高炭素高速度鋼系合金の組織および 硬さに及ぼす窒素の影響

日本金属学会誌 第 79 巻 第 4 号(2015)169175
高炭素高速度鋼系合金の組織および
硬さに及ぼす窒素の影響
原 隆太郎1,
山 本 昌 宏1,
伊 東 彦1,
上宮田和則2
成 田 一 人1
宮 原 広 郁1
1九州大学大学院工学研究院
2日鉄住金ロールズ株式会社
J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 79, No. 4 (2015), pp. 169
175
 2015 The Japan Institute of Metals and Materials
Effect of Nitrogen on the Microstructure and
Hardness of High
Carbon High
Speed Steel Type Alloy
Ryutaro Hara1,
, Masahiro Yamamoto1,
, Gen Ito1,
,
2
1
Kazunori Kamimiyada , Ichihito Narita and Hirofumi Miyahara1
1Department
2Nippon
of Materials Science and Engineering, Kyushu University, Fukuoka 8190395
Steel & Sumikin Rolls Corporation, Kitakyushu 8040002
Influence of nitrogen addition as one of the alloying element on the formation of solidification structure and the improvement
of hardness after thermal treatments was investigated for highspeed steel type alloys (Fe1.7~2.3C5Cr5Mo5V).
Nitrogen content was successively varied from 48 ppm to 1542 ppm by the mixing of Cr2N into the molten alloy. Analysis of
diffraction pattern reveals the formation of M2CN carbonitride at Ncontaining specimen, whereas the eutectic MC carbides containing mainly V solidifies at Nfree specimen. The macrohardness of the quenched specimens gradually increases with increasing quenching temperature. Nitrogen addition helps to improve the hardness as carbon does. Macrohardness of the quenched
specimen depends on both the amount and hardness of martensite matrix. The specimen, which contains high volume fraction of
retained austenite, shows the superior secondary hardening after the optimized twice tempering. Furthermore, the hardening of
specimens is enhanced by nitrogen addition. The precipitation of nanosize carbonitride is observed around primary microsize
carbonitride, which indicated that M2CN carbonitride diffuses nitrogen, causes carbonitride precipitation, and finally develops
macrohardness at Ncontaining specimen. [doi:10.2320/jinstmet.JBW201408]
(Received October 22, 2014; Accepted November 28, 2014; Published April 1, 2015)
Keywords: highcarbon highspeed steel, cast iron, carbide, martensite, heat treatment, wear resistance, solidification, eutectic
structure
高炭素高速度鋼系合金の耐摩耗性を向上させるためには,
1.
緒
言
凝固過程において母相に高硬度の晶出物を微細かつ均一に分
散させ,さらに熱処理により基地の強度を高めることが効果
鉄鋼の熱間圧延プロセスにおいては,圧延材の高強度化に
的とされている1620) .そこで,従来の炭素と同様に種々の
伴う高圧下での連続圧延,単位時間当たりの圧延量増加に伴
合金元素と高硬度の化合物を形成する窒素に着目した.窒素
う圧延ロール材の摩耗・劣化,圧延ロールの交換頻度改善等
は Al, Cr, Nb, Ti, V 等の元素と化合物を形成しやすく,これ
の問題が生じており,生産コスト削減も含めて熱間圧延ロー
らの合金元素を含む鋼は窒化処理により優れた耐摩耗性を示
ル材に対する硬さ,耐摩耗性および寿命等の品質改善要求は
すことが知られている21) .また,窒素を含むマルテンサイ
いっそう厳しくなっている14).近年開発された高炭素高速
ト型ステンレス鋼は,熱処理によって CrN が微細に析出
度鋼系合金は,高速度鋼と類似した合金組成を持ち,炭化物
し,大きな二次硬化を起こすことが報告されている22) .高
生成元素(Cr,Mo,V 等)により初晶オーステナイト間隙に
炭素高速度鋼系合金についても,窒素と反応を起こしやすい
高硬度かつ微細な初晶・共晶 MC 型および共晶 M2C 型炭化
合金元素を多く含んでおり,凝固および熱処理組織は窒素の
物を晶出させ510),熱処理によって母相中に二次炭化物を微
影響を受けると考えられるが,窒素を添加した高炭素高速度
細に析出させた耐摩耗性に優れる合金であり1115) ,熱間圧
鋼系合金の特性について調査した報告はほとんどなされてい
延用ワークロールとして多く使用されている.
