我が国のハーグ協定ジュネーブ改正協定 への加入と意匠による国際展開

日本の意匠制度
我が国のハーグ協定ジュネーブ改正協定
への加入と意匠による国際展開
特許庁 審査第一部 意匠課長 山田繁和
1.はじめに
を毎年策定し、計画を遂行してきています。
我が国は、2014年4月に意匠法改正を行い、5月
この知的財産推進計画2011において、我が国が
には意匠の国際登録に関するハーグ協定ジュネーブ
ジュネーブ改正協定に加入することについて検討
改正協定と意匠の国際分類に関するロカルノ協定に
し、短期間に結論を出すことが定められました。
加入することが国会で承認されました。これに基づ
この計画が設定された背景には、企業のグローバ
いて、
2014年9月24日にロカルノ協定に加入し、ハー
ル化が進み、模倣対策のために各国で意匠権を取得
グ協定ジュネーブ改正協定には2015年2月13日に
する自動車産業、電気電子機器産業といった我が国
WIPO国際事務局に加入書を寄託し、5月13日から
の基幹産業を初めとする多くの産業界から強い要望
我が国ユーザーも利用できるようになります。
が出されていたことが挙げられます。
この知的財産推進計画の定めに従い、特許庁では
●関連情報
・特許庁のHP:http://www.jpo.go.jp/shoukai/soshiki/photo_
gallery2015021602.htm
・外務省のHP:http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/
press4_001793.html
・WIPO の HP:http://www.wipo.int/pressroom/en/2015/
article_0001.html
2011年12月から我が国のハーグ協定ジュネーブ改正
協定への加入の是非、加入に際しての課題とその解
決について、産業構造審議会意匠制度小委員会で議
論を行い、ユーザーから指摘を受けた課題を解決す
ることを条件として、今後数年以内にジュネーブ改
正協定に加入するという結論を得ました。
ここに至るまで、2011年12月から2014年11月まで
産業構造審議会では、我が国の協定への加入に際
の足かけ4年にわたり、産業構造審議会知的財産分
し、例えば、
科会意匠制度小委員会の場で我が国のハーグ協定の
①複数の意匠を含む国際出願を受け付けること
加入に向けた課題の洗い出し、対処の検討を行うと
②国際登録簿だけでなく我が国でも意匠登録簿を
ともに、WIPO国際事務局とも継続的にハーグ協定
の規則や細則の改正について交渉を行ってきまし
た。
これらの経緯を踏まえ、我が国がハーグ協定ジュ
ネーブ改正協定に加入する背景や目的、主な意匠法
改正の内容について示します。
管理すること
③先行調査や権利調査の利便性向上のために意匠
登録公報を発行すること
④国際出願で自らの国の指定を無効とする自己指
定の禁止をしないこと
⑤国際出願を特許庁でも受け付けられるよう仲介
2.ハ ーグ協定ジュネーブ改正協定への
加入の議論
について議論し、国際出願をするユーザーが、ハー
日本の近年の経済政策において、デザインの重要
グ協定ジュネーブ改正協定の恩恵を最大限に享受す
性はますます高まっています。
ることが可能となる対応策を見出してきました。
我が国では、2003年から知的財産立国を実現する
この産業構造審議会での結論を踏まえて、2014年
ための具体的な行動を定めた「知的財産推進計画」
3月に関係法案を国会に提出し、同年4月に意匠法
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日本の意匠制度
官庁になること
●日本から海外への出願上位国 2012年の
出願件数状況
●海外から日本への出願上位国 2012年の
出願件数状況
1 China
4,805
1 United States of America
2 OHIM
3,046
2 Republic of Korea
1,323
753
3 United States of America
2,662
3 Germany
438
4 Republic of Korea
1,470
4 Switzerland
335
5 France
210
5 India
547
アミはハーグ協定ジュネーブ改正協定加入国
改正案が承認され、同年5月にはジュネーブ改正協
アミはハーグ協定ジュネーブ改正協定加入国
出願手続きをする負担
定に加入することが国会で承認されました。
②出願の願書を各国の言語に訳す負担
このように、我が国は正規にジュネーブ改正協定
③各国毎に代理人を雇い出願するコスト負担
に加入することが決まり、下位法令の整備を経て、
これらの3つの課題は、ジュネーブ改正協定の加
2015年2月13日に我が国の加入書をWIPO国際事務
入国が増加し、我が国が加入することで、解消でき
