No.37

Original Article: Pediatric Endocrinology Reviews(PER). Volume 10, Supplement 1
Editor-in-Chief: Zvi Laron, MD, PhD(h.c.)
Associate Editor: Mitchell E. Geffner, MD
Associate Editor for Japan and Pacific Area: Tanaka Toshiaki, MD
(PER published by: Y.S. MEDICAL MEDIA Ltd.)
37
NO.
CONTENTS
1
ライソゾーム蓄積症への酵素補充療法
Toya Ohashi, MD, PhD
東京慈恵会医科大学総合医科学研究センターDNA 医学研究所遺伝子治療研究部 大橋 十也
日本における小児 1 型,2 型糖尿病のスクリーニングと治療
2
Tatsuhiko Urakami, MD, Junichi Suzuki, MD, Hideo Mugishima, MD, Shin Amemiya, MD,
Shigetaka Sugihara, MD, PhD, Tomoyuki Kawamura, MD, Toru Kikuchi, MD,
Nozomu Sasaki, MD, Nobuo Matsuura, MD, Teruo Kitagawa, MD
駿河台日本大学病院小児科 浦上 達彦
3
日本における先天性甲状腺機能低下症の
新生児マス・スクリーニング
Kanshi Minamitani, MD, PhD, Hiroaki Inomata, MD, PhD
帝京大学ちば総合医療センター小児科 南谷 幹史
今号の概要
“
”Volume 10, Supplement 1では Pediatric Diabetes, Endocrine
and Metabolic Diseases in Japan:Past, Present and Futureと題して,日本
の小児内分泌・代謝のエキスパート11人にup-to-dateな総説を書いていただき
ました。そのうち,①ライソゾーム病への酵素補充療法,②小児糖尿病のスク
リーニングと治療,③先天性甲状腺機能低下症の新生児マス・スクリーニング,
についてのレビューを紹介します。
総監修:たなか成長クリニック院長 田中 敏章
1 ライソゾーム蓄積症への
酵素補充療法
Enzyme Replacement Therapy for Lysosomal Storage
Diseases
Toya Ohashi, MD, PhD
*
大橋 十也 東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター DNA 医学研究所遺伝子治療研究部
● はじめに
● ファブリー病
ライソゾーム蓄積症
(LSD)
はライソゾームに存在する加
ファブリー病はα-ガラクトシダーゼAの欠損によりグロ
水分解酵素の欠損によりさまざまな基質が細胞内に蓄積
ボトリアオシルセラミドという糖脂質が平滑筋,心筋,血
し,さまざまな臨床症状を呈する疾患群であり,現在約40
管内皮,神経節細胞に蓄積する疾患で,腎障害,心肥大,
種類が知られている。そのうち6疾患
(ゴーシェ病,ファブ
脳血管障害,四肢疼痛,低汗症などを呈する。現在二つ
リー病,ポンペ病,ムコ多糖症Ⅰ型,Ⅱ型,Ⅵ型)
に対して
の製剤が承認されている。一つはアガルシダーゼαであり,
酵素補充療法
(ERT)
が承認されている
(表)
。ライソゾーム
もう一 つ は アガ ル シダ ー ゼβで ある。 前 者 はgene
酵素は糖蛋白質であり,糖鎖中のマンノースの6位がリン
activationでヒト細胞を用いて作成されており,後者は
酸化されている。一方,細胞表面にはマンノース6リン酸
Chinese hamster ovary cellにヒトのα-ガラクトシダーゼ
の受容体があり,ライソゾーム酵素はこの受容体を介して
AのcDNAを導入して作成されている。アガルシダーゼα
細胞内に取り込まれライソゾームに局在する。ただ,後述
の第3 相試験はプラセボ対照の二重盲検ランダム化比較
