Topics:技師ができる安全対策 臨床現場における危険予知トレーニング 4 (kiken-yochi training:KYT)の活用 昭和大学江東豊洲病院 放射線室 昭和大学大学院 保健医療学研究科 安田 光慶,崔 昌五 中澤 靖夫,加藤 京一 はじめに シート) から,その中に潜む危険を複数人数で討議しな がら抽出,それらの危険個所について問題解決策を検 現在多くの医療施設において,安心・安全な医療を 討し,最終的に標語を作成するトレーニング法であ 提供すべく,様々な医療安全対策が取られている.そ る.KYTは参加者の職位や経験年数にばらつきがあっ の中の一つにインシデントレポートの作成と分析があ たり,KYTシートが現場に即したものでない場合に有 る.インシデントレポートは,患者の診療やケアにおい 効な効果が得られないなど,実施環境に応じた設定が て傷害は発生しなかったものの,本来あるべき方法か 必要となる難しさがあるものの ,安全管理教育として 5) ら逸脱し,傷害を起こす可能性があった事例に関し, 個々人の危険に対する意識や感受性を高め,事故を未 関わった者がレポートを記載,今後同じような事例が 然に防ぐことにつながると言われ,多くの医療施設で 起こらないよう対策を取るために用いられている.しか 実施されており,著者らもその効果について検討を行 し,安全対策に重要な情報となる,エラーが発生した う機会を得た.今回,その経験から臨床現場における 状況や,当事者の心理についての詳細な情報を完全に 効果的な危険予知トレーニングについて述べる. 得られないこともあり,収集されたレポートが有効に活 KYTの流れ 用されない場合がある .そのため,レポートを当該部 1) 署にて共有し閲覧するだけでは,医療安全や危険に対 1.KYTの人員構成 する意識をより向上させるまで至らず,同様の事例が トレーニングの参加人数は 1 つの班で 6 名前後とす 発生することがある. る.ディスカッションを主体とする本トレーニングにお また,インシデントレポートを活用し,日常の業務に いて人数が多くなった場合,意見を述べないで終わっ 関するマニュアルを整備しても,マニュアルを順守しな てしまう参加者が出る.また少人数の場合,意見の数 いことにより,同じようなインシデントが再発する場合 が少なくなり方向性が一意見に偏りがちとなり,新たな がある.これは,マニュアルを作成する管理者と現場 発想や意識改革が起こりにくい傾向にある. スタッフとの医療安全に対する意識の違いによるものと また,できるだけ同年代や同格で構成した方が良 考える.結局のところ,安全な医療を行う上で,なぜそ い.構成の中に上司が含まれた場合,上司の意見に左 の手順が必要になるのかを個々人が理解し行動しなけ 右され活発なディスカッションが生まれにくいことがあ れば,立派なマニュアルもただの絵に描いた餅になっ る.同年代・同格で 6 名前後の人員を確保するのが難 てしまう. しい場合には,多職種の同年代で構成するのも一つの そこで,著者らは医療安全管理に関わるなかで,管 方法である.職種によって,危険に対する視点が異な 理者が発信する医療安全対策や医療環境改善だけでは るため,結果として,トレーニング後により安全意識が なく, 「現場レベルの医療安全に対する意識を向上さ 高まると同時に,よりよいコミュニケーションが現場に せ,そこに所属する各員の安全行動につなげることが 定着する効果も期待できる . 重要である」 と考えるようになった.実際に,日本医療 新人のみで構成すると,現場での経験が浅く,危険 機能評価機構のヒヤリ・ハット分析によると,インシデ 個所がわからないので,出される意見数が少なくKYT ント発生要因の約60%が 「当事者の行動に関わる要因」 が成立しないため,経験年数が浅い技師でグループ構 であり,統計結果からもその必要性を示すことができ 成する場合は,2 ,3 年目も混合し構成するとよい. る .