資料のダウンロード - 秋田県総合教育センター

第29回
秋田県教育研究発表会資料
【6日H会場④】
特別支援学校における「聞く」に配慮した授業改善の取組
- 授業デザインシートの作成と導入部分での活用を通して -
秋元
仁美
特別支援学校では,聴覚そのものに問題はないものの,「聞く」ことを苦手としている
生徒が多い。「聞く」のつまずきの背景には,注意集中,音韻認識,意味理解及び短期記
憶等の困難があると考えられる。そこで,つまずきの背景に注目した「授業デザインシー
ト」を作成し,PDCAサイクルで活用し授業改善を目指した。「聞く」に配慮して授業
を行うことで,言葉の精選や情報量の調整に対する教師の意識が向上し,生徒に変容が見
られた。このことから「聞く」に配慮した授業づくりでは,「学習活動の構成」「聴覚的支
援」「視覚的支援」「環境・ルール」の視点が重要であることが分かった。
キーワード:特別支援学校,「聞く」,つまずきの背景,授業デザインシート,授業改善
Ⅰ
主題設定の理由
人は,「聞く」力を土台にして言語能力を獲得していくと言われている。また,「聞く」ことはコミ
ュニケーション手段として重要な力でもある。しかし特別支援学校において,聴覚そのものに問題は
ないものの,「聞く」ことを苦手としている生徒が多く存在している。そのような中で,学校生活の
中心である授業は,指導者による説明や指示などの働きかけから開始する場合が多く,「聞く」こと
のつまずきから,見通しや意欲がもてない状況にある生徒もいると予想される。
また,特別支援学校では,近年,生徒の実態が多様化してきており,それぞれの教育的ニーズに応
じた授業づくりの工夫が大きな課題となっている。藤原(2012)は,「個への配慮は,帰属集団を生
かした環境を用意し,集団全体への配慮とともに行われることが重要である」と,集団全体への配慮
の重要性を説いている。集団全体への配慮を行うに当たっては,生徒一人一人の「聞く」の実態把握
を行い,集団における「聞く」の実態を理解して,授業づくりを行う必要がある。
そこで,生徒一人一人の「聞く」のつまずきの背景を探り,そのつまずきの背景に配慮した授業デ
ザインを行うことで,教師の働きかけ等が具体的に検討され,授業改善につながるのではないかと考
え,本主題を設定した。
Ⅱ
研究目的
特別支援学校において,「聞く」のつまずきの背景から考える授業デザインシートを作成し,PD
CAサイクルで活用することにより,「聞く」に配慮した授業改善の視点を明らかにする。
Ⅲ
研究内容・方法
1 「聞く」についての捉え
先行研究や文献から情報を収集して整理し,「聞く」の仕組みや認知発達段階,つまずきやその影
響についてまとめ,「聞く」のつまずきを捉える。
2 「聞く」についての状況把握
研究協力校T特別支援学校において,
「聞く」についての実態調査と授業参観を実施する。さらに,
小学校の授業実践は,「聞く」に配慮した授業づくりに参考となる部分が多くあると考え,小学校4
校において授業参観を行う。
- 1 -
3 授業デザインシートの作成
先行研究や文献から「聞く」のつまずきを捉え,実態調査や授業参観から「聞く」に配慮した授業
づくりのポイントを整理し,「聞く」に配慮した授業デザインシートを作成する。PDCAサイクル
において活用し,検証授業後に教師にアンケートをとり,授業デザインシートを修正・改善する。
4 検証授業
研究協力校T特別支援学校中学部において,国語科,数学科(以下,国語・数学と表記)は課題別の
グループで構成され,学級集団よりも少ない人数で行われている場合が多い。「聞く」の実態は様々
であるが,言語理解力において学級集団と比較するとグループ内の実態差は少ない。また,学級担任
が担当していないグループもあり,「聞く」のつまずきの背景を探り,共通理解する必要がある。
また国語・数学の授業は,様々な学習形態で行われているが,授業の始まりは全体で行っている場
合が多い。授業の始まりには,本時の学習に向けて「やってみたい」という気持ちを引き出すことが
大切であり,そのためには,生徒が本時の学習内容を聞いて分かる必要がある。そこで,国語・数学
