こちら - 国立保健医療科学院

国立保健医療科学院
公開シンポジウム2015
~健康・安全な社会を目指して~
<抄録集>
平 成 27年 4月 16日
国立保健医療科学院
プログラム及び目次
13:30
挨
拶
セッション1
国立保健医療科学院 院長
今後の健康危機管理のあり方
【座長】生活環境研究部
欅田
尚樹
13:40 「大規模震災時における公衆衛生活動 情報技術の活用と課題」 ・・・・・・・・・ 1
健康危機管理研究部
金谷
泰宏
13:50 「災害時の住民の健康管理に向けた保健活動」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
健康危機管理研究部
奥田
博子
14:00 「新たな公衆衛生への脅威 火山災害がもたらす健康リスクとは」 ・・・・・・・・ 3
健康危機管理研究部
石峯
康浩
14:10 「原子力災害時における公衆衛生対策 現状と課題」 ・・・・・・・・・・・・・・ 4
生活環境研究部
14:20
総合討論
15:00
休
セッション2
山口
一郎
憩
生涯を通じた健康づくり
【座長】統括研究官
今井
博久
15:20 「公的調査統計からみた低出生体重児増加の背景と課題」 ・・・・・・・・・・・・ 5
生涯健康研究部
吉田
穂波
15:30 「日本人の食事パターンに関する研究」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
生涯健康研究部
大久保
公美
15:40 「特定健診等各種データからみた健康格差」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
生涯健康研究部
横山
徹爾
15:50 「介護予防の視点からの歯科口腔保健の現状と課題」 ・・・・・・・・・・・・・・ 8
生涯健康研究部
16:00
総合討論
16:40
閉
会
守屋
信吾
セッション1
今後の健康危機管理のあり方
大規模震災時における公衆衛生活動 〜情報技術の活用と課題〜
健康危機管理研究部 金谷 泰宏
本演題においては、国立保健医療科学院が取組んでいる3つの研究課題について報告する。
1 東日本大震災を踏まえた公衆衛生情報基盤の構築
東日本大震災は、阪神淡路大震災を想定して構築されてきたわが国の災害対策を根幹から揺るがすこ
ととなった。特に、地域住民を災害から保護する役割を担う市町村がその機能を失うことは、地域防災
計画においても想定されておらず、結果として、支援を必要とする地域に適切な支援が入らず、情報が
集中する地域に支援が集中するという支援のミスマッチが生じた。このような事態に対応する上で、災
害発生直後より効率的に公衆衛生情報を収集し、得られた情報を的確かつ迅速に評価することで、人的・
物的資源を適切に配分することが、緊急時の公衆衛生対策に求められている(厚生労働省・地域保健対
策検討会、平成 23 年 10 月)
。一方で、情報の収集と評価を行う上で、①官民セクター間での情報共有、
②被災者の個人情報の保護、③支援者の用いる用語の統一、④“健康状態の評価”に向けた計量的指標
の導入が求められることから、公衆衛生情報基盤の構築にあたっては、①全ての端末での利用が可能で
あること、②支援者の役割に応じた情報管理システムであること、③異なったシステム間でのデータ交
換ができることに留意する必要がある。とりわけ、対策の効率化を図る上で、地理空間情報を用いた健
康状態の評価の視覚化が重要とされている。
2 大規模災害時における公衆衛生情報の利活用と評価指標の導入
国立保健医療科学院(以下、「科学院」という。)では、平成 23 年度に災害時健康支援システム
(http://crm.niph.go.jp/index.html)を構築したところであり、本システムの特徴として顧客管理
(Customer Relation Management: CRM)システムを用いている点があげられる。これにより各支援者の
役割に応じた公衆衛生情報の活用が可能となった。この取り組みは、新たな災害時に向けた人道支援の
あり方として、国際的にも高く評価されており World disaster report 2013 に紹介されている。一方で、
システムの実装に際して、発災後、刻々と変化する被災地の公衆衛生状況を評価できる仕組みが求めら
れるが、我々は平成 25 年度に全国保健師長会より提案された「大規模災害における保健師の活動マニュ
アル(http://www.nacphn.jp/saigai-manyuaru.html)」を基本に、国際的な人道支援の最低基準を示したスフィア・
