平成26年度 静電植毛リブレットによる省エネ技術の開発に関する 研究報告書 名古屋工業大学 大学院工学研究科 玉野真司 目次 1. 研究背景および目的 2 2. レイノルズ数および管摩擦係数 3 3. 実験装置および実験方法 5 4. 静電植毛シートの生成方法 8 5. 圧力損失と流量の計測 10 6. まとめ 13 7. 謝辞 13 8. 参考文献 14 1 1 研究背景および目的 プラントや工場などの配管において流体を輸送する場合や、船舶・自動車・航空機 等により物・人を輸送する場合には、固体と流体との間において流動抵抗(エネルギ ー損失)が生じる。この流動抵抗を低減させる技術は、ポンプの運転コスト削減、燃 費向上に繋がることから、「省エネ技術」として注目されている。 受動制御による代表的な乱流抵抗低減(DR、Drag Reduction)技術として、Walsh1) はリブレット(マイクロオーダーの突起と溝からなる微細溝構造)と呼ばれるサメ肌 を模擬した細長い縦溝群を壁面に施すことにより最大約8%のDR効果が得られるこ とを見出した。その後、Bechertら2)は、様々なリブレット形状とDR効果の関係につ いて、詳細かつ精密な測定を行い、フェンス型リブレットにより、最大約10%のDR 効果が得られることを明らかにしている。これまでに数多くの実験的および数値的研 究により、壁面近傍の乱流渦構造のスパン方向への動きがリブレットにより抑制され ることが主要なDRメカニズムであることが明らかにされてきている3) 。現在、リブ レットは、競泳用水着やヨットなどに一部実用化されているものの、形状が単一波長 であるため、速度が大きく変わると抵抗を抑える効果がなくなるなど柔軟性に乏しく、 さらに微細加工が非常に高価であるため工業製品への応用はほとんど進んでいない。 一方、リブレットに代わる抵抗低減手法として、Akinoら4)および著者ら5-6)は、アザ ラシ毛皮面を用いたDR技術を提案している。アザラシの毛皮面には、最大10%程 度のDR効果があり、DR効果が得られる流速の範囲が広いこと、アザラシ表面は複 数波長の微細凹凸構造をしており、これが優れたDR効果をもたらすことを明らかに している。また、静電植毛壁(人工毛皮面)は、柔軟性に富み、安価であるが、抵抗 低減効果が微細溝に比べて小さい(約5%)という欠点があることを明らかにしてい る7)。 以上、本研究では、「鮫肌を模擬したリブレットによる流動抵抗低減技術」と「静電 植毛によるDR技術」の有機的な結合により、 「柔軟リブレットによる流動抵抗低減技 術」を新たに開発することを研究目的とする。 2 2 レイノルズ数および管摩擦係数 本研究において、レイノルズ数Re は、矩形管の等価直径 dh = 2HW / (H + W)、矩形 管の断面平均速度 Um = Q /(HW )、および作動流体の動粘度を用いて次式で定義され る。 Re d hU m (1) 完全発達した円管流では、層流域において次式で表される理論式 (Hagen-Poiseuilleの式) が成立する。 64 Re (2) また、完全発達した乱流域において次式で表わされる実験式 (Blasiusの式) が成立 する。 0.3164 Re 0.25 3 10 3 Re 1 10 5 (3) 一方,完全発達した矩形管流では、層流域においてにより次式で表わされる理論解が 求められている8)。 64 Re 32 1 1 1925 15 tanh 2 n 1, 3, 5 n (5) 2 ここでは、矩形管のアスペクト比の逆数である。また、完全発達した乱流域におい て、矩形管のアスペクト比に応じた補正係数を用いて、管摩擦係数とレイノルズ数の 実験的な関係式が次式により表わされる。 0.3164 Re 0.25 3 (6) なお、矩形管のアスペクト比の逆数と補正係数の関係は、実験的に調べられてい る(表1参照)9) 。 表1 矩形流路のアスペクト比の逆数と補正係数の関係 0 0.1 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.10 1.08 1.06 1.04 1.02 1.01 1.00 4 3. 実験装置および実験方法 回流装置の概略図を図1に、その外観写真を図2に示す。