胃腸管上皮表面に付着するHelicobacter pylori は 直接接触によって

胃腸管上皮表面に付着するHelicobacter pylori は
直接接触によって粘膜バリアを傷害する
抄 訳
菅野 宏美、松野 吉宏(北海道大学病院病理診断科)
Helicobacter pylori Dwelling on the Apical Surface of Gastrointestinal Epithelium
Damages the Mucosal Barrier Through Direct Contact
Chen Zhang,*,† Hongyu Zhang,*,†,‡, Lu Yu,§ Yi Cao*
*Laboratory
of Molecular and Experimental Pathology, Kunming Institute of Zoology, Chinese Academy of Sciences, Kunming, China,
College of Life Science, University of the Chinese Academy of Sciences, Kunming, China,
‡Department of Gastroenterology, Kunming First People Hospital, Kunming, China,
§ Department of Pathology, Kunming First People Hospital, Kunming, China
†Kunming
要 約
背景:上皮細胞結合と粘液は粘膜バリアの主要な構成成分である。Helicobacter pylori(H. pylori )感染
は上皮細胞のタイト結合と接着結合の改変を引き起こすが、その詳細なメカニズムはいまだ明らかとなって
いない。
対象と方法:in vivo 、in vitro において H. pylori 感染胃腸管上皮細胞の接着分子および膜結合ムチン
MUC1 の発現を系統的に解析した。さらに in vitro で Boyden Chamber を用いた新規の手法を確立し、菌
とタイト結合の機能障害との関連を解析した。
結果:H. pylori に感染した培養細胞では一連の細胞結合関連分子および MUC1 の発現の低下が見られ
た。上皮細胞管腔表面への H. pylori の直接接触は、基底膜との接触や非接触に比して最も顕著にタイト結
合を傷害し、上皮細胞の透過性を亢進させた。さらに H. pylori 感染は MUC1 の発現と糖鎖付加を減少さ
せることを見出した。
結論:胃腸管上皮の管腔表面に付着する H. pylori は直接的に粘膜バリアの重篤な傷害を引き起こす。ま
た、今回示した Boyden Chamber を用いた新規の解析方法は、菌とその標的細胞との関係性を解析する上
で非常に有用である。
キーワード:Helicobacter pylori 、胃腸管上皮、タイト結合、接着結合、MUC1
対象と方法
組織試料と特殊染色・免疫染色
16 例の胃潰瘍切除検体を対象とし、うち 11 例
ムに 10 視野で評価し、10%以上の上皮細胞が陽性
の場合を「陽性」、10%未満の場合を「陰性」とし
た。
では Helicobacter pylori(H. pylori )感染が確認さ
れた。H. pylori の評価には Warthin-Starry silver
stain kit(Beijing Leagene Biotechnology、Beijing、
H. pylori 感染細胞を用いた in vitro における解析
細胞株としてヒト胃腺癌細胞由来である NCI-
China)を用いた。ZO-1 および MUC1 の発現評価
N87、 ヒ ト 結 腸 腺 癌 由 来 で あ る Caco-2 お よ び
に は、 一 次 抗 体 と し て ZO-1 rabbit polyclonal
HT-29 を用いた。
antibody(HPA001637)、MUC1 モノクローナル抗
7%ヒツジ血液寒天平板培地を用いて 37℃、微
体を用い、免疫染色を行った。染色結果はランダ
好 気 条 件 下 で 72 時 間 培 養 し た H. pylori の
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H. pylori Infection and Mucosal Barrier
胃腸管上皮表面に付着する Helicobacter pylori は直接接触によって粘膜バリアを傷害する
Zhang et al.
A
B
C
D
E
図
1.H. pylori
Boydenbetween
chamber
を用いた
vitro モデル。
Figure
1 A seriesと上皮細胞の相互作用を評価するために新規に確立した
of new in vitro models were developed to investigate the interaction
H. pylori
and in
epithelial
cells based on the Boyden C,
chamber.