また,医療安全に対する教育を小集団に対して 2.KYTテーマ決定方法 行ったところ,有意に安全に対する知識や技術が向上 はじめにKYTシートを作成する前に,実施責任者は 2) 6) したという報告 や,学生教育に危険予知トレーニング どのようなテーマにそってシートを作成するか検討する (kiken yochi training:KYT) を導入することにより実習 必要がある.はじめは,その職場環境におけるもっとも 中 の 怪 我 件 数 や 与 薬 事 故 が 減 少し たという報 告 な 身近にあるテーマを選択することにより,より活発な討 3) ど ,安全に対する教育の重要性は高い. 3, 4) KYTとは,日常の職場環境における写真や図 (KYT 議が得られる.また,日常的に起こっている問題を効 果的に解決したい場合は,過去 3 年程度のインシデン 13 ト,アクシデントレポートそれぞれからキーワードを 3 て終了となる. 点ほど抽出し,それらを同じ項目で集計・分類し分析 年間実施回数についての明確な指標はないが,医療 することにより,改善傾向にない事例や増加傾向にあ 安全に対する意識を向上させるには年 2 回以上の複数 る事例を抽出し,それらに関連づけられるテーマを選 回実施と継続が望ましい. 択すればよい. 実施の際は,班内で進行役,タイムキーパ役,記録 3.KYTシートの作成 役をあらかじめ決めておくとスムーズに進行する. KYTシートは,KYTにおいて重要な役割を担うツー 5.KYT実施に対する評価 ルである.参 加者各 員が 1 枚のシートを見ながらト 短期的評価については,KYTにおける論文がいくつ レーニングを実施するため見やすさを重視し,サイズ か出されているので,それらを参考にしたアンケート調 はA4横もしくはA3横にて作成する.事前に決定した 査などで医療安全に対する意識の変化を検討するとよ テーマから連想されるシーンを患者・医療スタッフ役 い.ただしアンケート内容については,客観的なデータ で構成したボランティアに協力してもらい,実際の臨 が取れるように十分熟慮する必要がある.また,長期 床現場を再現,その全景を写真に収める.1 シーンを 的評価については事例別インシデント・アクシデント件 複数の角度から撮影し,立体的な感覚が得られるよう 数の推移を観察するとより明確かつ客観的評価が得ら にする.また,点滴や車いす,サイドテーブルなど実 れる. 際の現場にあるものをできる限り忠実に再現するとよ 当院で行ったKYTの実際 い.シートの上段に,その場面設定について解説を付 け,さらに状況設定として,関わっている患者や医療 1.KYTテーマとシートの作成 スタッフの状態,日時,検査待ち状況や環境について 過去 3 年間のインシデントレポート分析を行い,発 記載しておくと,静止画からも様々な想像が可能とな 生件数が増加傾向にあった 「検査室での患者転倒」 と, る.また,KYTシートを用いたトレーニングに慣れてき 改善が見られなかった 「病棟ポータブル撮影時の機器操 た場合は,臨床における場面を 3 分程度の動画で作成 作ミス」 の 2 点にテーマを絞って,KYTシートを作成す すると臨場感が生まれ,より効果的なトレーニングにつ ることとした.作成は,放射線部における医療安全管 ながる.シート内に必要以上の情報を盛り込むと,最 理者が主体となり,患者役と医療スタッフ役のボラン 終的な意見のとりまとめが難しくなる可能性があるた ティアにて作成した. め,1 シート 1 場面とする. KYTシートの場面設定は, 「胸腹部単純撮影室で撮 4.KYTの実施 影が終了し,診療放射線技師が車いすを患者背面に移 一つのテーマにつき30分間を目安に基礎 4 ラウンド法 動した場面」 と 「人工呼吸器装着患者に緊急ポータブル を用い行う.基礎 4 ラウンド法について下記に述べる. 撮影依頼があり,訪室して今から撮影をしようとする 1 ラウンド (現状把握) ・・・KYTシート上に危険と予測 場面」 とした (図 1,2) . される個所に印を付け,問 題点を抽出し列挙する. 2 ラウンド (本質追及) ・・・ 場面設定 状況設定 挙げられた問題 点を整 理 あなたは胸腹部撮影を終了し, 患者さんを車いすに移すところです. 