麻酔ラットの十二指腸運動に及ぼす灸刺激の効果 The Effect of

全日本鍼灸学会雑誌.2002年,第52巻4号,427-434
(51) 427
原 著
麻酔ラットの十二指腸運動に及ぼす灸刺激の効果
田中 秀樹1)
野口栄太郎2)
小林 聰2)
大沢 秀雄2)
佐藤 優子3)
1)東京都立文京盲学校理療科
2)筑波技術短期大学鍼灸学科
3)人間総合科学大学
The Effect of Moxibustion Stimulation on Duodenal Motility
in Anesthetized Rats
TANAKA Hideki1) NOGUCHI Eitaro2) KOBAYASHI Satoshi2)
OHSAWA Hideo2) SATO Yuko3)
1)Tokyo Metropolitan BUNKYO School for the Blind
2)Tsukuba College of Technology
3)University of Human Arts and Science
Abstract
The effect of moxibustion on duodenal motility was examined. Duodenal motility was measured by the balloon
method in anesthetized, artificially ventilated rats. The stimulation temperature and duration of moxibustion varied.
Treatments were applied to the hind paw and abdomen.
The duodenal motility exhibited an excited response by pinch stimulation of hind paw, and inhibitory response
by abdominal pinch stimulation. Duodenal motility did not show any response to indirect moxibustion stimulation
of the hind paw and abdomen. Duodenal motility exhibited an excited response by direct application of moxibustion
to the hind paw and an inhibitory response by direct application of moxibustion to the abdomen.
Key words: moxibustion stimulation, indirect moxibustion, direct moxibustion, duodenal motility, rat
Zen Nihon Shinkyu Gakkai Zasshi (Japan Society of Acupuncture and Moxibustion, JSAM), 2002, 52(4), 00-00
(Accepted; 7 July, 2002)
Ⅰ.はじめに
古来より「胃の六ツ灸」などと称され、消化器
疾患に灸治療が鍼灸臨床において多用されている
1)。また、鍼灸研究の分野においても消化管に対
する効果についての実験的研究は、他の器官の研
究と比較して数多く存在する2,3)。
―――――――――――――――――――――――――――
〒305-0821 茨城県つくば市春日4丁目12−7 筑波技術短期大学鍼灸学科
Tsukuba College of Technology, 4-12-7 Kasuga, Tsukuba-shi, Ibaragi 301-0821, Japan
受理日;2002年7月6日
428 (52)
田中秀樹、他
全日本鍼灸学会雑誌52巻4号
特に腸管運動に関しては早い時期から研究が行
動の検討は種々の測定方法で行われており、その
われてきており、明治四十五年に樫田十次郎らは、
結果を比較し一定の結論を得るのは困難であった。
灸刺激による家兎の腸蠕動運動を腹壁の視診およ
しかし、胃腸運動に関する体性感覚刺激の生理
び腹腔内にリンゲル液を投与した後の腹腔内圧の
学的研究の分野では、鍼刺激の効果も含めてすで
変化をマノメーターで観察して、腹部および脚
に詳細な研究8,9,10,11,12)行われている。
(足三里)の灸刺激による一過性の亢進に続く抑
そこで今回の研究では、すでに報告されている
制反応を報告4)している。また、大正三年には後
生理学的研究と同様の測定方法を用い、まだ鍼灸
