PDF版 - 日本英語教育史学会

2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【1】
日本英語教育史学会月報(239)
日本英語教育史学会月報
日本英語教育史学会(代表
239
2010 年 4 月 30 日
竹中龍範)
【事務局】和誠堂文庫
〒121-0011
東京都足立区中央本町 5-10-22
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[email protected]
口座(名義)日本英語教育史学会
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三菱東京 UFJ 銀行 千住中央支店
(普通) 0997182
学会ウェブサイト
http://hiset.jp/
第 229 回月例研究会 報告
2010(平成22)年4月18日(日)午後2時より、専修大学神田キャンパス(東京都千代田区神田
神保町)において第229回月例研究会が開催されました(参加者19名)。研究発表は、日比惠子氏
(滋賀短期大学)
「McGuffey's Readersの編著者William Holmes McGuffeyの経歴」
、司会は田邉
祐司氏(専修大学)でした。以下、出席者の感想、ならびに発表の概要を掲載します。
◆McGuffey の履歴についてお調べ頂きました
点でも学生には参考になったのではないかと
が、英語教育史研究の点からは課題とされた日
思います。特に、McGuffey の発音については
米での受容度の異なりの分析をウィルソン・リ
3通りの発音記号を示されたのはたいへんよ
ーダー等との比較も含め、是非進めて下さい。
かったと思います。①なじみ深い IPA 表記、②
また、同志社英学校・同女学校でこの読本が使
付加記号以外はアルファベットを用いる
われた理由なども明らかにして頂ければと思
Webster 式表記、③強勢部分は下線付加、音節
います。<Dragon>
の切れ目は h を挿入する D. Crystal 式表記の
◆有難うございました。質疑応答では様々な意
3種でしたが、とかく音声面が看過されやすい
見が出て興味深く拝聴させて頂きました。日比
ので、今回のご発表が表記への関心が高まるき
先生の今後の更なるご研究に期待しておりま
っかけになればいいですね。<TS>
す。<K.S.>
◆これまでに知られていなかった分野を開拓
◆ McGuffey's Readers の 著 者 William
したその意義は大きいと思います。エネルギー
Holmes McGuffey の伝記を中心に詳しい記述
を感じた御発表でした。<すし>
をされたので、新しい情報を得ることができま
◆明治初期に『英学蒙求』として日本に入って
した。1億2千万部も使われたということは日
来ているとのお話にたいへん興味を覚えまし
本の Jack and Betty を遙かに上回りますね。
た。近代デジタルライブラリーの画像から、読
学会当日の日曜は天気が良い行楽日和でした
本独案内に見られる発音・語義・訳順の注記が
が、会場は一杯で、司会された田邊祐司先生の
施されていることが分かります。先生が提示さ
学生さんも数名来てくれており、学会の若返り
れた McGuffey's Readers の謎とともに、今後
を感じました。見やすいハンドアウトの作成の
も関心を持ち続けたいと思います。<Horse>
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2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【2】
日本英語教育史学会月報(239)
研究発表「McGuffey's Readers の編著者 William Holmes McGuffey の経歴」
発 表 を 終 え て
日 比 惠 子
草 創 期 の 同 志 社 英 学 校 ・ 女 学 校 で McGuffey’
s
Readers が使用されていたことを知り、McGuffey へ
の関心を持ち始めました。この読本やその編著者につ
いて、日本の英語教育界ではあまり話題になっていな
いように思えましたので、今回はその編著者 William
Holmes McGuffey の経歴について発表しました。ア
メリカではよく知られている読本・人物であり、今回
は紹介しただけで、新たな知見を加えることはできま
せんでした。しかし、発表後に様々のご指摘・ご意見
をいただき、この読本に関することには、非常に興味
深い問題が多く含まれていると気づきました。最終的には、この読本が日本であまり普及しなかっ
