加藤幸成

血小板凝集因子ポドプラニン(Podoplanin)の分子生物学的解析
加藤幸成・金子(加藤)美華・成松 久
(独)産業技術総合研究所・糖鎖医工学研究センター
マウス高転移性細胞株より同定されたポドプラニン(Podoplanin;別名 Aggrus)は、
血小板凝集能/転移促進活性を持つ I 型膜貫通型糖タンパクである。機能部位解析に
より、ポドプラニンの活性部位(PLAG domain)が種を超えて保存されていることが
わかった。さらに詳細な糖鎖構造解析により、ヒトポドプラニンの PLAG domain に
含まれる、52 番目のスレオニンに付加された disialyl-core1 構造がその機能に重要
であることがわかってきた。また近年、ポドプラニンの血小板上のレセプターとして、
CLEC-2 が同定された。ポドプラニンは、特異的なリンパ管マーカーであるだけでなく、
種々のヒト腫瘍にも悪性度と相関した発現が認められている。
はじめに
癌細胞の血行性転移において、癌細胞による血小板凝集が認められることが報告さ
れている(図①)。癌細胞は血管に侵入すると、宿主の免疫系による攻撃を受け、また
物理的衝撃により即座に破壊され、わずかな癌細胞しか生き残れない。しかし、血小
板凝集を引き起こすことにより、これらの過程から守られると考えられている。また、
血小板凝集は癌細胞の血管内皮細胞への接着を促し、また増殖因子を放出することに
より、癌細胞の局所的な増殖を引き起こすとも考えられている。さらに、癌細胞と血
小板の凝集塊が、毛細血管に詰まることも血行性転移の促進に寄与している。このよ
うに、癌細胞による血小板凝集が転移形成に重要であることが示唆されていたが、癌
細胞膜上に発現している血小板凝集因子は同定されていなかった。本節では、新規血
小板凝集因子の発見、遺伝子クローニング、機能部位決定、糖鎖構造解析、さらにレ
セプターの発見まで、我々の一連の研究成果について概説する。
I、新規血小板凝集因子ポドプラニンの発見
鶴尾らは、マウス結腸癌細胞株colon 26を繰り返し実験的に肺転移させることで、
高転移性株NL-17細胞と低転移性株NL-14細胞を取得した 1)。さらにNL-17細胞に高反応
性を示し、NL-14細胞には低反応性を示すモノクローナル抗体8F11抗体を作製した。in
vitro の実験で、NL-17細胞はマウスの血小板凝集を引き起こすが、8F11抗体によりそ
の活性は阻害された。また、 in vivo の実験で、NL-17細胞の実験的肺転移が8F11抗体
の投与によって阻害された。これらのことから、NL-17細胞は8F11抗体に認識される血
小板凝集因子gp44(後にAggrusと命名したが、現在はポドプラニンという名前で統一
されている)によりマウス血小板を凝集し、その結果、肺転移を起こすことが示唆さ
れた。その後、豊島、中島らは、8F11抗体カラムとWGAカラムを使ってNL-17細胞から
マウスのポドプラニンタンパク質を精製した2)。精製ポドプラニンは、血漿成分非存在
下で、濃度依存的にマウスの血小板凝集を引き起こし、さらにこの凝集反応は8F11抗
体によって完全に阻害された。
II、ポドプラニンの遺伝子クローニングと活性部位の同定
近年我々は、癌細胞上の血小板凝集因子ポドプラニンの遺伝子クローニングに成功
した
3)
。ポドプラニンは C 末端に膜貫通部位を有した I 型膜貫通型タンパク質である
(図②)。ヒトポドプラニンはマウスポドプラニンとホモロジーが低いにも関わらず、
マウスの血小板凝集を引き起こし、逆に、マウスポドプラニンはヒトの血小板凝集を
引き起こす(図③A,B)。マウスポドプラニンの中和抗体(8F11)のエピトープ解析、
および詳細な変異実験により、EDxxVTPG という配列の3回繰り返し(PLAG domain)
のスレオニン(Thr)がポドプラニンによる血小板凝集の活性中心であり、種を超えて
保存されていることが明らかとなった(図③C) 4)。ポドプラニンはその分子量の約半
分が糖鎖であるが、糖鎖合成不全の変異 CHO 細胞株(Lec1, Lec2, Lec8)を用いるこ
とにより、PLAG domain の Thr に付加されている O-結合型糖鎖のシアル酸が血小板凝
集の活性中心であることがわかった 5)。
III、ポドプラニンの糖鎖構造解析
内在性の糖タンパク質を精製するには、感度・特異度の高い抗体が必須である。我々
はまず、ヒトポドプラニンに特異度の高いモノクローナル抗体(NZ-1)を作製した 6)。
NZ-1 抗体は、Western-blot や flow cytometry、免疫組織染色に有用なだけでなく、
免疫沈降にも感度・特異度共に高いことがわかった。さらに、質量分析計(MS)を使っ
た詳細な糖鎖構造解析(特に O-結合型糖鎖)には、数十µg の精製蛋白が必要となる。
よって、ヒトポドプラニンを高発現している癌細胞株のスクリーニングも同時に行っ
た。その結果、NZ-1 抗体を用いて、ヒトポドプラニンを高発現しているヒト膠芽腫細
胞 LN319 からヒトポドプラニンを大量に精製した 7)。
MS を用いて、ポドプラニンの糖鎖構造を解析した結果、ポドプラニンは m/z 1257
の糖鎖を持つことがわかった(図④A)7)。さらに、m/z 1257 の MS/MS 解析により、ポ
