行常の森の生き物観察報告 昆虫編-チョウ目(その2) 2015年 5月20日 NPO法人 ひょうご森の倶楽部 森 逸男 17.テングチョウ - タテハチョウ科 学名:Libythea lepita 北海道および東北地方を除く全国に普通に見られる中型のチョウである。 翅の表は黒褐色で前後の翅に橙色の斑紋があり、前羽の先端近くにはやや小さな白い斑紋もある (写真-23)。翅の裏側は全体に褐色で枯れ葉の葉脈に似た筋があり、落ち葉の中に止まってい ると見つけにくい色と模様で、枯れ葉に擬態をしている(写真-24)。 テングチョウの名前は、頭部の触角の間に前方に伸びた突起があり、それが天狗の鼻に似ている ことから名づけられたという。食草はエノキなどのニレ科の樹木の葉である。 最近はだんだんと生息数を増やしているようで、2014年の初夏には各地で異常発生している ことが報告され、6月7日付けの神戸新聞に、神戸市北区の民家の壁などに数十羽が群がっている 様子の写真とともに異常発生についての記事が掲載された。 春の羽化時期には、湿った崖地や地面などで群れになって、水分を吸うために集まっている姿を 見ることもある。行常の森でも、竹林の内外周辺などで早春から秋までよく見かけるチョウのひと つである。 写真-23(2014 年 3 月 16 日) テングチョウ(翅の表側) 写真-24(2014 年 3 月 16 日) テングチョウ(翅の裏側) 18.ツマグロヒョウモン - タテハチョウ科 学名:Argyreus hyperbius もともとは西日本以南に生息する南方系のチョウであったが、温暖化の影響のためか分布が北に 広がっており、関東地方でも2000年代になって普通に見られるようになったとのことである。 現在では、北海道と東北地方を除き、全国で生息している。 外観はオスとメスとでかなり異なっている。翅の表は、オスは全体が橙色でヒョウ柄の黒い斑点 が多数ある(写真-25)のに対し、メスは前翅の内側半分はヒョウ柄であるが、外半分が青っぽ い黒色で太い白帯がある(写真-26) 。オス・メスとも、後翅の外周部に黒い縁取りの帯があるの が、他のヒョウモンチョウのなかまと異なる特徴である。 翅の裏は、オスは全体に黄土色と白などのモザイク模様である(写真-27)。メスの羽の裏はオ スによく似ているが、前翅の内側半分が赤っぽく、その外に黒い帯と白い帯がある(写真-28) ことがオスと異なる。 食草はスミレ類の葉で、園芸種のパンジーも食草とすることから、都市部でも公園などの明るい 緑地でよく見かけるようになってきている。行常の森でも、ふもとの畑などで春先から秋までよく 姿を見せてくれるチョウである。 写真-:25(2012 年 11 月 18 日) 写真-26(2012 年 9 月 16 日) ツマグロヒョウモン(♂の翅の表側) ツマグロヒョウモン(♀の翅の表側) 写真-27(2012 年 10 月 21 日) 写真-28(2014 年 7 月 20 日) ツマグロヒョウモン(♂の翅の裏側) ツマグロヒョウモン(♀の翅の裏側) 19.メスグロヒョウモン - タテハチョウ科 学名:Damora sagana 日本全国に分布する中型のチョウである。オスは翅の表が全体に橙色で黒いヒョウ柄の斑点があ り、翅の裏も橙色を基調としている。一方で、メスの翅は表裏とも青っぽい黒色で白い帯状の斑紋 が帯状に並んでいて、ちょっと見るとイチモンジチョウやミスジチョウのなかまと見間違いそうで ある(写真-29) 。オスとメスでは、別種のチョウではないかと思われるほど、翅の表・裏ともに 外観が異なる。 食草は、ツマグロヒョウモンと同様にスミレ科の植物である。行常の森では、2011年10月 と2014年10月にメスを観察したが、まだオスの姿を確認したことはない。 20.アサマイチモンジ - タテハチョウ科 学名:Limenitis glorifica 本州のみに生息するチョウである。オス・メスとも外観上の差はほとんどなく、翅の表は全体に 黒色で前翅から後翅を通して白い白斑が一列に帯状に並ぶ(写真-30)。外観がイチモンジチョ ウという別種のチョウによく似ているが、前翅の白斑の列の内側に別の白斑があるので、アサマイ チモンジであることが区別できる。 食草はスイカズラやタニウツギなどの葉である。里山が放置され、このチョウの好む明るい雑木 林が減少するなどの環境の変化で、全国的に生息数が減ってきているという。 