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医薬化学I
宮地 弘幸
本日の講義内容
核酸アナログの医薬品を
列挙し、それらの化学構造を比較できる
SBO51
核酸アナログの医薬品は、抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)や抗ウイルス薬に属するもの
が大部分である。
核酸とは
塩基と糖、リン酸からなるヌクレオチドがリン酸エステル結合で連なった生体高分子化
合物。糖の違い(2‘位が、水素か水酸基か)によって、2-デオキシリボースを持つデオ
キシリボ核酸 (DNA) と 、リボースを持つ リボ核酸 (RNA) とがある。
RNAは2'位が水酸基であるため加水分解を受けることにより、DNAよりも反応性が高
く、熱力学的に不安定である。
塩基と糖がグリコシル結合によって結びついた
ものがヌクレオシドで、ヌクレオシドにリン酸が
ついたものがヌクレオチドである。
核酸の化学構造
サルベージ経路と代謝拮抗薬
サルベージ経路(salvage pathway)
ヌクレオチド(プリンとピリミジン)の分解経路の中間体から再びヌクレオチドを合成
する経路。
サルベージ経路はRNAとDNAの生分解で生成した核酸塩基とヌクレオチドの再生
で使われる。
代謝拮抗剤 (anti-metabolites) はDNA構成要素のプリンやピリミジンの構造
類似物質であり、(細胞周期の)S期にDNAへのプリンやピリミジンの取り込みを
防止する。それにより、正常な増殖や分裂は停止する。
ピリミジン塩基
ピリミジン塩基(pyrimidine base)とは核酸の構成要素のうちピリミジン骨格を基本
とする塩基性物質である。
ピリミジン塩基はチミン,シトシン,ウラシル,5‐メチルシトシン,5‐(ヒドロキシメチル)シトシンの
いずれかを指し、DNA 中ではシトシンとチミンが,RNA 中ではシトシンとウラシルが含まれる。
チミン
シトシン
ウラシル
5-メチルシトシン
ピリミジン塩基の生合成
ピリミジン塩基の生合成は、ウリジル酸(UMP)を中間体とし、他のピリミジンヌクレオシド/ヌクレオチ
ド類はウリジンのピリミジン環が酵素的に修飾されることで、メチル基またはアミノ基が置換されて生
成する。すなわちピリミジン塩基はウリジル酸を中心に相互変換される。
CP
orotate
OMP
Asp
UMP
ウリジル酸はカルバモイルリン酸(CP)とアスパラギン酸(Asp)を出発物質とし、脱水閉環、脱
水素されてオロチン酸(orotate)が生成する。これがホスホリボシル化されてオロチジル酸
(OMP)となりピリミジンに置換していたカルボキシル基が脱炭酸することでウリジル酸(UMP)
が産生される。
DNA構成成分のTはUMPから生合成される
UMP
UDP
dUDP
チミジル酸
シンターゼ
dUMP
DNA
複製
dTMP
チミジル酸(dTMP)はUMPからデオキシウリジル酸(dUMP)を経由して、これがメチル化される
ことで生成する。
フルオロウラシル(5-FU)もサルベージ経路に乗る
O
F
HN
O
フルオロウラシル(5-FU)
胃がん,肝がん,結腸・直腸がん,乳がん,膵がん,子宮頸がん,子宮体が
ん,卵巣がん,食道がん,肺がん,頭頸部腫瘍(注射,経口)
N
H
サルベージ経路
5-FU
5-FdUMP
5-TdUMPはチミジル酸合成酵素を阻害する
O
O
HN
O
サルベージ経
路
F
N
H
PO
F
HN
O
N
O
FdUMP
フルオロウラシル(5-FU)
O
O
OH
HN
PO
O
O
OH
阻害
N
PO
チミジル酸合成酵素
dUMP
CH3
HN
O
N
DNA
O
OH
dTMP
5F-dUMPのフッ素原子の大きさが水素に大差ないので、チミジル酸合成酵素は本来の基質である
dUMPと認識する。チミジル酸合成酵素は補酵素テトラヒドロ葉酸を用いて、dUMPからTMPを生合
成する過程ではウラシル5位水素がH+として引き抜く反応が起きる。しかし、結合エネルギーの大
きいフッ素原子では、F+が生成しない。その結果酵素-補酵素-基質の複合体のままで反応が止ま
る。細胞では、TMPの供給が止まってしまうので死滅する。
5-FUのプロドラッグ
ピリミジンヌクレオシド構造を有する抗悪性腫瘍薬
O
N
N
N
HO
NH2
NHCO(CH2)20CH3
NH2
O
N
O
HO
OH
シタラビン
リン酸化され,
dCTP,CDPに拮抗
急性白血病(急性骨髄性白血病)
消化器がん(注射)
HO
N
O
HO
OH
エノシタビン
シタラビンのプロドラッグ
急性白血病(注射)
HO
O
N
O
F
OH F
ゲムシタビン
リン酸化され,
dCTP,CDPに拮抗
非小細胞肺がん,
膵がん(注射)
プリン塩基
プリン塩基は、プリン核を持った塩基である。プリン体(プリンたい)とも総称される。
核酸塩基であるアデニン、グアニンなどヌクレオシド/ヌクレオチド以外にもNADやFADの成分とし
て、あるいはプリンアルカロイドのカフェイン、テオブロミンなどが知られている。
プリン塩基の生合成
アデニル酸(AMP)やグアニル酸(GMP)はイノシン酸から生合成される。プリン塩基はPRPPを土台
に,プリン骨格を次々と組み立てて生合成される。プリン骨格は,Gln,Gly, Asp, ギ酸およびCO2
からつくられる。重要中間体がイノシン酸 (IMP)である
プリン塩基の生合成
AMPやGMPはIMPから生合成される。
サルベージ(salvage)合成経路
異化代謝において,核酸は最終的にリボースと遊離塩基へと分解される。
遊離塩基の大半は排泄されるが,一部は再利用され,核酸のサルベージ
(salvage)合成経路でヌクレオチドへと変換される。
白血病治療薬 メルカプトプリン
急性および慢性白血病(経口)
ヌクレオチドに変換されて
IMPに拮抗し,核酸合成阻害
メルカプトプリンは対応する リボ核酸に変換される。すなわち6-MPリボ核酸はプリン核酸の生合
成と代謝を阻害する。そのことにより、DNAとRNAの合成とそれらが関与する機能を阻害する。
サルベージ
経路
メルカプトプリンのリボ核酸はイノシン酸に構造が類似している。
イノシン酸と競合し,アデニル酸やグアニル酸の生合成を阻害する.
