と 定 義 さ れ た が 、 現 在 で は そ れ よ り 短 い ARE コ ア 配 列 (TGACNNNGC)として広く認識されている 13,14,62)。sMaf 蛋白質は、それ自身がホモ 2量体を形成し、MARE 配列(TGCTGACTCAGCA)に結合する。sMaf 蛋白質は、転 写活性化領域を欠いているため、sMaf ホモ2量体は遺伝子発現を抑制する 36)。そのた め、MARE 配列に ARE 配列が内包される場合、sMaf ホモ2量体と Nrf2-sMaf ヘテロ2 量体は、競合的に MARE 配列に結合し得ると考えられている 8)。また、ARE 配列には、 他の転写因子群も結合することが知られている。ARE コア配列には、TPA 応答配列 (TRE; TGACTCA)が内包されることが多い。そのため、Jun-Fos ヘテロ2量体から なる AP-1複合体は、ARE 配列や MARE 配列に結合する可能性が残る 63) 。さらに、 Nrf2 は、sMaf 以外にも Jun や Fos、ATF4 など他の b-Zip 転写因子群とヘテロ2量体を 形成し、ARE 配列に結合すると報告されている 64,65)。しかし、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体 以外の複合体が、ARE 配列依存的な転写制御に貢献しているのかは、十分に明らかに なっていない。 Nrf2-sMaf ヘテロ2量体が ARE 配列を介した遺伝子発現制御に重要であることは、 試験管内や個体レベルの解析から明らかにされている 50 34) 。実際に生化学的解析から、 Nrf2 が DNA に結合するためには、sMaf との2量体形成が必要であることが証明され ている 66,67)。オリゴ DNA を用いた網羅的な結合モチーフ解析から、Nrf2-sMaf ヘテロ 2量体による DNA 配列認識には、ARE 配列の 3’側にある GC という配列(GC ボック ス)が重要であることが分かっている(TGACNNNGC;下線で示す部分)67)。また、 蛋白質構造結晶解析により、sMaf 蛋白質の Extended homology 領域が GC ボックスの 認識に重要であることが示された 43)。さらに、3種類の sMaf が全て欠失したマウス胎 仔線維芽細胞では、ストレス誘導的な Nrf2 標的遺伝子の発現が減少している 34)。した がって、Nrf2 依存的な遺伝子発現制御には、sMaf が必須であるというモデルが提唱さ れている。しかし、このモデルが Nrf2 による遺伝子発現制御機構の全体像を説明し得 るかは、十分に明らかでない。また、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体が直接制御する標的遺伝 子の包括的な理解は進んでいない。 51 3. 研究目的 本研究では、次世代シークエンサーを用いて ChIP-seq 解析を実施して、Nrf2 と MafG のゲノム結合部位を網羅的に同定し、Nrf2-MafG ヘテロ2量体によるストレス応答的 な遺伝子制御ネットワークの全体像を明らかにすることを目的とする。 52 4. 研究方法 (1)細胞培養 マウス肝癌細胞株 Hepa1 細胞は、10%牛胎仔血清と 1%ペニシリン-ストレプトマイ シン(Gibco)を添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM(Wako))で培養した。 sMaf 遺伝子三重欠失マウス(MafF–/–:MafG–/–:MafK–/–; F0G0K0)とコントロールマウス (MafF–/–:MafG+/+:MafK–/–; F0G2K0)のマウス胎児線維芽細胞(MEFs)は、13.5 日胚か ら作製した 34)。 (2)RNA 抽出・定量 PCR(qPCR) ISOGEN(Nippon Gene)を使用して RAN 抽出した。cDNA は、抽出した RNA を鋳 型とし、ランダムプライマーと Super-script III(Invitrogen)を使用して逆転写反応によ り合成した。mRNA 発現量は、合成した cDNA を鋳型にして、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems)又は qPCR Master Mix(Nippon gene)試薬を使って反 応させ、ABI 7300 system(Applied Biosystems)により定量した。HPRT 発現量を内在 性コントロールとして用いた。使用したプライマーの塩基配列は、表1に記した。 53 (3)ChIP 解析と ChIP-seq 解析 ChIP 解析には、細胞に 100µM DEM 又は DMSO で 4 時間処理し、1%ホルムアルデ ヒドで 10 分間固定後、0.125M グリシンで反応停止したサンプルを使用した。固定化 した細胞を溶解し、核抽出物を超音波破砕して DNA を切断した。断片化 DNA に抗体 を加え、4˚C で一晩反応させた。プロテイン A/G ビーズ(GE ヘルスケア)で免疫沈降 後に洗浄し、65˚C で脱クロスリンクした。精製した DNA は、定量 PCR により解析し た。抗体は、抗 Nrf2 抗体(Santa Cruz; sc-13032)、抗 MafG 抗体(自作)36)、抗 CBP 抗 体(Santa Cruz; sc-369X)、抗 H3Ac 抗体(Millipore)、抗-H4Ac 抗体(Millipore)、抗 H3K9Ac (Upstate)、ラビット IgG(Santa Cruz sc-2027)を使用した。濃縮率(% input)は、イ ンプット DNA の値から算出した。使用したプライマーの塩基配列は、表1に記した。 ChIP-seq 解析のため、ChIP した DNA とインプット DNA それぞれ 10ng から SOLiD Fragment Library Construction Kit with SizeSelect Gels (Life Technologies)を用いてライ ブラリーを作製した。ライブラリーは、SOLiD P1 DNA ビーズ上でエマルジョン PCR により増幅した。SOLiD4 System (Life Technologies)で片側 50bp をシーケンス解析を 実施した。