の授業導入部分において検証する。
Ⅳ
研究結果
1 「聞く」についての捉え
(1) 「聞く」のつまずきの背景
発達障害のある児童生徒に対する先行研究や文献から,
「聞く」のつまずきの背景には,
「注意集中」
「音韻認識」「意味理解」「短期記憶」に困難があることが分かった。また知的障害児は聞く,話す等
の学習面のつまずきが全般的に見られ,障害の特徴として,「言葉の発達の遅れ」「一度に記憶できる
量の少なさ」「集中できる時間の短さ」が挙げられる。
以上のことから,発達障害のある児童生徒における「聞く」のつまずきの背景は,知的障害児にも
共通する部分が多いと考え,本研究においても「聞く」のつまずきの背景には,「注意集中」「音韻認
識」「意味理解」「短期記憶」があるとして進める。
(2) 本研究における「聞く」の捉え
先行研究を参考に「聞く」ために必要な力について,つまずきの4つの背景から具体的な場面を考
えてみる。指導者が「本を読みましょう」と指示をした場面に当てはめると,生徒は「注意集中」に
より指導者に注意を向け,周囲の音と弁別して指導者
の声を聞き取る。次に「音韻認識」により「ホンヲヨ
ミマショウ」という音韻を弁別して認識する。次に「意
味理解」により本を読むという行為を理解する。さら
に「短期記憶」により,本を読むという指示を一時的
に記憶する。そして読み始める。この時点で「聞く」
ことができたと判断することになる(図1)。
以上のことから,「聞く」とは単に音が耳に入って
「聞こえている」状態ではなく,「聞いて分かる」状
図1 「聞く」の捉え
態と捉え,本研究に取り組む。
2 「聞く」についての状況把握
(1) 国語・数学(算数)の実態調査
研究協力校T特別支援学校の教師46名を対象に,国
語・数学(算数)の実施状況,「聞く」の課題等につい
て実態調査を行った。「聞く」に関する指導上の課題
を感じている教師は8割近くおり,聴覚的支援,集団
場面での伝え方,実態把握と見取りを課題としている
ことが分かった(図2)。
図2
- 2 -
実態調査
(2) 授業参観の実施
国語科及び算数科(数学科)の授業参観を行った。小学校においては,学習ルールが徹底され,「聞
く」に配慮された環境づくりが行われていた。また,導入部分においては学習課題への動機付けが視
覚的支援を用いて短時間で工夫されていた。研究協力校T特別支援学校においては,硬貨などの具体
物の使用,個に対応したワークシート等,教材教具に工夫が見られた。
3 授業デザインシートの作成
PDCAサイクルで活用する「聞く」に配慮した授業デザインシート(4様式)を作成した(図3)。
(1) チェックシート
個々の「聞く」のつまずきの背景を探るものと集団の「聞く」の実態を探るものの2部構成とした。
(2) デザインシートA
授業デザインの際に参考にするツールとして使用す
る。「聞く」のつまずきの様子,想像される背景,つ
まずきの背景への配慮点,具体的な支援例の4部構成
とした。
(3) デザインシートB
本時のねらいと主となる活動,導入部分で押さえる
こと(内容),学習活動と「聞く」の配慮点を中心に記
入する指導略案形式にした。聴覚的支援としての教師
の指示や説明等は,言葉を精選できるように,カギ括
弧で表記する。
図3 授業デザインシートの構成と活用
(4) 改善シート
教師と生徒の「聞く」の評価,集団における「聞く」
の振り返り,改善策の3部構成とした。
4 検証授業
(1) Bグループ 国語科「順番に並べて文を作ろう」
①実態把握
生徒4名。注意集中につまずきのある生徒が多いが,
教師の話には注意を向けることができる。言葉でのや
図4 チェックシート(抜粋)
りとりが可能だが,理解していない言葉や間違って使
用している言葉もあり,言葉の確認が必要である(図4)。
②計画
1)集団全体への配慮
・意味理解や短期記憶への配慮として,板書やワー
クシートへ手順や報告のタイミングを示す。
・一対一のやりとりを控え,他の生徒の発言や行動
を生かす。
・一度伝えたことは,自分で考えられるよう間接的
な言葉掛けにする。
2)個への配慮(対象生徒A)
