甲状腺癌の外科治療と最近のトピックス 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 篠原 尚吾 罹患率 米国では 2.88/10万人(1973-1974) ↓ 9.25/10万人(2005-2006) 30年で3.2倍に増加 罹患率 (本邦、対10万人) 12 10 8 粗罹患率 男性 粗罹患率 女性 6 年齢調整罹患率 男性 年齢調整罹患率 女性 4 2 0 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2001 2002 2003 甲状腺腫瘍診療ガイドライン(2010)より 死亡率 (本邦、対10万人) 1.8 1.6 1.4 1.2 粗死亡率 男性 1 粗死亡率 女性 年齢調整死亡率 男性 0.8 年齢調整死亡率 女性 0.6 0.4 0.2 0 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2003 2005 2007 甲状腺腫瘍診療ガイドライン(2010)より 原因 超音波検査など画像診断法の発達により、微小 癌の発見が容易になった(浜田ら1995) ↓ そもそも、剖検所見からみた甲状腺癌の有病率 はもっと高いと考えられてる 剖検例からみた甲状腺微小癌の頻度 著者 Fukunaga Sobrinho- Simoes Bondeson Allerano Harach Lang 発行年度 1975 1979 1981 1984 1985 1987 地域 剖検例数 有病率(% ) Columbien 607 5.6 Hawaii (Japanese) 298 24.2 Ontario 100 6.0 Poland 110 9.1 Sendai 102 28.4 Portugal 600 6.5 Sweden 500 8.6 Chile 274 3.6 Finland 101 35.6 Hannovef 1020 6.2 甲状腺癌における遺伝子異常のトレンド 100 古典的乳頭癌 (%) 80 60 BRAF 40 RET/PTC RAS 20 0 1974-1985 濾胞癌 100 1990-1992 2000 2009 (%) 80 60 BRAF RET/PTC 40 RAS 20 0 1974-1985 1990-1992 2000 2009 Jung CK(2014)より 原因 (possible) 特定の遺伝子異常を持つ甲状腺癌の増加 ↓ 放射線ではない、環境要因あるいは化学物質 (ヨードの過剰摂取?) 甲状腺悪性腫瘍の分類 1977-1998 2004 (悪性リンパ腫を含まない) 乳頭癌 83.1% 濾胞癌 11.2% 髄様癌 1.4% 未分化癌 1.8% 他 2.4% (悪性リンパ腫) 乳頭癌 濾胞癌 髄様癌 未分化癌 他 92.5% 4.8% 1.3% 1.4% 0.0% 甲状腺外科学会報告データおよび 甲状腺腫瘍診療ガイドライン(2010)より 初発症状 当科の統計による(111例:1998年) • • • • • • • 前頸部腫瘤(38.7%) 嗄声(23.4%) 頸部リンパ節腫大(15.3%) 自覚症状なし(9.9%) ←現在では、これがかなりの割合 • 頸部の血流エコー 咽喉頭異物感(9.0%) • 検診での甲状腺・乳腺エコー • 検診・他癌で施行したPET-CT 偶発癌(2.7%) 嚥下困難、呼吸困難、血痰など(0.9%) 甲状腺癌のTNM分類 (UICC 6Th ・甲状腺癌取扱い規約6Th) T分類 T1:甲状腺内に限局し、最大径が2cm以下のもの T2:甲状腺内に限局し、最大径が2cmをこえ4cm以下のもの T3:甲状腺に限局し、最大径が4cmをこえる腫瘍、または甲 状腺外への軽度の進展を伴う腫瘍 T4:大きさを問わず甲状腺の被膜をこえて浸潤する腫瘍。 T4a:皮下軟部組織、喉頭、気管、食道、反回神経 T4b:椎骨前筋膜、縦隔内の血管に浸潤、あるいは頚動脈を 全周性に取り囲む腫瘍 甲状腺癌のN分類 ( UICC 6Th ・甲状腺癌取扱い規約6Th) N1a Central node N1b Lateral node 甲状腺癌のTNM分類 M分類 M0:遠隔転移のないもの M1:遠隔転移のあるもの Stage分類(UICC 6Th) 45歳未満:Ⅰ期:M0,Ⅱ期:M1 45歳以上:Ⅰ期:T1N0M0 Ⅱ期:T2N0M0、 Ⅲ期:T3あるいはN1a ⅣA期:N1bあるいはT4a ⅣB期:T4b、ⅣC期:M1 術式 (甲状腺癌取扱い規約6Th ) 原発 全摘、亜全摘、半切 リンパ節 D2b D3b D3a D2a D2b D3b D1 D1 遠隔転移 切除術(縦隔・腋下リンパ 節、肺転移 骨転移、脳 転移) D1 D2-3a D2-3b D3c D3c 治療の話に入る前に予後の話が必要 予後 10年OS:94.4% 10年DSS:98.6% (当科手術症例の統計:1998年) 予後を決定する因子 1.