(A,C,D) Cells were grown on the upper face of the filters. (A) Control cells without H. pylori. (C) The bacteria were added to the
(A,
D)細胞はフィルターの上面に培養されている。
upper chamber, which faced the apical side of the cells. (D) The bacteria were added to the lower chamber. (B and E) Cells were grown on the
lower face of the reversed filters. (B) Control cells without H. pylori. (E) The bacteria were added to the upper chamber, which faced the basal side
of(C)菌を上側の
the cells.
chamber に加えた、菌が上皮細胞の管腔側表面に接触するモデル。
(A)H. pylori 感染のない対照モデル。
(D)菌を下側の chamber に加えた、液性因子のみが上皮細胞に接触するモデル。
sodium phosphate buffer, pH 5.0, 342 lmol/L o-dianisi-
were sequentially incubated with primary antibodies,
and the cover slips were then incubated with the
homologous secondary antibodies in the dark. The cells
well.
incubation
for 2 minutes, the reaction was
H. pylori
感染のない対照モデル。
(B)After
were stained with 40 , 6-diamidino-2-phenylindole in
terminated
by
the
addition
of
50
lL
of
0.1%
sodium
(E)菌を上側の chamber に加えた、菌が上皮細胞の基底膜に接触するモデル。
azide. The optical density was measured using a microthe dark. The stained cells were visualized and captured
plate reader at 450 nm to calculate the HRP concentrausing a confocal laser scanning microscope (Olympus,
tion. The differences in optical density were statistically
Tokyo, Japan).
analyzed. p-values
< .01 were considered significant.
Bedford、MA、USA)でコンフルエントになるまで
ATCC43504
株[サイトトキシン関連遺伝子
(cyto­
HRP standards and blank samples were also included as
+株]
Quantitative
Real-Time Polymerase
Chain Reaction
7 日間培養し、菌は上側の
chamber(菌は上皮細胞
toxin-associated
gene A
protein
controls. The treatment
time
of H. :CagA)
pylori was蛋白
no more
than 12 hours, to avoid the
necrosis
and apoptosis of
Total
RNA was extracted usingあるいは下側の
the RNAPure kit chamber
(BioTeke
管腔表面に直接接触する)
をリン酸緩衝生理食塩水
(pH
7.4)に懸濁し、MOI
the cells infected with H. pylori.
Corp., Beijing, China). cDNA was prepared from 2 lg of
(multiplicity of infection)= 100 で宿主細胞に感染 (菌と上皮細胞の直接接触は少ないが、液性因子は
total RNA using the M-MLV reverse transcriptase
ポアを通して作用可能)
1、6、12
させた。
(Promega
Corp., Madison, に加え、それぞれ
MI, USA). The amplification
Immunofluorescence Staining and Confocal
reaction contained 19 PCR buffer, 1.25 U JumpStartTM
時間で上皮細胞を回収し、解析を行った。次に 1 ×
H. pylori と上皮細胞との相互作用を解析するた
Microscopy
Taq DNA polymerase (Sigma-Aldrich Corp.), 10 pmol
-N87dNTP,
-μm ポア
105 個 の0.2
め、Boyden
chamber
を用いた
vitro
のモデルを
NCI
を フィルター
下 面( 5and
primer,
mmol
100 ng template,
0.29
Cells grown on
glass cover
slips in
were
fixed
with iceSYBR
Greenone
(Amresco
Inc.,
Cleveland,
OH,
USA),
in
cold
acetone.
After
blocking
with
2%
BSA,
the
cells
5
作 製 した。 まず、1 × 10 個 の NCI-N87 を フィル
Transwell filter)で 培 養 後、Transwell device に
(B,
dineE)細胞はフィルターの下面に培養されている。
dihydrochloride, 0.003% H2O2) was added to each
ター上面( 0.4-μm ポアTranswell filter; Millipore、
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挿入し、菌は上側の chamber に加え、同様の解析
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9
H. pylori Infection and Mucosal Barrier
Zhang et al.