するゴーシェ病は例外で,マンノース6リン酸受容体では
試験で,主要評価項目は四肢の疼痛の改善であった。一
なくマンノース受容体を介して細胞内に取り込まれる。
方,アガルシダーゼβの第3 相試験も同様にプラセボ対照
の二重盲検ランダム化比較試験であったが,主要評価項
● ゴーシェ病
目は腎臓の病理の改善であった。両試験とも主要評価項
ゴーシェ病はグルコセレブロシダーゼが欠損し,主にマ
目が達成され承認を受けている。ただアガルシダーゼαは
クロファージに基質であるグルコセレブロシドという糖脂
米国では未承認である。アガルシダーゼβの主要評価項目
質が蓄積する疾患である。症状により三つの臨床型に分
が病理学的検討であったため,臨床症状
(心血管イベント,
類されている。Ⅰ型は非神経型で,発症は幼児期より成人
腎イベントなどの発症までの時間)
を主要評価項目とした第
期であり,貧血,血小板減少,肝脾腫,骨症状などを呈
4 相試験が行われた。ここでもアガルシダーゼβの効果が
するが神経症状はない。Ⅱ型は急性神経型で,生後数ヶ
確認された。
月で発症し神経症状や肝脾腫を呈し,急激な経過で生命
● ポンペ病
予後も2歳程度である。Ⅲ型は亜急性神経型で,Ⅱ型より
神経症状の発症は遅く,重症度も軽い。本症へのERTは
ポンペ病はα-グルコシダーゼの欠損により心筋,骨格
LSDへのERTの中で最も早期に承認された
(米国1994年,
筋にグリコーゲンが蓄積し,心筋症,筋力低下,呼吸不全
日本1998年)
。酵素製剤はマクロファージに効率よく取り
などを呈する疾患である。発症時期により乳児型と遅発型
込まれるように,糖鎖部のマンノースを露出させてある。
に分類される。乳児型は出生後 2~3ヶ月で発症し筋力低
承認当時はヒト胎盤より精製した酵素が用いられていた
下,心筋症を特徴とし,無治療では早期に死亡する。遅
が,その後,組み換え型の酵素が同等の効果を示すとされ,
発型は小児期~成人期に発症し,心筋症は呈さず筋力低
現在も組み換え型の酵素が使用されている。米国ではI型
下,呼吸不全が主な症状である。本症の酵素製剤も
ゴーシェ病のみに適応があるが,本邦では全ての型のゴー
Chinese hamster ovary cellにヒトのα-グルコシダーゼの
シェ病に適応がある。最近,gene activationという手法
cDNAを導入して作成されている。臨床試験はまず乳児
(詳細は未発表)
で作成された酵素や,植物細胞で作成さ
型を対象に行われた。比較対象はERTを受けていなかっ
れた酵素が米国などでは承認されているが,本邦では未
た症例である
(historical cohort)
。投与群はより長期に生
存し,呼吸器無使用の患者が有意に多かった。以上の結
承認である。
果より,アルグルコシダーゼαは承認された。その後,遅
*
Department of Gene Therapy, Institute of DNA Medicine, The Jikei University School of Medicine, Tokyo, Japan
2
発型症例を対象に6分間歩行
(6分間で歩ける距離)
と努力
ない。そのため酵素の髄腔内投与が試みられている。
性肺活量の改善を主要評価項目とした二重盲検ランダム
● ムコ多糖症Ⅱ型
化比較試験も行われ,アルグルコシダーゼαの遅発型症
例への有効性・安全性も確認された。本症へのERTの問
ムコ多糖症Ⅱ型
(ハンター症候群)
は,イズロン酸 -2-スル
題点は,心筋に比べて骨格筋に効果が少ないこと,また酵
ファターゼの欠損によりムコ多糖症Ⅰ型と同様にデルマタ
素製剤に対する中和抗体が発生して治療効果を阻害する
ン硫酸,へパラン硫酸が全身の組織に蓄積する疾患であ
ことである。骨格筋に効果が少ないのは,オートファジー
る。臨床症状はムコ多糖症I型と似ているが角膜混濁は呈
の亢進により投与された酵素がオートファゴゾームにト
さない。第2/3 相二重盲検ランダム化比較試験が行われ,
ラップされることが原因とされており,我々を含めオート
主要評価項目を6分間歩行試験と努力性肺活量の改善と
ファジーの亢進を抑制する試みもなされている。中和抗体