シークエンスしたリードは、BioScope MapData を使ってマウスゲノム(mm9) にマッピングした。ピークの検出には、model-based analysis of ChIP-seq (MACS)を使 用した 68)。 54 (4)情報処理 新規 DNA モチーフは、ChIP-seq 解析で得られたデータを MEME-ChIP により解析し た 69) 。ゲノム領域の保存性は、ピーク中央点から 300bp までの部位を切り出し、 Cistrome(http://cistrome.dfci.harvard.edu/ap/)により、脊椎動物間のゲノム領域の保存 性を示す PhastCons スコアを計算した 70,71)。結合部位のゲノム上の位置は、cis-regulatory element annotation system(CEAS)により情報処理を行った 72)。遺伝子機能の注釈付け には、KEGG データベースを利用した。Nrf2 と MafG 結合部位のピーク頂点間の距離 が 268bp 以内のものを、重複結合部位とした。 (5)マイクロアレイ解析 Hepa1 細胞に 100µM DEM 又は DMSO を 6 時間処理した RNA サンプルを使用して、 マイクロアレイ解析を行った。RNA の品質は、バイオアナライザ(Agilent)で確認を した。4×44K 全マウスゲノムオリゴマイクロアレイスライド(Agilent)にハイブリダ イズし、洗浄後、マイクロアレイスキャナー(Agilent)で蛍光標識を読み込んだ。デ ータ処理は、GeneSpring GX(Silicon Genetics)を使用した。発現データは、Gene Expression Omnibus データベース(GEO; accession number. GSE38350)に登録した。 55 (6)低分子干渉 RNA (siRNA) Nrf2 を標的にした Stealth siRNA と Stealth siRNA コントロール(Invitrogen)を Lipofectamine 2000(Invitrogen)を使用し、Hepa1 細胞に導入した。siRNA 導入して 24 時間後に DEM 処理し、さらに 6 時間後に RNA サンプルを回収した。 (7)イムノブロット解析 核分画は Dignam 法によって抽出した 73)。溶解液は SDS ポリアクリルアミドゲル電 気泳動によって分離し、PVDF 膜(Immobilon-P, Millipore)へ転写した。イムノブロッ ト解析は一次抗体として、抗 Nrf2 抗体(Santa Cruz; sc-13032)、抗 Lamin B 抗体(Santa Cruz; sc-6217)を用いた。二次抗体は西洋ワサビペルオキシダーゼ標識抗体(Invitrogen) を使用し、ECL Western blotting detection reagents(Amersham)を用いてシグナルの検出 を行った。 56 5. 研究結果 (1)Nrf2 と MafG のゲノム結合部位の同定 Nrf2-MafG ヘテロ2量体による遺伝子発現制御の全体像を解明するため、マウス肝 癌細胞株 Hepa1 細胞を用いて ChIP-seq 解析を実施した。Nrf2 蛋白質は、Nrf2 活性化剤 である DEM を処理した Hepa1 細胞の核内に蓄積することを、イムノブッロット解析 により確認した 74)(図. 1A)。ChIP-seq 解析用のライブラリーは、Nrf2 と MafG 抗体で クロマチン免疫沈降した DNA を用いて作製した。既知の Nrf2 標的遺伝子である Nqo1 と Hmox1 の制御領域には、Nrf2 と MafG が結合していることを qPCR で確認した後(図. 1B)、このライブラリーサンプルを使用して ChIP-seq 解析をした。その結果、Nrf2 の 結合部位を 15534 箇所、MafG の結合部位を 19362 箇所、両因子が重複して結合してい る部位を 3265 箇所同定した(図. 1C)。ChIP-seq 解析結果からも、Nqo1 と Hmox1 遺伝 子の制御領域には、Nrf2 と MafG が濃縮されていることを再確認した(図. 1D)。 次に、結合が認められた部位のゲノム上の位置について解析した。Nrf2 単独結合部 位と MafG 単独結合部位、 Nrf2-MafG 結合部位の大部分は、遺伝子間領域に存在した (図. 1E)。しかし、Nrf2-MafG 結合部位は、転写開始点近傍の近位プロモーターおよび遠位 プロモーター領域に存在する傾向があった(図. 1E)。したがって、Nrf2-MafG ヘテロ 2量体は、転写開始点近傍で転写制御に関与していることが示唆された。 57 そこで、機能的に転写制御に関わる結合部位に絞って解析するため、転写開始点 10kb 以内の結合部位について詳細な解析を進めた。転写開始点近傍には、Nrf2 結合部 位が 2340 箇所、MafG 結合部位が 3747 箇所存在し、そのうち両因子が重複している部 位は 702 箇所存在した(図. 2A)。Nrf2 と sMaf の2量体化による転写制御の機能的意 義を解析するため、Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位の比較をした。Nrf2 単独 結合部位に比べて、Nrf2-MafG 結合部位は、ゲノム領域の種間の保存性が高かった(図. 2B)。よって、Nrf2-MafG ヘテロ2量体は、機能的に転写制御に関わっていることを示 唆された(図. 2B)。また、Nrf2 単独結合部位に比べて、Nrf2-MafG 結合部位では、Nrf2 が強く濃縮していた(図. 2C)。実際に、ChIP-seq 解析で得られる濃縮度を示す指標は、 Nrf2-MafG 結合部位では高いが、Nrf2 単独結合部位では低かった(図. 2D)。以上より、 Nrf2-sMaf2量体形成は、安定的なゲノムへの結合に寄与し、転写制御に関わるために 重要であると示唆される。 (2)Nrf2-MafG 結合部位の大部分には ARE 配列が存在した ChIP-seq 解析により同定した結合部位に ARE 配列が存在するか調べるため、モチー フ解析を行った。その結果、ARE 配列は、Nrf2-MafG 結合部位に有意に存在すること を示した。 (E value= 5.0e-437、図. 3A-B)。また、ARE コア配列の 5‘側の塩基は、A ま 58 たは G である割合が高かった(図. 3B、図中矢印の N3 位置)。