、米国疾病管理予防センターの
プロジェクト(http://www.pko.go.jp/pko_j/ organization・researcher/atpkonow/article055.html)
自然災害時における公衆衛生の調査と評価(http://www.bt.cdc.gov/disasters/surveillance/)等を参考に計
量的指標の導入を進めている。
3 国連防災国際会議“仙台枠組み”における情報技術の位置付け
平成 27 年 3 月に国連防災国際会議が宮城県仙台市で開催されたことは、記憶に新しいが、この中で東
日本大震災の教訓を生かしつつ、災害リスクの軽減を目指すことが求められた。具体的には地理情報シ
ステムによる地域リスクの把握、効果的な対策に向けた情報の共有化、医療分野における災害リスクの
理解、課題の解決に向けた技術の開発と普及が盛り込まれるなど、国際的な視点からも“情報技術の活
用”が重要視されている。わが国においてもこの動きに合わせて、内閣府において災害時のレジリエン
スを高めるための研究プロジェクトとして戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-ministerial
Strategic Innovation Promotion Program: SIP)が、平成 26 年度より開始されている。現在、科学院
と国立病院機構・災害医療センターが中心となって、災害時における保健医療情報の共有化と府省庁を
越えた後方支援情報の利活用について検討を進めている。
災害時の住民の健康管理に向けた保健活動
健康危機管理研究部 奥田 博子
本演題では、国立保健医療科学院において取り組んでいる災害時の保健活動に関連する研究に基づき、
以下の 3 点について報告する。
1 大規模災害がもたらす健康課題とその要因
首都直下型地震の阪神・淡路大震災では死因の7割以上が圧死であり、クラッシュ症候群等の
PDD(Preventable Disaster Death)が課題であった。一方、海溝型地震の東日本大震災では死因の9割以上
が溺死となり、被災後初期の診療では津波肺や低体温症などが多かった1)2)。また東日本大震災時の避難所
等での医療ニーズは、救護所の受療者の既往歴、医療需要の分析から3)4)、高血圧の既往を有する者が高齢
者世代に高く、平時の地域の医療需要が反映されていた。さらに避難生活環境の悪化が、アレルギーや喘息
の既往を有する小児の医療ニーズを高め、不眠の主訴は余震の発生と相関がみられた。
以上のことから、被災がもたらす健康課題は、災害特性,地域の健康課題,避難生活環境,個人特性(年
齢、既往・病歴など)が関連するため、影響因子を考慮した予防的な保健活動が重要となる。
2 災害後の時系列に伴う保健活動と体制構築
災害後の保健活動は時系列で変化する。フェーズ 0-1 期(直後~急性期)は救出(避難)
・救命・救護を
最優先し、医療需要と供給のバランスの把握と、その調整を含む保健活動の初動体制の早期確立が求めら
れる。フェーズ 2 期(中期)は避難所等の住民の健康管理、車中泊・テント泊を含めた在宅療養者(災害
時要援護者)把握など、地域全体の被災による影響を量的・質的に捉え、必要に応じ派遣支援者などとの
協働による対応が必要となる。フェーズ 3 期(復興期)は応急仮設住宅への入居など住民の生活の場が移
行する時期であり、心のケアや長期的な健康課題を考慮した平常時保健活動の再開や、あらたな保健事業
の企画,政策提言などが求められる。これらの時系列による保健活動の実際について、東日本大震災時の
被災地域自治体の事例に基づき紹介する 5)。
3 大規模災害時に備えた地域保健活動と人材育成
大規模災害時の対応は、平常時の地域保健活動の取り組みがその成否に影響をもたらし得る。
そのため、災害発生を想定した地域診断、過去の災害時の保健活動の教訓・検証結果を活かした実効性の
高い活動計画の策定、ソーシャルキャピタルの醸成、専門職の資質向上などが重要である。
国立保健医療科学院では健康危機管理研修において、医療・保健・心のケアなど災害保健領域の様々な
専門家による最新の知識および研究による学術的知見を踏まえた講義、情報システムの活用を含めたシミ
ュレーション演習プログラムなどで構成される研修を行っている。今後も発生が危惧される大規模災害時
の地域保健活動の核となる専門職の人材育成に引き続き寄与していく。
【参考文献】
1.内閣府防災情報のページ.