た理由を知りたいと思っています。
◆本日も月例会に参加させていただいてあり
たのか、という問題意識を先生はお持ちでした。
がとうございます。今回は McGuffey’
s Readers
今回は McGuffey の人物紹介が中心でしたが、
の編著者 William Holmes McGuffey の経歴の
今後の研究結果が待たれます。
発表ということで興味深く拝聴させていただ
ご発表もさることながら、私が注目したのは
き ま し た 。 な ぜ か と い う と 、 McGuffey’
s
質疑応答の中で、
「McGuffey の発音は?」とい
Readers は Bible と Webster’
s Dictionary と並
う島岡 丘先生(筑波大学名誉教授)の質問で
んで Best Seller になったほど有名な教科書で
した。
あり、その著者がどのような生き方をし、なぜ
"Mc-"と聞くと、ハンバーガーチェーン店の
McGuffey’
s Readers を記したのかということ
マクドナルド(McDonald’
s)が思い出されま
は英語教師を志す者として知っておかなけれ
す。日本では「マクドナルド」(学生の間では
ばならないと思ったからです。
「マクド」)と、/k/の音はしっかり発音されま
発表を聞いていて一つ疑問が浮かびました。
す。しかしながら、McGuffey の場合、/məɡʌfi/
発表者の日比先生は今後の課題として、
と発音され、c の箇所の/k/はいわゆる黙字(サ
McGuffey’
s Readers が日本の英語教育になぜ
イレントレター)となります。
影響を与えなかったのかということを挙げら
決定的な答えは出ませんでしたが、発音され
れていましたが、日本以外の国々にはどのよう
ないのはおそらく McGuffey の/k/は隣接する
な影響を及ぼしていたのでしょうか。例えばヨ
強 勢 ( stress ) を 受 け る /ɡʌ/ の 部 分 が 卓 立
ーロッパなど。もしそのようなことが明らかに
(prominence)されることで音変化を受け弱
なれば、日本との比較が出来るのではないかと
形 → 消滅という経過を辿ったのではないか。
思いました。<杉内光成>
さらには、無声音の/k/が有声音の/g/に飲み込ま
◆米国で 1.2 億冊以上もの販売実績を記録した
れる同化も関係しているのではないかという
McGuffey’
s Readers は 、 米 国 で は 有 名 な
意見が出されました。
Reader であるのになぜ日本では流通しなかっ
この疑問に関してはおそらく質問された島
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2010(平成 22)年 3 月 25 日 発行【3】
日本英語教育史学会月報(238)
岡先生は定見がおありで、あえて質問されたも
のこととしてそのままにしていた英語のさま
のと思います。それに答えるには音声学、音韻
ざまな現象に鈍感だった自分には、今回の学会
論、さらには英語史の観点から詳細に調べる必
で得た収穫は予想以上に大きなものでした。
<camel>
要があると思いますが、私自身はまったく別の
思いで、先生方のやりとりを聞いておりました。
私はこれまで英語発音の規則(つまり
linguistic rule)を音声学書に記述してあるま
まに覚える習慣があり、自分で追求することが
ありませんでした。だから、「なぜ」と聞かれ
ると口籠ってしまう自分がそこにいたのです。
恥ずかしながらな、英文科の学生なのに、今ま
で例えば climb の“b”や psychology の“p”
などの黙字という音声現実に関して、「なぜ」
というメスを入れ、それを自分自身で調べた事
がなかったのです。今まで、こうした当たり前
司会
田邉祐司氏
〉
〉今後の研究例会の開催地予定(全国大会以降の研究例会は、隔月開催の予定です)
◆第 230 回 研究例会
2010 年 7 月 18 日(日)
東京都(専修大学)
◆第 231 回 研究例会
2010 年 9 月 19 日(日)
広島市内
◆第 232 回 研究例会
2010 年 11 月 21 日(日) 東京都内
◆第 233 回 研究例会
2011 年 1 月 9 日(日)
東京都内
◆第 234 回 研究例会
2011 年 3 月 20 日(日)
関西地区
〉
〉会員異動
退会(敬称略)(これまでたいへんお世話になりました。ありがとうございました。)
桂
敦子
岸上
英幹
小玉
敏子
=-= 和誠堂文庫だより(9) =-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