興味深いことに、以前 の解析から、この N3 位置の塩基が A または G の場合、MafG ホモ2量体は結合しに くいことが知られている 67)。したがって、Nrf2-MafG 結合部位に濃縮した ARE 配列の 多くは、sMaf ホモ2量体を効率的に排除する塩基配列であることが示唆された。一方、 MafG 単独結合部位には、両側に GC ボックスを含む MARE 様配列が有意に濃縮され ていた(E value= 7.3e-106、 図. 3A、C)。よって、これらの配列には、MafG ホモ2量 体が結合していると考えられる。しかしながら、Nrf2 単独結合部位には、ARE 配列及 び MARE 様配列の濃縮が認められなかった(未掲載データ)。以上より、Nrf2-sMaf ヘ テロ2量体は、ARE 配列に結合する主要な転写因子であることが示された。 (3)ARE 配列には小 MafG 因子が結合しやすい配列が内包されている ARE コア配列の DNA 配列は、TGACNNNGC(N は A、T、G、C のどの塩基でも交 換可能で N8-10 と表記する)として定義されている(図. 3A)。Nrf2-MafG 結合部位に 濃縮した多くの ARE 配列は、N8-10 の位置の塩基が TCA で(図. 3B)、GC ボックスの 3’側の塩基は A である傾向を示した(図. 3B)。ここに位置する塩基は、小 Maf 因子が 結合しやすい理想的な塩基(MARE 配列のハーフサイト)を内包している。ARE 配列 の特徴をさらに詳細に解析するため、ARE コア配列を抽出し、N8-10 部分に TCA とは 59 異なる塩基がどれくらい含まれているか解析した(バリアントの塩基数は 0 個から 3 個で分類)。その結果、大部分の Nrf2 単独結合部位には、ARE 配列は含まれていなか った(図. 3D)。一方、Nrf2-MafG 結合部位には、ARE 配列を1つ以上含む部位が 84% という高い割合で存在した(図. 3D) 。また、その内で 70%以上の ARE 配列は(Nrf2-MafG 結合を示す全サイトの 61%)、バリアントが無い完全な配列であった(図. 3D)。次に 多い ARE 配列は、1つのバリアントを含むものであった(図. 3D)。N8-10 部分に含ま れるバリアント塩基を詳細に解析したところ、メジャーバリアント(10%以上の割合 を占めるものと定義する)は、それぞれ N8 で A/G、N9 で A/T、N10 で T/G であった (図. 3E)。興味深いことに、これらのメジャーバリアントは、sMaf の結合を許容しや すい塩基であることが知られている 67)。逆に、N8 で C、N9 で G、N10 で C の塩基は、 マイナーバリアントであることが判明した(図. 3E)。N9-N10 の位置にマイナーバリア ントが存在する場合は、sMaf の DNA 結合親和性が弱くなることが報告されている 67)。 したがって、Nrf2-MafG2量体が結合を示す大部分の ARE 配列は、Nrf2-sMaf ヘテロ2 量体指向性があり、反対に、sMaf ホモ2量体の結合を排除する特徴を持つことが示さ れた。 60 (4)TMA モチーフを含む ARE 配列は一部の Nrf2-MafG 結合部位に存在する 以前の報告から、ARE 配列の 5’側上流に位置する塩基配列は、Nrf2 による遺伝子発 現制御に重要であることが示されている 75-77)。具体的には、一部の Nrf2 標的遺伝子の 制御領域には、ARE 配列の 5’側上流に TMA が含まれる場合がある(図. 3A; 以後 TMA モチーフと表記する、M は A または C)75-77)。Nrf2 による遺伝子発現制御において、 TMA モチーフを含む ARE 配列の重要性を調べるため、ChIP-seq 解析で得られた ARE 配列に TMA モチーフが含まれるか解析した。その結果、Nrf2-MafG 結合部位の約 9% の ARE 配列には、TMA モチーフが含まれていた(図. 3F)。TMA を含まない ARE の 配列に比べて、TMA を含む ARE 配列のピーク領域では、Nrf2 が強く濃縮されており、 Nrf2 の結合が強いことが示された(図. 3F)。一方、MafG の結合は、TMA モチーフの 有無に関わらず、濃縮率は大きな差がなかった(図. 3F)。詳しい機序は不明だが、あ る一群の Nrf2 標的遺伝子の転写制御には、TMA モチーフを含む ARE 配列を介して行 われることを示唆している。 (5)Nrf2 標的遺伝子の大部分は Nrf2-MafG 結合部位近傍に存在した SKN-1 は単量体として DNA に結合できるため 59)、Nrf2 単量体も遺伝子発現制御に 寄与する可能性が考えられる。Nrf2 標的遺伝子の制御には、Nrf2 単量体と Nrf2-MafG 61 ヘテロ2量体のどちらが関与するのか解析するため、Nrf2 単独結合部位と Nrf2-MafG 結合部位の近傍に存在する遺伝子を抽出した。結合部位から 10kb 以内に位置する遺伝 子は、Nrf2 単独結合部位に 1653 遺伝子、Nrf2-MafG 結合部位に 714 遺伝子が存在した。 これらの遺伝子セットに、Nrf2 依存的に制御を受ける遺伝子群が濃縮されているか解 析するため、KEGG による遺伝子注釈付けを行った。その結果、グルタチオン合成や 異物代謝、ABC 輸送体、プロテアソームなど既知の Nrf2 標的遺伝子は、Nrf2-MafG 結 合部位近傍の遺伝子セットに濃縮されたが、Nrf2 単独結合部位近傍の遺伝子セットで は濃縮されなかった(表 2-3)。また、糖代謝に関わる遺伝子は、Nrf2-MafG 結合部位 近傍に多く存在した(表 2)。 次に、Nrf2-MafG 結合部位近傍に同定された遺伝子を、総説に既報された Nrf2 標的 遺伝子群と比較し 78-81) 、どの程度重複するか調べた。Nrf2 が結合した近傍に存在した 66 個の遺伝子の中、51 個の遺伝子は、Nrf2-MafG 結合部位の周辺に見つかった(表 4) 。 以上の結果は、Nrf2-MafG ヘテロ2量体が大部分の Nrf2 標的遺伝子を制御することを 示している。 (6)Nrf2-MafG ヘテロ2量体が制御するストレス応答的遺伝子群の同定 ストレス応答的に Nrf2-MafG ヘテロ2量体を介して制御を受ける遺伝子群の全体像 62 を把握するため、ChIP-seq 解析データと DEM 処理した Hepa1 細胞のマイクロアレイ 解析データを比較解析した。Nrf2-MafG 結合部位の周辺に存在する遺伝子のうち、66 個の遺伝子は、DEM 処理により発現が上昇した(図. 4A、4C)。Nrf2 単独結合部位で は、13 個の遺伝子のみ DEM により誘導された(図. 4A、4D)。したがって、ストレス によって発現上昇する Nrf2 標的遺伝子は、Nrf2-MafG 結合部位周辺に多く局在してい た。Nrf2-MaG 結合部位近傍で DEM により誘導された遺伝子には、抗酸化・解毒酵素 のみならず、シャペロン蛋白質やアミノ酸輸送体、糖代謝に関わる遺伝子群が含まれ ていた(図. 4C)。Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位の周辺遺伝子には、DEM によって抑制される遺伝子がわずかに存在したが(図 4B-D)、Nrf2 によって直接的に 抑制されているのかは不明である。以上の結果から、Nrf2-MafG ヘテロ2量体は、ス トレス応答的に多様な細胞内プロセスを調節していることが明らかとなった。 (7)Nrf2-MafG ヘテロ2量体はストレス応答的に NADPH 産生酵素遺伝子発現を活 性化する Nrf2 は、NADPH 産生酵素遺伝子の発現制御に関わり、細胞内の還元状態の維持に貢 献すると示唆されている 82,83)。実際に、Nrf2 が恒常的に活性化した Keap1 ノックダウ ンマウスや、Keap1 が変異した細胞株では、NADPH 産生酵素の遺伝子発現が活性化し 63 ている 84) 。しかし、Nrf2-MafG ヘテロ2量体が NADPH 産生酵素群の遺伝子発現をス トレス応答的に活性化するかは、十分に検証されていない。本研究から、NADPH 産生 酵素であるイソクエン酸デヒドロゲナーゼ(Idh1)、ホスホグルコン酸デヒドロゲナー ゼ(Pgd)、グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6pdx)の遺伝子近傍には、Nrf2 と MafG が結合することを示した(図. 4B)。また、これらの遺伝子発現は、DEM によ って上昇した(図. 4C)。Nrf2 siRNA により Nrf2 をノックダウンすると、Nqo1 と同様 に、DEM 誘導的な Idh1、Pgd、G6pdx 遺伝子発現上昇は消失した(図. 5)。さらに、3 種類の sMaf 因子を完全に欠失した F0G0K0 MEFs では、DEM 誘導的な Pgd と G6pdx 発現上昇が減弱化した(図. 5)。Idh1 遺伝子は、コントロール細胞と比べて大きな差が 認められなかった(図. 5)。よって、Idh1 遺伝子発現制御は、Hepa1 細胞と MEFs で異 なると考えられる。Nrf2 と MafG は、これら遺伝子群の制御領域に結合するか検証す るため、ChIP-qPCR 解析をした。非ストレス下の Hepa1 細胞において、Nrf2 は、Nqo1、 Idh1、Pgd、G6pdx 遺伝子の制御領域に弱く結合するが、陰性コントロールの Txs 遺伝 子の領域には結合しなかった(図. 6)。一方、DEM を処理すると、Nrf2 は、Nqo1 遺伝 子と同程度に、Idh1、Pgd、G6pd 遺伝子制御領域に結合した(図. 6)。同様に、MafG も DEM 誘導的に Nqo1、Idh1、Pgd、G6pdx 遺伝子の制御領域に結合した(図. 6)。 Nrf2-MafG ヘテロ2量体は、NADPH 産生酵素遺伝子の制御領域に結合し、実際の転 64 写制御に関与することを実証するため、転写共役因子とヒストン修飾状態を ChIP-qPCR により解析した。Nrf2 は、CREB 結合蛋白質(CBP)と結合する2つの転 写活性化領域を持つ 85)。そこで、CBP が NADPH 産生酵素遺伝子の制御領域にリクル ートされるか検証した。その結果、CBP は、DEM 誘導的に Nqo1、Idh1、Pgd、G6pd 遺伝子の制御領域に結合した(図. 6)。さらに、転写活性化の指標であるヒストンアセ チル化状態(ヒストン H3、ヒストン H4、ヒストン H3K9 のアセチル化)は、Nrf2-MafG 結合部位とその周辺領域で亢進した(図. 7)。以上の結果から、Idh1、Pgd、G6pd 遺伝 子発現は、Nrf2-MafG ヘテロ2量体によってストレス応答性に誘導されることが示さ れた。 65 6. 考察 これまでの研究から、Nrf2 依存的な遺伝子発現制御には、sMaf が必須であると考え られている 34,86)。このモデルをさらに強固にするため、ゲノム全体にわたって Nrf2 と MafG の結合部位を同定した。Nrf2 単独結合部位と比較して、Nrf2-MafG 結合部位は、 高い濃縮率を示し、進化上保存された領域に位置した。塩基配列のモチーフ解析から、 ARE 配列は、Nrf2-MafG 結合部位に高い割合で存在したが、Nrf2 単独結合部位ではわ ずかしか存在しなかった。さらに、生体防御系に関わる Nrf2 標的遺伝子の大部分は、 Nrf2-MafG 結合部位近傍に存在した。したがって、本研究による網羅的解析から、 Nrf2-sMaf ヘテロ2量体は、ARE 配列を介して生体防御系機構を発動することが実証 された。 Nrf2 と MafG が重複した結合部位近傍には、既知の Nrf2 標的遺伝子が多く見つかっ た。したがって、Nrf2 による遺伝子発現制御には、sMaf とヘテロ2量体を形成するこ とが重要であることを示した。線虫における Nrf2 の相同遺伝子である SKN-1 は、b-Zip 領域を欠いているため、他の分子との2量体形成ができず、単量体として DNA に結合 する 59)。しかし、Nrf2 と SKN-1 は、類似した生体防御遺伝子の発現を制御し、進化上 保存した機能を持つ。反対に、SKN-1 は単独で DNA に結合するのに必要なホメオドメ インアームを持つが、Nrf2 はその領域を欠いている 57,59)。以上より、Nrf2 は、分子進 66 化の過程で b-Zip 領域を獲得し、単量体から2量体への DNA 結合様式に完全に移行し たと考えられる。一方で、ChIP-seq 解析から、MafG の結合を示さない Nrf2 単独結合 部位も多く見つかった(図. 2A)。