第 13章 権 利 擁 護 と 相 談 援 助 活 動

第
1
福祉サービス利用者の権利擁護と
ソーシャルワークとの関連を理解する。
2
危機介入アプローチなど、
ソーシャルワークの理論と権利擁護の実際を理解する。
3
ソーシャル・インクルージョンと、
福祉サービス利用者の権利擁護にかかわる活動を理解する。
章 権利擁護と相談援助活動
13
1. ソーシャルワークと利用者の権利擁護
A. ノーマライゼーションの実現に向けて
ノーマライゼーション
normalization
ノーマライゼーションは、1981 年国連により指定された「国際障害者
年」および「国連障害者の 10 年」
(1983〜1992 年)を通じて、わが国の
福祉現場にもその思想が広まっていったものと思われる。
「ある社会から
その構成員のいくらかの人々を締め出す場合、それは弱くて脆い社会であ
る。
」という考えは、障害者への基本的人権への配慮を国際的にも再検討
する機会を与えるものとなった。
もともとは北欧デンマークの知的障害者の施設の改善運動からスタート
ニィリエ
Nirje, Bengt
バンク─ミケルセン
Bank-Mikkelsen, Neils
Erik
したこの考え方は、ニィリエやバンク─ミケルセンらにより理論化され、
今日では障害者全体から、児童、高齢者にいたるまで、対象者の保護から
人権尊重、自立支援という地域生活の保障を求める福祉政策の実現を要求
する運動の基盤となっている。
このノーマライゼーションの実現が、わが国の成年後見制度にも大きな
影響を与えている。これは、
「新しい成年後見制度は、高齢社会への対応
および知的障害者・精神障害者等の福祉の充実の観点から、自己決定の尊
重、残存能力の活用、ノーマライゼーションなどの新しい理念と従来の本
人の保護の理念との調和を旨として、各人の個別の状況に応じた柔軟かつ
(1)
弾力的な利用しやすい制度を利用者に提供することを目的とするもの」
と述べられている。
自己決定の尊重や残存能力の活用は、福祉サービス利用にあたっての前
提になる考え方であり、ソーシャルワークの場面である相談援助活動でも、
判断能力が不十分であったり、自分の意思をうまく表現できない認知症高
齢者や知的障害者・精神障害者にとって、ノーマライゼーションの理論の
積極的な実現が求められる。
ニィリエは、以下のノーマライゼーションの原則を述べている(2)。
①日常、週、年単位の正常な生活リズムの確保
②一生涯における正常な発達の保障
③知的障害者の無言の願望や自己決定の尊重
④男女両性のある世界で暮らすこと
⑤正常な経済的水準の保障
208
⑥家族との共生を含む正常な住環境水準の保障
第 章 ●権利擁護と相談援助活動
これらは、後見人等が行う被後見人の身上配慮義務にあてはまる項目で
13
あり、知的障害者のみならず精神障害者や認知症高齢者に置き換えてみて
も何ら変わるところはない。ノーマライゼーションの実現は、福祉サービ
スなどの提供にかかわる身上監護の内容の検討にも密接にかかわるもので
あるといえる。
B. 被後見人等への対応とソーシャルワーク理論
成年後見制度の対象である認知症高齢者や知的障害者・精神障害者は、
・ソーシャルワークと利用者の権利擁護
[1]アドボカシー(代弁)
1
アドボカシー
advocacy
代弁
自分自身の意思を表明することが困難である場合が多い。ソーシャルワー
カーはこれらの人びとの意見を代弁し、福祉サービス事業者や、行政機
関・関連団体等、周囲の人間関係等に対し、本人の意思を伝え、それへの
配慮を求めていく。この考え方も、被後見人等の意思を代弁するという被
後見人の姿勢は、これと共通な視点である。
[2]インターベンション(介入)
インターベンションは、問題を抱えた個人のみに焦点を当てるのではな
インターベンション
intervension
介入
く、個人と環境との接点に焦点を当ててソーシャルワークを行うという考
え方である。まさに福祉サービス利用者を取り囲む人間関係や、福祉サー
ビスの利用など制度の活用に関し、社会資源との間に介入していくことは、
被後見人等の身上監護のために、後見人等が福祉サービスの利用手続を行
うなどの実践に関係する。
[3]アカウンタビリティ(説明責任)
福祉サービスの利用について、利用契約を締結する際、サービス事業者
アカウンタビリティ
accountability
説明責任
は利用者に対し、その提供するサービス内容についてきちんと説明しなけ
ればならない。これは、社会福祉法第 8 章の福祉サービスの適切な利用に
おいても 76 条の利用契約の申込み時の説明や、77 条の利用契約の成立時