した結果,偽薬に比べ実薬に有意な改善があった。同様
に関してはヒト,マウスでさまざまな試みがなされている。
に全例実薬投与した延長試験が行われた結果,評価項目
我々は経口免疫寛容,抗CD3抗体を用いた免疫寛容導入
に維持・改善が認められた。
を試みている。どのLSDにもおそらく早期治療が重要であ
● ムコ多糖症Ⅵ型
ると考えられ,台湾のグループは新生児スクリーニングを
ムコ多糖症Ⅵ型
(マロトー・ラミー症候群)
は,N-アセチ
行うことで早期治療を可能にし,良好な結果を得ている。
ルガラクトサミン4-スルファターゼの欠損によりデルマタン
● ムコ多糖症Ⅰ型
硫酸が各組織に蓄積する疾患である。臨床症状はやはり
ムコ多糖症Ⅰ型
(ハーラー症候群)
はα-イズロニダーゼの
ムコ多糖症Ⅰ型に似ているが中枢神経症状は原則呈しな
欠損によりグリコサミノグリカンが全身の組織に蓄積する。
い。主要評価項目を12分間歩行試験と努力性肺活量の改
そのグリコサミノグリカンはデルマタン硫酸,へパラン硫
善とした第3 相二重盲検ランダム化比較試験が行われた
酸である。関節拘縮,骨変形,心弁膜症,特有の顔貌,
結果,実薬の有意性が証明され,その後の全例実薬投与
繰り返す上気道炎,上気道の閉塞,角膜混濁,肝脾腫,
の延長試験では12分間歩行試験などで持続的改善が認
臍ヘルニア,精神運動発達遅滞,水頭症,聴力障害など
められた。
の臨床症状を呈する。主要評価項目を6分間歩行試験と
● ERT の今後
努力性肺活量の改善とした第3相二重盲検ランダム化比
較試験が行われた結果,偽薬に比べ実薬では有意に主要
現在ニーマンピック病B型,ウォールマン病
(コレステ
評価項目が改善した。その後,全対象に実薬投与して延
ロールエステル蓄積症)
などを対象に新たなERTの開発
長試験が行われ,6分間歩行,努力性肺活量,関節可動
が進行中であり,酵素製剤を髄腔内投与し中枢神経病変,
域,肝脾腫などの維持と改善が認められた。酵素製剤は
脊髄圧迫症状を治療する臨床試験もムコ多糖症Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ
脳血管関門を通過できないため中枢神経症状には効果が
型,異染性脳白質変性症などで行われている。
表 . 承認されているライソゾーム病に対する酵素補充療法
酵素製剤
適応
米国で承認
日本で承認
海外での製造元
原材料
イミグルセラーゼ
ゴーシェ病
1994/5/23
1998/3/6
ジェンザイム
CHO*
アガルシダーゼβ
ファブリー病
2003/4/24
2004/1/29
ジェンザイム
CHO*
アガルシダーゼα
ファブリー病
未承認,
欧州で承認
2001/8/3
2006/10/20
シャイアー
ヒト線維芽細胞
ラロニダーゼ
ムコ多糖症 Ⅰ型
2003/4/30
2006/10/20
バイオマリン
CHO*
アルグルコシダーゼα
ポンペ病
2006/4/28
2007/4/18
ジェンザイム
CHO*
イデュルスルファーゼ
ムコ多糖症 Ⅱ型
2006/7/24
2007/10/4
シャイアー
ヒト線維芽細胞
ガルスルファーゼ
ムコ多糖症 Ⅵ型
2005/5/31
2008/3/28
バイオマリン
CHO*
Chinese hamster ovary cells
*
3
2
日本における小児 1 型,2 型糖尿病の
スクリーニングと治療
Screening and Treatment of Childhood Type 1 and Type 2
Diabetes Mellitus in Japan
Tatsuhiko Urakami, MD ,Junichi Suzuki, MD ,Hideo Mugishima, MD ,
2
3
4
Shin Amemiya, MD ,Shigetaka Sugihara, MD, PhD ,Tomoyuki Kawamura, MD ,
5
2
6
1, 7
Toru Kikuchi, MD ,Nozomu Sasaki, MD ,Nobuo Matsuura, MD ,Teruo Kitagawa, MD
1
1
1
浦上 達彦 駿河台日本大学病院小児科
学童は小学生の発見率0.85人/10万人・学童より有意に高