この結果は、Nrf2 単独で DNA に結合する可能性と、 Nrf2 が MafG 以外の分子と多量体を形成して DNA に結合する可能性を示している。し かし、Nrf2 単独結合部位は、低い濃縮率を示し、種間の保存性も低かった(図. 2B-D) 。 したがって、Nrf2 が単量体として機能する可能性は、低いと考えられる。本研究と過 去に報告された生化学的・遺伝学的解析から、Nrf2 と sMaf のヘテロ2量体形成は、 ARE 配列の認識に必須であると示唆される。 DNA モチーフ解析から、Nrf2-MafG 結合部位に含まれた多くの ARE 配列は、ヘテ ロ2量体指向性の配列であることを示した。その理由として、 (1)ほぼ全ての ARE 配 列は、両側に GC ボックスを持つ MARE 様配列ではなかった。 (2)ARE コア配列を挟 む 5’側の塩基には、sMaf の結合を弱める A 又は G であった 67)。一方、MARE 様配列 は、MafG 単独結合部位で高い割合で存在した(図. 3C)。したがって、sMaf ホモ2量 体は、MARE 様配列に結合して、転写抑制に関わると推察される。sMaf ホモ2量体の 機能的意義については、今後更なる解析が必要である。本解析から Nrf2-sMaf ヘテロ 2量体と sMaf ホモ2量体は、異なる DNA 配列認識をして、独自の転写環境で機能す ることが示された。 67 ARE コア配列は、TGACNNNGC と定義されているが、本研究から ARE 配列を再定 義することが出来た。特に、これまで ARE 配列の中心部分(N8-10;図. 3A)は、定義 が曖昧であった。しかし、本研究により、Nrf2-MafG 結合部位に存在した ARE 配列の N8-10 部分は、大半が TCA であることを示した(図. 3D)。この塩基を含む ARE 配列 は、MARE 配列のハーフサイトを完全に内包するため、sMaf の結合に理想的な塩基を 含むことになる。さらに、詳細な解析から、N8、N9、N10 がそれぞれ C、G、C であ る割合は、極めて低いことを示した(図. 3E)。興味深いことに、この N8-10 部分が C、 G、C であると、MafG の結合親和性は、低くなることが知られている 67)。したがって、 本解析から、ARE コア配列は、TGACDHDGC(IUPAC 命名法に従う, D;C 以外, H;G 以 外)と再定義した。この新しい配列の定義は、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体結合部位の探索・ 同定に役立つと考えられる。 これまでの解析から、Nrf2 は、NADPH 産生酵素を制御すると示唆されているが、 この制御に sMaf が必要であるかは、不明であった 82,83)。本解析により、NADPH 産生 酵素である Idh1 と Pgd、G6pdx 遺伝子発現は、ストレス応答的に Nrf2-MafG ヘテロ2 量体によって活性化されることを示した(図. 5)。ChIP-qPCR 解析から、Nrf2 と MafG は、これらの遺伝子制御領域に結合した(図. 6)。また、転写共役因子のリクルートと ヒストンアセチル化修飾の亢進を伴うことを示した(図. 6、図. 7)。NADPH 産生酵素 68 以外に、Nrf2-MafG ヘテロ2量体は、他の代謝関連遺伝子を制御し、細胞内還元状態 の維持に貢献すると考えられる(図. 4C)。例えば、ピルビン酸カルボキシラーゼ(Pcx) は、ミトコンドリアに局在し、ピルビン酸からオキサロ酢酸に転換する主要な酵素で あり、NADPH 産生に関わることが知られている 87) 。また、グルタチオンを構成する アミノ酸の輸送体は、Nrf2-Maf ヘテロ2量体による制御を受けていた(図. 4C)。既知 の Nrf2 標的遺伝子のシステイン輸送体(Slc7a11)だけでなく 88)、他のシステイン輸送 体(Slc1a4)やグリシン輸送体(Slc6a9)も Nrf2-MafG 標的遺伝子の候補として挙げら れる。したがって、Nrf2-sMaf ヘテロ2量体は、代謝関連酵素やアミノ酸輸送体など多 様な細胞内プロセスを活性化して、細胞内に還元力を供給すると考えられる。 Nrf2 は、抗酸化・解毒機能に加えて、細胞増殖に関わること示唆さている 89)。Malhotra らは、Nrf2 の ChIP-seq 解析により、Nrf2 がいくつかの細胞周期関連遺伝子を制御する ことを報告した 89) 。本研究では、この結果を再現できなかったが、今回実施した ChIP-seq 解析からも Nrf2 が細胞増殖に寄与する可能性を示すデータが得られた。例え ば、NADHP 合成酵素による還元力の供給は、細胞増殖に重要であることが知られてい る 84)。したがって、Nrf2 は、細胞増殖や細胞生存にも寄与すると考えられる。 本研究から、MafG は、単独でも結合することを見出した(図. 1C、2A)。この MafG 単独結合部位には、sMaf ホモ2量体が強い結合親和性を示す MARE 様配列が濃縮され 69 ていた(図. 3C)。仮に、この部位に sMaf ホモ2量体又は、sMaf と Bach 因子(Bach1、 Bach2)ヘテロ2量体が結合するならば、転写を負に制御すると予想される。一方、sMaf は Nrf2 以外の Nrf 因子群(Nrf1、Nrf3、p45)とも2量体形成するため、それらのヘテ ロ2量体が結合すれば、転写を正に制御すると考えられる。本解析では、Nrf2 以外の 因子の関する情報が無いため、sMaf がどのパートナー分子と2量体を形成しているか は区別することが出来ない。この点については、Nrf2 以外の Nrf 因子群の網羅的な結 合部位解析をする必要がある。こうした解析が進むことで、分子進化で多様化した Nrf 因子群による遺伝子発現制御ネットワークを明らかにできると期待される。 70 7.結論 本研究では、Nrf2 と MafG 結合部位をゲノムワイドに同定し、両因子による遺伝子 発現制御機構の全容解明をした。結合領域に含まれる DNA 配列の情報処理により、 Nrf2-MafG ヘテロ2量体が生体内で認識する ARE 配列を再定義した。また、Nrf2-MafG ヘテロ2量体は、ストレス誘導的に抗酸化・解毒酵素群だけでなく代謝関連酵素群の 遺伝子発現を制御した。