遠隔転移の有無 2.年齢 3.被膜浸潤 4.大きさ 予後診断別生存率(1) EORTC (1979) 年齢 +12 +10 +45 +10 +15 +15 男性 髄様癌or主要な細胞が濾胞型低分化 主要なor関連する細胞が未分化 周辺臓器進展 遠隔転移が最低一つ 遠隔転移が多数 合計 危険度 5生率(%) <50 1 95 50-65 2 80 66-83 3 51 84-108 4 33 ≧109 5 5 AGES (1987 Mayo):乳頭癌 スコアー=0.05×年齢(40才以上)+1(grade2)+2(grade3,4)+1(被膜外浸潤) +3(遠隔転移)+0.2×腫瘍径(cm) • 0-3.99の場合:半切と全摘で予後に差はない. スコアー 25年原病死亡率 • 4以上の場合:全摘の方が予後が良い. 0-3.99 2% 4-4.99 24% 5-5.99 49% ≧6 93% 予後診断別生存率(2) AMES (1988 Lahey):乳頭癌と濾胞癌 A B A B 低危険群 遠隔転移のない若年者 (男性<41,女性<51) 高齢者のうち 1.腺内限局乳頭癌or微小浸潤濾胞癌 2.最大径5cm未満 3.遠隔転移無し 高危険群 遠隔転移のある全年齢層 高齢者のうち 1.被膜外浸潤乳頭癌or浸潤濾胞癌 最大径5cm以上 死亡率(1961-1980) 低危険群 高危険群 MACIS (1993 Mayo):乳頭癌 スコアー=3.1(39才以下)+0.08×年齢(40才以上)+0.3×腫瘍径 (cm)+1(不完全切除)+1(局所浸潤)+3(遠隔転移) 1.80% 46% スコアー 20年生存率 0-6 6-6.99 7-7.99 ≧8 99% 89% 56% 24% 症例1 • 57歳男性 • 主訴:前頸部腫瘤 • 現病歴:1~2年前から前頸部左側に腫瘤を自覚。 ここ半年ほどで急に増大したとのことで平成10年 11月神戸大学を受診。甲状腺癌の肺転移、脳転 移を指摘され、同年12月当科初診。 • 所見:全頸部に6cmx6cmの巨大な腫瘍触知。左 反回神経麻痺あり。気管fiberにて内腔に突出した 腫瘍が認められた。 • 手術:左頸部郭清、甲状腺可及的切除(甲状軟 骨、輪状軟骨、第1から5気管輪に浸潤した腫瘍 は原形を残し可及的切除に留めた) 経緯 • • • • 脳転移の切除3回 放射線ヨード治療11回 γ-knife3回 甲状軟骨上の腫瘍の可及的切除1回 • 平成21年6月:原発巣の未分化転化のため原病死 (術後10年6ヶ月生存) 症例2 • 61歳女性 • 主訴:転移性肺腫瘍 • 現病歴:2004年10月内科で撮影した胸部レントゲ ンで右下肺野に直径15mmの腫瘍を指摘。過去の 画像を見直してみると1984年の時点で同部位に 7.5mmの腫瘤あり。2005年2月VATSにて切除、 甲状腺乳頭がんの転移と発覚し紹介。 • 手術:甲状腺全摘+右D2a頸部郭清 原発:右葉に11mm ECE(-) 1/1 左0/1 右3/5 右0/5 右3/8 腫大リンパ節 経緯 初回のRI治療後 5回目のRI治療後 5-10年では癌死しないので、機能温存 (非全摘)でも良いのでは・・・? • • • • • • 術後性甲状腺機能低下症 術後性副甲状腺機能低下症 反回神経麻痺による嗄声のリスク↑ 両側反回神経麻痺による気管切開のリスク 病院から離れられない・・・ (患者から離れられない・・・) 全摘すべきか非全摘か? 日本における甲状腺癌の原発切除術式 2005年の全国サーベイ(Shigematsu:2005) T1乳頭癌 T2-4乳頭癌 5% 全摘 20% 全摘 海外での外科治療アルゴリズム ATA guideline 2006 (The American Thyroid Association) 乳頭癌 全摘 葉切除 ablation • • • • • • 小さい(1cm以下) • 腺内限局 • 単一 • 病理学的にlow risk • リンパ節・遠隔転移なし 131I Stage III, IV , M1 Stage II over 45y.o. Limited Stage I Pathological high risk N+, ECE+ 他 • 初回手術時に良性・悪性がはっきりしなかった場合も上記の葉切除の基 準を満たさなければ、Completion Thyroidectomy(残葉切除)を勧める 本邦におけるここ数年の変化 • 当院では少なくとも私が赴任した1996年には、全摘が基本方針でした。 