名簿原票の返送にご協力くださりありがとうございます。今年度よりメールで情報をお寄せいた
だくこともできるようにしましたが、やはり多くの方が郵便でお送りくださいます。事務担当者と
して楽しみにしているのは、表に貼られた切手です。記念切手を選んでくださる方、少額の切手を
何枚か合わせて 80 円にしてくださる方、さまざまの方がいらっしゃいますが、美しい切手は眺め
ていて飽きることがありません。そして、もう一つの密かな喜びは実は消印を見ることなのです。
懐かしい地名もあれば、訪れたことのない土地の名前もあります。北は北海道から南は九州・沖縄
までという古い言い回しがありますが、まさにその通り、名簿原票は全国から送られてくるのです。
私たちの会が曲がりなりにも「全国学会」として運営できていることの喜びを感じます。そうそう、
封筒の裏にお名前のないときには、どなたからいただいたものなのか消印を頼りに当ててみたりも
するのです。おっと、そんなことばかりもしていられません。会員台帳の更新を急ぎます。(Wajo)
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= from the Office Wajo-do =-=
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2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【4】
日本英語教育史学会月報(239)
追悼・高梨健吉先生
高 梨 先 生 を 偲 ん で
竹
中
龍
範
先ごろ、平成 22 年 3 月 20 日、顧問の高梨健吉先生がご逝去になられた。その訃報に接したのは、
折しも本学会の 3 月広島例会(3 月 21 日)に先立って開催された理事会のときであった。日本英
学史学会事務局より馬本先生に連絡が入ったのであったが、突然の知らせに一同声を失った。
わが国の英学史・英語教育史研究に印された高梨先生のご足跡の大きさは計り知れないと言って
よい。あの小柄なお体のどこからあれだけのエネルギーが湧いて出るのだろうかと思うこともあっ
た。しかし、学界・学会の強力な牽引役を果たされたことは誰しもが認めるところである。
個人的には、研究社の「日本の英学 100 年」などを通してお名前は存じ上げていたが、直接に先
生の知遇を得たのは、
昭和 54 年に広島にて日本英学史学会の第 16 回全国大会が開催された際に、
その大会運営をお手伝いしたこともあって、松村先生からご紹介いただいたときである。英学史と
いう分野に関心を寄せ始めたばかりの若輩に親しく接してくだされ、その後もなにくれとなくご指
導を賜った。私家版にてお出しになられたものも含めて、数多くのご著書を御恵与くだされ、おか
げで先生のお書きになられたものはほとんど拝読することができた。そのような温かいご指導をい
ただいたご恩返しにと、平成 9 年の日本英学史学会第 34 回全国大会を香川でお引き受けし、先生
にもぜひご来高をとお願いしたが、残念ながら遠出は控えておられるとのことで、香川大学図書館
の神原文庫の資料などをご覧いただく機会を逸してしまった。
また、日本英語教育史学会との関わりにおいても、初代会長の出来成訓先生と親しくあられたと
いうこともあって、学会草創の時より顧問をお引き受けくださり、全国大会や月例研究会にて後進
をご指導くだされた。英学史研究がその取り扱う範囲において拡がりを見せる中、先生のご研究は
優れて英語教育史的であり、わが学会にとってまさに重鎮というべき存在であった。若い学会員が
増えている中、これからも引き続いてご指導をと思うとやはり残念である。と同時に、われわれの
世代が次の世代を育てることが先生へのご恩返しかとも思い、気を引き締めねばと思う。
今はただ、御霊安かれとご冥福をお祈り申し上げる。
(本学会会長)
先生は私たちの指導星でした
小
篠
敏
明
高梨先生の訃報に接し、謹んで哀悼の意を表します。
先生は学会の進むべき途を照らす大きな指導星でした。先生を失ってはじめて、先生の存在の偉
大さをしみじみとかみ締めています。先生が私たちの小さな学会の例会にお顔を見せられ、ちょこ
んとお座りになって、私たちのつたない発表を滋味あふるる笑顔で熱心にお聴きになっていらした
ことを懐かしく想い起しています。特に鋭いご批判などは控えていらしたのですが、私たちは先生
のちょっとしたしぐさに身が縮むような思いがしたものでした。もうあのお姿を拝見できなくなっ
