こちら - 東京理科大学

東京理科大学 I 部化学研究部 2015 年度春輪講書
ゼオライトとキトサンを用いた
金属イオン除去剤の作製と評価
月曜班
Hoshika,S(2K), Masuda,R(2K), Nishimaki,K(2OK), Yamazaki,R(2K)
Sunada,M(2OK), Tatekawa,R(2K), Fukushima,Y(2K)
1. 背景
1.1. 動機
現代における人間の活動の多様化による自然環境の悪化は,懸念されるべき問題の
一つである.その中でも水質汚染は,生物にとって水が極めて重要であることを鑑み
ると非常に身近かつ深刻な問題である.特に工場排水には生体にとって有毒な鉛,銅
などの重金属イオンが多く含まれており 1)日本でも過去には水質汚染が公害問題を
引き起こした事は有名である.
現代の先進国においては法律や基準の整備が進み 2),工場排水の不適切な処理による
公害問題が新規に発生することは無くなったといえる.しかし,重金属による水質
汚染は先進国においてのみの問題ではなく,発展途上国における水質汚染も大きな
問題となっている 3).そのような環境においては法整備が進むまでの対策が必要である
と思われる.そこで,今年度の月曜班はゼオライトをベースとした金属イオン除去剤
を作製,評価することにした.
1.2. 目的および意義
本年度の月曜班の実験はゼオライトをキトサンによって化学修飾することによって,
より良い金属イオン除去の性能を発揮させることを目標とする.この製作過程は特殊な
溶媒や環境を必要としないため,前項 1.1 で述べたような高度な技術を有さない場所
での利用が期待できる.また,もう一つのテーマとして「バイオマス素材を原料とした
環境問題への対策に利用できる材料の開発」がある.キトサンはカニの甲羅から容易
に精製できるにも関わらず利用率があまり高くない 4).そのような素材を含有させた
機能的な材料を作ることは廃棄材の有効活用に繋がるという点で有意義である.
また,本実験では今までのゼオライトとキトサンを用いた実験にてあまり行われてい
ないような金属イオンの除去性能について調査する.加えて,新しく架橋剤としてヒド
ロキシ基との架橋が期待できるグリオキサールを使用することにより,別の架橋経路
1
から,より優れた金属イオン除去剤が開発されることも期待できる.
2. 原理
2.1. ゼオライト
ゼオライトは,より一般的には沸石とも呼ばれる粘土鉱物の一種である.その構造
は規則的な管状細孔と空洞を伴う陰イオン性の骨格にアルカリまたはアルカリ土類
金属を含む含水アルミノケイ酸塩と呼ばれるものである.現在,日本では福島県や
島根県において天然ゼオライトが産出されており,ほかにも種々の人工ゼオライトが
製造されている.
その組成は一般に
(MI,MII1/2)m(AlmSinO2(m+n))・xH2O, (n≧m)
MI: Li+,Na+,K+,etc… , MII:Ca2+,M2+g,Ba2+,etc…
と表され,MI,MII のような陽イオンがアルミノケイ酸塩骨格の負電荷を中和している.
この結晶は直径 0.2~1.0 nm の細孔を伴う多孔質であり,その細孔径よりも大きい分子
は侵入できないことから「分子ふるい」としての作用を有している.
その他にも,ゼオライトの重要な作用の一つとしてイオン交換能が挙げられる.上
に述べたようにゼオライトの骨格中ではアルミノケイ酸塩骨格内の負電荷を中和する
ために,骨格内の Al 原子近傍に陽イオンが配置されている.この陽イオンは比較的
自由に結晶細孔内を移動することが可能であるため,液相中において可逆的にイオン
を交換することができる.このイオン交換作用は特に放射性セシウムや重金属に対し
て有利であるため,ゼオライトは放射性物質や重金属イオンの除去に広く用いられて
いる 5).
Fig.1 ゼオライトの表面とその結晶構造
Fig.2 アルミノケイ酸塩骨格
2
2.2. キレート化合物
一般に,アンモニアのような分子や硫化物イオンなどの陰イオンは,その非共有
電子対によって,陽イオンと配位結合を作ることができる.これによって生じた物質
を錯体または金属錯体と呼ぶ.また,金属イオンと配位結合する分子やイオンを配位
子,配位子を構成する原子の内,金属イオンと結合する部位のことを配位原子と呼ぶ.
金属錯体における配位数は様々であるが,それらの中で二座以上の配位子が金属
イオンを挟むような形で中心金属と配位原子を含む環状化合物を形成するケースが
ある.これをキレート化合物と呼び,その名前はギリシャ語の”Chele”(カニのはさみ,
の意)に由来する.キレートを形成する配位子をキレート試薬,あるいはキレート剤と
呼ぶことがあり,その用途は金属イオンの確認や定量,そして有害重金属の除去など
多岐に渡る 6).
2.3. キレート滴定
液相中の金属イオン濃度は金属指示薬とキレート剤を用い,定量的に求めることが
できる.この滴定方法は金属イオンのキレート生成を利用したものである.
まず,定量したい金属イオンを含む溶液に対して金属イオンと有色化合物を作る
金属指示薬と呼ばれる配位子を加える.その次に,溶液にキレート試薬と呼ばれる大
きな錯形成定数を有する配位子を加える.このとき金属イオンとキレート試薬との錯
形成定数が金属指示薬との錯形成定数よりも大きければ,金属イオンはキレート試薬
と優先的に錯体を生成することによって溶液の色調が変化する.この色調変化の観察
により金属イオンの濃度を定量的に求める手法がキレート滴定である.
このときキレート試薬には EDTA(エチレンジアミン四酢酸)が用いられることが
多い.これは EDTA が金属と 6 座配位錯体を形成する配位子であると同時に,多くの
金属イオンとモル比 1:1 で錯体を生成するからである 7).
2.4. カルボニル基とアミノ基の反応
カルボニル基とアミノ基の反応は次のようになる.まず,アルデヒドに対して
アミンが求核付加した後に,窒素から酸素へのプロトン移動が起こりカルビノール
アミン中間体が生成される.そのあと,酸触媒によるプロトン化によりヒドロキシ基
が優れた脱離基へ変わった後に窒素上の非共有電子対の押し込みによって分子内の水
が失われ,イミニウムイオン中間体を生成する.最後に,α 炭素原子(官能基の隣の
炭素原子を指す)からプロトンが脱離して,最終生成物となり酸触媒が再生される.
この反応スキームに基づき,アルデヒドと第一級アミンの脱水縮合から生成される
3
化合物の総称をドイツの化学者 H.Schiff の名前をとってシッフ塩基と呼ぶ 8).
Scheme. 1 カルボニル基とアミノ基の反応
2.5. アセタール生成反応
アルデヒドは酸触媒の存在下において2当量のヒドロキシ基と可逆的に反応し,
アセタールという生成物を与える.水と同様にヒドロキシ基の求核性は然程強くない
ものの,酸性条件においてはカルボニル基の反応性がプロトン化によって強められる
ため,速やかに付加反応が進むことが知られている.その反応機構は以下の通りで
ある.
まず,溶液の酸性によりカルボニル基が強く分極された後,酸素の非共有電子対に
よる求核反応に対してカルボニル基が活性化される.そこからプロトンが脱離して,
中性のヘミアセタールという四面体中間体を生じる.このヘミアセタールのヒドロキ
シ基がプロトン化されて良い脱離基となった後に脱水によってオキソニウムイオン
中間体が生成される.この構造にもう1当量のヒドロキシ基が付加しプロトン化した
アセタールを与えた後,プロトンが脱離することによって最終的な生成物である中性
のアセタールが与えられる 9).
Scheme. 2 アセタール生成反応
4
2.6. 一律排水基準
水は人体に非常に近い資源の一つでありながら,頻繁に環境汚染の矛先が向くもの
である.放流する際に家庭用排水や工場排水が混入することにより金属イオンや有機
化合物が含まれてしまうことがあり,これらが人体に取り込まれた場合には様々な
被害を引き起こす.そのため,日本では法務省および環境省が水環境の保全のため
排水内に含まれるあらゆる成分に関して濃度の基準を設けており,これを「一律排水
基準」と呼ぶ.以下に,主な金属イオンに関する排水基準を示す 10).
Table1 金属イオンに関する一律排水基準
項目
濃度(mg/L)
カドミウム
0.03
鉛
0.1
六価クロム
0.5
ヒ素
0.1
水銀
0.005
セレン
0.1
銅
3.0
亜鉛
2.0
溶解性鉄
10.0
溶解性マンガン
10.0
クロム
2.0
3. 実験準備
3.1. 試薬
以下,m.p.:融点, b.p.:沸点, M:分子量である
・キトサン(Chitosan,LD50:16g/kg)
無色非結晶性粉末であり,水に不溶.キチンを濃アルカリ性溶液と加熱して得られ
る脱アセチル化物 11).
5
・グルタルアルデヒド(Glutaraldehyde,m.p.:-14 ℃,b.p.:188 ℃,M:100.12
LD50:1100mg/kg)
無色またはわずかに薄い黄色の液体で水,アルコール,アセトンに易溶.特異な刺
激臭を持つ.架橋剤として用いられる.比較的不安定で加熱すると重合することが
ある.殺菌消毒薬としても利用されている 12).
・グリオキサール(Glyoxal,m.p.:15 ℃,b.p.:50.4 ℃,M:58.04,LD50:2000mg/kg)
アセトアルデヒドの酸化や,アセチレンの酸化によって得られる.蒸気は緑色で
可燃性がある.医薬品や香料の原料として広く用いられる他にも繊維処理剤として
も使用される 13).
製造:和光純薬工業
・硝酸銅(Copper Nitrate,m.p.:114.5 ℃,M:187.56,LD50:940mg/kg)
酸化銅または炭酸銅を希硝酸に溶かした後に濃縮冷却することにより潮解性の三水
和物が得られる.水,エタノールなどに可溶.真空中では 150~200 ℃において
昇華する 14).
・硝酸鉄(III)(Iron(III) Nitrate,m.p.:47.2 ℃,M:241.86,LD50:3250mg/kg)
淡い紫色の単斜晶であり,熱すると分解する.水に易溶で,水溶液は加水分解して
褐色となる.顔料の原料や,医薬品にも用いられる 15).
製造:和光純薬工業
6
・エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩
(Ethylenediamine-N,N,N’,N’-tetraacetic acid disodium salt,M:372.24,
LD50:2000mg/kg)
通称 EDTA-2Na といわれ,EDTA を水に溶けさせるためにナトリウム塩としたもので
ある. EDTA と同じように,キレート滴定に用いることができる.多くの金属イオ
ンと安定なキレート化合物を生成することが知られている.キレート化合物の安定性
が高い上に,選択性が低いために広く用いられている 16).
・PAN 指示薬(1-(2-pyridylazo)-2-naphthol indicator,m.p.:137 ℃,M:249.00)
1-(2-ピリジルアゾ)-2-ナフトールをメタノールに溶解させた溶液.金属イオンを
キレート滴定する際の指示薬として用いられる.1-(2-ピリジルアゾ)-2-ナフトール
自体は 2-アミノピリジンジアゾニウム塩と β-ナフトールの反応から得られる橙色
針状結晶である 17).