の書面の交付が法規定として義務づけられている。
[4]コンプライアンス(倫理責任・倫理遂行性)
商品の偽装や契約不履行など、本来企業や団体がしてはならない倫理上
コンプライアンス
compliance
倫理責任・倫理遂行性
の責務のこと。その遂行のために、業務上の役割分担や責任の明確化、そ
の遂行状況の監視、チェック体制と、適切な評価を行う条件の整備がなさ
209
れているかという問題がある。
組織の内外に対し、常に透明性のある組織運営と、提供するサービスの
品質管理が、契約による福祉サービス提供の場においても求められている。
また、被後見人等へのサービスの提供状況について、後見人等がこれらの
チェック効能を果たすことも大切である。適切な財産管理と身上監護とい
う後見事務を遂行すること自体が、後見人等のコンプライアンスの課題で
ある。
社会福祉法 78 条の福祉サービスの質の向上のための措置等や 79 条の誇
大広告の禁止規定が設けられている。
アクセシビリティ
accessibility
[5]アクセシビリティ
被後見人等の日常生活の維持に必要な福祉サービスその他の制度利用に
関する利用者とサービス提供者との接近性、利用のしやすさを意味する。
サービス利用に関する情報、サービスを受ける場合の物理的障壁、手続
などのしやすさや時間経過、サービスの適切な質・量および費用負担など、
利用者が制度やサービスを活用しやすい配慮が求められる。
2. 権利擁護活動と危機介入アプローチ
A. 危機介入理論
日常生活上遭遇した危機に対し、本人はその心理的ショックから、正常
な判断を見失い、精神的な混乱を起こす。そのような事態において、ソー
シャルワーカーなどの援助者は、できるだけ早くその状態に介入して、危
危機介入
crisis theory
機以前の生活状態に戻すための援助を行う。その一連の援助過程が、危機
介入アプローチである。
成年後見制度の場合、一人暮らしの在宅の高齢者が認知症の進行により
介護保険によるサービス提供の契約上の必要性から、法定後見制度の活用
が求められることがある。また、判断能力が低下した状態での独居生活そ
のものが危機状態に瀕しており、火の不始末によるボヤや火災の発生、災
害時の避難の遅れ、見当識障害による道に迷って帰宅できないなどの問題
も生じる。一方、知的障害者や精神障害者の場合にも、日常的に継続した
医療や福祉サービスが必要であったり、親の死亡による遺産相続の場合に、
210
その事務手続や、本人に代わる財産管理の必要性が契機となって法定後見
第 章 ●権利擁護と相談援助活動
が必要とされる場合がある。
13
近年その対応が注目を集める高齢者や障害者への虐待問題に対しても、
被害者である被後見人等と加害者との人間関係に、成年後見人等が、ソー
シャルワーカーとともに素早く危機介入し、社会資源の活用や対人関係の
調整が可能となるよう、その対応については常に念頭に置かなくてはなら
ない課題である。また、成年後見人等が選任されているという状況そのも
のが、一種の危機への予防であるという見方もできる。
・権利擁護活動と危機介入アプローチ
2
B. 成年後見活動と危機介入
判断能力が不十分な認知症高齢者や知的障害者、精神障害者等は、もし
本人のみで独居生活を行う場合、日常生活そのものが危機状態と背中合わ
せの関係にあるといえる。本人の契約能力自体が問題であるため、福祉サ
ービスなどの利用契約にあたっては、適切にその契約を代行する人が必要
である。従来は、家族・親族が同居していたり、すぐ近くに居住している
場合には、ある程度の認知症の進行や障害の程度によっては独居生活を送
れている場合もあった。しかし、高齢者虐待防止法に明記された「経済的
高齢者虐待防止法(高齢
者虐待の防止、高齢者の
虐待」のように、家族や親族が本人名義の不動産などを勝手に処分したり、 養護者に対する支援等に
関する法律)
本人の年金を引き出して勝手に使うなどの問題が頻繁に起こるようになる
と、あらためて成年後見制度の必要性が認識されるようになる。
また、被後見人等が悪質訪問販売や振り込め詐欺などの被害者になる場
合も少なくない。疾病の予防と同様に、想定される犯罪被害の予防対策も
必要である。
本人に対する代理権などが家庭裁判所から認められた成年後見人等は、
予測される危機状態への予防対策を講じるとともに、危機状態に遭遇した
ときには、その被害を最小限に抑え、正常な日常生活に戻るための策を講
じるよう、常に被後見人の生活状況を把握し、見守る必要がある。
福祉サービスの事業者側からも、本人のサービスにかかる経費について、