ない.
そこで本研究では,溶解法により窒素を含有させた試料を
九州大学大学院生(Graduate Student, Kyushu University)
作製し,凝固および熱処理で得られる炭窒化物および基地組
170
第
日 本 金 属 学 会 誌(2015)
79
巻
織に及ぼす窒素の影響についてビッカース硬さおよび残留
オーステナイト量と関連させて調査し,窒素を含有する高炭
素高速度鋼系合金の圧延ロール材としての有効性を評価した.
実 験
2.
方 法
実験結果および考察
3.
3.1
凝固組織に及ぼす窒素の影響
Table 1 に示すように,鋳造試料内の N 濃度は C 濃度の
増加とともに減少した.溶鋼中の窒素溶解度は, Fe NiCr
窒素無添加試料および窒素含有試料のいずれも,含有総質
量が 1 kg となるように,電解鉄,高純度黒鉛,純クロム,
フ ェロモ リブ デン, フェロ バナ ジウム を原料 とし て Fe 
1.7 ~ 2.3 mass C (以後と略記する)5 Cr5 Mo5 V
系合金において一般に次式に示す日本学術振興会が推奨する
学振推奨値を用いて推定できると考えられる.
log[N]=-
518
-1.063+0.046[Cr]-0.00028[Cr]2
T
の組成になるように配合し, Ar 雰囲気の高周波誘導加熱炉
+0.02[Mn]-0.007[Ni]-0.048[Si]
で溶解して直径 15 mm の試料寸法となるよう金型に鋳造し
+0.12[O]-0.13[C]+0.011[Mo]
た.一方,窒素含有試料は同様の原料に粉末状の窒化クロム
(Cr2N)を配合し,N2 雰囲気で同様に金型に鋳造した.得ら
-0.059[P]-0.007[S]
(1)
ただし T は温度(K ),[ M ]は各元素濃度(mass)である.
れた試料の合金組成を Table 1 に示すが,1000 ppm 以上の
V の窒素溶解度に及ぼす影響は Cr のほぼ 2 倍であると仮定
窒素が含有された.しかしながら,含有される N 濃度は C
すると23) , N + 1.7  C, N + 2.0  C および N + 2.3 C 試料
濃度の上昇とともに低下する傾向があった.なお各組成の試
の平衡窒素濃度はそれぞれ 1300,1200 および 1100 ppm と
料は以後 N+1.7C,N+2.0C,N+2.3C 試料と略記す
推定され実測値とほぼ一致した.なお鋳造においては窒素濃
る.
度が 0.4 となるよう Cr2N を添加したが,固溶限界以上の
得られた各鋳造試料は残留応力を除去するために,823 K
N は気体となって溶湯から排出されたと考えられた.
で 7.2 ks の焼鈍処理を行った.続いて,シリコニット炉を
続いて鋳造ままの各試料について村上試薬を用いて腐食さ
用いて 1123~1373 K の所定の温度で 3.6 ks 保持した後,油
せた組織を Fig. 1 に示した. N 無添加の場合, 1.7 C およ
焼入れを行い,最後に 673~873 K の範囲で 3.6 ks 間焼戻し
び 2.0C 試料ではコロニー状の MC 型炭化物および板状の
処理を行った.焼戻しは 2 回としたが,残留オーステナイ
M2C 型炭化物を含む共晶組織が,また Fig. 1 ( c )の 2.3  C
トが多く分布した焼入れ試料については 3 回行った.鋳造
試料ではさらに M7C3 型炭化物を含む共晶組織が,いずれも
試料および熱処理試料は,ビッカース硬度試験機(Mitutoyo
デンドライト間隙に観察された. MC および M2C 炭化物の
製, HV 115 )により荷重 294 N , 10 s で硬さを測定すると
面積割合は 8 ~ 12 area および 4 ~ 7 area ほどであり, C
ともに,XRD(リガク製,RINT2100)を用いて試料を回転
揺動させながら g(200),a(211),g(311)の各ピークを測定
して残留オーステナイト量を評価した.