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2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【5】
日本英語教育史学会月報(239)
てしまいました。本当にさびしくてなりません。
私が先生のご研究に直接触れさせていただいたのは私が博士論文をまとめていたときでした。石
橋、大塚、中島先生の編集になる『H. E. パーマー、J. H. グラタン、P. ガレー』(南雲堂, 1963,
pp.126-152)で高梨先生はパーマーの博士論文となった A Grammar of Spoken English の解説
を担当され、同書の特徴に関して先生自身の解釈と評価をなさいました。また、パーマーの生涯と
業績を種々の資料を紐解きながらまとめられ、最後に著作目録を付していらっしゃいました。先生
のこのような緻密な研究スタイルは、歴史研究の基本とはどのようなものかを私に教えてくださっ
たように思います。この研究スタイルは私が学位論文を纏め上げていく上で大変参考になりました。
先生の研究手法に深く影響を受けながらも、当時の私は未熟の上に生意気で、先生の研究手法では、
日本におけるPalmerの英語教授法の発展を明らかにするという私の研究目標を達成することはで
きないと断言してしまいました。今思えば汗顔の至りです。しかし、高梨先生は当時の私がなんと
しても登り、越えたい高い山であったことは間違いありません。高かったからこそ、私は無謀にも
挑戦しようとしたのだと思います。ありがたかったのは、先生はそのような私を暖かく懐に抱いて
下さったのでした。私が今日あるのは先生の気高さと深い包容力のおかげだと心から感謝していま
す。
高梨先生、本当にありがとうございました。
(本学会名誉会長)
高梨健吉先生を偲んで
佐
藤
惠
一
日本英語教育史研究会創立総会が昭和59年12月8日、拓殖大学(6号館)で開催されるのをたま
たま英語雑誌で見かけた私は、英語教育と興味のある歴史を一緒に学べることに魅力を感じ創立総
会に参加させていただきました。並みいる著名な大学の先生方の中で自分のような高校教員がその
場にいることに違和感を覚えたのが研究会での最初の印象でした。また当時、本務校で学年主任と
なったことを機に雑務に追われ、数年間は自然と足が遠のいておりました。しかし時折、会に参加
するたび懇親会で高梨先生・出来先生・茂住先生らのお人柄に触れ、徐々に研究会にも参加させて
いただくようになりました。
当時、高梨先生は月例研究会には毎回参加され、研究発表者に先生ご自身の研究と経験に基づい
たコメントをされ、私たち若い研究者にとって大きな存在でありました。高梨先生との直接の思い
出は、私が満洲での邦人英語教育に取り組み、初めて月例研究会で発表させていただいた際に、
「満
州」ではなく「満洲」とすべきだというご指摘をいただいたことでした。以後、私は内容だけでは
なく形にするものは全てにこだわり、配慮せよという先生の教えを心がけております。研究会では
発表者を尊重し、気付かれた点を詳細に教えてくださり、またそのあとの懇親会にも毎回のように
参加され誰に対しても分け隔てなくお付き合いしてくださいました。先生はいつもパイプを銜えて
おられ、それがトレードマークでありましたが、ある時高校での多忙さ故、自分の研究が進まぬジ
レンマを高梨先生にお話ししてみました。先生は高校での忙しさを十分理解してくださりながらも、
どうすれば研究に時間をつくれるのかをご自身の御体験からお話ししてくださいました。先生はい
つでも研究したいという気持ちを持つことの大切さと雑務で時間がなければ授業の中でも研究す
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2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【6】
日本英語教育史学会月報(239)
ればいいと一例を挙げてお話ししてくださいました。
「例えば学生に課題を与え学生中心の時であ
れば、学生が作業している間の少しの時間でも有効に使ってみなさい。1つでも2つでも問題解決
のために考えたり、思いついたことをその場で確認したりしなさい」と。また可能な事務的業務も
進めることで、大幅な時間的余裕も生まれることをご自分の昔を振り返るようにお話ししてくださ
いました。このとき、高梨先生は研究のためには少しの時間を惜しんで努力されてきたのだと気付
かされ、少しでも先生に近付きたいと真剣に思っておりました。
ここ数年は、先生のお姿が研究会では見えなくなり寂しく、また先生の安否を気遣っておりまし
た矢先に訃報を耳にいたしました。先生にいろいろと教えを頂きながらそれに報いることもせずお