本人が財産管理をできない場合はもちろん、家族などの親族が本人の費用
を滞納し、督促にもなかなか応じないケースについては、成年後見人等に
よる財産管理が有効となる場合も多い。
211
3. ソーシャル・インクルージョンと権利擁護
A. ソーシャル・インクルージョン理論と権利擁護
ソーシャル・インクルー
ジョン
social inclusion
地域包括(支援)
ソーシャル・インクルージョンは、1980 年代アメリカの障害児教育の
分野で、あらゆる児童が障害の有無にとらわれることなく地域社会の教育
の場である学校に包み込まれ、個々の能力や興味に応じた教育が保障され
るとともに、日常生活に必要な援助を地域社会において提供されることを
めざした理論である。
わが国では 2000(平成 12)年に、当時の厚生省の「社会的な援護を要
する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告書が、ソーシャ
ル・インクルージョンについて、以下のように述べている。
「社会福祉は、
その国に住む人々の社会連帯によって支えられるものであるが、現代社会
においては、その社会における人々の『つながり』が社会福祉によって作
り出されるということも認識する必要がある。特に現代社会においてはコ
ンピューターなどの電子機器の開発・習熟が求められるが、人々は『つな
がり』の構築を通じて偏見・差別を克服するなど人間の関係性を重視する
ところに、社会福祉の役割があるものと考える。なお、この場合における
『つながり』は共生を示唆し、多様性を認め合うことを前提としているこ
とに注意する必要がある。…(中略)…イギリスやフランスでも、
『ソー
シャルインクルージョン』が一つの政策目標とされるに至っているが、こ
れらは『つながり』の再構築に向けての歩みと理解することも可能であろ
(3)
う」
。
わが国では、地域社会の人間どうしのつながりを基盤にし、その再構築
を図り、すべての人びとを孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文
化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合うこと
がソーシャル・インクルージョンであるとし、その実現のための社会福祉
を模索する必要がある。
B. 地域包括支援体制と権利擁護のあり方
上記のソーシャル・インクルージョンは、「地域包括(支援)」と訳され、
2005(平成 17)年の介護保険法改正により創設され、翌年から事業が開
212
始された「地域包括支援センター」により、実践されることになった(図
地域包括支援センター
13
開する役割を担うこととなり、行政機関、保健所、医療機関、児童相談所
など必要なサービスにつなぐ実務が明記されている。
また、2013(平成 25)年度より実施されている「安心生活基盤構築事
業」により、「権利擁護推進センター」を中心とした相談支援や成年後見
制度等の利用支援が行われている(図 13─2)
。
図 13─1 地域包括支援センター(地域包括ケアシステム)のイメージ
多面的(制度横断的)支援の展開
総合相談・支援事業
行政機関、保健所、医療機関、児童
相談所等必要なサービスにつなぐ
虐待防止・早期発見、権利擁護
虐待防止
●
●
日常的個別指導・相談
支援困難事例等への指導・助言
地域でのケアマネジャーのネットワークの構築
多職種協働連携の実現
主治医
ケア
マネジャー
●
●
地域権利擁護
民生委員
介護予防マネジメント事業
ケア
アセスメントの実施
マネジメント
チーム
アプローチ
センターの運営支援、評価
地域資源のネットワーク化
介護保険サービスの関係者
地域医師会、
ケアマネジャー等の
職能団体
成年後見制度
●
主任介護支援
専門員
連携
ボランティア
ヘルスサービス
介護相談員
社会福祉士
支援
ケアチーム
介護サービス
医療サービス
保健師等
●
●
中立性の確保
人材確保支援
●
プランの策定
●
事業者による事業実施
●
再アセスメント
居宅介護支援
事業所
利用者、被保険者(老人クラブ等)
地域包括支援センター
運営協議会
NPO 等の地域サー
ビスの関係者
権利擁護・相談を担う関係者
新予防給付・介護予防事業
長期継続ケアマネジメント
包括的・継続的マネジメント事業
●
3
主治医
⇒市区町村ごとに設置
(市区町村が事務局)
包括的支援事業の円滑な実
施、センターの中立性・公
正性の確保の観点から、地
域の実情を踏まえ、選定。
出典)厚生統計協会『国民の福祉と介護の動向 2014/2015 年版』厚生統計協会,2014,p.226.
