内科,2014年6号

慶應義塾大学腎臓・ 内分泌 。代謝内科
入 江 潤 一 郎
●分子生物学的技術の進歩,臨 床試験の質の向上 により,食 事組成の差異が個体の代謝 へ与える影響が,よ
り科学的に明らかとなってきた。
●しか し,こ れまでの臨床試験からは糖尿病患者における生命予後の改善に寄与する二定の食事組成は明ら
かではない。
●糖尿病患者が高血糖をきたす病態を考慮 し 個々の患者に適 した実行可能な食事処方を組み立てることが
要求されている。
,
リ ンの発見以降徐 々に増 え 60%ま で増加 した後
現在 は患者 の栄養状態 と治療 目標 による, とだけ
,
健 康 を 維 持 す る食 事 組 成 と は
糖尿病 の治療 において食事療法 は,適 切 な血糖
管理 と合併症 の予防のための根幹 をな し,最 適な
食事処方 について 「糖質制限」 を含め と くに近
年議論が盛んであるが結論は出ていない。人体 を
構成す る主成分は蛋白質,脂 質,無 機質であるが
食事 は三大栄養素 の炭水化物,蛋 白質,脂 質 に大
,
記載 されてお り,糖 質,脂 質 とも明確 な比率の記
述がなされていない。
米国糖尿病学会 (ADA)の 栄養勧告 は,2007年
まで は糖 質 は 130g/日 未満 としない よ う勧告 さ
れて いたが,2008年 以降は 130g/日 未満 の糖 質
制限食 または脂質カロ リー制限食は, ともに減量
別され,し たがって摂取 された炭水化物は蛋 白質
または脂質に変換 され利用 されるか, 日常のエ ネ
ルギー源 として消費される。 しか し, 日常の炭水
効果 を有 しイ ンス リン抵抗性 を改善するため有益
であ り,画 一 的な食事組成比率はない との記載に
変更 になっている鋤。その根拠 の一つ となったの
化物 の摂取が わずかである民族が存在 しているこ
とも知 られてお り,人 体 は必須物質 の摂取が可能
が DIRECT試 験 であ る°。 本試験 では肥 満者 に
対 し脂質制限 カ ロ リー制限食 (脂 質 30%以 下 ),
であれば,そ の他 の物質 は体内で合成す ることで
一定の体組成,身 体活動 を維持する柔軟性 を有 し
てい る。逆 にい えば,い かなる栄養素組成の食事
糖 質制限 カロ リー非制限食 (糖 質 120g/日 以下 ),
お よび地 中海式 カロリー制限食 (脂 質 35%以 下 )
のいずれかの介入を行 い,試 験 2年 目でのア ドヒ
が,そ の個人に最適であるかの決定は容易ではな
いとい える。
アラ ンスが 85%と 高 い達成率 の なか,体 重減少
に関 して糖質制限食群が もっとも効果が大 きく
糖 尿 病 に お け る食 事 療 法
糖尿病 を有す る患者 における検討 では HbAlcの
改善は糖質制限食群でのみ明 らかであった。
,
糖尿病 の食事処方 を行 ううえで,血 糖 変動 に
これ らの結果 を受 けて,英 国糖尿病学会で も
もっとも大 きな影響 を与 える糖質 (炭 水化物か ら
食物繊維 を除 い た もの)に ,三 大栄養素のなかで
2011年 のガイ ドライ ンにお いて従来 の糖質摂取
と くに注意が払われるのは当然であろう。一方
,
肥満 も明 らかに耐糖能を悪化 させ るため,エ ネル
ギー摂取量に焦点を当てエ ネルギー密度 の高 い脂
のエ ネルギー比率の設定か ら,糖 質の摂取量 を画
一にせず積極的に調整することを推奨 し,そ の選
択肢 として糖質制限食 を支持 した9.
日本糖尿病学会か らは 2013年 3月 に 日本人の
質を制限する食事処方 も行われて きた。 これ ら糖
質を制限 した処方 と脂質を制限 した処方は,長 い
糖尿病食事療法に関す る提言が発 表 され,炭 水化
物摂取 は 150g/日 以上で 50∼ 60%エ ネルギー を
間比較 され優劣の論争が行われて きた
Joslin糖 尿病学 によると,糖 尿病患者 に行 う食
事処方に占める糖質のエ ネルギー比率は,イ ンス
目安 とするが,蛋 白質,脂 質 の摂取 に偏 りがなけ
れば 50%を 下回る こと も容認 され る とし,従 来
の食品交換表 よ り弾力的な処方が可能 となった゛。
1'助
.