写真にはどんな危険がありますか? 日時:月曜日 午前 場所:単純 1 番撮影室 (胸腹部撮影室) 患者待ち状況:15人待ち 患者情報:高齢, 難聴, 立位困難 左腕からルート, 腹部からドレーン× 2 し,原因について参加者で ディスカッションを行う. 3 ラウンド (対策樹立) ・・・ 原因に対する具体的な解決 策をディスカッションする. 4 ラウンド (目標設定) ・・・ 3 ラウンドで挙げた解決策 を達成するための標語を作 成し,最終的に一つにまと める.また 標 語 に つ い て は, 「○○するには (具体的 な達成目標) ,○○しよう よ (具 体 的 な 行 動 目 標) ! ヨシ!」という形式で作成 し,作 成 後は 参 加 者 全 員 にて声をそろえて読み上げ 14 図 1 胸腹部単純撮影室で撮影が終了し,診療放射線技師が車いすを患者背面に移動した場面 (図中の人物はすべてモデル) Topics:技師ができる安全対策 場面設定 状況設定 あなたはポータブル撮影を行おうと しているところです. 写真にはどんな危険がありますか? 急な呼吸苦に対して緊急のポータブル撮影依頼が あり, 個室病室に入った. 日時:月曜日 午前 (業務担当 1 人) 場所:病棟病室 (個室) 撮影予定件数:35人/ 1 日 患者情報:高齢, 左半身麻痺, 右腕からルート× 2 バルーンパック, 腹部からドレーン× 2 図 2 人工呼吸器装着患者に緊急ポータブル撮影依頼があり,訪室し撮影しようとする場面 (図中 の人物はすべてモデル) 図 3 KYTラウンド 1 により抽出された問題点 (丸枠により囲まれた部分) :胸腹部撮影編 2.KYTの実施 「胸腹部単純撮影室で撮影が終了し,診療放射線技師 が車いすを患者背面に移動した場面」 についての結果 2 ラウンドでは問題点の原因として, 「立位困難な患 者であるのに,横に介助者がいないため,転倒のリス クがある」 が挙げられた. 1 ラウンドでは, 「車 椅子の向きが 斜めになってお 3 ラウンドでは, 「プロテクターを着たスタッフが横 り,後方へ転倒する可能性がある」 ・ 「立位困難な患者 にいる」 ・ 「患者の転倒を想定して,車椅子を最初から であるのに,患者の横に介助者がいない」 ・ 「難聴である 正面向きにしておく」 ・ 「立位困難であれば最初から座 のに介助者の問いかける位置が遠く,問いかけに気付 位撮影にする」 などの具体的解決策が挙げられた. かない.指示がわからないので,そのまま座って転倒す 4 ラウンドでは, 「転倒のリスクがある患者には,必ず る可能性がある」 ・ 「撮影を待っている患者数が多いた 二人で対応しようよ! ヨシ!」 といった標語が作成された. め,焦ってしまい,なんらかのミスを犯す可能性があ 「人工呼吸器装着患者に緊急ポータブル撮影依頼があり, る」 ・ 「ルート,ドレーンが多いため,患者が座るときに 訪室して今から撮影しようとする場面」 についての結果 抜去の可能性がある.横に介助者がいた方が良い」 ・ 「車 1 ラウンドでは, 「点滴棒に気付かず,ポータブルで 椅子のロックがかかっていないのではないか.そのまま 押し,ルート抜去する」 ・ 「ベッド左の柵が上がってい 患者を座らせると転倒の可能性がある」 ・ 「撮影を待って ない.転落の危険性がある」 ・ 「看護師に依頼していな いる患者数が多く焦っており,患者確認を怠っているか いため,患者急変に対応できない.看護師を呼んでい もしれない」 ・ 「撮影者が腕時計をしており感染をひろげ ないことは,様々なリスクに対応できない. (患者急 るリスクがある」 等の問題点が抽出された (図 3) . 変・患者確認・感染・左右からの介助不十分による転 15 Topics:技師ができる安全対策 図 4 KYTラウンド 1 により抽出された問題点 (丸枠により囲まれた部分) :ポータブル撮影編 落) 」 ・ 「左手がベッドからはみ出しているため,ポジ さらに物事への集中力,問題解決能力,実践への自己 ショニングの際に手を挟む可能性がある」 ・ 「ポータブ 意欲を高めることができる . ルをベッドに近づける際に,オーバーテーブルを片づ KYTの欠点としては,シートを用いるKYTでは実際 7) けていない.