したがって、Nrf2 による遺伝子発現制御には、sMaf が必須で あるというモデルをさらに補強することが実証された。また、Nrf2-sMaf2量体は、抗 酸化・解毒酵素と、多様な代謝経路の遺伝発現調節を介して、多層的に生体防御系を 発動することが示された。 71 8. 図 図 1. ChIP-seq 解析による Nrf2 と MafG のゲノム結合部位の同定 (A)Heap1 細胞に 100µM DEM 又は DMSO を処理した核抽出を用いて Nrf2 蛋白質の核蓄 積をイムノブロット解析で確認した。ラミン B は内部標準として用いた。(B)ChIP-seq ライブラリーの品質確認。抗 Nrf2 抗体と抗 MafG 抗体を使ってクロマチン免疫沈降をして、 そのサンプルからライブラリーを作製した。Nqo1 遺伝子のプロモーターと Hmox1 遺伝子 の 2 つのエンハンサー領域(E1 と E2)に DNA が濃縮されていることを qPCR で確認した。 トロンボキサン合成酵素(Txs)遺伝子の第 3 イントロンは、陰性対照として測定し、その 値を1とした。 (C)Nrf2 と MafG 結合部位と両因子の重複結合部位のベン図。 (D)UCSC ゲノムブラウザのプロファイル図。Nqo1 遺伝子のプロモーターと Hmox1 遺伝子の 2 つの エンハンサー領域周辺の Nrf2 と MafG の結合部位を示す。(E)結合部位のゲノム位置。 Nrf2 単独結合部位と Nrf2-MafG 結合部位、MafG 単独結合部位のゲノム上の位置を CEAS により解析した。近位プロモーター(転写開始点から上流 1kb 以内)、遠位プロモーター (転写開始点から上流 1-10kb 以内)、エクソン、イントロン、遺伝子間領域に分類した。 72 図 2. 転写開始点近傍の Nrf2 と MafG 結合部位の解析 (A)転写開始点 10kb 以内に含まれる Nrf2 と MafG 結合部位と両因子の重複結合部位の ベン図。 (B)Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位のゲノム領域の種間の保存性。ピー ク頂点を中央点とし、その周囲 3kb の平均 PhastCons スコアを示す。(C)Nrf2 と MafG の 結合量の指標。ChIP-seq 解析で得られる Nrf2 ピークシグナルの平均値を図示化した。 (D) Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位の Nrf2 濃縮度合の分布図。濃縮度合を図中に示 す値で分類した。 73 図 3. Nrf2 と MafG 結合部位の DNA モチーフ解析 (A)ARE 配列と MARE 配列のコンセンサス配列。塩基は IUPAC 命名法に従う(S= G or C, M=A or C, R=A or G, W= A or T)。GC ボックスは赤字で示す。ARE 配列の左側は Nrf2 が、右側は sMaf により認識される。 (B, C)Nrf2-MafG 結合部位に濃縮されるモチーフ(B)、 MafG 単独結合部位のモチーフ(C)。モチーフ解析は MEME-ChIP のアルゴリズムを使っ て算出し、最も有意に濃縮した代表的なモチーフを示す。N3 と N13 位置の塩基は図中の 矢印(↑)で示す。 (D)N8-N10 のバリアント数(0 個から 3 個までの数)で分類した円グ ラフ。Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位のピーク中央点から前後 150bp に含まれる ARE 配列を使った。(E)N8、N9、N10 の位置にある塩基の存在率を示す。ARE 配列は Nrf2-MafG 結合部位に存在し、バリアントを1個含むものを使った。(F)Nrf2-MafG 結合 部位にある ARE コア配列の中で、TMA を含む ARE 配列の割合を示す円グラフ。TMA を 含む(赤線)又は含まない(灰色)ARE 配列における ChIP-seq 解析の Nrf2 と MafG ピー クシグナルの平均値を示した。ピークシグナルは、中央点から前後 1.0kbp の領域を使って 算出した。 74 図 4. Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位近傍に存在する DEM 誘導的に発現変 化した遺伝子群 Heap1 細胞に DEM 又は DMSO を 6 時間処理し、RNA サンプル抽出してマイクロアレイ解 析を実施した。(A, B)Nrf2-MafG 結合部位と Nrf2 単独結合部位近傍に存在する遺伝子の 中で、DEM によって 1.5 倍以上発現上昇した遺伝子群(A)と 1.5 倍以上発現減少した遺 伝子群(B)のベン図。(C, D)DEM 処理で遺伝子発現変化した遺伝子群のヒートマップ 図。Nrf2-MafG 結合部位近傍(C)と Nrf2 単独結合部位(D)を示す。DEM 誘導的に活性 化した Nrf2-MafG 結合部位近傍の遺伝子群は、抗酸化・解毒、プロテアソーム関連、トラ ンスポーター、代謝に分類した。ヒートマップの色は、DMSO(Veh)処理した Hepa1 細 胞の遺伝子変化量に対する log(2)倍率変化の値を示している。遺伝子名は、マウスゲノ ム情報データベース(MGI)の表記で示す。 75 図 5. Nrf2-MafG ヘテロ2量体はストレス誘導的に NADPH 産生酵素の遺伝子発現を 活性化する Nrf2 ノックダウン又は sMaf 欠失により DEM 応答的な Nqo1 遺伝子と NADPH 産生酵素遺 伝子発現誘導が減弱化する。Hepa1 細胞に Nrf2 siRNA または Control siRNA(Con)を導入 した Hepa1 細胞に DEM 又は DMSO(Veh)を 6 時間処理した(n=3)。F0G0K0 MEFs と Control MEFs(Con)に DEM 又は DMSO(Veh)を 6 時間処理した(n=4)。mRNA の発現 量を qPCR で解析した。値は平均値を示し、誤差線は標準偏差を示す。統計処理は、分散 解析後にボンフェローニ法で検定し、p 値を算出した: * p< 0.05、 ** p< 0.01。 76 図 6.Nrf2、MafG、CBP はストレス誘導的に NADPH 産生遺伝子の制御領域に結合 する 100µM DEM 又は DMSO(Veh)を 4 時間処理した Hepa1 細胞のクロマチンを抽出し、 ChIP-qPCR 解析をした。