行常の森では、2014年8月の活動日に初めて観察した。 写真-29(2014 年 10 月 8 日) メスグロヒョウモン(♀の翅の表側) 写真-30(2014 年 8 月 17 日) アサマイチモンジ 21.コミスジ - タテハチョウ科 学名:Neptis Sappho ほぼ日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は、前翅・後翅を通して黒褐色が基調で、 ミスジチョウのなかま特有の白い斑紋が帯状に横に3列に並んでいる。最前列の斑紋の帯が大きく 2つに分かれているのがこのチョウの特徴である(写真-31)。オス・メスの外観上の差はほとん どない。 食草はフジ、クズ、ハリエンジュなどのマメ科の植物の葉である。行常の森では、2011年5 月の活動日に観察したが、その後は確認していない。数年前までは播州地方の各地でよく姿を見か けたが、最近はあまり見かけなくなってきたように思う。遠からず絶滅危惧種になるのではないか と気がかりである。 22.ホシミスジ - タテハチョウ科 学名:Neptis pryeri 本州の中国地方から近畿にかけて、中部地方から東北南部にかけて、四国の中央から東側、およ び九州の一部に分布する中型のチョウである。外観は黒褐色に白い斑紋が3本並んでいて、コミス ジによく似ており、飛んでいるときには判別しにくい。大きな違いは、最前列の斑紋の帯が5個ほ どに分かれている点である(写真-32) 。また、後翅の裏側の付け根付近に10個ほどの小さな黒 い斑点が点在しているのも、特徴である。このチョウもオス・メスの差はほとんどない。 食草はユキヤナギやコデマリなどのバラ科の植物の葉である。行常の森でも、初夏を中心に時々 観察することができる。前述のコミスジが姿を見かけなくなってきたのに対し、本種は逆に観察す る機会が増えてきたように思う。 写真-31:コミスジ 写真-32:ホシミスジ 2011 年 5 月 15 日 2014 年 6 月 15 日 23.ルリタテハ - タテハチョウ科 学名:Kaniska canase 北海道から沖縄までほぼ日本全国に分布するチョウである。翅の表は全体に青っぽい黒色で、前 翅から後翅にかけて外周の少し内側に明るい青色の太い帯が縦に通っている(写真-33)。この 青(瑠璃色)を基調とした外観から、ルリタテハの名前が付けられた。 一方で、翅の裏側は茶褐色や黒褐色などの複雑な迷彩模様となっていて、アベマキなどの樹木の 幹に翅を閉じて止まっていると見つけにくい保護色になっている(写真-34) 。オス・メスの外観 上の差はほとんどない。タテハチョウ科のチョウの中には、このように翅の表が鮮やかな色である のに対し、裏側は地味な保護色になっているもの多い。 食草はサルトリイバラのほか、ホトトギス、オニユリ、ヤマユリなどのユリ科の植物とのことで ある。成虫はクヌギやコナラなどの幹から出てくる樹液を好んで吸いに来ることが多い。 雑木林などの周辺の明るい場所を好むチョウで、行常の森でもふもとの竹林の外周部付近などで 夏場に時々姿を見かける。 写真-33(2012 年 10 月 21 日) 写真-34(2014 年 10 月 19 日) ルリタテハ(翅の表側) ルリタテハ(翅の裏側) 24.アカタテハ - タテハチョウ科 学名:Vanessa indica これも北海道から沖縄まで日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は、前翅の外側が黒 で白い斑紋があり内側は赤っぽい橙色で黒い斑紋がある。後翅は、外周部が帯状の赤橙色で黒い斑 紋があり、その内側は全体に褐色の毛に覆われている(写真-35) 。 食草はイラクサ科の植物の葉である。行常の森でも時々見かけるが、2014年7月の活動日に、 初めて写真に撮影できた。 25.ヒメアカタテハ - タテハチョウ科 学名:Vanessa cardui これも北海道から沖縄まで日本全国に分布する中型のチョウである。外観はアカタテハによく似 ており、翅の表は、前翅の外側が黒で白い斑紋があり内側は赤っぽい橙色で黒い斑紋がある。後翅 は、赤橙色で黒い斑紋がある(写真-36) 。ヒメアカタテハより一回り小さく、後翅の褐色の毛の 範囲が狭いことが異なる。