現状での本邦のガイドライン (甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010) T1N0M0 乳頭癌 TNM分類 葉切除(+郭清) Gray Zone T>5cm N1 Ex2 M1 全摘(+郭清) 術後治療 術 後 経 過 観 察 論争 (診療ガイドラインのコラム) 甲状腺全摘により、術後放 射線ヨードによる転移の検 索・治療が容易にできる 放射性ヨード使用に関する 法的規制が厳しく、採算性 からも放射性ヨード使用可 能施設が限られている 甲状腺分化癌の全摘後アルゴリズム ATA guideline 2009 採血とUS 血清Tg値<1 (TgAb陰性) 血清Tg値>1 TSHを上昇させる • • LT4を止める リコンビナントTSHの投与 血清Tg値>2 131I全身シンチ シンチ陰性 シンチ陰性 シンチ陽性 Tg陰性 Tg陽性 経過観察 生化学的腫 瘍残存あり 131I治療 PET-CT 分子標的治療薬 131I WBSとFDG-PET I- Na+ FDG 131I Na+ NIS Glu Glucose transporters 131I FDG 甲状腺濾胞細胞由来の癌細胞 放射線ヨードを取り込まない甲状腺癌では優位にNISのmRNAの発現が 低下する一方Glut1mRNAの発現は約5倍に上昇する(Mian et al, 2008) 10年疾患特異的生存率が98.6%なら、 ほとんどの症例が根治できているの? 当院における、全摘+131I RAI後の生物学的腫瘍残存の割合 (1999-2010年:n=168) WBSpositive observe 10% Tg positive WBSnegative 35% WBSpositive ongoing Tx 2% Tg negative WBSnegative 53% Tg negative = Tg<0.5@TSH normal and Tg<2@THW or rhTSH (2014年度日本甲状腺外科学会で口演予定) 予後の違い (Tg negative vs. Tg positive) OS DSS 1.00 1.00 累積生存率 0.60 Tg positive/ WBS negative 0.40 P=0.02 0.20 2000 4000 時間 Tg negative/ WBS negative 0.60 Tg positive/ WBS negative 0.40 P>0.05 0.20 0.00 0 0.80 累積生存率 Tg negative/ WBS negative 0.80 6000 0.00 0 2000 4000 時間 6000 新たな予後診断 • Ongoing risk stratification (Tuttle 2008) – Tg値によりExcellent response, Acceptable response, Incomplete responseに分類 • Delayed risk stratification (Castagna 2011) – Tg negative @TSH↑, TgAb negative, 画像negative: low risk – Others: high risk • Tg doubling time (Tg-DT) (Miyauchi 2011) – – TSH抑制下のTgの倍加時間によるリスク分類 TNM分類なども加えた多変量解析で、唯一の有意な予後因子となった 小括 甲状腺乳頭癌は長期間にわたり“慢性的な” 経過をとるので、それを考慮に入れた治療・経 過観察が必要である 放射線ヨード不応乳頭癌に対する治療 ・・・・を理解するには、甲状腺乳頭癌のgenomicを理解する必要あり 癌遺伝子 • • • • • • 増殖因子 増殖因子受容体(チロシンキナーゼ型) Gタンパク 細胞質性キナーゼ 他の細胞質性タンパク質(抗アポトーシス) 