ドプラニンは disialyl-core1 構造を持つことがわかった(図④B)。また、ポドプラ
ニンを Asp-N で処理し、PLAG domain を含む糖ペプチド(Ala23-Glu57)を分離したと
ころ、disialyl-core1 構造が一カ所のみ付加されていることがわかった。
レクチンアレイを用いた解析によっても、同様の結果が示唆された
7)
。すなわち、
ポドプラニンは sialo-mucin binders である MAH や WGA に反応したが、core1-binder
である PNA や BPL には反応しなかった。また、ポドプラニンをシアリダーゼ処理する
ことにより、core1 binder のシグナルが見られ、sialo-mucin binders のシグナルが
消失した。core1
sialic acid binders の ABA、ACA、MPA、Jaccalin には、ポドプラ
ニンのシアリダーゼ処理の有無に関わらず反応した。
ヒトポドプラニンの PLAG domain には、O-結合型糖鎖付加部位が4カ所ある。そこ
で、Edman 分解法によりペプチドシークエンスを行った結果、Thr52 のみに糖鎖が付加
されていることが示唆された(図④C)。さらに、ヒトポドプラニンの糖鎖付加部位も
すべて同様の方法で決定した(図②)。以上の詳細な解析により、ヒトポドプラニンに
よる血小板凝集の活性中心は、PLAG domain の Thr52 に付加された disialyl-core1 構
造であることが明らかとなった。
IV、ポドプラニンの血小板上レセプターの同定
最近我々は、井上、尾崎らとともに、ポドプラニンの血小板上受容体として、C型レ
クチン様受容体のCLEC-2を同定した8)。レセプター発見のきっかけとなったのは、刺激
からのlag timeが長いという、特徴的なポドプラニン誘導性の血小板凝集パターンで
ある(図③A,B)。この凝集パターンを示す血小板上のレセプターとして、コラーゲン
レセプターであるGPVIや、蛇毒ロドサイチンのレセプターとして発見されたCLEC-2が
報告されていた。GPVIノックアウトマウスの血小板に対しては、ポドプラニンが血小
板凝集を引き起こしたことから、GPVIはポドプラニンのレセプターではないことがわ
かった。
そこで、CLEC-2のFcキメラや膜型発現株を作製し、ポドプラニンとの結合を調べた
ところ、ポドプラニンとCLEC-2が特異的に結合した。さらに、CLEC-2のFcキメラによ
ってポドプラニンによる血小板凝集が阻害された。GPVIによっては、これらの反応は
見られなかった。さらに、ポドプラニンとCLEC-2の反応がPLAG domainを介して起こっ
ていることを確かめるため、PLAG domainの Thr52のみに O-結合型糖鎖を付加した様々
な糖ペプチドを in vitro で合成した。その結果、PLAG domainにdisialyl-core1 構造
を付加した糖ペプチドのみがCLEC-2と高い反応性を示した9)。
我々が作製した抗ヒトポドプラニン抗体(NZ-1)は、ポドプラニンとCLEC-2との結合
を阻害し(図②)
、ポドプラニンによる血小板凝集も濃度依存的に阻害した(図⑤A)6)。
また、NZ-1抗体をポドプラニン発現細胞と共に尾静注すると、肺転移も有意に抑制し
た(図⑤B)9)。以上の結果より、ヒトポドプラニンは、CLEC-2に結合することにより
血小板凝集を起こし、さらに血行性転移に重要な役割を果たすことが示された。
おわりに
以上のように、我々はここ数年間で、血小板凝集因子ポドプラニンのクローニング、
血小板凝集活性や転移促進活性の評価、活性部位である糖鎖構造の解析、血小板上の
レセプターの同定とその機能解析を行った。ポドプラニンによる血小板凝集メカニズ
ムは、非常に複雑で解析が困難であると予想していたが、実際には、disialyl-core1
構造が付加された Thr52 を含む PLAG domain が、血小板の CLEC-2 に結合し血小板を活
性化するという、意外に単純かつ明快なものであった。
現在、ポドプラニンは主にリンパ管マーカーとして利用されているが、脳腫瘍、種々
の扁平上皮癌、精巣腫瘍、悪性中皮腫などに高発現していることを我々は報告してき
た
10-13)
。特に、脳腫瘍の中でも astrocytic tumor においては、悪性度と相関してポド
プラニンが発現しており、腫瘍マーカーとしての可能性も考えられる
12)
。また、癌細
胞特異的な抗ポドプラニン抗体の開発により、癌治療のターゲットとしても期待され
る。
我々は、ポドプラニンの血小板凝集活性や転移促進活性に注目して研究を行ってき
た。しかし未だに、ポドプラニンの生理的機能については不明な点が多い。ポドプラ
ニンのノックアウトマウスはすでに作製されており、呼吸不全が原因で出生後すぐに
死亡するが、リンパ管の異常によるリンパ管浮腫なども認められる
14)
。よって、ポド
プラニンがリンパ管の発生に何らかの役割を果たしていることが推測される。また、
ポドプラニンが細胞の運動能や浸潤能を亢進するという報告も見られる
15,16)
。ポドプ
ラニンの機能解明のために、解決しなければならない課題は多く、今後の進展が待た
れる。
参考文献
1) Tsuruo T., Yamori T. et al., Cancer Res. 43, 5437-5442, 1983.