・全体への指示を自分のこととして受け止めること
が苦手な生徒には,話す前にアイコンタクトをと
り,聞く構えを作ってから話す。
③授業実践,評価・改善
1)効果のあった支援
・発表及び説明後の確認場面において,「○さんは
何と言いましたか」等の問いかけを行うことで,
周りの生徒の注意集中にも効果があった。また,
生徒の発言を確認してからフラッシュカードを貼
ることで,生徒が聞いて考えることができた。
図5 デザインシートB
- 3 -
・前時のよい聞き方をしていた写真を活用し,話を
聞くときの視線や姿勢を具体的に称賛したことで,
本人だけでなく他の生徒もより意識することがで
きた(図6)。
2)課題
・題材の導入段階において,一指示一行動で生徒の
理解を確認しながら学習を行ったことでやり方を
覚えて取り組むことができたが,待ち時間が多く
発生した。注意集中への配慮と併せて,個々の学
図6
習量の確保への対応が必要であった。
授業場面の写真の活用
・学習内容と流れを文字カードを添えて説明した。写真を併用したところ,予定より時間がかかっ
てしまった。同時に提示するべきであった。
(2) その他のグループの取組
①チェックシートの活用
注意集中,短期記憶に顕著なつまずきが見られる生徒が数名見られたが,検証授業を行ったグルー
プが記入したチェックシートから,ほとんどの生徒はその能力に差はあるが,「聞く」の4つのつま
ずきの背景が重複していることが分かった。
記入に当たって,学級担任や授業者,授業者同士の認識の違いが見られ,どんな場面でどのような
部分につまずきが見られるのかを,多くの目で再チェックすることができた。また集団の実態や配慮
点と個への配慮点を書き込むことで,指導案を検討する前に「聞く」に対するグループの方針を立て
ることができた。
②デザインシートB・改善シートの活用
デザインシートBに記入することで,計画している支援は何のために行うのかを整理することがで
きた。また評価に当たっては,なぜ「聞く」ことができなかったかを,つまずきの背景や場面の状況
から振り返り考えることができたという意見が得られた。
検証授業を行ったグループのデザインシートBに
は,注意集中においては,聞くだけの時間を長く設
定しないように学習活動の構成を工夫したり,話す
前に「聞く」構えを作ったり,視覚的支援により学
習への興味をもたせたりする等の配慮点が共通して
挙げられた。意味理解と短期記憶においては,学習
活動の流れのパターン化や指示・説明後の確認,学
習の手掛かりを残す板書等の配慮が,各グループに
共通して見られた。しかしながら,これらの意味理
解や短期記憶に対する配慮が,注意集中につまずき
図7 つまずきへの配慮
のある生徒の学習への集中力を途切れさせる状況を
作り出している場合もあり,工夫が必要とされていることが分かった(図7)。
改善シートには,生徒の体調や気持ち,教科によっても「聞く」への影響があるため,聞きたいと
思わせるような人間関係づくりや興味・関心のある題材の設定,担任との連携の重要性についても記
入されていた。「意味理解」に関する実態把握や配慮についての見直しを記入しているグループも多
く,併せて語彙を増やすことの必要性についての記入が見られた。
5 検証授業後アンケート
「聞く」に配慮した授業実践を行った中学部の教師11名を対象に,検証授業後アンケートを行った。
全項目において,「あてはまる」「ややあてまる」という回答が7~9割得られ,「あてはまらない」
への回答はなかった。検証授業後に教師の働きかけや生徒の様子をビデオで振り返ったり,参観者か
- 4 -
ら付せん紙による評価を受けたりした3つのグループの教師は,⑤「授業デザインシートは授業改善
に役立った」の項目において,全員が「あてはまる」を選択している(図8)。
図8
検証授業後アンケート
また,自由記述から「生徒が話し手に注目できるよ
うになってきた」という変容が多く挙げられた。授業
者が意識した点において,「教師に視線を集めてから話
すようにした」が挙げられていることから,教師が学
習ルールを意識して指導に当たることが授業改善にお
いて重要であると考える(図9)。
