研究の概要 加藤 希理子 1. Cohen-Macaulay 近似 Gorenstein 環上の有限生成加群 M に対して, 以下の ような完全列が存在することが知られています。 ξM 0 → YM → XM → M → 0 ηM 0 → M → Y M → XM → 0 ただし、XM , X M は Cohen-Macaulay 加群, YM , Y M は射影次元有限な加群です. 最 初の完全列は Cohen-Macaulay 近似と呼ばれています. Cohen-Macaulay 加群から M へのどんな写像も, ξM を通過するからです. Cohen-Macaulay 加群と射影次元有 限な加群の間には, Ext1 による直交性があるので, このような近似ができるのです. 第 2 の完全列は有限射影被覆と呼ばれ,Cohen-Macaulay 近似の双対概念です. 2. 正余次元の加群 Cohen-Macaulay 近似が Auslander-Buchweitz によって導入さ れると, 与えられた加群 M に対して Cohen-Macaulay 近似を構成する方法が盛んに 研究されました. 私は逆に, XM や YM から M を決定することに興味を持ちました. ? XM ≃ XN , Y M ≃ Y N ⇒ M ≃ N は基本的な命題ですが, いつでも成り立つわけではありません. 論文 [9] では, M の 余次元が正なら,上の関係式が成り立つことを示しました. 余次元が正とは,加群の Krull 次元が環の Krull 次元よりも低いことです.たとえ ば, 環が正次元なら, 剰余体の余次元は正です. このときに上の関係式が成り立つの は, X M が Y M の二重双対になっている特殊性が理由です. すると, 「正余次元の加 群 M の X M となるような Cohen-Macaulay 加群は何か?」という問題が浮上します. 問題を整理しましょう. 環が SCr 条件をみたすとは, すべての Cohen-Macaulay 加群 X に対 して, X≃X M となる余次元 r の加群 M が存在することをいう. 論文 [6] では,「SC1 条件 ⇔ 環が整域」を示しました. Yoshino-Isogawa は, 「SC2 条 件 ⇔ 環が一意分解整域」を示しています. 実は一般に SCr ⇒ SCr−1 を示すことが できます. それでは, 一意分解整域よりも強い条件であるはずの SC3 は何でしょう か? とても興味のある問題ですが,未だ答えを知りません。 ξM 3.Buchweitz の定理 Cohen-Macaulay 近似 XM → M は, Cohen-Macaulay 加 群による右近似です. Gorenstein 環上では, Cohen-Macaulay 加群 ZM による左近似 ζM M → ZM も構成できます. これらを合成すると,写像 ζM ◦ ξM が得られます.つま り, 加群 M に,Cohen-Macaulay 加群どうしの写像 XM → ZM を対応させることが できます.逆に, Cohen-Macaulay 加群どうしの写像から加群を復元することができ るのでしょうか?これは,学生時代からずっと気になっていた問題でしたが,捉えど ころがありませんでした. Gorenstein 環 R 上の Cohen-Macaulay 近似の構成は, 加群というよりは, 複体の 操作です. 次の Buchweitz(1988) の定理は, Cohen-Macaulay 近似を複体の言葉で 表したものと言えます. K−,b / Kb,b (proj R) ≃ CMR. CMR は Cohen-Macaulay 加群の安定圏, K−,b (proj R), Kb,b (proj R) は射影加群の複 体からなるホモトピー圏です. 添字の 1 番目は複体の形状について, 2 番目はホモロ ジーについての条件を表し,−:上に有界, b:上下に有界です. Cohen-Macaulay 近似 2 に対応させると, 加群 M の射影分解が K−,b (proj R), Y M の射影分解が Kb,b (proj R), XM が CMR に属します. さて, 射影加群のホモトピー圏には, 以下の部分圏があります. K∞,b (proj R) ⊃ K−,b (proj R) ⊃ Kb,b (proj R) 商圏を取ると, 前述の Buchweitz の定理によって K−,b / Kb,b (proj R) ≃ CMR です.実 は,K∞,b / K−,b (proj R)≃ CMR も簡単に判ります.すると K∞,b / Kb,b (proj R) は何 でしょうか? 伊山・宮地両氏との共同研究 [4] では次を示しました. K∞,b / Kb,b (proj R) ≃ CM T2 (R). T2 (R) は 2 次の上三角行列環ですが, CM T2 (R) の対象は, R 上の Cohen-Macaulay 加 群どうしの写像に対応します. 学生時代からの懸案は,このように解決されました. 4. 三角形ルコルマン 上記の三角同値 K∞,b / Kb,b (proj R) ≃ CM T2 (R) の鍵となっ たのは, K∞,b / Kb,b (proj R) の対称性でした. (1) 三角圏 T の三角部分圏の組 (U, V) が安定 t-構造であるとは, (i) HomT (U, V) = 0, (ii) 各対象 x ∈ T に対し, u ∈ U, v ∈ V なる完全三角 u → x → v → Σu が存在することをいう. (2) (Beilinson-Bernstein-Deligne) 三角圏 T の三角部分圏の組 (U, V, W) がルコ ルマンであるとは, (U, V), (V, W) が安定 t-構造であることをいう. (3) (Iyama-K.-Miyachi) 三角圏 T の三角部分圏の組 (U, V, W) が三角形ルコル マンであるとは, (U, V), (V, W), (W, U) が安定 t-構造であることをいう. (U, V, W) が T の三角形ルコルマンなら, 関連する商圏と部分圏 U, V, W, T /U, T /V, T /W はすべて三角同値という極めて高い対称性を呈します. 三角函手 F : T → T ′ において, T ′ も三角形ルコルマン (U ′ , V ′ , W ′ ) を有するなら, F の同値性を示すには, F |U : U → U ′ の同値を示せば十分なのです. 