HIV 陽性者における Helicobacter pylori 胃炎: レビュー 抄 訳 橋野 聡(北海道大学保健センター) Helicobacter pylori Gastritis in HIV-Infected Patients: A Review Daniel T. Nevin,* Christopher J. Morgan,* David Y. Graham† Robert M. Genta* *Miraca Life Sciences Research Institute, Irving, TX, USA, VA Medical Center and Baylor College of Medicine, Houston, TX, USA †Houston 要 約 背景:Helicobacter pylori(H. pylori )感染と Human Immunodeficiency Virus(HIV)感染では危険因 子が異なる。H. pylori は経口感染であり、社会経済的貧困と関連している。一方、HIV は性交渉、体液、 経胎盤的感染である。両感染に対する宿主反応が別々であれば、H. pylori 感染率は HIV 陽性者と陰性者で 同様のはずである。しかし、いくつかの研究では、HIV 陽性者では H. pylori 感染率が低いと指摘され、別の いくつかの研究では差がないか、むしろ HIV 陽性者で H. pylori 感染率が高いと報告されている。これらの 重複感染に関する研究論文をレビューし、しばしば対照的な証拠を呈するこの命題に信頼に足る結論が引 き出せるかどうか試みる。 対象と方法:関連論文をインターネットで検索し、抽出した論文からさらに個々の論文にキーワードを追 加入力し、引用されている論文を検索する。 結果:該当論文が 44 編見つかり、症例報告、レビュー、焦点を絞り込んだ論文、重複論文を除いた 29 論文を対象にした。1 つを除き、他の全論文で HIV 陰性者において H. pylori 感染率が高かった。5 論文では さらに CD4 リンパ球数も測定し、免疫不全の程度と活動性のある H. pylori 感染率が逆相関していた。 結論:胃粘膜へ H. pylori の持続感染が成立するには、宿主の免疫機構が機能していることが必要である。 キーワード:疫学、Helicobacter pylori 、免疫反応、HIV、AIDS、免疫不全宿主 対象と方法 レ ビ ュ ー の 方 針:PubMed に キ ー ワ ー ド (「Helicobacter pylori(H. pylori )」 、 「HIV」 、 「AIDS」) で偽陽性となっているものや免疫不全のために偽陰 性となっているものが含まれていた。したがって、 背 景 と な る 国・ 地 域、 症 例 と 対 照 群 の 選 択、 を入力して抽出された論文とその孫引き論文から、 H. pylori 診断法の違いのため、論文間の結果比較 関連する 29 論文を選び出し対象論文とし、症例数 には困難を極めた。 や対照とのオッズ比(OR)を検索した。 検索した論文における問題点:殆どの研究が後 方視的検討で、統計法もシンプルなものが使用さ 結 果 H. pylori 感染率は HIV 陽性者で HIV 陰性者より 低い れていた。症例選択法はそれぞれに異なり、対照 表 1 に H. pylori 感染率が HIV 陰性者で HIV 陽 群に関する詳細が不明なものも多かった。H. pylori 性者より高いとする 11 論文をまとめた。そのうち の診断を抗体で判定している場合には、既往感染 10 論文では研究対照群に HIV 陰性者が含まれてい © 2014 John Wiley & Sons Ltd, Helicobacter 19: 323–329 4 HIV 陽性者における Helicobacter pylori 胃炎:レビュー 表 1. HIV 陰性者で H. pylori 感染率が高いとする論文 陽性者数 H. pylori 陽性者数 H. pylori 陽性率 陰性 対照者数 H. pylori 陽性 対照者数 201 41 77 48 52 58 122 64 170 113 236 6 11 23 15 9 12 27 36 28 42 53 3.0 26.8 29.9 31.3 17.3 20.7 22.1 56.3 16.5 37.2 22.5 839 41 77 24 104 58 29 110 34 141 – 233 25 52 15 66 38 13 85 16 106 – 陽性者数 H. pylori 陽性者数 H. pylori 陽性率 陰性 対照者数 102 36 60 52 102 94 19 17 14 38 42 53 18.6 47.2 23.3 73.1 41.2 56.4 94 16 30 52 107 52 HIV HIV 文 献 出版年 対象地域 Edwards et al.[3] Benz et al.[4] Eidt et al.[5] Cacciarelli et al.[6] Chiu et al.[7] Panos et al.