局に寄託いたしました。これにより、我が国のユー
る課題であり、これらの理由が、我が国のユーザー
ザーの皆さまは、今年5月13日から国際意匠出願を
がジュネーブ改正協定に加入することを望んだ最も
することができます。
大きな理由です。
そのほか、他国で意匠権を取得している場合、そ
3.ハ ーグ協定ジュネーブ改正協定への
加入の背景
の権利を更新する時には、更新料の他にエージェン
我が国では、近年の意匠出願件数は約3万件であ
意匠登録はWIPO国際事務局に自ら更新料を納める
り、あまり増減していませんが、優先権証明書の発
ことができ、手続負担、コスト負担が軽減できると
行数は増加傾向にあり、我が国のユーザーが海外で
いった声もありました。
意匠権を取得する件数が増加していることがうかが
また、外国人ユーザーによる我が国への出願は、
えます。
近年、医療用機械器具分野や靴、携行品などのブラ
日本人が海外に出願している国の上位は、中国、
ンド品の出願が増加傾向にあります。
OHIM、米国、韓国、インドの順ですが、2位の
海外ユーザーが日本に出願している国の上位は、
OHIM、3位の米国*、4位の韓国はハーグ協定に
米国、韓国、ドイツ、スイス、フランスの順ですが、
加入しています。また、1位の中国のほか、ロシア、
いずれの国もジュネーブ改正協定に加入しており、
カナダ、ASEAN諸国が近年中の加入を予定してい
我が国が加入することは、外国人のユーザーにとっ
ます。
ても大きなメリットをもたらし、国際調和も進むも
このように、日本のユーザーが意匠出願している
のと考えています。
ト、若しくは代理人を立てる費用もかかるが、国際
国の多くが、ジュネーブ改正協定に加入若しくは近
年中の加入を目指しているため、国際出願を利用す
これまでは、外国人が我が国に意匠出願する場
ることのメリットはますます大きくなっているとい
合、我が国の意匠法に従った日本語による願書を作
えます。
成しなければならず、外国人ユーザーからは、日本
一方、我が国ユーザーへのヒアリングから、海外
語による願書の作成負担が大きいとの意見が寄せら
への意匠出願について、次の3点が主な課題である
れています。また、我が国の意匠法では外国人が出
ことが分かりました。
願する場合は代理人を介することを規定しています
①各国への出願は、各国のフォーマットに従って
ので、外国人ユーザーからは、迅速に日本に出願す
DESIGNPROTECT 2015 No.105 Vol.28-1
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ることができないとの意見もありました。
従って、我が国がジュネーブ改正協定に加入する
ことで、こうした外国人ユーザーの課題が解消し、
●ハ ーグ協定ジュネーブ改正協定の利点に関する
我が国ユーザーの意見
1 一の出願により複数の国で意匠権を取得可能
84.7%
2 一の出願に複数の意匠を含めることが可能
57.9%
ります。
3 意匠権の一元的管理(国際登録簿)
56.5%
4 6月(12月)以内にオフィスアクションが行われる
30.2%
海外のユーザーが我が国へ出願するのは、我が国
5 一の言語でよい(翻訳不要)
29.7%
たくさんのユーザーが我が国に意匠出願しやすくな
で製品を販売するにあたり、模倣品から製品デザイ
ンを守ることが主な理由です。また、自国が無審査
の場合、新規性や創作非容易性判断を厳しく行う日
本に出願し、権利の有効性の確認を目的として出願
するケースも増加しています。
●ハ ーグ協定ジュネーブ改正協定加入時に我が国
ユーザーが要望する課題
1 JPOを通じた間接出願
81.1%
2 自己指定
66.7%
3 JPOによる意匠公報の発行
53.1%
そのほか、自国が無審査の場合、自ら自社製品に
4 国際登録簿の和訳
46.3%
似たデザインがあるかを調べなくてはなりません
5 国際意匠公報の和訳
45.5%
特許庁22年度調査研究より
が、日本に出願すると、特許庁の審査で見つかった
周辺の意匠を参考文献として入手できるので、権利
しい
範囲を予測するための参考情報として企業活動に役
②国際出願をする際、自国も指定できるようにし
立てたいとの意見もあり、こうした様々な理由から
てほしい
海外ユーザーの出願が伸びてきていると考えていま
③我が国で登録となった場合には日本で登録原簿
す。
*米国は、2015年2月13日にハーグ協定ジュネーブ改正協定の
加入書を寄託しており、国際出願が利用できるようになるのは、
5月13日からとなる予定。
を管理し、意匠登録公報を発行してほしい
といったことを挙げています。
こうしたユーザーの要望を踏まえ、2012年1月27
4.ハーグ協定ジュネーブ改正協定への加
入の主な課題と解決
日に開催された第15回意匠制度小委員会では、
①国際出願は特許庁を介した間接出願を可能とす
ること