藤道雄により灸刺激による家兎腸管運動の亢進反
刺激による反応が確認されていない十二指腸運動
応が腹壁の視診および聴診で観察5)されている。
について灸による温度や大きさの異なる刺激に対
さらに、昭和4年には藤井秀二が家兎小腸運動の
する反応と刺激部位の違いによる反応を麻酔ラッ
変化を腹部に作成した小孔から目視により観察し
トで観察した。
小児鍼による抑制効果を報告6)している。
近年ではIwaらにより、無麻酔マウスで経口的
に胃に投与した墨汁が腸管内を移動した距離を観
Ⅱ.実験方法
実験には、ウイスター系雄性ラット(体重:230
察し、鍼灸刺激による胃腸運動の抑制および亢進
∼390g)13匹を用い、麻酔はウレタン(urethane:
反応、さらに消化管の運動を亢進するワゴスチグ
1.3g/kg)の腹腔内投与により行った。
ミン投与後では、腹部の鍼灸刺激は逆に抑制反応
呼吸は、頚部正中を切開し気管カテーテルを挿
にかわり、アトロピン投与による運動抑制時には
入して人工呼吸器(SN-480、シナノ製作所)で行
亢進反応となること、またエピネフリンで交感神
い、呼気中CO2濃度を約3%に維持しながら呼吸
経を刺激し運動を抑制した時は反応が起らないと
数および換気量を調節した。
報告7)している。
体温は、直腸に挿入したサーミスター温度計で
これまで行われてきた、鍼灸刺激による胃腸運
測定し温度制御システム(ATB-1100、日本光電)
図1.実験方法
A:ラットはウレタン麻酔・人工呼吸下で体温・血圧が安定した状態に保たれた。十二指腸内圧測定はバルーン・カテーテ
ルおよび圧トランスジューサーを介して行った。
B:内圧測定用バルーンは、幽門から3cm肛門側から口側に挿入し結紮固定した。バルーンと結紮部の死腔には排出管を
挿入し消化液を排出した。
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原著
図2.艾柱の燃焼温度曲線
IDM:間接灸、DMS:直接灸小(艾重量:4.7±1.6mg, n=10)
、DML:直接灸大(艾重量:108.6±5.8mg, n=10)の燃
焼温度の記録。
グラフ上の●点は艾燃焼温度測定器で計測された4秒ごとの艾柱の燃焼温度を示し、刺激毎に20回反復した灸刺激の経時
的な温度変化を重ねて記録してある。
により37.0∼38.0℃に保った。血圧および心拍数
で、間接灸刺激(IDM刺激)として「カマヤミ
は、頸動脈に挿入したカテーテルより圧トランス
ニ(弱)」
(釜屋もぐさ本舗製)を、また直接灸小刺
ジューサー(TP-400、日本光電)を介して測定し、
激(DMS刺激)として「大切り艾」(釜屋もぐ
ポリグラフ(RM-6000、日本光電)で観察した。
さ本舗製,重量:4.7±1.6mg, n=10)、および直接
また内頚静脈にカテーテル留置し、必要に応じ
灸大(DML刺激)として「カマヤミニ(弱)」と
て4%フィコール溶液または5%ブドウ糖加乳酸
同量の艾(重量:108.6±5.8mg, n=10)による艾
リンゲル液を投与し、実験期間中の平均血圧を
柱を作成し、三種類の施灸温度の測定を行った。
60mmHg以上に維持した。(図1-A)
施灸温度測定:施灸温度測定には艾燃焼温度測
定器(鈴木医療器)を用い、温度センサーである
1) 十二指腸運動の記録
熱電対自体の放熱・蓄熱効果から、生体に与える
腹部を正中切開し、幽門部より約3cm肛門側
熱刺激量と異なる温度値がでる可能性を考慮し
の十二指腸に小切開を加えて挿入口を作成した
て、燃焼温度測定器のセンサー部放熱板に、実験
後、バルーン・カテーテル(バルーン直径:8∼
動物体温維持装置のサーミスターセンサーを取り
10mm)を2cm(バルーン中心が幽門より肛門側
付け、赤外線ランプにより熱電対部がラットの体
1.5cmの部位)挿入した。バルーン内には、加温
表温と同じになる環境に設定し、艾の燃焼温度を
した生理的食塩水を注入し約100mmH2Oに加圧し
測定した。
た状態で、圧トランスデューサー(TP-400T、日
図2に実際に計測された艾柱の燃焼温度曲線
本光電)により、内圧の変化を連続測定しポリグ
を、上段からIDM刺激、DMS刺激およびDM
ラフ(RM-6000、日本光電)で記録した。
L刺激の順で示す。グラフ上の各点は艾燃焼温度
また、バルーンと挿入口の間には消化液の貯留
を防ぐ目的で排出管を留置した。
(図1-B)
測定器で計測された4秒ごとの艾柱の燃焼温度を
示し、刺激毎に20回施行した灸刺激の経時的な温
度変化を重ねて記録してある。
刺激条件の設定:施灸の生体に対する熱刺激の
2) 灸刺激方法および刺激条件の設定
灸刺激の種類:灸刺激の条件を設定する目的