テーブル上の物が散乱し患者に危害を加 の臨床現場で感じる感情についての危険性を想像する える」 ・ 「リストバンドがないため,患者確認ができな ことが難しいことがあげられる. い」 ・ 「感染疑いの患者かもしれない.エプロン,手袋を インシデント,アクシデントが発生する要因には, していないため,院内感染を拡大させる恐れがある」 ・ 「検査が立て込んで焦っていた」 「初めての検査で緊張し 「ナースコールが患者の手元にないため,患者がナース ていた」 「他職種に情報を伝達することに躊躇した」な を呼べない」 等の問題点が抽出された (図 4) . ど,現場における当事者の感情や多職種とのコミュニ 2 ラウンドでは問題点の原因として, 「病棟撮影はポー ケーションが大きくかかわることがあるため,より高度 タブル機器の操作スペースが狭く,点滴なども多くリス なKYTとしてストーリー性のある動画を作成し,それ クが高いので一人では目配りできない」 が挙げられた. を元にシナリオトレーニングを実施する必要がある. 3 ラウンドでは, 「看護師に依頼すれば,介助を行う インシデント発生後に,マニュアルを見直したり,確 看護師サイドからの確認ができる」 ・ 「ベッド周囲を整理 認手順を追加したりし対処を行っても結局,同じような し確認してから撮影を行う」 などの解決策が挙げられた. インシデントが繰り返される事例を経験したことがある 4 ラウンドでは, 「ポータブル撮影を行う時は技師と 施設は多いのではないかと思う.恐らく,定められた 看護師の共同作業でいこうよ! ヨシ!」 といった標語が 基準・手順を順守しないことで,その先のリスクが高 作成された. くなる可能性について予測する個々人の感性が低いた まとめ KYTは,複数の人数で共通のシートを観察し,そこ めに起こっている事例と考える.さらに言えば,医療 現場は人間の生命という不確定要素を多くかかえる現 場であり,すべてのことに対し基準・手順を正確に定 に潜む危険について意見を出し合うことにより,普段自 めることは不可能である.だからこそ,KYTを繰り返 分では気が付かなかった危険について,他のメンバー し実 施し,各医療スタッフの安 全に対する感性を高 の指摘により気が付くというトレーニングである.KYT め,自ら安全行動がとれるようになれる人材を継続し を繰り返し行い,自己とは異なる感性を取り込み学習 て育成し,部署全体に医療安全文化を根付かせること することにより,人間の不安全行動や不安定な環境, が重要と考える.本解説が,各医療安全管理者の一助 つまり事故を引き起こす危険に対する感受性を高め, になれば幸いである. 参考文献 1)中島和江.これからの医療安全.医療安全ことはじめ. 医学書院,東京,2010: 12-49. 2)日本医療機能評価機構.医療事故防止事業部 医療事故 情報収集等事業 第27回報告書 2011; 27: 77. 3)引地力男,松田忠大.実験中の事故を防ぐための安全衛 生対策の検討.工学教育 2007; 55(6): 93-99. 4)梶原千里,棟近雅彦,金子雅明,他.与薬事故における 危険予知トレーニングシートの作成方法の提案.品質 2011; 41(3): 361-370. 16 5)朝倉加代子.実践につながる危険予知トレーニングの活 用.看護展望 2007; 32(2): 84-89. 6)大澤三和,佐藤久弥,加藤京一,他.IVR検査室におけ る専門職種間のリスク感性違いとそれに基づいた改善に ついて.日本放射線技師会 2011; 58(7): 583-588. 7)安田光慶,加藤京一,内山裕史,他.放射線部の医療安 全における危険予知トレーニング (KYT) 導入の効果.日 放技学誌 2013; 69(7): 788-794.
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