2011年に産業構造審議会意匠制度小委員会を開始
する前に、我が国の企業約3,000社にハーグ協定加
②国際出願で自己指定を可能とすること
入に関するアンケートを行っていますが、その結果、
③国際出願で我が国を指定する場合、最大30月の
公開繰り延べを可能とすること
我が国企業はハーグシステムの主な利点として、
①一の国際出願で複数の国で意匠権を取得可能で
④我が国は国際出願の複数意匠一括出願を受け付
けること
あること
②一の国際出願に複数の意匠を含めることができ
⑤国際登録簿に移転が記録された場合には我が国
において移転の効力を認めること
ること
③意匠権が国際事務局の国際登録簿で一元的に管
理されていること
等の課題の解決を前提とし、我が国がハーグ協定
ジュネーブ改正協定に加入することを方針としまし
を挙げています。
た。
また、我が国企業のハーグシステムに関する特許
これらのハーグシステムの利点や要望のうち、複
庁への要望として、
数意匠一括出願の実現と国際事務局の国際登録簿で
①特許庁を通じた間接出願ができるようにしてほ
4
日本の意匠制度
の意匠権の管理は、法制面の対応が、また、意匠公
報の発行については運用面の改善が必要でしたの
れると国際公表が行われますが、公表された時点で
で、この3点を中心に対応状況を説明します。
は我が国の意匠審査を行っていませんので、最初に
発行された国際公報を見ても我が国で設定登録され
①複数意匠一括出願の対応
たか否かはわかりません。
ハーグ協定ジュネーブ改正協定では、一の願書に
また、国際公表は、二以上の意匠を包含する場合
国際分類の同一クラスの意匠であれば、100の意匠
には、一の国際公報の中に複数の意匠の複製物が掲
を含めることができますが、我が国の意匠法は一意
載されているため、一つの物品だけを権利調査で参
匠一出願となっています。
照したいときでも、その他の物品も参照せざるを得
このため、意匠法を改正し意匠法第60条の6(国
ず、権利調査の負担が大きくなることを我が国ユー
際出願による意匠登録出願)において、国際出願を
ザーは問題視していました。
我が国の意匠登録出願とみなし、国際出願が2つ以
この要望に対応するために、我が国で実体審査を
上の意匠を包含する場合も当該国際出願を意匠ごと
行った後、登録となったものは、意匠登録公報を発
に出願したものとみなすことにしています。
行することにしています。
また、国際出願を意匠毎に出願したものとみなす
ことにより、意匠毎に意匠権の設定の登録を行って
5.今後について
登録簿を管理することになります。
2015年5月13日から我が国ユーザーの方々は、意
匠の国際登録制度を利用できるようになり、産業界
②国内の意匠登録簿の管理
の皆様が、海外において安価で簡便に意匠権を取得
ハーグ協定ジュネーブ改正協定では、国際登録さ
することが可能となります。
れると、国際登録簿で一元的に管理され、権利の更
我が国企業が不断の努力によって生み出した製品
新や権利の移転は、複数の国で権利を得ている場合
は、高度な技術と品質、優れたデザインが高く評価
でも、国際事務局に手続きを行えばよいため、この
され、世界各国に受け入れられています。
手続きが容易であることもユーザーのメリットの一
しかし、一方で我が国製品の模倣被害は収まって
つです。
いません。今後我が国産業界の強みを活かし、より
しかし、権利者以外の第三者にとっては、権利の
一層グローバルな活動を展開して国際競争力を高め
状況や内容を正確に知るには、英語で国際事務局に
るためには、製品の技術やデザイン、ブランド力を
申請しなければならないため、我が国の中小企業に
知的財産権によって守ることが重要です。
とっては負担が大きいのではないかとの意見もあり
特許庁では、ジュネーブ改正協定の更なる発展と
ました。
拡大に尽力している国際事務局にこれからも協力し
このため、この課題を解決するために、国内に意
ていき、我が国の経験や協力を必要とする国への支
匠登録簿を持ち、国際登録簿の記載内容を複写し、
援を通じて、ハーグ協定ジュネーブ改正協定の加盟
我が国固有の権利設定項目については独自に管理す
国を増やすとともに、我が国企業の海外での意匠権
ることができるようにしました。
取得の利便性向上に努めてまいります。
これにより、国際出願であっても、JPOに申請す
このような活動を通じ、我が国産業界がデザイン
れば確認することが可能となり、中小企業の方々の
による国際展開をより一層促進することができるよ
負担も軽減することができます。
う、我が国企業等のグローバル化と国際展開支援を
支えていきます。
③我が国での意匠登録公報の発行
ハーグ協定ジュネーブ改正協定では、国際登録さ
DESIGNPROTECT 2015 No.105 Vol.28-1
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