閾値は、細い無髄線維が興奮する40℃以上という
報告12)を参考にして、点火(f)から燃焼温度が40℃
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また実験に際し、十二指腸運動の反応確認のた
め体性感覚刺激としてピンチ刺激を灸刺激に先行
して行いその反応性を確認した。
3)データ処理
十二指腸運動の計測は振り子運動の波形の平均
振幅を算出し、反応は刺激直前30秒間の平均値(a)
に対する刺激中のピーク値(b)を計測した。
(図6A)統計学的検定は、刺激前値平均に対する刺激
中のピーク値平均に対しpaired t-testを行い、有意
水準5%以下を有意と判定した。
図3.灸刺激条件の設定
A:各灸刺激期間の計測
f:点火時,:40度到達点(=刺激開始時)
,b:最高燃焼温
度到達時(=刺激終了時),m:最高燃焼温度,ab:有効刺
激時間
B:各刺激の、計測点への到達時間(平均±標準誤差)、
と算出した有効灸刺激時間(秒)
f→a:点火から40度到達時間、f→b:点火から最高燃焼温
度到達時間,a-b:有効灸刺激時間
Ⅲ.結果
1.体性感覚刺激(ピンチ)による十二指腸運動
の反応
灸刺激を開始するのに先立ち、十二指腸運動の
応答確認のため体性感覚刺激としてピンチ刺激を
行いその反応性を確認した。ピンチ刺激は、後肢
足蹠と腹部の灸刺激を行うのと同じ部位の皮膚に
鉗子を用いて30秒間行った。後肢足蹠のピンチ刺
激により刺激期間に一致して内圧上昇反応が、ま
に到達する点(a)および最高燃焼温度に到達する点
た腹部へのピンチ刺激により内圧の減少反応が観
(b)を計測し、40℃到達点から最高温度到達点を有
察された。(図4)
効な灸刺激期間(a-b)と設定した。(図3-A)
従って、IDM刺激では点火後40℃に達する平
2.足蹠の灸刺激による十二指腸運動の反応
均61.8秒後から平均157.4秒後に達する平均最高燃
図5-Aに、上段から順に足蹠に行ったIDM
焼温度到達点(平均温度:55.6±0.8℃)までの
刺激とDMS刺激およびIDL刺激による十二指
95.6秒間を有効灸刺激時間とした。
腸運動の反応の典型例を示す。
DMS刺激では、点火後40度に達する平均5.8
下線は三種類の灸刺激の有効刺激期間を示し、
秒後から平均30.6秒後の最高燃焼温度到達点(平
IDM刺激では点火後61.8±14.0秒後から約96秒
均温度:115.1±16.1℃)に達する24.8秒間を有効
間、DMS刺激では点火後5.8±2.2秒の約24.8秒、
灸刺激時間とした。
DML刺激は点火後37.2±6.2秒から73.4秒間を示
DML刺激では点火後40度に達する、平均37.2
秒後から平均110.6秒後に最高燃焼温度到達点(平
均温度:198.2±29.0℃)に達する73.4秒間を灸の
有効熱刺激時間と設定した。
(図3-B)
している。
後肢足蹠のIDM刺激では、有効灸刺激時間に
おいて一定の反応は認められなかった。
DMS刺激では、点火後の有効灸刺激時間に僅
灸刺激は各刺激ともに一壮ずつ行い、IDM刺
かな内圧上昇が認められた、しかしこの反応は不
激とDMS刺激およびDML刺激を用いて三種類
安定に出現し、反応は内圧の上昇または無反応で
の刺激温度と刺激時間の異なる灸刺激を設定し
あった。
た。また刺激は、後肢足蹠(第二・三中足骨間)
一方、DML刺激では著名な増加反応が有効灸
または腹部(季肋部下縁)の2ヶ所に行い、部位
刺激期間内に認められ、15例のラットで上昇反応
ごとの十二指腸運動の反応についても観察した。
10例、無反応5例、下降反応0例と安定した内圧
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し、腹部刺激により内圧下降反応という同様の反
応性を示したが再現性の良いDML刺激で比較し
た。
十二指腸運動における灸刺激反応の変化率は、
刺激前値に対する変化率(刺激中ピーク値(b)-刺
激前値(a)÷刺激前値(a)×100)で示す。
グラフの黒点はラットの個々の変化率を示し、
白丸印は平均を縦棒は標準偏差を示している。
(図
6)
足蹠のIDM刺激により刺激前値平均58.8±
21.4mmH2Oから刺激により60.8±27.5mmH2Oと変
化率の平均で1.4±9.5%の増加しか示さず、ID
M刺激による一定の反応は認められなかった。
図4.体性感覚刺激による十二指腸運動の変化
HP-pinch:後肢足蹠皮膚への30秒間のピンチ刺激の効果
abd.-pinch:季肋部皮膚への30秒間のピンチ刺激の効果
足蹠に対するDML刺激では、刺激前値平均
38.1±29.1mmH2Oから46.1±23.9mmH2Oの増加反