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h23/bousai2011/html/zu/zu004.htm
2.
小井土雄一他.
東日本大震災におけるDMAT活動と今後の研究の方向性.
保健医療科学.
Vol.60.No.6.2011.
3.金谷泰宏.被災者を支える体制に関する調査.厚生労働科学研究費補助金「東日本大震災被災者の健康
状態に関する調査」
(研究代表者;林謙治)平成 23 年度 総括・分担研究報告書 2012.
4. 金谷泰宏.「災害時の医療連携」日本再生のための医療連携(高久史磨:監修).ライフメディコム編.
2012.
5.奥田博子.大規模災害時に求められる保健活動.四国公衆衛生学会雑誌.Vol.59. No.1.2014.
新たな公衆衛生への脅威
火山災害がもたらす健康リスクとは
健康危機管理研究部
石峯 康浩
昨年(2014 年)9 月に御嶽山で発生した噴火災害では死者・行方不明者が計 63 人に達し、皆
さんも火山の恐ろしさを再認識したと思います。御嶽山の噴火では、噴火口のすぐそばで噴石の
直撃を受けたことが直接の死因だったようですが、火山噴火では噴火口から遠く離れた場所でも
火山灰や火山ガスによる健康への影響が問題になることがあります。例えば、富士山が約 300 年
前の 1707 年に噴火したときには、噴火口から 100km 以上離れた江戸の中心部(現在の東京都区
内)でも 4cmほどの厚さに火山灰が降り積もり、多くの人々が咳に悩まされたという記録が残
っています。また、三宅島が 2000 年に噴火した際には、火山ガスによる健康への悪影響が心配
され、約4年半にわたって全島民が島外への避難を余儀なくされました。このように火山噴火に
よる健康影響は以前から知られてはいましたが、毒性がどれくらい強いものかに関する定量的な
研究はあまり進んでいませんでした。最近、PM2.5(大気中に浮遊している 2.5 ミクロン以下の
非常に細かい粒子)の健康影響が認識されるようになったのに伴って、火山起源の微小粒子の影
響についても詳しく調べる機運が高まっています。以上の点を踏まえ、私の発表では、火山噴火
による健康影響について、過去の災害事例と最近の研究の現状について簡単にご紹介します。
火山による健康影響で市民から最も質問が多いのは火山灰に関することです。火山が噴火して
火山灰に覆われると昼間でも真っ暗になるくらいになってしまい、火山灰を吸い込むとせきこん
だり、息苦しさを感じたりすることが多いためです。噴煙に含まれる火山灰の大きさは1ミリ前
後のものが一番多い場合がほとんどですが、吸い込んだ時に肺の奥まで入り込んでしまう PM2.5
が相当量、含まれる場合もあるので、心肺疾患への影響が懸念されています。また、非常に硬い
上、表面に酸性度の高い物質が付着していることが多いので、火山灰を浴びると皮膚が炎症を起
こしたり、目に入って角膜を傷つけたりすることもあります。喘息などの呼吸器の持病を持つ方々
は特に注意が必要です。1980 年の米国・セントへレンズ火山の噴火では、火口から約 135km 離
れた町で噴火後 1 週間に喘息の発作のために救急病院で診察を受けた患者が 4 倍、気管支炎の患
者が 2 倍に増えたとの記録があります。
火山噴火の際には火山ガスの健康影響にも注意が必要です。火山ガスの主成分は水蒸気と二酸
化炭素ですが、二酸化硫黄や硫化水素、塩素、フッ化水素等も含まれています。噴火が起きてい
ないときに温泉地などでの発生する火山ガス中毒の原因は硫化水素の場合が多いようですが、火
山活動が活発化したときに健康問題の原因になるのは二酸化硫黄の場合がほとんどです。二酸化
硫黄ガスは喘息などの持病を持つ方々には特に危険で、0.2ppm 以上で発作を誘発する等の危険が
あります。2ppm を超えると健康な人々でも咳をしたり、息苦しく感じたりします。いくつかの
火山で 5ppm 前後の二酸化硫黄ガス濃度が測定された状況で死亡事故が発生した事例が報告され
ています。18 世紀にはアイスランドの火山が大噴火を起こし、二酸化硫黄ガスが雨水に溶けてで