6 授業デザインシートの修正
図9 検証授業後アンケート(自由記述)
授業デザインシートを活用した授業実践やアンケートを基に,シートの構成と活用方法を修正した。
(1) チェックシート
「聞く」のチェックシートについては,個別の指導計画を作成する際や学習グループの実態把握を
行う際に併せて活用し,年度途中において見直しを行う。
(2) デザインシートA
つまずきの背景と,「聞く」に配慮した授業づくりの視点から考える具体的な支援を,一覧表にま
とめた(図10)。
図10
修正したデザインシートA
- 5 -
(3) デザインシートB
検証授業後の評価において,デザインシートBへの朱書きによる記入と,改善シートへ記入を行っ
たが,2枚のシートにしたことによる使いにくさが指摘された。そこでデザインシートBと改善シー
トを1枚にまとめ,授業後に評価と改善策を直接記入する形式にした。負担を感じる教師には,デザ
インシートAを参考に自分が使いやすい形式の指導略案を使用して,授業づくりに取り組むことを提
案したい。また図9のように,アンケートでは,聴覚的支援において,分かりやすい言葉の選択や情
報量に対しての教師の意識が向上したという回答を得たことから,指示や説明等については引き続き
カギ括弧で表記することにする。
Ⅴ考察
1
注意集中を軸とした「聞く」への配慮
知的障害児の「聞く」のつまずきの背景は,多
岐にわたっており,そのような生徒が所属する学
習集団においては,「聞く」の始めの段階で必要な
「注意集中」への支援が重要であると考える。そ
のため「音韻認識」「意味理解」「短期記憶」に対
しての配慮は,「注意集中」の妨げにならないによ
うに,学習活動の構成を検討したり,情報量を調
整したりする必要がある(図11)。
2
意図を明確にした聴覚的支援と視覚的支援
日ごろから取り組んでいる環境・ルールを土台
図11 「聞く」に配慮した授業改善
に,始めに学習内容や流れを練り上げて,それか
ら学習内容に対する聴覚的支援を具体的に選定し,さらに必要に応じて視覚的支援を検討していくこ
とが,生徒の「聞いて分かる」授業につながると考える(図11)。特に,「聞く」への配慮に当たり,
教師の働きかけを聴覚的支援と視覚的支援に分けて考え精選していくことは,注意集中を始め他のつ
まずきに対しても重要であることが分かった。時として教師からの情報は,集中できない状況や聞か
なくてもよい状況,あることでかえって分からない状況等を作ってしまうおそれがある。意図を明確
にして集団や個々の実態に合った聴覚的支援と視覚的支援を取り入れ,さらにそれらの働きかけにつ
いて振り返り改善していくことが大切であると考える。
Ⅵ
研究のまとめ
授業デザインシートを活用し,「学習活動の構成」「聴覚的支援」「視覚的支援」「環境・ルール」の
視点から授業づくりを考え,視点に基づいて具体的な支援をまとめることができた。また,「聞く」
への授業改善は,「注意集中」を軸とした「聞く」への配慮を行うこと,聴覚的支援と視覚的支援を
精選し意図的に取り入れることが重要であることが分かった。本研究では,国語・数学の導入部分に
おいての「聞く」への配慮を行ったが,他の学習場面においても「聞く」に配慮した授業づくりを行
っていく必要があると考える。
また,主題設定の理由でも述べたように「聞く」力は言語能力の獲得の土台であり,コミュニケーシ
ョン手段として重要な力でもある。生徒の「聞く」力を,どの場面でどのように支援し育んでいくの
かを,計画的に検討していくことが大切である。日ごろから生徒の「聞く」を意識し,つまずきに応
じた「聞く」への配慮と「聞く」力の育成の両面から授業づくりを考え,指導に当たっていきたい。
<参考文献>
向後利昭(2013)『知的障害の子どものできることを伸ばそう!』日東書院.
竹田契一,上野一彦,花熊暁(2012)『特別支援教育の理論と実践』金剛出版.
藤原義博,小林真,阿部美穂子(2012)『特別支援教育における授業づくりのコツ』学苑社.
広島県教育センター(2010)通常の学級における発達障害のある児童生徒に対する授業改善の研究.
- 6 -