実験装置は大きく分けて、 最大流量60 m3/h の多段インライン型渦巻きポンプ(図1①)、ステンレス製の上流タ ンク(図1⑧)、アクリル樹脂製の矩形管流路(図1⑪)と下流タンク(図1⑫),お よび塩化ビニル樹脂製の循環用パイプで構成されている。作動流体には水道水を用い た。水はポンプにより送られ、水温を一定に保つためのウォータジャケット(図1②) を通過する。流量は大流量用と小流量用の2種類の電磁流量計(図1④および⑤)に より測定される。なお、流量はモータに取り付けてあるインバータおよびバルブ(図 1⑦)により調整される。その後、水は上流タンク内に設けられた格子間隔の異なる 2種類のステンレス製パンチングメタル(図1⑨)により整流され、全長3500 mm、流 路幅 W = 130 mm 、流路高さ H = 13 mm の矩形管流路に流入する。矩形管流路のアス ペクト比は W/H = 10 、水力等価直径は dh = 23.6 mm である。なお、上流タンクと 矩形管流路の境界には直径0.5 mm のトリップワイヤ(図1⑩)が取り付けられている。 矩形管流路(図1⑪)は3つのセクションで構成されている。矩形流路部の外観写真 を図3に示す。セクションIは助走区間、セクションIIは測定区間であり、それぞれの 流路区間の全長は1500 mmである。また、セクションIII は測定後区間であり、流路区 間の全長は500 mmである。流路は上下の流路壁面(テストプレート)の交換が可能であ る。 図4(a)および(b)に矩形流路の流れに直交する断面図および平行な断面図を示す。 テストプレートの取り付け方法は流路の高さ方向およびスパン方向の矩形型の穴から テストプレート(図4(a)②)をスライドさせて挿入し、ネジ(図4(a)①)を用いて上下 から押さえることで固定する。また、通水部以外への流水を防ぐために、ポリマーシ ート(図4(a)④)を用いる。圧力損失測定では、測定区間の上流部より150 mm の位置 から300 mm 間隔で設けられている5箇所の静圧孔を用いた(図4(b)参照)。 本実験に用いた流路壁面(テストプレート)は、滑面(smooth surface)および静電植 毛リブレット面(electrostatic-flock surface)である。滑面のテストプレートはジュ ラルミン製である。テストプレートの大きさは1500 × 151 × 5 mm である。静電植毛面 のテストプレートは、ジュラルミン製のプレートに静電植毛を施したフィルム(ポリ プロピレン製、厚さは0.1 mm)に接着剤を用いて貼付したものである。 5 図1 実験装置の概略図. 図1 実験装置の概略図. 図2 実験装置の外観写真. 6 図3 矩形流路部の外観写真.矩形断面のアスペクトは10. (a) 流れに直交する断面 (b) 図4 流れに平行な断面 矩形流路の断面図. 7 4 静電植毛シートの生成方法 静電植毛面は、静電気力を利用して、接着剤を塗布した薄いフィルムにファイバー を貼り付けることにより製作される。本研究で構築した静電植毛シートの製作方法を 以下に記す。 まず、金属板にテープを用いてポリプロピレン製のシートを貼り付ける。貼り付け たポリプロピレン製のシート上に等間隔の線状のメッシュ構造を有するシルクスクリ ーン(マスキングシート)を設置し、シルクスクリーン上に接着剤を乗せ、スキージを 用いて接着剤を一様に伸ばす。このときにメッシュ部分においてのみ接着剤が通過し、 ポリプロピレン製のシートに塗布される。ポリプロピレン製のシートを貼り付けてい ない金属板の上に繊維を均一に振りかける。ポリプロピレン製のシートを貼り付けて いる金属板が上面、もう一方の金属板が下面となるように向かい合わせに設置する。 このとき、木箱を用いてポリプロピレン製のシートを貼り付けている金属板の面が下 向きになるように設置する(図5参照)。 次に、電圧発生装置(Toshiba製)を用いて金属板間に高電圧(6000 V)を印加し電 界を作る。これにより、下面の金属板に置かれた繊維が電荷を持ち、静電気力により 繊維が上面の金属板に向かって垂直に飛昇し接着剤により接着される。接着剤を乾燥 させ、静電植毛リブレット面の耐久性を高めるために繊維の接着したポリプロピレン 製のシートを120 ℃で10分間乾燥させる。