製造:林純薬工業
・エタノール(Ethanol,m.p.:-114.15 ℃,b.p.:78.3 ℃,M:46.1,LD50:6200mg/kg)
工業的には発酵などから合成され,特有の匂いと味のある無色の液体である.
溶剤,燃料,不溶剤などとしても用いられる 18).
7
・グリセリン(Glycerine,m.p.:20 ℃,b.p.:290 ℃,M:92.1,LD50:27200mg/kg)
石鹸製造の際など,工業的にも用いられている無色粘性で吸湿性をもつ液体である.
水,エタノールとあらゆる割合で混合することができる.湿潤剤として皮膚薬にも
用いられる.分析化学においては滴定用溶媒として使われることがある 19).
・サリチル酸(Salicilic Acid,m.p.:159 ℃,b.p.:211 ℃,M:138,LD50:891mg/kg)
多くの精油中にエステルとして存在する針状の結晶.エタノールなどに易溶である.
染料の中間体や防腐剤,角質溶解剤などに含まれている.およそ 200 ℃で分解して
フェノールとなる.分析化学においては,鉄イオンなどの呈色剤に用いられる 20).
製造:和光純薬工業
・塩酸(Hydrochloric Acid,M:36.46,LD50:900mg/kg)
代表的な強酸であり,多くの金属と反応して塩酸塩を生じるが貴金属とはほとんど
反応しない.刺激性がある.工業的には染料や医薬品などに幅広く用いられて
いる 21).
製造:和光純薬工業
・水酸化ナトリウム(Sodium Hydroxide,m.p.:328℃,b.p.:1388℃,M:40.00,
LD50:500mg/kg)
常温で無色の斜方晶系の固体であり,代表的な強塩基.潮解性があり,通常は水や
二酸化炭素を含んでいる事から m.p.:318.4 ℃とする場合もある.溶解に伴い発熱
する.刺激性がある 22).
・希硝酸(Dilute Nitric Acid,m.p.:-42 ℃,b.p.:82.6 ℃,M:63.01,LD50:430mg/kg)
無色の吸湿性液体.光または熱で分解するため暗所に褐色ビン内で保管する必要が
ある.多くの金属に対して酸化剤として働く.刺激性がある 23).
・天然ゼオライト
製造:ゼオライト市場しまねお宝館
8
3.2. 器具
・マグネチックスターラー
・吸引ビンなど吸引ろ過に用いる器具
・恒温槽
・pH メーター
・ビュレット
・メスフラスコ
4. 実験操作
4.1. ゼオライトの洗浄
天然ゼオライトを使用する予定であるが,これには水を懸濁させるような粘土質が
付着していると思われる. 3 M の塩酸に 1 日ほど浸けることによりこれを除去する.
4.2. ゼオライトのキトサンによる化学修飾(架橋剤:グルタルアルデヒド)
(1)キトサン 0.5 g を 5.0×10-3 M 塩酸 500 mL に加えた後に,天然ゼオライト 12.5 g
を加える.
(2)均一な懸濁液になるまでスターラーで 250 rpm において撹拌する.
(3)懸濁液に 1 M 水酸化ナトリウム水溶液 7.5 mL とグルタルアルデヒドを 0.2 g 添加
して,ゼオライトをキトサンで修飾する.
4.3. ゼオライトのキトサンによる化学修飾(架橋剤:グリオキサール)
(1)キトサン 0.5 g を 5.0×10-3 M 塩酸 500 mL に加え溶解させて,天然ゼオライト
12.5 g を加える.
(2)均一な懸濁液になるまでスターラーで 250 rpm において撹拌する.
(3)懸濁液にグリオキサール 0.1 g を添加して,水温を 80 ℃に保ち 1 時間撹拌して架橋
を行う.
(4)1 M 水酸化ナトリウム水溶液を 7.5 mL 加えて,ゼオライトをキトサンで修飾する.
4.4. 修飾済みゼオライトの調製
(1)しばらく静置した後に吸引ろ過を行い,固相・水相の分離を行う.
(2)得られた固相をイオン交換水で洗浄する.
(3)1 週間ほど,乾燥剤と共に保管することにより自然乾燥させる.
9
4.5. 種々の含金属廃液の作成
(1)0.1 M 硝酸に各金属イオン標準液を混合させ,金属イオン含有量が 5 mg になるよう
に金属イオン含有水溶液を作成する.
(2)硝酸と水酸化ナトリウム水溶液を用いて pH を操作し,pH が 2,4,6 の付近になる
ように調製する.
4.6. 修飾ゼオライトによる金属イオンの除去
(1)各金属イオンを含む試料溶液に作製した除去剤 5.0 g を投入し,マグネチックスター
ラーで 250 rpm において 1 時間撹拌する.
(2)吸引ろ過を行い固相・水相の分離を行う.
<備考>
本実験では,作製した除去剤の性能を比較するためにキトサン,天然ゼオライト,
および2種の修飾済みゼオライトについて金属イオン除去実験を行う予定である.
5. 評価
5.1. キレート滴定を用いた金属イオンの定量
5.1.1. 銅イオンのキレート滴定
(1)試料溶液に酢酸-酢酸ナトリウム緩衝溶液を加えて pH が 2.5~6.0 に保たれている
事を確認する.
(2)エタノールを 50 mL 加えた後に,PAN 指示薬を数滴滴下して溶液を発色させる.
(3)0.01 M EDTA 水溶液を滴下して滴定を行う.
5.1.2. 鉄イオンのキレート滴定
(1)試料溶液の pH を確認し,酸性が強い場合は 35%酢酸ナトリウム水溶液を,酸性が
弱い場合は 1M 塩酸を加えて pH を 2.0~3.0 に調節する.
(2)1%サリチル酸溶液を 8 mL 添加して,溶液を発色させる.
(3)0.01 M EDTA 水溶液を滴下して滴定を行う.
6. 実験結果に関する予測
金属イオン除去剤の作製によってゼオライト粒子を内包したキトサン粒状体が得ら
れると予測される.また,グルタルアルデヒドによってキトサンを架橋した除去剤と
比較してグリオキサールを用いた除去剤の方が,金属イオンの除去性能が高くなるの
ではないかと期待できる.
10
7. 参考文献
1)姫路市編集『工場・事業所の排水が下水道におよぼす影響』
URL: http://www.city.himeji.lg.jp/s90/gesuidou/_9253/_9277.html,
最新取得日:2015 年 4 月 15 日
2)環境省編集 『水・土壌・地盤・海洋環境の保全』 URL: http://www.env.go.jp/water/mizu.html
最新取得日:2015 年 4 月 15 日
3)知足章宏著 『アジアの開発途上国における水質汚染問題と下水事業への民間参入
(Private Participation)の現況・経験』立命館大学 立命館国際地域研究第 23 号
2005 年 3 月発行, p.153~156
4) 一般社団法人キチン・キトサン学会 『キチン・キトサンとは』
URL : http://jscc.kenkyuukai.jp/special/index.asp?id=1930
最新取得年月日:2015 年 4 月 15 日
5) ゼオライト学会 URL: http://www.jaz-online.org/index.html
最新取得年月日:2015 年 4 月 16 日
6) 萩中淳ほか著 『パートナー分析化学 I(改訂第 2 版)』 南江堂 (2012) p.97~98
7)『パートナー分析化学 I(改訂第 2 版)』 p.116
8) 児玉三明ほか訳 『マクマリー有機化学(中) 第 8 版』 東京化学同人 (2013) p.703~704
9)『マクマリー有機化学(中) 第 8 版』p.708~711
10)環境省編集 『環境省 一律排水基準』URL: http://www.env.go.jp/water/impure/haisui.html
最新取得年月日:2015 年 4 月 17 日
11)『化学大辞典』大木道則ほか著 東京化学同人 (2005) p.543
12)『化学大辞典』p.651
13) 有機合成化学協会編集,『有機化合物辞典』講談社 (2004) p.248
14)『化学大辞典』p.1121~1122
15)『化学大辞典』p.1121
16)『化学大辞典』p.269
17)『化学大辞典』p.1928
18)『化学大辞典』p.256~257
19)『化学大辞典』p.638~639
20)『化学大辞典』p.858~859
21)『化学大辞典』p.332~333
22)『化学大辞典』p.1172
23)『化学大辞典』p.1118~1119
11
東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015 年度春輪講書
ケイ酸を用いた無機接着剤
火曜班
Shoji, Y. (2OK) Arai, S.(2OK) Abe, Y.(2K) Takemura, R.(2K) Matsui, T.(2K)
1.背景
私たちは日々生活している中で,接着剤を使う機会が多くある.しかし,その接着剤が
まわりに及ぼす影響について考えることは少ない.そこで,接着剤について調べてみたと
ころ接着剤は大きく分けて 2 つのグループに分類できることが分かった.まず,一般的に
使われているボンドや瞬間接着剤のように有機化合物を主成分とした有機接着剤.次に,
あまり一般的ではないが金属やセラミックスの接着に用いられる無機化合物を主成分とし
た無機接着剤.有機接着剤は簡単に接着することができるなど様々な長所を持つが,有機
物の溶媒を用いるため工事現場などで感じる独特な臭いや,シックハウス症候群の原因物
質を放出してしまうという短所を合わせ持つ.それに比べ,無機接着剤は,接着方法が高
温で加熱しなければならないという点と有機接着剤よりも接着強度が低いという短所を持
つが,耐熱性に優れ,特有の臭いもなく,溶媒に水を用いるため環境や人体に対する影響
も少ないという長所がある.さらに,無機接着剤の分野はあまり多くの研究が行われてお
らず発展の余地が残っているのではないかと感じた.
2.目的
無機接着剤は耐熱性などの長所がある反面,強度と耐水性が低いという短所がある.こ
の 2 つの短所は接着剤として用いるためには重大な問題となる.そこで,本実験ではケイ
酸を主成分とした無機接着剤に何種類かの金属化合物などの添加物を加えることにより接
着強度と耐水性の改善を目的とする.
3.原理
3.1 無機接着剤
無機質の接着材料としては,一般にガラス系,金属系の材料が使用されているが,これ
らの材料は気密性は優れているが,接着時にそれぞれの融点や軟化点以上に加熱すること
が必要であり,また接着部分の耐熱性は接着時の温度を上まわることはないという欠点を
有している.これに対していわゆる無機接着剤は気密性には劣るが,低温での接着が可能
であり,優れた耐熱性を有するという特徴を持っている.無機接着剤は,1)無機結合剤,
2)硬化剤,3)充填剤を主成分として構成される.
1
市販されている接着剤の多くは,使用の便を考えて一液性である.そのポットライフ(可
使期間)は 3 か月から 1 年必要とされるので,室温で作用する硬化剤は使用できない.
1)結合剤
結合剤自体の硬化剤が強い強度と接着力を持つ必要があり,現在しようされている無機
結合剤のほとんどは,アルカリ金属ケイ酸塩系,リン酸塩系,シリカゾル系のいずれかで
あり,本実験でしようするのはアルカリ金属ケイ酸塩系結合剤である.