応を示し変化率の平均で75.91±82.0%と十二指腸
内圧を有意に上昇させ腸管運動を亢進させた。
(図
6-B)
上昇反応が観察された。
腹部のIDM刺激では刺激前値平均61.0±
28.9mmH2Oから刺激により61.6±29.5mmH2Oと変
3.腹部の灸刺激による十二指腸運動の反応
図5-Bに腹部のIDM刺激とDMS刺激およ
化率の平均で0.9±6.4%の変化しかなく、IDM
刺激による一定の反応は認められなかった。
びDML刺激による十二指腸運動の反応の典型例
腹部に対するDML刺激では、刺激前値平均
を示し、下線は各灸刺激の有効刺激期間を示す。
76.7±34.2mmH 2 Oから刺激により73.3±39.9
腹部に対するIDM刺激の反応は、有効刺激期
mmH2Ogと減少し変化率の平均で-5.1±10.5%の十
間に十二指腸運動の反応は認められなかった。
DMS刺激では、有効刺激期間に同期して十二
指腸内圧の下降反応が認められたが、反応全体で
二指腸内圧の下降反応が観察され、DML刺激に
より、有意な腸管運動の抑制変化が認められた。
(図6-C)
は不安定な下降または無変化の反応であった。
DML刺激では、有効刺激時間の温度上昇に伴
Ⅳ.考察
う十二指腸内圧は、18例のラットで下降反応11
灸治療は消化器疾患の治療に古来より多用され
例、無反応3例、上昇反応4例と下降反応が安定
ており、特に小腸運動に対する鍼灸刺激の効果に
して観察された。
ついては、本邦で明治年間から実験的研究が行わ
れてきている2,3)。しかし樫田4)、後藤5)、藤井6)
4.後肢足蹠と腹部の灸刺激による十二指腸運動
らの初期の研究では実験方法の記載が乏しく、そ
の変化率
れぞれの結果を比較し一定の結論を得るのは困難
足蹠と腹部の灸刺激による十二指腸運動の変化
であった。
率を、間接灸(IDM)刺激と同量のもぐさを用
いた直接灸大(DML)刺激の間で比較した。
直接灸小(DMS)刺激と直接灸大(DML)
刺激は、足蹠への刺激により内圧上昇反応を示
一方、鍼灸治療の効果の機序と関連の深い体性
感覚刺激による胃腸運動へ反応に関して数多くの
報告があり、胃幽門部の運動についてSato.A 8)、
Kametaniら9)が報告し、さらに徒手の鍼刺激によ
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田中秀樹、他
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図5.灸刺激による十二指腸運動の変化
A:足蹠灸刺激による十二指腸運動の反応の典型例,B:腹部灸刺激による十二指腸運動の反応の典型例
f:点火時、下線は各灸刺激による有効灸刺激時間(stim.≒平均時間)を示す。
IDM:間接灸、DMS:直接灸小、DML:直接灸大
りSato.Aら10)、鍼通電刺激で山口ら11)が詳細に
検討している。体性感覚刺激および徒手鍼刺激、
鍼通電刺激で胃運動は、腹部刺激により交感神経
を介した抑制反応をおこし、四肢刺激により上脊
髄性の迷走神経を介した促進反応を起こすことが
すでに証明されている。また、十二指腸運動につ
いてSato.Yら13)が、腹部に加えたピンチ刺激によ
り抑制反応を起こすことを報告し、この反応が内
臓神経を介した、脊髄における反射性反応である
ことを証明している。
そこで我々の研究では、生理学的研究と同様の
測定方法で十二指腸運動を測定し、温度と刺激時
間の異なる種々の灸刺激の効果について検討した。
実験に際し、十二指腸運動の測定方法の確認の
図6.灸刺激による十二指腸運動の変化率
A:十二指腸運動の計測の典型例
excitetion:内圧上昇例の計測、inhibition:内圧減少例の計測
a:刺激前値の平均、b:増加反応の平均曲線上の最小値
横棒:刺激期間
B:足蹠の間接灸と直接灸刺激の変化率
IDM:間接灸の変化率(5rats,5trial)、DML:直接灸大の変化率
(5rats,15trial) ●:6ラットの各変化率、〇:平均±標準偏
差、**=p<0.01: paired t-test
C:腹部の間接灸と直接灸刺激
IDM:間接灸の変化率(4rats,10trial)、DML:直接灸大の変化
率(6rats,18trial) ●:6ラットの各変化率、〇:平均±標準
偏差、**=p<0.01: paired t-test
ため、体性感覚刺激としてピンチ刺激を先行して
行った。その結果、腹部刺激による十二指腸運動
の抑制が認められ、従来の報告されている胃・十
二指腸運動と同様の反応を示すことが確認された。
さらに、後肢足蹠ピンチ刺激で十二指腸運動の亢
進が認められ、十二指腸運動においても胃運動と