さらに,晶出物および析出物を明らかにするために,低加
速 SEM ( Zeiss 製 , ULTRA55 ) に よ る EDS 分 析 , TEM
(JEOL 製,JEM2100HCKM および JEMARM200F)およ
び XRD(リガク製,RINT2100)を用いて晶出および析出相
の解析を行った.SEMEDS は,加速電圧 8~10 kV で面分
析および定量分析を行い,相対強度を ZAF 法で補正し算出
した.また, XRD は Co 管球を用いて印加電圧 40 kV ,管
から 110°
の範囲で測定した.
球電流 40 mA で 30°
Table 1 Chemical compositions of nitrogen free and nitrogen
added Fe1.7~2.3C5Cr5Mo5V alloys.
Chemical compositions
(mass)
Alloy
(ppm)
Fe
1.7C
N+1.7C
2.0C
N+2.0C
2.3C
N+2.3C
C
Cr
Mo
V
N
O
1.76
1.75
2.04
2.06
2.35
2.33
4.94
4.97
4.96
5.01
4.96
5.07
4.95
4.89
5.00
4.87
4.87
5.01
5.04
5.04
5.07
5.12
5.10
5.08
78
1542
57
1319
48
1173
24
24
49
69
39
21
Bal.
Bal.
Bal.
Bal.
Bal.
Bal.
Fig. 1 Solidification microstructure of Fe1.7~2.3C5Cr
5Mo5V alloys and the change by additional of nitrogen.
(a) 1.7C, (b) 2.0C, (c) 2.3C, (d) N+1.7C, (e) N+
2.0C, and (f) N+2.3C specimens.
4
第
号
高炭素高速度鋼系合金の組織および硬さに及ぼす窒素の影響
濃度の増加とともに割合も増加する傾向があった.一方,N
含有試料ではこれらの晶出相の他に 0.6 ~ 1.1 area の割合
3.2
171
焼入れ組織に及ぼす窒素の影響
でデンドライト状に成長した炭化物がデンドライト内に晶出
高炭素高速度鋼系合金の焼入れ温度に対する硬さ変化を
した.そこで N+2.0C 鋳造試料について晶出相を EDS お
Fig. 3 に示した.N 無添加 1.7C 試料は 1123 K で 635 HV
よび TEM で解析し Fig. 2 に示した. Fig. 2 ( a )中心部に示
と本実験条件において最も低く,温度上昇とともに 866 HV
す炭化物の制限視野回折パターン( Fig. 2( b ))から得られた
まで上昇した.一方, N + 1.7 C 試料は 1123 K で 706 HV
面間隔は( 200 )面の 0.2075 nm ,( 220 )面の 0.1467 nm であ
と N 無添加の場合より高い値を示した.保持温度の上昇と
り,ICDD カードとの照合により考えられる結晶構造として,
ともに硬さも上昇したが, 1373 K 保持では 834 HV と低く
V2CN,VC0.5N0.5,VC0.75N0.25 等の炭窒化物および V 系炭化
なった.そこで残留オーステナイト(g)量を測定し,焼入れ
物,V 系窒化物の 10 種類の相が上げられる.EDS 分析結果
温度との関係で整理したところ, Fig. 4 に示すように N +
より V + Mo , C および N 濃度の比がおよそ 2 : 1 : 1 ( Fig. 2
1.7  C 試料の残留 g 量(□印)は 1373 K では 20 vol と高
(c))であること,さらに XRD 解析から晶出相は V を主体と
く,このため硬さは低下したと考えられる.同様に Fig. 3
する M2CN 型の炭窒化物と考えられた. C と比較して N 濃
に示すいずれの試料についても焼入れ温度の上昇に伴い硬く
度がやや高く検出されたが,これは M2CN 中の N 占有率が
なり,最高硬さを示して硬さは低下した.このような傾向は
高いまたは M2CN 中に N が侵入している等の理由が考えら
C および N 濃度が影響していると考えられた.そこで,残