アルカリ金属ケイ酸塩の水溶液は粘性のある液体であり,分子式 M2O・nSiO2 で表わさ
れ,M の種類(Li,Na,K など)および n の大小によって数多くの種類が生ずる.またア
ンモニウムケイ酸塩やグアニジンケイ酸もある.一般には安価なケイ酸ナトリウム(水ガ
ラス)がよく使用される.
アルカリ金属ケイ酸塩は水溶液中において,種々の量のシリケートイオンモノマー,ポ
リシリケートイオン,およびコロイド状シリカイオンミセルからなっている.これらの形
態や分布は n 値や,濃度に依存し,n が大きくなるにつれてポリシリケートイオンミセル
が増加する.ケイ酸ナトリウムは n が4を越えると水の溶解度は極端に小さくなり,n が
3 付近で接着力は最大となる.ケイ酸カリウムはケイ酸ナトリウムと同じような挙動を示
すが,ケイ酸リチウムは n が非常に大きくケイ酸分の多い水溶液が得られることが特徴で
あり,シリカゾルに近い物性を示す.したがって,アルカリ金属ケイ酸塩系結合剤につい
て,一般的には耐水性は Li>K>Na,接着力はこの逆の順に良いといわれている.
水溶液は強いアルカリ性を示し,加熱によってシラノール間で脱水縮合反応を起こし,
分子間にシロキサン結合を生じる.固形物は,融点(軟化点)までずっと非晶質である.
2)硬化剤
結合剤は低温で乾燥しただけでは,耐水性が不十分であり,耐水性の向上のために硬化
剤が添加される.硬化剤は耐水性には寄与するが,接着力を低下させる場合もあるため,
使用目的によっては添加しないこともある.一液性の接着剤ではポットライフの要求から,
室温で作用するものは,あらかじめ添加できないので,高温になってはじめて結合剤と反
応するものが選ばれる.硬化剤については非常に多くの物質が特許等に提案されている.
アルカリ金属ケイ酸塩用の硬化剤には,Zn,Mg,Ca 等の酸化物・水酸化物,Na,K,
Ca 等のケイ化物・ケイフッ化物,Al や Zn 等のリン酸塩,Ca,Ba,Mg 等のホウ酸塩等が
用いられる.
酸化亜鉛による反応機構を L.S.D.Glasser らは次のように示している.
反応初期には ZnO 粒子の表面で
ZnO + 𝐻2 𝑂 + 𝑂𝐻 − → 𝑍𝑛(𝑂𝐻)2−
4
の反応がおこり,Zn は液中に溶解し,OH-が消費されるので pH が下がり,ケイ酸ゲルが
2
粒子表面に析出する.以後はこのケイ酸ゲル層を通して OH-が粒子表面へ拡散し,ZnO と
反応して Zn(OH)2 として固定されるため,さらにケイ酸ゲルの析出が行われ,酸化亜鉛表
面へ無定形シリカが沈積する.
3)充填剤
充填剤としては,結合剤との反応性の小さい耐火物粉末が使用される.結合剤は加熱脱
水により大きな体積収縮を生じ,ひび割れが発生するのでこれを防ぐため充填剤を添加し
て固体分率を高くする.また粒子間の空隙は,水分蒸発の逃げ道となり発泡を防ぐ.接着
剤の熱膨張を被着材へ合致させることも重要な役割である.
さらに一液性の接着剤では,リン酸塩系におけるアルミナ粒のように,室温では反応し
ないが温度を上げていくと結合剤と反応し硬化作用をして,耐水性を付与することもある.
その他,耐火性,接着強度,熱伝導性,電気特性,耐薬品性,耐摩耗性の向上に重要な
働きがある.充填剤の種類に加え,粒径,粒径分布,表面活性等に調整することが必要で
数種の充填剤を混合することが多い.
4)核剤
核剤は力学特性,成形性,成形時の生産性の改良などを目的として種々の結晶性高分子
で利用されている.特にポリプロピレンにおいては核剤を添加することにより剛性や耐火
性(熱変形温度)
,あるいは透明性など諸問題が大幅に改良され,高機能化による用途拡大
や成形品の薄肉化・軽量化が可能となり,さらには短時間で結晶化が完了することから成
形時の生産性も大幅に短縮され,コスト削減はもとより省資源・省エネを影から支えてい
る.
核剤には工業的な側面から,主に力学特性を改善する「核剤」と特に透明性を改良する
効果が高い「透明化剤」とよばれるものがある.核剤も透明化剤も,高分子の結晶化過程
における基本的な作用機構は同じであり,その本質はエピタキシーにある.つまり高分子
融体が結晶化する過程で,高分子鎖が結晶化しやすいように「場」
(核剤の表面)を提供す
るものである.核剤はまた「造核剤」とよばれることもあるが,核剤,透明化剤とも物理
化学的には高分子に対し同じ作用をしているといえる.溶媒中に溶解している溶質が種晶
の添加により,析出が促進される現象を想像されたい.まさに核剤は高分子融体中に添加
され,これが核となって高分子の結晶化が促進されるのである.
3
Fig.3-1 核剤の表面からの高分子結晶の成長
a)力学特性の改善
自動車や家電部品の樹脂化率は年々高まり,特に自動車においては内外装問わず,ポリ
プロピレンが多用されるようになった.当初はあまり重要でない部分への利用であったも
のの,最近ではバンパー,フェンダーライナー,フロントグリル,カウルパネル,各種リ
ザーバータンク,ドアパネル,ピラー,ダッシュボード,サンバイザー,コンソールボッ
クスなど,ありとあらゆる部分に用途開発が進んでいる.高分子材料による金属代替今後
もさらに進められると思われる.その理由としては,自動車の軽量化はもちろんのこと,
設計の自由度
(一体成形や金属ではデザインしにくい曲線,
曲面を複雑に有する部品など)
があげられる.自動車部材では機能的に高剛性が求められるものや,夏場に高温にさらさ
れる内装部品などは高耐熱性
(高い熱変形温度)が求められるものなどがほとんどであり,
このような要求性能に応えるべくポリプロピレンに核剤が添加されている.
核剤が存在する場合,高分子の結晶化が促進され,融体の冷却過程において,より高い
温度(より融解温度に近い温度)から結晶化が開始する.そのため核剤存在下での結晶化
過程では,核剤非存在下での結晶化過程に比較して,高分子鎖の運動性が高い状態で結晶
化が開始する.核剤を添加した高分子の結晶化開始温度を示差走査熱量計などで測定する
と,結晶化が高い温度から開始することも確認される.その結果,高分子結晶の欠陥は減
少し,また結晶化度も増大する.核剤存在下で結晶化させた高分子結晶は,欠陥も少なく,
またラメラ厚も厚くなり,融解温度が高くなる.そのような効果により,成形後の高分子
材料の力学特性,耐熱性が改善する.
4
Fig.3-2 核剤の添加のよるポリプロピレンの曲げ弾性率の改善効果
(○)アデカスタブ NA-11,(△)Hyperform HPN-68 L,
(□)安息香酸ナトリウム,ポリプロピレン
Fig.4-2 に核剤の添加によるポリプロピレンの曲げ弾性率の改善効果について示した.ま
ず核剤を添加することで,しかも僅か 0.1~0.3 wt%程度の添加で,曲げ弾性率が劇的に向
上していることが分かる.その中で比較すると,汎用である安息香酸ナトリウムや HPN-68
L では弾性率の改善はあるものの(おおよそ 30%の弾性率改善)
,0.1 wt%程度の添加で改
善効果は飽和する.添加物を加えることで,剛性/耐熱性を大幅に改善できることがわかる.
このような改善効果は自動車用に多用されるポリプロピレンのグレードであるインパクト
コポリマーにおいても同様である.さらに核剤の添加により結晶化が促進された結果,成
形時間も短縮でき,高性能化と相まって生産性改善によるコストダウンも可能となる.核
剤はもとのポリマーが有する特徴を損なうことなく,物性を改善できるといったメリット
があるといえる.
3.2 縮合重合反応
二つの化合物から水などの簡単な分子が脱離して新たな結合が形成される反応を縮合反
応とよぶ.カルボン酸とアルコールからエステルを得る反応は,縮合反応の一例である.
縮合反応を繰り返すことにより,ポリマーを合成することができる.これが脱水縮合反応
である.たとえば 2 個のカルボキシ基をもつ分子と 2 個のヒドロキシ基をもつ分子を反応
させると,縮合反応が連続して起こりポリマーが得られる.本実験では Fig.3-3 の反応が
起こる.
5
Fig.3-3 ケイ酸の脱水縮合反応
3.3 接着の原理
接着剤による接着効果には複数の理論が挙げられており,賛否両論あるものもある.ま
た,個々の接着現象においても,複数の接着効果が絡み合っていることが多く接着効果の
検証は困難であるとされる.ある接着系では適用できる接着効果が別の系ではまったく無
力ということも多い.以下に主な接着効果の理論をあげる.
1) アンカー効果
雲母を注意深くはがしたような,ごくわずかな例外を除き,すべての固体表面は数Åオ
ーダーの粗さを有する.例えば,機械で製造される金属表面の粗さは 3~6 μm であり,研
磨した場合でも 0.02~0.25 μm である.
アンカー効果とはこのような被着材の凹部に流入した接着剤が固化し,
被着部に引っかか
ることにより界面が結合するというものである.アンカー効果のような,界面との相互作
用を無視した接着効果理論を機械的結合論という.
開口部を有するクレバスへの液体の流入について,理論式が提案されている.
以下の 2 式は,液体の粘度 η,接触角θの液体が深さ Z まで浸透するまでの時間 t を表し,
(a)開口部の幅がδの平行板の場合
Z
dz 𝛿𝑦
=
𝛾 cos 𝜃
dt 𝛿𝜂
(b)開口部δ,深さ Z0 の V 型溝の場合
𝑍0 𝑙𝑛
𝑍0
𝛿𝛾 cos 𝜃
−𝑍 =
𝑡
𝑍0 − 𝑍
6𝜇
となる.式によれば開口部が大きく,ぬれがよく,粘度の低い液体ほど,また時間をかけ
たほど,深くまで侵入できるとされる.
6
Fig.3-4 アンカー効果
2)分子間相互作用
ふたつの物体の接着面で分子同士が接触するところで互いにひきつけあう力が働くこと
で接着するとするもの.代表的なものに,ファンデルワールス力結合,水素結合が存在す
る.
3)化学的結合
界面に化学結合が存在することで接着強さに寄与するとするものである.古くから提唱
されている説であるが,化学結合の存在の証明が難しく,接着系の界面に本当に化学結合
が存在するのかは十分に検証されなければならないとされる.
4)表面自由エネルギーと表面張力
物質の内部と表面では性質が異なる.内部の分子は周囲を分子に囲まれており,分子間
力で互いに引き合うため安定化される.これに対し表面の分子には周囲を囲む分子が内部
に比べて少なく,内部分子と比べて不安定=エネルギーが高いということになる.この余
分のエネルギーを表面自由エネルギーと呼ぶ.
表面積が小さいほど,表面自由エネルギーは少なくなるため,物質の表面では,表面を
小さくしようとする力が働く.この力を表面張力と呼ぶ.