[8] Lv et al.[9] Alonso et al.[10] Luo et al.[11] Fialho et al.[12] Hestvik et al.[13] 1991 1993 1995 1996 2003 2007 2007 2001 2009 2011 2011 対象集団 Australia Adults Germany Adults Germany Adults US, NY Adults Taiwan Adults Greece Adults China Adults Cuba Adults China Adults Brazil Mixed Uganda Children (0–12) H. pylori 陽性率 27.8 61.0 67.5 62.5 63.5 65.5 44.8 77.3 47.1 75.2 *44.3 OR (95% CI) 有意差検定 0.08 (0.04–0.18) 0.23 (0.09–0.60) 0.20 (0.10–0.40) 0.28 (0.10–0.76) 0.12 (0.05–0.27) 0.14 (0.06–0.32) 0.35 (0.15–0.81) 0.38 (0.19–0.74) 0.22 (0.10–0.49) 0.20 (0.11–0.34) n.a. p p p p p p p p p p < .0001 < .005 < .0001 < .05 < .0001 < .0001 < .05 < .01 < .001 < .0001 – * ウガンダの小児の H. pylori 陽性率(本研究と関係ないバックグラウンドデータ) 表 2. HIV 陰性者で H. pylori 感染率が高い傾向があるとする論文 HIV HIV 文 献 出版年 対象地域 対象集団 Nielsen and Andersen [14] Varsky et al.[15] Lichterfeld et al.[16] AliMohamed et al.[17] Olmos et al.[18] Mach et al.[19] 1995 1998 2002 2002 2004 2007 Denmark Adults Argentina GU pts Germany Adults Kenya Adults Argentina Adults Poland Adults H. pylori 陽性 対照者数 24 11 8 44 53 36 H. pylori 陽性率 (95% CI) 25.5 68.8 26.7 84.6 49.5 69.2 0.67 (0.34–1.32) 0.40 (0.12–1.41) 0.84 (0.31–2.29) 0.49 (0.19–1.30) 0.71 (0.41–1.23) 0.57 (0.28–1.18) OR 有意差 検定 ns ns ns ns ns ns た。オッズ比は 95%信頼区間(CI)で 0.08 〜 0.35 率を検討した論文が 4 編あるが、HIV 陰性の対照 であった。別の 6 論文でも H. pylori 感染率が HIV 群を設けていなかったり、H. pylori 感染率のバック 陰性者で HIV 陽性者より高いとしているが、OR が グラウンドデータがないため、その結果は本レビュー 0.40 〜 0.84 で、統計学的有意差はなかった(表 2)。 には寄与していない。 H. pylori 感染率は HIV 陽性者で HIV 陰性者より H. pylori 感染と CD4 リンパ球数との相関 高い 研究対照群に HIV 陰性者を設定した研究では、 イタリアの 1論文のみ抗体検査で判定したH. pylori CD4 リンパ球数で HIV 陽性者を層別化したすべ ての研究で、CD4 リンパ球数が低いほど、H. pylori 感染率が低かった(表 3)。 感染率が OR 2.50 で、HIV 陽性者が HIV 陰性者よ り高いとしている。他の 2 論文でも H. pylori 感染 Miraca Life Sciences のデータベース検討 率が HIV 陽性者で HIV 陰性者より高いとしている Miraca Life Sciences のデータベースを利用して、 が、OR が 1.05 と 1.06 で、統計学的有意差はなかっ 239 例の HIV 陽性者と 731,935 例の HIV 陰性者で、 た。 免疫組織学的に診断された H. pylori 胃炎の罹患率 を比較した。統計学的有意差はなかったが、HIV 陽 対照群を置かない研究 HIV 陽性者で AIDS 発症の有無で H. pylori 感染 性者では 13.0%、HIV 陰性者では 9.8%が組織学的 に H. pylori 感染陽性であった。通院患者のみを診 5 表 3. HIV 陽性者での CD4 リンパ球と H. pylori 感染率との相関 HIV H. pylori 文 献 出版年 対象地域 対象集団 陽性者数 陽性者数 H. pylori 陽性率 リンパ球数との相関 Fabris et al.[27] Lionetti et al.[28] Werneck-Silva and Prado [29] Korac et al.