れる.続いて Fig. 1(d)~(f)に示されるように,いずれの試
留 g 量が低くほぼすべてマルテンサイト変態していると考え
料も M2CN の生成により MC および M2C の面積割合は 2~
られる 1123 K 焼入れ試料の硬さを, Table 1 の試料組成に
3減少し,特に MC はデンドライト間隙を中心に粗大な形
おける C と N の合計量にて整理した.結果を Fig. 5 に示す
態に変化した. Fig. 2 ( c )に N + 2.0  C 試料の MC および
M2C を構成する溶質割合について示した.同図中には N 無
添 加 2.0  C 試 料 の 結 果 も 破 線 で 並 べ て 記 述 し た . N +
2.0  C 試料の MC は 2.0  C 試料と比較して, M を構成す
る V,Mo および Fe 濃度の合計はおよそ 50 atであったが,
10.0 atの N を含有しており,M2CN 同様に N が固溶して
いると考えられた.一方, Mo を主成分とする M2C には N
は固溶せず,N 無添加 2.0C 試料と同様の濃度分配であっ
た.
Fig. 3 Influence of quenching temperature and the addition of
carbon and nitrogen on Vickers hardness of specimens.
Fig. 2 (a) SEM image of carbonitride and carbides, (b)
diffraction pattern of carbonitride and (c) content of alloying
element of each phase for ascast specimen which was added
nitrogen with 2.0 carbon.
Fig. 4 Relation between ratio of retained austenite and
quenching temperature.
172
日 本 金 属 学 会 誌(2015)
Fig. 5 Influence of amount of carbon and nitrogen content on
Vickers hardness of specimens quenched at 1123 K.
第
79
巻
Fig. 6 Redistribution of carbon and nitrogen between carbonitride and austenite during quenching process.
が,(C+ N)濃度の上昇とともに硬さが線形的に上昇してい
た.しかしながら,Takano らの報告によると,N による硬
化量は C のおよそ半分であることから24) , N の固溶によっ
て硬さが増加したとは考えにくい.よって, N 含有試料が
低い焼入れ温度で高い硬さを示したのは, C の代わりに N
が M2CN および MC へ固溶することで,母相の炭素固溶量
が増加したためと考えられた.
Fig. 3 において,いずれの試料においても,焼入れ温度の
上昇とともに硬さも増加したが,これは,焼入れ温度の上昇
とともに固溶炭素量も増加し,マルテンサイト組織の硬さを
向上させたものと考えられた.しかし最高硬さ以上での温度
範囲では,焼入れ温度の上昇とともに硬さが低下し,特に
N + 2.3  C 試料では 1173 K で最高硬さ 945 HV を示し,
1373 K において N 含有試料の硬さが大きく低下した. Fig.
4 より最高硬さ以上では残留 g 量が増加していることから,
より高温では焼入れ温度の上昇に伴い母相中の合金固溶量が
増加することで Ms 点が低下し,軟質な g 相が増加すると考
えられた.この傾向は合金元素の総量が影響すると考えられ
Fig. 7 Influence of tempering temperature on Vickers
Hardness (a) and ratio of retained austenite (b) for specimens
quenched at the peak hardness.
るが, C および N の挙動も把握しておく必要がある.そこ
で,M2CN に含まれる C および N 濃度について測定し Fig.
