骨格筋再生を促す治療候補薬の同定に成功

プレスリリース
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慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
広報担当 吉岡・三舩
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解禁時間 (テレビ、ラジオ、WEB) :2015年4月13日(月) 午後6時
(新聞):2015年4月14日(火)付 朝刊
2015 年 4 月 10 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
骨格筋再生を促す治療候補薬の同定に成功
-筋ジストロフィーに対する治療薬としての効果に期待-
筋ジストロフィーは、筋肉が徐々に壊死し、筋肉の萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾
患です。特にデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、もっとも発症率が高く、男児約 3500 人に 1
人の割合で発症します。その経過は 2~5 歳ごろに歩き難いことで診断され、10 歳代前半に車い
す生活となり、20~30 歳代で呼吸不全になります。現在は有効な治療方法が存在せず、新たな治
療方法の開発が強く期待されています。
今回、慶應義塾大学医学部の湯浅慎介専任講師、林地のぞみ(大学院医学研究科博士課程在籍)、
福田恵一教授らは、国立精神・神経医療研究センターの武田伸一トランスレーショナル・メディ
カルセンター長兼遺伝子疾患治療研究部長との共同研究により、このデュシェンヌ型筋ジストロ
フィーに対して効果が期待できる治療候補薬を発見しました。
本研究グループは、まず、筋肉の筋衛星細胞(注1)が活性化すると、顆粒球コロニー刺激因
子(G-CSF)(注2)受容体(注3)が発現することを見出しました。そして、この G-CSF を筋ジ
ストロフィーモデルマウスへ定期的に投与することにより、筋肉の長期にわたる再生促進が得ら
れ、生存期間の延長につながることを見出しました。G-CSF は薬剤として既に広く用いられてお
り、その副作用や安全性は十分に理解されています。特異的な治療方法が開発されていない重症
筋ジストロフィーへ、定期的に G-CSF を注射することによって筋力回復と生存期間の延長が得ら
れれば、革新的な治療法になる可能性があり、今後の治療薬の開発につながる研究結果であると
期待されます。
本研究成果は、2015 年 4 月 13 日(米国東部時間)に英国科学誌「Nature Communications」オ
ンライン版に公開されます。
上記の発表解禁日時の厳守をよろしくお願い致します。
1.研究の背景
成人の骨格筋(注4)には筋衛星細胞と呼ばれる幹細胞が筋線維の周囲に僅かながら存在しま
す。通常は、筋衛星細胞は睡眠状態にあり何もしていません。しかし、運動や筋傷害時には、筋
肉の損傷に応じて筋衛星細胞が活性化・増殖して骨格筋の再生に至り、筋力が回復することが知
られています。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋肉細胞の骨格を維持するために重要な働
きをしているジストロフィン遺伝子の変異によって筋肉細胞が壊れやすくなる病気と考えられ
ています。デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者においても、骨格筋に幹細胞が存在するために、
病気の初期は筋衛星細胞が活発に増殖して筋損傷に対応していますが、罹病期間が長くなると筋
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衛星細胞が疲弊して活性化・増殖できなくなり、骨格筋の再生能力が低下してしまうと考えられ
ています。このような筋ジストロフィーに対して骨格筋の再生を促すことができれば、筋力低下
を免れることができるのではないかと考えられますが、動物実験でも大きな効果は得られていま
せんでした。
2.研究の概要と成果
我々は以前の報告で、子供のマウスにおいて骨格筋前駆細胞(注5)で G-CSF 受容体が発現し
ていること、さらに大人のマウスにおいても筋損傷後の骨格筋前駆細胞で G-CSF 受容体が発現し
ており、G-CSF が筋肉の再生を促進させることを見出していました。今回、本研究グループは、
筋肉の幹細胞である筋衛星細胞が活性化すると G-CSF 受容体が発現することを見出しました。さ
らに G-CSF 投与により、これらの筋衛星細胞への強い増殖作用を認めることが判明しました(図
1)
。
図1
筋ジストロフィーは骨格筋の慢性損傷疾患であり、長期に渡り骨格筋の傷害と再生を続けてい
る疾患です。同疾患に対する骨格筋再生療法を開発するためには、筋衛星細胞に直接的に働きか
けることができる強い骨格筋再生促進因子を見出す必要があります。G-CSF の筋衛星細胞に対す