5)ぬれと接着角
固体表面に液体が存在すると,それぞれの表面自由エネルギーとその間の界面自由エネ
ルギーとのバランスによって液体が広がり,固体表面が液体表面に置き換えられる.この
現象がぬれである.固体表面のぬれは,材料表面の親水性・疎水性や接着強度と直接関係
しているため,接着の分野ではきわめて重要である.固体表面に液滴を落とすと,個体の
表面張力γS と液体の表面張力γL ,固体と液体の界面張力γSL が釣り合うことによってあ
る角度θで平衡になる.このとき,固体と液体,空気の境界点 A における力の水平成分の
釣り合いから,次式の Young-Dupre の式が得られる.
𝛾𝑆 = 𝛾𝑆𝐿 + 𝛾𝐿 cos 𝜃
7
自然状態では表面張力により,液体は球状になる.この式は固体表面上での液体を広げよ
うとする力と球状を保とうとする力のつりあいの式である.
Fig.3-4 固体表面上の水滴
また,界面自由エネルギーγ12 で接着している二種類の物質を引き離し表面自由エネルギ
ーγ1,γ2 をもつ二つの物質に分けるのに必要な仕事(これを接着仕事という)Wa,とすると
𝑊𝑎 = 𝛾1 + 𝛾2 − 𝛾12
であらわされる.これを Dupre の式と呼ぶ.接着仕事とはふたつの物質を引き離すのに必
要な仕事であるから Wa の値が高いほど,接着強度が強いということになる
個体と液体との関係において,これら二式をあわせると,
𝑊𝑎 = 𝛾𝐿 (1 + cos 𝜃)
を得る.これを Young-Dupre の式という.液体の表面張力と接触角から接着材の接着強
度が分かるという式になっている.
6)接着力低下因子と表面処理
接着は清浄な面と面の接触が前提である.金属表面は清浄であれば 1000~3000 mN/m の
表面張力があるはずであるが大気中では数十 mN/m の値をしめす.これは異物が付着した
り酸化されていたりするためである.特に表面がもろい物質でおおわれていると剥離時に
もろい面での剥離が起こり,見かけ上弱い接着強度となる事がある.
このような金属表面の表面張力の低下を防ぎ,アンカー効果において適切な凹凸を金属表
面に付与し,接着強度向上を図るために洗浄と研磨を行うのが望ましい.
5.実験方法
4.1 使用する器具
100 mL ビーカー,ガラス棒,ホールピペット,安全ピペッター,ピンセット,キムワイ
プ,電気炉,2 L ペットボトル,紐,アルミ角材(10 × 30 × 30 mm)
,サンドペーパー,
はけ
8
4.2 試薬の物性
ケイ酸ナトリウム a)
ケイ酸のナトリウム塩で種類が多い.いわゆる水ガラスも多くの場合はケイ酸ナトリウム
であるが,その組成は安定していない.単一物質として得られているものだけでも,メタ
ケイ酸ナトリウム Na2SiO3,およびその種々の割合の水化物,オルトケイ酸ナトリウム
Na4SiO4,二ケイ酸ナトリウム Na2Si2O5,四ケイ酸ナトリウム Na2SiO9 などがある.オ
ルトケイ酸ナトリウム Na4SiO4=184,05.二酸化ケイ素と水酸化ナトリウムを適当な条件
で融解すると得られる.水溶液で両者を反応させたのではオルトケイ酸ナトリウムの結晶
は得られずに,メタケイ酸ナトリウムの水化物になってしまう.無色六方晶系の結晶.酸
と加熱していると二酸化ケイ素が沈殿している.
酸化マグネシウム b)(MgO)
式量 40,30
融点 2852 ℃
沸点 3600 ℃
一般にアンモニウム塩水溶液に溶けるが,エタノールに不溶.空気中で水と二酸化炭素を
吸収し炭酸水酸化マグネシウムに変化する.水と反応して水酸化マグネシウムとなる.耐
火レンガ,マグネシアセメントの製造原料,医薬品として制酸剤の原料となるほか,触媒
または吸着材,ゴム工業にも用いられる.
酸化亜鉛 c)(ZnO)
式量 81,38
密度 5,47 g/cm3
無定形の白色粉末,水にはほとんど溶解しないが,両性酸化物で,希酸や水酸化アルカリ
水溶液,アンモニア水に溶解する.空気中で湿気と二酸化炭素を吸収する.白色顔料とし
てペイント,絵の具などに用いられるほか,粒子の細かいものは医薬品,化粧品として用
いられる.
酸化カルシウム d)(CaO)
式量 56,08
融点 2572 ℃
沸点 2850 ℃
密度 3,40 g/cm3
9
酸に可溶,空気中の湿気を吸収して水酸化カルシウムとなり,また空気中の二酸化炭素を
吸収して炭酸カルシウムとなる.水と反応して水酸化カルシウムとなる.しっくい,モル
タルなどの建築材料.石膏,さらし粉,消石灰の原料.医療用に用いられる.医療用に用
いられる.酸性土壌改良にも用いられる.
炭酸カルシウム e)(CaCO3)
式量 100,09
融点 1339 ℃
二酸化炭素を含む水には炭酸水素カルシウムとして溶解する.酸には二酸化炭素を発生し
て容易に溶ける.加熱すると二酸化炭素と酸化カルシウムに解離する.
二酸化ケイ素 f)(SiO2)
式量 60,09
低温ではフッ素,フッ素酸水素酸だけが反応する.高温では他のハロゲン元素とも反応す
る.水酸化アルカリ,炭酸アルカリと融解すると水溶性のアルカリケイ素酸塩となる.
4.3 実験操作
4.3.1 被接着面の均一化
1)10×30×30 mm のアルミ角材の表面をサンドペーパーで汚れがなくなるまで削る.
2)削った表面をアセトンで洗浄する.
3)洗浄が終わったアルミ角材の重量を測り記録する.
4.3.2 ケイ酸ナトリウムのみの接着剤の作製
1)100 mL ビーカーにケイ酸ナトリウム 5,0 g を加え粘り気が残るぐらいまでイオン交換
水を加え,ガラス棒で撹拌する.
2)アルミ角材の 10×30 mm の面にはけを用いてケイ酸ナトリウム溶液を均一になるよう
に塗り,アルミ角材を重ね合わせる.
3)150℃にセットした電気炉に接着面がずれないように慎重に置き 1 時間焼成する.
4.3.3 添加物を加えた接着剤の作製
1)100 mL ビーカーにケイ酸ナトリウム 5,0 g,添加物(酸化マグネシウウム,酸化亜鉛,
酸化カルシウム,炭酸カルシウム,二酸化ケイ素)を 0,10 g から 0,10 g ずつ 2,0 g まで加
え粘り気が残るぐらいまでイオン交換水を加え,ガラス棒で撹拌する.
2)アルミ角材の 10×30 mm の面にはけを用いてケイ酸ナトリウム溶液を均一になるよう
に塗り,アルミ角材を重ね合わせる.
3)150 ℃にセットした電気炉に接着面がずれないように慎重に置き 1 時間焼成する.
10
5.評価方法
5.1 接着強度の評価
1)4.3.2,4.3.3 で接着したアルミ板にひもとペットボトルを用いて Fig.5-1 のように設置す
る.
Crash
アルミ角材
PET
Fig.5-1 接着面の破壊
2)ペットボトルに少しずつ水を加え,接着面が完全に離れた時点を破壊終了点とする.
3)破壊終了点でのペットボトルに入っている水の重量を計測する.
5.2 耐水性の評価
1)接着したアルミ角材に水をかけ,接着面の変化を観察する.
6.予想
添加物を加えることで接着強度の増加が期待される.しかし,大量に添加物を加えてし
まうとケイ酸の割合が小さくなり接着強度は減少してしまうと考えられ,添加物の量と接
着強度の関係性をグラフ化するとある値までは増加し,その値を超えると減少していくグ
ラフが得られると考える.そこから最も接着強度が高まる添加物の量を測定する.
また,添加物が硬化剤の役割をし,耐水性の改善も予想される.
参考文献
1)日本接着学会,
『接着剤データブック第 2 版』,日刊工業新聞社,1990,P228~229
2) 三刀基郷,『トコトンやさしい接着の本』
,日刊工業新聞社,2003,P56~67
3) セメダイン(株)
,
『よくわかる接着技術』日本実業出版社,2008,P34~37
11
4) ユージン G.ロコー,
『ケイ素とシリコーン』
,シュプリンガー・フェアラーク東京株式
会社,1990 P85~113
5) 大木道則,大沢利昭,田中元治,千原秀昭『化学大辞典』東京化学同人/1989
b)P884 c)P865 d)P867 e)P1368 f)P1669
6)下井 守,村田
磁『大学生のための基礎シリーズ 3 化学入門』東京化学同人/2005,
P229
7) 吉村壽次『化学辞典第 2 版』森北出版/2009,a)P425
8)大勝 靖一『高分子添加剤の基礎化学と材料設計』株式会社 CMC 出版/2008,P219~235
9)http://www.facekyowa.co.jp/science/theory/what_contact_angle/img01.jpg
2015.4.16 取得
12
東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015 年度春輪講書
シクロデキストリンを用いた
包接化合物の生成
水曜班
Ikemura, M.(2C),Ebihara, K.(2C), Kataoka, T.(2K),
Shibasaki,K.(2OK),Tsumeda,T.(2C),Naka,A.(2OK),Murakoshi ,R.(2OK),
Okawa,T.(2C),Noguchi,A.(2K),Sekiguchi,K.(2K),Hashimoto,Y.(2C)
1. 動機
6~8 分子のグルコース単位からなるα―1,4 結合の環状オリゴ糖であるシクロデキストリ
ンはその環状構造に由来する包接化合物を生成する性質を示す.その特異的な包接形成能
を利用した多くの製品が存在し,現在もなお基礎研究分野,応用研究分野での研究が行わ
れている.
そこで私たちは 7 分子のグルコースからなるβ-シクロデキストリンと 3 種類のカルボン
酸を用いて包接化合物を形成させ,酸の構造の違いによる包接作用の比較検討及びシクロ
デキストリンの一部のヒドロキシ基をエステル化させ水に対する溶解性及び包接形成能が
どのように変化するか考察する.
2. 原理
2.1. 包接化合物
包接化合物は Schlenk によって名づけられたもので,定義によると,原子または分子が
結合してできた 3 次元構造の内部に適当な大きさの空孔があって,その中に他の原子また
は分子が一定の組成比で入り込んで特定の結晶構造をつくっている物質,ということにな
っている.前者の骨組み構造の化合物のほうをホスト分子,後者の入り込んでいる分子の
ほうをゲスト分子ともよんでいるが,このゲスト分子の大きさや形状は,まったくホスト
構造によって規定されるだけで,両者の間には弱い相互作用があっても,水素結合のよう
な力はなくてもいっこうに構わないのである.この包接化合物での,ゲスト分子とホスト
構造との間の相互作用というのも,物理的な吸着系に近いもので,非常に弱い van der
Waals 力から高度に配向した双極子間力まで,種々のものが存在する 1).