6 に示した.1123 K で保持した場合は C と比較して N の占
度で焼戻し処理を 2 回行い温度と硬さの関係を求めた.そ
有率が高いが,保持温度の上昇とともに M2CN 中の N が減
の結果を Fig. 7(a)に示したが,高温での焼戻し軟化抵抗は
少し,1373 K 保持では C 濃度が高い.M2CN の面積割合は
見られるが,いずれの試料も焼戻し温度の上昇に伴い硬さは
1 程度であるが, Fig. 3 における N + 1.7  C 試料および
低下した.また,残留 g 量も併せて測定し, Fig. 7 ( b )に示
1.7  C 試料のマルテンサイト硬さの差が高温保持ほど小さ
したが,ほとんど検出されなかった.これは焼入れ温度が
くなるのは M2CN 内の C と N の占有率の変化もその一因と
1273 K 以下であり,二次硬化を起こすに十分な合金元素の
思われる.
固溶量が得られなかったためと考えられた.なお C および
3.3
焼戻し組織に及ぼす窒素の影響
熱間圧延ロール材に適する高炭素高速度鋼系合金の熱処理
を最適化するために,硬さおよび組織に及ぼす焼戻し処理条
N 濃度による硬さの著しい差は認められなかったが,最高
焼入れ硬さを示す温度では残留 g を生成させない最大固溶量
となっていると考えられ,ほぼ等しい最高硬さを示した各試
料はほぼ等しい C+N 固溶量となっていると思われる.
件を評価した.まず,最高焼入れ硬さを示した各試料(2.0
Fig. 8 には残留 g 量が最も高かった焼入れ試料(全試料い
C 試料および N + 2.0  C 試料は 1223 K , 2.3  C 試料およ
ずれも 1373 K の焼入れ)を用いて焼戻しを 3 回実施し,得
び N +2.3C 試料 1173 K の焼入れ試料)を用いて種々の温
られた硬さと焼戻し温度との関係を示した.いずれの試料で
第
4
号
高炭素高速度鋼系合金の組織および硬さに及ぼす窒素の影響
173
Fig. 8 Relation between Vickers Hardness and tempering
temperature on specimens quenched at 1373 K.
Fig. 10 (a) SEM image of carbonitride and carbides, (b)
diffraction pattern of carbonitride and (c) content of alloying
element of each phase for tempered specimen which was added
nitrogen with 2.0 carbon.
( 220 ) 面 の 面 間 隔 は そ れ ぞ れ 0.2084 nm , 0.1475 nm で あ
り,鋳造試料と比較してわずかではあるが増加した.ICDD
カードより,窒化バナジウム( VN )よりも炭化バナジウム
(VC)の方が(200)および(220)面の面間隔が広いことから,
Fig. 9 Relation between ratio of retained austenite and
quenching temperature for specimens quenched at 1373 K.
焼入れおよび焼戻し処理で M2CN 中の C が増加し,N が減
少 し た と 考 え ら れ た . 実 際 , Fig. 10 ( c ) に 示 す よ う に ,
M2CN の N 濃度は鋳造試料(as cast と記載)の 36.3 atから
焼戻し試料( tempered と記載)の 10.0 at まで低下してい
も二次硬化を示し,823 K の焼戻しによって 800 HV 以上の
た.初晶として生成した M2CN 内の C および N の占有率が
最高硬さを得た.また, C 濃度が多いほど,同じ C 濃度で
熱処理により再分配するためには C および N が比較的自由
は N 濃度が高いほど高い硬さを示した.このときの焼戻し
に移動できる構造であること,および溶融金属に平衡する
に伴う残留 g 量の変化を Fig. 9 に示した.残留 g 量は 673
M2CN の自由エネルギーと g 相に平衡する値に差が生じて
~ 773 K の温度では焼入れ時の値から変化しなかったが,
いること等が考えられるが,今後のさらなる研究が必要であ
823 K 以上の焼戻しによって急激に低下した.このことから,
る.続いて MC においても鋳造ままでは 10.0 at N が含有
773 K 以下では残留 g 相は安定であり,置換型で固溶してい
していたが,焼戻し後は 5.6 at  N とわずかに低下してい
る V,Mo 等の合金元素は拡散し二次炭化物として析出する
た.なお, M2C は板状から球状に変化しており,濃度は
ことは困難であると考えられた.一方,823 K 以上では拡散
Mo 量が増加するとともに C 量が減少し,Mo2C に近い相へ
および二次炭化物析出により残留 g 相内の固溶合金元素量が
変化していた.それらの周辺は,Fe, Cr, Mo, V および C を
低下することで残留 g 相が不安定化し,冷却過程でマルテン
含んだ相が存在していた.