きた硫酸ミストがヨーロッパ全土に広がり、心肺疾患による死亡者数が顕著に増加したことが報
告されています。
原子力災害時における公衆衛生対策 〜現状と課題〜
生活環境研究部 山口 一郎
1 原子力災害を踏まえた放射線安全確保のための公衆衛生対策基盤の構築
東電福島第一原子力発電所事故は、これまでわが国で構築されてきた原子力防災対策を根幹から揺る
がすこととなった。複合災害での過酷事故は、地域防災計画においても想定されておらず、回復期にお
いても課題が継続している。
初期の対応では、飲食品の放射線安全対策に関して、事前の準備が一定程度機能した。暫定基準はあ
らかじめ準備されていたものが速やかに導入され、緊急時モニタリングが本院の厚労科研の成果に基づ
くマニュアルに沿って行われた。しかし、大量の試料を計測することの困難も生じた。特に飲料水は水
道事業体での計測体制が整備されておらず、外部の支援を要したが行政検査として行うための準備が必
要になり、本院が技術的な関与を行った。発表では食品摂取による線量の推計例も示す。
初期の公衆衛生上の対応としては、安定ヨウ素剤の投与のあり方も課題となった。投与は、小児の甲
状腺等価線量として 100mSv を介入線量レベルとし、それに相当する体表面密度が誘導されており、原子
力安全委員会緊急助言組織からは、平成 23 年 3 月 13 日の段階で、スクリーニングレベルを超えた場合
には内服すべきとコメントしていたが、混乱の中で、現場には伝わらなかった。この反省に基づき対応
が見直され、原子力施設から半径 5km 圏内(PAZ)で安定ヨウ素剤を事前配布することとされ鹿児島県が
事前配布を第一例として実施した。この際に、地元の川内市医師会は、勉強会の実施、説明会への医師
派遣、説明資料の改訂などで行政に協力しており、このような関係者間で連携した準備が必要であると
考えられる。また、災害時の御遺体の扱いに関して、原子力災害を伴った場合の放射性物質が付着した
場合の対応が検討されていなかったため厚労省災害対策本部と生活衛生課の協議により原子力安全委員
会への助言も求め通知が発出された。
2 回復期(現存被ばく状況)の対応へと続くコミュニケーションの課題
住民へのリスク情報の提供のあり方も大きな課題となった。危機的な時には安心情報を伝えたいとい
う態度は、純粋な善意に基づくが、人々に伝わらないこともある。人聞の行動理解の基本原理である制
御焦点理論に従うと、ネガティブな結果を避けたいという気持ちになっている(予防焦点)場合には、
慎重な行動を促す内容のコミュニケーションの方が有効となる。ポジティブな結果を求めたいという気
持ち(促進焦点)では有効であるポジティブな内容のコミュニケーションが反発されることになる。こ
のようにこれまでのコミュニケーション研究の成果を生かした対応が必要となる。母乳中の放射性物質
濃度の調査ではコミュニケーションの専門家とも協議し伝え方を工夫した。
災害後の回復期の保健医療福祉活動は、被災地域住民の生命と健康を守り、二次的な健康課題を予防
し、地域の復興をめざす中長期にわたる活動となる。このため、自治体とも連携して活動を展開してき
た。現場での課題は、放射線そのものの知識だけでは解決できる単純なものではなく、倫理的・法的・
社会的問題(ELSI)への対応が保健福祉分野でも迫られ、それが心理的な負担につながる構造にもある。
課題が複雑であるが故に、専門家と地域との関係性の構築(架け橋)が不可欠となる。地域住民の暮ら
しや価値観、事故による影響とその後の変化などを多角的に、かつ絶え間なく、住民に身近な立場で把
握し、日頃から信頼関係を構築している地域の人材と外部の専門家との協働活動が重要であり、現場の
負担軽減を意識した取り組みが求められる。
セッション2
生涯を通じた健康づくり
公的調査統計からみた低出生体重児増加の背景と課題
生涯健康研究部
吉田
穂波
人生のスタート期間である胎内の状況は、その後の健康に大きな影響を与えています。わが国
においては低出生体重児の出生割合が世界的に見て顕著に高く、経済・医療水準の近い欧米各国