アカタテハに似て、より小さいことが「ヒメアカタテハ」の名前の由来 になっている。 食草はハハコグサやヨモギ、ゴボウなどのキク科や、イラクサ科の植物の葉とのことである。行 常の森でも、夏期を中心にふもとの畑などでよく見かける。 写真-35(2014 年 7 月 20 日) アカタテハ 写真-36(2013 年 11 月 17 日) ヒメアカタテハ 26.コムラサキ - タテハチョウ科 学名:Apatura metis 沖縄地方を除く日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は全体に橙色が基調であるが、 中央部は明るい紫色で、その外側には黒のまだら模様が広がる(写真-37)。この特徴が黒蝶のオ オムラサキに似ていて、小型であることからコムラサキという名前の由来となった。 食草はネコヤナギやカワヤナギ、シダレヤナギなどのヤナギ科の植物の葉である。行常の森では、 秋によく姿を見せる。 27.キタテハ - タテハチョウ科 学名:Polygonia c-aureum 北海道を除く、ほぼ日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は橙色が基調で黒い斑紋が 点在し、外周部は褐色のやや太い縁取りがある(写真-38) 。翅の裏側は褐色系の迷彩模様になっ ている。 食草はカナムグラなどのクワ科やイラクサ科の植物の葉である。全国的によく見られるチョウで、 行常の森でも秋になるとふもとの畑の周辺で時々姿を見かける。 写真-37(2012 年 9 月 16 日) コムラサキ 写真-38(2014 年 11 月 5 日) キタテハ 28.サトキマダラヒカゲ - タテハチョウ科 学名:Neope goschkevitschii 北海道を除く日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は茶褐色が基調で、黒っぽい斑点 のある楕円形の黄色い斑紋が外周に沿って並んでいる。翅の裏は、白や黒褐色、淡褐色などの複雑 なモザイク模様で、8個ほどの蛇の目模様も並んでいる(写真-39)。全体に、迷彩模様の外観で あるため、コナラやアベマキの幹に止まっていると見つけにくい。 食草はマダケやメダケ、アズマネザサ、クマザサなどのタケ・ササ類(イネ科)の葉である。行 常の森でも、竹林内や雑木林の周辺などで、姿をよく見かける。 29.ヒカゲチョウ - タテハチョウ科 学名:Lethe sicelis 九州と北海道および東北地方以外の日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は、ほぼ全 体にわたり淡褐色が基調である。翅の裏側は淡褐色で、やや黄色っぽい明るい筋や、やや暗い褐色 の筋があり、眼状紋(いわゆる蛇の目模様)が前翅に小さいものが2個、後翅に大きいものが2個 と小さいものが4個ほど並んでいる(写真-40) 。 食草はメダケやヤダケ、クマザサなどイネ科の植物の葉である。行常の森でも、雑木林や竹林の 中や周辺などで、夏期を中心に頻繁に観察することができる。 写真-39(2014 年 5 月 18 日) サトキマダラヒカゲ 写真-40:ヒカゲチョウ 2012 年 9 月 16 日 30.ヒメジャノメ - タテハチョウ科 学名:Mycalesis gotama 北海道を除く日本全国に分布する中型のチョウである。翅の表は褐色が基調で、2~3個の眼状 紋がある。翅の裏側は明るい褐色で、前翅から後翅を通してやや黄色みを帯びた白線が縦に走って いる。その白線の外側に大小7個ほどの眼状紋がある(写真-41) 。 食草はイネやチジミザサ、ススキ、チガヤなどのイネ科や、カヤツリグサ科の植物である。平地 から低山地の明るい草地や農地、河川堤防などの開放的な環境を好んで生息する。行常の森でも、 雑木林周辺などで姿を見ることが多い。 31.コジャノメ - タテハチョウ科 学名:Mycalesis Francisca 北海道と東北地方を除き、日本全国に分布する中型のチョウである。外観は、翅の表・裏ともに ヒメジャノメに非常によく似ていて、区別が難しい。 ヒメジャノメとの違いは、翅の表・裏とも色がやや濃いことと、翅の裏の前翅から後翅にかけて 走る白線がやや紫みを帯びていること、また白線から翅の外周までの幅が、コジャノメの方がやや 狭いことである(写真-42) 。 