A
を行った(菌は 2 ~ 4 μm であり、上皮細胞の基底
C
膜に直接接触することが可能)
(図 1)。
さ ら に Boyden chamber を 用 い て horseradish
peroxidase(HRP)の透過性を計測し、単層細胞保
全性を評価した。
mRNA レベル、蛋白発現の解析
B
mRNA レベルの解析にリアルタイムPCR 法を用
い、蛋白の発現評価にウエスタンブロット法を用い
た。また、各蛋白の細胞内局在評価のため、細胞
株に対して蛍光免疫染色を施行し、共焦点顕微鏡
で観察した。
統計学的解析
SPSS 17.0 package(Chicago, IL, USA)を用い
て解析した。HRP の透過性と ZO-1 の半定量解析
には一要因分散解析と、スチューデントの t 検定を
用いた。免疫染色結果はフィッシャーの正確確率検
定を用いて検討し、p 値< 0.05 で有意とした。
D
結 果
H. pylori 感染はタイト結合関連蛋白と接着結合関
連蛋白の発現を減少させる
図 2.H. pylori を感染させた NCI-N87 細胞株における蛍光免
疫染色(ZO-1 および Symplekin)。
E
白発現が確認された。
ヒト胃切除材料を用いた免疫染色の結果、ZO-1
の発現は H. pylori 感染群で有意に減少していた
NCI-N87、Caco-2、HT-29 を用いた in vitro に
( 図 3)。H. pylori 感染群 11 例のうち、10%以上の
おける検討の結果、H. pylori 感染細胞株では、タ
上皮細胞で ZO-1 陽性像が確認されたのは 3 例のみ
イト結合関連蛋白である ZO-1 の mRNA、蛋白発
であった。
現の低下が見られた( 図 2)。同じくタイト結合関
連蛋白である Symplekin は蛋白発現の低下のみが
H. pylori の上皮細胞管腔表面への直接接触により
確 認 された。 同 様 に、H. pylori 感 染 NCI-N87 細
上皮の透過性が上昇する
胞株では接着結合関連蛋白である E-cadherin と
HRP をトレーサーとして用い、単層上皮細胞の
γ-catenin の mRNA、蛋白発現の低下が認められた。
透過性を解析したところ、H. pylori 感染後 1 時間
H. pylori 感 染 Caco-2 お よ び HT-29 細 胞 株 で は
では透過性に有意差を認めなかったが、感染後 6 時
β-catenin と γ-catenin の蛋白の発現低下が見られ
間で透過性の上昇が見られた。上皮細胞表面に直
たが、α-catenin および デスモゾーム 蛋 白 である
接 H. pylori を接触させることで最も透過性が上昇
desmoglein-2(DSG2)はいずれの細胞株において
し、H. pylori を上皮細胞と接触させず、液性因子
も変化が見られなかった。さらに、H. pylori 感染
のみが接触可能としたモデルでは透過性の変化が
NCI-N87 細胞株では胃疾患に関係する CagA の蛋
最も少なかった。透過性低下の程度に合致して、
Figure 2 Western blot (A and B) and immunofluorescence staining (C and D) of junction proteins in NCI-N87 cells infected with H. pylori and control cells. (A) The expression levels of the tight junction (TJ) proteins were significantly repressed. (B) A fraction of the adherens junction (AJ) proteins were repressed. (C) Immunofluorescence staining of ZO-1 and symplekin. (D) Immunofluorescence staining of E-cadherin and c-catenin. (E)
Immunofluorescence staining of DSG2. Ctrl: control cells without H. pylori;12 h: infection with H. pylori for 12 hours; 24 h: infection with H. pylori
for 24 hours. Bars, 20 lm.
10
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胃腸管上皮表面に付着する Helicobacter pylori は直接接触によって粘膜バリアを傷害する
B
図 3. ヒト胃切除検体における ZO-1 に対する免疫染色(左)および Warthin-Starry 染色(右)。
C
H. pylori 感染のない検体(H. pylori -N)では上皮細胞の細胞膜において ZO-1 の染色性が見られるが、H. pylori 感染のある検体
(H. pylori -P)では有意に染色性が低下している。Warthin-Starry 染色では同様の視野が示されており、H. pylori 感染のある検体
では菌体が確認される(黒矢印)。
上皮細胞表面に直接 H. pylori を接触させたモデル
では ZO-1 蛋白の発現低下が最も顕著に認められ