同様の後肢刺激による亢進反応を示すことが初め
て確認された。
一方、間接灸刺激では、足蹠および腹部刺激に
よる十二指腸運動の変化に一定した傾向は認めら
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れなかった。
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また強い刺激を与えるには灸刺激の方が有利で
皮膚の温度感覚は、皮膚温が変化している時の
あり、古来より鍼刺激でなく「胃の六ツ灸」とし
動的温度感覚においては、刺激前温度や温度の変
て灸刺激が推奨されてきた理由のひとつと考えら
化速度で異なり、変化速度が遅くなれば閾値は大
れた。
きくなることが知られている14)。
今回用いた灸刺激では、体性感覚神経無髄線維
を興奮させるのに充分な温度に達しているが、刺
今後、これらの反応の神経性機序を明らかにす
るために、体性神経や自律神経の遮断実験などを
追加し検討して行く必要があると考えられる。
激開始時間とした皮膚表面温度40℃からピーク温
度に到達するまでの温度上昇速度が、直接灸のD
Ⅴ.結語
MS刺激で3.01℃/秒、DML刺激では2.16℃/秒で
麻酔ラットの後肢足蹠と腹部に、刺激温度およ
あるのに対して間接灸のIDM刺激では0.16℃/秒
び刺激時間が異なる、間接灸と直接灸刺激を行
と非常に遅く、温度が緩やかに上昇するため、充
い、十二指腸運動の変化を観察し以下結果を得
分な熱刺激であるにも関わらず、効果発現に必要
た。
な温度感覚刺激となり得なかったため、間接灸刺
1.ピンチ刺激による、後肢足蹠刺激で十二指腸
激による反応が一定の傾向を示さなかったと考え
られた。
直接灸のDML刺激による十二指腸運動の反応
は、後肢足蹠刺激で亢進、腹部刺激で抑制され、
ピンチ刺激と同様の結果を観察した。
運動の亢進が、腹部刺激で抑制が認められた。
2.間接灸による、後肢足蹠刺激及び腹部刺激で
は一定の反応が認められなかった。
3.直接灸刺激による、後肢足蹠刺激で十二指腸
運動の亢進が、腹部刺激で抑制が認められた。
胃運動における後肢足蹠刺激で亢進を誘発する
には鍼通電の刺激強度が体性感覚神経」群以上を
謝辞:本実験は、田中が内地留学生として筑波技
刺激する強度が必要で、腹部刺激で抑制反応を誘
術短期大学生理学教室に在任した期間に行なわれ
発するのに、群線維閾値以上の刺激強度が必要な
た。稿を終えるにあたり御支援頂いた関係諸氏に
ことが報告11)されている。
深謝する。
このことから、侵害刺激となるピンチ刺激およ
び直接灸刺激は、体性感覚神経、群線維を興奮さ
せ体性-自律神経反射を介する、後肢足蹠刺激の
本稿執筆中に急逝された、共同研究者で恩師の
小林 聰先生に深く哀悼の意を捧げる。
十二指腸運動の亢進反応と、腹部刺激の抑制反応
を誘発したと考えられた。
しかし、小さい直接灸のDMS刺激では安定し
た反応を得ることは出来なかった。このことは、
直接灸のDMS、DML刺激ともに熱刺激として
は、 群 線 維を興奮させる強度に十分達しているが、
文献
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東京.1975;189-91.
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刺激与えている時間に違いがあり、DMS刺激で
3)野口栄太郎,今井賢治,角谷英治,川喜田健
は有効な刺激時間が短く充分な刺激とならず反応
司.内臓痛・消化器機能・消化器症状に対す
が不安定であったと考えられた。
る鍼灸の効果.全日鍼灸会誌.2001;51(4):
以上の結果から、臨床的に胃・十二指腸の抑制
反応を期待するためには、体幹部への比較的強い
刺激が有効であり、臨床で多用される半米粒や米
粒大のような小さな艾柱を用いて充分な刺激時間
を得るためには壮数を重ねる必要があると考えら
れた。
466-91.
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要 旨
灸刺激が十二指腸運動に与える効果について検討した。
実験は人工呼吸下の麻酔ラットの十二指腸運動をバルーン法によって測定した。灸刺激は後肢足蹠と腹
部に、刺激温度および刺激時間が異なる、間接灸と直接灸刺激を行い、十二指腸運動の変化を観察した。
ピンチ刺激による、後肢足蹠刺激で十二指腸運動の亢進が、腹部刺激で抑制が認められた。間接灸によ
る、後肢足蹠刺激及び腹部刺激では一定の反応が認められなかった。直接灸刺激による、後肢足蹠刺激で
十二指腸運動の亢進が、腹部刺激で抑制が認められた。
キーワード:直接灸、間接灸、十二指腸、胃腸運動、ラット