[30] Magen et al.[31] 1997 1999 2007 2009 2010 Italy Italy Brazil Serbia Israel Adults Children Adults Adults Adults 67 45 528 186 49 37 9 171 48 26 55.2 20.0 32.4 25.8 53.1 Yes Yes Yes Yes Yes CD4 察する民間の内視鏡センターのデータに基づいてい 感染が、血液由来感染である HIV を防ぐとは考え るため、AIDS や重症免疫不全の HIV 陽性者が少 にくい。 なかったことが結果に影響している可能性がある。 考 察 H. pylori 感染と HIV 感染との相互関係 HIV 陽性者では、合併する細菌感染で抗生剤を 使用する機会が多いため、クローン病や潰瘍性大腸 炎患者で見られるように、抗生剤により H. pylori が除菌されている可能性がある。したがって、経過 H. pylori 感染病態の正確な機序は不明だが、本 を追跡した研究はないが、より免疫不全が進行し 疾患は、乳幼児期の不良な衛生状態と社会経済的 た HIV-AIDS 患者では、抗生剤を使用する頻度の 貧困や人口密集地域に関連した経口感染である。 増加により、H. pylori 感染率がさらに低下するこ いったん成立した感染は通常生涯持続するが、萎 とが予想される。 縮性胃炎による低酸や無酸で自然除菌される症例 や、他疾患の治療で処方された抗生剤が H. pylori 胃粘膜へ H. pylori の持続感染が成立するには、宿 を除菌する症例もこれまで想定されていたより多 主の免疫機構が機能していることが必要か? い。一方、HIV は性交渉、体液、経胎盤的に感染 H. pylori 胃炎の際に、局所で CD4 リンパ球が選 する。したがって、子宮内 HIV 感染を除くと、重複 択的に増加することが知られている。CD4 リンパ 感染者は先に H. pylori 感染があり、後から HIV 感 球の存在は、H. pylori それ自身とともに胃粘膜上 染が成立したことになる。以下に、HIV 陽性者に 皮の血管透過性を亢進させ、H. pylori の生存に必 H. pylori 感染率が低いことに対する仮説を述べる。 須な栄養を供給する。したがって、HIV-AIDS へと 進行して CD4 リンパ球が少なくなると、H. pylori HIV 感染は H. pylori 感染を防ぐか? この仮説には科学的根拠がなく、感染時期の前 後関係を鑑みても可能性が低い。 への 栄 養 供 給 が 低 下 することになる。 実 際 に、 H. pylori 持続感染成立には CD4リンパ球が必要で、 CD4 リンパ 球 がより 低 値 となる AIDS 患 者 では H. pylori 胃炎の頻度が低い(表 3)。今後は、免疫 H. pylori 感染が HIV 感染を防ぐか? 不全の進行に伴い H. pylori が除菌されているのか H. pylori 感染者では、バレット食道、アトピー疾 単に菌量が減少しているだけなのか、また、HIV 治 患、好酸球性食道炎、セリアック病の発生率が低い。 療による免疫不全の回復によって H. pylori 抗体価 バレット食道に関しては H. pylori 胃炎に起因する の再上昇・陽転化や胃粘膜での H. pylori 再出現が 低酸が関与し、他の 3 疾患は H. pylori 感染成立の 起き得るか否かを検証する必要がある。 下地となる不良な衛生環境が影響していると考えら れている。しかしながら、胃感染症である H. pylori 6 HIV 陽性者における Helicobacter pylori 胃炎:レビュー HIV 感 染 による 免 疫 不 全 が Helicobacter pylori 引き起こす全身性炎症反応が、H. pylori 胃炎の病態 (H. pylori )持続感染に及ぼす影響を検証したレビュー に 関 与 している 可 能 性 もあり、CD4 リンパ 球 数 の で、HIV 陽 性 者 で は H. pylori 感 染 率 が 低 い と い う みでなく、HIV ウイルス量との相関にも注意を払い 結論である。その理由として、HIV 感染後に使用さ たい。また、梅毒や B 型肝炎など様々な合併感染症 れる 抗生剤 による 偶然 の H. pylori 除菌 の 可能性 と、 や、長期内服する薬剤の免疫機能に及ぼす影響も無 HIV 感染後の CD4 リンパ球低下が胃粘膜上皮の血 視 できない。著者 が 述 べているように、HIV 陽性者 管 透 過 亢 進 を 抑 制 し H. pylori への 栄 養 供 給 を 障 害 の 免 疫 不 全 進 行 及 び 免 疫 機 能 回 復 に 伴 う H. pylori する可能性の 2 つが考えられた。ただ、HIV 感染が 感染病態の推移を追うことも重要である。 7
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