と比較してもその増加率が際立っているということが示されてきました。胎児期の低栄養が子ど
もの将来の生活習慣病につながるおそれのあることは、海外では生活習慣病の胎児期起源説とし
て注目されていますが、本邦の現状は十分解明されていません。健やか親子21の第1次計画(平
成 13~26 年)で悪化した指標は①十代の自殺率と②全出生数中の低出生体重児の割合の二つであ
り 1-2)、健やか親子21の第2次計画や健康日本21(第二次)でも低出生体重児の割合の減少が
指標になりました。今後、積極的に出生体重の適正化を図るため、低出生体重児の増加傾向の要
因等を明らかにし、低体重で生まれる児の減少を目指す目的で研究を行いましたので、ご報告さ
せていただきます。
乳幼児身体発育調査と人口動態統計調査という公的データベースで把握できる要因を解析した
ところ、低出生体重児増加の背景には、妊娠週数減少、妊娠中の母体の体重増加等の関与が考え
られました
3)
。妊娠週数の減少の理由としては、新生児医療の進歩から、未熟児の救命が可能に
なったことや、より安全な出産を目指すため過期産や巨大児を予防して陣痛誘発や帝王切開によ
る分娩への積極介入が行われるようになってきたことなどが考えられます。また、周産期医療従
事者の減少や分娩取扱施設の減少なども一因であると考えられています。
本研究の限界として、過去に出生体重が急激に減少した時期の妊娠中の母体の体重増加等の要
因の解析が出来ていないということが挙げられます。他のデータベースなども参考にして、妊娠
中の体重増加の変遷と出生体重のそれとの関連を精査してゆくことが今後の課題です。また、わ
が国において、低出生体重児が実際に出生後どのような成長発達を遂げて行くかを明確にするた
めには、適切な研究仮説を設定したうえで、妊娠中から出生、その後の経過の医学的所見、検査
データ、観察記録を十分な量でプールし検討する必要があります。
今後も、新生児期のケアや、乳幼児の身体発育への影響を慎重にフォローアップするとともに、
妊婦とその家族におけるたばこのリスクを軽減させること、周産期医療分野と地域保健分野が手
を取り合って食生活の指針や妊娠中の適切な体重増加に関する知識を普及させていくお手伝いを
することなどで、次世代の健康に貢献していきたいと思います。
参考資料:
1)厚生労働省.健やか親子 21(第 2 次)
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00
00067539.pdf
2)横山徹爾.母子保健分野における調査統計の活用と疫学研究の推進.保健医療科学, 63;1:p1,
2014. http://www.niph.go.jp/journal/data/63-1/201463010001.pdf
3)低出生体重児の予後及び保健的介入並びに妊婦及び乳幼児の体格の疫学的調査手法に関する
研究 : 平成 24~26 年度総合研究報告書 : 厚生労働科学研究費補助金成育疾患克服等次世代
育成基盤研究事業(研究代表者:横山徹爾)
http://www.niph.go.jp/soshiki/07shougai/birthcohort/
日本人の食事パターンに関する研究
生涯健康研究部
大久保
公美
【目的】
生活習慣病の予防に食生活改善の重要性が強調されるようになった背景には、疫学研究から得
られる研究成果によるところが大きい。ところが、これまでの栄養疫学研究から得られた知見の
多くは、
“単一”の栄養素や食品・食品群のみに焦点が当てられてきた。近年、食事の摂取形態や
生体内における栄養素間の相互作用を考慮した研究の必要性が高まり、習慣的な食品の摂取傾向
をわかりやすく、かつ科学的にとらえるための評価手法として食事パターン解析が注目されてい
る。そこで、食事パターンによる評価手法を用いて、肥満リスクとの関連を調べた研究成果を紹
介する。
【方法】
2005 年 4 月に全国 53 大学等の栄養関連学科に入学した 18-20 歳女性 3760 名を対象に、既に