内科 Vol.■ 3 No.6(2014)1531
特集 内科疾患最新の治療一―明日への指針
最近, 日本人糖尿病患者 にお いて糖 質 130g/日
未満 の糖質制限食の前向 き無作為試験が行われ
同様に果物や果汁の過量摂取は無意識に習慣化 ぎ
治療開始後 6カ 月で糖質制限食が従来のカロリー
制限食に比較 して有意に血糖管理 を改善すること
が報告 されている7)
果的である
食事 を摂取する順番や食べ合わせ もインクレチ
:
ときよりも主菜,副 菜 を同時に食するほうが血糖
上昇が緩徐 であることが知 られてお り,井 物など
治療方針の立て方
処方対象 となる患者が痩せ または肥満 を合併す
るか, インス リン分泌は低下 または過分泌か,顕
の単品料理 は避けるように指導することが有効で
あるの また糖尿病患者ではlFn食 傾向を認めるこ
性蛋白尿 を伴 う糖尿病腎症 を合併するかの評価は
必須である 肥満例にはエ ネルギー過剰摂取の有
とが多 いため,微 量元素や各種 ビタミンを摂取で
無を確認 し,現 在 の摂取量 より減 じた処方を行 う
また極端 な栄養素の偏 りが生 じていないことも確
は当然である
糖質を制限することで蛋白摂取 の著 しい増加 を
きた し,腎 臓 に窒素排泄 の負荷がかかる可能性は
否定で きないため,蛋 白摂取の監視は推奨 されて
お り, また腎症 を有する患者へ の過剰な蛋白負荷
,
2
治療の実際
総 エ ネルギ ー :標 準体重 ×25∼ 30 kca1/日 (肥
満 ・痩せの有無で調整
は避けるべ きであろう 一方で糖尿病腎症に対す
)
糖 質を 150g/日 以上 (50∼ 60%エ ネルギー比程
度を目安 に調整),蛋 白質を標準体重 l kg当 た り
10∼ 12g(50∼ 80g/日 ),脂 質 は エ ネ ル ギ ー 比
25∼ 35%と し飽和脂肪酸が中心 とならないように
する
る蛋白制限処方は,そ の実行が困難であ り臨床効
果に ADAか ら疑間が呈 されているD
明 日 へ の指 針
摂食は個体による化学的エ ネルギーお よび分子
の単純な獲得ではな く,空 間時間軸 を有する諸臓
器 の一連の応答であることがインクレチ ンに関す
る知見か ら理解 されよう エ ネルギー量,栄 養素
患者指導 のポイ ン ト
の組成のみならず食事 の順番,速 度 も考慮 し, 日
イ ンス リン抵抗性 を有する肥満 を合併 した患者
であるのか,腎 症を合併 した患者であるのか,イ
ンス リン分泌が枯渇 している痩せ形の患者である
前 の糖尿病患者 の血糖管理 と体組成 の改善に至適
で実行可能な栄養処方 を組み立てることが臨床医
のかによって食事処方は異なって しかるべ きであ
には求め られる
るが,病 態に応 じた食事処方の臨床効果を前向 き
に検討 した臨床試験 は皆無に近 く,や は り食事処
方はそのア ドヒア ランスと代謝指標 の改善の程度
文
1)
献
Nordmann AJ et al:Arch lntern Med 166:285-293
2006
にあわせて個人個人に調整を行 うことが必要であ
る たとえば中壮年の肥満の糖尿病患者などでは
21
Kodama S et al:Diabetes Care 32:959-965.2009
3)
昼食が短時間の外食 とな り糖質を多 く含む主食が
4)
Evert AB et al:Diabetes Care 36:3821-3842.2013
Shai l et al:N EngiJ Med 3591 229-241.2008
過量 とな りがちである そのような対象には糖質
量 に注意 を喚起す ることで,結 果的にはエ ネル
5)
ギー摂取制限を伴 う血糖管理 の改善が期待で きる
8)
,
Vo1 113 No 6(2014)
林
達 也
京都大学大学院人間
環境学研究科認知
イ
〒動科学
●糖尿病の運動療法の基本は,中 等強度の有酸素運動を 30∼ 60分 /日 , 150分 /週 以上行うことである
0高 強度有酸素運動や筋カ トレーニ ングを取 り入れて,よ り効果的な運動療法を目指すべきである
6)
7)
Dyson PA et al:Diabet Med 28:1282-1288.2011