● はじめに
かった
(P<0.0001)
。このような東京都の成績は,横浜,福
過 去20~30年において成人および 小児2型 糖 尿 病
岡,新潟で報告されている成績とほぼ同様である
(表1)
。
(T2DM)
の発症率は全世界で劇的に増加している。そして
次に本スクリーニングで発見された小児T2DMの臨床
特定の人種で発症率が高く,特に日本では小児T2DMの発
的特徴については,欧米での成績に反して男女比に差異
症率は1型糖尿病
(T1DM)
よりも高いと推側される。日本の
がなく,診断年齢は思春期に一致する13~15歳が大多数
小児糖尿病
(DM)
の臨床的特徴は欧米と比べて多様である。
であった。また83.4%が肥満度20%以上の肥満を有し,肥
欧米の小児T1DMは急性発症例が大半であるが,日本では
満度40%以上の高度肥満が 48.7%を占めていた。そして高
緩徐な経過を示す緩徐進行型1型糖尿病
(SPT1DM)
が少な
度肥満の傾向は男児で顕著であった。過去30年間の日本
からず存在する。このタイプのT1DMは成人に多くLADA
の学童肥満の有病率は明らかに増加傾向にあり,2000年
(latent autoimmune diabetes in adults)
と称されており,
代の有病率は約10%で30年前の3倍に匹敵する。1970年
日本を含むアジア諸国で発症率が高い。小児T2DMの臨
以降,日本国民,特に思春期年齢での生活様式・食習慣
床的特徴も欧米とは異なり,欧米では大半の症例が高度
の欧米化が学童肥満,小児T2DMの増加に寄与している
肥満を有しインスリン抵抗性を示すが,日本では欧米ほど
と思われた。また小児T2DMでは家族歴が濃厚であり,
肥満を呈さず,10~20%の症例は肥満度20%未満の非肥
半数以上が第一度近親者にT2DMが認められた。更に診
満である。非肥満T2DMでは膵島関連自己抗体は陰性で
断時に既に半数近くの症例が高脂血症,高血圧など他の
あるが,病初期からインスリン分泌能が低下している。
メタボリック症候群の要素を有していた。
2)SPT1DM
● 日本での小児 DM スクリーニング
小児のSPT1DMはT2DMに比べてOGTTにおけるイ
日本では1973年に学校検尿による小児DMスクリーニ
ンスリン反応は低反応を示すが,急性発症例と比較して
ングが開始され,以降多くのT2DMと少数ではあるが
発症から少なくとも15ヶ月は膵β細胞機能が保たれ,少量
SPT1DMが,病初期の段階にほぼ無症状で発見されてい
のインスリンで治療可能であった。そして肥満は有さず,
る。本スクリーニングが最初に実施されたのは東京都であ
大半の症例で膵島関連自己抗体が陽性であった。本スク
るが,1994年からは学校健康法により公費で全国の小・
中学生に実施されるようになった。東京都のスクリーニン
表1. 各地方自治体の学校検尿による小児DM
スクリーニングにおけるT2DM発見率の比較
グ様式は,早朝尿で1次・2次検査ともに尿糖陽性を示し
た対象に対してOGTT,HbA1c測定を含む精密検査を行
小学校/中学校
地方自治体
発見率
(実施年度) (/100,000・学童/年) (/100,000・学童/年)
い診断している。しかし尿糖陽性を示す対象の30~60%
は,耐糖能に障害がない腎性糖尿である。
1)T2DM
東京都の成績では,1974~2010年にのべ10,508,073人の
学童
(小学生7,137,378人,中学生3,370,695人)
に対して尿糖
検査が行われ,合計279人
(小学生61人,中学生218人)
が
T2DMと診断された。全体でのT2DMの発見率は2.66人/
東京
(1974-2010)
2.66
0.85/6.47
横浜
(1982-2001)
3.19
1.50/6.65
新潟
(1982-2003)
3.57
1.7-2.8/6.0-13.4
福岡
(1989-1998)
2.77
1.62/5.05
10万人・学童と推側され,中学生の発見率6.47人/10万人・
1
Nihon University School of Medicine, Tokyo, 2 Saitama Medical School, Saitama, 3 Tokyo Women’s Medical University Daini Hospital, Tokyo, 4 Osaka City