2.2. シクロデキストリンの包接能
シクロデキストリンはグルコース残基がα-1,α-4 結合した環状のオリゴ糖で,一般的
にグルコース残基が 6 個のα-シクロデキストリン,7 個のβ-シクロデキストリン,8個の
γ-シクロデキストリンが知られている.
1
Fig.1 α-シクロデキストリンの分子構造
シクロデキストリンの構造は底の抜けたバケツやドーナッツのような構造をしており,
その環状構造の外側は多くの水酸基に由来する親水性領域が存在し,内側の空洞の CH 基に
由来する疎水領域と相反する極性が一つの分子に共存しているが,この空洞内に様々な有
機化合物などを取り込むという包接作用がもっとも特徴的である.
三種類のシクロデキストリンはそれぞれ空洞の大きさが相違するため,それぞれ包接化
合物を形成しやすいゲスト分子が存在する.内部空洞が比較的小さいα-シクロデキストリ
ンは比較的小さい分子,例えばエタノール,メタノール等を,β-シクロデキストリンは汎
用性が広く,各種ポリフェノール,コレステロール,メンソール等の香気成分,芳香族化
合物等をよく包接する.γ-シクロデキストリンは大きい分子である脂肪酸などを包接する
ことが知られている.
シクロデキストリンの包接力の原動力は疎水性相互作用と分子間力が主なものとされて
いる.つまりゲストは疎水性の高い分子あるいは分子の大きさが空洞にぴったりとフィッ
トするものほど,シクロデキストリンがそのゲストを包接する力は大きく,包接物を作り
やすい傾向がある.逆に親水性が高く,シクロデキストリンの空洞にフィットしないよう
なゲスト分子では,包接現象は起こりにくいといえる.しかし,ゲスト分子全体がシクロ
デキストリンの空洞内にとりこまれる必要はなく部分的にでも疎水性が高く,空洞にフィ
ットすれば,包接が可能となる.つまり,ゲスト分子全体がシクロデキストリンより明ら
かに大きいものでも,包接作用による効果が観察される場合がある 2).
Fig.2 シクロデキストリンがゲストを包接する様子
2.3. 水溶化シクロデキストリン
2
ブドウ糖やショ糖など,通常,糖質の水への溶解度は非常に高い.しかし,天然型シク
ロデキストリンは隣接する水酸基との水素結合の為,3 種のシクロデキストリンの中では最
も高い水溶性を有するγ-シクロデキストリンであっても,その溶解度は 25℃において水
100 mL に 23 g であり,油性物質を包接した場合は,一般的にその溶解度はさらに低くな
る.そこで,水への溶解度を改善するためにシクロデキストリン化学修飾体が製造されて
いる.シクロデキストリンの水溶性を向上させる方法として隣接する水酸基をメチル基や
アセチル基などでエーテル化やエステル化する方法がある.具体的には部分メチル化β-シ
クロデキストリンやモノアセチル化β-シクロデキストリンが工業的に生産されている.
2.4. 包接能の評価について
今回の実験ではゲスト分子としてカルボン酸を用いる.シクロデキストリン及び水溶化
シクロデキストリンの包接能の評価については包接化合物に含まれているカルボン酸をア
ルカリで滴定することで求めることができる.
3. 実験
3.1 試薬³⁾
・アジピン酸
分子式:C6H10O4
分子量:146.4
m.p.:153 ℃
b.p.:337.5 ℃
アジピン酸
・クエン酸
分子式:C6H8O7
分子量:192.13
m.p.:156~157 ℃
クエン酸
・シュウ酸
分子式:C2H2O4
分子量:90.04
m.p.:189.5 ℃
シュウ酸
3
・β シクロデキストリン
分子式:(C6H10O5)7
分子量:1135.00
・n-ブタノール
分子式:C4H10O
分子量:74.12
β-シクロデキストリン
b.p.:117.9 ℃
・エタノール
分子式:C2H6O
n-ブタノール
分子量:46.07
m.p.:-114.5 ℃
b.p.:78.33 ℃
・水酸化ナトリウム
組成式:NaOH
分子量:40.00
m.p.:328 ℃
b.p.:1388 ℃
・無水オクタン酸
分子式:C₈H₃₀O₃
分子量:270.41
無水オクタン酸⁶⁾
m.p.:-1℃
・濃硫酸
分子式:H₂SO₄
分子量:98.08
m.p.:10.4 ℃
3.2 使用器具
300 mL ビーカー,メスフラスコ,ピペット,三角フラスコ,吸引漏斗,吸引瓶,ビュレッ
ト,スタンド,ボウル,ガラス棒
4
3.3 実験操作
3.3.1 エステル化シクロデキストリンの合成 ⁵⁾
1)三角フラスコにβ-シクロデキストリン 1 g を入れ,これに無水オクタン酸 0.25 mL を加
える.
2)触媒として 2-3 滴の濃硫酸を添加し,攪拌する.
3)約 10 分間放置してフラスコを氷桶に入れて冷やし,ガラス棒でフラスコの壁を強くこす
り結晶を析出させる.
4)水 20 mL を加えさらに氷桶で冷やしながら残る結晶を析出させる.
5)この結晶を濾分し,水で洗ってから取り出して乾かして結晶を得る.⁵⁾
3.3.2 包接化合物の形成
1)β-シクロデキストリン 1 g を水 100 mL に溶解させる.
2)ピペットで 1 mL のカルボン酸を加え,コルク栓をして静置する.
3)1 週間程静置し,包接化合物を吸引濾過する.
4)上記の操作をカルボン酸(酢酸,シュウ酸,クエン酸)で行う.
5)エステル化シクロデキストリンで同様の実験を行う.
3.3.3 包接能の測定
1)よく乾燥した包接化合物約 1 g をメスフラスコで 100 mL 溶液とする.
2)この溶液 20 mL にフェノールフタレインを指示薬として,20 mL 加え 0.1 M 水酸化ナト
リウム標準溶液で滴定する.⁴⁾
3.3.4 溶解度の測定
1)100 mL の水に 5 g の β-シクロデキストリンを溶解させる.
2)沈殿をろ過し,乾燥して重量を測定する.
3)エステル化 β-シクロデキストリンで同様の作業を行う.
参考文献
1) 竹本喜一,包接化合物の化学,東京化学同人,1969,p2
2) 辻堅司,シクロデキストリンの応用技術,株式会社シーエムシー出版,2008,p3-p9
3) 大木道則,大沼利昭,田中元治,千原秀明,化学大辞典,東京化学同人,1989
4) 発田寿々子,教養の化学実験第 2 版,学術図書出版社,2014,p119
5) 南篠正男,先生と生徒のための化学実験,共立出版株式会社,1986,p155
6) 「 chemical book 」,〈 www.chemicalbook.com/chemicalProductPropert_JP_CB 〉,
(2015/4/18 アクセス)
5
東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015 年度春輪講書
ダブルネットワークの合成と評価
木曜班
Onizuka.M(2C),Tanaka.R(2C),Yamamoka.H(2K), Ohira.M(2K)
1.背景
現在高分子ゲルは紙おむつの高吸水性樹脂やソフトコンタクトレンズなど私たちの生
活において活躍している.しかし,高分子ゲルは不均一な構造なため一般的に機械的強
度が弱いという欠点がある.高分子ゲルの強度面での弱点を克服するために,従来では
ゲルの構造を均一化して強度を上げるというアプローチがとられてきた.
しかしながら材料の弾性とじん性は反相する因子として働く.つまり,大変形に耐え
られるゲルは弾性率を犠牲とし,高弾性のゲルは小さい変形で破壊される.
そこで,私達木曜班は前述の問題の解決策と成り得るものとしてダブルネットワーク
ゲル(DN ゲル)について注目した.
2.目的
既存に作られている DN ゲルは溶媒に水を用いたハイドロゲルである.DN ゲルはその
強度や柔軟性により生体内での人工関節に使用することが期待され研究がおこなわれて
いる.木曜班では DN ゲルを生体内の関節だけでなく機械の関節部の摩擦軽減材料として
の使用を提案する.しかし従来の DN ゲルは溶媒が水であることにより,水の沸点である
100℃以上の条件下では性能の低下が問題視され,高温になりうる機械への応用が困難で
ある.
溶媒を水から有機溶媒に変更することで高温条件下でのゲルの機能維持を試みるとと
もに,使用するモノマーを変更しその機能性を検討する.
3.原理
3.1 DN ゲル
3.1.1 ゲルの脆弱性
一般的なゲルは,ゼリーや豆腐のように,僅かな力を加えただけで簡単に壊れるほど
弱い.この理由は 2 つの現象により説明することができる.
1)ゲルの内部に多数の欠陥が存在する.
2)欠陥から発生した初期亀裂が容易に伝播する.
前者は,ゲル内部の構造が不均一であることに由来する.ゲル合成時におけるモノマ
ーと架橋剤の反応性の違いにより不均一な重合がおこる,あるいはゲル化溶液内の濃度
揺らぎが重合によって固定されることだと考えられている 1).こうしたゲルに力を加えた
1
時にゲルの弱い部分に力が集中してしまうため小さな力でも初期亀裂が生じてしまう.
後者はゲル内部のポリマーの密度の低さから生じる.一般的に,物質内における亀裂
の進みやすさは破壊エネルギーU(J/m2(
) 単位面積あたりの破断面形成に費やされる仕事)
によって評価される.架橋高分子材料の臨界破壊エネルギーUc(亀裂成長が起こる最小
の破壊エネルギー)は,破断面の高分子鎖の数密度と架橋点間分子量に比例する 2).つま
りゲルのじん性(物質の破壊に対する抵抗の程度で,粘り強さとも言い換えられる 3))はゲ
ル内のポリマーの密度には比例し,架橋密度には反比例することがわかる.
ゲルは 50~99wt%の溶媒を含んでいて,高分子の密度が非常に低い物質であるため,ゲ
ルの Uc はゴムなどの固体に比べてかなり小さいことが考えられる.
これまでの高強度ゲル研究は主に前者の問題を解決する,すなわち構造を均一化するこ
とでゲル内部の欠陥を極力減らして強度を改善しようという観点から行われてきた.
3.1.2. ゲルの弾性率
高分子鎖が三次元架橋されたゲルはゴムと同じようにエントロピー弾性を持つ.溶液
中に完全に湿潤した電気的に中性ゲルのせん断弾性率(横方向に対するバネ係数 4)であり
Young 率 E と E=3G の関係式が成立する)は
Gneu ≅
kB T
b3
(1)
-2.25
Q
以上の式で表せられ,ゲルの湿潤度 Q の増加にともないせん断弾性率Gneu は大きく低下
する.ここでkB はボルツマン定数,T は温度,b は重合させたモノマーの大きさである 5).
一方,溶液中に完全に湿潤した電解質ゲルのせん断弾性率は
Gcha ≅
kB T
b3
(2)
-1
Q
によって表せる 6).よって同じ湿潤度において電解質ゲルは中性ゲルよりせん断弾性率が
高いことが分かる.