論文 [4] において私たちは, K∞,b / Kb,b (proj R) が三角形ルコルマンを有すること を示しました. 三角圏がこのような対称性を備えうるとは考えられていませんでし た.例えば, 可換環の導来圏には,三角形ルコルマンはありません.P. Jørgensen と の共同研究 [5] では,双対化複体によって定義されるホモトピー圏が三角形ルコルマ ンを持つことを示しました. また分数 Calabi-Yau 性が三角形(多角形)ルコルマン を派生させることも判ってきました (論文 [3]). しかし, どのような三角圏が三角形 ルコルマンを有するのかは十分解明されていません. 5. N-複体 三角形ルコルマンと同様に, 連続して回帰的な安定 t-構造をなす三角 部分圏の組 (U1 , U2 , · · · , Un ) を n 角形ルコルマンと呼びます. どのようにして発生す るのかは,上述のように分数 Calabi-Yau 性と関連があること以外, 判っていません. そこで, 多角形ルコルマンを有する新しい三角圏として注目したのが N -複体の圏 です. N -複体とは, 通常の複体と同様, 微分写像を備えた次数付対象 (X • , dX ) です が, dX 2 = 0 とは限らず dX N = 0 となるところが通常の複体と異なります. N -複体 自体は, 単体的複体のホモロジー計算に端を発し,古くから知られているもののよう です.伊山・宮地両氏との共同研究 [2] では, N -複体のホモトピー圏および導来圏を 定義して, 射影分解や入射分解など一連のホモロジー理論を整備しました. ところが 調べて行くうちに, 意外な事実が判りました(論文 [2]). 環 R 上の N -複体の導来圏 DN (R) と N − 1 次上三角行列環の通常の 複体の導来圏 D(TN −1 (R)) は三角同値である. 6. 完全三角による貼り合せ 三角形ルコルマンを構成した論文 [5] では, 異なる 性質をもつ2つの部分圏を完全三角による拡大で貼り合せました. 一般に三角部分圏 3 U, V の貼り合せ U ∗ V は三角部分圏になるとは限りません.ただし HomT (U, V) = 0 のときには U ∗ V が三角部分圏になります. 論文 [1] では,この古典的な事実が本質 的であることを示しました. U ∗ V が三角部分圏となる必要十分条件は, HomT /U ∩V (U, V) = 0 で ある. [1] P. Jørgensen and K. Kato, Triangulated subcategories of extensions, stable t-structures, and triangles of recollements, to appear in J. Pure Appl. Algebra. [2] O. Iyama, K. Kato, and J. Miyachi, Derived categories of N-complexes, arXiv:1309.6039. [3] O. Iyama, K. Kato,and J. Miyachi, Polygonsofrecollements and N-complexes, in preparation. [4] O. Iyama, K. Kato, and J. Miyachi, Recollement of homotopy categories and Cohen-Macaulay modules, J. K-Theory 8 (2011), 507–542. [5] P. Jørgensen and K. Kato, Symmetric Auslander and Bass categories, Math. Proc. Cambridge Phil. Soc. 250 (2011), 227–240. [6] K. Kato, Syzygiesofmodules withpositive codimension, J.Algebra 318(2007), 25-36. [7] K. Kato,Morphisms represented by monomorphisms, J. Pure Appl. Algebra, vol.208, no.1, 261-283, 2007. [8] K. Kato,Stable module theory with kernels, Math. J. Okayama Univ., vol.43, 31-42, 2002. [9] K. Kato, Cohen-Macaulay approximations from the viewpoint of triangulated categories, Communications in Algebra, vol.27, no.3, 1103-1126, 1999. [10] K. Kato,Vanishing of free summands in Cohen-Macaulay approximation, Communications in Algebra, vol.23, no.7, 2617-2717, 1995. [11] Y. Yoshino and K. Kato,Auslander modules and quasihomogeneity of local rings Publ. RIMS Kyoto Univ., vol .30, no.6, 1009-1038, 1994. 学歴 1991 年 3 月 京都大学理学部卒業 1993 年 3 月 京都大学大学院理学研究科数理解析専攻修士課程修了 1996 年 3 月 京都大学大学院理学研究科数理解析専攻博士課程修了 職歴・研究歴 1995 年 4 月-1996 年 3 月 1996 年 4 月-1999 年 3 月 1999 年 4 月-2000 年 3 月 2000 年 4 月-2002 年 3 月 2002 年 4 月-2005 年 3 月 2005 年 4 月- 日本学術振興会 特別研究員 (DC2) 立命館大学理工学部 助手 京都大学総合人間学部・大阪女子大学理学部 非常勤講師 明治大学理工学部 非常勤講師 大阪女子大学理学部 助教授 大阪府立大学大学院理学系研究科 准教授
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