特殊ラグランジュ部分多様体の具体的構成

特殊ラグランジュ部分多様体の具体的構成
河井 公大朗 (東北大・理 D1)
概要
M をアインシュタイン定数が正であるトーリックケーラーアインシュタ
イン多様体とする。M の標準束 KM における、トーラス作用で不変な特殊ラ
グランジュ部分多様体の具体的構成について述べる。
構成方法は以下の通りである。まず特殊ラグランジュ部分多様体は、カラ
ビ・ヤウ多様体上で定義される概念である。Calabi ansatz と呼ばれる手法を
用いて、標準束 KM にリッチ平坦計量を定め、カラビ・ヤウ構造を定める。
そして運動量写像による構成法 [1] を用いて、特殊ラグランジュ部分多様体
を具体的に構成する。
1
準備
定義 (M, J, ω) を m 次元ケーラー多様体とする。
(M, J, ω) が トーリック であるとは、m 次元トーラス T m = (S 1 )m が、(M, J, ω)
に正則、等長的、効果的に作用しているときをいう。
(M, J, ω, Ω) が m 次元カラビ・ヤウ多様体 であるとは、以下の条件を満たすと
きをいう。
• (M, J, ω) はケーラ多様体
• Ω は、M 上の KM の 0 をとらない切断
(√
)m
m
m(m−1)
−
1
ω
•
¯
= (−1) 2
Ω ∧ Ω.
m!
2
(1.1)
注意 上記 ω, Ω が条件 (1.1) を満たすとき、対応するリーマン計量 g はリッチ平
坦となる。また Ω は、g のレビ・チビタ接続に関して平行になる。
定義 (M, J, ω, Ω) を m 次元カラビ・ヤウ多様体とし、L ⊂ M を実 m 次元の向
きづけられた M の部分多様体とする。
L が ω|L ≡ 0, ImΩ|L ≡ 0 を満たすとき、L を M の特殊ラグランジュ部分多様
体 という。
例 Cn は標準的なカラビ・ヤウ構造を持つ。Rn ⊂ Cn は特殊ラグランジュ部分多
様体。
-181-
2
運動量写像による構成法
運動量写像による手法とは、ある Lie 群 G がカラビ・ヤウ多様体に作用してい
る場合に、G 不変特殊ラグランジュ部分多様体を構成する手法である。この構成
法は Ionel, Min-Oo [1] による構成法に基づいている。
G を Lie 群とし、g∗ を G の Lie 環の双対空間とする。また g∗ の中心 Z (g∗ ) を
余随伴作用により保たれる g∗ の元全体とする。
Z (g∗ ) := {ξ ∈ g∗ |Ad# (g)ξ = ξ (∀g ∈ G)}.
事実 (M, ω, G, µ) をハミルトニアン G 空間とする。すなわち、(M, ω) はシンプ
レクティック多様体で、連結 Lie 群 G が M に ω を保って作用しており、運動量写
像 µ : M → g∗ が存在するとする。
L ⊂ M を任意の連結 G 不変ラグランジュ部分多様体とすると、c ∈ Z(g∗ ) が存
在して、以下が成り立つ。
L ⊂ µ−1 (c).
この事実から、G 不変特殊ラグランジュ部分多様体を以下のように構成できる。
命題 以下の条件を仮定する。
1. (M, J, ω, Ω) は、複素 m 次元カラビ・ヤウ多様体。
2. 実 (m − 1) 次元コンパクト連結 Lie 群 G が、M にカラビ・ヤウ構造を保っ
て作用している。作用の主軌道の次元は、実 (m − 1) 次元である。
3. 上記群作用に対する運動量写像 µ : M → g∗ が存在する。
4. G 不変 (m − 1) 次微分形式 α があって、任意の v1 , · · · , vm−1 ∈ g に対して
以下が成立。
∗
∗
ImΩ(·, v1∗ , · · · , vm−1
) = d(α(v1∗ , · · · , vm−1
))
ここで、vi∗ は vi によって生成される M 上の実ベクトル場である。
このとき、任意の c ∈ Z(g∗ ), c′ ∈ R, 基底 X = {X1 , · · · , Xm−1 } ⊂ g に対して、
∗
Lc,c′ ,X := µ−1 (c) ∩ (α(X1∗ , · · · , Xm−1
))−1 (c′ )
は M の G 不変特殊ラグランジュ部分多様体である。
Lc,c′ ,X は固定部分群が離散的でない点において、特異点を持つ。
注意 これらは G 不変特殊ラグランジュ部分多様体の中で ”極大 ”なものである。
すなわち、任意の連結 G 不変特殊ラグランジュ部分多様体 L は、ある c ∈ Z(g∗ ),
c′ ∈ R, 基底 X ⊂ g が存在して、L ⊂ Lc,c′ ,X となる。
-182-
標準束上の特殊ラグランジュ部分多様体の構成
3
以下に構成の概要を述べる。M をアインシュタイン定数が正である m 次元トー
リックケーラーアインシュタイン多様体とし、KM をその標準束とする。
T m の M への作用をリフトして、T m が KM に作用していると考える。
3.1
KM へのカラビ・ヤウ構造の導入
◆正則体積要素 ΩKM の構成
余接束上のシンプレクティック形式と同様の手法で構成する。
(z 1 , · · · , z m ) を M の局所座標(およびそれを KM 上に引き戻したもの)とし、
z を dz 1 ∧ · · · ∧ dz m に関するファイバー座標とする。このとき α ∈ Ωm (KM ),
ΩKM = dα ∈ Ωm+1 (KM ) を次のように定める。
α = zdz 1 ∧ · · · ∧ dz m
ΩKM = dz ∧ dz 1 ∧ · · · ∧ dz m .