また,ゲルの湿潤度は架橋点重合 N(分子量)による.溶液中に完全に湿潤した中性ゲル
の場合Q≈N3/5 であり,電解質ゲル場合,Q≈N3/2 である.したがって,架橋密度を上げる
ことによりゲルの湿潤度が小さくなり,せん断弾性率が上がる 3),4).
3.1.3 ゲルの破断歪と破断応力
架橋構造が均一と仮定した理想的なゲルの破断歪(ゲルが破壊するまでの変形 7))は,架
2
橋点間高分子の伸びきった長さと,高分子鎖に歪がない曲がった自然な状態での大きさ
の比として求められる.溶媒中で完全に湿潤した中性ゲルの引っ張り破断歪はλB ≅Q1/2で
あり,Q の増加により増加する.一方,湿潤することにより,単位面積あたりの高分子
の本数が減るため破断応力は湿潤度 Q が大きくなることにより減少する.故に,Q が大
きいゲルは伸びやすいが,弱い応力で壊れる.
電解質ゲルの場合,高分子鎖はその解離しているイオンの浸透圧によって,水中では
ほとんど伸びきった状態となっている.その結果,理想状態においても破断歪はλB ≅Q1/9
になる.これは破断歪が小さく,かつ湿潤度にあまり依存しないことを意味している 5).
以上のことより
1)架橋密度を上げる(架橋点間分子量を下げる)ことで,ゲルが固くて脆くなる.
2)水中に完全に湿潤した高分子電解質ゲルは中性のゲルより硬くて脆い.高弾性と変形は
相反するということが考えられる.
3.1.4 DN ゲルの高強度機構
DN ゲルは強電解質をモノマーとする 1st network ゲル,電気的に中性なモノマーを用
いる 2nd network ゲルを組み合わせることにより生成される.前述した通りゲルにおける
弾性と靭性は常に相反する働きをする.それゆえに,単一な物質で両方の性質を得るこ
とは原理的には不可能である.同じ湿潤度において電解質ゲルと中性ゲルのせん断弾性
1.25
率の比はGcha /Gneu ≅Q
であるために,両者の違いは湿潤度 Q が高いほど大きくなる.
この性質を利用することにより,電解質ゲルは硬い成分,中性ゲルは軟らかい成分とし
て用いることができる.
亀裂を含む DN ゲルがある引張荷重を受けると,応力集中の効果で最初に亀裂先端近傍
の電解質網目(1st network)が破壊され,局所的にゲルが降伏する.荷重がますと電解質網
目の破壊が次々に伝播し,広範囲にわたるダメージゾーンが形成されていく.この過程
で非常にいい気なエネルギーが分散される.ダメージゾーンがある大きさまで広がった
とき,ようやく亀裂先端に中性網目(2nd network)が十分に伸びて切断し,亀裂が進行す
る 8).
3
Fig. 1 DN ゲルの破壊モデル 9)
3.2 光ラジカル重合
3.2.1 光分解
光重合開始剤に UV を当てることにより,開裂がおきラジカルが発生する.本研究にお
いては 1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンを用いる 10).
ℎ𝜐
Scheme1 1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトンの開裂 10)
4
3.2.2 開始反応
UV を当て光開裂により生じたラジカルがビニル基の二重結合を攻撃し,光重合開始剤
と炭素の間に σ 結合を作り,炭素原子にラジカルが存在することになる.
Scheme2 ラジカルの生成
3.2.3 成長反応
Scheme2 で生成したラジカルが他のモノマーを攻撃し,σ 結合を生じる.それが何回
も起こることにより分子鎖が成長する 6).
Scheme3 分子鎖の成長
3.2.4 停止反応
Scheme 3 で成長した成長ラジカル同士が σ 結合を作り分子鎖が生成する 7).
Scheme4 分子鎖の生成
4.実験
4.1. DN ゲルの合成
4.1.1 使用器具・試薬
ビーカー,乳鉢,乳棒,薬さじ,UV ライト,デシケーター
2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸
分子式:
C7H13NO4S
式量:207.24
融点:160 ℃
用途:1st network ゲルのモノマー
5
アクリル酸
分子式:C3H4O2
式量:72.06
融点:12.3 ℃
沸点:141.6 ℃
比重:1.0511
危険性:引火性(発火温度 360 ℃)
用途:1st network ゲルのモノマー
アクリロニトリルの加水分解,アクロレインの酸化,ニッケルカルボニルの存在下ア
セチレンと一酸化炭素と水との反応などにより合成される,酢酸に似た刺激臭を持つ液
体.水,エタノール,エーテルによく溶ける.酸素の存在下,容易に重合する.プラス
チックの原料として用いられる.
アクリルアミド
分子式:C3H5NO
式量:71.08
融点:84.5 ℃
沸点:103 ℃
比重:1.122
用途:2nd network ゲルのモノマー
アクリルニトリルを硫酸あるいは塩酸を処理して得られる.フレーク状の結晶.溶解
性(g/100 ml 溶媒,30 ℃):水 215.5,メタノール 155,エタノール 86.2,アセトン 63.1,
酢酸エチル 12.6,クロロホルム 2.66,ベンゼン 0.346,ヘプタン 0.0068.化学的に不安
定で冷暗所に保存する必要がある.融点付近あるいは紫外線下で重合する.重合の仕方
により水溶性,不溶性のものが得られる.
酢酸ビニル
分子式:C4H6O2
式量:86.09
融点:-93.2 ℃
沸点:72.3 ℃
比重:0.9317
用途:2nd network ゲルのモノマー
無色の液体,酸やアルカリよって容易に加水分解されてアセトアルデヒドと酢酸を生
じる.熱,光,ラジカル開始剤によって重合する.
6
メタクリル酸メチル
分子式:C5H8O2
式量:100.12
融点:-48 ℃
沸点:100.3 ℃
比重:0.936
用途:2nd network ゲルのモノマー
無色透明で催涙性の芳香のある液体.工業的にはアセトンシアノヒドリンにメタノー
ルと硫酸を作用させて合成する.実験室的には,メテクリル酸メチルの重合物を 320 ℃
以上で乾留すると得られる.一般に有機溶媒には溶けるがエチレングリコール,グリセ
リンには溶けにくい.重合しやすいので,重合禁止剤としてヒドロキノンモノメチルエ
ーテル(65 ppm)を添加して保存する.有機ガラスの製造,ビニル系共重合体など広く
重合反応に用いられる.また,メチル以外のアルコールのメタクリル酸エステルの合成
にも用いられる.
N,N'-メチレンビスアクリルアミド
分子式:C7H10N2O2
式量:154.17
融点:300 ℃
用途:架橋剤
1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン
分子式:C13H16O2
式量:204.27
融点:47-50 ℃
用途:光重合開始剤
最大吸収波長は 260 nm 付近にある.
エチレングリコール
式量:62.07
融点: -12.6 ℃
沸点:197.6 ℃
比重:1.1132
7
用途:ゲル溶媒
重要な二価アルコールでエチレンオキシドの酸触媒による開環,高温,高圧下,水と
の反応による開環などによって合成される.吸湿性,無色,無臭の液体.甘味を有する
が有毒である,高沸点を有ししかも水酸化カリウム,水酸化ナトリウムを溶解し,水や
エタノールと任意の割合で混合するので,有機合成における溶媒として広く用いられ,
また,塩基に対して安定なエチレンケタールの生成によるカルボニル基の保護に用いら
れる.さらに,酢酸ビニル系樹脂の溶剤や,水と混ざり,高沸点のため不凍液に用いら
れるなど広い用途を持っている.
4.1.2 1st network ゲルの作成
1) 1st network ゲルのモノマー(電解質モノマー),架橋剤(N,N'-メチレンビスアクリルア
ミド)と光重合開始剤(1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン)を水に溶解させた水
溶液を調製する.
2) UV を 8 時間照射して光ラジカル重合をさせる.
3) 2)で合成した電解質ゲルを乳鉢に入れ適当なサイズに砕いた後,デシケーター内で一
週間ほど乾燥させる.
4.1.3 水溶媒 DN ゲルの作成
1) 2nd network ゲルのモノマー(中性モノマー),架橋剤(N,N'-メチレンビスアクリルアミ
ド),光重合開始剤(1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン)をエチレングリコールに
溶解させた溶液を調製する.
2) 乾燥した電解質ゲルを 1)で調製した水溶液に入れ電解質ゲルを十分に膨らませる.そ
の後,UV を照射し中性モノマーを光ラジカル重合させる.
4.1.4 エチレングリコール DN ゲルの作成
1) 2nd network ゲルのモノマー(中性モノマー),架橋剤(N,N'-メチレンビスアクリルアミ
ド),光重合開始剤(1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン)をエチレングリコールに
溶解させた溶液を調製する.
2) 乾燥した電解質ゲルを 1)で調製したエチレングリコール溶液に入れ電解質ゲルを十分
に膨らませる.その後,UV を照射し中性モノマーを光ラジカル重合させる.
4.2 DN ゲルの評価
4.2.1 引っ張り試験
使用するモノマーの変化によるゲルの性質の差を評価する.引っ張り試験は
JIS-K-6251-7 号に準拠する方法で測定する.
8
1)DN ゲルを X 方向の長さ 50 mm,Y 方向の長さ 7.5 mm,Z 方向の長さが 2.5 mm の大
きさに成形する.
2)その一端部に X-Y 平面に平行な切込みを入れて2つの引張端部を形成する.
3) 引張端部を片方は固定しもう片方を一定の速度で引っ張る.このときの引っ張る力 F
を測定する.
Fig. 2 引っ張り試験 13)
4.2.2 摩擦試験
使用するモノマーの変化,溶媒の変化によるゲルの性質の差を評価する.
摩擦試験は東京理科大学工学部第一部機械工学科佐々木研究室に依頼する予定である.
用いる機械は SVR4 パーカー熱処理工業株式会社製であり,180℃での高温での摩擦係
数の測定が可能である.
摩擦測定は常温(20 ℃)と高温(100 ℃)で測定することを予定している.
9
5. 展望
5.1 DN ゲルの合成
・実験操作は溶液を調製した後,UV 照射するという簡易な手順なので合成は比較的早い
段階で成功すると考えられる.
・1st network ゲル合成に使うのは電解質モノマーなため,水溶液のモノマーの濃度が低
いと湿潤度 Q が大きくなりせん断弾性率が下がり,剛性が弱いゲルが出来上がると考え
られる
・架橋剤を多く使用すると,架橋密度を上がるので 2nd network ゲルが入り込む空洞が小
さくなる.そのために,架橋剤が多すぎると高弾性のゲルが生成できると考えられる.
また,
同様な考えで 2nd network モノマーが含まれている水溶液に乾燥させた 1st network
ゲルを入れる量が多くても高弾性のゲルが生成できると考えられる.
5.2 DN ゲルの物性
ゲルの高分子網目は基板から離れようとするときに,ゲルと基板の間に僅かな溶媒層
が生じる.この状態では溶媒層が潤滑油のような働きをして,生じる摩擦力は小さなも
のとなる.ゲル周辺が高温な状態では,この溶媒層が水の場合は蒸発してしまうので摩
擦力は増大すると考えられる.溶媒を水からより沸点の高いエチレングリコールなどに
変えれば摩擦力は増大することはないと推測される 14).