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5) Kaneko M., Kato Y. et al., J. Biol. Chem. 279, 38838-38843, 2004.
6) Kato Y., Kaneko MK. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 349:1301-1307, 2006
7) Kaneko MK., Kato Y. et al., FEBS Lett. 581, 331-336, 2007.
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9) Kato Y., Kaneko MK. et al., Cancer Sci. 99, 54-61, 2008.
10) Kato Y., Sasagawa I. et al., Oncogene 23, 8552-8556, 2004.
11) Kato Y., Kaneko M. et al., Tumor Biol. 26,195-200, 2005.
12) Mishima K., Kato Y. et al., Acta Neuropathol.111(5):483-488, 2006a
13) Mishima K., Kato Y. et al., Acta Neuropathol.111(6):563-568. 2006b
14) Schacht V., Ramirez M.I. et al., EMBO J. 22, 3546-3556, 2003.
15) Martin-Villar E., Megias D. et al., J. Cell Sci. 119, 4541-4553, 2006.
16) Wicki A., Lehembre F. et al., Cancer Cell 9, 261-272, 2006.
Figure legend
図① 癌の血行性転移における血小板凝集の役割
癌細胞は血小板凝集を引き起こすことにより、宿主の免疫系による攻撃や物理的衝撃
から守られる。また、癌細胞の血管内皮細胞への接着や、癌細胞の局所的な増殖を引
き起こす。癌細胞と血小板の凝集塊が毛細血管に詰まることも、血行性転移の促進に
寄与している。
図② NZ-1 抗体によるポドプラニンと CLEC-2 の結合阻害
ポドプラニンは C 末端に膜貫通部位を有した I 型膜貫通型タンパク質であり、血小板
上のレセプターである CLEC-2 は N 末端に膜貫通部位を有した II 型膜貫通型タンパク
質である。ポドプラニンの PLAG domain と CLEC-2 の C-type lectin like domain が結
合し、血小板凝集が引き起こされる。ヒトポドプラニンでは、52 番目 Thr の O-glycan
が重要な役割を果たしている。ヒトポドプラニンには、それ以外に 11 カ所に O-glycan
が付加されている。ポドプラニンと CLEC-2 の結合を NZ-1 抗体が中和し、ポドプラニ
ンによる血小板凝集や転移促進が阻害される。
図③ ポドプラニンによる血小板凝集
(A)CHO 細胞にマウスポドプラニンやヒトポドプラニンを発現させた細胞(それぞれ
CHO/mPod、CHO/hPod)は、マウスの血小板凝集を引き起こした。
(B)CHO/mPod、CHO/hPod
は、ヒトの血小板凝集を引き起こした。
(C)ポドプラニンの血小板凝集活性中心(PLAG
domain)は、種を超えて保存されている。
図④ ポドプラニンに付加されている糖鎖構造解析と糖鎖付加部位解析
(A)膠芽腫細胞 LN319 から NZ-1 抗体を用いてヒトポドプラニンを精製した。精製し
たポドプラニンに付加されている糖鎖を切り出し、完全メチル化した後、質量分析計
により構造を解析した。その結果、ポドプラニンは m/z 1257 の糖鎖を持つことがわか
った。(B)m/z 1257 の MS/MS 解析により、ポドプラニンは disialyl-core1 構造を持
つことがわかった。
(C)Asp-N 消化したポドプラニンの糖ペプチドを HPLC により分画
し、Ala52-Glu57 の糖ペプチドについて、Edman 分解を行った。いくつかの O-glycan
予想付加部位のうち、Thr52 のみ Thr のピークが消失しており、O-glycan が付加され
ていることがわかった。
図⑤ NZ-1 抗体によるポドプラニン誘導性血小板凝集および転移の抑制
(A)NZ-1 抗体は、ポドプラニン誘導性の血小板凝集を濃度依存的に阻害した。
(B)NZ-1
抗体、NZ-1 抗体の F(ab')2 は、ポドプラニン発現株の実験的転移を有意に抑制した
(*p<0.01)。