日本糖尿病学会 :糖 尿病 56:npl― np5,2013
Yamada Y et al:Internヽled 53:13-19.2014
Kameyama N et al:Br J Nutr lH:1632-1640.2014
ウォー キ ングを行 う場合,15∼ 30分 /回 ,2回 /日
の実施 を基本 とし,1日 の総歩数の 目安 を 1万 歩
とす る° また,米 国 スポーツ医学学会 (ACSM)
と米国糖尿病学会 (ADA)は ,中 等強度の有酸素
運動 を,2日 間以上空けないで,3回 /週 以上,計
運 動療法 の意義 とは
きるように幅広 く食材 を利用 した食事 を薦めるの
認する 妊娠例では尿ケ トンの有無,胎 児の成長
母体の合併症 に注意 して調整 を行 う
1532 内科
大 島 里 詠 子
ン応答 の観点か ら重要である.同 カロリーの食事
で も生野菜か ら食する, また白米を単独で食する
治 療 の一 般 方 針
1
糖尿病 の運動療法
れやす く,意 識的に聴取 し明 らか とすることも効
.
運動 を習慣的に行 うことで,血 糖 コン トロール
の改善のみならず,糖 尿病に関連するさまざまな
病態 (イ ンス リン抵抗性 ,内 臓脂肪型肥満,高 血圧
,
150分 /週 以上行 うことを推奨 している24)運 動
脂質代謝異常,血 小板機能異常,血 管内皮機能異
常,慢 性炎症 な ど)の 改善が期待 で きるL' さら
に運動は,呼 吸循環機能や筋骨格機能を改善 して
する時間帯 はとくに限定 されないが,食 後に運動
する ことで食後高血糖が緩和 される
身体活動能力を高めるとともに,健 康感の増強
3.筋 カ トレーニングも併用する
,
抗 うつ・抗不安などの心理的効果や認知機能改善
10
効果を有す る
近年,筋 カ トレーニ ングの血糖 コン トロール改
善効果や心血管疾患 リスク因子の軽減効果が多数
報告 されるようにな り,ACSM/ADAは ,四 肢・
運 動 療 法 の一 般 方 針
体幹 の大筋群 を対象 とした筋カ トレーニ ングを
有酸素運動 に加 えて,少 な くとも 2回 /週 行 うよ
20 筋カ トレーニ ングはサ ルコ
う推奨 して い る
ペニ ア (加 齢性筋減少)や 骨粗丞症 の予防,食 事制
,
1
メディカルチェック (問 診 ,診 察,検 査)
運動 に先立ち合併症 (細 小血管症,大 血管障害
,
足病変など)や 併発症 (運 動器疾患 ,呼 吸器疾患 な
ど)に 関す るメデ ィカルチ ェ ックを行 い,必 要に
応 じて専門診療科 と連携 しつつ,運 動適応を判断
す る2∼ 0 とくに糖尿病患者では,無 症候性心血
管疾患へ の注意が必要である 軽度で も胸部不快
泊、
切れ,動 悸 など′
い血管疾患の存在を疑わせ る症
限時 の除脂肪体重保持 の観点か らも実施すべ きで
ある 安全かつ効果的な トレーニ ングのためには
,
,
状がある患者や,複 数の リスク因子 を有す る患者
では,積 極的に心血管系の評価 を実施す る また
専門知識のある トレーナーの指導下で,筋 力 の増
強に合わせて負荷 を増や してゆ く負荷漸増 トレー
ニ ング(progressive resistance training:PRT)
を行 うことが望 ましい
患者指 導 のポ イ ン ト
,
空腹時血糖値が 250 mg/dLを 超 える場合や,明
らかなケ トー シスをきた してい る場合には,食 事
療法や薬物療法によって代謝状態 を改善 させた後
に運動療法 を追加するЭ
2
基本運動 としての中等強度有酸素運動
糖尿病患者に推奨される基本運動 は,中 等強度
(最 大酸素摂取量 の 50%程 度)の 有酸素運動 である
運動 とインスリンの血糖降下作用には加算効果
があるため,薬 物治療中の患者, とくにスルホニ
ル尿素薬などのインスリン分泌促進薬や イ ンス リ
ン注射 を行っている患者では,低 血糖の発生に注
また,山 登 りやマ ラソ ンレースなど,普
意する
日本糖尿病学会 は,運 動 中 の心 拍数 として,50
段以上に長時間,高 強度 の運動 を行つた場合,運