乾燥には、東京理化器械製の定温恒温乾燥 機(NDO-520)を使用する(図6参照)。十分に乾燥させた後に、接着部以外の繊維を 水で洗い流すことで、一枚の静電植毛シートが完成する。 本実験で用いた静電植毛面の繊維の寸法は繊維直径が20m、長さ0.6 mmであり、繊 維の材質は特殊ナイロンである。また、リブレット形状に植毛する場合、リブの幅が 0.3 mm、リブの高さ0.6 mm、リブの間隔が1.2 mmである。図7に、静電植毛リブレッ ト面の断面形状の撮影画像を示す。植毛を施したシートを細断し黄銅の小片に貼り付 けることによって、静電植毛リブレットの断面を撮影した。また、小片の側面にスケ ールを貼り付けることにより撮影画像にスケールが映るように設置し、静電植毛リブ レット面の断面を拡大するためにルーペを用いた。ここで、撮影に使用したデジタル カメラはキャノン製のEOS7D、レンズはシグマ製のMACRO50mm F2.8 EX DGである。 8 図5 静電植毛シートの製作時の様子. 図6 植毛シートの乾燥時の様子. 図7 製作した微細溝を有する静電植毛リブレットシート. 植毛高さ 0.6 mm,間隔 1.2 mm. 9 5 圧力損失と流量の計測 図8に滑面において得られた管摩擦係数とレイノルズ数の関係を示す。図にはチャネ ルアスペクト比(1 / = 10) により決まる、次式で表される層流の理論式および乱流の 半理論式も併せて示されている。 1.32 64 Re 1 Re 2 log( ) 0.8 1.08 (7) (8) 実験装置の構造上の制約により、矩形管の流路高さ H を直接測定することは困難で ある。そこで、本研究では層流域に1000 < Re < 2000の範囲において、管摩擦係数とレ イノルズ数 Re の関係が層流の理論式と一致するときの流路高さを算出し、これを有 効流路高さ H と定義する。静電植毛リブレット面における有効流路高さは、H = 13.0 mmと算出された。なお、この値は流路の設計寸法と一致する。滑面における測定値は 乱流において実験式と良く一致することが確認できる。これにより、本実験装置および 本計測方法の妥当性が示された。 図9に静電植毛リブレット面の管摩擦係数とレイノルズ数の関係を示す。静電植毛 面における有効流路高さ は、H = 11.3 mm であった。Re > 4000 において,静電植毛 リブレット面の管摩擦係数は、乱流の半理論式より大きく、レイノルズ数が高くなる につれて、その差が大きくなる。そして、Re > 10000 において、ほぼ一定( ≈ 0.0577) と なる。これは、静電植毛リブレットの表面粗さの効果の表れである。そこで、次式で 表される完全粗面の式と Re > 10000 における管摩擦係数を用いて、粗さ要素の大きさ k を等価直径 dh で割った値である等価相対砂粒粗さ k/dh を求めた結果、k/dh = 0.037 を 得た。 1 1.08 2 log 10 k 1.14 dh (9) 高レイノルズ数域を拡大した管摩擦係数とレイノルズ数の関係を図10に示す。図に は、k/dh = 0.037 の場合の完全粗面の式(9)が破線で示されている。このとき、k = 0.77 mm となり、静電植毛リブレット面の繊維長さ 0.6 mmよりも大きいことが確認された。 –1 10 = 1.32 × 64 / Re 1/= 2log{ ( Re/1.08)}–0.8 10 –2 10 図8 3 10 4 Re 10 5 滑面の場合のレイノルズ数と管摩擦係数の関係. 11 –1 10 = 1.32 × 64 / Re 1/= 2log{ ( Re/1.08)}–0.8 10 10 3 10 4 10 Re 5 静電植毛リブレットの場合のレイノルズ数と管摩擦係数の関係. Smooth plate Electrostatic–flock riblet 10 –1 図9 –2 Modified fully rough surface ( k/dh = 0.037) = 1.32 × 64 / Re 1/= 2log{ ( Re/1.08)}–0.8 10 –2 10 4 Re 図10 静電植毛リブレットの表面粗さ. 