10
参考文献
1) J. Bastide and L. Leibler,Macromolecules,1988,21,2647
2) G G. J. Lake and A. G. Thomas,Proc. R. Soc. LondonA,1967,300,108
3)越後亮三, 機械工学辞典, 朝倉書店, 2007, p631
4) 伊藤勝悦, やさしく学べる材料力学, 森北出版, 2014, p14
5)S.P.Obukhov,M.Rubinstein and R.H.Colby ,Macromolecules, 1994,27,3191-3198
6)M.Rubinstein,R.H.Colby,A.V.Dobrynin and J.Jaonny,Elastic,Macromolecules,1996,29,398-406
7) 大 阪 府 立 大 学 , 基 礎 講 座 : 材 料 の 強 度 と 破 壊 ,
http://www.engm.mtr.osakafu-u.ac.jp/research/strength-ja.pdf,2015.4.13 取得
8)聾剣萍「生命科学時代の新材料-高弾性・高靱性ダブルネットワークゲル」
,高分子学会,
『高分子』
,高分子科学最近の進歩,58 巻 5 号,2009,p327-p331
9)Y.Tanaka,Europhys.Lett,2007,78,56005
10)蓮池幹治,ラジカル重合ハンドブック,エヌ・ティー・エス,2010,p444-p445
11)大津隆行,ラジカル重合(Ⅰ),化学同人,1971,p80-p81
12)大津隆行,ラジカル重合(Ⅰ),化学同人,1971,p153-p154
13)聾剣萍,高分子ゲルおよびその製造方法,特開 2009-185156. 2008-02-05.
14) 角五 彰,龔 剣萍,長田義仁,
「ゲルの摩擦と水和潤滑~生物の滑らかな運動解明への
アプローチ」
,日本生物物理学会,
『生物物理』
,47 巻 4 号,2007,p 253-p258
11
東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015 年度春輪講書
耐塩性の高い新規化粧品用増粘剤の開発
2015 年度金曜班
Nomata N(2OK),Seki M(2OK),Tin J(2OK),Takahashi R(2C),Watanabe A(2K),
Asai D(2K), Nishimiti D(2K),Yamamoto R(2K).
1.
動機
化粧品において増粘剤の果たす役割は非常に大きい.
化粧品にはクリーム状のモノが多くあり,その整形には増粘剤が必要不可欠である.
また,増粘剤は製剤だけでなく密閉効果や水和効果によって薬剤を皮膚に効率的に輸
送することに役立っている.
この増粘剤であるが一つ課題があり,アスコルビン酸塩(ビタミン C)のようなクロロ
基を持つ塩系薬剤をゲル中に含む場合,経時によってべたつきといった使用感の悪化
につながるといった弱点がある.この問題の解決のために塩系薬剤への耐性の高い増
粘剤の開発が望まれている.
塩系薬剤の高い美容効果からこの問題の解決に対する化粧剤企業のニーズは高く,こ
の問題は長く研究が続けられていたが,近年,資生堂が逆相マイクロエマルション重
合法によって µ スケールの粒状高分子を多数合成することによりできる増粘剤が高い
耐塩性を持ち,使用感もよいことを発見したが,この粒状高分子増粘剤には未だ試み
られていないモノマーが多くある.
そこで今年度の金曜班では,この逆相マイクロエマルション重合法において,未だ
試みられていない親水基を持つモノマーを利用して新規の増粘剤をつくることで,粒
状高分子による増粘剤の耐塩性と肌触りと親水基の関係を調べ,応用化に利すること
ができるのではないかと考え,実験を行うこととした.
2.
背景
増粘剤とは水溶液をゲル化するために添加される物質であり,化粧品において広く
用いられている.この増粘効果は従来では,高分子鎖同士の分子間力や架橋で生じる
網目構造の結果生じる液中の摩擦力によるものである.
動機で述べたように μ スケールの粒状高分子が増粘剤として良質であることがわか
っている.ただし,粒状高分子の形状は反応場であるセッケンミセルの大きさだけで
なく親水基やポリマーを構成する原子同士の分子間力によって変わる高分子の立体構
1
造にも影響されている.
また,粒状高分子の正確な一次構造を把握することは大変難しいことであるので,
応用化のためには高分子の一次構造でなく,モノマーによって粒状高分子特性の変化
を調べることが重要である.
さらに,従来用いられているポリマーがスルホ基とカルボキシル基を親水基とする
ものしか存在しない.
以上の三点から,酸以外の親水基をもつモノマーで増粘剤を合成したとき,その性
質はどうなるかを調べることでより製品として利用価値が高い粒状高分子増粘剤を合
成することができるのではないかと考えた.
そこで,新規モノマーとしては対照実験を行うために,アクリルアミド系モノマー
でかつ 2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸のスルホ基と同じ炭素骨格の先
端に親水基が存在するものとして,N-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミド, (3-アク
リルアミドプロピル)トリメチルアミニウムクロライドを用いて,それぞれ親水基が酸
ではなくヒドロキシ基である場合,親水基がアニオンではなくカチオンである場合に
ついて研究を行うこととした.
この二種の以外にも水溶性のアクリルアミドポリマーは存在するが上記の条件を満
たさない,または高価であるため本実験では用いないこととした.
Fig.1 N-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミド
Fig.2 (3-アクリルアミドプロピル)トリメチルアミニウムクロライド
2
3.
3.1.
原理
一般的な液体の粘性
溶液の粘性は一般論では,以下のように表される.
Fig.3 のように XY 平面を取り,液面に平板を用意し,引っ張った時挟まれた溶液内
𝑉
には図のようなせん断流動が発生する.
高さ Y でのせん断速度は( ) 𝑦で与えられる.
𝑑
この時,平板に挟まれた溶液を薄層の集まりと考えると隣り合う薄層間に摩擦が生
じる.この内部摩擦力が粘性力である.ずり速度勾配が十分に小さければ平板の単位
面積当たりに生じる粘性力 Fv0 はその勾配 V/d に比例する.すなわち,以下の式で表
され,𝜂0 を粘性係数と呼ぶ.この値は溶媒固有である 1).
𝑉
𝐹𝑣0 = 𝜂0 ( )
𝑑
Fig.3 溶液ずりせん断図
3.2.
増粘剤の粘性
増粘剤の多くは,低分子の液体に高分子を溶かすと著しく粘性が高くなる性質を利
用している.
この粘性の発生するメカニズムは下の Fig.4 において平板間の溶液を薄層に分けた
際,高分子鎖は溶液の移動に伴って回転する.このとき,溶液中の薄層は薄層間の摩
擦以外に高分子鎖との間にも摩擦が生じている.この摩擦の増加が粘性力の増加とな
る 2).
3
Fig.4 高分子による粘性増加
また,高分子鎖同士が分子間力によって結びつき三次元構造を形成することで,内
部摩擦力は一層大きくなる.このため,高分子による増粘効果は顕著である.
架橋高分子では三次元構造が高分子鎖同士の分子間力による形成よりも強いものと
なるので,増粘効果及びレオロジー特性に優れる 3).
3.3.
塩系薬剤による粘性劣化のメカニズム
塩系薬剤とはビタミン C (アスコルビン酸塩)のようにクロロ基をもつ薬効物質のこ
とである.
このクロロ基が直鎖高分子や架橋高分子がポリマー間で形成する三次元網目構造
を破壊することによって増粘効果を消失させ,内容物の流失によるべたつきを生じさ
せる 3).
3.4.
粒状高分子の粘性
粒状高分子の粘性について粒状高分子はその粒経が小さいほど体積に対する表面
積が増え,溶液内での内部摩擦力が大きくなる.
また,粒子同士が摩擦力を元に網目構造を形成するため.網目構造の構成要因が直
鎖高分子や架橋高分子の高分子増粘剤と異なっている 4).
3.5.
逆相マイクロエマルション重合法
後述する転相温度乳化法を用いて形成した5 μm~30 μm 形成したマイクロエマル
ション内において水溶性のモノマーを利用して行う乳化重合法の一種,容易に極小の
4
ポリマーを合成することができる 5).
3.6.
界面活性剤の概略
界面活性剤とは分子の構造が,水になじみやすい部分(親水基)と油になじみやすい
部分(新油基)からできていて,2 つの物質の間の界面に集まりやすい性質を持ち,そ
の界面の性質を著しく変える物質というのが界面活性剤の定義である.
代表的な界面活性剤の特徴は界面における「吸着」と「ミセル形成」である 6).
もうひとつの代表的な作用として「可溶化」もある.
3.7.
エマルションの形成
界面活性剤に有機溶媒が取り囲まれて,水に可溶化されたとき水溶液中に存在する
有機溶媒を界面活性剤が取り囲んだ液滴のことを O/W エマルションと呼ぶ.
有機溶媒中に水が可溶化される場合,W/O エマルションと呼ぶ.
3.8.
ノニオン界面活性剤
非イオン界面活性剤とも言う.界面活性剤の内,解離基を持たず電気的に中性な
界面活性剤で親水基は主にポリオキシエチレン基である.その特殊な性質上他の種類
の界面活性剤に無い性質として曇点と転相温度を持つ. 今回使用するノニオン界面
活性剤はポリオキシエチレンオレイルエーテルであり.基本式は以下のような形にな
る 7).
R-O(CH2CH2O)n-H
Scheme 1 ポリオキシエチレンオレイルエーテルの基本式
3.9.
曇点
曇点とは透明な液体が相分離を起こして白濁する温度のこと.
本実験においてはノニオン界面活性剤が加温によって界面活性効果を失い,相分離
によって白濁する温度のこと 8).
3.10. 転相温度乳化
ノニオン界面活性剤は加温によって界面張力が変化し W/O 型エマルションから
O/W 型に変化する.この変化点のことを転相温度と言い,転相温度において界
5
面張力が最低になっているので溶液エマルションが極小になる.
また,この転相温度は界面活性剤に固有の値となるので,二種の比較的性質の
近い界面活性剤を混合することで転相温度を操作し,適切な温度で5 μm~30 μm
程度の直径を持つエマルションを作成する方法を転相温度乳化法と呼ぶ 10).
3.11. ラジカル重合
開始剤を用いてラジカル種を生成して行う重合法のことをラジカル重合法と言う.
開始剤の分解要因によって熱,光,放射線ラジカル重合の三つに分けられる 10).
3.11.1. ラジカル重合を構成する四反応
ラジカル重合は 4 種類の反応が同時並行的に起こる.それぞれ以下の通りである 11).

開始反応
開始剤が熱,光,放射光などの要因によってラジカル開裂を起こしラジカル種を
生じさせる反応

成長反応
ラジカル種がモノマーと反応することでモノマー新たなラジカル種が生成する
反応,これが連続することでポリマーが合成される.

停止反応
連鎖していた成長反応が止まる反応,主にラジカル種同士の反応による.

連鎖移動反応
ラジカル種がモノマー以外の分子,主に溶媒分子等と反応することでポリマー以
外の物質を合成する副反応
3.11.2. 乳化重合
乳化重合はモノマー液滴と呼ばれる,モノマーを大量に保存しているエマルシ
ョンと反応場となる極小のセッケンミセルの二つの構造を持つ溶液中で行う不均
一系ラジカル重合の一種である 12).
