「医療KYT2.0」

KYT・5Sのマンネリ解消策! 小さな工夫で,続く・深まる・新鮮にする秘訣
「医療KYT2.0」
~チームSTEPPSとの融合で
進化させる
戸田由美子
愛媛大学医学部附属病院
医療安全管理部 副部長
1983年労働福祉事業団岡山労災看護専門学校を卒業し,
愛媛労災病院に就職。1986年神奈川県の東名厚木病院
に就職し,2003年より医療安全管理室の室長として医療
安全管理者として,医療安全教育,医療事故対応活動などを担当。2006年中
央労働防止協会主催の「医療KYT研修」を受講。その後,医療KYT研究会
(座長:安井はるみ氏)の一員として医療安全推進活動を実践。さらに,2011
年国立保健医療科学院で「安全文化を醸成するためのカリキュラムデザイン
研修」を受講し,種田憲一郎氏に「チームSTEPPS」を学ぶ。2014年2月より
愛媛大学医学部附属病院医療安全管理部に就職。4月にチームSTEPPSト
レーナー研修を修了し,医療安全推進活動を実践している。
愛媛大学医学部附属病院 施設概要▶愛媛大学は1973年に医学
部を設置し,1976年10月に医学部附属病院(愛大病院)を開
院。現在,23診療科,38の中央診療施設,病床数626床,
「患者
から学び,患者に還元する病院」を基本理念に愛媛県における中
核病院として,地域に根ざした医療を実践している。地域医療セ
ンターや認知症疾患医療センター,形成外科センター,睡眠医療
センター,総合診療サポートセンターなど,時代のニーズに応じた
数多くのセンターを立ち上げ医療活動を円滑にしている。病院機
能評価は2012年1月に受審しており,医療安全管理部は,医療安
全 管 理 部 長 のも
と看護師2人のゼ
ネラルリスクマネ
ジャー 体 制 で 医
療 安 全推 進 活 動
を実践している。
略)を導入,職員全員の受講を目指して現在
も研修を継続し,大学病院内の安全推進活動
を積極的に実践しています。
また,院外においても医療安全推進活動の
一環として,医療KYT研修やチームSTEPPS
研修をチームSTEPPSジャパンの仲間と協
力し合い,実践,学び続けています。
医療現場は,医療の進歩や電子カルテの導
入により複雑になり,働く職員も専門分化す
ることにより環境は変化し,今まで以上にさ
まざまな「危険」が潜在し現場の緊張が高まっ
ています。そこで,この医療KYTを導入する
ことにより,複雑化し緊張感の高まる職場内
を明るく前向きな環境に変化させて,確認行
動を確実にしたり,医療安全文化を醸成した
りするために効果を発揮してくれています。
この医療KYT研修は,私だけでも42施設,
12県の看護協会の安全管理者養成研修や施設
内の安全文化醸成のために講義を行いました。
参加者からは「前向きに医療安全に向かう気
持ちになれた」
「明日からでも実践できるこ
とを学んだ」
「グループワークを行ったこと
今もなお,医療KYTを
推進する理由とは?
でチームでのカンファレンスの大切さを改め
私たち医療従事者は,患者にとって安全な
本稿では,テーマの医療安全教育のための
医療を提供すると共に,私たち自身も安全に
「医療KYT」をパワーアップするためのヒン
て感じた」などの反応が得られ,まだまだ進
化し続けています。
働くことを念頭に置き医療に向き合っていま
トを紹介したいと思います。
す。当院においても,安全な医療を提供する
医療KYTは古くて新しいもの!
ために,
「医療KYT」
(医療危険予知トレーニ
ングKiken Yochi Trainig)や「5S」を院内
KYTの始まりは昭和30年代高度成長期で
で導入し展開しています。さらに,2014年11
す。労災事故が多発した時に,中央労働災害
月には「安全文化調査」を実施し,その後
防止協会が設立され,
「ゼロ災運動」を実施し,
2015年 1 月 よ り チ ー ムSTEPPS( チ ー ム
その後,住友金属工業和歌山製鉄所が開発を
Strategies and Tool to Enhance Performance
加え「KYT」とネーミングされました。産業
and Patient Safety:チームとしてのよりよ
界で開発された事故を減少させるための優れ
い実践と患者安全を高めるためのツールと戦
た技法であり,鉄道関係,交通関係で現在も
病院安全教育 Vol.2 No.6
21
ゼロ災運動の基本理念
「人間尊重」
一人ひとりカケガエノナイひと
リスク(危険)・クライシス(危機)低減の原則
コミュニケーション
信頼関係
健康問いかけKYT
チームワーク
サポート体制
タッチアンドコール
ゼロの原則
先取りの原則
保全・予防の原則