核タンパク質(転写因子) 増殖因子と細胞内シグナリング 増殖因子 増殖因子受容体 RAS Y P P Y Y P P Y RAF 細 胞 質 MEK ERK 細胞質性キナーゼ GRB2:増殖因子受容体結合蛋白2 SOS:son of sevenless RAF MEK:ERKキナーゼ ERK:細胞外シグナル制御キナーゼ G蛋白 Ras蛋白質 転写因子(TF) 核 TF Mitogen-activated Stress-activated 甲状腺乳頭癌に見られる遺伝子異常 • 癌遺伝子 – 増殖因子受容体型癌遺伝子 • RET/PTC, NTRK, MET P Y – G蛋白 Y • RAS – 細胞質性キナーゼ • BRAF – 転写因子 • Pax-8 • 癌抑制遺伝子 • PTEN TF High prevalence of BRAF mutation in Thyroid Cancer: Genetic Evidence for Constitutive Activation of the RET/PTC-RAS-BRAF Signaling Pathway in Papillary Thyroid Carcinoma Cancer Research,2003. 78例の甲状腺乳頭癌の遺伝子異常を調べ、そのうち66%が RET/PTC, RAS, BRAF mutationのどれかを発現しており、これ らは両方発現している症例はなかった。 甲状腺乳頭癌の初期の癌化にはmitogen-activated pathwayが大きく関与している。 チロシンキナーゼ型受容体c-RETの活性化 GDNF c-RET GFRa-1 • • GDNF:glial derived neurotropic fator GFR: GDNF receptor P P P P P P シグナリング 融合型癌遺伝子RET/PTC c-RET Partner Protein TM RI TK1 TK2 RI RET/PTC# RET/PTC癌遺伝子ファミリー Extracellular Domain Cadherin-like domain TM Intracellular Domain Tyrosine Kinase 1 Cysteine-rich region Tyrosine Kinase 1 c-RET H4 RET/PTC1 RIa RET/PTC2 RET/PTC3 ELE1 r2 r3 RET/PTC4 RET/PTC5 RET/PTC6 RFG5 hTIF1g RET/PTC7 RFG7 RET/PTC8 KTN1 RET/PTC9 RFG9 今では15種類 RET/PTCの自己二量化 c-RET RP3 ELE1 P P P P P P BRAFの活性化 1799A→T Valine(V)600 → glutamic acid(E) 分子標的治療薬 (multikinase inhibitor) • Sorafenib (ネクサバールR) – VEGF(血管上皮成長因子)受容体 – RAF – RET • Vandetanib – VEGF(血管内皮成長因子)受容体 – EGF(上皮成長因子)受容体 – RET • Lenvatinib – – – – 腎細胞癌・肝細胞癌に既適応 国際第3相試験中(RAI不応PAC) すでに、PFSを有意に延長させる ことは実証 海外では髄様癌に既適応 (本邦では第1/2相試験中) 海外では乳頭癌でPFSを延長 VEGF(血管上皮成長因子)受容体 国内開発の薬剤(エーザイ) FGF(繊維芽細胞増殖因子)受容体1 乳頭癌に対し第2相試験中 PDGF(血小板由来増殖因子)受容体β RET Multikinase inhibitorの作用点 VEGF receptor RET/PTC RAS Sorafenib Vandetanib Lendatinib YY YY Sorafenib Vandetanib Lendatinib MEK Y Y Y Y P RAF Sorafenib ERK ERK TF 現在日本で臨床試験中 (JAPICのwebsiteより) Sorafenib Lenvatinib Vandetanib 小括 甲状腺乳頭癌は比較的予後良好であるが、 RAI不応となると治療法がなくなり、原病死に つながっていた。 分子標的薬の出現はこのようなRAI不応乳頭 癌への新たな治療法の選択肢を提供してくれ る。
© Copyright 2024 ExpyDoc