サイト変態したと考えられた.このとき基地中に固溶する C
上述した晶出相の N 濃度変化に伴い,母相組織も影響を
および N に応じて析出量が変化するものと思われ,各晶出
受けるものと考えられるので,晶出物と母相の界面および母
相と基地組織について調査した.
相内部について TEM および EDS 分析を行った. M2CN 近
Fig. 10 には,Fig. 2 で示した鋳造試料を 1373 K で 3.6 ks
傍の分析結果を Fig. 11 に,また基地組織の分析結果を Fig.
保持した後, 823 K で 3.6 ks 保持する焼戻しを 3 回行った
12 に示した.Fig. 10(c)より M2CN は主に V, Mo, C および
N+2.0C 試料の晶出物の分析結果を示した.Fig. 10(b)に
N で構成されているが, STEM HAADF 像および EDS マ
示 す M2CN の diffraction pattern か ら 得 ら れ た , ( 200 ) ,
ッピング像より,相界面には Mo の偏析と数十~数百 nm サ
174
第
日 本 金 属 学 会 誌(2015)
79
巻
れたが,マッピングにより明らかにすることはできなかった.
以上の解析結果から, N は焼入れ処理において M2CN お
よび MC 中から再分配によって基地へ拡散すると考えられ
る.このとき C は晶出物に取り込まれ,周辺の C 濃度はわ
ずかに低下する.さらに焼戻し処理において基地中に拡散さ
れた N, V, Mo および Al を主体とした微細な化合物が析出
し,二次硬化を示したものと考えられる.
結
4.
言
優れた耐摩耗性を持つ熱間圧延用ワークロールを開発する
ために,高硬度の化合物を形成する窒素に注目し,溶解法に
よって窒素を添加した高炭素ハイス系試料を作製し,凝固組
織および熱処理特性に及ぼす窒素の影響を調査し,以下の結
果を得た.
Fig. 11 EDS mapping image at phase boundary of tempered
specimen which was added nitrogen with 2.0 carbon.


溶解法によって 1000 ppm から 1500 ppm の窒素を含
有する高炭素高速度系合金を作製した.


窒素によって高炭素高速度系合金の共晶 MC 型炭化
物が減少し,M2CN が新たに初晶として晶出した.


熱処理において,最高焼入れ硬さからの焼戻しでは二
次硬化を示さず,窒素の影響はみられなかった.しかしなが
ら, 1323 K からの焼戻しでは大きく二次硬化し, 823 K 以
上の焼戻しで窒素を含有する試料が 15 HV から 30 HV 高い
硬さを示した.


熱処理によって晶出物と基地組織の界面付近に約 100
nm の AlN 粒子が,また,基地組織内では V 化合物の微細
析出が認められた.
文
Fig. 12 EDS mapping image at matrix phase of tempered
specimen which was added nitrogen with 2.0 carbon.