成長反応が一段階進むたびにモノマー液滴から拡散の理論式に従って,モノマ
ーがミセル内に移動する.この一連の反応を繰り返して反応が進む 13).
そのため,種々のラジカル重合法と比較して,以下の特長がある 13).

セッケンミセル内に存在するラジカルが常に一つであるため,停止反応が
6
起こりにくく,比較的重合度の高いポリマーが生成しやすい.

反応速度が拡散作用によって律速され,かつセッケンミセルの周囲を大量
の溶媒分子が囲んでいるため除熱が容易であるという理由から熱暴走を起
こしにくいという利点がある.

ミセル内で重合するため,合成した高分子が絡まりやすく粒状の分子が作
成できる.
Fig.5 乳化重合模式図
3.12. MS(質量分析法)
質量分析法とは,分子の質量すなわち分子量を測る手段でもある.また分子を分解
したフラグメントの質量を測ることによって,分子構造に関する情報を得るものでも
ある.
高エネルギー電子が有機分子にぶつかると,分子から電子がはじき出せれ,カチオ
ンラジカルが発生する.
𝐑𝐇 → 𝐑𝐇 .+ +𝐞−
Scheme 2 カチオンラジカルの発生
電子の衝突により大量のエネルギーが分子に与えられることで大部分のカチオン
ラジカルを生成した後,フラグメントに分解する.フラグメントは小さな破片となっ
て浮遊し,正電荷や中性となる.
このカチオンラジカルとフラグメントについて m/z 値を横軸,相対強度を縦軸につ
いて取ったグラフから質量スペクトルを読み取る 14).
また,MS(質量分析法)はイオン化の方法などによりいくつかに分けられ,今回使用
したいのは高分子試料でもほとんどフラグメンテーションを起こさないソフトなイ
7
オン化法である MALDI 法 15)である.
3.12.1. MALDI 法(マトリックス支援レーザー脱離イオン化法)
試料を 2,5-ヒドロキシ安息香酸のような適切なマトリックス上に吸着させて,
ペレットを作成し,レーザー光を短時間照射してイオン化する.
エネルギーがマトリックスから試料に移動し,[𝑀 + 𝐻𝑛 ]𝑛+ に分解される 15).
MALDI 法にはよく TOF 型の MS が用いられている.
4.
4.1.
実験
2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸を用いた既存化粧品用増粘剤の合成
4.1.1. 使用器具,試薬
温度計,ウォーターバス,ビーカー,薬さじ,デシケーター
・ジメチルアクリルアミド
式量:99.13
沸点:81℃
発火点:71℃
LD50(経口)
:316mg/kg
LD50(経皮)
:580mg/kg
製造:和光純薬工業株式会社
・2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸
式量:207.25
融点:200℃
LD50(経口)
:5400mg/kg
製造:和光純薬工業株式会社
・N,N-メチレンビスアクリルアミド
式量:156
沸点:445.1℃
発火点:215℃
LD50(経口)
:390mg/kg
製造:東京化成工業株式会社
8
・へプタン
式量:100.2
沸点:98℃
引火点:-4℃
水に不溶
製造:昭和化学
・2-プロパノール
式量:60
沸点:82℃
発火点:12℃
LD50(経口)
:区分外(GHS 分類)
LD50(経皮)
:区分外(GHS 分類)
製造:昭和化学
・ペルオキソ二硫酸アンモニウム
式量:228.20
冷水に易溶、保存湿気厳禁
重合開始罪、乳化重合、レドックス重合に用いられる
製造:和光純薬工業株式会社
4.1.2. 実験手順
① ビーカーにイオン交換水,ヘプタン,ポリオキシエチレンオレイルエーテル(2),
(8)をそれぞれ,50.7 mL, 50.7 mL,4.89 g((2):(8)=2:3)加えて良く撹拌したも
のを入れる.
② その後,その後温度調節機能つきスターラーに乗せ,白濁するまで加熱する.
白濁した液が透明化するまで温度を落とし,電気伝導率計を用いて溶液が転
相温度付近に保たれていることを確認する.
③ 以上の操作が済んだ重合系溶液を丸底フラスコに移した後,丸底フラスコを先
ほどのスターラーと同じ温度にしたウォーターバスに移し,2-アクリルアミド
-2-メチルプロパンスルホン酸,
N,N ジメチルアクリルアミドをそれぞれ 1.37 g,
2.62 g 入れ,窒素ガスで丸底フラスコ内の酸素をパージする.最後に重合開始
剤としてメチレンビスアクリルアミドを 0.05 g 加えて 4 時間重合する.
9
④ 重合反応終了後,系に過剰量のアセトンを加えミクロゲルを沈殿回収する. さ
らにこの沈殿を 2-プロパノールで再膨潤させた後さらにアセトンを加えて再沈
殿させる.この工程を 3 回繰り返し, 重合系に含まれる界面活性剤および未反
応モノマーを除去する.得られた沈殿はデシケーター内にて乾燥させる.
4.2.
N-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミドを用いた新規化粧品用増粘剤の合成
2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸を誘導体と入れ替える以外の
操作は 4.1 に準ずる.
親水基による増粘性の変化を観察するため架橋剤のモノマーに対する濃度比
は 2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸を使用したポリマーが最も増
粘効果の高くなると報告された濃度比を用いる.
4.2.1. 使用器具,試薬
使用器具は 4.1 に準ずる.
試薬
・N-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミド
式量:115.13
沸点:130℃
発火点:189℃
製造:東京化成工業株式会社
4.2.2. 実験手順
① 4.1.2
①,②と同じように重合系を作成する.
② 以上の操作が済んだ重合系溶液を丸底フラスコに移した後,丸底フラスコを先
ほどのスターラーと同じ温度にしたウォーターバスに移し,N-(2-ヒドロキシエ
チル)アクリルアミド,N,N ジメチルアクリルアミド,をそれぞれ 0.76 g,2.62
g 入れ,窒素ガスで丸底フラスコ内の酸素をパージする.最後に重合開始剤と
してメチレンビスアクリルアミドを 0.05 g 加えて 4 時間重合する.
③ 重合反応終了後,系に過剰量のアセトンを加えミクロゲルを沈殿回収する. さ
らにこの沈殿を 2-プロパノールで再膨潤させた後さらにアセトンを加えて再沈
殿させる.この工程を 3 回繰り返し, 重合系に含まれる界面活性剤および未反
応モノマーを除去する.得られた沈殿はデシケーター内にて乾燥させる.
10
4.3.
(3-アクリルアミドプロピル)トリメチルアミニウムクロライドを用いた新規化粧品用
増粘剤の合成
2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸を誘導体と入れ替える以外の操作は
4.1 に準ずる.
親水基による増粘性の変化を観察するため架橋剤のモノマーに対する濃度比は 2-ア
クリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸を使用したポリマーが最も増粘効果の高く
なると報告された濃度比を用いる.
4.3.1. 実験器具
実験器具は 4.1 に準ずる
試薬
(3-アクリルアミドプロピル)トリメチルアミニウムクロライド
式量:220.74
沸点:100℃
製造:東京化成工業株式会社
4.3.2. 実験手順
① 4.1.2
①,②と同じように重合系を作成する.
② 重合系溶液を丸底フラスコに移した後,丸底フラスコを先ほどのスターラーと
同じ温度にしたウォーターバスに移し, (3-アクリルアミドプロピル)トリメチ
ルアミニウムクロライド,
N,
N ジメチルアクリルアミド,
をそれぞれ 1.
23 mL,
2.62 g 入れ,窒素ガスで丸底フラスコ内の酸素をパージする.最後に重合開始
剤としてメチレンビスアクリルアミドを 0.05 g 加えて 4 時間重合する.
③ 重合反応終了後,系に過剰量のアセトンを加えミクロゲルを沈殿回収する. さ
らにこの沈殿を 2-プロパノールで再膨潤させた後さらにアセトンを加えて再沈
殿させる.この工程を 3 回繰り返し, 重合系に含まれる界面活性剤および未反
応モノマーを除去する.得られた沈殿はデシケーター内にて乾燥させる.
5.
評価,分析
耐塩性の高い増粘剤の耐塩性と使用感と親水基との関係を評価するために以下の二
つの測定を行い,評価する.

増粘剤の耐塩性の評価のために塩酸を増粘剤内部に取り込ませた状態で経時
11
による粘度の変化を観察する.

また,高分子の粘性を考える上で直鎖高分子の場合よく参考にされるのが平
均分子量であり,この値を測定することで親水基が変化した場合に平均分子
量が粒状高分子の粘性にも大きく影響するか確認する.
精密に上の測定を行うには専用の機器が必要になるため,機器メーカーの株式
会社エー・アンド・デイ様,または東京理科大学理学部応用化学科駒場研究室に,
また,高分子の性質を考える上で重要視される平均分子量及び,分子量分布に
ついては,東京理科大学化学系機器センターにある MALDI-TOF 型質量分析計を管
理者の東京理科大学理学部応用化学科の根岸先生に測定に協力していただこうと
考えている.
6.
謝辞
東京理科大学工学部工業化学科 近藤行成教授
東京理科大学理学部化学科
遠藤恆平准教授
東京理科大学理学部応用化学科 駒場慎一教授
この研究を進めるに当たり大変お世話になった先輩,先生方,企業の皆さんに感謝の
意を表明します.
参考文献
1) 小澤美奈子 基礎高分子科学 高分子学会 編
2010 年 第六版 p97,98,99
2) 小澤美奈子 基礎高分子科学 高分子学会 編
2010 年 第六版 p99,100
3) 金田 勇 逆相マイクロエマルション重合法による水膨潤性ミクロゲルの重合とその増
粘剤としての応用 2010 年
p1
4) 小林敏勝, 福井寛 きちん知りたい粒子表面と分散技術 日刊工業新聞社 p76
5) 古澤 邦夫 新しい分散.乳化の科学と応用技術の新展開 2006 p839 840 841
6) 皆川基 藤井富美子 洗剤・洗浄 百科事典 大矢勝
2007 年版 p46,47
7) 日本産業洗浄協議会編 わかりやすい界面活性剤 工業調査会 2003 p37,38,39
8) 資生堂 HP https://www.shiseidogroup.jp/rd/development/formulation.html より 2015,
4,4 取得
9) 古澤 邦夫 新しい分散.乳化の科学と応用技術の新展開 テクノシステム 2006 p321
10) 古澤 邦夫 新しい分散.乳化の科学と応用技術の新展開 テクノシステム 2006 p397,
12
398,399
11) 遠藤 剛 高分子の合成(上)~ラジカル,カチオン,アニオン重合~ 講談社 2010
12) 佐藤壽彌編 高分子微粒子の技術と応用 シーエムシー出版 2004 p25,26
13) 佐藤壽彌編 高分子微粒子の技術と応用 シーエムシー出版 2004 p27
14) マクマリー 上 8 版 東京化学同人 p403,404
15) John McMurry マクマリー有機化学(上) 第 8 版 2013 p410,411
13
3p