University Graduate School of Medicine, Osaka, 5 Niigata University Hospital, Niigata, 6Seitoku University Faculties of Humanities, Chiba, 7 Tokyo Health Service
Association, Tokyo, Japan
4
リーニングにより1974~2010年の間に54人
(小学生20人,
少者,思春期以降の症例に使用頻度が高い。
中学生34人)
が SPT1DMと診断された。全体のSPT1DM
2)T2DM
の発見率は0.51人/10万人・学童と推側され,T2DMと同
近年の全世界的な小児T2DMの増加に伴い,その治療
様に中学生の発見率1.01人/10万人・学童は小学生の発
は早急に解決されるべき問題となった。T2DM治療の目
見 率0.28人/10万 人・学 童より有 意に高かった(P<
標は,過体重の減少と正常発育,正常な精神発育,そし
0.0001)
。一方,SPT1DMではT2DMと異なり,1974~
て血糖コントロールの改善
(空腹時血糖値<130 mg/dL,
2010年の発見率に有意な年次変化は認められなかった。
食後血糖値<180 mg/dL,および HbA1c 値[NGSP]
<
これらのSPT1DMの臨床的特徴はT2DMと異なり,男女
7.0%)
である。
比は19/35で女児が有意で
(P=0.0021)
,診断時の平均年
バランスの良い食事と適切な身体活動により生活習慣
齢は11.6歳で63.0%の症例が中学生であった。BMIの平
を改善し,減量することが初期治療として推奨されるが,
均は17.5で,25以上を示す肥満例はいなかった。また膵
食事・運動療法に抵抗する症例に対しては,小児であっ
島関連自己抗体の陽性率はICA 68.8%,GAD抗体 70.8%,
ても経口血糖降下薬
(OHD)
やインスリンによる薬物療法が
IA-2 抗体 77.8%といずれも高率であった。これらの陽性率
最終的に使用される。
は急性発症例と同等であるが,低抗体価で長期間持続陽
我々の施設の小児T2DMにおける治療方針を表2に示
性を示す特徴があり,この事実は自己免疫が関与する膵β
すが,生活習慣の改善による減量だけで80%以上の症例
細胞の破壊が緩徐に進行していることを示唆する。
は耐糖能障害が改善する。しかしながら少数ではあるがこ
のような食事・運動療法に抵抗し,継続してHbA1c 値
● 日本での小児 DM の治療
(NGSP)
が 7.0%を示す例に対しては種々のOHDあるいは
1)T1DM
インスリンによる薬物療法を導入する。国際小児思春期糖
日本のT1DM発症率は欧米に比べて著しく低率である
尿病学会
(ISPAD)
が推奨する薬物療法の第一選択薬はメ
ため,一般社会および小児科医を含めた一般医師の理解
トホルミンであり,我々の施設でも同様にメトホルミンを第
が低く,日本糖尿病学会に属する小児科医および専門医
一選択薬として使用している。日本小児内分泌学会による
師の数は少ない。そこで,日本での小児・思春期T1DM
18歳未満T2DMの薬物療法に関する2004年の調査結果に
治療の標準化,改善を目的として,1994年に日本小児思
よると,66%の症例が何らかの薬物療法により治療されて
春期インスリン治療研究会
(JSGIT)
が設立された。登録症
おり,最も使用頻度が高いOHDはα-グルコシダーゼ阻害
例は6~18歳のT1DM患者であり,患者背景,インスリン
薬,次にインスリン,SU薬,メトホルミンであった。
治療の種類,標準化されたHbA1c 値を用いての血糖コン
近年の我々の施設のOHDの使用状況は極めて多彩で
トロール状況,合併症の有無などが多施設共同研究として
あり,肥満T2DMではメトホルミンの使用頻度が高く,進
比較検討された。最初の登録者数は,全国31施設から男
行例ではインスリン
(グラルギンとOHDの併用や2 相性混