動終了後数時間以上経過 して生 じる遅発性低血糖
歳未満では 100∼ 120拍 /分 ,50歳 以降では 100拍 /
分以内を目安 とし, 自覚的運動強度を 「 きつい」
と感 じない レベ ルに留める よう推奨 している9
夏期 の運動では,水 分,塩 分 を十分に摂取 し,炎
天下を避け, こまめに休息をとるなどの予防対策
にも注意す る 糖尿病は熱中症 の危険因子であ り
,
内科 Vo1 113 No 6(2014)1533
特集
内科疾患最新 の治療一―明日への指針
55
60
65
70
75
︵
S︶ o一
く0工 欄 雲畔 国 民
50
80
y=-007x+017
r=-046.p=026
0 〇 一 ︱
一
一
︵
ま︶ 0一
く0工 欄 雲 眸 圏 ミ
y=-009x+506
r=-091,p=0002
0
5
10
15
20
運動総量 (METs時 間/週
運動強度 (%最 大酸素摂取量)
25
)
図 1 2型 糖尿病患者に 8週 間以上 の運動介入を行 った 8研 究のメタ解析結果
運動強度が高いほどHbAlcが 低下したが,運 動総量とは有意の相関がなかった
[文 献 5)よ り引 用 ,改 変 ]
を講 じる。
る患 者 の 場 合 ,坂 道 登 りや 階段 昇 降 。 ジ ョギ ン グ
患者が運動 を長期的に継続するための普遍的方
策は知 られて い ない.し か し,医 療 ス タ ッフの
な どを短 時 間取 り入 れ て順 に時 間 を延 ば し,無 理
な く運 動 強 度 を上 げ て い く こ と を考 慮 す る
.
「不熱心 さ」 は患者のア ドヒアランスに大 きく影
,
支援 してい く姿勢が重要である
.
文 献
1)American College of Sports Medcine:Beneflts and
Risks Associated with Physical Activity,ACSM's
Guldeines for Exerdise Tesung and Prescrゎ tbn,9th
明 日 へ の指 針
Ed,American Colege of SpOrts Medlcine,Lippincott
W」liams&Wilkins,Philadelphia.p卜 18,2014
有酸素運動は中等強度で実施することが基 本で
あるが, よ り高強度の有酸素運動 を取 り入れるこ
とで,さ らに効果的な血糖 コン トロールが期待で
2)Colberg SR et al:Diabetes Care 33:e147-67,2010
3)日 本糖尿病学会 :糖 尿病治療ガイ ド2012-2013血 糖 コ
ン トロール ロ標改訂版. 日本糖尿病学会 (編 ),文 光堂
東京,p43-45,2013
きる(図 1)9 実際,ACSM/ADAは ,中 等強度
の有酸素運動を安定 して行っている患者には,最
大酸素摂取量の 60%を 超 えるレベ ル (自 覚的運動
強度 として 「 やや きつい」 と感 じる レベル,な
い しはそれ以上)の 有酸素運動 を導入するよう推
奨 している20 平地 の ウォー キ ングを行 ってい
1534 内科 Vol
H3 No 6(2014)
4)American College of Sports Medicine:Diabetes Mer
itus Exercise Prescriptbn for Other Clinical Popula
tions,ACSM.s Cuidelines for Exercise Testing and
Prescription,9th Ed.American College of Sports
Medicine.Lippincott Williams&Wilkins,Philadel
phia,p278-284,2014
5)3ou16 NG et al:Diabetologia 46:1071-1081,2003
一
t モ〓
〓
導萄疇理警響華嚢事
毒一
一
疇層震鴫妻瑳蠣モ華〓一4
髭4
瑾 療三一
終毒理幸
峰瑳壌幸
携苺堆奪鷺環鷲毒揉一
,
,
響する 運動が もた らす病態改善効果が少 しで も
個 々の患者に具現化す るよう,患 者 とともに考え