◆リッチ平坦計量 ωKM の構成
ケーラー形式 ωKM を KM − {0 切断 } 上で以下の形であると仮定する。
ωKM = π ∗ ωM + ddc F (t)
π : KM → M は自然射影、F ∈ C ∞ (R), t = log r, r は 0 切断からの距離を表す。
このようなリッチ平坦計量の定め方は、Calabi ansatz と呼ばれる。
これを条件式 (1.1) に代入することで、F に関する微分方程式が得られる。積分
定数を適当に定めると、この解は以下のように与えられる。
1
F ′ (t) = ((m + 1)e2t + 1) m+1 − 1.
これより、ωKM が 0 切断上に滑らかに伸びることも確かめられる。
3.2
2 章の仮定を満たすこと
◆仮定 1:KM がカラビ・ヤウ多様体になることは、上述の通りである。
◆仮定 2:構成より、T m 作用は KM のカラビ・ヤウ構造を保つ。
◆仮定 3:T m 作用に対する運動量写像 Φ : KM → (tm )∗ の存在。
ωM がケーラーアインシュタインであることに注意すると、ωKM は KM − {0 切
断 } 上で次のような完全形式になっている。
ωKM = ω T + ddc F (t)
= d(dc (t + F (t)))
-183-
これより運動量写像 Φ : KM − {0 切断 } → (tm )∗ が次のように定まる。
˜ ∗)
< Φ, X > = dc (t + F (t))(X
˜ ∗)
= (1 + F ′ (t))dc t(X
1
˜ ∗)
= ((m + 1)r2 + 1) m+1 dc t(X
これが 0 切断に伸びることも容易に確かめられる。
◆仮定 4:T m の可換性を用いて、3.1 節の α が仮定 4 を満たすことが示される。
以上により運動量写像による構成法を用いて、特殊ラグランジュ部分多様体が
構成できる。まとめると次のようになる。
4
主結果
定理 M をアインシュタイン定数が正である複素 m 次元トーリックケーラーア
インシュタイン多様体とする。
3 章で示したことから、標準束 KM はケーラー形式 ωKM 、正則体積要素 ΩKM = dα
をもつカラビ・ヤウ多様体になる。m 次元トーラス T m は KM にカラビ・ヤウ構
造を保って作用し、T m 作用に関する運動量写像 Φ : KM → (tm )∗ が存在する。
このとき KM 内の T m 不変特殊ラグランジュ部分多様体は次式で与えられる。
{
< Φ, Xi >= Ai
(1 ≤ i ≤ m)
∗
∗
˜ ,··· ,X
˜ )) = Am+1
Im(α(X
1
m
{
1
((m + 1)r2 + 1) m+1 tr(∇M (JM Xi∗ )) = Ai (1 ≤ i ≤ m)
⇔
˜ ∗, · · · , X
˜ ∗ )) = Am+1
Im(α(X
1
m
ここで {X1 , · · · , Xm } は T m のリー環 tm の任意の基底であり、A1 , · · · , Am+1 は
任意の実数である。
˜ ∗ , X ∗ は、それぞれ X ∈ tm で生成される KM , M 上の実ベクトル場である。
X
∇M は ωM に関するレビ・チビタ接続、JM は M 上の複素構造である。
参考文献
[1] M. Ionel and M. Min-Oo : Cohomogeneity one special Lagrangian 3-folds in
the deformed and the resolved conifolds. Illinois J. Math. 52 (2008), no. 3,
839–865.
-184-