参加の原則
全員参加の原則
図1 KYTを実施する上で大切な考え方
活用されています。電車のホームで,駅員が
「出発,進行,ヨシ!」などと大きな声で指差
22
イラスト,
ムービー KYT
指示出し
指示受けKYT
インシデント
レポートKYT
危険を
予測する感性
分かりやすい指示
復唱・復命
問題解決
再発予防
図2 危険予知活動の種類
あると考えています。
タッチアンドコール
し呼称している姿はよく見かける光景です。
医療活動は,どこかスポーツの発想に似て
KYTの医療現場での応用は比較的新しく,
いると感じています。医師を中心に看護師や
2003年頃よりイラストなどを使った医療KYT
薬剤師,臨床検査技師や放射線科技師などの
が導入・活用され,今日に至っています。そ
多職種で構成されています。医療活動を実践
して,医療KYTの大切な考え方として,
「一
する上で,チームワークがとても重要になっ
人ひとりかけがえのない人」という人間尊重
てきます。今日一日,働く医療チームが一丸
の理念があります。医療現場では,患者の治
となり,たとえ誰かがミスをしそうになって
療・療養が安全に実施できることが最重要課
もほかのメンバーがサポートし,エラーを発
題です。それと同時に,医療従事者も安全に
見,修正し安全な医療を提供できるようにな
働くことが重要であると考えています。その
ります。そして,そのメンバーの中には患者
ような理念の下に,
「リスク(危険)
・クライ
や家族も加わっていると考えています。患者
シス(危機)の低減の原則」「保全・予防の
も含めたメンバー全員で声をかけ合いながら
原則」
「全員参加の原則」という3つの原則が
実施することで,より確実なものになると確
あります(図1)
。また,医療KYTの活動の
信しています。
種類としては,①健康問いかけ,②タッチア
イラストKYT
ンドコール,③一人KYT,④イラスト,ムー
絵や写真や動画を見て,潜む危険を発見し
ビーKYT,⑤指示出し指示受けKYT,⑥イ
ます(図3,
4)
。発見した危険なところを安
ンシデントレポートKYTの6つの活動があり
全に改善し,事故を未然に防ぎます。
ます(図2)。
指示出し指示受けKYT
健康問いかけ
作業指示者に着目したものです。実施者の
私たち医療従事者の健康状態は,安全な業
間違った行動には,指示者からの指示内容に
務遂行に影響を与えます。これまでは,患者,
問題があったのではないかとも考えられます。
またはその家族に対して,健康状態を常に気
指示者が,分かりやすい指示,すなわち間違
遣ってきました。しかし,それに加えて,働
えにくい指示を出せているかがポイントにな
く職員の健康状態を互いに気遣うことによ
ります。実施者が間違えないために,5W1H
り,ベストな状態で安全に働くことが重要で
で指示を出し,指示内容を復命して確認,危
病院安全教育 Vol.2 No.6
戸田由美子:危険予知トレーニングによるリスク感性の育成,
看護展望,Vol.32,No.2,P.58 ∼ 67,2007.
1.絵や写真,動画を使って場面を想定,潜む危険を
考える
2.瞬時に危険の要因を察知,適正な回避行動を取る
3.「何が,どうして,どうなる」と指摘する
この場面のどこに
危険を感じますか?
隣りの人と考えて!
ムービー KYT記録用紙
1.問題だと考え
る場面
2.予測される
危険・問題
3.適切な対策
ナースコールを
受けた時
要件を聞いていな
いので,すぐに対
応できない
ナースコールを受け
た時は,要件を確認
する
図4 ムービー KYT
危険:タオルが床に滑り落ちてそれを拾おうとして転
落したり,チューブが抜ける
➡
対策 ・ベッド柵にタオルをかけない
・洗濯ばさみで固定する
図3 イラストKYT
STEPPS」を学び,内容の分かりやすさに
衝撃を受けました。医療の質・患者安全向上
のためのチームワークシステムは,理解しや
すい考え方,教育コンテンツで構成されてお
険のポイントを分かりやすく伝える,そし
り,
「医療KYT」にこの「チームSTEPPS」
て,実施した結果の報告を受け,安全に確実
の要素を取り入れることによって医療安全推
に遂行できているかを確認します。
進がパワーアップできるのではないかと感じ
インシデントレポートKYT
ました。そして,チームSTEPPSをさらに学
インシデント事例の分析方法として,20 ~
び,理解を深めた上で,医療KYTの1日また
30分で分析できる手法を提案しています。こ
は半日研修の内容を見直すこととしました。
のインシデントレポートKYTを導入すると,
医療KYTに取り入れると効果的な
チームSTEPPSの要素とは?