12 10 5 6 まとめ 本研究では、柔軟リブレットによる流動抵抗低減技術を新たに開発することを研究目 的として、新テスト流路の導入、微細溝を有する静電植毛シートの製作、および流量と 圧力損失の測定を行った。本研究で得られた主な知見は以下の通りである。 (1)矩形流路断面のアスペクト比が10と従来の装置よりも倍以上大きい新テスト 流路を導入することにより、二次流れの影響がほとんどない信頼性の高い圧力損失と流 量の測定を可能とした。 (2)接着剤の配合調整やシルクスクリーンの位置決め精度の向上を図ることで、従 来よりも一様でムラが少ない微細溝を有する静電植毛シートを作成可能とした。 (3)新テスト流路を用いた流量と圧力損失の測定を、層流域と乱流域を含む幅広い 流速域において行った。粗さ要素を用いたデータ解析を実施し、流動抵抗の評価を行っ た。その結果、今回使用した静電植毛シートでは乱流抵抗低減効果を確認出来なかった が、今後、その原因解明ならびに静電植毛シートの形状のさらなる最適化を行う予定で ある。 壁面性状によるDR手法については、複雑な幾何形状だけでなく、壁面の柔軟さ、 疎水性・親水性、毛の揺動等々、様々な要因が複合的に関係していると推察され、さ らなる実験的・数値的研究が必要であると言える。 7 謝辞 本研究は競輪の補助(26-115)を受けて実施した。ここに記して感謝の意を表 す。また、本研究実施において、精力的に協力された名古屋工業大学大学院生 栗崎浩 彰氏、ならびに名古屋工業大学機械工学科学部生 諸富恵介氏に感謝する。 13 8 参考文献 1) M. J. Walsh, Turbulent boundary layer drag reduction using riblets, AIAA paper, 82-0169 (1982). 2) D. W. Bechert, M. Bruse, W. Hage, J. G. T. Van Der Hoeven, and G. Hopper, Experiments on drag-reducing surfaces and their optimization with an adjustable geometry, J. Fluid Mech., 338 (1997), pp.59-87. 3) G. E. Karniadakis and K.-S. Choi, Mechanisms on transverse motions in turbulent wall flows, Annu. Rev. Fluid Mech., 35 (2003), pp.45-62. 4) N. Akino, S. Kubo, K. Takase, R. Hino, and K.-S. Choi, Proc. 12th European Drag Reduction Meeting, Herning, Denmark, 18-20, April (2002). 5) 伊藤基之,玉野真司, 井口亮,横田和彦, 秋野詔夫,アザラシ毛皮面上の乱流抵 抗低減 機論, 72, 717, B (2006), pp.1181-1188. 6) M. Itoh, S. Tamano, R. Iguchi, K. Yokota, N. Akino, R. Hino, and S. Kubo, Turbulent drag reduction by seal fur surface, Phys. Fluids, 18, No. 065102 (2006). 7) 玉野真司・伊藤基之, 柔軟リブレットの製造方法,特願2009-62376 (2009). 8) R. J. Cornish, Flow in a pipe of rectangular cross section, Proc. Royal Society, 120 (A), London (1928), p.691. 9) I. E. Idelchik, Handbook of Hydraulic Resistance, Handbook of hydraulic resistance (1986), p.87. 14
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