妥当性が確認されている自記式食事歴法質問票(DHQ)ならびに生活習慣全般に関する質問紙を
用いて調査を実施した。習慣的な食事パターンを把握するために、DHQ に収載されている 148
食品を 30 食品群に分類し、これらの食品群摂取重量を残差法によりエネルギー摂取量で調整した
あと因子分析に投入した。抽出された各食事パターンの因子得点により対象者を 5 分位に分類し、
肥満(BMI≧25 kg/m2)のリスクを比較した。
【結果】
4 つの食事パターンが抽出された。種々の交絡因子で調整したところ、野菜類、魚介類、果物
が豊富な、いわゆる「健康型」パターンの傾向が強いほど肥満リスクが有意に低く(最低群に対
する最高群のオッズ比: 0.57; 95%信頼区間 0.37-0.87; Ptrend <0.05)、めし、みそ汁、大豆製品が
多い、いわゆる「昔の日本型」
(オッズ比: 1.77; 95%信頼区間 1.17-2.67; Ptrend <0.01)および肉・
肉加工品、油脂類の多い、いわゆる「欧米型」パターン(オッズ比: 1.56; 95%信頼区間 1.01-2.40;
Ptrend =0.04)の傾向が強いほど肥満リスクが有意に高い傾向が認められた。
【結論】
エネルギー密度が低い食品(野菜類や果物類など)が豊富で、脂肪を多く含む食品やグライセ
ミックインデックスの高い食品が少ない食事パターンが肥満の抑制に関与している可能性が示唆
された。食事パターンによる方法を用いた研究成果は、疾病予防を目的とした食品選択の方法や
栄養指導への展開に有用と考えられ、今後、日本人を対象とした質の高い研究成果が期待される。
【出典】
Okubo H, et al. Three major dietary patterns are all independently related to the risk of
obesity among 3760 Japanese women aged 18-20 years. Int J Obes (Lond) 2008;32:541-549.
特定健診等各種データからみた健康格差
~現状把握と課題の明確化のために~
生涯健康研究部
横山
徹爾
健康日本21(第二次)では、
『健康寿命の延伸』と『健康格差の縮小』を上位目標に掲げ、主
要な生活習慣病の発症予防と重症化予防や社会生活機能の維持向上、および社会環境の改善等に
よってこれを目指すこととしている。
『健康格差の縮小』は“第二次”で新たに取り入れた視点で
あり、今後のわが国の健康づくりに不可欠な要素である。健康格差には、地域間の格差、経済状
態による格差等、さまざまな要因によるものが考えられるが、本研究では特に地域間の格差の把
握に焦点を当てる。地域の特徴把握のために、健康日本21(第二次)では『国、地方公共団体、
独立行政法人等においては、国民健康・栄養調査、都道府県健康・栄養調査、国民生活基礎調査、
健康診査、保健指導、地域がん登録事業等の結果、疾病等に関する各種統計、診療報酬明細書の
情報その他の収集した情報等に基づき、現状分析を行うとともに、健康増進に関する施策の評価
を行う。』こととされており、これらの調査統計等の情報を活用する必要があるが、地方自治体に
おいて分析作業を行うための方法論やツールは十分に提供されていない。そこで本研究では、各
種統計資料等から得られる膨大な情報を要約して、地方公共団体において地域の特徴を把握でき
る分析手法の提案と教材およびツールの開発・提供を行い、地域間の健康格差の現状把握に役立
てることを目的とする。
まず、都道府県別に公表されている以下の統計資料等を用いて、都道府県間の相対的な位置を
意味するZスコア(いわゆる“偏差値”の一種)を算出し図示した。①平均寿命(平成 22 年都道
府県別生命表)、②健康寿命(厚生労働省研究班・平成 22 年国民生活基礎調査に基づく推計)
、③
死因別年齢調整死亡率(人口動態特殊報告・平成 22 年都道府県別年齢階級別死亡率)、④疾患別
入院・外来年齢調整受療率(平成 23 年患者調査)、⑤特定健診によるリスク因子の年齢調整割合