た。
少していることが示唆された。
考 察
本研究においては、まず、H. pylori 感染により
H. pylori 感染細胞では MUC-1 の発現と糖鎖付加
タイト結合関連蛋白である ZO-1 と symplekin の発
が減少する
現が低下することが示された。既報告においても
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John Wiley
& Sons Ltd, Helicobacter 19: 330–342
MUC1
は上皮細胞の管腔表面に発現し、病原体
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H. pylori 感染により ZO-1 の膜局在が改変される
や外来因子に対する防御機構において重要な役割
ことが示されており、本結果は既報に合致する。ま
を果たしているが、H. pylori 感染 NCI-N87 細胞株
た、H. pylori 感染はオクルディンやクローディンの
では MUC1 の細胞膜および細胞質における発現低
蛋白レベルを低下させるとの報告も見られる。
下が認められた。さらに、ヒト胃切除材料を用い
た免疫染色を行った。H. pylori 非感染群では組織
特異的な糖鎖付加により抗 MUC1 抗体のペプチド
また、タイト結合関連蛋白の発現と局在の改変
は、上皮の透過性亢進を引き起こす。
H. pylori 感 染 と CagA、vacuolating cytotoxin、
領域への結合が阻害され、MUC1 の染色性が認め
ウレアーゼ等の複数の細菌分子は、上皮細胞への直
られないが、過ヨウ素酸酸化反応により染色性が
接接着、液性因子の拡散といった様々な方法で宿
促進される。一方、H. pylori 感染群では過ヨウ素
主細胞に作用する。今回、H. pylori がタイト結合
酸酸化反応を行わなくても MUC1 の染色性が確認
にどのように作用するかを評価するため、Boyden
され、H. pylori 感染により MUC1 の糖鎖付加が減
chamber system を用いた新規の手法を試みたとこ
11
ろ、H. pylori 感染は複数の接触方法で上皮細胞に
胞株で腸管幹細胞マーカーである CDX1、SALL4、
おける ZO-1 の発現と単層細胞の保全性を傷害す
KLF5、LGR5 の発現上昇が見られることが報告さ
ることがわかった。さらに、上皮細胞管腔表面への
れ、H. pylori 感染が胃粘膜上皮を幹細胞様前駆細
直接接触によってタイト結合のバリア障害が最も
胞へ転換させる可能性が示唆された。H. pylori に
顕著に認められ、ZO-1 の発現も最も低かった。実
よって誘導される上皮結合の傷害は、分化した胃粘
際、H. pylori はヒトの胃粘膜上皮を貫通すること
膜上皮から幹細胞様前駆細胞への分化転換に関係
は殆どなく、腺窩・管腔表面、粘液内で見られるた
する可能性も考えられる。
め、このことは臨床上、重要である。
また、本研究では H. pylori 感染により in vitro
E-cadherin、α-catenin、β-catenin、γ-catenin は
で MUC1 の染色性低下が認められ、胃切除材料を
接着結合関連蛋白で、H. pylori は種々のメカニズ
用いた免疫染色では、過ヨウ素酸酸化反応を利用
ムで E-cadherin/catenin 複合体に作用し、胃粘膜
することで MUC1 の糖鎖付加の減少が確認された。
の腸上皮化生や癌化を促進するとされている。本
この結果は抗グリカン抗体を用いてムチンの糖鎖
研究では既報同様、H. pylori 感染細胞株において
付加の減少を示した過去の報告と合致する。
E-cadherin、β-catenin、γ-catenin の発現低下が確
要約すると、本研究により H. pylori 感染が特に
認されたが、接着結合よりもタイト結合においてよ
菌の直接接着を介してタイト結合の発現と分布を
り顕著な改変が認められた。興味深いことにデス
改 変 し、上 皮 の 保 全 性 を 傷 害 すること、そして
モゾームの主要蛋白である DSG2 には殆ど変化がみ
MUC1 の発現と糖鎖付加を抑制し、上皮細胞の防
られなかった。
御機構を傷害することが示された。
近年、cagA + H. pylori を感染させた GES-1 細
12
本報告では、種々の細胞接着結合関連分子、膜結合
透 過 性 亢 進 を 最 も 顕 著 に 誘 導 することを 明 示 した
ムチン MUC1 の発現変化や上皮細胞透過性の変化を
点 が 非 常 に 興 味 深 い。 癌 細 胞 株 を 用 いた 解 析 のた
通じて、Helicobacter pylori(H. pylori )- 上 皮 細 胞
め、正 常 胃 粘 膜 細 胞 で の 検 討 に 興 味 が 寄 せ ら れ る
の接触様式と粘膜バリア機能障害の関係が解析され
が、胃切除材料でも同様に ZO-1 蛋白の発現低下や
ている。Boyden chamber を 用 いた in vitro の 系
MUC1 の 糖 鎖 付 加 減 少 が 示 されている。 今 後 はそ
を独自に開発し、H. pylori が上皮細胞の管腔表面に
の他の接着結合関連分子の挙動についても検証され
直接接触することで ZO-1 の発現低下や上皮細胞の
ることを期待したい。