児220名,女児261名の合計 481名。登録時の平均年齢は
合インスリンの使用など)
,チアゾリジン薬などが使用され
14.5歳,診断時の平均年齢は7.7歳,平均罹病期間は6.5
ていた。一方,非肥満T2DMは,肥満例と比較して薬物
年であった。その後14施設が加わり,1996年の合計登録
療法使用の頻度が高く,また薬物療法への移行が早いの
者数 736名でデータが解析された。
が特徴であり,インスリン,SU薬また近年ではGLP-1関連
最初の登録者におけるインスリン治療の内容は,2回注
薬も使用されていた。小児におけるGLP-1関連薬の使用
射法が 49.7%,4回注射法が 22.1%であり,標準化された
に関しては,今後多数例での検討が必要であろう。
HbA1c 値
(NGSP)
の平均は8.8%で多大な施設間格差を認
めた。その後,インスリンアナログ製剤,特にNPH製剤に
表 2. 小児T2DM の治療方針―
駿河台日本大学病院小児科
代わる持効型溶解インスリン製剤の使用,基礎 -追加イン
スリン治療
(4回または5回注射法,CSII)
の拡大に伴って
家族全員による生活習慣(食習慣,運動)
の改善を基
本とする。
血糖コントロール不良者が減少し,2008年の平均HbA1c
原則として中程度以上の肥満を認める場合にはエネ
ルギー摂取量を同年齢の健常児の所要量の90%程度
に制限し,軽度肥満∼非肥満では95%を目安として
治療を開始する。
値は7.8%に改善した。そしてHbA1c 値の低下にかかわら
ず,重症低血糖頻度も有意に低下した
(P<0.001)
。
血糖値が不安定で血糖コントロールが悪く,重症低血
3栄 養 素 の 配 分 比 は,糖 質53∼57%,蛋 白 質15∼
17%,脂質30%とする。
糖が重大な問題となりQOLの改善を必要とする症例に対
して,CSIIは頻回注射法に代わる基礎 -追加インスリン治
1日の摂取エネルギーの5∼10%を消費するような
運動メニューを作成する。
療と考えられている。小児T1DMにおけるCSIIの使用は
上 記 の 治 療 に 抵 抗 す る 場 合(HbA1c:NGSP値≧
7.0%)
には,経口血糖降下薬あるいはインスリンを
使用する。
全世界的に増加しているが,日本での使用頻度はわずか
10%未満と推測され,使用施設は限定されている。我々の
施設では3割以上の患者にCSIIを使用しており,主に年
5
3 日本における先天性甲状腺機能
低下症の新生児マス・スクリーニング
Neonatal Screening of Congenital Hypothyroidism in Japan
Kanshi Minamitani, MD, PhD ,Hiroaki Inomata, MD, PhD
1
2
南谷 幹史 帝京大学ちば総合医療センター小児科
● はじめに
● MS の実際
甲状腺ホルモンは神経髄鞘形成に不可欠であり,胎生
1)MSの流れ
期・新生児期・乳幼児期の甲状腺ホルモン作用不足は不
TSHスクリーニングは生後 5~7日に足底採血された濾
可逆的な知能障害をもたらす。一方,甲状腺ホルモンは直
紙血を用いる。初回採取検体でTSH値
(全血)
が陽性基
接骨成熟,成長ホルモン分泌,IGF-Ⅰ産生を促進するため,
準
(15~30μU/mL)
を上回った場合,即精検となる。TSH
甲状腺ホルモンの作用不足は成長障害,成人後の早期骨
が10μU/mL ~上記未満の値の場合は再検査となる。再
粗鬆症をもたらす。早期発見・治療を目的に,わが国では
検査でのTSH値が10μU/mL以上の場合は精査となる。
1979年から新生児マス・スクリーニング
(MS)
が開始され,
精査医療機関では甲状腺疾患の家族歴,母親のヨード過
1998年にMSのガイドラインが作成された。現在,本症の
剰摂取歴を聴取する。診察
(チェックリスト12項目,表)
,
知能予後は著しく改善し,成長障害を残す症例も見られな
甲状腺機能検査,大腿骨遠位端骨核の確認,甲状腺超音
くなっている。
波検査を行う。チェックリスト≧2点,大腿骨遠位端骨核
本稿では,わが国での先天性甲状腺機能低下症
(CH)
の
出現の遅れ,超音波検査にて甲状腺が同定できない場合,
MSの歴史,現状,今後の展望について概説する。