(平成 22 年度特定健康診査受診者数等の性・年齢階級・保険者種別ごとの分布(全国及び都道府
県別一覧))。さらに、市区町村別の健康状態の違いを把握しやすいように、人口動態特殊報告「平
成 20~24 年
人口動態保健所・市区町村別統計」に基づき、市区町村別標準化死亡比(SMR)の高
低を地図上に区分して“見える化”した。また、特定健診のデータを用いて、協会けんぽ、国保
など複数の保険者のデータを統合して、市区町村別リスク因子の状況を年齢調整したうえで地図
上に示すための支援ツールを開発・提供した。国保データベース(KDB)システムの出力帳票のう
ち、「厚生労働省様式(様式 6-2~7)
」と「質問票調査の状況」の画面から出力される CSV ファ
イルを利用して、リスク因子や生活習慣等の特徴を、年齢調整したうえで県や全国と比較できる
ツールを開発した。
これらの資料やツール等は、下記よりダウンロードして使用可能であり、科学院の研修の教材
としても使用している。地域における健康状態の現状把握と課題の明確化のためにご活用いただ
きたい。
http://www.niph.go.jp/soshiki/07shougai/datakatsuyou/
介護予防の視点からの歯科口腔保健の現状と課題
生涯健康研究部
守屋信吾
健康日本21(第二次)、介護保険制度、歯科口腔保健の推進に関する法律などの重要政策にお
いて、高齢者の歯科口腔保健にかかわる事項が示されている。これらの政策の中で、健康長寿す
なわち介護予防の推進が重要課題として挙げられる。そこで、高齢者の歯科口腔保健の国の政策
上の重要指標を示し、それに関するフィールド調査の実践から得られた成果のうち、介護予防に
関連する事例を示す。さらに、これらの研究成果を活かした人材育成(研修)「歯科口腔保健の推
進のための企画・運営・評価研修」の概要を紹介する。
高齢者において保有歯数は増加傾向にあり、75歳から79歳の年齢層で20歯以上保有する者の割
合は、平成11年17.5%、平成17年27.1%、平成23年47.6%と増加してきた。歯周ポケットの保有者の
割合は高いため、高齢者においても歯周病対策の強化が必要であると考えられる。健康日本21
(第二次)において、自己評価咀嚼能力(咀嚼能力)が良好である者の割合は、現状73.4%(平成21年)、
目標80.0%(平成34年)となっており、咀嚼能力は高齢者の口腔保健上の最重要項目である。
これらの政策や重要指標に関するフィールド調査を実践したので、その成果を示す。咀嚼能力
は、歯科医師が評価した客観的な口腔内状況(残存歯の状態、歯周病進行度、義歯の状態)を良く
反映しており、また管理栄養士が評価した食事摂取状況と有意な関連を示した。さらに、5年間の
前向きコホート調査の結果、咀嚼能力の損なわれた者では、良好な者に比べ要介護認定される者
の頻度が有意に高かった。地域高齢者の介護予防事業(一次予防)ならびに、歯科的保健行動につ
いての行動変容ステージ状況を調べてみると、前者では男女とも80%以上、後者では男性66%、女
性47%で実行していないことが明らかになった。したがって、一次予防における行動変容の重要性
があらためて示唆された。
これらの研究成果を国内外の研究動向と照らし合わしながら、国立保健医療科学院の重要ミッ
ションである人材育成(研修)へ還元しているので、その事例を紹介する。地域歯科保健を担う様々
な職種に向けて、短期研修・地域保健「歯科口腔保健の推進のための企画・運営・評価研修」を
実施している。ここでは、講義による概念・知識の習得後に、PDCAサイクルによる地域歯科口腔
保健の推進に関する演習を実施し、その成果が国民に還元されることを目指している。
国の重要政策にかかわる研究として、地域高齢者を対象としたフィールド調査を実践してきた。
栄養、要介護認定、保健行動などの介護予防の視点から重要となる項目と歯科口腔保健状況との
関連について、研究成果の事例を示した。調査研究を展開・持続し、その成果を、政策の推進・
人材育成(研修)に還元し、生涯を通じた健康づくりに貢献していきたい。