抗体は、Nrf2 と MafG、CBP の特異的抗体(SA)を用いて解析し た。IgG は陰性対照として使用した。Nqo1、Idh1、Pgd、G6pdx 遺伝子領域に存在する ARE 配列を挟むプライマーを用いて qPCR で解析した。Txs 遺伝子は、陰性対照として測定し た。独立した 3 回の実験の平均値を示し、誤差線は標準偏差を示す。スチューデント t 検 定を行い、p 値を算出した: * p< 0.05, ** p < 0.01。 77 図 7. ストレス応答性に Nrf2-MafG 結合部位のヒストンアセチル化が亢進する Nqo1、Idh1、Pgd、G6pdx 遺伝子座周辺の Nrf2 と MafG の結合ピークの図。ゲノム領域の 種間の保存性(Cons)と qPCR で使用したプライマー位置(PCR Primer)を示す。プライ マーは、Nrf2-MafG 結合部位に含まれる ARE 配列と、そこから約±500bp の位置に設計し た。ChIP-qPCR 解析は、図 6 と同様の実験条件で実施した。抗体は、抗 H3Ac 抗体、抗 H4Ac 抗体、抗 H3K9Ac 抗体を用いた。独立した 3 回の実験の平均値を示し、誤差線は標準偏差 を示す。スチューデント t 検定を行い、p 値を算出した: * p< 0.05, ** p < 0.01。濃縮率は、 DMSO(Veh)に対する DEM 処理後の相対値を示す。 78 9. 表 表 1. qRT-PCR、ChIP-qPCR 解析に使用したオリゴ DNA 配列 Name Primers used for qRT-PCR Idh1 position 2-ARE forward Idh1 position 2-ARE reverse Idh1 position 1 forward Idh1 position 1 reverse Idh1 position 3 forward Idh1 position 3 reverse Pgd position 2-ARE forward Pgd position 2- ARE reverse Pgd position 1 forward Pgd position 1 reverse Pgd position 3 forward Pgd position 3 reverse G6pdx position 2-ARE forward G6pdx position 2-ARE reverse G6pdx position 1 forward G6pdx position 1 reverse G6pdx position 3 forward G6pdx position 3 reverse Nqo1 promoter position 2 forward Nqo1 promoter position 2 probe Nqo1 promoter position 2 reverse Nqo1 position 3 forward Nqo1 position 3 reverse Nqo1 intron position 1 forward Nqo1 intron position 1 probe Nqo1 intron position 1 reverse Primers used for ChIP-qPCR Idh1 forward Idh1 reverse Pgd forward Pgd reverse G6pdx forward G6pdx reverse Nrf2 forward Nrf2 probe Nrf2 reverse Sequence 5'-CGGTCATGTTCCTACACGGC-3' 5'-GACATTCCCGGCATTGTGAT-3' 5'-CTTTGTCCTGTCATAGGATCCC-3' 5'-TAGTGTCACTTGTGTGACAG-3' 5'-AGCCGATCTTTTTGTTTTCCAGCCA-3' 5'-GGCACTGGGAAAAGAGAGAAGCAGG-3' 5'-TGCAGGGATGGGTTGATTGCT-3' 5'-TGTGACTTAGGGAAGTCCAGATG-3' 5'-GGAGACGGCTTGACAGAGGGC-3' 5'-GGCAAGACAGGCAGGAGCCA-3' 5'-CGTTGGCTTGATCTCTCCACTGA-3' 5'-TCCAGCACAGGATGGCCTCA-3' 5'-GTGGCAGGGGACTGGTCTGC-3' 5'-TGTCAGTTGCAGGCTGAGCCAA -3' 5'-GGCCTTGCAGGAGTGAGGCA-3' 5'-AGCCGACCCTCAGTCGCAGT-3' 5'-GGGAGCCTGAGCCCAATGGC-3' 5'-AAGCCCAGCTGGCAGCAAGT-3' 5'-GCACGAATTCATTTCACACGAGG-3' 5'-FAM-AACGGATGGGCTCAAATTTTGC-TAMRA-3' 5'-GGAAGTCACCTTTGCACGCTAG-3' 5'-ACACGTGCAGTCTCCTGTGGTG-3' 5'-TCGGCTTTGCCCTAACCGGAA-3' 5'-CCTGTACCGCGTTTGGACTAT-3' 5'-FAM-ATAGTGAAGGATAGCCTTGAACT-TAMRA-3' 5'-TGATATGCACTTAGAATCCTGGC-3' 5'-CATCTTCCAGGAGATCTATGACAA-3' 5'-TGAGCCTGTGTTCATAGCAGA-3' 5'-ATGCCAGGAGGGAACAAAG-3' 5'-GTTCTCCGGTTCCCACTTTT-3' 5'-GTCCAGAATCTCATGGTGCTGA-3' 5'-GCAATGTTGTCTCGATTCCAGA-3' 5'-CAAGACTTGGGCCACTTAAAAGAC-3’-3' 5'-FAM-AGGCGGCTCAGCACCTTGTATCTTG-TAMRA-3' 5'-AGTAAGGCTTTCCATCCTCATCAC-3' 79 表 2. Nrf2-MafG 結合近傍遺伝子の KEGG パスウェイ解析 Term p-value Glutathione metabolism 1.3.E-12 Metabolism of xenobiotics by cytochrome P450 8.9.E-09 Drug metabolism 9.1.E-09 Pyruvate