別れするのは、今となっては自分の不甲斐なさに憤りを感じる次第です。高梨先生に天国から「君
もよく頑張っているな」とおっしゃっていただけるよう日本英語教育史学会とともに精進すること
をお約束したいと思います。
(本学会副会長)
人格で人を育てた高梨先生
江 利 川
春
雄
運命を変える日というのが人生にはある。1990 年 10 月 21 日がその日だった。大阪から上京し
た僕は、初めての英語教育史学会月例研究会で高梨健吉先生にお目にかかった。院生にして予備校
教師だった僕にとって、高梨先生は英語参考書の神様。その神様におずおずと近づいた僕は、畏れ
多くも、持参した『日本の英語教育史』にサインをお願いした。先生は少しはにかんで、すばらし
い達筆でサインしてくださった。異文化理解教育論だった大学院の研究テーマを日本英語教育史に
変えたのは、この直後だった。以来、高梨先生にはどれほどお世話になったことだろう。
二次会での先生の定位置はいつも一番奥の隅。もの静かにパイプをくゆらせる先生のもとに、僕
はお銚子を運んでお話をさせていただく。これが無上の楽しみだった。何を質問しても答えてくだ
さった。お話に出た本を僕が持っていないと、先生は手帳にメモされ、数日後には御蔵書を書留で
送って下さった。最初の一冊が、赤祖父茂徳編『英語教授法書誌』(1938)。お手紙には「二部コ
ピーし、一部は青木庸效先生(大学院の恩師)に」と書かれてあった。温かいお人柄だった。
あるとき、高梨先生の代表作である『日本英学史考』
(1996)の書評を研究社の『現代英語教育』
から依頼された。30 代の僕には重すぎる宿題だった。
「この書評に失敗すれば、僕は英学史・英語
教育史の学界にいられなくなる」と思い詰めた。この大著を1カ月間ずっと読み返し、なんとか原
稿を書いた。高梨先生からお褒めの葉書を頂いたときの安堵感。何よりも、先生の文章を繰り返し
読むことが大いに修業になった。一文が短い。簡潔で分かりやすい。迫力とリズムがある。「読み
手を想像しながら書くんですよ」とおっしゃった。先生には遠く及ばないが、僕の文体はこの本と
の出会いを境に変わったように思う。
僕の拙い文章が雑誌や紀要などに載ると、先生はいつも達意の毛筆でお褒めの言葉を書き送って
くださった。どれほど励まされたかわからない。
高梨先生はもの静かな人だった。例会の感想も、葉書の文面も簡潔そのものだった。なのに、先
生の教育者としての力は巨大だった。先生が座っておられるだけで、例会が引き締まった。その学
識と人格で、先生はどれほど多くの人を育てたことだろう。
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2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【7】
日本英語教育史学会月報(239)
先生に御礼を申し上げたくても、もう先生はおられない。僕らにできる恩返しは、先生が育てて
こられた学界のために力を尽くすことしかない。
高梨先生、本当にありがとうございました。どうか、安らかにお眠りください。
(本学会副会長)
酒と煙草の思い出
河
村
和
也
高梨先生に初めてお目にかかったは、新入会員として月例研究会に参加させていただいたときで
した。第 108 回の月例研究会でしたから 1996 年 11 月のことです。月例会のあとの懇親会は池袋
で開かれましたが、「新人は大先生のそばに」などと言われて、先生の隣に座らせていただいたこ
とをよく覚えています。
緊張してうまく酒を注ぐことができずにいる私をご覧になったのでしょう。先生は私にお猪口を
持たせ、ご自分はお銚子を手に取られ、
「そうそう、そこまで。そうそう。」などとおっしゃりなが
ら、酒の注ぎ方を丁寧に教えてくださいました。
その頃、先生はパイプを嗜んでいらっしゃいましたが、紫煙を燻らせながら「お若いの、煙草は
やらないの」とお尋ねになりました。月例会でも、質疑の時間になればあちこちの席にパイプに火
を点ける方がいらっしゃった頃のことです。私は、優れた研究者になるにはパイプを持たなければ
などと考え、次の週末、銀座まで買いに出かけたのでした。
高梨先生に酒と煙草を教えていただいたなどと言ったら、多くの先生がきっと眉をひそめられる
ことでしょう。けれど、私にとってはかけがえのない思い出です。先生のお人柄の一端をお伝えす
ることが叶えばと思い、若輩の私にも優しく接してくださった先生のことを思い出してみました。
合掌。
(本学会事務局長)
〉
〉英語教育史フォルダ
◇ 竹中龍範「書評:乾 隆 著『ジョン万次郎の英会話』」
『英語教育』2010 年 5 月号, pp.95-96.