腫大甲状腺を認めた場合は治療を開始する。血清TSH≧
30μU/mLまたは,血清TSH 15~30μU/mLかつ遊離
● MS 開始以前
T4 ≦1.5ng/dLを目安に治療開始することが推奨されてい
臨床症状
(チェックリスト12項目,表)
から診断され,早
る。治療はレボチロキシンナトリウム
(LT4)10μg/kg/日
期発見は難しく,多くは精神運動発達遅滞を呈してから診
で開始する。重症例では12~15μg/kg/日で開始する。3
断されていた。生後 3ヶ月以内に治療開始された患児は約
歳以降に病型診断を行う。LT4を1/4 量のリオチロニンナ
20%にすぎなかった。また治療にもかかわらず2/3の症例
トリウム
(LT3)
に切り替えて4週間投与し,7~10日間の休
が精神遅滞を呈した。ただし3ヶ月以内に治療開始された
薬後,123I甲状腺シンチグラム,摂取率,唾液 /血清ヨード
場合は1歳以降に開始されたものよりも,IQが 90以上とな
比,パークロレート放出試験,甲状腺機能検査,甲状腺超
る確率が高かった。治療により-3SD以下の高度の低身
音波検査,TRH負荷試験を行う。この時点で正常であれ
長を呈する患児の割合が1/4に減少したが,-2SD以下の
ば一過性甲状腺機能低下症と診断されるが,治療中止後
低身長となる患児が 30%であった。
再度機能低下となる可能性もあるので,経過を観察する。
● MS 創成期
表 . 先天性甲状腺機能低下症の
チェックリスト12 項目
CHのMSは1973年カナダのJ. Dussaultらが乾燥濾紙
血を用いてthyroxine(T4)
をradioimmunoassay(RIA)
で測定したことに始まる。わが国では1975年に乾燥濾紙
●
遷延性黄疸
●
巨舌
血中の甲状腺刺激ホルモン
(TSH)
をRIAで測定したこと
●
便秘
●
嗄声
●
臍ヘルニア
●
四肢冷感
●
体重増加不良
●
浮腫
●
皮膚乾燥
●
小泉門開大
●
不活発
●
甲状腺腫
に始まる。1979年,enzyme immunoassayでTSHを測定
するスクリーニングが行政事業として開始された。1987年
からenzyme-linked immunosorbent assayで測定されて
いる。1998年に本症MSのガイドラインが作成され,診療
の指針が示された。CHのごく一部にTSH遅発上昇例な
どMSで見逃される症例もある。
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Department of Pediatrics Teikyo University Chiba Medical Center, Chiba, 2 Inomata Children’s Clinic, Chiba, Japan
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2)TSH 値を評価する上で確認すべきこと
体重52.4±7.4kg,BMIは男女合わせて21.1±3.0と健常
一部のMS 検査施設では全血値で測定された濾紙血
人と差はなかった。ただし,4%の症例が−2SDSD以下の
TSH値を血清値に換算して報告している。初回採取検体
低身長であった。二次性徴に関しても差がなかったが,女
の陽性基準をTSH値が 30μU/mLを超える値に設定して
児では適切に加療されても思春期早発傾向となったとの
いる施設が存在する。出生体重2,000g未満の新生児は2
報告もある。
回目スクリーニングを①生後1ヶ月,②体重が 2,500gに達
した時期,③医療施設を退院する時期,のいずれか早い
4)
長期的 QOL
時期に行う。
CHの成人期のLT4 服薬量は126±51μg/日であった。
最終学歴,就業状況は同世代の一般人口の状況と比較し
● MS の現状
て差はなかった。8%が既婚であった。生命保険への加入
1)CHの頻度と病型
率は46%であり,うち65%は病名を申告していなかった。
CHの頻度はMS開始当初は出生児7,400人に1人とされ
病名を申告すると半数が加入を断られていた。配偶者へ
ていたが,1990年代以降3,000~4,000人に1人と推定さ