metabolism 2.7.E-04 Glycolysis / Gluconeogenesis 0.002 ABC transporters 0.003 Pentose and glucuronate interconversions 0.005 Acute myeloid leukemia 0.010 Proteasome 0.014 Starch and sucrose metabolism 0.017 Ascorbate and aldarate metabolism 0.024 Tryptophan metabolism 0.026 Lysosome 0.029 Porphyrin and chlorophyll metabolism 0.037 Chronic myeloid leukemia 0.042 Glycerolipid metabolism 0.048 表 3. Nrf2 単独結合近傍遺伝子の KEGG パスウェイ解析 Term p-value Glycolysis / Gluconeogenesis 0.01 Dorso-ventral axis formation 0.013 Vascular smooth muscle contraction 0.03 TGF-beta signaling pathway 0.031 Insulin signaling pathway 0.032 Fc gamma R-mediated phagocytosis 0.039 80 表 4. ChIP-seq 解析で同定した結合部位近傍の Nrf2 標的遺伝子 ※ Genes in proximal to Nrf2-MafG biding sites Abcc1, Abcc2, Abcc4, Adh7, Akr1b8, Aldh3a1, Aldh7a1, Aox1, Atf1, Blvrb, Cat, Col18a1, Cyr61, Dnajb1, Entpd5, Ephx1, F3, Fgfbp1, Fmo1, Fth1, Ftl1, G6pdx, Gclc, Gclm, Gpx4, Gsr, Gsta3, Gsta4, Gstm1, Gstm2, Gstm3, Gstm4, Gstm6, Gstp2, Hmox1, Idh1, Il6, Mgst2, Nqo1, Pgd, Prdx1, Prdx6, Psma5, Psmb5, Slc2a1, Slc6a9, Slc7a11, Sod2, Sqstm1, Txn1, Ubc Genes in proximal to Nrf2 single biding sites Abcc3, Aldh1a1, Aldh3a2, Cyp2s1, Fmo3, Gstm5, Gsto1, Gstt1, Kif6, Kif7, Mt1, Sod1, Srxn1, Ugt2b35, Wisp1 Genes in proximal to neither Nrf2-MafG nor Nrf2 single binding sites Abcb1b, Abcc12, Abcc5, Actg2, Adamts1, Akr1b7, Akr1c19, Akr7a5, Aldh9a1, Alox15, Aqp1, Atf3, Cbr1, Cbr3, Ccr1, Cd36, Cebpd, Clec4d, Col13a1, Col1a1, Col6a2, Ctss, Cyp1b1, Cyp2a4, Cyp2b13, Cyp2B9, Cyp2c39, Cyp39a1, Cyp4a10, Cyp4a14, Dnaja1, Dnajb9, Egr1, Egr2, Eln, Emcn, Epas1, Erp44, Ex, F7, Fgf8, Fmo2, Fos, G6pdh, Gadd45g, Ggt1, Gjb3, Gpx2, Gpx3, Gss, Gsta1, Gsta2, Gsta5, Gstp1, Gstt2, Gstt3, Hk2, Hp, Hspa1a, Hspa1b, Hspa8, Hsph1, Idh2, Itga4, Itga5, Ldhb, Maff, Marco, Me1, Mgst3, Mt2, Ndufs2, Nfkbib, Nox4, Nr4a1, Nr4a2, Pdgfb, Pparg, Ppp1r15b, Ppp2r2a, Prdx3, Prkca, Ptgr1, Ptp4a1, Ptpn1, Ptpn14, Ptpn2, Sdha, Serpina1, Socs3, Sod3, Sult3a1, Tbxas1, Tcf3, Tgfb2, Timp3, Tmx2, Txndc5, Txnip, Txnrd1, Txnrd3, Udpgdh, Ugt1a1, Ugt1a2, Ugt1a6, Ugt1a7, Ugt2b1, Ugt2b38, Ugt2b5, Ugt2b8 ※ Nrf2 標的遺伝子は既報の総説を参照した 78-81) 81 Ⅳ. 結語 本研究から、生体防御系に重要な転写因子 Nfe2 関連因子と sMaf 群因子による遺伝 子発現制御機構をモデルにして、進化の過程で多様化した分子間の機能的差異と、2 量体形成による転写制御の意義が明らかとなった。進化の過程で共通分子から多様化 した Nrf1 と Nrf2 は、転写制御領域への異なる結合親和性を持ち、それぞれが独自の 標的遺伝子を制御していた。また、Nrf2 による遺伝子発現制御には、sMaf 群因子との 2量体制御が必須であった。 高等生物において、転写因子が多様化してファミリーを形成する例は数多く存在す るが、その意義は十分に検証されていない。本研究結果は、ファミリーを形成する転 写因子群が制御領域への異なる結合特異性を獲得することで機能的差異を発揮し、さ らに、2量体形成による複数通りの組合せが可能となることで、機能に多様性がより 一層生じた可能性を示している。こうした機構の変化は、高等生物における多層的な 遺伝子発現制御ネットワークの構築に重要であると考えられる。以上より、転写因子 群の多様化は、広範な細胞内プロセスの制御を可能にし、進化的に有利であると考え られる。今後は、ChIP-seq 解析や複合体解析等の網羅的手法による大規模解析データ から、法則性を抽出することで、高次な遺伝子発現制御機構の基本原理に迫ることが できると期待される。 82 Ⅴ. 文献 1. 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