イノシン酸
痛風治療薬 アロプリノロール
痛風; 高尿酸血症を原因とした関節炎を来す疾患。
体液中の尿酸値上昇により難溶性の尿酸ナトリウムが血管壁,関節などに析出する. 尿酸の生
合成を抑えられれば良い。
シタラビンの合成
ソリブジン事件(薬物相互作用に基づく薬害)
低分子医薬とも、抗体医薬とも違う次世代医薬として期待される核酸医薬
低分子医薬:
酵素や受容体等の結合部位に直接結合してその機能を亢進/抑制して,遺伝子産物機能を制御。
候補物質探索には万単位の化合物評価も必要。
抗体医薬:
疾病発症原因タンパク質表面に蛋白-蛋白相互作用(広い相互作用空間)で特異的に結合する
抗体を医薬品にする。標的に結合する蛋白質は基本構造は一つである。
核酸医薬:
標的蛋白質の翻訳レベルDのRNAの
配列を認識して相補的に標的部位と
特異的な結合形成。その結果,好まし
くない遺伝子の働きを阻害。
抗がん剤の例では、がん細胞のmRN
Aの20-30塩基に「アンチセンス核酸」
が結合してがん細胞増殖を阻害(
低分子医薬とも、抗体医薬とも違う次世代医薬として期待される核酸医薬
RNAi(RNA interference:RNA干渉)
二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解
される現象。RNAi法はこの現象を利用して人工的に
二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発
現を抑制する手法(発見は1998年)
RNase IIIの一種Dicerにより、長い二本鎖RNAが、siRNA(small interfering RNA)と呼ばれ
る21-23 ntの短い3‘突出型二本鎖RNAに切断される。このsiRNAといくつかの蛋白質から成
るRNA蛋白質複合体であるRISC複合体が再利用されながら相補的な配列を持つmRNAを
分解する
標的のmRNAをと切り刻んでいく仕組みを、真核生物の細胞は有する。本来、このRNA干渉
は、ウイルスRNAを切り刻んだり、自分の遺伝子が発現する量を制御したりするための仕組
み、これを薬に応用する機運が一気にすすんだ。
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低分子医薬とも、抗体医薬とも違う次世代医薬として期待される核酸医薬
種類
内容
アンチセンス
標的遺伝子のmRNAと対抗配列を持つ核酸医薬.特定のmRNAに結合して遺伝子発
現を阻止したり,mRNAのスプライシングを操作する.
siRNA
RNAi(RNA干渉)作用を持つ低分子RNA.RNAiとは外から細胞内に導入された2本鎖
RNAによって配列特異的に標的RNAが分解されて標的遺伝子の発現が抑制される現
象.
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低分子医薬とも、抗体医薬とも違う次世代医薬として期待される核酸医薬

RNAi(RNA interference,RNA干渉):2本鎖RNA(double-stranded RNA;dsRNA)が
引き金となってそのアンチセンス鎖<siRNA(small interfering RNA) >と相補的な配列
のmRNAが分解され、それにより遺伝子の発現(形質発現)が抑制される現象。
2本鎖RNA
Dicer(RNA分解酵素)
siRNA
siRNA
mRNA
RISC
(RNA Induced Silencing Complex)
mRNAを切断
低分子医薬とも、抗体医薬とも違う次世代医薬として期待される核酸医薬
サイトメガロウイルス網膜炎治療薬ホミビルセン
サイトメガロウイルスは通常,増殖にブレーキがかかっている。しかし,エイズを発症すると免疫力が落
ち増殖が活発化する。増殖の初発がタンパク質IE2(immediate early antigen 2)の産生である。そこ
で、IE2タンパク質のアミノ酸配列をコードしたRNAと、ホミビルセンは相補に塩基対を形成し、IE2の
mRNAにリボソームを寄せ付けないことで翻訳を阻害する。
核酸医薬の課題
RNAは不安定な化合物である!
RNAはDNAと比較すると不安定である。RNA
の2'位水酸基の酸素には孤立電子対が2つあ
るため、塩基性条件下、隣接したリン酸は水
酸基から求核攻撃を受け、ホスホジエステル
結合が切れ、主鎖が開裂する。この特性から、
翻訳の役割を終えたmRNAを直ちに分解する
ことが可能になる(バクテリアでは数分、動物
細胞でも数時間後には分解される)。
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