◇ 外山敏雄「『高等教員検定試験』の合格者たち」
『英語教育』2010 年 4 月号, pp.70-72.
◇ 日本通訳翻訳学会第 27 回例会(テーマは「訳読」
) 5 月 22 日(土)13:15~17:00
池袋キャンパス 11 号館 203 教室
立教大学
発表は「『順送りの訳』の系譜」
(水野 的)、「新しい訳読教
育のモデル」
(山岡洋一)
。詳細はウェブサイト(http://a-mizuno.blog.so-net.ne.jp/)を参照。
◇ 専修大学 田邉祐司ゼミブログ「常時英心」(http://d.hatena.ne.jp/A30/)
〉
〉事務局より: 2010年度 年会費・紀要・名簿について
全国大会にご出席の方は、大会受付にて 2010 年度年会費(一般 5,000 円、学生 3,000 円)をお
支払いください。その際、紀要と名簿をお渡しします。
大会をご欠席の方には、大会終了後、紀要および名簿とともに年会費のご請求を申し上げます。
お手元に到着後、ご送金のお手続きをお願いいたします。
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2010(平成 22)年 4 月 30 日 発行【8】
日本英語教育史学会月報(239)
第26回全国大会(秋田大会)のご案内
期日:
2010 年 5 月 15 日(土)・16 日(日)
会場:
大学コンソーシアムあきた
〒010-0001
カレッジプラザ(明徳館ビル2階)
秋田県秋田市中通 2 丁目 1-51
TEL:018-825-5455
大会へお越しのみなさまへ
・発表要旨集を当日受付でお渡しします。
・御発表の方でハンドアウトをご用意される場合は、A4判で作成の上、60部ご用意ください。
宿泊について
宿泊される方は、JR 秋田駅前等のホテルを各自でご予約のうえご利用ください。
会場近くには次の宿泊施設があります。
・秋田キャッスルホテル(大会会場から徒歩 5 分)
TEL:018-834-1141
・中通温泉 こまちの湯 ドーミーイン秋田(大会会場から徒歩 3 分)
TEL:018-835-6777
参加費等の払い込みについて
大会に参加される方は、次の費用のうち該当するものを合計し、ゆうちょ銀行(郵便局)の振替
口座へ 5 月 10 日までにご送金ください。恐れ入りますが、郵便局に備え付けの払込取扱票(青色)
をご利用の上、通信欄に送金額の内訳をお書きください。期日に間に合わない場合は、大会事務局
までご一報の上、大会当日に受付でお支払いください。
(1) 大会参加費:2,000 円(学生会員は 500 円)
(2) 懇親会費:7,000 円
口座名称(加入者名) 若有 保彦 (ワカアリ ヤスヒコ)
口座記号番号 02270-1-109070
※ 他行からの振込の場合は次の通りとなります。
ゆうちょ銀行
店名(店番)
:二二九店(229)
預金種目:当座
口座番号:0109070
※ 学会年会費の口座とは異なりますのでご注意ください。
大会事務局:
秋田大学 若有研究室
〒010-8502 秋田県秋田市手形学園町 1-1
TEL:018-889-2509
秋田大学教育文化学部
e-mail:[email protected]
大会プログラムの最終版を本月報とともにお届けいたします。
EDITOR’
S BOX
今回の月報は「高梨健吉先生追悼特集号」
。茗荷谷の拓殖大学で例会のたびにお会いした、
先生の温かい笑顔が思い出されます。▼私にとって初めての土地、秋田での大会。とても楽しみです。
(HB)
© 日本英語教育史学会月報編集部(県立広島大学 馬本研究室 [email protected])
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