213
・ソーシャル・インクルージョンと権利擁護
被保険者
第 章 ●権利擁護と相談援助活動
13─1)
。ここに配置された社会福祉士が、多面的(制度横断的)支援を展
図 13─2 安心生活基盤構築事業
○住民参加による地域づくりを通じて、地域住民の社会的孤立を防ぎ、誰もが社会との「絆」を感じながら、安心して生活できる基盤を
構築していくため、「安心生活創造事業」の基本理念(抜け漏れのない把握、漏れのない支援、自主財源の確保)を引き継ぐとともに、
これまでの安心生活創造事業の成果・課題を踏まえ、分野横断的な相談支援体制の構築や権利擁護の推進等を実施する総合的な取組へ
と拡充して実施。
(平成 26 年度予算案:セーフティーネット支援対策等事業費(150 億円)の内数)
※地域福祉のコーディネーターを多
機能型・双方向型の拠点に配置する例
地域における社会的孤立防止体制の構築イメージ
権利擁護推進センター
見近な地域包括支援ネットワークの構築
・支援を必要とする者者の発見・ニーズの把握、支援の実施
・関係者間の情報の共有
商店街
見守り
利用
連携
ライフライン
(電気・ガス・
水道)
要援護者
見守り
孤立状態
の者
(小学校区等)
要援護者
見守り
見守り
連携
市町村域
シルバー
人材センター
利用
生活支援
(配食・買い物)
連携
福祉横断的相談支援
・住民の複雑なニーズに対応するための
総合相談窓口
(高齢・障害等を問わない窓口の一本化)
連携
ブランチ
・全市的地域包括支援ネットワークの構築
(地域福祉のコディネーターの支援)
※地域包括支援センター等の活用により設置
参画
住民ニーズに応じた地域福祉計画
の策定
・地域住民,支援者からの相談
・ネットワークからの孤立者等の情報
ネットワークを活用した支援
一体型拠点に設
(地域福祉のコーディネーターとの連携)
置することもあり
具現化
策定主体
※制度内外、高齢・障害等も包括した訪問、泊まり、
通いといったニーズに合わせた各種サービスの一
体的な提供拠点(多機能)であるとともに、利用
者はサービスを利用するだけでなく支援者としても
活動(双方向)
要援護者
見守り
小地域
全体の仕組み作りやルールの確立に係る
部分は市区町村行政が実施
・相談支援(地域福祉のコーディネーター)
(制度・サービス利用へのつなぎ(個別支援)
、
ネットワーク会議の開催、地域活動支援等)
・移動サービス(交通手段の確保)
・サロン等の開設(支援員の設置)
(家族介護者、ひきこもりなど地域の課題に応じ
た多様な設置)
・公的サービス(介護・医療等)
利用
支援の担い手
(地域住民)
支援の担い手
(民生委員)
多機能型・双方向型拠点
消費生活
センター 等
(判断能力の不十分な者への支援)
新聞配達
宅配 等
中学校区
広域で支援
している事業
・権利擁護に関する相談支援
・法人後見等成年後見制度支援
・日常生活自立支援事業
安心生活創造事業成果報告書(H24.8)
※平成 21 年度~ 23 年度のモデル事業の成果・課題等を収載
【今後重要と考えられる取組み】
①社会的孤立を防ぐための官民問わない多様な主体との連携・協働 ②総合的な相談支援体制の確立
③地域福祉計画の策定 ④契約支援・権利擁護の必要性 ⑤要援護者も社会参加・自己実現できる仕組み
事業概要
①安心生活創造推進事業
○事業内容
(1)基本事業
● 抜け漏れのない実態把握
・社会的な孤立者等の所在及びニーズ把握
● 生活課題検討・調整事業
・個別支援のための支援内容の検討・調整(ケース会議
の開催等)
● 抜け漏れのない支援実施事業
・買い物支援等の生活支援サービスやサロン等の居場所
づくりの実施 等
● 地域支援活性化事業
・地域福祉の調整役(コーディネーター)の配置 等
● 住民参加型まちづくり普及啓発事業
・参加を促すイベントや研修による人材確保 等
● 自主財源確保事業(第Ⅱ期からの実施も可能)
・寄付や物販等を通じた財源の確保
(2)選択事業(基本事業の上乗せとして実施)
● 高齢・障害等を問わない福祉横断的な相談体制を構築
● 多機能型・双方向型の包括的サービス拠点の設置
● 権利擁護の包括的な取組を行う権利擁護推進センターの
設置等
○実施主体:都道府県、市区町村
○補助率:定額
第Ⅰ期基本事業@1,000 万円(人口規模に応じて増額)、選
択事業:@1,000 万円
第Ⅱ期基本事業:@600 万円、選択事業:@600 万円
○第Ⅰ期(始動期)と第Ⅱ期(発展期)の通算5年間の補助
②日常生活自立支援事業
○日常生活自立支援事業
判断能力の不十分な者への契約等の支援
○実施主体:都道府県・指定都市社会福祉協議会
○補助率:1/2(ただし、生活保護受給者の利用に要す
る経費については定額)
出所)厚生労働省「社会援護局地域福祉課消費者委員会本会議説明資料(日常生活自立支援事業について)」(平成 26 年 4 月)
214