イズの AlN が観察された.鋳造試料の原料には Al を用いて
いないが, Al は試料であるフェロバナジウム内の不純物と
して,また鋳造段階で用いたアルミナ製るつぼとの反応によ
り混入したと考えられた.また,相界面付近には Mo も偏析
していることから,凝固時のミクロ偏析によって合金元素が
濃化した領域が界面を形成していると考えられた.したがっ
て,界面に偏析した Al によって熱処理時に晶出物から拡散
した N がトラップされ,粒界に AlN の粒子が多数存在した
と考えられた.なお晶出物ごく近傍においては C 量が減少
しているため, V 化合物の微細析出は明確には観察されな
かったと思われる.次に, Fig. 12 に示す STEM HAADF
像および EDS マッピング像より Al 濃度の高い相が観察さ
れ,基地内部においても約 100 nm の AlN が生成している
と考えられた.また,約 100 nm の V,
Mo 化合物と,数~
10 nm の微細な V 化合物もあわせて観察された.これらは
V を主体とした炭化物,あるいは炭窒化物であると考えら
献
1) K. Goto, Y. Matsuda, K. Sakamoto and Y. Sugimoto: ISIJ Int.
32(1992) 11841189.
2) T. Kudo, S. Kawashima and R. Kurahashi: ISIJ Int. 32(1992)
11901193.
3) Y. Sano, T. Hattori and M. Haga: ISIJ Int. 32(1992) 11941201.
4) M. Hashimoto, S. Otomo, K. Yoshida, R. Kurahashi, T.
Kawakami and T. Kouga: ISIJ Int. 32(1992) 12021210.
5) K. Yamamoto: Doctoral Thesis, Kyushu University, (1999)
pp. 925
6) K. C. Hwang, S. Lee and H. C. Lee: Mater. Sci. Eng. A 254
(1998) 282295.
7) Y. Matsubara, Y. Yokomizo, N. Sasaguri and M. Hashimoto: J.
JFS 72(2000) 471477.
8) M. Hashimoto, O. Kubo, N. Sasaguri and Y. Matsubara: J. JFS
75(2003) 317324.
9) M. Hashimoto, O. Kubo, N. Sasaguri and Y. Matsubara: J. JFS
76(2004) 205211.
10) Y. Nishiyama, R. Kurahashi, T. Kawakami and M. Hashimoto:
Journal of JSTP 48(2007) 441445.
11) D. J. Ha, H. K. Sung, J. W. Park and S. Lee: Metall. Mater.
Trans. A 40(2009) 25682577.
12) E. Fras, M. Kawalec and H. F. Lopez: Mater. Sci. Eng. A 524
(2009) 193203.
13) K. Yamamoto, T. Kogin, T. Harakawa, N. Murai, T. Kuwano
and K. Ogi: J. JFS 72(2000) 9095.
14) M. Pellizzari, A. Molinari and G. Straffelini: Wear 259(2005)
12811289.
15) X. Wang, F. Han, S. Qu and Z. Zou: Surf. Coat. Technol. 202
(2008) 15021509.
16) M. Pellizzari, D. Cescato and M. G. De Flora: Wear 267(2009)
467475.
17) X. Li, Z. Du, H. Fu, Z. Feng and H. Zhao: Matwiss. u.
Werkstofftech. 41(2010) 170176.
第
4
号
高炭素高速度鋼系合金の組織および硬さに及ぼす窒素の影響
18) H. G. Fu, H. J. Zhao, Z. Z. Du, Z. J. Feng, Y. P. Lei, Y. Zhang,
M. W. Li, Y. H. Jiang, R. Zhou and H. X. Guo: Ironmak.
Steelmak. 38(2011) 338345.
19) K. Nakajima and Y. Yamamoto: Bulletin of Daido Institute of
Technology 31(1995) 3749.
20) T. Fujita, S. Fujita, A. Sawamoto and K. Ogi: J. JFS 72(2000)
662667.
21) M. B. Karamis, K. Yildizli and G. C. Aydin: Tribol. Int. 51
175
(2012) 1824.
22) H. K. L. Ngo, K. Nakashima, T. Tsuchiyama and S. Takaki:
TetsutoHagane 98(2012) 2531.
23) X. Bao, R. M. Metzger and M. Carbucicchio: J. Appl. Phys. 75
(1994) 58705872.
24) K. Takano, M. Sakakibara, T. Matsui and S. Takaki: Tetsuto
Hagane 86(2000) 123130.