る増殖効果より、筋ジストロフィーへの治療効果があるのではないかと考え、筋ジストロフィー
モデルマウスを用いた検討を行いました。G-CSF が筋ジストロフィーにおいて必要な因子かどう
かを検討する為に、G-CSF 受容体欠損マウスと筋ジストロフィーモデルマウスを用いた検討を行
いました。mdx マウスはヒトデュシェンヌ型筋ジストロフィーと同様にジストロフィン遺伝子に
変異があるマウスですが、軽度の筋傷害を認めるのみであり生存期間には問題ないことが知られ
ています(図2:黄線)
。また G-CSF 受容体遺伝子を半分欠失させた G-CSF 受容体ヘテロ欠損マ
ウスも生存期間には影響しません(図2:赤線)
。しかしながら mdx/G-CSF 受容体ヘテロ欠損マ
ウスは、筋再生が顕著に低下し致死的となることが判明しました(図2:青線)。このことから、
筋ジストロフィーモデルマウスの筋再生と生存維持において、十分量の G-CSF が必要であること
が判明しました。
図2
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G-CSF の筋ジストロフィーへの治療効果を確認するために、より重症の筋ジストロフィーモデ
ルマウスを用いた検討を行いました。ジストロフィン遺伝子と似た遺伝子であるユートロフィン
遺伝子というものがあり、ジストロフィン遺伝子と同様に骨格細胞の骨格を維持するために重要
な働きをしています。ジストロフィン・ユートロフィン二重欠損マウスは、ヒトデュシェンヌ型
筋ジストロフィーに類似して、筋傷害が強く致死的となります(図3:青線)。同マウスに対し
て 3 週齢から G-CSF を注射すると生存期間が著明に延長することが判明しました(図3:赤線)
。
さらに 100 日齢の同マウスは筋傷害がかなり進行した状態にありますが、同時期より G-CSF を 1
週間に 2 回注射すると生存期間が延長することを見出しました(図3:黄線)
。
図3
3.研究の意義・今後の展望
本研究においては重症の筋ジストロフィーモデルマウスへ G-CSF を定期的に投与することによ
り、長期に渡る筋力の回復と、生存期間を著明に延長することに成功しました。今後の治療薬の
開発につながる研究結果であると期待されます。
4. 特記事項
本研究は、MEXT/JSPS 科研費 24117716 および厚生労働科学研究委託事業(H26-神経・筋-一般
-003)によりサポートされたものです。
5. 論文名
タイトル(和訳)
:
“G-CSF supports long-term muscle regeneration in mouse models of muscular
dystrophy”
(G-CSF はマウス筋ジストロフィーモデルにおいて長期の骨格筋再生を支持する)
著者名:林地のぞみ、湯浅慎介、鈴木(宮越)友子、原美枝、伊藤尚基、橋本寿之、楠本大、関
倫久、遠山周吾、小平真幸、國冨晃、樫村晋、武井真、斎藤優樹、大方信一郎、江頭徹、
遠藤仁、笹岡俊邦、武田伸一、福田恵一
掲載誌:「Nature Communications」オンライン版
【用語解説】
(注1)筋衛星細胞
怪我などの際に骨格筋が損傷すると骨格筋固有の幹細胞が動員されて、骨格筋の再生が行われ、
骨格筋損傷が治癒に向かいます。この骨格筋の幹細胞のことを筋衛星細胞と呼びます。
(注2)G-CSF: 顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte-colony stimulating factor)
骨髄を刺激して、白血球の一種である好中球の増殖を促す細胞間情報伝達分子となるタンパク質。
抗がん剤や放射線治療の副作用として白血球が少なくなった際や、造血幹細胞の抹消への誘導促
進などの為に G-CSF 製剤として用いられています。
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(注3)G-CSF 受容体: 顆粒球コロニー刺激因子受容体
細胞から分泌された G-CSF は、細胞膜に発現している G-CSF 受容体に結合して、G-CSF が発現し
ているという信号を受け取ります。G-CSF の機能を実験動物で確認するためには、G-CSF 受容体
が発現していないマウス(G-CSF 受容体欠損マウス)を作製して検討されます。
(注4)骨格筋
筋肉には様々な種類があり、幾つかの分類法があります。大きく分けて横紋筋と平滑筋に分かれ、
さらに横紋筋は骨格筋と心筋に分かれます。骨格筋は一般的に『筋肉』とイメージされているも
ので、体を自律的に動かす筋のことです。
(注5)筋前駆細胞
幹細胞は様々な細胞に分化可能であることにより定義される細胞です。筋衛星細胞が活性化され
筋肉細胞への分化が決定づけられると筋前駆細胞と呼ばれます。
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慶應義塾大学医学部内科学(循環器)
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