その日に起こった出来事を少人数のメンバー
であっても分析し,解決策を検討することが
可能となります。次々と起こる出来事にタイム
アメリカの医療機能評価機構であるJCAHO
リーに対応するには素晴らしい分析手法です。
(現在のJoint Commission)では,警鐘事例と
さらなる進化の必要性
その根本原因の情報収集を行い,1995 ~2005
これらの「医療KYT」をKYK(危険予知
原因のほとんどがコミュニケーションをはじ
活動)として提案,推奨して日々実践し,リ
めとするチームワークの課題であることが指
スク感性を育ててきました。しかし,この「医
摘されています。
療KYT」だけで医療安全推進活動を実践しよ
そのエビデンスに基づいたチームトレーニ
うとしてもなかなか定着せず,さらなる進化
ングであるチームSTEPPSの中でも,
「チー
の必要性を感じていました。
ムの鎖」演習のグループパフォーマンスに着
そのような時,2011年1月に,国立保健
目し,医療KYT研修にこの「チームの鎖」を
医療科学院で「安全文化を醸成するためのカ
追加する形で研修を企画し実践してきました。
リキュラムデザイン研修」を受講しました。
この「チームの鎖」を体験することで,受講
その研修の中で,種田憲一郎氏に「チーム
生はチームSTEPPSの4つのチームコンピテ
年に報告された3,500件あまりの事故の根本
病院安全教育 Vol.2 No.6
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表1 医療KYTとチームSTEPPS
医療KYTコンテンツ
チームSTEPPSのツールと戦略
健康問いかけ
目標:健康状態を把握し必要な判断を伝える
・I'M SAFEチェックリスト(自己管理チェッ
・体調不良から発生する事故防止
クリスト)
・チームメンバーへの思いやり
※2人1組でロールプレイ。参加者が一気に元気になります!
1∼2人に感想を聞きます。
タッチアンドコール
・ブリーフィング,ハドル,デブリーフィング
目標:チームワークよく働く
・朝のミーティングなど業務開始時,終了時に行うと効果的
※研修の最後に,全員でタッチ&コールで研修参加をしめく
くり,労をねぎらいます!「医療安全でいこう,ヨシ!」
指差し呼称
・コールアウト(声出し確認)
目標:誤判断,誤操作,誤作業を防ぐ
・一人ひとりが安全で確実な作業を実施するために眼・腕・ ・チェックバック(再確認)
・ハンドオフ(引き継ぎ)
指・耳・口を総動員する
※背筋を伸ばして,きびきびと体の五感をフル活用! 全員
で声に出して体験します!
イラストKYT
フォトKYT
ムービー KYT
目標:リスク感性を高める
・絵・写真・動画などを使って場面を想定し潜む危険を考える
・この状態のままだと○○になって危険⇒△△にする
※初期からイラストを活用していたが,デジタルカメラで撮
影した写真の活用,短い動画を活用するなど進化!
・ブリーフィング,ハドル,デブリーフィング
・コールアウト(声出し確認)
・チェックバック(再確認)
・ハンドオフ(引き継ぎ)
・SBAR
指示出し指示受け
KYT
目的:的確な指示で間違えない
・的確な指示が出せていますか?
・指示内容は5W1Hで伝えていますか?
・危険のポイントを伝えていますか?
・復唱を聞き,危険のポイントを確認していますか?
・指示者は所在を伝えていますか?
・指示者から復命を聞いていますか?
・委譲した人にねぎらいの言葉をかけていますか?
※とても重要なロールプレイ。3人1組で,指示者,リー
ダー,メンバー役を決めて順番に役割を交代します。分か
りやすい指示,あなたは出せていますか? 終了したらグ
ループで振り返り! 学びを共有
・ブリーフィング,ハドル,デブリーフィング
・コールアウト(声出し確認)
・チェックバック(再確認)
・ハンドオフ(引き継ぎ)
・2回チャレンジルール
・SBAR
インシデント
レポートKYT
目標:問題解決
・インシデント発生時に短時間(20 ∼ 30分)で対策を立案
できる
・インシデントに対するだけでなく,業務改善にも活用できる
※問題解決4ラウンド法! インシデントにつながった要因
を抽出し,絞り込み,対策を立案します!
チームの行動目標を決め,指さし呼称項目を決め,全員で
読み上げます!
★シナリオ寸劇(ツールを活用した改善事例劇
の演習)
・ブリーフィング,ハドル,デブリーフィング
・コールアウト(声出し確認)
・チェックバック(再確認)
・ハンドオフ(引き継ぎ)
・SBAR
★チームの鎖
・ブリーフィング,ハドル,デブリーフィング
・コールアウト(声出し確認)
・チェックバック(再確認)
・ハンドオフ(引き継ぎ)
・2回チャレンジルール
・SBAR
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ンシー(リーダーシップ,状況モニター,相
フォーマンスを客観的に観察し,観察者シー
互支援,コミュニケーション)を体感し,理
トに記録し,終了時にグループにフィード
解できるのです。そして,チームSTEPPSの
バックします。制限時間は2分間,条件を変
提案する戦略とツールは,既存の医療KYTと
えて3回の演習を実施します。
も共通点があり,KYTをKYKとして実践す
必要物品は,A4のコピー用紙とはさみ,
る多くのヒントを与えてくれます(表1)。
のりという,いたってシンプルなものです。
「チームの鎖」を演習に追加すること
を決定!
方法は,コピー用紙をはさみで切り短冊を作
このワークは,6人以上が1グループとな
り,これをつなげ,何個つなげたかの個数で
り,そのうちの5人が演習を行います。それ
競います。この作業を3回続けて,その結果
以 外 の 人 は, 観 察 者 と し て グ ル ー プ の パ
をボードに記載し,最高の個数をつなげられ
病院安全教育 Vol.2 No.6
ります。切った短冊をのりでつないで輪を作