食草は、ヒメジャノメと同様にチジミザサやススキなどのイネ科の植物である。平地から低山地 の森林が生息地で、雑木林の中や周辺などで見られるとのことである。生育環境の悪化により生育 数は減少の傾向にあるとのことで、行常の森でもあまり見かける機会は多くなく、2012年9月 の活動日に一度だけ観察した。 写真-41:ヒメジャノメ 写真-42:コジャノメ 2014 年 6 月 15 日 2012 年 9 月 16 日 32.ヒメウラナミジャノメ - タテハチョウ科 学名:Ypthima argus 北海道から九州まで日本全国に分布する小型のチョウである。翅の表は濃い褐色で、片側に3個 から5個ほどの眼状紋がある(写真-43) 。翅の裏側は白っぽい薄褐色が基調で、細かな黒褐色の さざ波模様が全体に広がり、前翅に大きな眼状紋が1個と、後翅に中型の眼状紋が5個ほど並んで いる(写真-44)。 食草は、チヂミザサやススキ、チガヤ、メヒシバなどのイネ科の植物やカヤツリグサ科の植物で ある。里山周辺や農地、河川の堤防、公園などの草丈の低い草地に生息する。行常の森でも、夏か ら秋にかけて、ふもとの畑や雑木林の周辺などで姿をよく見かける。 写真43(2014 年 4 月 20 日) ヒメウラナミジャノメ(翅の表側) 写真-44(2012 年 5 月 20 日) ヒメウラナミジャノメ(翅の裏側) 33.イチモンジセセリ - セセリチョウ科 学名:Parnara guttata 本州の太平洋岸から四国、九州以南に分布する小型のセセリチョウの1種である。翅の表は茶褐 色、裏は黄褐色で、表・裏ともに白い斑紋がある。後翅の4個の白い斑紋が一直線に並んでいるこ とから「イチモンジセセリ」の名前の由来になった(写真-45)。 セセリチョウの仲間は、他のチョウ類に比べて体が小さく、翅が細いのが特徴である。また翅を 広げるときに、前翅と後翅の開く角度が異なるのも他のチョウのなかまと異なる(写真-46)。 食草はイネやチガヤ、エノコログサ、ススキなどのイネ科の植物である。行常の森でも、夏から 秋にかけてふもとの畑で栽培されている花を訪れている姿を観察する機会が多い。 写真-45(2012 年 8 月 19 日) イチモンジセセリ(翅の裏側) 写真-46(2015 年 5 月 17 日) イチモンジセセリ(翅の表側) 34.オオチャバネセセリ - セセリチョウ科 学名:Polytremis pellucida ほぼ日本全国に分布する小型のセセリチョウの1種である。外観はイチモンジセセリによく似て いて識別が難しいが、後翅の4個の白い斑紋がジグザグに並んでいるのが外観上の異なる特徴であ る(写真-47) 。 食草はメダケ、ミヤコグサ、クマザサ、ススキなどのイネ科の植物である。平地から山地の、樹 林と農地が接する場所やササ原などでよく見かけられるが、イチモンジセセリに比べると生息数は 少ないとのことである。行常の森でも、あまり観察の機会は多くはないようであるが、ふもとの竹 林や畑の周辺で時々姿を見かける。 35.チャバネセセリ - セセリチョウ科 学名:Pelopidas mathias 北海道を除く日本全国に分布する小型のチョウである。外観はイチモンジセセリおよびオオチャ バネセセリによく似ているが、翅の表・裏の白斑の配置が違う。後翅の白斑4個が、弧を描くよう に並んでいるのが特徴である(写真-48)。 食草はイチモンジセセリと同様に、イネやチガヤ、エノコログサ、ススキなどのイネ科の植物で ある。行常の森では、2012年9月の活動日にふもとの畑で観察した。 写真-47(2014 年 10 月 19 日) オオチャバネセセリ 写真-48(2012 年 9 月 16 日) チャバネセセリ チョウ目の昆虫を、日本では「チョウ」のなかまと「ガ」のなかまに区別することが多い。これ まで本報告のチョウ目(その1)および(その2)で紹介したのは、このうちの「チョウ」のなか まである。一方の「ガ」のなかまも、行常の里山では時々見かける。この「ガ」のなかまについて は、今後別の報告書としてまとめていきたい。 なお、この報告書に紹介した写真はすべて行常の森とその周辺で、筆者自身が撮影したものであ ることを申し添える。 ―以上―
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