の説明,遺伝の問題などの不安も抱えていた。
れ,2000年代以降は2,000~2,500人に1人が本症として治
● CHに関する遺伝学的知見
療されている。その理由として,新生児一過性甲状腺機
能低下症や,一過性高TSH血症などが含まれている可能
形成異常の原因としてthyroid transcription factor-1/
性や,陽性基準値の「引き下げ」
が考えられる。病型の頻
NKX-2.1,TTF-2/forkhead domain E1,paired box
度は,甲状腺形成異常
(異所性57%,低形成・片葉欠損
transcription factor-8,NKX-2.5,TSH受容体,guanine
9%,欠損性11%)
が多く,合成障害は23%である。欠損性
nucleotide-binding proteinが挙げられる。ホルモン合成
群は重症度が高い。
障害の原因としてsodium-iodide symporter
(NIS/SLC5A5)
,
pendrin(PDS)
,thyroid peroxidase,dual oxidase 2
2)
知能予後
(DUOX2)
,DUOX2 activating factor,thyroglobulin
MSで発見されたCH患児の精神神経学的予後調査は4
(Tg)
,iodothyrosine dehalogenase 1が挙げられる。甲状
回行われた。直接精査例の初診日齢は34.3±18.6日から
腺ホルモン作 用異 常 症の原因としてselenocysteine
15.8~18日
(平均17.3日)
と早まった。全尺度平均DQ/IQも
insertion sequence binding protein 2,monocarboxylate
97.5±14.8から104.1~107.3へと改善した。下位項目検査
transporter 8,organic anion transporting polypeptide
では,感覚と運動のフィードバックを利用する能力や柔軟
1C1,甲状腺ホルモン受容体が挙げられる。
性,一般的事実についての知識範囲,論理的・抽象的思
わが国では,TSH受容体遺伝子異常はR450H変異が,
考能力が,soft neurological signsでは開口指伸展現象が
NIS遺 伝子異常はT354P変異が,PDS遺 伝子異常は
劣っていた。
H723R変異が高頻度で認められる。DUOX2遺伝子異常
DQ/IQは初診時血清TSH値とは負の相関が,血清T3
症は一過性甲状腺機能低下症の原因として注目されてい
値とは正の相関が認められた。大腿骨遠位端骨核の出現
る。Tg 遺伝子異常症は軽度のホルモン合成障害の表現
のない例は4歳時のIQが低かった。早期治療や治療方法
型をとるが,甲状腺癌を発症する頻度が高い。わが国で
の進歩により精神神経学的予後が改善した。しかし,大
はC1264R/C1077R変異の頻度が高い。
腿骨遠位端骨核未出現群の知能が低いのは,胎児期の甲
● まとめ
状腺機能の重要性を表している。初診時甲状腺機能低下
が重症な場合はLT4を7~10μg/kg/日で治療開始した群
MSによりCHの知能予後は著しく改善した。早期治療
で,軽症な場合はLT4を5μg/kg/日未満で開始した群で,
開始,十分な初期治療量,適切な維持治療によって,胎
知能予後が悪かった。欠損性CHは他の病型よりIQが有
生期の甲状腺機能低下の影響を最小限にし,更に改善す
意に低かった。
る余地はある。身体発育,二次性徴は著しく改善し健常
人と差はない。進学,就職状況は健常人と差はないが,
3)
成長発育予後
社会生活面に問題を抱えている。遺伝子診断を踏まえた
MSで発 見された本 症 例は,男子成人身長162.9±
カウンセリングも求められている。
8.4cm,体重60.8±14.3kg,女子成人身長157.3±5.2cm,
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Edito
Assoc
Assoc
(PER
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